珍客万来(1)
学園祭二日目。メイド長の朝は早い。
「ふぇー、何とか台車も形になったね」
「助かったよ、桃川君。やっぱり器用な人がいると作業速度が違う」
「僕は去年、似たようなことやった経験あるだけだから」
無事に作業の目途がついたことで、顔を綻ばせる杉野君に、まだ学ラン姿の僕は昔取った杵柄的な返しをする。
朝練するような早い時間帯に登校した僕は、校外作業場にて昨日から急遽始まった配膳用台車作りの応援として参加していた。
台車は一台だけあれば良いというワケではない。昨日の状況から、最低でも二台は欲しい。
「でも最初から台車作るって決めておけば、もうちょっといい感じの見た目に出来たんだけど」
「それは仕方がないよ。急造品にしては十分な仕上がりだろう」
時間さえあれば、由緒正しい英国メイドがティーセット載せて押してくるようなワゴンを作れただろう。ちゃんと二段になっていて、アンティークっぽい装飾なんかがついてるやつだ。
でもそんなの一晩で用意するのは無理なので、急造台車は机にキャスターと取っ手をつけただけの簡易設計になっている。
本体が机なので、教室で使っているテーブルクロスなどを流用し、小汚い机の外観を誤魔化せるようにした。仮にも飲食物を載せる以上、それなりに綺麗に見えないと嫌だしね。
こんな簡単な作りの台車ではあるものの、いざイチから作るとなれば手間もかかる。最初に作り始めたやつとか上手く足にキャスターがつけられなくて、設計変更したりもしたし。
「オイ! 何やってんだ横道ぃ、ここズレてんじゃねぇかよ、この間抜け!」
「ヒッ!? あっ、スンマセン……」
意外にも真面目に早朝作業に参加している樋口が、横道の雑な仕事に怒鳴り散らしていた。ただでさえ時間がないのに、失敗されて余計な手間がかかったらキレそうになる気持ちはよく分かる。
こういう時は出来る奴がさっさと仕上げるに限る。
「まぁまぁ樋口君、そこは僕が直しておくから」
「あんだよ桃川、オメーだってノンビリしてられねーだろ」
「まだ蘭堂さん来てないし、時間はあるから」
「ったく、こんなヤツ甘やかしてんじゃねぇぞ。おら横道、メイド長様がテメーのケツを拭いてくるってんだ、感謝しやがれ」
「あっ、あ、アリガト……」
樋口にどやされてカタコト外人みたいな感謝をくれる横道。哀れな姿ではあるが、流石にメンタル面までフォローしてやるほど僕は世話焼きじゃない。そういうのはヤマジュンの専門分野だから。
「じゃあ僕がやるから、横道はそっち片づけておいてね」
「……っす」
曖昧な返事だが、理解はしたようでそそくさと僕が指示した方へと向かった。
普段の横道なら、これ見よがしにぶつくさ文句を言い続けそうなものだが、やけに素直な態度なのは、アイツなりに学園祭に協力しようという気持ちの表れなのかもしれない。
「さーて、それじゃあ台車三号機をさっさと仕上げちゃうか」
樋口の言う通り、僕はメイドの支度に時間がかかる。もうすぐ蘭堂さんも出てくるだろうし、急がなければ。
◇◇◇
「――――それじゃあみんな、準備はいいわね」
キンコンカンコン、と学園祭二日目の開始を告げる鐘の音が響き渡ると共に、委員長の号令が発せられる。昨日、急遽決まった対策案を盛り込んだ新体制で、更なる混雑が予想される二日目を乗り切るのだ。
さて、教室の外には早速、お客様の気配が。昨日の人気ぶりを聞いてスタートダッシュを決めてきたな。
お前のご指名はユイトかアストか、それとも僕の完璧な女装メイドに目覚めてしまったか?
ガラガラと勢いよく開け放たれたドアに向かって、僕は静々と頭を下げてお出迎え。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「葉山っ! 葉山いるかぁ!?」
おっと、まさかの葉山君をご指名だ。
「ライムライトちゃんご指名でーす」
「えっ、俺ぇ!?」
初手はメイド長の僕が出るからと奥の方で余裕ぶっこいてた葉山君、源氏名ライムライトは、慌ててこっちに出てくる。
「おお、葉山!」
「あっ、先輩じゃないっすか。チィーッス、ご無沙汰してまーす」
どうやら顔見知りの模様。先輩と言うからには三年なのか。だが制服でもジャージでもなく、なんかロゴの入った黒Tシャツにジーンズの出で立ちから判別しきれない。卒業生かもしれないな。
「すまん葉山、実はちょっと頼みがあって」
「ええっ、ウチの店に来てくれたんじゃないんすか」
「マジで急ぎなんだ、頼むから聞いてくれないか」
「なんか事情あるみたいだし、ちょっとそっちで話して来たらいいよ」
「悪ぃ、桃川」
とりあえず入口真ん前で話し込まれると営業妨害になってしまうからね。さりとて、葉山君の先輩は切羽詰まった表情で、何かしらの事情を抱えていることは明らかだ。無碍にはできまい。
「桃川、先に俺が出るよ」
「ありがとね、蒼真君。ちょっと頼むよ」
チラっと視線を向ければ、こういう事には鋭いのか、すぐに蒼真君が名乗り出てくれた。
ご主人様対応の一番手を蒼真君に譲り、僕は何やら事情持ちらしい葉山君の方の話を聞くことにした。
「で、なんすか先輩、頼みって」
「俺らのバンド、今日の舞台で出演することになってんだけど」
「聞いてますよ。行けたら行きますから」
「昨日の夜に、アッキーが事故っちまってな……」
「えっ、アッキー先輩大丈夫なんすか!?」
「足の骨にヒビ入って松葉杖だ」
「そんじゃあ今日の舞台は」
「頼む葉山! アイツの代わりに、お前が歌ってくれ!!」
おおぉ、こ、この展開は、学園祭バンドのピンチヒッターじゃないか!? リアルに存在したのかよこのイベント。漫画でしか見たことないよ。
「ええぇ、俺っすかぁ!?」
「俺らのオリ曲なんて歌えるの、お前しかいないんだよ。それにお前の歌唱力なら、十分にボーカルも務まるってのは、メンバー全員も納得してる」
「いやぁ、でもウチの店も忙しいし……」
「葉山君」
僕は訳知り顔で、彼の肩に手を置いた。
「行ってくるといいよ。君にしか出来ないコトなんだろう?」
「けど桃川、店は」
「いいんだ、こっちは僕らが何とかするからさ。それに学園祭で歌えるなんて、人生で二度とないことじゃあないか。楽しんでいこうよ」
「桃川……分かった、そこまで言ってくれんなら、俺も覚悟決めるぜ!」
君がクラスの心配をする気持ちは嬉しいけれど、こんなレアイベントを不意にしてしまったら一生後悔しそうだしね。学園祭の舞台で歌ったことがある、って青春の思い出はプライスレス。
「葉山を説得してくれて、ありがとう。君、スゲーいい子だね。ラインとかやってる? これ俺の――――」
「なにナチュラルにナンパしてんすか先輩! 桃川はダメっすからね」
「ええー、いいじゃん。てかあんなカワイイ子いるなら紹介しろよ」
「そう思うんなら、そのまま夢見てた方が幸せっすよ」
「えっ、なにそれどういう意味……」
とりあえず学園祭バンドピンチヒッター問題は、葉山君を彼らの元に送り出して解決だ。出来れば君の雄姿を見たいところだけれど、最悪誰かに撮影だけ頼んでおこう。
「――――というワケで、葉山君が離脱したから」
「マジかよ葉山、いきなり抜けるのはねぇべ」
「いいじゃねぇか、あんな頼みこまれて断っちゃあ男が廃るってもんだろ」
「まぁ、アイツなら大丈夫だろ。ギターもそこそこ嗜んでるし、歌は上手いし」
「へぇ、葉山君ってホントにそんな才能あったんだ」
桜井君は葉山君の歌唱力については知っているらしく、驚くこともなく納得していた。
「今度、打ち上げでカラオケ行くか?」
「是非」
今日は彼の生歌を聞けるかどうか分からないしね。飛び入りボーカル勤められるほどの歌声、一度は聞いておきたい。
「さぁ、客足も一気に増えてきたし、僕らも頑張るとしよう」
「オッス!」
みんなの野太い掛け声と共に、メイドチーム営業開始だ!
◇◇◇
「お帰りなさいませ、ご主人様――――」
二日目の逆転メイド&執事喫茶は、上々の滑り出しだ。さりとて、パンクするほどの大混雑というほどでもない。
どこのクラスも二日目は気合を入れているのか、思っていたよりも客として訪れる生徒の数が、昨日に比べて少なく感じる。しかし本日から一般客もやって来るので、その分だけ客足も増加しており、プラマイゼロみたいなものだ。
忙しいが、昨日一日で要領を覚えたのは何も僕だけではなく、他のみんなも同様。それに各員の自由時間を削ってスタッフ増員もしている。
ちょっと心配だったテイクアウトも、今のところは上手く機能しているようだ。
気づいた時には、その場で握手サービスとツーショットサービスが始まっていたが、まぁメイド喫茶に来て持ち帰りするなら、こういうサービスで満足度を補わなければいけないだろう。
「はい、ご主人様、あぁーん」
「んほぉ……」
と、一口くれてやれば、とろけるような表情のキモオタ系ご主人様が相手でも、メイド長は笑顔を崩さない。
この忙しさの中でも、あーんサービスを実行できる程度の余裕がある。僕のメイドレベルも結構鍛えられてきたのではないだろうか。見える、見えるぞ、ホールの流れが。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
愛想よくキモオタご主人をお見送りしつつ、教室の状況を眺める。
やはりハイレベルな美形揃いの執事が強いせいか、客の比率が女性に傾いてきている。トークに花が咲いて、滞在時間もテーブルの限界まで行くことも多い。
うーん、あまりにも女性客ばかりになると、男性客が入りにくくなってしまうな。何か対策を考えるべきか。かといって安易に呼び込みさせるほどメイドの数は余っちゃいない。
まだ様子を見つつ、いざという時は何か打てる手がないか考えておこう、と思いながら僕は次の客を出迎えた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
次のご来店はお嬢様、すなわち女性客。
基本的に同性が相手するルールだが、比率が偏った時はその限りではない。そして、それが今なのだ。少なくとも今すぐお嬢様に対応できる執事はゼロ。
滞在時間からちょうど夏川さんが空くタイミングのはずだったが、
「ごめんねぇ、ナミくん、ちょっと残しちゃって」
「いえ、全然! 美味しいです!」
話に花が咲きすぎたせいか僅かに残った茶菓子を、お嬢様から「あーん」をされている執事ナミは、快活な少年らしい満面の笑みを浮かべていた。
うん、まぁ、ああいう表情は明るく元気な夏川さんの魅力ではあるけれど……餌付け発生率が高すぎるんだよなぁ。
夏川さんにだけ、餌を与えないでください、のプラカードでも首から下げさせておくか?
ともかく、そんな遅延行動もあって、僕が女性客にも対応しなければならないタイミングとなってしまったのだ。
まぁ、僕としては別に男だろうが女だろうが、接客内容に変わりはないのでどちらだって構わない。
「ふぅん……いいじゃない」
ただし、明らかに妙なのは除く。
腕を組んで、何やら値踏みするように見下ろしてくるのは、ピンク色の女だった。
まず、髪がピンク。なにかのコスプレしてんのかってくらいの鮮やかなピンク色に染まっていて、フワフワっとしたロングなのも派手さを増している。
そしてその身に纏うのはショッキングピンクのレディスーツ。それもかなり短いタイトスカートだ。
こんな全身ピンク、コスプレ会場でもなければ存在は許されないはずだが、学園祭だとギリセーフ判定ということか。しかし恐ろしいのは、この女、アホみたいなピンクファッションに身を包んでいながらも、それが似合ってしまうほどにスタイルが良く、顔も整っていることだ。
顔にはハリウッド女優がオフの時にでもしていそうなデカいサングラスをかけているので目元は見えないが、その綺麗な輪郭と高い鼻筋、濃い桃色の唇から、まず間違いなく美女であろうことが窺える。
身体の方も女性としては結構な長身もあり、スーパーモデルみたいな体型だ。ジュリマリコンビですら子ども扱いできるレベルのスタイルは、ミニのタイトを履いてもエロさよりも長い脚を際立たせるスタイリッシュさを感じさせた。
このピンク女、見るからに只者ではない。ないのだが、見た目で接客を差別することはあってはならない。
僕はピンクの凄まじい存在感の圧力などまるで気にしないかのように、笑顔の仮面を被って相対する。
「それでは、お席へご案内させていただきます」
「よろしくね?」
当然エスコートしてくれるわよね、と言わんばかりに差し出された手を、僕は恭しく握って、席へと向かった。
ふぅ、昨日の余裕ある内から、気取って手繋ぎサービスとかやった甲斐があったよ。これもこれで、ちょっと慣れが必要というか、コツみたいなのもあるんだよね。
「貴女のオススメを貰えるかしら?」
「かしこまりました、お嬢様」
ピンクは席につくとメニューをチラ見だけして、僕にそう申しつけた。オススメの提供も、昨日の内に慣れたもの。オムライスとコーヒーで了解を貰い、オーダーを伝える。
「桃川君、なんか凄いの来たわね」
「うん、あんなピンクな人初めて見たよ」
キッチン担当の姫野さんと言葉を交わしつつ、速やかに提供されるコーヒーを受け取った。
それからほどなく、今朝ロールアウトしたばかりの台車に載せられた料理も届き、僕含め各自の元へと配膳される。
「ふぅ――――ねぇ、桃子ちゃん」
「はい、なんでしょうかお嬢様」
つつがなく食事を終えたピンクは、やたらお上品に口元を拭いてから、改まって僕へと向く。
「貴女、才能あるわ。私のお店で働かない?」
スっと抜刀術みたいな早業で差し出された名刺には、
『メイド喫茶ピュアピンク 代表取締役 ピンク』
「お嬢様は、かの有名なピンク店長だったのですね」
思わずマジかよ、と叫びそうになる衝撃の肩書だったが、メイド長としてどうにか取り繕うことに成功。
なるほど、彼女が噂のピンク店長。初めて実物を見たけれど、本当にピンクだとは。そりゃあ噂になるわ。
だがしかし、営業時間中に堂々とヘッドハンティングされるのも困る。僕にメイド喫茶でバイトする気はないし、そもそもの問題として……
「大変ありがたいお申し出ですが、桃子は逆転メイド、すなわち性別は男ですので、本物のメイドになることは出来ません」
「私は一向に構わんっ!!」
丁重なお断りを入れたら、物凄い覇気に溢れる一喝が飛んできた。
あまりの迫力に、何事かと教室中の視線が集まる。だがこのピンクに有象無象の注目など、一切怯むに値しないようだ。
「むしろ、それを聞いてますますお迎えしたくなったわ! 男の娘メイド、大いに結構!」
「お嬢様、少々お声が。他のお方のご迷惑になってしまいます」
「私には分かる! 桃子ちゃん、貴女は『プリムハート』のレムちゃんにも対抗できる逸材よ!」
僕の忠告などどこ吹く風。ガシっと肩を掴まれて至近距離で力説が始まった。
「すでに接客の基礎は十分出来ている。何より、私を前にしても動じなかった胆力、そして対応力! 貴女は私の来店から今に至るまで、一部の隙も無くメイドとしての役割を崩していない。素晴らしい、実に素晴らしい!」
あっ、ダメだ、コイツはもう止まらねぇ。
チラっと周囲に視線を向ければ、この状況下に唖然としているクラスメイト達の姿に、全力で顔を背けているユイトとアストが見えた。なるほどね、こんな風に熱烈に勧誘されれば、隠れたくもなるか。
「お嬢様、これ以上は本当に困ります」
「じゃあ桃子ちゃん、ウチの子になってくれる!?」
おいどうすんだ、これもう脅しじゃん。
まずい、この暴走ピンクをどうやって止めるか頭を悩ませていると、
「おいピンク、テメェいい加減にしろや」
「あがががががぁ! こ、この容赦の無さは、龍くんっ!?」
横合いからにゅっと伸びてきた逞しい腕が、ピンクの顔面を情け容赦無用とばかりにアイアンクローをかけた。
そのままギリギリと顔を掴みながら、力づくで僕を引っぺがす。
「ありがとう、助かったよ天道君」
「まぁ、コレが俺の仕事だからな」
ウンザリしたような表情ながらも、僕の窮地に駆け付けたのは、黒服、天道。
樋口の提案から採用されるに至った、いざという時のための暴力装置。まさか本当に出番があるとは。
かくして、二年七組が誇る最強の黒服が、初出動となるのであった。




