衣装調達の道(2)
「はぁ……いざ作業を始めると、色々と足りないモノも出て来るわね」
「いやぁ、それは仕方のないことだよ。所詮は素人だしねぇ」
二時間目が終わる頃の時間帯。教室では涼子と杉野が顔を突き合わせて相談をしていた。
内容は制作作業で使う材料や部材に、足りないものが早くもちらほら出始めていること。
製造がマニュアル化された工場でもなく、ただの学生が集まってモノ作りをしていれば、そうなることは当然。学園近くの量販店やホームセンターは、この時期だけは多くの白嶺生で賑わうものだ。
「杉野、確認したぞ。予算を承認する」
「いちいち済まないねぇ、東君」
「これが俺の仕事だからな」
律儀に申請された項目から、ざっと値段を見積もって予算内に収まるか、予算を費やしても良いか、を判断する会計役の東は、今が一番忙しい時期となる。このように突発的な入用になるものが続出するのだから。
「あのー、委員長、ちょっと欲しいモノがあるんだけど」
「そろそろ来るんじゃないかと思っていたわ、双葉さん」
ひょっこりと教室へ顔を出すなり、申し訳なさそうに言う芽衣子に、委員長はお見通しとばかりに笑顔で応える。
「買い出しは各自、昼が終わってから行きましょう」
「サボり防止かい?」
「好き勝手に買い物に出られたら、こっちが把握できなくなるからよ」
モノは言い様である。
実際、授業に縛られずに行動できるこの期間は、ついついハメを外す輩も出て来るのは毎年の事。ある程度の管理が出来ていなければ、どこかで馬鹿をやらかさないとも限らない。
「ウチのところ以外は、全チームが買い出しに行くことになるわね」
「メイドチームにも何か入用が?」
「桃川君がいいメイド服を見つけたって意気込んでたわよ」
「ええっ、そうなんだ。楽しみだね!」
「ああ、良かったじゃないか、彼のお眼鏡に叶う品が見つかって」
「その分、値も張るけどね」
「よく東君が許可したねぇ?」
「あれだけ本格的な女装姿を見せられたら、許さざるを得ないだろう」
これでおふざけみたいな化粧と女装だったら、高価な衣装購入など断固反対であっただろう。少なくとも、女装桃川に色目でも使われたのか、とからかう言葉が出てこないほどには、見事な仕上がりである。
「買い出しの人員は任せるけれど、出来るだけ最小限でお願いね」
「了解」
そうして、杉野の一存で横道は肩を叩かれたのであった。
「くそ……なんで俺がパシリみてぇな真似を……」
唯々諾々と買い出し役を受けた直後に、分かりやすいほどの愚痴を零す。
さほど器用でも何でもない上にチームワークに欠ける横道を、現場作業から外して買い出しに行かせるのは合理的な人選である。横道の性根はひん曲がっているが、クラスの予算を横領するような度胸はないことも、杉野は見抜いていた。
「はぁ……やっぱクソだな、学祭なんて」
だからといってバックれることも出来ずに、黙ってぼっち飯を終えた横道は、渋々と買い出し部隊が集結する教室へと向かった。
「ほら、早く行くぞ横道。お前もオタの端くれだ、店の場所は知ってるだろ?」
「お、おぉ……」
そして女装した小太郎、否、ビックリするほど純白ワンピが似合っている美少女桃子に手を引かれるように、横道は学園を出るのであった。
再び目の前に現れた天使のような桃子の姿に、いつものケチやら愚痴やらは欠片も湧いて来ず、どこか夢見心地でその華奢な背中を追いかけている。
「もっ、桃川、さ……」
「なに?」
振り返る。ただその動作だけで、前と同じようにドキリとさせられる。
横道はまた喉が詰まりそうになりながらも、どうにか声を絞り出した。
「なんで、女装してんだよ……?」
「ああ、コレ————だって着替えるの面倒じゃん」
何の恥じらいもなく、堂々と女装姿を晒す小太郎の態度に、実は本当は女の子だったのではないか、と錯覚してしまう。
お、お前、女だったのか。TS。美少女受肉。横道の脳裏に、一瞬にして様々な概念が過ぎって行く。
どれも二次元の中にしか存在しないと思っていたが、実は現実にもあったのかもしれない。
「そう、だよなぁ……」
「そうだよ。だからそんなに気にしないでよね」
ワンピースの裾を揺らしながら、平然と言い放つ小太郎の言葉には、ただただ肯定の相槌を打つより他はなかった。
言いたいこと、聞きたいこと、頭の中でそれらがグルグルと回っているのだが、一つとして言葉となって出て来ることはない。見つめ合うと、素直にお喋りできない。
そんな状況の横道は、何となく見覚えのある風景の中を、小太郎について行くだけで精一杯だった。
そうして、いよいよ目的地に着くといったところで、
「はいはい、ちょーっと待ってぇ」
「ねぇ、君カワイイね? どこ中?」
「こんな平日の真昼間から出歩いてて、悪い子だねー」
「ギャハハ、俺らと同じだ!」
黒高ヤンキーがあらわれた。
人数は四人。いずれも悪名高き黒河工業高校の制服であるブレザーを改造状態で着用している。半端なナンパ男ではなく、筋金入りのヤンキー野郎共だ。
彼らの姿と声を認識した瞬間、横道の心中には嫌悪と恐怖が同時に湧き上がる。大きな感情のうねりは、冷静な思考を容易く乱し、頭の中が真っ白になるが、
「はい、そうです! これからすぐそこの南9西3にあるコスプレショップ『コスメイト』に行く途中です!」
高らかに響き渡る声に、横道はハっとさせられる。
そう、自分は今、一人ではない。幸か不幸か、一人ではないのだ。
「あはは、元気いいねー」
「声カワイイ。なんか癖になる」
「ねぇ、君ホントに中学生? 実はまだ小学生だったりしない?」
悲鳴を上げるでもなく、恐れて拒否するでもない、小太郎の反応に手ごたえありとでも思ったのか、四人組は色めき立っている。
「なのでっ、ナンパは困ります!」
「ええぇー? いいじゃんいいじゃん」
「店ってすぐそこでしょ。俺らも一緒させてよぉ、絶対楽しいからさ」
女装がバレていないのをいいことに、それとなく拒絶の意思を伝えているが、そんな程度で引き下がるようならナンパなどしてはいない。むしろここからが本番とばかりに、熱を入れて絡みに行っている。
その様子に、もしかすれば小太郎が上手く断ってこの窮地を切り抜けられるかも————と一抹の期待を抱くと同時に、最悪の可能性も脳裏に過ってしまう。
もし断り切れずに、強引に連れ去られるようなことになれば。
失われるのは、もう自分のちっぽけなプライドだけでは済まされない。
それに気づいてしまえば、もう黙ってはいられないと口を開くが、
「うっ、あぁい……」
「ああ? おいクソ豚野郎、なに見てんだよ」
「俺ら、今からこの子と遊びに行くからさ、ちょっと金貸してくんない?」
ロクな言葉は出て来ず、半端な呻き声のようなものが漏れるだけ。変に自己主張したせいで、俄かに注目され苛立った気配が叩きつけられる。
「あっ、ぃあ————んぶぅ!?」
「ハハッ、マジでブーブー鳴きやがったぞコイツぅ」
黒高生にとっては挨拶代わりのようなジャブは、横道の腹に叩き込まれる。
無様な呻き声を上げながら、腹を抑えてがっくりと膝を付く横道の姿に、彼らは最高のリアクションをありがとうとばかりに笑った。
「軽い一発でダウンとか雑魚すぎ」
「いや、俺が強ぇーのか?」
「ちょっと、暴力は止めてください」
ちょうどいいサンドバック具合に、調子に乗って更なる追撃が繰り出されようとした矢先に、小太郎の制止の声が響く。
「あ? なに、もしかしてこのキモデブ野郎、彼氏とか言わないよね?」
「ただの荷物持ちです」
「ははっ、下僕かよぉ。コイツ、マジで男として終わってんな」
「いや待て、もう男従えてんのヤバない?」
「細けぇこたぁいいんだよぉー」
小太郎の発言に対してワイワイ言い始めたが、かといってその隙に逃げ出せるほど横道に度胸はないし、そもそも速さが足りない。
「貴方達が代わりに荷物を持ってくれるというのなら、ソイツはこのまま見逃してやってくれませんか」
「ええぇー、どうしよっかなぁ……?」
「おいヤベーぞ、この子、もう俺らを下僕にしようとしてんぞ!」
「お前さっきから細けぇぞ」
「デッケェ荷物くらい持ち上げて、男気見せんかい」
幸いにも、彼らの興味は横道をボコるよりも、見た目だけは美少女である小太郎と遊ぶ方へと向いている。
横道も話の流れで、もしかして本当に見逃してもらえるかもしれない、と淡い希望を抱いたが、
「じゃあ、どっか行く前に金だけ置いてけよ」
「札だけでいいからな」
「小銭なかったらしょうがねぇ、千円だけ残してやる。帰りの電車賃だけは残してやるのがマナーだからな」
「俺らが紳士で良かったな。感謝して貢げよ」
タダで見逃してくれるはずもない。黒高生四人も前に凄まれて、横道に抵抗できる精神などあるわけもなく、ただただ震えながら財布を取り出すのみ。
そこに入っているのは、なけなしの小遣い————だけではない。
「横道っ、その金は出すんじゃあないっ!!」
小太郎の叫びに、横道も、黒高生の四人も一瞬、動きを止める。
「それはクラスの金だ。絶対に渡すわけにはいかない」
妙に気迫の籠った小太郎の台詞に、空気が変わる。
今、横道の財布に入っているのは自分の所持金だけではなく、クラス予算の一部、五千円札が一枚入っていた。
小太郎の衣装代とは別に、大道具での追加材料費として持たされたものである。買い出し前に東から各自に必要な予算が配分されており、誰が幾ら持たされているかを当然、小太郎は知っている。
「ふーん、クラスの金ねぇ。ってことは、それなりに持ってるワケだ?」
だが小遣いだろうが予算だろうが、金は金。奪うだけの不良にとって、金の価値は等しく額面通り。
「ソイツの小遣いをカツアゲするだけなら、泣き寝入りで済むけれど、クラスの金を取られたらこっちも黙っているワケにもいかない。君らにとっても奪うにはリスクのある金だ。手は出さないでくれないかな」
「なにそれ、警察に言っちゃう的な?」
「最終的には当然そうなるよ。幾らボコって脅しをかけたとしても、金がなくなったことはすぐに露見する。そうして騒ぎばかりが大きくなるからね」
「あー、それもそうなのか?」
「そうかもしれねーな」
小太郎の勢いに押されたか、何となく頷いてしまいそうな気配も出るが、
「へへっ、それを聞いて、ますますその金を奪いたくなったぜ」
四人組のリーダー格の不良が、余裕の笑みを浮かべて言い放った。
「俺達は恐れ知らずの黒高生だぜ。手ぇつけちゃいけねぇって言われて日和っちまう奴ぁ、いねぇーよなぁ?」
「おうよ!」
「そうだぜ」
「サツが怖くてヤンキーやってられっか」
一言で雰囲気を変えられたことに、小太郎は心中で舌打ちする。やはり馬鹿を相手に理詰めで説得など出来ないかと。
目の前にぶら下げられたニンジンに喰いつかずにはいられない畜生が、と罵倒をしながら小太郎は最終手段に出る。
「横道、サイフを寄越せ!」
「うぇっ、あぁあい!」
恐怖と混乱の極みに達する中でも、小太郎の声に反応した横道は言われた通りにサイフを取り出した。小太郎はソレを即座にふんだくると、学生鞄の中に突っ込んだ。
「この金は渡さない。諦めてくれ」
「へぇ……凄ぇな、凄ぇ度胸だよ、お前。いい女だ。マジんなっちまいそうだぜ」
一歩も退かずに金を守る行動に出た小太郎の態度に、リーダー格が心底感心したように言った。その顔は最初に声をかけたヘラヘラ笑いではなく、本当に魅力的な異性を目の前にしたように真剣な表情が浮かぶ。
自分達の周りにいるような女子とは比べ物にならない、気合の籠った凛とした姿に、他の三人も息を呑んだ。
「だからこそこっちも退けねぇな。お前みたいな女の前で、大人しく引っ込む姿は見せられねんだわ」
「引き際を見極められる男の人って素敵だと思うの」
「ははっ、言いやがる。なぁ、俺はお前のことが気に入った。金を渡して、俺と来いよ。最高のデートしてやっから」
「断る。金も渡さないし、お前と一緒にも行かない」
「つまんねークラスのことなんて、忘れさせてやるぜ」
いよいよ実力行使も辞さないとばかりに、不良たちは一歩、距離を詰めて来る。
ここらが限界か、と悟った小太郎はもう踵を返して全力疾走で逃走するしかないか、と決断を下しかけたところで、
「————おいおい、随分と楽しいコトになってんじゃねぇか」
路地に入るなり、これ見よがしに大仰な素振りで声を上げる男が現れる。
その出で立ちは、一目で不良と分かる。しかしその身に纏うのは黒高の下品な改造ブレザーではなく、伝統と格式の有名私立を示す学ラン。
白嶺学園二年七組を代表する不良生徒の片割れ、
「俺も混ぜてくれよ」
樋口恭弥が現れた。




