一難去って
「二年七組は白嶺学園にて最強、覚えておけ」
腕を組み踏ん反りがえって、連行される奴らをお見送り。ふん、雑魚が、二度とツラを見せるんじゃねぇ。
「桃川君、そういうところよ……」
「まぁ、無事に酔っ払いクソ野郎だけギルティーされて万々歳でしょ」
僕の態度に一言言いたげな委員長だが、長い人生、ドヤれる時はドヤっておいた方が得なんだよ。特にああいうのが成敗されるのは爽快そのもの。そりゃみんな正義の棍棒でぶん殴る相手をネットの海で探すってなもんだよ。
そんな人のサガはともかく、教師と警備はぐったりした四人をさっさと連行していってくれた。普通なら何があったと事情聴取から始まるんだろうが、そんなことしてたら今日の営業はお終いだ。冗談じゃない、こっちは純粋な被害者だぞ。
そんな言い分も署で聞こうか、なんて流れになるところだが、一番の決め手は奴らがアルコールをキメてることだ。酔っ払いが暴れたので取り押さえました、先生、あとはよろしくお願いします――――これで済む、というか済ませた。
それでも事情が、などとゴチャゴチャ言われても対応できるよう、一部始終はしっかり撮影してある。ウチには専属のカメラマンがいるからね?
僕が絡まれた木崎さんのヘルプに入る前に、ハンドサインを送って勝には指示を出しておいたからね。いざトラブルが発生した時の貴重な証拠映像を残すよう、勝のカメラチームには即座に撮影をするよう取り決めてあるのだ。
そういうワケで、酒臭い奴らが散々にイキり散らしては、可憐なメイド長へと手をかける衝撃スクープ映像の鑑賞会でも、これから生徒指導室で開くんだろう。
「でも確かに、何の被害も出なくて良かったわ」
警察の特殊部隊さながらに、誇張抜きで一瞬の早業で四人を制圧したことで、怪我人どころか物損もない。強いて言えば僕のメイド服の胸元にシワが寄ったことと、蹴り飛ばされたドアが若干ガタついたことか。
ああいう暴徒を相手にすれば、最終的には御用となったところで、散々暴れて店内が滅茶苦茶に、というパターンも十分にありうる。実際、こっちに奴らを止めるだけの力がなければ、酒と怒りに酔った奴らは本当に暴れだしたことだろう。
「黒服作っておいて、ホントに良かったよ」
やはり力こそ正義。平和を担保するのは愛でも対話でもなく、何者にも負けぬ暴力なのだ。
しかし、来るなら黒高生だろうと思っていたが、まさかウチのOBにもあんなのがいるとは。最近のチンパンジーは入試も出来るのかよ。
まぁ、生粋のヤンキーである黒高生だろうが、大学デビューで調子乗っちゃった飲酒猿だろうが、一方的に制圧できるだけの力があれば安泰よ。
それも、殴る蹴るせずに速攻で組み伏せられる技があるから、暴力として咎められにくいのもいい。勝ったところで、派手に殴り合いの大乱闘となったら余計なお叱りを受けることになりかねないからね。
今回は見事に「相手が暴れたから抑えました」とケチのつけようのない完全勝利だ。これで文句つける奴がいたら、お前の家に飲酒猿四匹リリースすっからよぉ。
「桃川君を危険な矢面に立たせてしまって、ごめんなさい。けれど、木崎さんをすぐに助けてくれたのは、本当によくやってくれたわ」
「こっちは最強の黒服部隊がいるんだから。ビビる必要はどこにもないからね」
尚、実際に取り押さえた人員の半分はメイドと執事の模様。黒服じゃないからといって、武闘派ではないとは言っていない。
「率先して動いてくれて、ありがとう。桃川君が彼らの相手を引き受けてくれなければ、こんなにスムーズに解決はできなかったでしょう」
「別に委員長でも同じことできるでしょ。僕はただ、みんなの力に頼っただけだから」
この間は来るか分からん救援要請のみを頼りに、黒高ヤンキー相手に遅延戦術を仕掛けたんだ。最初っから戦力揃ったホームで待ち構えている今回は、勝ち確の楽な戦ってなものだよ。
だからと言って、木崎さんのような普通の女子に、あんなクソ野郎共の相手はさせられない。なんだかんだで僕もメイド長として、責任感ってのもあるし。
「でもやっぱり龍一にだけ、なんか馴れ馴れしくない?」
「いやぁ、ただのおふざけだよ、あんなの」
「ホントに? 媚売ってない?」
委員長、僕が天道君に絡むと急に当たりが強くなるのなんなの。恋する乙女が嫉妬するなら、女装男子なんぞに構ってないでもっと相応しい奴を相手してくれよ。
「ほら、お陰様でまだまだ営業中なんだから、いい加減に僕らも仕事に戻らないと」
「それもそうね……」
納得はいっていないが仕方なく、といった雰囲気をあからさまに醸しながら、委員長は執事として気持ちを切り替えた。
二日目の営業時間も、あともう少し。最後まで気を抜かずに頑張ろう。
◇◇◇
「――――いってらっしゃいませ、ご主人様」
本日最後のご主人様をお見送りし、二日目の営業時間もついに終了と相成った。
「みんな、お疲れ様」
お疲れ、とみんながみんな、返してくれる。うーん、この一体感。
特に今日はトラブルも色々あったし、それを乗り越えての今だから、みんな何かしら感じ入るところもあるだろう。
「メイド長、お疲れっしたぁ!」
「葉山君もお疲れ様。ライブ、ちょっとだけだけど見れたよ」
「マジかよっ、うーわ、恥ずかしぃーっ!」
などと恥ずかしがっているが、舞台の上でギターボーカルをこなす葉山君はなかなかどうして恰好良かった。何故かメイド服のままだったけど。
けれど如何にも学園祭らしいコスプレ姿は、あれはあれで雰囲気に合っていたと思う。
「最後まで見れなくてごめんね。途中でヘルプコールが来たもんで」
「まっ、ほとんど昼時だからしゃーねーだろ」
僕の母親が帰り、入れ違いのように双葉さんがやって来たタイミングで、二人とも抜けることにしたのだ。ここで抜けておかないと昼飯を食べられなくなりそうだったから、僕も双葉さんも。
そういうワケで、意図せず今日は双葉さんと二人きりとなったのだが……制限時間30分、昼食を済ませる、葉山君のライブも見る、と全ての条件を達成させるために、昨日と似たような慌ただしいランチとなってしまった。
むしろ昨日があったから、すぐに買える、提供が素早い、出店に目星がついていたからこそ達成出来たともいえる。ライブの途中で「早く戻ってきて」と泣きが入ったので、実際の休憩時間は20分だった。
短い。あまりにも短い自由……これは後日、双葉さんとゆっくりランチをとるくらいの穴埋めがあって然るべき。大丈夫、学園祭の流れに乗れば、ヘタレな僕でも食事に誘うくらいできらぁ!
「ちゃんと撮影はしてあるんでしょ? 今度ちゃんと見せてよね」
「おうよ!」
と、葉山君を筆頭に、クラスメイト達と和気藹々と後片付けの時間を過ごした。
明日はいよいよ最終日。だが一般客が来るのは二日目だけだし、明日も営業時間は昼までだ。三日間の内、すでに山場は超えたと言える。
よって、昨日のように何かしら改善策や対応策を話し合う余地は今更になってはない。ちょっとばかり猿が暴れたりもしたが、どこも壊れてないから、急いで補修しなきゃいけないところは何もない。
テイクアウト制度もなんやかんやで上手く回ったし、今日と同じようにやれば問題ないだろう。
「コイツを着るのも、明日で最後か」
文芸部室にて、僕は入念に消臭剤をかけたメイド服をロッカーにしまい込む。
当然のことながら、このメイド服は一張羅だ。しかし学園祭の期間は三日間。三日も日中の間は着用し続けることになるワケで、それなりの対策は必要である。
基本的に衣装は各自で保管場所を定めている。教室は一分の隙もなく喫茶店へと改装されているので、キャストの人数分の衣装を保管するスペースも存在していない。
僕は文芸部室には自分用のロッカーがあるので、ここにメイド服を入れて、ついでに着替え場所にもしている。
昨日の朝、メイド服に着替えている途中に先輩が入ってきたので、気合を入れて悲鳴を上げたら本気で狼狽えていた。ザァーッコ。
今回は誰に見られることもなく着替えを終え、教室に戻ろうと渡り廊下を歩いていた時だ。
「……桃川」
「どうしたの、剣崎さん。半分持とうか?」
両手にゴミ袋を持った剣崎明日那が正面から歩いてきた。
この女に媚を売る気はないが、黙ってすれ違ったらそれはそれで文句言ってきそうと思ったので、断ってくれよと祈りながら心にもない言葉をかけた。
「こんなものは、どうでもいい」
断って欲しかったが、なんか思いの外に腹立つ言い方だ。僕の気遣いはどうでもいいってかぁ?
「桃川、貴様……蒼真師範に取り入って、何を企んでいる」
「……?」
一瞬、コイツが何を言ってるのか分からなかった。いやマジで何言ってんの?
「くっくっく、我が計画に気づくとは察しがいいな剣崎」とか「ふっ、それはまだお前が知るべき時ではない」とか、思わせぶりな返答を期待してるんだろうか。
ごっこ遊びがしたいなら、お前の相棒に頼めよ。アイツ腹黒いから黒幕ムーブを上手にこなしてくれるぞきっと。
「蒼真君のお爺さんのこと?」
「他に誰がいる」
「取り入るって何のことさ。僕はただ普通に接客をしただけだよ」
「とぼけるなっ! 蒼真のことも、桜のことも、随分と余計なことを吹き込んでいただろう」
「やれやれ、剣崎さんも聞き耳を立てていたの?」
「調子に乗るなよ。お前の得意な口先で丸めこもうとしたって――――」
「――――何を企んでいる、と聞いたよね。それじゃあ僕の本心を教えてあげよう」
開き直ったような僕の言葉に、剣崎は勢い込んだ台詞を中断した。
そして実に鋭い目つきで僕を睨んでは、言葉を待つ。嘘偽りを述べれば斬る、とでも言わんばかりの気迫を感じた。
安心してよ、これから言うことに嘘なんて吐かないからさ。
「剣崎さんが今日の最後に接客した女子がいるでしょ」
「それがどうした」
「あの子、文芸部の後輩なんだよね」
長江さんとは違い、本当に地味な顔立ちに貧相な体つきのガチ文学少女である。
話したことは二、三回、内容は部活の連絡だけ。活字なんてラノベしか読まない僕に対し、オールジャンルで何でも読む彼女は読書の趣味も合わない。よって特に話もしない、しようとも思わない、お互いに。
「僕、あの子のこと狙ってるんだよね。いくら執事の接客とはいえ、あんなホストみたいにベタベタと慣れ慣れしくして、調子に乗らないでよ剣崎さん。その自慢の美貌で取り入ろうたって、そうはいかないよ」
「ふざけるな、そんなこと私が知るか! お前の勝手な逆恨みだろう!」
「うん、それが今の僕の気持ち。分かりやすい例え話だったでしょ?」
ふざけるな。僕が知るか。お前の勝手な逆恨み。見事な解答じゃないか。現代文得意かよ。
「どこまでも人を馬鹿にした言い方を」
「剣崎さんこそ、自分がチンピラ以下の難癖をつけている自覚はないの?」
お前は今、自分が気に入らないから文句をつけに来て、自分が気に入らないからキレてんだぞ。素面でコレをやってんだから、飲酒猿君よりもヤバいでしょ。
「お前はっ、自分がどれだけ出しゃばった真似をしたか分かっていないから、そんなふざけたことを言っていられるのだ! 蒼真の婚約は全て、あの人の一存で決められるのだぞ!」
「だから、ちょっとでもそのことに関わるような、余計なこと言うなよってワケ」
「私はっ、私は本気なんだ、誰よりもな! お前のように呑気な奴になど、この私の気持ちが分かるかっ!」
はぁー? 僕だって双葉さんにも蘭堂さんにも本気なんですけどー? 僕がどれだけおっぱい好きか、お前のような奴になど分からないだろうね。
しかし、剣崎迫真(笑)の叫びによって、僕にもやっと分かったよ。
「ふふっ、剣崎さんもカワイイところあるじゃないか」
「なにが可笑しいっ!!」
「蒼真爺さんが僕に嫁に来いなんて言うから、嫉妬しちゃっただけなんでしょ」
「っ!?」
端的に言ってしまえば、それだけのコトだ。剣崎はああだこうだとゴネているが、結局は爺さんのこの一言が決定打に違いない。
そりゃあ、決闘なんてアホな真似してでも婚約者の座が欲しかった剣崎が、メイドの恰好でちょこっとお喋りしただけで、冗談でも「嫁に」なんて言われたら――――ねぇ、今どんな気持ち? 男に好感度負けて、今どんな気持ち?
「ち、違う! 私は、そっ、そんな低俗な話を、しているのではない……」
まぁ、そんな気持ちらしい。
ここまで見事に図星を突かれた顔をしながら、どうして未だに誤魔化すような台詞しか吐けないのか。
今時、素直にお喋りできない女の子、だなんて面倒臭くて相手にされないぞ。
「君が蒼真君に本気なのは、僕じゃなくてもクラスのみんなが知ってるよ。心から欲しかった一言が、僕に向けられて悔しいのは分かるけどさ――――ソレで僕に当たっているようじゃあ、ますます蒼真家の嫁から遠ざかるだけだよ」
「おっ、お前なんかに、何が分かる……」
「分かるさ、何せ僕は嫁に来いと言われたんだからね」
そして、それが分からない頭蛮族だから、お前はダメなんだ。
「君が本当に蒼真君と結ばれたいと思っているなら、僕にするべき態度は脅しじゃなくて、頭を下げて教えを乞うことじゃあないのかな。素直にお願いするなら、僕だってアドバイスの一つくらいはしてあげられるよ?」
「くっ、この私が、桃川なんぞに……」
「下らないプライドは捨てなよ剣崎ぃ……蒼真君が欲しいんでしょ?」
本当に本気なら、何だって出来るよね。
卑怯、卑劣、大いに結構。どんな手を使ってでも、心にもないことを口にしてでも、攻略対象の好感度を稼ぐならば何でもする。何でもできる。
それが好きってことでしょ。恋は戦争だよ。特に蒼真君のような色男を狙うってんなら、他の奴らを出し抜くくらいの狡猾さは必要でしょ。
そんなのが要らないほどいい女だったら、お前はとっくに結ばれているはずだ。
「僕の助言に従えば、他のライバルよりも一歩リードできるかもよ?」
「うっ、うるさい! うるさい! 私はお前の口車になんか、乗らないからなっ!!」
折角、僕が善意で言ってあげているというのに、甘い誘惑を振り切るかのように、剣崎は床に落としていたゴミ袋を拾い上げるなり、走って去って行く。
「その気になったら、いつでも言ってねー」
「黙れっ!!」
そんな捨て台詞を吐いて、剣崎はあっという間に渡り廊下の向こうへ消えていった。
「はぁ、やれやれ、本当に蒼真君には迷惑かけられっぱなしだよ」
でも、今のことはひとまず本人には内緒にしておいてあげるよ。恋する乙女の暴走、ということでね。僕は色恋沙汰には、気遣いの出来る人間なのだ。
◇◇◇
と、そんなことがあった渡り廊下を、夜が明けた早朝、僕は再び横断してゆく。勿論、剣崎が待ち構えている、なんてことはなく、僕は真っすぐ文芸部室に到着した。
ただの空き教室を利用しているだけの文芸部室に、カギなんて上等なセキュリティーはついちゃいない。ガラガラと開け放てば、早朝の気配を漂わせる静かな無人の室内が広がる。
文芸部に朝練なんて概念は存在しないが、こういう時間を利用して静かに読書に勤しむ、というのは優雅でいいかもしれない。もっとも、僕は布団の誘惑を振り切ってでもソレが出来るような人間ではないけれど。
そんなことを考えながら、僕がロッカーを開くと、
「……ない」
メイド服が、ない。
バタン、と無かったことにするにように一旦閉じてから、再び開けると、
「やっぱり無いじゃねぇか!?」
そりゃそうだ、早朝とはいえ狭いロッカーに服があるかないかくらい、見違えるはずがないだろう。
昨日、僕が丁寧に消臭を施したメイド服は、ご丁寧にもかけていたハンガーだけを残して、綺麗さっぱり消え去っていた。
「おのれ剣崎ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
とりあえず剣崎のせいってことにしておいて、僕は怒りの叫びを上げた。




