初デート
「ふーん、そうなんだ」
突如として発生したドタキャン3連コンボを、その一言で終わらせて蘭堂さんはさっさと歩きだした。
それでいいのか。というか、僕が色々と二人だけになってしまって非常に気まずい感じがしそうなアレコレをどういい繕おうか必死にシミュレーションした結果、特に何も思い浮かばないまま大人しくありのまま事情説明をしたワケだけど、少なくともここ数分の間にグルグルと巡らせた考えや感情が全て無駄になったことは確かである。
「二人だけになっちゃったけど、蘭堂さんは気にしないんだ」
「だって今日は桃川だけ来ればいいじゃん。もう予約しちゃってるんだし」
確かに、美容室を紹介される以上、予約の一つも入れるに決まっている。ならば最低限、僕だけいれば迷惑がかかることは誰にもないわけだ。
「来れないもんはしゃーないしょ。蒼真のはどうかと思うけど」
「いやぁ、あれはもう当人同士の問題で外野がどうこう言えるレベル越えてるよ」
「でもアレで付き合ってるワケでもないって、ヤバくない?」
「ヤバいよね。ある日突然、蒼真君がぽっと出の女と結婚でもしたら、綾瀬さんどうなっちゃうんだろう」
「ぷふっ、それはヤベーわ!」
ありがとう蒼真君。なんか君がいない方が話が盛り上がったよ。ドタキャンの件はこれでチャラにしてあげる。
しかし、こうして他愛のない話題がちょうど出て来たから良かったものの……改めて隣を歩く蘭堂さんの姿を見ると、なんていうかこう、圧倒されるよね。乳圧とかじゃなくて。
普段の着崩した制服姿もなかなかのモノだけど、私服になると何て言うか如何にもギャルらしいオーラが違う。なんかキラキラしてるっていうか。露出度的には制服と大差はないはずなのだが、ここまで派手な格好の女子なんて、まず僕のような人種はお近づきにもなれないだろう。
住む世界が違う、と言っても過言ではないはずなのに、今こうして二人並んで歩いているのがちょっと信じられないようだ。あれ、実は僕、寝過ごして都合のいい夢に溺れているワケじゃないよね?
なんて、ボーッとしている暇はない。現実を受け入れろ。
「蘭堂さん、今日ちょっとメイク濃いめだね。リップもかなりピンクだし」
「ガッコじゃここまですると注意されるかもだから、オフん時だけ。てか、ちゃんと見てて偉いぞ、桃川」
「昨日習ったばかりだしね」
基礎の基礎もいいところだが、知識ゼロと初歩を習ったのは大きな違いだ。メイクの実技指導を受けたことで、今日の蘭堂さんがどれだけの手間をかけて仕上げて来たのか、何となく実感を伴って分かるのだ。
濃い目といってもケバいワケでは断じてない。きちんと華やかな自分の容姿を理解した上で、それを最大限引き立てる、あるいは自分の思うような仕上がりにしている。
伊達にクラスの女子を押し退けて、スタイリストになってない。やっぱりメイク上手なのだ、蘭堂さんは。
「ふふん、この道はまだまだ険しく長いぞ。クンフーを積むのじゃ」
「功夫とか知ってるんだ」
「なんかこの前やってた映画で見た。で、クンフーって何? パクチーみたいな?」
「修行とか努力みたいな意味」
なんだかんだで程々に会話も弾みながら、早速やって来ました本日の第一目的。
「おおー、ここがメイド喫茶」
「ここは全国展開してる有名店だし、とりあえず間違いないでしょ」
蘭堂さんが見上げる看板には、洒落た横文字で『プリムハート』と書かれている。
メイド喫茶の最大手。この店も市内では最古のメイド喫茶となる、今や老舗と言ってもいい。
基本的には正統派を貫くスタイルだけれど、各店舗によって結構違いというか、個性はあるみたい。とはいえ、ここまでが軽く調べた限りの知識であり、具体的にこの店がどういう感じなのかは、自分の目で確かめるしかないわけで。
「それじゃ、入ろうか」
カランコローン、とわざとらしいほどの鐘の音を響かせながら、扉を開けば、
「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」
「「おおぉー」」
と、思わず僕も蘭堂さんも揃って唸ってしまった。
ほとんど開店と同時に来たお陰なのか、メイドさん勢揃いでお出迎えである。
そういう店だと分かってはいても、本物の衣装を纏ったメイドさんに並んで言われると、うーむ、なんという非日常感。早速、ちょっとメイド喫茶の魅力が分かってしまった気がするぞ。
「こちらのお席へどうぞ」
「おい桃川、銀髪に青い目してるぞ。なんだコレ、本物?」
「いやお店なんだから偽物とかないでしょ」
言いつつも、蘭堂さんがそう口にする気持ちも凄い分かる。
どうぞ、と僕らを案内したメイドさんは、銀髪碧眼。しかも、どう見ても染めたようには思えない、綺麗な天然らしき色合い。そして何より、日本人離れした西洋人形みたいな顔立ち……そりゃあ、どこぞのお屋敷に務める本物です、と言われても信じてしまいそうなルックスだ。
「スゲーなメイド喫茶」
「まさかあのレベルがいるなんてね」
正直、年頃の娘さん方がバイト感覚で楽しくやってます、くらいの店員だろうと思っていたが、いきなりの本格派登場で、最大手プリムハートの実力を見せつけられた気分だ。
うーん、これは参考になりませんねぇ。
「で、どうするよ桃川」
「どうするって言っても、喫茶店であることに変わりはないから。とりあえず注文して何か食べようか」
「お、例のオムライスいっちゃうかー?」
「でもちょっと時間早いし、一人一個ずつで食べられる?」
「じゃあ二人で分けよ」
「それでお願いします」
「ウチはコーヒーと、桃川はなに飲む?」
「ミルクティーに……いやちょっと待って、メニュー表もしっかり見ておかないと」
「ごめん、フツーに選んでたわ」
そうして、思い出したように机の真ん中に置いたメニュー表を二人で眺めている時間は、心地よいような、でもドキドキもするような、何だか不思議な感覚がした。
◇◇◇
「行ってらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様」
間違いなくプリムハートのエースメイドであろう銀髪碧眼の超絶美少女メイドさんに見送られて、僕らは店を後にした。
「なんかフツーに良かったじゃん」
「いいお店だったよね」
いや本当に。接客、味、値段、どれにもケチつけられない高水準でまとまっていると、やはり満足感が違う。これは学園祭終わってもリピートあり得るぞ。
「それに思ったよりも参考になったよ」
「やっぱあの撮るやついいよなー」
インスタントカメラでメイドさんと撮影するやつ。ホントはお値段かかるけど、一枚サービスしてもらったんだよね。初来店の学生割ってことで。開店直後でまだピークタイムではない、というのも大きいだろう。
学園祭の参考で、と言えば普通に色々と話してくれたりもした。その際は蘭堂さんのコミュ力が遺憾なく発揮されていたワケだが。適材適所だよね。
そんなプリムハートはあの銀髪碧眼のエースを筆頭に、その他のメイドさんも高いレベルで構成されていた。どうやって厳選してんのか謎だけど、外れようがない面子を揃えているのは強い。
そしてその恵まれた容姿レベルを活かして、メイドさんとのツーショット撮影など、メイド喫茶では割と定番サービスもやっている。これは一定水準以上の見た目を維持できなければ、やってる方が恥ずかしくなってしまうのだが、その辺ウチのクラスにおいては心配ない。
たとえ僕の評判がイマイチであったとしても、蒼真兄妹と剣崎明日那の三人だけでも十分過ぎる収穫が期待できる。
「でもカメラって買ったらそれなりにしない?」
「誰か一人くらい持ってんじゃないのー」
「自前で用意すればタダだもんね。そういえば、勝は結構いいデジカメ持ってたし、カメラマンやってもらってもいいかも」
「職員室からコピー機パクってきたら、デジカメ撮ったの印刷できるんじゃね?」
「蘭堂さん天才。これなら元手ゼロで撮影サービス実装できるよ」
本物のメイド喫茶で受けた刺激を下に、あれやこれやと話している内に、本日の第二目的である美容室へと到着した。
「こういうとこ入るの、なんかちょっと緊張する」
「メイド喫茶よりは楽勝でしょ」
僕みたいなオタク野郎からすると美容室みたいなキラキラしたとこへ踏み入る方が絶対勇気が————あっ、ちょっと待って、まだ心の準備ががが、
「ちわー、姉さんいるー?」
「あっ、杏子ちゃん、いらっしゃい」
「コレ、予約の桃川」
「はい、予約の桃川です!」
「あはは、こんにちはー。杏子ちゃんから話は聞いてるから、こちらへどうぞー」
予約は勿論のこと、事情まで話しているようで、物凄い進みが早い。
「というか、お姉さんなの?」
「や、フツーに知り合い。結構、付き合いは長いんだよね」
なるほど、これもギャルのコミュ力のなせる業ということか。やはり陰気なオタク野郎とは人脈が違う。
美容室の姉さんは、SNSでキラキラした内容を頻繁に投稿するアカウントを持っていそうな、ゆるふわカールな大人の女性である。スタイルはジュリマリみたいで、これは女性が憧れるタイプの女性だ。勿論、僕みたいな奴は基本お近づきになることはないタイプである。
「わっ、凄い、髪サラサラ。肌も綺麗だし、ホントに杏子ちゃんと同級生?」
「こう見えて高校二年生です」
「実は中学二年生とかじゃない?」
「こう見えても高校二年生なんですよ」
「ああー、いいなー、華の高校生、青春真っ盛りー」
これがカリスマ美容師のトーク力なのか。僕のような奴を相手にしても、気さくな語り口である。
チラと横目で見れば、蘭堂さんも髪を整えてもらうようで、僕と同じく鏡の前の席へとついていた。
「私、杏子ちゃんとは小学生の頃からの付き合いなんだけど、男の子なんて連れて来たの初めて見たよー」
「そ、そうなんですね」
あらあらうふふ、とでも言い出しそうな微笑みを浮かべながら、実に思わせぶりな台詞を口にする姉さんである。いや落ち着け、勘違いするな。普通は美容室にわざわざ男を連れてきたりしないんだから、姉さんが男連れを目にする機会がないのは普通のことだ。
「杏子ちゃんって、あの見た目にあの性格でしょ? だからオラオラ系? みたいな男の子はかなり寄ってくるんだけど、全然好みじゃないみたいで」
「そ、そうなんですね」
さっきと同じ相槌しかしていないBOTに成り下がった僕である。
「カワイイ系が好みだったとはね————それじゃあ、杏子ちゃん振り向かせられるくらい、カワイクしてあげる!」
「よ、よろしくお願いします……」
なんか誤解のありそうな口ぶりだが、席について散髪用ケープを被らされた時点で、断頭台にかけられた罪人も同じ。後は大人しく、流れに身を任せるのみよ……
◇◇◇
「ありがとうございましたー。またよろしくねー、桃川さーん!」
プリムハートのメイドさんにも負けない素敵な笑顔で姉さんに見送られて、僕らは美容室を後にした。
「……」
「なに下向いてんだよ、カワイクなったんだから、もっと自信もって顔上げなよ」
「流石に女装していきなり外出は、ハードル高いって……」
「ちょっとメイクしただけで、別に女装はしてないじゃん」
果たして、そうだろうか。確かに僕は、スカートを履いて如何にもな恰好をしているワケではない。
ないのだが……ここまでバッチリ髪型もメイクも決めてれば、女装と言ってもいいんじゃないのだろうか。
「これからメイドでガチな女装することになるんだから、こんくらいで恥ずかしがるなよなー」
「教室と公共の場じゃ全然違うよ……」
ああ、道行く人の視線が気になる。いや落ち着け、誰も僕のことなんて見ているはずがない。蘭堂さんという派手な爆乳黒ギャルいれば、絶対そっちにしか視線なんていかないっての。
そう考えると、隣にいるのが蘭堂さんで一番良かったのではないだろうか。これで蒼真君と二人きりで歩いて、変な目で見られたり誤解とかそういうクソみたいな展開になったら、僕はメンタルやられて不登校になってしまうかもしれん。
「まだ時間あるし、どっか行こ」
「えーと、じゃあ……コスプレショップとかにメイド服でも見に行こうか?」
「いいじゃんソレ!」
無難なアイデアを出せば、思いのほか乗り気になった蘭堂さんに押されて、そのままコスプレ専門店へ向かうことに。
昔、勝と一緒に冷やかしで覗いたことがあるから、場所は知っている。というか、オタク関係の店舗は大体近場で集まっているから、分かりやすくていい。一度も入ったことなくても、そういう系の店が他にもあったような気がする。看板見れば分かるでしょ。
そんなことを思いながら、半分女装みたいな状態も徐々に気にならなくなる程度には歩いた頃であった。
「————よう、蘭堂じゃん」
不意にかけられた男の声に振り向けば、
「ああ? もしかして一緒にいるの……桃川かぁ?」
クラスにおいて天道君に次ぐ不良生徒、樋口恭弥が現れた。




