桃子VS小鳥(1)
「――――それでは、ご主人様はメイド長桃子が担当させていただきます」
と、メイクルームから自信満々に登場した姿を目にした瞬間、
「はぁあああっ、キモっ! キモキモキモキンモォオオオオオオオオッ!!」
小鳥遊小鳥は内心で絶叫した。小太郎の恰好は、正気度が削れるほどの衝撃だった。
「あの野郎、マジで頭イカれてんじゃないの!?」
水着の露出度で平然と出てきた小太郎の正気をまず疑ってしまう。
だが、直後に湧き上がってくるのは言いようのない怒りだ。
「ふざけやがって、大人しく退場しとけよクソが……」
メイド衣装もないくせに、あの男はどこまで出しゃばってくるのか。
これでは、折角リスクを冒してでもメイド服を処分してやった意味がない――――そう、小太郎のメイド服を盗難したのは、彼の予想した通り小鳥であった。
桃川小太郎というクラスで特に目立つこともないドチビのオタク野郎など、小鳥は眼中になかった。
だがしかし、学園祭の準備が始まってからというもの、小太郎はどういうワケかめきめきと頭角を現し、今やクラスを代表するような発言力を得るにまで至っている。
名実ともにクラストップの委員長も、蒼真兄妹も、あの天道龍一さえも、小太郎の言動には注目している。単純な注目度では、もう小鳥を超えているほどだ。
けれど、それだけならまだ許容できた。小太郎はメイド長という一部署のリーダーを務めており、学園祭を実行するにあたっての中心メンバーであることに違いはない。その立場上、ある程度の発言権を有するのも仕方のないこと。
だがしかし、
「お嬢ちゃん、悠斗の嫁に来んか?」
祖父のあの発言だけは許されない。
あの言葉を聞いた瞬間ほど、自分の耳を疑ったことはない。ありえない、あってはならない。たとえ冗談でも許せるものではない。
蒼真優斗の嫁。その座をかけて、一体どれほどの女子が競い、争っていたか。勿論、それはこの自分とて例外ではない。
そして屈辱的なことに、悠斗のヒロインレースにおいては自分は一番どころか、三番手か四番手といった程度にまでしか至れていない。
桜は自分を凌駕する美貌を誇り、レイナの幼馴染としての付き合いの長さは埋めようもない。挙句、親友だと認めていた剣崎明日那も悠斗を巡る争いにおいては強力なライバルと化している。
どうやって出し抜くか。そのことばかりを考える毎日の中で、桃川小太郎、あの男は易々と自分を超えていったのだ。
小鳥は今まで、カワイイ女子として生きてきた。そこらのブス共とは違う、誰からも愛される美貌を持った、選ばれし者として。
だが、こんな屈辱は初めてだ。この小鳥遊小鳥が、男に負けるなど、絶対に認められない、許されざる大罪。
そのあまりの怒りによって、小鳥もつい短絡的に実行してしまった。
「いいや、落ち着け。こういう時こそ落ち着くんだよ、小鳥」
そう努めて自分に言い聞かせ、今にも汚い罵倒を叫びだしそうな気持ちを抑え込む。
「――――君のような可憐な少女が、みだりに肌を晒すのは忍びない。せめて、これを羽織っていてくれ」
「ありがとうございます。ご主人様は、とてもお優しいのですね」
「……」
バスケ部のスーパーエースに何故かお姫様扱いされている小太郎の姿を見て、小鳥は限界だった。
自分の仕事とばかりに空になった配膳用台車を押して、教室を出る。これ以上、あの場でやけにチヤホヤされてる小太郎の姿を目にしていると発狂しかねないと本気で思ったからだ。
「はぁ、ふぅ……」
料理チームの一員として仕事に集中することで、ようやくクールダウンに成功。再び落ち着いた心が戻って来る。
「これ以上、あの桃クソに関わるのは止めよ」
アイツの調子乗ったガキみたいなツラを見るだけで腹が立つ、という気持ち的な問題もあるが、最大の理由はリスクである。
すでにメイド服の盗難で、本来冒すべきではない余計なリスクを負ってしまったのだ。これ以上、感情に任せて新たな行動を起こせば、バレないにしても疑念の目を向けられてしまう可能性もある。
万に一つでも、小鳥が疑われるようなことはあってはならない。なぜなら、小鳥は常に清く正しい美少女なのだから。好きな男にも、世の中の有象無象にも、自分はそういう存在であると思われなければいけない。
「そう、そうだよ、あんな奴に構っている暇なんてない。ここからが小鳥の本番なんだから」
自分で言い出した『逆転メイド&執事喫茶』だが、小鳥にとってはクラスの出し物などどうでもいいことだ。
今年の学園祭における本命は、毎年恒例のミスコン。
去年は蒼真桜が圧倒的支持を受けて優勝を果たした。あの美貌を相手に、ミスコンのルールで勝てるはずもない。出場したところで、自分が単なる引き立て役にしかならないことを理解していた小鳥は、当然その参加を見送った。
だが、今回は違う。蒼真桜は昨年優勝者として殿堂入り。ライバルの多い二年七組から、他に出場者もいない。勿論、他の生徒のリサーチも大方済ませている。その上で、今回ならば十分に勝算があると小鳥は踏んだ。
高校二年生の学園祭。目立つなら、これ以上ないタイミング。
蒼真ハーレムの中で何かと埋もれ気味な小鳥は、このミスコン優勝を機に悠斗へ強いアプローチをかけようと一大決心をしている。今回ばかりは、絶対に負けられない戦いなのである。
だからこそ、桃川小太郎などというイラつく男子になど構っていられる暇は、もうこれ以上はない。存在しないモノとして忘れる方が、精神衛生上よっぽど良い。
今はミスコンに集中するべき。
「ご主人様が素敵なお嬢様と後夜祭を踊れるよう、桃子は祈っております」
「そんな、俺には桃子さん以上の人なんて……」
集中。集中するのだ。また男子を誑かしている桃子のことは、見ないフリを意地でも貫く。
「委員長、ごめんね。小鳥、もう抜けさせてもらうから」
「ええ、ミスコンに出るんでしょ? 頑張ってね」
前もって話は通してあるので、快く委員長に送り出されて、営業時間終了前に小鳥はクラスから抜け出した。
白嶺学園のミスコンは、ただ水着審査をするだけではない。アピールタイム、という五分程度の持ち時間で、特技を披露するパフォーマンスもあるのだ。
歌やダンス、ピアノなど楽器演奏が一般的だが、武術の型や手品といった本人の特技を披露する者も少なくない。過去には一人コントで爆笑の渦に叩き込み、他の美少女を差し置いて優勝を果たした者も存在する。
小鳥は桜さえいなければ自分の美貌が決して他の女になど劣らない、という自負はあるが、飛び道具のようなパフォーマンスによってひっくり返されることは危惧している。よって、顔と体だけで簡単に優勝できると油断はしていない。
自分のアピールタイムはオーソドックスな歌唱を選んでいるのだが、これに手を抜くような真似はしない。早めに抜けたことで、最後の練習を済ませておく。
この日のために、自分を最大限に可愛く見せられる曲を選んだのだ。ダンスというほど激しい動きはないが、棒立ちは避けて、しっかり愛らしい動きを見せる身振りも練習した。
「――――よし、完璧!」
ビシっと決まった曲終わりのあざといポージングを姿見で確認して、満足。
喉も体も不調はない。そして小鳥には全校生徒の目に晒されようが揺らがない胆力と演技力がある。これならば、自分の持てる100%を発揮できるだろう。
「小鳥、調子はどうだ?」
「あっ、明日那ちゃん!」
誰よりも聞き覚えのある呼び声に、小鳥は弾ける笑顔で振り向く。
そこには、いまだ男装の麗人となっている親友の姿があった。
「もう喫茶は終わったの?」
「ああ、無事に終わったよ。優勝間違いなしの手ごたえだ」
そりゃあそうだろう、と小鳥は頷く。女装メイドとかいう賑やかし野郎共などいなくとも、執事喫茶一本だけでも優勝余裕のクオリティなのだから。
「こんなに可愛いんだから、小鳥も優勝間違いなしだな」
「えへへっ、ありがとう!」
正面からギュッと抱きつくと、実に慣れた手つきで明日那が頭を撫でる。
「あーあ、明日那ちゃんが男だったら良かったのにー」
あまりにも似合い過ぎている男装姿をしているが故か、ついそんな言葉が漏れた。
いつものカワイイ演技で、明日那に甘えるだけの台詞だが、実際に言葉にしてみれば不思議と本気でそう思えるのであった。
「そうか? いや、そうかもな……私が男だったら、こんなに悩むこともなかっただろう」
そりゃあ剣崎の家に生まれて剣術の才能もあるなら、男の方が一番良かっただろう、と小鳥は思う。
明日那が男だったなら、自分は蒼真悠斗に惹かれただろうか。
中学での出会いが、そのまま運命になっていたかもしれない。
「ええー、明日那ちゃん、悩み事?」
「まぁ、色々な……」
悩むこともない、というのもその通り。明日那が男で、自分と結ばれていれば、ミスコン参加なんて七面倒くさい上に有象無象の見世物にされるような真似などしなくても良かった。
他人の評価なんてもういらない。小鳥と明日那、二人だけの世界で完結できる。
キーンコーンカーンコーン
響き渡る鐘の音と共に、学園祭の営業時間終了のアナウンスが流れてくる。
閉会式が始まるため、順番にクラス移動をする旨が伝えられた。
「それじゃあ、クラスに戻ろうか」
「うん。明日那ちゃん、手ぇ繋いでいい?」
「それでは、このアストがエスコートさせていただきます、お嬢様」
あーあ、本当に男だったら良かったのに。
心底そう思いながら、小鳥は仲良く手を繋いでクラスへと戻るのであった。
◇◇◇
「――――それではっ、毎年恒例、ミスター&ミスコンテスト、始めまぁーっす!」
慣れた調子で壇上で叫ぶ放送委員の女子を、小鳥は舞台の袖から眺めていた。
いよいよ、本番が始まったのだ。
「うー、なんか緊張してきた……やっぱ出るのやめようかな……」
「今更もう遅いでしょ。覚悟決めなよ」
傍にいる出場者の女子達の声を聞きながら、小鳥は心を落ち着ける。この期に及んで、上がってくるようなヤワな精神はしていない。
「エントリーナンバー1番、三年五組、鳳貴音さん、どうぞぉーっ!」
トップバッターは蒼真桜のような黒髪美人。だが背は高めで、切れ長の目をしたクールビューティーである。
エントリーナンバー1番ということは、最初に申し込みをしたことを示している。それだけ本人にヤル気が溢れているか、あるいはクラスからの推薦などで決まっていたか、といったパターンである。
クラスや友人からの推薦は、本人の退路を断つために早めに申し込むことが多い。
一番の鳳という女は、作り笑いを浮かべるでもなく、実に面倒くさそうな表情をしているので、コイツは渋々参加させられた推薦組だな、と小鳥は断定した。
だが自分は違う。小鳥は自らの意思によって参加を決めたのだ。ミスコンに対する意気込みが違う。
故に、申し込みのタイミング、すなわちエントリーナンバーにも最大限に注意を払った。
「続いて、エントリーナンバー5番――――」
続々と出場者の紹介が進むが、いまだ小鳥は呼ばれない。
それもそのはず、小鳥は学園祭開催前日のギリギリで申し込みをしたのだ。狙うは最後のエントリーナンバーである。
ナンバー順に紹介され、最後に投票を行う以上、投票寸前に見たイメージが最も鮮明に残るのは自明の理。
無論、最後の出番となれば、それまでで見ている側もダレて流し見程度に盛り下がっている、なんてリスクもあるので、一概に最後が最も有利であるとも言い切れないのだが……小鳥は自分が登場すれば、少なくとも注目はされるだろうという自信があった。
特に水着審査がある、というのが決定的。猿の群れでしかないモブ男子共にとって、この自分のスタイルがどれだけ魅力的に映るか、というのを小鳥はよくよく理解している。
こういうタイプは女子にはウケが悪いが、男子にはウケが良い。小鳥は自分の票田を男子と定めた上で、パフォーマンスも吟味しているのだ。
それに加えて、ミスコン出場者の傾向としては蒼真桜や一番の鳳貴音のように、正統派な美人が多い。続いて自分のスタイルに自信のある、背が高いモデル体型の女子だ。
女子高生が水着もアリの舞台で、自ら男子に好奇の視線に晒させたがる者は少ない。そういう思いがあったとしても、それを表立って表明できるような環境ではないのが、共学という場所である。
ミスコンに出場する意志を表すならば、同じ女子相手に支持を得やすいタイプが、心理的に最も出場しやすい。結果。女子ウケの良い出場者は人数が多い傾向にある、ということだ。
つまり、何もせずとも女子票は割れやすいのである。
小鳥の見立て通り、今年の出場者も一番に続いて、スラリとして上背のある女子達が続いている。中には自分と同じような小柄なタイプもいるが……案の定、その胸は絶望的なまでの断崖絶壁。ただのロリが相手なら、正面火力で圧殺できる。
行ける。この面子なら、男子共を魅了して、絶対に小鳥が勝てる。
「それでは最後、エントリーナンバー8番、二年七組、小鳥遊小鳥さん、どうぞぉーっ!」
「はぁーい!」
勝利の確信と共に、小鳥は天真爛漫な笑顔を浮かべて舞台へと躍り出た。
出だしから愛想全開。自分の可愛さを目いっぱいに振りまく。
小走りに駆け出すだけで、このセーラー服だけでは抑えきれない膨らみが、魅惑的に弾む。ほら、見ろよ男共、今だけは特別大サービスだ。
クラスに向かって笑顔で手を振りながら、小鳥は7番の隣へと並んだ。
ただ登場して一列に並ぶだけのシーンだが、この短い間だけで小鳥は確かな手ごたえを掴んでいた。
「ここでっ、本日の飛び入り参加、真の最後であるエントリーナンバー9番です!」
ちっ、飛び入りした奴がいるのか――――と、小鳥は内心で舌打ちする。
去年は飛び入り参加はなかったし、例年でもほとんどないとは聞いている。
そもそも水着審査がある以上、その場の勢いで決めても水着がなければどうしようもない。競泳水着の水泳部が飛び入りした、程度の事例しか聞いたことはなかった。
だから今年も当然ないだろうと思ってはいたが、それだけで慌てる必要はない。最後の出番になるという思惑は崩れたが、所詮は小細工程度の効果。
ノリと勢いだけで参加を決めた、浮かれた女など、本気でミスコンに挑んできた自分の相手足りえない――――と、そう心を静めた瞬間だった。
「白嶺学園のミスコン史上初、男子の出場者となります! エントリーナンバー9番、二年七組、桃子さん、どうぞぉおおおおおおおおおお!」
「ッ!? ァア!?!?」
耳を疑う紹介に、思わず変な声が漏れる。
そんな、まさか、ありえない――――驚愕に支配された心中がつい漏れてしまう表情で舞台脇を見れば、
「ご主人様、お嬢様、ごきげんよう。二年七組『逆転メイド&執事喫茶』より、メイド長桃子、参りました」
自分が世界一の美少女であると心から信じ切っているような自信満々の微笑みを浮かべて、桃子は、否、桃川小太郎は女子制服のセーラーに身を包みながら、プリーツスカートの裾を持って優雅なカーテシーを披露したのであった。




