学園祭開幕
「――――間に合ったわね、桃川君」
「天道君のお陰でね」
「ったく、いいように使いやがって」
何とかいい時間で来れた。天道君も飛ばした甲斐があったというものか。
だが初めてバイク乗る素人相手にあのスピードは勘弁してほしい。よくカッコイイ男の後ろにタンデムすると女の子はドキっとするらしいけど、僕は純粋に振り落とされまいと必死なだけで、トキメキ、みたいなモノは一切感じられる余裕はなかった。
「明日は迎えがなくても大丈夫だから」
「当たり前ぇだ」
俺の仕事は終わったとばかりに、一服でもしに行くのだろう、天道君はさっさと教室から去って行った。
「ちゃんと始まる前に戻って来なさいよー」
「うるせぇ……」
委員長の呼びかけに締まらない去り際になった天道君を見送り、さて僕も早いところ準備を始めよう。
「おはよう、蘭堂さん」
「はぁ、おふぁよぉー」
あからさまに眠そうな声が返ってきたが、このスタイリストは大丈夫なのだろうか。
「心配すんなって。何とかなるなる」
「じゃあ、よろしくね」
本番メイクとなれば、あとはもう蘭堂さんに任せるがまま。
僕はただ静かに席へとついてジっとしている。
「あれ、最初って誰だっけ?」
「店番のローテは書いてあるでしょ。忘れないでよね」
「ちょっと待て、ここなんか剥がれてきてない……?」
「ウッソだろおい……急いで補修する! シリコンは――――」
「今から撃って乾くわけねぇだろ。接着剤で誤魔化すしかねぇって」
「ねぇねぇ、どうコレ?」
「んー、なんか色見薄くない」
「ええぇー、今更言うなし」
静かにしているのは僕だけで、教室は開店前の最後の準備で何かと騒々しい。この慌ただしさの中に、それとなくみんなの抱く期待と緊張みたいなものが伝わってくるようだ。
勿論、僕だって同じ。むしろエースにしてメイド長という目立つ立場を担う以上、緊張感は人一倍だ。
本当に大丈夫なのか……何か見落としはないだろうか……ズボンのチャック開いたりしてない? スカートだから大丈夫か。
「よし、いいぞ桃川」
「ありがとう、蘭堂さん」
最後に手鏡で、過去一の出来栄えであることを確認。
「ビビんなよ、桃川。今日のお前は、学園一カワイイんだからなっ!」
弾けるような彼女の笑顔に、背中を押される。
そうだ、自信を持て。メイド長桃子は、僕の力だけで成っているワケではない。蘭堂さんの技術力と、良い衣装を揃えた金の力が合わさっているのだ。何も恐れることなどない。
「そうさ、今日の僕はカワイイんだからな」
準備は整った。覚悟も決まった。
二年七組『逆転メイド&執事喫茶』いざ開店!
◇◇◇
「蒼真先輩!」
「キャアアアーッ!!」
我らが喫茶、最初の来客は黄色い歓声を上げる蒼真ファンの女子達であった。
朝一でここに来るとは、やはり蒼真君のファンは強い。そして何より、ストレートにアプローチをかけに来られる女子の行動力も凄いのだ。
男が鼻息荒く女子目当てでやって来たら、ストーカー案件だし。
「うわっ、凄っ、先輩めっちゃキレイですね!」
「似合ってますよぉー」
「あはは、来てくれてありがとう」
キャーキャー言ってる後輩女子を相手に、爽やか笑顔で対応する蒼真君も流石だよ。
しかしジュリマリコンビによってバッチリ決められた女装のお陰で、女の子に囲まれる姿は気に食わないイケメン野郎ではなく、憧れのお姉様といった風情だ。
おい、そこで曲がってるタイを直すんだよ、鈍感野郎!
「お帰りなさいませ、お嬢様方。本日は私、ユイトが担当させていただきます」
「えっ、え!?」
「もしかして……桜先輩、ですか?」
「いいえ、今の私はユイト。どうぞお気軽にお呼びください――――それでは、お席へご案内させていただきます」
「ふぇえっ、あぁ……」
「うわわっ、こ、これちょっと、ヤバ……」
そのぶっちぎりの美貌で優雅に微笑みかけては手を取り、二人の女子をさっさと席へと連れてゆく蒼真桜、もといエース執事ユイト。
二人は蒼真さんとも当然顔見知りのはずだが、それでも男装した彼女の魅力をモロに受けて、早くも乙女の顔になってしまっている。やはり、恐るべき顔面偏差値の暴力。
「おお、桜の奴、気合入ってるな」
「練習の成果が出てるんじゃない?」
どう考えても兄貴に群がる女を引き剝がしたいだけのムーブにしか見えないけれど、お店的にはコレで正解なのでいいだろう。女子の相手は女子がするのだ。
「あの、これっ、オムライス頼んだら、どうなるんですか……?」
「私が心を込めて、ハートを描かせていただきます。それに、今はまだ空いておりますので、もっとサービスができるかと」
「あーん、してもらえる、とか?」
「お嬢様のお望みとあらば」
「オムライスお願いします」
「ちょっと高いけど、コレは買いでしょ」
しゃあ、一発目から目玉メニューのオムライス入りまーす!
やったぜ双葉さん。余裕で千円越えの値段設定で、最初に出るまでかかるかも、という懸念もあったが、最初のお客様で注文を取れたのはデカい。
それは単純に売り上げの問題ではなく、口コミが広がるための時間の問題だ。いくら美味しくても、噂が広まるのが遅ければ学祭期間そのものが終わってしまう。
だが朝っぱらから、ミーハーそうな彼女たちなら、絶対に話してくれるだろう。ユイトの魅力と、そのインパクトに霞まないほどの美味しさを誇るこだわりオムハヤシの味を。
ウチの店はキャスト魅力でどの道繁盛することは確定なのだが、僕としては双葉さんの料理こそ話題になって欲しい。なので僕は、積極的にメニューを推してゆく所存である。
それはともかく、初オーダーが入ったことで、調理室の料理チームへと連絡が伝わり、すぐにここへと届くだろう。
その間に、教室の窓際奥に設けられた簡易キッチンスペースでコーヒーが淹れられ、先に提供がなされる。
「ミルクとお砂糖は、いかがなさいますか?」
「あっ、お願いします」
「かしこまりました、お嬢様」
「ああぁ、混ぜ混ぜしてるぅ……」
コーヒーにミルクと砂糖を混ぜるだけのモーションに、ウットリとした視線を送る。
本来なら蒼真君目当てで来たというのに、もう完全に魅了しているな。やはり蒼真桜、学園一の美少女は伊達じゃないな。
そうしてコーヒーをお出ししてからは、料理の到着を待つ間にちょっとしたトークを二人と楽しむユイト。普段よりも意識的に低めに抑えた蒼真さんの声は、中性的な魅力にあふれ、おいおい、そんな耳元で囁いたりしたら……
「あふっ、あぁ、ユイト様ぁ……」
「ふふっ、お嬢様は可愛らしいお方ですね」
「あっあっあっ」
それとなくいかがわしい雰囲気も漂ってきたところで、料理もご到着。
よしよし、想定時間内だ。料理チームも上手く回っているようだ。
「はい、お熱いので、どうぞお気をつけて」
「ふぅーふぅー、してぇ」
「かしこまりました、お嬢様」
そうして、すっかり目がハートマークになっている後輩女子二人は、雛鳥が餌を与えられるが如く無防備に口を開けて待つだけの態勢となり、ユイトが冷ましたオムハヤシを待ちわびている。
「はい、あーん」
「あぁーん」
「いかがでしょうか、お嬢様。お口に合えばよろしいのですが」
「おいちぃ!」
流石にそろそろヤバい気がしてくる。蒼真さん、この機会に兄貴に纏わりつく女の性癖ぶっ壊そうとしてない? あの子たち、もう後戻りできなさそうな雰囲気なんだけど。
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「ううぅ……ユイト様ぁ……」
「絶対、明日もまた来ます!」
「はい、私はここで、お嬢様のお帰りをお待ちしております」
しっかり撮影サービスもこなしてから、お二人のお嬢様はお帰りになられた。
ふぅ、それにしても、初っ端から凄い接客を見せつけられてしまった。ウチのエースとなれば、このレベルのを要求されるのか。
「お疲れ様、蒼真さん。なんか凄い接客だったね」
「いえ、大したことではありません。練習通りにしただけですから」
「でも凄かったぞ、桜。あんな風にできるなんて……なんだか、新しい一面を見た気がするよ」
「ふふ、ありがとうございます。けれど、今はユイトとお呼びください、桜子お姉さま」
すっかりノリノリな彼女の態度に、あははと苦笑いの蒼真君である。
「僕らも頑張らないとね」
「そ、そうだな……」
なんて呑気に話している内に、いよいよ本格的な来店が始まった。
さっきまでのは、後輩女子二人が開幕ダッシュで駆け付けたからこそ。そこそこ時間も経てば、おおよそ学園中に生徒が散り、友人同士でどこの店から行くかと決めたところであろう。
僕らの店にも複数の団体がご来店だ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「うおおっ、優斗か!?」
「おいおいマジかよ」
「いや、桜さんじゃないの?」
「うるさいな、俺が優斗だよ」
「おおおぉっ、マジだ!」
お次に来たのも蒼真君目当て、とはいえ、見たところ剣道部の先輩達らしい。
後輩の女装姿をいっちょ拝みに行ってやるか、といった冷やかし気分で来た様子だが、馬鹿め、今の蒼真君を相手にそういう生半可な態度ほど反動を食らうことになる。
なにせ蒼真優斗、もといエースメイド桜子は、まんま桜の姉と言っても通じる美貌となっている。
そしてその身に包むのは、僕よりも金がかかった超本格派クラシカルメイドスタイル。さらには僕が選びに選び抜いて作り出した、本物触感の胸パッドも仕込み、男の目を惹くほどの膨らみを作り上げている。本物の巨乳、触ったことないけど。
肩幅もある蒼真君を女性らしく仕立て上げるなら、胸を盛るペコは必須。適当にタオルでも丸めて詰めればいいんじゃないか、とか甘っちょろいことを言っていた蒼真君を罵倒したものだ。
まったく、彼は女装をするにしても意識が低すぎるし、おっぱいを求める男の本能と浪漫にも欠けている。そんなんだから無自覚鈍感ハーレム野郎のままなんだぞ。
ともあれ、こだわりおっぱいパッド装備の桜子お姉さまのスタイルは、なかなかのモノだ。もとよりロングスカートで露出は極力抑えた恰好。そこでエプロンを盛り上げる大きな胸の膨らみがあれば、99%の男はおっぱいに目が行き、がっしりした体形に気づかない。
見える、見えるぞ、茶化しながらも揺れ動く桜子の胸に諸君の視線が吸い寄せられていることに。
尚、僕はもっと上のレベルにいるので、この程度の巨乳に惑わされることはない。上、で待ってるで!
「それでは、お席へご案内いたします」
「お、おう」
「ヤベーな、なんか結構サマんなってんぞ」
「……」
さてさて、そうして桜子が客席へと案内して行った頃合いで、
「剣崎先輩、来ましたよぉーっ!」
「ど、どうも」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
お次は剣崎ことアストをご指名のお嬢様のご入場だ。
こちらも剣道部員の後輩か、あるいは道場の門下生という名の手下かもしれないな。だがもう一方の女子の方は若干気まずそうな、興味なさそうな、恐らくは相方が無理言って引っ張ってきた、みたいなパターンだろう。
羽目を外し気味な学園祭とはいえ、それでもこういった店に入るのは、まして自分の友人や知り合いがいるでもないとなれば、ちょっと敬遠したくなる気持ちも分かる。まぁ、僕だって一人だったらまず入らないし。
けれど、僕には分かる。むしろそういうタイプの方が危険なのだと。
「おお、来てくれたんだな。どうだ、似合うか?」
「はいぃ、とっても!」
まずは剣崎、知り合いの後輩女子と普段の調子で話している。ここまではまだいい、仲の良い相手として普通の対応だ。
いや、ナチュラルに頭を撫でたりしている辺り、もうダメかもしれないが。
剣崎は元からカッコいい系だから、女子ファン多いし。そんな彼女がバッチリ決まった男装姿でフレンドリーにされれば、
「ありがとう、嬉しいよ。今日は俺がサービスするから、ゆっくりしていってくれ」
「ふわぁあい……」
そしてここから剣崎アストと化す。
うん、元から好きだっただけに、もう落ちてるな。
これでいて剣崎も、常日頃から小鳥遊を甘やかしているので、女の子相手に気遣ったり優しくしたりするイケメンムーブのスキルレベルは高い。僕が思うに、実は蒼真君に次いでクラスナンバー2なのではないかと。
そして奴の高レベルスキルが、どっからどう見てもイケメン耐性皆無な雛菊さん系の薄顔女子に容赦なく牙を剝く。
「そちらのお嬢様は、初めましてだな。俺はアスト、よろしく」
「う、あっ、どもっ……」
挨拶だけですでにキョドってる。これは苦手なノリで困っているのでは断じてなく、もうイケメン剣崎に迫られて嬉し恥ずかしの心境だ。これがもうちょっと進むと、魅了の状態異常が発動する。
「さぁ、席へ案内するよ、行こうか」
マジかコイツ、女の子二人の肩を抱き寄せて歩き始めたぞ。お前もう執事じゃなくてホストだろ。
剣崎が一人称「俺」でちょっと強引なキャラ付けになっているのは、小鳥遊の入れ知恵だ。その方が男っぽい演技になるとか、蒼真桜と差別化を図るとか、適当な理由をでっちあげて。
そして剣崎自身もそんなもんか、言われてみればそうかも、くらいの軽い気持ちでアレをやっているんだ。本当に、恐ろしいほどに邪悪なコンビだな。
「おい、桃川、次が来たぞ!」
戦々恐々としながらアストの接客を見送っていた僕に、ちょっと緊張気味の葉山君が小声で教えてくれる。
さて、いよいよ次からはメイド長たる僕が出撃だ。エースの名に恥じぬよう、気合を入れて行こう――――まずはメイド接客の基礎、眩しいほどの笑顔でお出迎え!
「お帰りなさいませ、ご主人様」




