金の力
つつがなく授業を終えた月曜日の放課後。
「それじゃあ、始めましょうか」
実に堂に入った態度で議長席についている委員長が、幹部会議の開始を告げる。
会議用にくっつけた机の上には、蒼真君のランド土産の数々が広げられており、ちょっとしたお茶会みたいな様相を呈している。
「まずは各自のリサーチ結果を聞かせてもらおうかしら」
と言って、委員長は僕を含めた面々を眺める。
本来、この幹部会議は各部門の長だけが集まる四人だけなのだが、今日のところは蒼真桜とヤマジュンを迎えて、六人編成となっている。
「えっ、僕以外にもメイド喫茶行った人いるの?」
「市内に執事喫茶はありませんでしたから、代わりにそちらへ行きましたよ」
「僕は昨日、葉山君達を連れてね」
そうなのか、みんな意外としっかり行動しているようだ。
「委員長は行ってないの?」
「私はもう去年に、そういうことはやったからいいの」
そりゃそうか。そしてわざわざもう一度行きたくなるような気持ちにはならなかったと。
「プリムハートはオススメだよ」
「あそこ良かったよね。メイドさんのクオリティも高くて、店自体も凄くしっかりしていたし」
元々、そこへ行くと約束していたので、やはりヤマジュン達もプリムに行ったようだ。
「銀髪碧眼のメイドいた?」
「いたよ。もう、葉山君と上中下トリオが大はしゃぎでね……流石にちょっと困ったよ」
「僕、絶対アイツらと一緒に行かない」
大騒ぎする光景が目に浮かぶようだ。まるで街中で人気アイドルでも見つけたかのような反応だったことだろう。
「やっぱり、男子にとっては面白おかしい店なのですね。私はあまり落ち着きませんでした」
疲れたような顔で蒼真さんが言う。どうも、あんまりいい思いはしなかったようだ。
「蒼真さんはどこの店行ったの?」
「えーと、確かピンクなんとか言う
「あー、『ピュアピンク』。あそこ看板目立つからね。それ見て入った感じ?」
「ええ。もう少し考えて選べばよかったと、悔いています」
あそこはプリムハートとはまた違った意味で有名店だ。決して悪い意味ではなく、なんでも全体的にテンション高めで、ノリについていけないとキツいところがあるのだとか。
でも好きな人は凄い好きだし、熱烈なファンが多いタイプ。うん、まぁ、初心者には絶対オススメできない店だよね。
「私と明日那は執拗にスカウトされましたよ」
「出た、ピンク店長!」
ピュアピンクを話題の店にした名物店長だと有名だ。凄いハイテンションで、一度見たら忘れられない強烈なキャラらしい。
「二人がメイドになれば天下を獲れる、などと力説されましたが……本当に困りました」
プリムハートを最大のライバルとして対抗心も強いらしく、ピンク店長も人材獲得に躍起になっているのだろう。そりゃあ蒼真さんをメイドとしてお迎えできれば、あの銀髪碧眼メイドにも真っ向から対抗しうるスーパーエースになるからね。そりゃあ目をつけられるだろう。
「プリムハートは落ち着けるいい店だよ」
「もし次があるのなら、そちらにしますよ」
はぁ、と溜息をつく姿も様になってやがる。
「それで、なにか参考になるようなものはあったかしら?」
「うん、ただ楽しんで来ただけじゃないよ。ちゃんと考えて来たから————」
と、僕は土曜日の成果であるメイド喫茶のリサーチ結果を語る。
僕と蘭堂さんの二人の間で出た意見を、軽くメモにまとめてあるから。チラ見しながら語って行く。
勿論、これといって物凄いアイデアが出たワケではないので、ヤマジュンも大体同じような案が出て来た。
そしてピンク店長に振り回されたらしい蒼真さんも、なんだかんだで鋭い観察眼を発揮したようで、普通の喫茶店との違いについて話したりもした。
「————やっぱり、撮影サービスは欲しいわよね」
ひとまず意見を出し合ったところで、やはり最初に決めるべきはコレであった。
ヴィジュアルで勝負している以上、料理以上のメインコンテンツと言っても良い要素だ。
「コピー機、借りれそう?」
僕の一押しは蘭堂さん発案の、職員室のコピー機利用案である。これが通れば撮影サービス実施にあたっての予算が丸ごと浮くからね。
「大丈夫よ、私が必ず確保するわ」
「おお、流石は委員長」
なんて心強いお言葉。普通こういうの、誰が教師に交渉しに行くかの押し付け合いが発生するところなのに。
「コピー機さえあれば、後は何とかなりそう?」
「ノートパソコンを介して繋げば、デジカメで撮ってすぐ印刷できるよ。でも本番でグダったら困るし、事前に一回は試しておかないと」
「それじゃあ、そっちは頼めるかしら」
「勝がいいデジカメ持ってるから、カメラマン役にして仕事任せちゃっていい?」
「杉野君、また一人引き抜くことになるけれど、大丈夫?」
「ああ、問題ないよ。手が空いた時にこっちを手伝ってくれるくらいで」
いつもの微笑みを浮かべて鷹揚に頷く、裏方担当の杉野君。
彼の元からはすでにスタイリストとして蘭堂さんを引き抜いている。カメラマン勝で二人目だ。それでも多少の人数は融通が利くだろう。
「とりあえず、店舗設営に必要になりそうな最低限の予算を出しておいたよ」
「ありがとう、杉野君。助かるわ」
委員長が杉野君からメモを受け取り、ざっと目を通してから、僕らにも見えるよう机に置く。
おお、割としっかり材料費が計算されている。僕らがメイド喫茶でワイワイやっている間に、彼はホームセンター巡りをして相場を見てきたようだ。
「ただ、テープや釘、絵具にペンキといった部材まで賄うと、予算はさらに増えてしまうよ」
「絶対に必要なモノをリストアップして、どこまで自前で賄えるか確認した上で、不足分を買いましょう」
「まぁ、ソレがいいとこだろうね」
「内装のデザインはもう決まったのかしら?」
「ウチの女子にお願いしてある。明日のホームルームまでには草案が仕上がると思うから、確認を頼むよ」
「早めに決めて、制作に取り掛かりたいところね」
「ああ、そうだ。今の話で一つ気になったことがあるんだけど」
順当に話が決まっていく中で、杉野君は改まって切り出した。
「撮影サービスをするのは良いけれど、撮影スペースを確保するのは難しいかもしれないね」
「なるほど……」
すっぽり頭から抜け落ちていた。コレは店舗設営を第一に考えているからこそ、気づいた部分だろう。
内装デザインについては裏方女子にお任せしているようだが、大雑把な配置や設備については杉野君も交えてしっかり話して決めているだろう。となると当然、スペースの問題は発生してくるわけで、
「調理場含めて教室内に全て納めなければならない。ウチのクラスが繁盛することを考えるなら、客席のスペースは広めに確保しておきたいだろう?」
そこから撮影スペースをねじ込もうと言うのだ。無理が出てくるのは当然のことである。
ちなみに、火を使う調理場は安全と衛生の面から家庭科室に限られている。第一と第二があり、同じ階に二年と三年の教室があるので、基本的に調理食品の提供が可能な出店は二三年生限定ということにもなっている。
一年の時に委員長がメイド喫茶やった際には、加熱調理をしない食品のみでやったのだろう。同様に、教室内では飲み物やレンチンで提供できるタイプのメニューを用意するための簡易調理場を僕らも設けることとなる。
ガス代こそないものの。これはこれで相応の広さは取ってしまう。
「確かに、これは困ったわね。去年、私がやった時は喫茶のみだったけれど……それでも随分と手狭になってしまったから」
「では、広さの問題で撮影サービスは無理ということでいいんじゃないでしょうか」
おい蒼真桜、自分がやりたくないからって、これ幸いにと廃止の方向に傾けやがって。
いや、僕だって別に有象無象の男子連中に愛想を振りまきながら撮影したいワケでは断じてないけれど。でも折角のアイデアだし、なんとか実現できないだろうか。
「……逆に考えるんだ。教室の外でもいいやって」
「えっ、もしかして廊下で撮るつもり?」
そのまさかよぉ! と内心で叫びながら、僕はみんなを一旦、教室の外へと案内する。
ドアを開ければ勿論、そこに広がるのは見慣れた廊下。
だがしかし、左を見れば、そこで廊下は途切れているのだ。
「ウチの教室はちょうど角部屋。人通りは一方向のみ」
七組、は最後の番号の組となっている。基本的に数字順にクラスが並んでいるので、ケツの番号である七組が隅に来るのは当たり前の配置だ。
教室を出て、右側には六組がある方向に廊下は伸びているが、左側には講堂へ続く扉があるだけ。
「学園祭の時は、講堂は封鎖される。つまり講堂の扉があるこの一角は、人通りを妨げない空間になるよね」
「確かに、場所として無理はないけれど……こんな場所で撮影するの?」
「流石にこの立地だと、いい感じの撮影スペースを設営するのは無理があるかもね」
理想を言えば、プリムハートで見たような店内に誂えた綺麗な一角で撮影したい。だが物理的な制約でそれは不可能だ。ここで無理をすれば喫茶そのものが崩壊しかねない。
しかしこの殺風景な廊下で撮影したところで、折角の麗しいメイド&執事とのツーショットも気分が削がれる。教室内ならまだしも、飾り付けるにしたって廊下と無骨な鉄の講堂扉じゃあ、限度があるだろう。
「ここに飾り付けはいらない。合成用の緑背景で撮ろう」
グリーンバック、とも言う。映画のドキュメンタリーとかで良く見える、後でCGを合成するために、緑一色の背景で撮影しているアレのことだ。
「緑背景に椅子だけ置いて撮影して、撮った写真をPCですぐ背景を合成する。そしたら、それなりに見栄えはマシな写真が作れると思うんだけど」
「なるほどね、いっそ殺風景な撮影スペースにしてしまおうというワケね」
「それなら確かに、無理に教室内に設営するより、こういう場所の方がいいだろう」
おっ、その場の思い付きで言った割に、委員長と杉野君の反応がいいぞ。これは意外といけるか?
「ですが、何というか……これはちょっとズルくないですか?」
「いいじゃない、教室の前の廊下まで飾り付けするクラスもいるんだし」
「そうだよ蒼真さん。これはズルじゃなくて、スペースの有効活用だよ」
「桃川君は随分と悪知恵の働くタイプのようですね」
その言い草は酷くない、蒼真さん?
「でも、これは試してみる価値はありそうね。杉野君、ひとまず適当に緑の背景にして、写真が上手く撮れるかどうか試してみましょう」
「そうだね。デジカメの写真加工もスムーズにできるか確かめておきたい」
「それじゃあ、勝に用意の方を頼んでおくよ」
ひとまず、これで撮影スペース問題は解決だ。
そうして再び場所は教室へと戻って来る。
「撮影サービスの方はこれで予算、設備、場所、とどうにかなりそうね。けれど、やっぱり衣装代と飲食用の材料費は、まだまだ心許ないわ」
「ごめんね、折角、杉野君が予算を抑えてくれたのに」
「いやいや、双葉さんが気にすることじゃあないよ」
申し訳なさそうに言う双葉さんに、杉野君が手を振ってフォローする。
実際、こればっかりはちょこっと節約しただけで解決できるような問題ではない。普通は衣装か飲食、どっちかを捨てて片方のクオリティを高めるしかないのだから。
だがどちらも両立したいという茨の道を、あえて僕らは選んでいるわけで。
「それで、メイド服や執事服を持っている人はいないんだよね?」
「ええ、みんなに聞いてみたけれど、流石に持っている人はいないわね」
「委員長が去年やった時のは?」
「あの時はレンタルで済ませたから。いい案がなければ、同じ方法でいくしかないけれど」
案の定、といった解答である。
僕はそれとなく頷きながら、ここで本命を切り出すことにした。
「でも自分で用意したいって人もいるんじゃない?」
「も、もしかして桃川君、本格的に女装に目覚めたんじゃあ!?」
何故かガタっと席を浮かせるほど驚いて言ったのはヤマジュンだった。ついでに双葉さんも、前のめりで僕の方を見つめて来ている。
「いや全然、そんなことはないけれど」
「そっ、そうだよね……」
あはは、と苦笑するヤマジュンに、どことなく残念そうな雰囲気の双葉さんである。なんなの二人して、僕に何を望んでいるんだい。
「それなりの金額をかけてでも、本格的なコスを用意したい人なんているかしら」
「出来るなら僕もそれくらいやってみたい気持ちもあるけど、流石に高校生のお小遣いだけじゃあ無理なんだよね」
「ええ、普通は無理よ。よっぽど好きか、よほどお金が————」
と、そこで委員長は気づいたようだ。
お金が、と曖昧に言いながら、チラと僕の方へと視線を向ける。
そこで僕は、これ見よがしにディスティニーランド土産のチョコレートを手に取って食べた。
さぁて、大型連休でもないのに、どうしてこんな上等なランド土産があるんだろうねぇ?
「桜、それとなく綾瀬さんに自分の衣装が用意できるかどうか、聞いてみてくれないかしら」
「ええ、確かに。レイナなら自分だけの服を欲しがるでしょう」
よし、計画通り。金持ちに金を使ってもらわないとなぁ?
これで一人分の衣装代が丸ごと浮くぞ。場合によっては、小物なんかは流用できるかもしれないし。
テレビで見た程度の理由で、ランドに行きたいとワガママを言えば翌朝には実現できるご家庭が綾瀬家である。そんな可愛いカワイイ一人娘が、学園祭という大舞台で執事をやろうってんだ。そりゃあもう気合の入ったコスプレ衣装、用意してくれるよね。
「執事チームの面子だと、明らかに綾瀬さんだけサイズが小さいから。レンタルするにしても、着回しができるサイズで借りる数は減らしたいところよ」
「サイズの問題は前にも話しましたしね。それなら私とジュリマリ、明日那と木崎さん、の2サイズで事足りるでしょう」
「ダメそうなら、悠斗君の方から言ってあげて」
「その方が話は早いでしょう。下手に遠回しに言うと、変に臍を曲げてしまいますから」
うわっ、マジかよ、綾瀬さん超めんどくせぇ。頭園児のくせに妙なとこだけ察しが良くてイヤイヤ期とか。
「大丈夫だよ、桃川君。僕らが綾瀬さんを説得するようなことは絶対にないから」
「ヤマジュン、今の僕、そんなに嫌そうな顔してた?」
「蒼真さんに見られなくて良かったよ」
あぶねー、折角、委員長の超人的なお察し能力で僕の思惑が伝わったのに。
廊下の一角使うだけで「ズルい」とか言い出すクソ生真面目な蒼真さんに僕の考えが伝わったら、へそを曲げるどころか憤慨しそうだ。よくも他人を利用して、とか叫んで全力ビンタされそう。
「桃川君、顔、顔!」
「あ、ちょっと、顔は見ないで。メイク崩れちゃった気がするから」
「桃川くん、メイクしてたの!? 全然気づかなかったよ!」
ごめん、ただの方便だから真に受けないで双葉さん。でも君は純粋なままでいて。
「それじゃあ、衣装については明日のホームルームで、メイドチームと執事チーム合同で、詳しく話し合うことにしましょう。そろそろ方向性を固めておかないといけないし」
「了解」
「ええ、分かりましたよ、涼子」
僕と蒼真さんが頷くと、委員長は次の議題を切り出した。
「ところで、桃川君。本物のメイド喫茶に行って、接客の参考にはなったかしら?」
「そりゃ勿論。プリムは教育も行き届いているみたいでね、動きが洗練されてるなって感じたよ」
あのエースの銀髪ちゃんなんか、ただコーヒー持ってくるだけでも絵になってたからね。
流石にあのレベルは無理だけど。参考にならん。
「じゃあ、もう一回アレ、言ってみてくれる?」
「えっ、今?」
「そう」
「……」
みんなの視線が集まる中、僕はしずしずと席を立って、覚悟を決めた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「まだ恥じらいが残ってるし、笑顔も硬い。45点」
チクショウ、前回から5点しか加点されてないよ。僕としては結構頑張ったつもりなんですけど?
「ご覧の通り、接客は意外とすぐに出来るものではないわ。特にメイド喫茶ともなれば、愛想は特に重要。これは要練習よ」
「うーん、確かに、必要かもね」
僕も全然、接客のいろはなんて知らないし。何となくのイメージと、プリムで見た様子くらいしか分からない。
「そこで、明日の昼休みから、メイドチームと執事チームのメンバーには、順番に給仕の練習をしましょう」
「えっ……わ、私もやるのですか?」
「当たり前じゃない、桜。そんなに自信があるなら、桃川君みたいに試してやってみる?」
「……いえ、止めておきます」
「そこで迷わず笑顔で言えないようなら、桜も要練習ということよ」
おお、委員長、なんて情け容赦のない。蒼真さんぐぅの音も出てないよ。
「私達は全力で取り組もうと決めたわ。だから接客にも妥協はしない。特にエースとなる貴方達には、頑張ってもらうわよ」
「イエス、マム」
「はぁ……分かりましたよ。これもクラスのためですから、やるだけのことは、やりましょう」
そうして、明日から僕のメイド修業が始まることとなった。




