衣装調達の道(1)
「おおぉ……」
誰ともなく、感嘆の声が漏れる。
クラスメイト達の視線が集まるのは、黒板へプロジェクターから投影されて大きく映し出された、完成した広告画像である。
「特に意見や修正案がなければ、これを印刷して明日から配布することになるわ」
と言い放つのは委員長。なのだが、すでに衣装合わせの一環で男装をしており、普段よりも凛々しい姿となっている。
源氏名は鬼畜眼鏡、ではなく『涼』となった。
「いやぁ、これは凄いじゃあないか。壮観だよ」
杉野君が拍手を送りながら言えば、他のクラスメイト達も賛同の声を上げてくれた。
「そんなに褒められると照れるねぇ」
「恥ずかしいのには同意する」
「やはり見世物扱いされるのは、落ち着きませんね」
「先週も見ただろうに、騒ぎ過ぎだ」
素晴らしい完成度のビラに、僕としては撮影スタッフと編集スタッフへ拍手を送りたいけれど、クラスメイト達にとっては顔となる僕らへ興味は集中する。
委員長を後ろに、我がクラスの代表キャストとなるエースメイド&執事たる僕ら四人が並んでいる。
撮影のために今日初めて本格的なメイクを施された蒼真君は、ほとんど妹と瓜二つの美人へと。正確には若干、蒼真桜よりも大人びた顔立ちとなっており、一つ上の姉と言えば誰もが信じそうな出来栄えである。
メイクを担当したジュリマリコンビの技術も相当なのだが、如何せん本人がまだまだ女装慣れしておらず、非常に笑顔が硬い。全く、先週丸ごと一週間も修行期間があったというのに、いまだに営業スマイルの一つや二つを習得できないのは、蒼真君の怠慢だと思うんだよね。
僕はこんなに、感情の籠らない笑顔を浮かべることに慣れてしまったというのに。
そんなワケで綺麗な笑顔が撮れずに困ったカメラマン勝は、方針を転換して、伏し目がちでどこか憂いを帯びた表情にすることに。これが大当たりだった。
デジタルでのエフェクト加工も込みで、それはもう儚げな美人の画像が仕上がった。
蒼真君に笑顔がない分はメイド長の僕がカバー。カメラの前で、去年に勝がオンラインプレイで盛大にバグってとんでもないコトになった時のことを思い出し笑いしながら満面の笑みを浮かべれば、一発撮りでOKとなった。
構図としては、すでに衣装が綾瀬家の金によって準備完了である蒼真君はバストアップで映り、仮衣装の僕は首回りだけ誤魔化せるよう顔写真状態だ。
蒼真君の衣装は由緒正しいクラシックスタイル。安いコスプレのように無駄な装飾もなければ、布地の安っぽさはない本格的な造り。純白と濃紺のツートンカラーがシンプルながらも洗練されたデザインを形成している。
見事な美人に変身した蒼真君に、如何にも金のかかってそうな衣装が合わされば完璧に思えるが……僕からすれば、まだ地味すぎるくらいだよ。もっと胸におっぱい盛るとかさ。
そんな巨乳化計画はまだ隠しておくこととして、写真の完成度としてはやはり蒼真桜と剣崎明日那のコンビには、まだ一歩及ばない。
やはり元の素材が良すぎるせいで、本格的なメイクをすればもう完全に女優レベルだ。
蒼真桜、源氏名『ユイト』は輝く様な美貌を誇る。リアル光源氏かよってほどのイケメンぶりには、クラスの女子もキャーキャーはしゃぐほど。
そして相方の剣崎明日那、源氏名『キリト』、ではなく『アスト』は、凛々しい顔立ちとスラリと伸びた長身から、大半の男子のプライドをへし折っている。
こんな奴を野放しにしていたら、先週の桜井君が雛菊さんNTR疑惑で泣いていたのとは比べ物にならない、もう冗談では済まなくなる悲劇が続出しそうである。
何より厄介なのは、ただの男装で大したことになるワケない、と自分の魅力を理解せずにタカを括っている態度の剣崎に対して、それを理解して悪用しようとほくそ笑んでいるとしか思えないニヤケ面の小鳥遊がいることだ。性根のねじ曲がったアイツのことだ、おふざけ半分でイケメン耐性のない女子にアストをけしかけて、もうマトモな恋愛できないほど性癖ぶち壊すくらいしそうである。
さながらホストにのめり込んでしまうように。ソープに沈めるとこまで小鳥遊ならやりそうで怖いわ。
まったく、本物の美形はちゃんと自分が綺麗だという自覚をしっかり持って欲しいよね。僕みたいに化粧の力で誤魔化しているのとは、ワケが違うんだから。
「これ以上は何もないようだし、デザインはこれで決定ね。四人全員を載せたタイプと、メイド型と執事型、合わせて三種類印刷するわ」
折角だから種類も水増ししておいた。他のクラスにまとめて配るなら全員載ったタイプを使い、クラスメイト達が個人的に配布する分に関しては、男子と女子でそれぞれメイド型と執事型のビラを分けることとなる。
メイド&執事喫茶は、基本的には同性同士でのサービス提供となるからね。よっぽど客の男女比に偏りが出ない限りは、僕らが女子を、彼女らが男子を接客することはない。
男子は可憐なメイドを、女子は華麗な執事のサービスを楽しみにしておいて欲しい。
◇◇◇
翌日。十月十二日、水曜。
朝のHRで昨日の内に刷り終わったビラを、各自が手に取り配りに行く、フライング広告戦略が実行に移された。
僕はそれほど交友関係が広くはないので、クラス以外で配れる顔見知りは限られる。主に文芸部の男子部員だ。女子部員の方は樋口の彼女こと長江さんの担当である。
「へぇ、桃川んとこ、こんなことやるんだ」
「結構本格的じゃん」
「えっ、これ女装なの? ウソぉ」
「コレが桃川?」
「お前、幾ら何でも加工し過ぎだろ」
「コスプレイヤーは画面越しだから綺麗に見えるだけって、俺いつも言ってるよなぁ?」
「無加工? ははは、こやつめ抜かしおる」
「いや嘘だろ」
「嘘、だよな……?」
嘘かどうかは、自分の目で確かめてくれ、とだけ言い残して僕は去った。
今はいつも通りのすっぴんの僕と、メイクの魔法で変身した桃子の姿とでは、かなりの違いがある。このよく生意気と言われる目元を、完璧にパッチリお目目にするのはマジで魔法だよ。
そんな感じで、他に何人かだけいる知り合いへとビラを配り、おおよそ好感触を得て僕は早々にクラスへと戻って来た。
スペック高めのクラスメイトが多いせいか、まだビラ配りの最中で戻っていない人の方が多い。残っているのは委員長や杉野君を筆頭とした、今日の作業の準備を進めている面子くらいのもの。
さて、僕もメイド長として準備をするとしよう。多分、今日は一日がかりの仕事になりそうだからね。
そうして一時間目が終わるチャイムが響く頃になって、ようやくみんなが帰還した。
ビラの出来栄えもあり、かなりの手ごたえを感じたようである。よしよし、これで少しは事前に話題となるだろう。さぁ、麗しのメイド&執事をお目当てに集まるがよい愚民共!
という気分はさて置いて、集合したメイドチームを前に、僕は声を張り上げて宣言する。
「これより、メイキャップブートキャンプを開始する! 覚悟はいいか、お前らぁ!」
「……」
「声が小さぁい!」
「まだ何も言ってねぇよ」
今上官に口答えした馬鹿は誰だっ!
ギロリと睨めば、恐れおののいたのかみんなが視線を逸らした。
昨日はスタイリストチームが化粧品を用意してくれたけれど、撮影含めて時間も押していたので、みんなへの化粧講座は今日にまでずれ込んでしまったのだ。
「おい桃川、そんなに一人で張り切るなよ」
「蒼真君は何を悠長なことを。もう本番まで一週間もないって言うのに、今からメイクを叩き込まなきゃならないんだよ。気合入れて頑張らないと、恥をかくのは僕らになっちゃうんだからね」
「それは、そうかもしれないが」
「そもそも蒼真君、いまだに一人で仕上げられないってどういうこと? 先週からやってるよねぇ? エースメイドならみんなの模範になるようやってくれないと困るよ」
「な、なんで俺が怒られているんだ……」
いつまでも女々しく化粧を恥ずかしがってんじゃあないよ。男なら腹をくくって女にならんかい!
日本男児古来の英雄たるヤマトタケルだって女装してんだぞ。つまり日本人は遥か古の時代から、美少年には女装をさせたい願望が詰まっているんだ。
「けどよぉ桃川、メイクは蘭堂達に任せればよくね?」
「葉山君、悪いけどスタイリストはエース専属。全員分の面倒は見切れないんだよ」
「えっ、それじゃあ何か?」
「俺らは自分で化粧しなきゃならない……ってコトぉ?」
「うわ、メンドくせぇべ……」
こら上中下トリオ、今更泣き言など口にするな。
なにせキッチリ全員分の化粧品を、蘭堂さん達が調達して来てくれたのだから。この貴重なリソースは、フルに活かさなければ彼女達に申し訳が立たないからね。
「こういう言い方はアレだけど、なんだかんだでメイドチームのみんなはそれなりの容姿だよ。きちんとメイクをすれば、思っているよりも栄えるようになる」
「あはは、桃川君の完成度を見ちゃうと、そこまでの自信は持てないけどね」
「確かに、アレはちょっと次元が違うよな」
「俺は別に、化粧になんざ興味の欠片もねぇし」
苦笑するヤマジュンと桜井君だが、中でもこの二人はメイクで化ける可能性が高い。
桜井君は元よりイケメンだから、それを活かせばいい。ヤマジュンは何といっても、この誰もが安心感を覚えるような雰囲気。ゆるふわメイクで、思わず甘えたくなる優しいお姉さん風に仕上げれば伸びるに違いない。
それから大山君、興味ないアピールする奴が一番素質あるものだよ。男同士でだって、肌は綺麗に越したことはないもんねぇ?
「それじゃあ、まずは全員、顔洗って来て。ちゃんと綺麗に隅々まで。ヒゲとか論外だからね?」
「学校に髭剃りなんて持ってきてるワケねぇだろ……」
そういうだろうと思って、家にあった使い捨てのカミソリ持って来たよ。よくホテルの洗面台に置いてあるチープなアメニティグッズのカミソリでは綺麗に剃ることはできないかもしれないが、無精ひげが半端に伸びてるよりかはマシになるだろう。
ちなみに僕は、生まれてこの方髭剃りはしたことない。まだ生えたことないからね。いつか生えるんだろうか。腋毛とかも生えてこないんだけど。
「ほら、早く行って。洗顔料は限りがあるんだから、無駄遣いはしないでねー」
「へーい」
気のない返事を残して野郎共が教室から出て行った。
「ところで桃川、衣装についてなんだが」
「分かってるよ、そっちも並行して進めて行かないと」
衣装調達については、昨日の内から検討は始めている。ひとまず、最低限の値段とクオリティでレンタルできそうなところに目星はついているので、他に何もなければそこで決まりだ。
けれどメイドをメイドたらしめる最重要要素だ。出来る限りいいものを探したいところである。
「みんなの分はある程度の目途は立っているが、桃川の分はどうするんだ?」
「ああ、僕の分については話してなかったよね」
なにせ僕はメイド長でありエースだから。ハイスペックなワンオフ機を駆る主人公パイロットのように、特別な一着を身に纏わなければならない。
蒼真君にはレイナという金蔓がいるけれど、僕にそんな都合のいい存在はいるはずもないわけで。
「何か心当たりというか、アテはあるのか?」
「うーん、それなんだけど————」
「おい、小太郎!」
と、そこで勝がドスドスと駆けよって来た。
どうした、と聞くよりも前に勝は自分のスマホを差し出し画面を見せて来る。
「こ、これは!」
「どうよ、コレならイケるんじゃねぇか?」
画面の中に映るのは、一着のメイド服。
ふんだんにフリルがあしらわれているくせに、スカート丈はやけに短い、実にあざといデザイン。だがそのあざとい衣装にかけた情熱は本物で、細部に渡って丁寧な仕上がり。布地も良く、美品。
そして何より重要なのは、そのお値段。一、十、百、千、万……ギリギリ予算内。
「ありがとう、勝。よく見つけてくれた」
「なぁに、頼れる有志のお陰だ」
今まさに蒼真君へ僕のアテとして説明しようと思っていたのが、コレである。
勝は僕と同様にゲーマーだが、僕よりもオンゲーを嗜んでいるし、ソシャゲにも手を出している。SNSでレイド戦やらイベント周回のメンバーを募集するのは当たり前。やり込んでいるオンゲのギルメンやクランメンバーなんかとは、リアルでも懇意にする人たちもそこそこいるらしい。
で、勝は主に大学生で暇を持て余している兄貴達にお願いして、デザインと値段が両立したメイド服がないか、探してもらったらしい。
そしてこのド平日の日中に、堂々と送られてきた情報がコレというワケだ。
講義も受けずにゲーム友達の頼みを引き受けて街中をブラつくとは、やはり大学生っていいなぁ。
「これどこで売ってるやつ?」
「えーっと————ああ、アソコだ、ちょっと裏手にあるとこ」
「そういえば、その辺にも店がちらほらあったよね」
店舗の住所と地図をスマホで確認すれば、僕にも場所の検討がついた。よしよし、変な通販でもオークションでもなく、普通に市内のショップだ。
「今日の買い出しに同行して、僕のメイド服を手に入れる!」
◇◇◇
そうして意気揚々と買い出し部隊に同行して出撃してきた僕だけど、
「ほら、早く行くぞ横道。お前もオタの端くれだ、店の場所は知ってるだろ?」
「お、おぉ……」
何故か随伴機はよりによって横道であった。
まったく、クラスでハブられ気味の厄介オタ系問題児の横道は、大道具班でも扱いに困ったのか、僕の荷物持ちなんていうかなり底辺の雑用を押し付けられたようだ。
買い出し部隊は各自、散開して任務を遂行中。僕らもターゲットを速やかに確保しに向かう。
「もっ、桃川、さ……」
「なに?」
是が非でも手に入れたいモノがあると。ついつい足早になるもので、三歩は先を行っていた僕に横道が何か言ったので振り返る。なにモジモジしてんだよ。
「なんで、女装してんだよ……?」
「ああ、コレ」
なるほどね、クラスメイトの女装野郎と一緒に歩くのは、そりゃ恥ずかしいだろう。モジモジもするわけだ。
「だって着替えるの面倒じゃん」
午前中はメイキャップブートキャンプしていたから、僕も教官の一人として自分でお手本を見せねばならない。なので今はビラ配り時とは違って、ほとんどフルメイク。
ただし蘭堂さんのガチメイクではなく自前なので、クオリティは一段も二段も劣るだろう。僕のまだまだ未熟な化粧だから、尚更に一緒は恥ずかしいか。
「そう、だよなぁ……」
「そうだよ。だからそんなに気にしないでよね」
それに、仮にもミニスカメイド服を買いに行こうってんだ。学ラン着た男子高校生二人組みが鼻息荒く「コレください!」と言うのは相当アレじゃないだろうか。
だったら、この可憐な美少女である私が着るのですわ、という顔をして女装した僕が買った方が対外的にはマシなようも気もするし。
なんて言ったら、納得してるのかしてないのか、うんうんと適当に横道は頷くだけだった。
コイツの性格からして、こっちが一つ主張すれば二つはケチをつけてくる面倒な反応しか返ってこないはずだけど、僕の言葉に曖昧な相槌を打つのみ。お前どんだけ恥ずかしがってんだよ。
そんなやけに大人しい横道を連れて、勝手知ったる駅前近くのオタクショップが軒を連ねるロードを進み、何となく記憶にあるコスプレショップに続く裏道へと入って、すぐのことだった。
「はいはい、ちょーっと待ってぇ」
「ねぇ、君カワイイね? どこ中?」
「こんな平日の真昼間から出歩いてて、悪い子だねー」
「ギャハハ、俺らと同じだ!」
黒高ヤンキーがあらわれた!




