初日の賑わい
ふぅ、なんとか初めての接客を終えたぞ。個人的には、なかなか良い感じだったのではないだろうか。オススメ頼んでくれたし、トークもそこそこ弾んだし。
いやしかし、まさかあの冴えない一年生君がホルダーカード持ちの歴戦の猛者だったとは。ラノベの主人公みたいな実力隠しである。
僕は中学時代にあった悲しき過去エピソードによって、バトロワ含む対人ゲーム全般からは足を洗っているので、この手のゲームをすることはないのだが……あんな実力者がいると思えば、ちょっとやってみたくなるね。プレイヤーID聞いておけば良かったかな。
おっと、ノンビリしている暇はない。すでに次のご主人様がお帰りだ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ええっ、あ……桃川、なのかぁ……?」
「はい、桃子でございます――――来てくれて嬉しいです、先輩」
語尾にハートマークつくようなあざとい感じの上目遣いで、顔見知りである文芸部の先輩を迎撃。
ふふん、その顔はどうせ後輩の女装姿を笑いに来てやったぜといったところだが……生憎、今日の僕は可愛いんでね。遠巻きに長江さんを眺めることしかできないようなヘタレ先輩など、ちょっと迫ればこんなもんよ。いやぁ、メイクの魔法って凄いね。
「ああぁー、今ちょっとドキっとしてませんでしたかぁ? 先輩、後輩の女装姿に意識しちゃって、女子の免疫よわよわぁー」
「はあっ、う、うるせぇぞ、桃川! 意識なんてするかっ!?」
ぷぷっ、声が裏返ってる。強がってるのバレバレですよクソザコ先輩。
「はいはーい、それではお席へご案内いたしまーす」
「あっ、おい、腕組むんじゃねぇ!」
遠慮するなよ、知り合い相手にちょっとしたサービスってやつさ。とっておきな坊や。
「――――いってらっしゃいませ、ご主人様」
そんなこんなで、知り合い相手には気安く絡みながら、初見さんにはほどほどの距離感を維持した態度で、僕はメイド業をこなしていく。
ビラを撒いた成果か、初日の開幕から客足は途絶えず、開店30分も経たない内に、複数のテーブルを掛け持ちするような状況となってきた。
「桃子ぉーっ!」
「桃子ちゃーん!」
「メイド長ぉーっ、早く来てくれぇーっ!!」
「はい、ただいま参ります!」
クッソ忙しい。
いかん、時間が経つごとに加速度的に忙しさが増してきている。接客だけでなく、ホール作業の練習もちゃんとしておいて良かった。ぶっつけ本番だったら絶対詰んでたぞ。
作業はルーチン化で効率的に、優先順位を常に把握、更新。周囲の状況観察、必要とあらばすかさずヘルプに。提供は最短最速で、けれどメイドとして常に余裕をもって優雅たれ。
おっと、ミニスカートの誘惑に駆られて手を出そうとする悪戯小僧が一人。その動きは知っている、もう見切った、はい回避。
「お待たせいたしました」
リアルタイムでメイドのスキルレベルが上がっていくのを実感しながら、僕はどうにかこうにか押し寄せるご主人様共をさばいていった。
「――――桃川君、そろそろ交代よ」
「え、でもちょっと早くない?」
気が付けば、蒼真桜や剣崎明日那に負けず劣らずビシっと決まった執事姿の委員長に、交代時間のお声がかけられる。
「想定以上に客足が増えているわ。悪いけれど、エースの桃川君にはピークタイムの前に抜けてくれないと」
「なるほど、確かに今しかないね」
「下手すると、自由に学園祭を回れる最初で最後のチャンスかもしれないわ」
「初日でこの忙しさだから、冗談じゃなさそうなんだよね……」
本来であれば平等に店番から抜ける時間が設けられている。それはメイド長である僕もそうだし、双葉さんだって同様だ。
けれど、あまりに忙しすぎると混雑する客の行列を前に、悠長に学園祭を遊び歩くのも躊躇われる……去年のショボいクラスの出し物では、ありえなかった現象だ。人気店の宿命とも言える。
「分かった、それじゃあ抜けるね」
「今の内にお昼も済ませた方がいいわよ。十一時半までに戻ってきて」
「了解。桃子、二番入りまーっす!」
定番の休憩宣言を上げながら、僕は一旦ホールから撤退。この場は任せたぞ、みんな!
「うーん、あんまり時間がないなぁ……」
これは着替える時間もありゃしない。このまま行くか。
「おーい、桃川ぁ、お疲れー」
「ああ、蘭堂さん。お疲れ様」
「ウチはもう大した仕事してないし」
と気楽な笑みを浮かべる蘭堂さんと挨拶。スタイリストの仕事が終われば、確かに彼女はちょっとした雑用程度のお仕事しか割り振られていない。
今からでも僕の代わりにメイドやってくれないかな。爆乳黒ギャルメイドを僕は諦めない。
「ねぇ、今から抜けんでしょ?」
「うん、もうこのタイミングでしか抜けれそうにないから」
「じゃ、一緒に回る?」
えっ、いいんですか!? と食いつきそうになるところを、寸でのところで堪える。がっつき過ぎると引かれるかもしれないし。
「僕この恰好のままだけど、いいの?」
「いいじゃんいいじゃん、そういうの学園祭らしくて。可愛い恰好見せて宣伝もしてやれ」
軽く言うなり、自然に僕の手を取ってさっさと歩き出す蘭堂さん。
僕もサービスで有象無象のご主人様共と手を繋いだりするサービスをしてやったが、やっぱ本物の女の子には敵わないな。
「どっから行く?」
「先にお昼済ませたいかな」
「じゃあ三年の店。ウチちょっと気になるとこあんだよねー」
そうして、図らずとも蘭堂さんとの二度目のデートイベントが始まった。
◇◇◇
と、思っていた時期が僕にもありました。
「おい、押すな! そこぉ、もっと下がれってのぉ!」
怒声を上げる蘭堂さんを後目に、僕はスタイリッシュにデザートイーグル二丁を構えて言う。
「――――ジャックポッド」
「いい!」
「いいよぉ、コレだよコレ!」
パシャパシャと鳴り響くシャッター音が僕に浴びせかけられる。
「はい、じゃあ次はこれね」
「あっ、はい」
唯々諾々とカスタムパーツのついたM4カービンを受け取り、僕は本格FPSとかでたまに実装されてるハンドサインを送ってから、適当な方向へ向かって膝をついた射撃体勢をとった。
パシャパシャ――――
再び響くシャッター音を聞きながら、どうしてこんなことに、と数分前の自分の選択を悔いた。
「あのっ、桃子さんですよねぇ!?」
と、配ったビラを片手に知らない男子に呼び止められたのは、蘭堂さんのお目当てのクラスへ向かうべく三階への階段を上がってすぐのことだった。
そりゃあビラには顔と名前がデカデカと載っているのだから、女装メイドやってる姿を見れば僕が桃子だと分かるのは当たり前だが、わざわざ声をかけられる理由は検討がつかない。別にメイド衣装で出歩いている奴なんて、学園祭じゃあ珍しくもないだろうに。
「お願いします、写真一枚だけいいですか」
「ええぇー」
撮られるのは嫌なワケではないのだが、今はちょっと時間が。どうしよっかな、一枚だけならすぐ終わるしいいだろうか、と思った矢先に、
「一枚100円な」
蘭堂さんがすかさず言い放った。なるほど、体よく断るにはちょうどいい文句だ。実際、僕らの店で金取って撮影しているし。
「それじゃあ、とりあえずコレでお願いします」
意外、それは千円札!
まさかのニコニコ現金払い。この男子、迷わずスっと札を出しやがった。
「うわ、マジかよ……どうする桃川?」
「まぁ、そこまで払ってもいいって言うなら、お値段分くらいは」
「じゃあ早くしてくれよな」
「ありがとうございます!」
売買契約成立。折角だし、この臨時収入で蘭堂さんに男の甲斐性を見せつけてやれるぞ。
「それではコレ持って構えてもらえますか?」
そこで差し出されたのがM9。ベレッタと呼んだ方が分かる人が多いかもしれない、ゲームに映画に大活躍の米軍正式拳銃として有名なハンドガンだ。
「良かったらこれも」
そしてセットでホルスターもお出しされてしまう。刑事とかが脇から吊り下げるタイプの奴だ。
「どっからこんなモノを……」
「ウチの備品ですよ」
と、男子が指さす後ろには『超本格派! ミリタリーシューティング』と書かれた弾痕付きの看板が、無骨なコンクリ壁風に仕上げた壁面に掲げられていた。
ドアから中を除けば、壁掛けフェンスとガンラックに多種多様なエアガンや電動ガンが掲示され、好きなのを選んでぶっ放せる、豪華な射的みたいな店らしい。
うわ、ここ一人だったら絶対入ってたよ。
一目で男のロマンをくすぐる素敵な内装に、これだけの銃を集められるってことは、クラスに複数人ガチ勢がいるのだろう。サバゲーは興味あるけど、やったことはないんだよね。
そんなことを思いながら、手早くホルスターを身に着け、指定通りのポージング。
マガジンが空になっているのと、安全装置がかかっているのを確認してから、シャッターを押す寸前にだけトリガーに指をかけた。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
僕も稼げたので、と臨時収入でちょっとだけ懐が温まったところまでは良かったんだ。
「おい、桃子が撮影会してるってマジ!?」
「俺も撮りてぇ!」
「僕も!」
「ワイも!」
「私は一万出そう」
「えっと……お一人様千円まででお願いします」
ゾロゾロ出てきたミリオタ達に囲まれて、僕は半ば強制的な撮影会を開くこととなってしまった。蘭堂さんはさながらマネージャーが如く、金銭を受け取り、撮影のレギュレーションを守らせるためにカメコ共を怒鳴り散らす。
そして僕は唯々諾々と押し付けられる銃器を装備しては、時にカッコよく、時にあざと可愛く、そしてまたある時はリアルな構えをとって、彼らの要望に応じた。
ちょっと人だかりが出来れば、なんだなんだと道行く生徒も興味を惹くものだ。そして興味本位で俺も俺もと撮影希望者が殺到し、
「はーい生徒会でーす。廊下での出し物はご遠慮願いまーす」
「もう、何やってんのよアンタ達! さっさと散れ!」
「全く、次から次にトラブルが……如月さんがいてくれれば」
終わりが見えなくなり始めた頃、ついに騒ぎを聞きつけた生徒会執行部が現着。そういえば、確かに通行の妨げになるため廊下で何かやるのは禁止であった。
「やべぇ、ズラかるぞ桃川!」
「イエスマム」
「あっ、待って、せめてあと一枚、ロケラン担いだコマンドーアングルでぇーっ!」
スマンな最後のカメコよ。どうしても僕を撮りたければ、二年七組に直接来てくれよな。オーケー? オーケーッ!
そうして僕は素早く危機察知した蘭堂さんに手を引かれて、どうにかその場を離脱した。
「いやぁ、酷い目にあった」
「でも結構稼げたぞ」
ニヤリと笑って千円札を扇状に広げる蘭堂さん。おお、これもしかして一万円超えてるんじゃないの!?
「ヤバっ、もう時間あんまねーし、急いで食って戻るぞ!」
「うん、しょうがないね」
そうして思わぬ足止めを食らったせいで、僕は蘭堂さんとのランチをゆっくり楽しむ暇もなく、空いてる屋台で定番モノをかき集めて食べ歩きながらクラスへ戻るという、慌ただしい食事となってしまった。
この埋め合わせは後日、休みの日に誘ってみることにしよう。そう、この臨時収入でね!
◇◇◇
さて、時間ギリギリで二年七組へと戻ってみれば、
「イデデデぇーっ!」
「そのセクハラは限度を超えているな」
魅惑の偽乳に釣られたらしいアホがパイタッチを試みたところ、蒼真流の体術で腕をひねり上げて制圧している蒼真君の姿が。
「うっ、うぅ……俺がぁ、俺が間違ってたんだっ、ぁああああああああああ!」
「よしよし、辛かったね。でも大丈夫だよ、こうして君は自分の過ちを認めることができたんだから」
なんか号泣している男子を、優しく微笑んで頭を撫でてお悩みカウンセリングしているヤマジュンが聖母系メイドと化している。
「はあっ、ウルセーよ、俺だって腹減ってんだっての! 一口食わせろ!」
「おいおいおい、コレ俺が頼んだヤツぅ!」
「葉山テメーマジでふざけんなよ、どさくさ紛れでどんだけ食うんだ!」
恐らくバスケ部の同輩と思われる顔馴染み相手に、何があったのか頼んだメニューを勝手に食い始めた葉山君が騒いでおり、
「イヤァアアア! アストォオオオ! もっとぉ、ずっと緒にいてぇ!!」
「やれやれ、ワガママなお嬢様だ。これは無理矢理にでも連れ出してあげないとな」
「キャァアアアアアアーッ、強引なアスト好きぃ!!」
店に居座ろうと泣き喚く厄介オタと化した女子を、その余りあるパワーと恵まれた長身でもって、颯爽とお姫様抱っこで抱え上げた剣崎が、黄色い歓声を受けながら堂々退場して行き、
「いけません、お嬢様。私のような者に、本気になられては」
「貴方がいいの、ユイト! お金なら、お金ならあるからぁ!!」
一目でわかるブランドモノの財布から諭吉を何人も召喚しようとしているお嬢様を、蒼真さんは澄まし顔で諭している。
「はぁ……」
ざっと見まわしただけで、この有様。
おかしいな、僕が抜けるまでは、まだもうちょっと普通に喫茶として機能していたよね? 何ていうかこの、思っていたのと違う賑わい方になっている気がする。端的に言ってカオス。
「おお、戻ったか、桃川」
「桜井君、この惨状は」
「見ての通りだ。スマンが、俺に出来ることはオーダーをこなすだけだ。頼むぞメイド長」
「ええぇ……」
慌ただしくメニューをキッチンから受け取った桜井君が、なんだかんだで爽やかな笑顔を浮かべる見事な接客でお待ちのご主人様の元へと向かっていった。
「あー、どうする桃川? このままバックれる?」
「流石にそれは学級会でつるし上げ食らうから……はぁ、やるだけやるよ」
「おお、頑張れよ」
「蘭堂さん、メイクだけ整えなおして」
「任せとけ」
かくして僕は、再び戦場へと舞い戻る。
男女混合の欲望が渦巻く、この逆転メイド&執事喫茶へ―――




