放課後対策会議
「はぁ……なんとか乗り切った……」
営業時間の終了を告げる鐘の音が響き渡り、僕はようやく一息ついた。
昼から戻ってきて、ほとんど休憩なしでぶっ続けだ。客足は途切れるどころか、噂が噂を呼んでどんどん増えていった。
立派な行列が形成され、急造の『最後尾』看板を持って整理に人員を投入したり。ホール担当の僕らだけでなく、料理チームもほとんどフル回転で、意味分からんくらいの忙しさだった。
「みんな、今日はお疲れ様。大変だったけれど、力を併せて無事にやりきったわね」
委員長からありきたりな労いの言葉が発せられるが、今日の殺人的な忙しさを経験したみんなにとっては何よりも実感の籠った台詞でもある。
「悪いけれど、先に片づけをお願い。各リーダーは相談したいことがあるから、集まってちょうだい」
平等を期した後片付けの参加を免除してでも、幹部会議開催だ。これは緊急の対策案件ってことか。
「集まったわね」
委員長の呼びかけにより、僕、双葉さん、杉野君、と四人が黒板前に集結。
店舗設営によって教壇は撤去されているので、委員長は黒板にチョークで議題を書き上げる。
「みんなも薄々察しているとは思うけれど、明日は今日以上の混雑が予想されるわ」
「回転率を上げるための対策が必要ってことでしょ」
「流石は桃川君、話が早いわね」
「そりゃあ今日の僕は一二を争う忙しさだったと自負しているからね」
メイド長は伊達ではないのだ。自分の接客に加えて、他のメイドをフォローしたり、ご主人様の無茶ぶりに答えたり、答えなかったり、その場のノリで色々やったし。
「しかし、今日の働きぶりを見るに、これ以上ないというほどよくやっていたと思うけれどね」
「ええ、練習の甲斐もあって、みんなよく動いていたと思うわ」
「初歩的なミスも全然なかったしね。料理チームの方はどうだったの?」
「こっちも大きなミスやトラブルはなかったよ。ただ、とにかく忙しかっただけで……」
「もしかして双葉さん、自由時間どころか休憩すら怪しかったんじゃないの?」
「あ、あはは……」
これはフルタイムぶっ通して厨房に立っていたな。双葉さんの苦笑いには、確かな疲労の色が滲んでいる。
「これはまずいんじゃないの、委員長。双葉さんに倒れられたらお終いだよ」
「私は大丈夫だよ。これくらいは慣れてるし」
これくらい慣れてるって、すでに飲食店経営者かシェフのような口ぶりだ。けど双葉さんほどのガチ勢なら、確かに長時間の調理作業も経験があることは事実だろう。
「そうね、幾ら何でも双葉さん一人に負担を掛けすぎてしまっているわね」
「でも、大変なのはみんな同じだから」
「それでも僕らだって多少の自由時間はあったから」
「そうよ、少しでも学園祭を見て回るくらいの時間は作らないといけないわ」
折角の学園祭なのに、丸三日間オール勤務時間とか終わってるよ。ボーナス出ないとやってられない。労基案件かよ。
「姫野さんを生贄にして双葉さんを解放しようよ」
僕は知ってるぞ、姫野は自由時間をしっかり満喫して、調子に乗ってSNSに学園祭を楽しむリア充アピールで写真アップまでしていることを。明日スマホ弄る時間があると思うなよ。
「何とかシフト調整をしましょう」
「裏方チームの方からも増員しよう。この忙しさだ、多少の自由時間が削れるのも仕方がないとみんなも納得してくれるだろう」
「ありがとう、杉野君」
「ねぇ、杉野君、やっぱり台車いるんじゃない?」
正確にはトローリーワゴンとか言うんだっけ。要するに料理を載せて運ぶ配膳用の台車、ファミレスでも見かけるアレだ。
「そうだね。正直、ちょっと運ぶ手間を甘くみていたところはあったよ」
家庭科室で料理を仕上げる以上、教室まで運ぶ手間が発生することは分かっていた。だから台車の用意は話には上がっていたものの、予算節約と、それくらいなら当日手の空く裏方チームの人員で賄えるだろうとの見通しで、採用は見送られたのだ。
だが今日の状況を鑑みれば、杉野君の言う通り「甘かった」と言わざるを得ないだろう。
「何台か用意できそう?」
「木材は余っているけど、キャスターは買わないといけないね」
「良かったね委員長、予備費を確保しておいて」
「ええ、全くだわ」
初日を終えた段階で足りないモノに気づく、というのも学園祭あるあるだ。なにせ店の用意をしているのはズブの素人たる学生。当日に何かしらの不備が明らかになる、なんてのは大なり小なりあることだろう。
そしてその問題の半分くらいは、金で解決できるものだ。もう半分は時間という、どうしようもない制約になるが。
我らが委員長が、そういう不測の事態を見越して出来るだけの予備費を確保しておくのも、半ば当然の対応と言えよう。
勿論、去年のクソクラスは準備段階で予算使い切った上にクラスメイトから強制徴収という地獄だったよ。無駄に予算を使い込んだ無能共の面、僕はまだ忘れてないからな。
「あの、出来ればポットとか電気ケトルも欲しいかな」
「そう、お湯の確保も必要だ」
ウチが喫茶店である以上、メインとなるのは当然、茶を喫こと。すなわち、コーヒーと紅茶はほぼ客数と同じ数だけ出る。
これも予算節約と品質向上のため、ウチのドリンクはコーヒー、紅茶、白嶺の名水(水道水)の三種類のみに絞っている。よほどの貧困生徒か茶の気分じゃない限り、コーヒーと紅茶は注文され、十月後半の今時期においてアイスの方が出方は少ない。
結局はこれも見通しが甘かったという反省に繋がるのだが、沸かしたお湯を用意するのに今日は結構、苦戦させられたものなのだ。
「ポットとケトルになるなら、買うよりも出来れば自前で用意してもらった方がありがたいわね」
「委員長が一声かければ集まるでしょ」
「今日はお湯沸かすためにコンロが一か所潰れていたから。少しの間でも空くようになれば、調理の効率も上がると思うの」
「よし、電気ケトルをいっぱい揃えよう」
「そんなに数があっても、コンセントには限りがあるわよ」
「職員室から取ろうよ。なんならソコにあるケトルも使わせてもらおう」
「はぁ……分かった、交渉してくるわよ……」
さっすが、委員長! 頼りになるぜ。
職員室で先公が呑気にコーヒー淹れてんのは知ってんだぞ。お前ら普段から使ってんだから、学園祭の時くらい生徒にも設備を解放しろってんだ。これも生徒の自主性に任せた教育だ、勿論協力してくれるよなぁ?
「とりあえず、料理の運搬とお湯の確保が上手くいけば、多少は今日よりも効率的になるだろうね。けれど今すぐ出来る対策としては、ここらが限界かい?」
「そうね、案はあっても、実行するための時間は限られるわ」
放課後の時間帯は翌日に向けての準備時間に充てられるが、それほどの作業時間が確保できるワケではない。何か出来るのは、今の時間帯と、明日の開店までの早朝しか時間がない。
その限られた時間内で出来る限りの対応策をしなければならないのだが、
「……やっぱ客席の制限時間いるんじゃない?」
行ったことないけど、豚のラーメンのロット的な。
決まった営業時間内で、より多くの客を捌くためには、客の滞在時間を減らして席を空けていくのが一番手っ取り早い。店やキャストの努力ではなく、客のお前らが頑張るんだよ、というスタンスは人気店でなければ許されないが、ウチは許されるだろう。
「そういう方法はあまり取りたくはないけれど……」
「一律で実装すると反感食らうから、混雑時にはお席にお時間を設けさせていただきます、って言うくらいはするよ」
逆に言えば、それくらいしか配慮なんぞせん。ズラーっと並んだ行列を見れば、客だってチンタラ飲み食いしてりゃあ腹も立つし、散々待たされてから入ったらここぞとばかりにゆっくり堪能しようとするクソ野郎も現れる。こうして負の連鎖は引き起こされるのだ。
「それに席の時間を設定しておけば、こっちでも席が空くまでの予定時間をある程度は告知できるでしょ」
「確かに、せめて三十分待ち、くらいの範囲は視覚化できるようになっているといいわね」
テレビで紹介された人気店ってワケではないのだ。ただの学園祭の出店と思えば、許容できる待ち時間は三十分がいいところだろう。明確に待ち時間が見えれば、賑やかしで並ぶ奴も多少は弾けるかもしれない。
三十分以上並ぶ覚悟のある奴だけが、後に続けばいいのだ。尚、一時間待ってもお目当てのキャストに当たるかどうかは分からない模様。
「指名料とったらもっと儲かるんだけどね」
「流石にそれはまずいわよ。学園祭の範囲を超えた金額が飛び交うことになりかねない」
まぁ、イケメン男装執事にドハマりするお嬢様方の様子を見れば、あながち冗談ではないってのは分かる。特にエースのユイトとアスト、アイツらはダメだ。マジで女を破産させかねない危うい魅力が溢れている。
それになんだかんだで、顔面偏差値の暴力によってエース意外の執事もかなり好評だった。どこまで真面目に働くか怪しかった、あのレイナですら結構ちゃんとお嬢様のお相手を勤めていたからな。金髪碧眼の美少年がニコニコ笑顔で接してくれりゃあ、悪い気はしない。
レイナの天然ロリロリした態度は女子には好かれないタイプだが、面は蒼真桜に匹敵する。それで男装して愛想を振りまけば、一転して魅力に変わるのだ。
基本的に高身長で揃えたキャストの中で、レイナの小ささは唯一無二。そのテの趣味をお持ちのお嬢様には、ご指名するだけの価値もある。
「あ、あのー、テイクアウト、できるようにしたらどうかな」
指名料案が棄却されると、新たな提案が珍しく双葉さんから上がってきた。
当たり前だがテイクアウトにすれば席は使わない。ブツを受け取って、はいサヨナラ。フードとドリンクだけの売り上げを伸ばし、それでいてすでに限界ギリギリのホール担当の手間を取らせない画期的な提案だ。
という意識は、きっと彼女にはないだろう。ただ純粋に、並んでいる沢山の客に一人でも多く料理を口にしてもらいたいという純粋な思いに違いない。
「テイクアウト、ねぇ……一応、ウチの店のウリはメイドと執事だから」
「彼ら彼女らのサービスを受けられないと、魅力半減ではあるねぇ」
そう、ここで問題となるのが委員長と杉野君の懸念が示す通り、テイクアウトじゃご奉仕感一切出ないことである。
「うーん、やっぱりそうだよね……」
「いや、この際もうテイクアウトで注文を手渡しするだけでも十分なサービスなんじゃないの?」
席へ案内、注文を取り、配膳。この一連の流れの中で、多少トークを挟んだりするのが基本的なサービス内容となる。
だが興味本位で麗しのメイド&執事を見物しようと押しかけてくるのなら、基本サービスの内容を削ってでも、接する機会を増やす方が総合的に満足する客数は増えるのではないだろうか。
「テイクアウトにも常に一人はエースがいるようにすれば、それなりに恰好はつくんじゃない? 少なくとも、一目見たいくらいの軽い気持ちの連中はこれである程度は捌けるようになるかも」
「なるほど、一理あるわね」
「となると……カウンター席を一部撤去して、テイクアウト用に広げておこう」
「テイクアウトする料理はどうするの?」
「対応できるのは、ドリンクとセットのお菓子までが限度だと思うよ」
双葉さんの料理はテイクアウトしても味は変わらないが、盛り付けまでこだわっている一品である以上、持ち帰りタッパーに詰めた時点で料理としての総合評価は下げざるを得ない。外観という価値は下がるのに、調理の手間は変わらないとなれば、正直あまり割に合う作業ではなくなってしまう。
だったら最初から綺麗にラッピングして見栄えを良くできる、クッキーなどのお菓子類だけに限定した方がいいだろう。やったね、裏方チームの仕事が増えるよ。
「料理は店内お召し上がりだけの限定ということで」
「その方がいいでしょうね」
「でも客席に時間制限を設けるから、もし食べきれなかったら持ち帰れるタッパーくらいはあってもいいかもね」
ウチの料理を残して帰るなんてとんでもねぇ。
基本的に料理は、女性でも食べきりやすいちょうどいいサイズ、なのでよほど満腹でもなければ残すような量はない。実際、今日も料理が残ったことはほぼない。
でも食べるのがビックリするほど遅い人もいるわけで、時間を限ると残飯発生率は上昇すると予想される。腹いっぱいで残しているワケじゃないなら、タッパーに詰めて持ち帰れる方が客にも店にもいいだろう。
しっかし、ただの内容量削減を、女性に優しいだの、食べきりサイズだの、さも改善しましたと言いたげなキャッチコピーを考えた奴は特殊詐欺で捕まえろよ。こんな悪魔の発想をする奴、二度とシャバに出すんじゃねぇ。だったらガッツリ食いたい男サイズも同じ値段で用意しておかねば、男女平等に反するってものだろうが。
「他に何か、改善点はあるかしら?」
「強いて言えば、ユイトとアストの過剰なサービスは危険だからもうちょっと抑えた方がいいかもね」
「それを桃川君が言うの?」
「いやいや、僕なんかあの二人に比べたら全然普通でしょ」
「うーん、そうかなぁ? 結構、落ちてたと思うけど」
「みんなその場のノリではしゃいでただけだよ」
委員長も杉野君も、そんなに僕がご主人様の気を惹いたように見えたのだろうか。
だとすれば、それは僕の趣味の範囲で上手く話を合わせることが出来たからだ。あのエルペックスのホルダーご主人様を筆頭に、漫画アニメゲームといった王道サブカルは僕の趣味そのものである。そもそも同じ学生同士なんだから、大体どれかは嗜んでいるし、好きな作品の話をすれば、よほどのマイナーでなければ合わせる自信がある。
「それに委員長だって、随分とサービスしてたように見えたけど?」
冷たい眼差しで眼鏡クイってしながら「聞き分けのないお嬢様には……お仕置きが必要だな」とか言ってたよね。やっぱり鬼畜眼鏡じゃないか。
「……その場のノリでやっただけよ」
やんわり視線をそらして言うあたり、自覚はある模様。
「ともかく、やることは決まったわね。時間は限られているから、急いで取り掛かりましょう」
「やれやれ、最後の最後まで忙しくなりそうだ」
「それじゃあ、私は明日の仕込みをしてくるね」
僕はメイドチームを集めて、今決まった対応策込みで、明日の段取りを決めるとしよう。
◇◇◇
委員長の号令一下、初日の忙しさで疲れた体に鞭打って、みんなは急遽打ち立てられた対応策を実行するために作業を始めた。
とはいえ、元より十分な作業時間が確保できているワケではない。ほどなく日が沈む頃には、いよいよ本日の活動も終了と相成った。残りは明日の早朝で何とかするしかない。
うーん、裏方まで含めてなかなかのハードワークだが、僕にはまだ最後のお仕事が残っている。
「はい、桃川くん」
「ありがとう双葉さん」
こんな最後の最後に余計な仕事を頼んで本当に申し訳ないと思いつつ、彼女が笑顔で差し出してくれた銀盆を受け取る。
それを机の上に置いてから、教室のドアで待つこと少々。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「おい、なんの真似だ桃川」
校外作業場で急遽、配膳用台車を作ることとなっていた天道君を、今日一日で鍛え上げた営業スマイル全開でお出迎え。
絵に描いたような怪訝な表情を浮かべる彼に、これも今日鍛えた上目遣いスキルを発動しながら言う。
「今朝は送ってくれてありがとね。コレは心ばかりのお礼だよ」
「ったく、余計な気を回してんじゃねぇよ。ありゃあ涼子にあった借りを返しただけのこだ。別にお前のためにやったワケじゃねぇからな」
ツンデレ台詞どうも。男のツンデレなんて基本キモいだけだけど、君ほどのワイルドイケメンがやると趣も違ってくるものだねぇ。
「まぁまぁ、そう言わずに。もう料理も用意してあるんだ。勿論、僕の驕りだから」
「あっ、おい勝手に――――」
有無を言わさず笑顔で手を引けば、流石の天道君も渋々、席までついて来る。ふむ、振り払うほど嫌ではないのなら、大丈夫だろう。
それに天道君は何度か開催した昼休み試食会に参加したことは一度もないから、双葉印のオムハヤシを味わったことはまだ一度もない。コレを食べないなんて、とんでもない。
どんなに不良を気取る君だって二年七組の仲間なのだから、是非とも一度は口にして欲しい。
「当店自慢の一品、オムライスでございまーす!」
「……」
いまだ湯気の立つ出来立てオムライスを前に、天道君はむっつりと押し黙っている。だがここまで来て、メイドの僕は止まらない。
「美味しくなぁーれ」
寸分の狂いもなく綺麗なハートをケチャップで描き切る。もう目を瞑っていても描けそうだよ。
「はい、あぁーん」
「ソレはいらねぇ。自分で食う」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃん」
「うるせぇ、黙って食わせろ」
僕からスプーンをひったくるなり、ガツガツと食べ始める天道君であった。
「ああ、龍一が桃川に篭絡されるなんて……」
「でも兄さん、意外とあの二人、サマになっていますよ」
「へぇ、龍一……ああいうのが好みなんだ……?」
遠巻きに眺める外野が何か言っているようだけれど、僕は気にせず本日最後のご主人様にご奉仕するのであった。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
「明日は迎えになんざ行かねーからな」




