桃子VS小鳥(2)
「――――ええっ、桃川君、正気?」
営業時間終了直後に、僕はその場にいるクラスメイト達の前でミスコン出場の件を切り出した。
すると、みんなを代表して委員長が僕の正気を疑う質問を投げかけてきたのだが、
「ああ、僕は本気だよ、委員長」
覚悟を決めて肯定してみせるが、その動機を素直に語るわけにはいかない。
「何も伊達や酔狂でこんなことを言い出したんじゃないよ。僕らの店は優勝間違いなしだけど……折角、ここまでやって来たんだ。僕は最後の最後まで、自分にできる最大限の仕事をしたい」
「ミスコンで宣伝してくる、ということ」
「うん」
「何もそこまで……」
はぁ、と呆れたような溜息を吐く委員長。クラスメイトも概ねそういう反応ではあるが、
「いいじゃねぇかよ!」
「俺は応援するぜ!」
「いよっ、メイド長! 最後に一花咲かせるべ!」
「そうだ、俺たちのメイド長桃子なら、ミスコンだって勝ち抜けるぜっ!」
ありがとう、上中下トリオ&葉山君の男子バカ代表メンバー達。
こういう時は、これくらい馬鹿なノリがないとやってられないからね。
「まぁ、学園祭だしな。こういうのもアリなのか」
「いや、ないですよ兄さん……これはない……」
「にはは、それじゃあ桜ちゃんもミスターコンテストの方に出たら?」
「冗談じゃないですよ」
一部は否定的な意見が飛んでいるようだが、声のデカい賛成派のお陰で、学園祭補正で許容するような雰囲気になっている。
「僕が優勝したら、この二年七組は伝説になるよ。だからどうか、この桃子、メイド長桃子に、皆さんの清き一票をよろしくお願いします!」
「うぉおおーっ!」
「いいぞー桃川」
「少年が神話になるべ」
「なんか桃川ならイケそうじゃね?」
「でも水着審査……」
「今もうすでに水着だから大丈夫じゃん」
よしよし、かなり賛成的な流れになって来たぞ。クラスメイトの多くの協力が得られれば、そこからさらに友人知人を頼っての組織票が期待できる。
噂を聞く限り、今年は圧倒的な組織票を有する生徒が出場するわけではなさそうだ。生徒会役員とか人気部活のエースとかだと、最初から高い支持率があったりして一人勝ち、ということもある。
だが、あの小鳥遊が勝てると思って挑んでいる以上、そういう生徒はいないに違いない。どうせアイツに出来ることは、ロリ巨乳を活かして男子から票を集めるくらい。少なくとも、あの見た目とぶりっ子演技で女子人気が出るとは思えないからね。
あっ、そうか、大体の出場者が女子人気のあるモデル系女子だから、自分が男子票を集めれば有利に、なんていう勝算を抱いているのか。馬鹿かな、男ウケのいい女の子なんて、他にもいるだろうに。
「みんな、ちょっと落ち着いて。とりあえず、閉会式が始まるまでは片づけをするわよ。桃川君のミスコンは……個人の意思を尊重するわ」
「ありがとう、委員長」
「頑張ってね、と一応言っておくわ」
「クラスのために頑張るよ」
「……それで、本音は?」
「小鳥遊ぶっ潰す。メイド服の恨み」
コソっと聞いてきたので、包み隠さず本音を伝えた。委員長には、まぁ言ってもいいだろう。
「もしかして、証拠があるのかしら」
「ないよ。ないけど、僕はそう思っているから」
思えるだけの状況証拠と動機がある、ということも委員長ならば察しているだろう。
「逆に、委員長には心当たりはないの?」
「私は……いえ、何もないわ。決定的な証拠がない以上は、私に言えることは、何もないの。ごめんなさいね」
なぁに、僕が喚いたところで、クラスに不和をもたらすだけだからね。
決定的な物的証拠でも無い限り、小鳥遊は蒼真ハーレムによって守られるだろうから。クラスカーストのトップグループに睨まれたら、僕の残りの学園生活の平穏が脅かされてしまう。そんなのは絶対に御免だね。
けれど、だからといってこのまま黙って引き下がるわけにはいかない。そのためのミスコン出場だ。
「僕に投票してくれれば、許してあげる」
「ついでに、知り合いにも声をかけておくわ」
「流石、委員長、話が分かる」
さて、これで話は通した。
ここから閉会式が始まるまでの間には、店仕舞いのための準備時間が少々ある。この時間で目立った部分を片づけてから、全校生徒の集まる閉会式となるわけだが、ミスコン出場者はここが最後のリハーサル時間となる。
なので、最初から出場予定だった小鳥遊はさっさとクラスから抜けている。
お陰様で、僕の出場は奴は知らないまま。アイツの付き添いに剣崎も行っているので、わざわざ話を奴に報告するような者もいない。
精々、ステージの上で度肝を抜くがいい。
そういうワケで、僕も後追いでミスコンへの準備をしなければならない。とてもノンビリはしていられない、これが最初で最後のリハーサルにもなるからね。
「杏子!」
「ほーい」
「お願いだ、僕を白嶺学園一の美少女にしてくれ!」
「ふふん、任せとけ」
頼れる専属スタイリストは、大きな胸を張って打てば響くように応えてくれる。彼女がいるから、僕はミスコンでだって戦える自信が持てるのだ。
「それから、勝!」
「おう」
「今すぐコレ系のエロ動画を集めてほしい」
「任せろ、俺のエロ専用ストレージは10TBだ。そしてさらに二つの外付けが残っている。この意味が分かるな?」
いやぁ、やっぱり持つべき者はエロマスターの友人だね。
僕は好みが偏っているから、なかなかダウンロードしたくなるほどお眼鏡に適う一品と出会うことは少ないから、容量はそれほど。
だが勝はありとあらゆるジャンルを網羅するかのような集め方をするタイプ。個人でエロ動画サイトでも経営する気か。
そういう奴だからこそ、今この瞬間に僕が求めるデータを見事に見つけ出してくれるに違いない。
「そして、夏川さん!」
「えっ、私!?」
「お願い、制服貸して!」
「えええぇええええええええええええええええええええええっ!」
◇◇◇
「白嶺学園のミスコン史上初、男子の出場者となります! エントリーナンバー9番、二年七組、桃子さん、どうぞぉおおおおおおおおおお!」
男の出場者というイレギュラー中のイレギュラーのためか、画一的な紹介とは違う台詞によって、僕はいよいよ舞台へと躍り出る。
おお、やっぱ全校生徒が集まった中で前に出ると、迫力が違うね。凄まじい視線の圧を感じる。
けれど、不思議とプレッシャーはない。
ここ最近のメイド修行で人に慣れたからか。あるいは、この舞台へ立つに相応しい装備をしているという自信。そして、小鳥遊を潰すという強い目的意識も。
「ご主人様、お嬢様、ごきげんよう。二年七組『逆転メイド&執事喫茶』より、メイド長桃子、参りました」
固まることも、どもることもなく、僕は教室と同じように自然な営業スマイルと共に挨拶を繰り出す。
一応、建前としては最後のお店アピールってことになってるから。しっかり推していかないと。
「うぉおおおおおおおおおっ、桃子さん!」
「メイド長、可愛いよぉーっ!!」
「桃子ちゃーん! もっ、もっ、もぁあああああああああああああああああああ!!」
「ご声援、ありがとうございます、ご主人様」
野太い男たちの熱い声援が飛んでくる。いやぁ、こんなに反応が貰えるなんて、誠心誠意ご奉仕してきた甲斐もあったというものだ。
予想外に飛び交う声援に、皇族のように優雅に手を振り返しながら、僕は小鳥遊の隣へと並び立った。
「……」
「ふふっ」
微笑みの仮面は崩さぬまま、けれど猛烈な怒りと敵意が籠った視線が飛んでくる。
僕はそれを、余裕の笑みで返す。
お互い、すでに舞台の上。言葉は勿論、表情さえ崩すことは許されないが――――それでも、今この瞬間、僕と小鳥遊の心は通じ合ったに違いない。
宣戦布告だ。
「さぁさぁ、今年の白嶺学園を代表する美少女が並び立ちました! 皆さんは、すでに心に決めた人はいるでしょうかー?」
司会の呼び声に生徒たちから各々の名前が飛んでくる。その中にはちゃんと僕の名前も含まれているので、やはりそれなりの支持率はすでに掴めているという実感が湧く。
小鳥遊を呼ぶ声は聞こえないが……元々、コイツは表立って有名なタイプではない。だがそのご自慢のツラと胸は、残念ながら確かな魅力を誇っている。
ミスコンで勝つタイプは二通りある。一つは元から飛びぬけた人気と魅力を誇っている、カリスマ王者タイプ。
もう一つは、なんでこんな子が今まで埋もれていたんだ、となるダイヤの原石タイプ。
名前も顔も知らない、けれど舞台上ではこんなにも光り輝き、その存在を大きく示す。このタイプの魅力は、事前情報がほとんどないことによる、今この場で見つけた、というサプライズ感だ。いいモノを見つけた、凄いモノを見つけた、となると人は殊更に嬉しいもので、そういうライブ感の感情込みで、さらに魅力は上がるのだ。
その点、小鳥遊は悔しいがダイヤの原石となるのに十分な容姿であると、認めざるを得ない。
今のところ、初の男出場者という肩書と、この三日間の接客によって顔と名前を売った、というアドバンテージによって、僕の方が好感触を掴んではいるものの、決して油断してはならない。
なにせ、これから始まるのは水着審査だ。ここから小鳥遊の本領が発揮される。
「それでは、続いて今年のミスター達の登場でーっす!」
出場者の紹介と水着審査は、ミスター&ミスの同時並行で行われる。
これは互いに制服から水着へと着替える間を稼ぐための仕様だ。その場で制服脱いで水着になればいいじゃん、と思うかもしれないが、脱衣シーンそのものがエッチなのでダメです理論が採用されている。
まぁ、これのせいで変な性癖拗らせてもしょうがないからね。このご時世、水着審査でさえ存在が危ぶまれるギリギリのラインだってのに。
そういうワケで、ひとまず僕らミス参加者は舞台袖へとはけてゆき、今度は男子のエントリーナンバー1番から紹介が始まった。
「桃川くぅん……飛び入り参加するなんて、小鳥、ビックリしたよぉ」
わざとらしい笑みを浮かべながら、小鳥遊が話しかけてくる。
ほう、終わるまで口も聞きたくないほど怒り狂っていると思ったが……逆に、一言でも言わなければ収まらない、といった雰囲気だ。
「うん、メイド長として、最後のご奉仕ってヤツだよ」
「ええぇー、そんなの絶対いらないでしょぉ。ホントは好きでやってるんじゃないのぉ?」
この女装癖のド変態野郎め、と目の色だけで訴えかけてくる小鳥遊。
馬鹿め、この期に及んで変態性癖のレッテル張り程度で、僕が揺らぐかよ。テメーのせいで、僕はこんな恥ずかしい真似をしなけりゃいけなくなってんだからなぁ。
一言言ってやらなきゃ収まらないのは、こっちも同じなんだよ。
「小鳥遊さんこそ、ミスコンに出場するなんて驚いたよ」
「えへへ、クラスのみんなには内緒にしてたの」
「先に言ってくれれば良かったのに。蒼真君には、もう僕に投票するようお願いしちゃった」
「……」
おい、どうした小鳥遊? 笑顔が固まってるぜ。
お前は自分がダイヤの原石タイプだという自覚があった上で、あえて出場は秘密に、情報公開は最低限に抑えていたのだろう。事前に知っていたのは剣崎と委員長、あとはどっかから聞きつけた情報通のヤマジュンくらいのはず。
確かに、自分を舞台上でもっとも魅力的に見せる方法ではあるだろう。このサプライズで蒼真悠斗に、脚光を浴びて最も魅力の高まった自分の姿を見せつけよう、というのが奴にとっての本命に違いない。
でも悪いな、有象無象の一票なんぞより、誰よりも優先して絶対に欲しかった、意中の男の一票は、もうすでに僕のモノなんだよね。
ふふん、メイド桜子は所詮、このメイド長桃子の部下よ。上司の命令に逆らえる道理などないわ。
「もし男の僕に負けちゃっても、泣かないでよね」
「桃クソが……」
おい今、クソとか言わなかった? めっちゃ小声で呟いてたけど、今の絶対罵倒だったよね?
などと問いただす間もなく、どうやら怒りの臨界点に達したらしい小鳥遊はさっさと踵を返して歩き去ってしまった。
去ったといっても、舞台脇の控室であることに変わりはないので、僕から最も遠い部屋の隅へ移動しただけだが。
ともかく、開幕の舌戦は僕の勝ちってことで――――と、勝ち誇っていた次の瞬間、僕は予想だにしない窮地に陥ることとなった。
「うっ……ま、まずい……」
俯き加減で、絞り出すようにそんな呟きを漏らす僕は、さながら急激な腹痛に襲われたかのようだが、危険部位は腹ではなく、そのもうちょい下。
急性の病気でも何でもない、むしろごく自然な生理反応である。
「うっわぁ、貴音ちゃんの水着、すっごい攻めてるねぇ」
「なんかコレ押し付けられたから」
「えっ、私の水着、地味すぎ……?」
「それくらいでいいじゃん。ビキニで舞台に上がるのはちょっと」
キャイキャイと黄色い声が響く中、次々と露わとなってゆく美少女達の肌色。
この後、全校生徒の前で晒される水着姿は何ら規制されるべきではない健全なコンテンツではあるのだが……この舞台裏、さして広くもない控室の中で、見慣れた制服を脱ぎ去って肌を露わとしてゆくシーンをリアルで目の当たりにした際の破壊力を、僕は完全に見誤っていた。
要するに、今ちょっと勃ってきた。
「おお、荒ぶる神よ、どうかその怒りを静め給え……」
心頭滅却を脳内で連呼しながら、僕は清らかな巫女さんの心持となって必死で浄化に努める。
万が一、ここでこんなんなってることがバレたら、一発退場で叩き出されかねない。流石にそんなことになれば、もう小鳥遊へ復讐するどころではなくなる。それだけで僕の学生生活はお終いだ。
「はぁ……ふぅ……」
最悪の未来を想像しつつテンションを下げながら、深呼吸を経て僕も着替えに取り掛かる。あまりにもフリーズが続けば不信感を持たれるし、小鳥遊に今この致命的な弱点を晒すワケにもいかない。
「落ち着け、僕は桃子……完全無欠のメイド長……」
着替える彼女達に背を向けて、僕は無骨なコンクリート壁を見つめながら制服を脱ぎ去る。
当然のことながら、参加者達はあらかじめ水着を着用している。なので、基本的にこの場では制服を脱ぐだけで完了。あとはアクセサリーやオプションを追加といった感じ。
さて、僕が着用している水着は、今日のメイド水着……ではない。
胸元に大きく『桃子』と書かれたゼッケンのついた、スクール水着である。
一体、どこからこんなモノを仕入れたのかといえば、
「分かったよ、もういいよ! 全部くれてやるぅ!!」
と、半分涙目でヤケクソになった夏川さんから頂いたのである。
制服を貸してもらうだけでも大概なのに、まさか水着まで貸し出されるとは……僕も驚きだったが、夏川さんの覚悟を無碍にはするまい。
ちなみに夏川さんは陸上部なのになんで水着持ってるのかといえば、白嶺学園の充実したプール施設を利用したトレーニングもするらしいからであった。あまりにも真面目な理由で、申し訳なさが加速するのだが……この後のアピールタイムのためにも、ここは露出の少ないスクール水着で挑むのは、僕の作戦にも相応しい。
ありがとう、夏川さん。別にコレを着ても興奮はしなかったから、安心してね。
そうしてさっさとセーラーとスカートを脱ぎ去り、スク水姿となり、そこからオプションパーツとなるメイド用のロンググローブとニーソックスを履き、最後にホワイトブリムを被って、僕の水着装備は完成だ。
メイク、ヨシ。水着、ヨシ。股間、ヨシ。
システムオールグリーン。いざ、水着審査へ!




