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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
外伝:白嶺学園文化祭
430/521

魂のメイド服

「おいおい、随分と楽しいコトになってんじゃねぇか————俺も混ぜてくれよ」


 現れた樋口を見て、何とか間に合ってくれたかと胸をなでおろした。

 僕は路地に入って奴らが絡んで来た瞬間には、携帯で樋口にかけていた。果たして、ちゃんと出るか、出ても即切りされるかどうか、賭けではあったけど。

 頼むから伝わってくれと祈りながら、わざとらしく住所まで含めて店の名を叫び、今僕は絡まれているんだぞ、と端的に伝わるよう台詞を選んだ。


 樋口は僕と同じ買い出し部隊で、近くの店に向かっている予定だった。援軍を求めるならコイツしか適任がいないと思ったが、いやぁ、正解だったよ。マジで連絡先、聞いておいて良かったよね。


「ああ? 誰だよテメーは」

「いやいや、テメーらこそ誰だよ。黒高の猿共が盛りやがって、ウチのモンに手ぇ出してんじゃねぇぞ」


 俄かに殺気だつリーダー格と樋口の間に、バチバチと火花が散るような睨み合い。

 おお、これが本物の不良同士の威嚇か。


「テメェ、その制服、白嶺だな」

「白嶺って、あの天道がいる」

「でもコイツは違ぇだろ」

「ちょ、ちょっと待てよ……それじゃあこの子も、白嶺の……高校生ってコトぉ!?」


 いや僕のことは今どうでもいいじゃん。お前らはそのまま不良漫画の世界で生きててくれ。こっち見んな。


「ヤベェな、合法ロリかよ」

「聞いたことあるぜ、白嶺には伝説のロリ三銃士がいるって」

「流石は白嶺だ、女子のレベル高ぇ」

「へぇ、有名な女子だってんなら、ますます気に入ったぜ。白嶺の野郎が一人出て来たところで、退く気はねぇな?」

「ああ? 四天王でもねぇ下っ端がイキってんじゃねぇぞ」

「はっ、テメーも天道じゃねぇ雑魚だろが」


 流石に四対一の形成有利とあって、まだ向こうも強気に出ている。

 正直、樋口がどこまで強いのか僕は知らない。でも四人相手に楽勝できるほど、ってのは高望みし過ぎだろう。

 このまま荒事に発展したら、いよいよ覚悟を決めて横道の尻も蹴飛ばして、僕もやるしかないか。四対三なら、多少はマシな戦いになるはず。

 樋口と奴らの間に一触即発の空気が流れ、次の瞬間にはどちらが動いてもおかしくない、という緊張感が漂う中で、


「おーい、樋口ぃ、なにコイツら?」

「おっ、喧嘩か? 手伝うぜ」

「あぁん、やんのかテメぇら、ああっ?」

「ったく、遅ぇぞお前ら」


 上中下トリオだ。何故ここに、っていうか樋口が呼んだにしても早過ぎる。

 さてはお前ら、メイキャップブートキャンプをサボって外出しやがったな?


 ここぞとばかりにイキリ散らして登場した三人組だが、今この瞬間に置いては理想的な数合わせだ。

 そうして樋口を先頭に、上中下トリオの二年七組DQNグループが揃い踏み。これで四対四、数的不利はなくなった。むしろ僕を含めれば有利なくらい。掩護射撃で投石くらいは出来るしね。


「まったく、喧嘩沙汰なんて勘弁してくれよ」

「いいじゃあねぇかよ。こちとら女装女装で鬱憤溜まってんだ。ちったぁ暴れて発散しねぇとなぁ」

「いやぁ、悪ぃな、桜井、大山」


 おっと、ここでさらにダメ押しの増援で、桜井君と大山君も参戦だ。

 雛菊さんが絡まなければ優等生な桜井君は乗り気ではないが、血気盛んな大山君はこの中で誰よりもヤル気に満ちている。というか、ひょっとして君らもサボり?


 ともかく、確実な数的有利を取るために二人にも声をかけて集めた樋口は、なかなか頭が回る。伊達にDQNのリーダーやってないんだな。


「で? 黒高の下っ端君さぁ、まだヤル気?」

「ちっ、クソが……」


 絵に描いたようなドヤ顔で言い放つ樋口に、流石にこの人数差で挑むほどの馬鹿ではないらしいリーダー格は、ついに下がった。


「テメぇの面は覚えたからな」

「あ? こっちこそテメぇの面覚えたぞ。猿山に籠って二度とこの辺に寄るんじゃねぇぞチンパンが」


 樋口の煽りに、これ見よがしに舌打ちをしながら、黒高生は去って行った。


「はぁ……ありがとね、助けに来てくれて」

「まっ、黒服だしな。ウチの大事なメイドちゃんは守ってやらねーと」


 ヒャハハ、と笑いながら僕の頭を無遠慮に撫でる樋口。あっ、おいやめろ、セット乱れる、エクステ外れる!


「しかし桃川よぉ、あんま無茶すんじゃねぇぞ。フツーはあんな電話一本じゃ気づかないっての」

「でもちゃんと気づいてくれたじゃん」

「そりゃあ、俺ほどの男になればお察しよ」

「すぐに人数集めて来てくれたお陰で、助かったよ。みんなも、急な面倒事に来てくれて、本当にありがとう」

「へへっ、良いってことよ」

「俺らのメイド長のピンチだしなぁ?」

「駆け付けないワケにはいかねーべ」

「まぁ、無事に済んでよかったじゃないか」

「腰抜け共が逃げちまったせいで、俺は全然満足してねぇからな」


 上中下トリオ、桜井君、大山君、我らがメイドチームの結束がこんなに固かったなんて、僕は感動だよ。


「ところで、他の面子は?」

「葉山は置いて来た。この戦いにはついて来れそうもないから」

「蒼真とヤマジュンは学校にいるぞ。アイツらは真面目だからな」

「じゃあ、ここにいるみんなは不真面目でサボってきたワケだ?」


 笑って誤魔化す桜井君と大山君。

 今回はお陰で助けられたので、サボりについては不問にする。でも帰ったらメイク術をみっちり叩き込むからね。


「しっかし、横道よぉ、テメぇはマジでどうしようもねぇグズだな」

「うっ、あ……」


 そしていまだに恐怖で蹲っているらしい情けない姿の横道に、樋口がストレートな罵声を浴びせた。


「いつまでビビり散らしてんだ、さっさと立てや!」

「あひぃっ!?」


 樋口は横道のケツに蹴りを入れて無理矢理に立たせる。変な悲鳴を上げる横道は涙目だ。

 でもあんまり可哀想に見えないのは、やっぱブサイクって残酷だよね。


「まぁまぁ、横道もなんだかんだで金は渡さなかったから」

「はっ、ただ固まってただけだろ」


 確かに、その説はある。奴らに絡まれてから、横道は一言も人間らしい言葉を発することなく、豚のような呻き声や悲鳴を上げていただけだ。

 だからと言って、下手に抵抗したところで余計に痛い目を見るだけ。黙って固まる以外に、横道に取れる選択肢もないだろう、あの状況下では。


「ほら、財布。ちゃんとクラス予算もお前の小遣いも守れたぞ」

「おっ、うぅん……」


 謎の呻きを上げながら、横道は僕がふんだくった財布を受け取った。まだ喋れないのかお前は。


「さて、それじゃあ目的地はすぐそこだ。お目当てのメイド服、買って来るよ」

「折角ここまで来たんだ、オメーの一張羅、見せてくれや」


 ニヤニヤ笑う樋口の言葉に、上中下トリオはすぐに乗っかり、嫌そうな大山君を桜井君が連れて、集まった全員で『コスメイト』へと向かうのだった。




 ◇◇◇


「————そんなことがあったのか。俺が同行していれば良かった」

「その格好でか?」

「うっ、それは……」


 買い出し部隊が任務を完了し学園へと帰投した後、蒼真悠斗は桜井遠矢からメイド長ナンパ未遂事件のあらましを聞いていた。


 メイクの練習で完全女装姿となっている悠斗が、小太郎と二人で並んで歩けば百合の花となるであろう。黒高生のような奴らにとっては、むしろ余計に注意を引いて厄介事に巻き込まれる可能性が上がるだけだ。


 教室では上中下トリオが同じ内容の話を面白おかしく語っており、委員長は「そんな面倒事が……」と頭を抱えただけで、他のクラスメイトは刺激的な話にそこそこ盛り上がっているのであった。


「よっしゃ、出来たぞーっ!」


 そんな教室の中で、杏子の満足気な声が響き渡る。

 するとクラスメイトの視線は、杏子が出て来た教室の隅に設けられた簡易更衣室へと集中する。


 そう、みんなはこの時を待っていた。メイド服を身に纏い、完全体となったメイド長の登場を。


 白いカーテン生地が揺れると共に、純白と濃紺のツートンカラーに彩られた小さな人影が現れる。

 静々と歩みを進め、教壇の前で止まると、可憐な笑顔を浮かべてお辞儀をして言い放つ。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 完全無欠のメイド長がそこにいた。

 スタイリスト蘭堂杏子による渾身のフルメイクによって、生意気な野良猫を連想させる目元は、勝気ながらも愛らしいラインを描く。染み一つない白い肌に、ふっくらした薄桃色の唇、小さな鼻。幼さを残しながらも、どこか色気も漂う仕上がりは、正に匠の技。


 生来の顔立ちを最大限に女性的魅力で際立たせれば、誰もが文句なしの美少女と化した。

 艶やかな黒髪は自然にエクステで盛ってセミロングほどにまで伸ばしている。小さな頭の上に被るホワイトブリムは象徴的で、長い黒髪が揺れ動き翻る様を艶やかに飾る。


 そして小さく華奢な体を包み込むのは、苦難の果てに手に入れた魂のメイド服。

 シンプルなエプロン&ワンピースのタイプだが、半袖ミニスカートの露出度に、大きなリボンとフリルのあざといデザインである。

 短いスカート丈から覗く、露わとなった太ももには白いニーソックスで王道の絶対領域を展開。腕は手首に巻いたフリル付きカフスだけで、長手袋で隠すことは避けた。

 クラスで最小の身長と細身、そして綺麗な白い肌質でもって、男子でありながらも多少の露出を可能としている。


 この小太郎を見て、男と判別できる者が、果たしてこの世に何人いるか。

 いいや、今は桃川小太郎という男子ではなく、メイド長の桃子となったのだ。


「どうかな、似合う?」

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 はにかんでそう問えば、大きな声援で返しくれる。


「これは、想像以上だな……」

「……」

 あまりの完成度に、悠斗は絶句。隣に立つ面白半分で見物に来たらしい龍一は、真顔で黙っている。


「ふふ、勝ったわね」

「ああ」


 そして満足そうに呟く委員長に、杉野が応用に頷いた。


「ううっ、桃川くん可愛い。世界一可愛いよぉ……」

「アイツはどこを目指してんだよ」


 感動で涙目になる芽衣子に、女子の顔面偏差値を男子側からぶち抜いて来た小太郎に複雑な胸中の姫野だった。

 クラスの思いは様々だが、誰もが認めたことに違いない。

 この桃子こそ、エースメイドにしてメイドの長に相応しいと。

 クラスメイト達の熱い反応を受けて、小太郎もまたそれを実感した。


「よーし、頑張るぞ」




 ◇◇◇


 十月十九日。水曜日。

 瞬く間に一週間が過ぎ去り、ついに白嶺学園文化祭当日がやって来た。


「ふわぁ……」


 あくびをしながら洗面台に向かった僕は、ここ最近ですっかり慣れた化粧の下地を仕上げる。

 やり始めの頃は母親に「お見合いでもするのか」などと茶化されたものだが、メイド長としての使命感を負った僕には、そんな一言二言を気にする余地もない。


 さて、今日はいよいよ学園祭本番。

 初日ということで、僕らエースはスタート時点で総動員である。スタイリストによるフルメイクの手間も考えると、僕は当然、普段よりも早い時間に家を出る必要があるのだ。


「じゃあ、行ってきまーす」

「変な男を引っ掛けないでよー」

「何の心配してんのさ」


 私は学生の頃は結構モテた、などとのたまう母親の戯言など無視して僕はさっさと出て行った。何がモテるだよ、僕と同じ顔しておいて。

 だが今日の僕にはメイクの魔法と、究極完全体メイド服がある。こんな僕でも、多少は男子を勘違いさせちゃうくらいの魅力を出せるかもしれない。


 そうして、本番への若干の緊張感を抱きながらも、今ではすっかり通いなれた通学路を行く。

 最寄り駅から電車に乗り、いつもより早い時間帯のお陰でのんびり席に座ってガタゴトと揺られていると————


「————ただ今、人身事故が発生いたしました」

「はっ?」


 電車に乗って二駅目で、ソレは発生した。

 人身事故。アナウンスでは誰かがちょっと倒れただけなのか、それとも完全に轢き殺して木っ端微塵にぶっ飛ばしたのか、までは分からない。

 だが何分ほどで運転再開というアナウンスが流れてこないので、これはちょっと待てば動き出してくれるワケではないかもしれない。ちくしょう、人生迷い人オーバーランしてんじゃないよ。


「はぁ、こんな日に限って……」


 どうする。このまま待つべきか。

 しかし、無為に時間だけが過ぎ去り、手遅れになったらどうする。今の時点ですでに三分くらいは経過している。

 アナウンスは一向に人身事故につき停車中です、としか情報はない。


 幸い、二駅目で止まっているので、降りようと思えばここで降りれるが……降りたところで、徒歩で向かうにはまだ白嶺学園は遠い。


「タクシー、使うか……?」


 だがそれは最終手段。今月は学園祭関係で、僕も必要経費と割り切って出費を増やした。ここでタクシー代を捻出するのも地味に苦しい。少なくともサイフの中身は寂しくなってしまう。


 どうするべきか。ここはもう学園祭で遊ぶことも諦めて、メイド業に集中するか。

 だがしかし、学園祭の間に僕のために色々と力を尽くしてくれた蘭堂さんと双葉さんには何かしらお礼をしたい気持ちもある。あわよくば、という下心もある。


「落ち着け、こういう時は一人で悩んでいても仕方がない」


 困った時の委員長である。

 僕は颯爽とガラケーを取り出し、電車内にいることなど知ったことかとばかりに電話をかけた。


「————おはよう、桃川君。どうしたの?」

「おはようございます、委員長。朝早くから申し訳ございません」

「その慇懃な態度、すでに厄介事の予感がするわね」

「実は————」


 かくかくしかじか、と事情を説明すれば、流石に委員長も人身事故で足止め発生は予想外だと溜息を吐いた。


「桃川君、少し待っててくれるかしら」

「了解であります」


 何か腹案があるのか、僕は大人しく委員長からの連絡を待つこととした。

 そうしている間にも、一向に電車が動き出す気配はなく、委員長からの再コールの方が早かった。


「もしもし」

「桃川君、そこの駅で降りてちょうだい。迎えが行くから」

「迎え?」

「ええ、来れば分かるわ」


 謎に意味深な言い方で委員長は電話を切った。

 迎え、か。もしかして委員長は親御さんに車で送ってもらっていて、そのついでで拾ってくれるのかもしれない。これでレイナがリムジンでやって来たら、爆笑しながら写真を撮ろう。


 ともかく委員長が手を打ってくれたことで、僕は意気揚々と駅を降りた。

 いつもはただ通過するだけで、降りることなどない駅前は、あんまり見慣れない光景だ。とりあえず道路から見て分かりやすいような場所に立って、僕は大人しく迎えとやらを待つことにした。

 そうして立ちんぼすること十数分————


 ブォン、ブォオオオオオオオオオオオン!


 と爆音を立てて、僕の前にデッカいバイクが停まった。


「よう、桃川。急ぐんだろ、さっさと乗れよ」


 ライダーが如く颯爽とバイクに跨る天道龍一は、僕にヘルメットを押し付けながらそう言い放った。

 2023年10月20日


 やった学園祭当日になりました。

 果たして、今年中に完結するか……まだ結構続く、学園祭本番をどうぞお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小太郎が完全に覚醒モードなキレ者になってる。 初期のビビり陰キャな君はどこに行った(笑) そして、樋口も冷静で賢い。 謎電話で状況を察してからの、増援を呼べるだけ呼んで数の暴力での威圧…
[良い点] 伏線の貼り方と回収が鮮やか めちゃくちゃいい……
[一言] かっけぇぇぇぇ⁉︎
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