フォームチェンジ
朝、ロッカーを開けたら、メイド服がない。おのれ剣崎、許すまじ。
以上、前回のあらすじ終了。と、気持ちを切り替えて僕は考える。
「ちくしょう、今日で最後だってのに……」
ここでメイド服がなく不参加なんてことになれば、締まりが悪くてしょうがない。折角、ここまで上手くやってきたんだ。こんな汚点を残して思い出となるなんて、冗談じゃない。
これは間違いなく窃盗。
僕が幻術にかかっているワケでもなければ、他の場所に置いてたなんて間抜けでもない。絶対に昨日はここで着替えて、メイド服をロッカーに仕舞った。このロッカーにしてもただの安物で、生徒が良からぬことに利用しないようカギもあえてついてはいないタイプだ。
よって、ここにあると知ってさえいれば、誰でも簡単に盗み出せる。文芸部室にもロッカーにも、カギは存在しないのだから。
「探したところで、まず見つからないだろうな」
何者かの悪意によって盗難されたならば、当たり前だが見つからないところに隠すに決まっている。そこら辺でうっかり落とした、置き忘れた、というのとはワケが違うのだから、ちょっと探して見つかるはずがない。
そもそも学校にあるという保障もない以上、今から探すだけ時間の無駄である。
本当に剣崎が犯人で僕に対する嫌がらせでやった場合にしても、文芸部の先輩がとうとう性癖拗らせて盗んだにしても、見つかる可能性はゼロだし、見つかったところで未使用美品で戻って来ることはありえない。
「さらば相棒……お前と最後まで戦い抜きたかった」
メイド服はもう諦めよう。
ここから僕が開店までにメイド長として復帰するためには、
「急いで代替品を用意しよう」
僕はもう何も残っちゃいない文芸部室を後にして、走って教室へと戻ることにした。残された準備時間は少ない、急がなければ――――
◇◇◇
「――――というワケで、今すぐメイド服の変わりが必要になった」
「はぁ……まさか、ここに来てこんなトラブルが発生するなんて……」
頭痛薬のCMみたいなリアクションをくれる委員長である。
だが嘆いていても始まらない。準備時間は限られているのだから。
「とりあえず、他のメイド服で流用しましょう」
「でもそれは最終手段だ」
メイド長かつエースである僕に、メイド服を優先して使わせるのは当然のこと。だがしかし、ここでノーマルメイド用に調達した衣装のサイズが問題になる。
ノーマル用はおおよそ男子が着るために大き目のサイズだ。我がメイドチームで明らかに背が低いのは僕だけ。次に身長が低いのは下川か大山君か、といったところだが、それにしたって目に見えて背が低いワケではない、もう普通の領域だ。
つまり、僕がノーマルメイド服を着用すれば、着れないことはないが、サイズが合ってないことが丸わかりの、非常に不格好な姿となってしまうだろう。妥協案としては下の下である。
すでに僕らの店の評判はこの二日間で知れ渡っている。そこに来てエースの僕が、ただでさえ安いコスプレメイド服の上にサイズすら合ってない、などという低レベルの姿を見せれば、ガッカリしてしまうだろう。
「出来れば、僕に合ったサイズの衣装を用意したい」
「けれど、今すぐ用意できそうな衣装なんて……女子の制服くらいよ」
「ノーマル着るくらいなら、女子制服にエプロンだけつけた方がマシかもね」
蘭堂さんのメイクがあれば、僕は美少女になれる。メイド服だろうがセーラーだろうが、着こなせる自信がある。
「それじゃあ何も調達できなければ、それで行きましょう。後はもう、みんなの力を借りてどこまで用意できるかね――――みんな! ちょっと集まってちょうだい!」
ひとまず最低ラインだけ決めておいて、委員長が声を上げてクラスメイト達を招集する。この場にいない裏方チームにも、連絡を入れてすぐに教室へ戻るよう指示をした。
そして五分とかからず教室にクラスメイト達が集結。とはいえ、まだ朝の早い時間なので、来ているのは半分ほどの人数だが。
「桃川君のメイド服が盗難に遭ったわ」
「なっ、なんだって!?」
蒼真君を筆頭に、クラスメイト達は驚きの表情を浮かべている。
それは剣崎も同様であった。
あの女は直情バカだ。何の理論武装もせずに僕へ直接ケチをつけてきたほどの考えなしでもある。とても演技が出来るタイプではない。
それでもあんなに自然な驚きの顔を浮かべられるということは、流石にあの剣崎でも短絡的な犯行はしないということか。というか、そんな陰湿な嫌がらせをするくらいなら、真っすぐ殴りに来るだろう。
「ええぇー、盗難だって……やだ、小鳥怖いよぉ」
「小鳥は盗まれるようなモノは置いていないし、大丈夫だろう。しかし男の服を盗むなんて、全く意味が分からんな」
小鳥遊はわざとらしい感じで怖がりアピールをしているが……普段から猫かぶり演技の奴は、その表情から真意を読み取ることは出来ない。もし小鳥遊が犯人だったとしても、その素振りからボロを出すことはまずないだろう。
最も僕が疑いの眼差しを向ける剣崎・小鳥遊コンビは、少なくともケチをつけられるような態度ではなかった。
「静かに。ひとまず盗難の件は先生に伝えるとして、私たちはすぐに桃川君の代わりの衣装を用意しなければならないわ」
「代わりと言ったって、他にはメイドチームの衣装しかないが」
「最悪それで済ませるとしても、少しでも衣装の質を上げるための努力はするべきよ。誰か、メイド服を調達できるアテがある人はいないかしら」
そんなすぐメイド服用意できる奴いたら逆に引くわ。いつも持ってんの?
流石にこれで手を上げる奴はいないだろうと思ったが、
「よっしゃ、俺が他のクラスの奴らに、なんか衣装借りられないかどうか聞いてくるぜっ!」
勢いよく手を上げるなり叫んだのは、葉山君であった。
「なるほどな」
「でも余ってるコスなんてあるかぁ?」
「いや分からんぞ、女子に着せたくて持ってきたけど誰も着なくて死蔵してるエロいコスとか、どっかしらにはありそうだべ」
葉山君の提案に、なるほどと賛同が集まる。
なにせ今は学園祭期間中。どこのクラスでも何かしら衣装を用立てているものだ。聞いて回れば、譲ってもらえるものもあるかもしれない。
「葉山君の案で行きましょう。出来る限り、役に立ちそうなモノをみんなは知り合いに聞いて集めてきてちょうだい」
「ああ、それがいい」
「全く、なんで私が桃川なんぞのために……」
「待ってろよ桃川、俺がメイド服持ってきてやっからな!」
「みんな、ありがとう!」
これが仲間の力か。ヤバい、ちょっと感動で泣きそうだよ。
「残された時間は少ないわ。急いで集めてきましょう、行動開始!」
◇◇◇
「……蘭堂さん」
「杏子」
「あっ、はい……杏子、メイク途中だけど、いいの?」
みんなが僕の衣装探しに散った後、僕はいざという時のためのノーマルメイド服と女子制服、両方の衣装調整のために教室へと残った。そして程なくして蘭堂さん、もとい杏子が登校して、メイクの準備にも入った。
この唐突な名前呼びは、昨日、僕の母親襲来イベントに由来する。
母さん相手に小太郎と名前呼びをした流れで、僕も名前で呼べということになったのだ。ああ、こんな僕が女子の名前を呼び捨てにする時が来るなんて、と感動と同時に、まだちょっと恥ずかしくもあるのであった。
「んー、こっからは衣装決まったら仕上げる感じ?」
「なるほど」
僕には同じように思えても、杏子にとっては衣装に合わせて仕上がりは変えるようだ。
ノーマルメイド服と制服の二択であったとしても、やはりちょっと変わって来るらしい。凄いこだわりだ。
「ねぇ、小太郎はメイド服盗んだ犯人、分かってんじゃないの?」
衣装調達でクラスメイトの数が減って一時的な静けさが漂う中で、杏子はコソっと聞いてくる。
「目星はついてるけど、確証はないんだよね」
「えっ、誰誰? 横道とか?」
「いや、横道はないね」
前提として、僕のメイド服を盗めるのはクラスメイトだけだ。
僕が文芸部室で着替えていることは、クラスにいればわざわざ説明されなくても察せられること。そして僕もまた、他の誰かに着替え場所を話したりもしてはいないので、知らない奴は常識的に教室か体育館の更衣室で着替えていると思うだろう。
本当に文芸部先輩が部室で偶然発見して出来心で、というパターンでもなければ、自ずと犯人は二年七組のクラスメイトに限定される。
そしてクラスの中で僕に恨み、あるいは気に食わないと思っている奴らは限られる。
「アイツ文句は人一倍だけど、自分から何かするってことがないから」
横道は典型的な口だけ野郎だ。自分勝手な不平不満をぶちまけ、どれだけ現状が気に食わないかを叫ぶが、だからといってソレを改善するための行動を起こすのは勿論、腹いせで暴れることもまた、ないのだ。
つまり横道が僕を恨んでいたとしても、リスクを冒してメイド服盗難、なんて大それた行動に出るとは思えない。
そして学園祭準備から含めて最近の横道は、ほとんど文句を漏らさなくなった。今日だって朝早くから来ているし、裏方チームとして随分と真面目に仕事に励んでいた。もっとも、不器用だから樋口にいっつも怒鳴られていたが。
僕はアイツが不満を漏らさず仕事をする姿を、少なからず学園祭に協力する意志があるとみなしている。爆発する寸前の静けさ、だとは思いたくない。
「一番怪しいのは小鳥遊だよ」
「なんでチュン?」
「前科があるからね」
ヤマジュンから聞いているよ、お前は中学時代、随分とブイブイ言わせていたようで。
剣崎というナイト様に守られながら、アイツは気に入らない奴を、決して自分の仕業であるという証拠を残さず、何人も陥れてきたってね。
女子の下着盗難騒ぎを起こして冤罪をでっち上げ嫌いな男子をハメた、ってのも奴の悪行の一つ。
もし小鳥遊が横道のあまりのキモさに我慢が出来ずに排除に踏み切ったなら、横道の鞄に僕のメイド服を突っ込めば、それで中学の時と同じ構図の出来上がりってなものだ。
「絶対性格悪いなと思ってたけど、アイツ、そこまでヤバい奴だったん」
「まぁ、あのヤマジュンがそこまで言うなら相当だよ。中学で小鳥遊を中心に騒動が何度もあったのは事実だしね」
小鳥遊の性格からいって、この学園祭を通して随分とクラスの中で地位を上げた僕のことは、大層目障りに思っていることだろう。動機も十分。前科もあると来れば、とりあえず言い分は署で聞こうかコース確定だ。
しかし表向きには猫をかぶり続けているアイツに、明確な証拠もなく容疑をかければ、奴はここぞとばかりに泣き喚いて、ご自慢のナイト様をけしかけるだろう。
今の蒼真君は多少は反省したとはいえ、小鳥遊がギャン泣きすれば無条件でアイツの味方をするだろう。下手すりゃ僕の言い分に聞く耳を持つほどの冷静さすら失うかもしれない。
今のところ、僕の蒼真君への信用度などそんな程度だ。
たとえ蒼真君が思いとどまったとしても、剣崎が鉄砲玉よろしく飛んでくるのは間違いない。まして剣崎は僕のことを小鳥遊以上に目障りに思っているだろうから、「小鳥を守る!」という錦の御旗を掲げれば、嬉々として僕を襲ってくるだろう。
「証拠がないから告発はできそうもない。けど、これ以上余計な真似しないよう、それとなく見ていてくれると助かるよ」
「ふーん、そっか、分かった」
杏子の相槌が耳に届くと同時に、ギュッと柔らかく温かい感触に包まれる。
「えっ、あの……なんで抱きしめられてんの」
「偉いね、小太郎は」
いや、だからなんで僕は抱きしめられているのだろう。この感触、完全にアレですよね。僕の視界を奪って顔面を包み込んでいるコレ、もしかしなくても『おっぱい』なのではないでしょうか。
ここはカーテンで区切ったメイクルーム。布切れ一枚向こうには開店準備を進めるクラスメイト達が確かにいるけれど、ここには杏子と二人きり。
なんだこのシチュエーション。疑問の答えは出ずに、ただドクンドクンと心臓の鼓動だけが高鳴ってゆく。
「こんなヤなことあったのに、ちゃんとメイドやろうとしてんだから」
優しい声音と共に、頭を撫でられる。
あっ、やばい、これはホントにヤバいぞ。母性の塊のような巨大な胸に抱かれて頭撫でられて優しい声かけられたら、みるみるIQと精神年齢が溶けていくぅ……ま、まずい、何もかも忘れてオギャってしまいそうになる……
「――――桃川ぁ! 持ってきたぜぇ、メイド服!」
その時、淫靡な静寂を破ったのは高らかに響く葉山君の声であった。
「ったく、タイミング悪ぃんだからアイツ」
ちょっと不機嫌そうに言いながら、魅惑の抱擁からリリース。僕の溶けかけた精神も正気へ回復してゆく。
「そ、そうだね……」
今どんな表情なのか自分でも分からない恥ずかしさで、顔を背けながら僕は立ち上がる。葉山君のことだから、このまま勢い込んでメイクルームまで突撃しかねないし、こっちから出迎えるとしよう。
「ありがとう、葉山君。いいの見つかった?」
「おうよ桃川、バッチリだぜ!」
物凄い自信だ。コレは思わぬ掘り出し物を引き当てたようである。
「おい葉山ぁ、早く衣装合わせしたいんだから、勿体ぶってないでさっさと出せ」
「へっへっへ、見て驚け、コイツが俺の見出した『真メイド服』だっぜ!」
バーン、と自分で高らかに擬音を上げて取り出したのは、黒地に白いフリルのあしらわれた、メイド服――――
「いや水着じゃん」
「真メイド服だぜ?」
「水着じゃん、コレどう見ても水着じゃん!?」
確かに色合い的にも装飾的にも、メイド服の特徴はしっかり出ている。しかし、だがしかしである。この布面積は公共の場で着るに相応しい衣服ではなく、下着あるいは水着に分類されるべきものだ。
上はキャミソールタイプの水着で、フリル付きの肩ひもをかけるだけで、胸元を覆う少々の布地しか存在していない。勿論お腹はモロ出しだ。
そして下はスカートの体を成していない短さの裾が伸びてるだけのビキニタイプ。前面だけはエプロンをあしらった装飾で多少は装甲を増しているが、後ろから見れば……男のケツにこのⅤ字が食い込んでるのは絶対に見たくないね。
「バカじゃないのっ、こんなの着れるワケないって!」
「ええぇ、桃川なら大丈夫だろ」
「大丈夫なワケねぇだろ、一瞬で男バレするわこんなん!」
元あったところに戻してきなさい、と子猫を拾ってきた小学生のガキに怒鳴るような勢いで叫ぶが、葉山君は諦めきれない模様。
幾ら僕が小柄で細身といっても、限度ってもんがある。ここまでの露出度となれば、一発で男と分かる体つきが露わとなってしまう。そして僕にはありのままの自分を曝け出す露出癖はない。女の子の露出はワクワクドキドキの浪漫だけど、男の露出はただの変質者でしかないのだから。春になると通学路に湧いてはシコる野郎は死ね。
「なぁ蘭堂、やっぱこれダメ? 何とかならね?」
「ふーん、まぁ、サイズは結構合ってるし、イケるんじゃね」
「えっ!?」
まさかの杏子の裏切りによって、一転僕は窮地に陥る。
「いや、そんな、まさか……」
「まぁ、流石にこのまま着せたりはしないから安心しろって。コレをベースになんかいい感じに隠れるようにすっからさ」
「いい感じって、具体的にどれくらいまで隠れるの?」
「ホントいい感じだから」
答えになっていない、と真っ向から言えないだけの圧が杏子の笑顔にはあった。
「ジュリ、マリ、集合。急いで衣装仕上げるぞ!」
あっあっあっ、僕が狼狽えている内に、杏子がどんどん準備を進めてしまっている。
残された時間はあと僅か。ここでイヤイヤと駄々をこねたところで、どうしようもないのも確かだが、
「やったな桃川、これで何とかなりそうだな!」
「恨むぞ葉山君……」
今ばかりは、この人の気も知らないで能天気に笑うクラス一のお気楽男を呪うのであった。
2023年12月29日
すみません、今年最後の更新で遅れるという、なんとも締まらない最後となりました。これも全部、仕事ってヤツが悪いんだ・・・
ともかく、思いの外長引いたせいで今年中に終わらなかった学園祭編ですが、これから最後の山場となりますので、どうぞ来年もお楽しみに!




