表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
外伝:白嶺学園文化祭
419/521

お誘い

「でさぁ、昨日帰ったらめっちゃ親に言われたんだよね」

「ぎゃはははは!」

「なんで急に色気づいてって、そういう意味じゃねぇだろと」

「いや、そりゃ言われるって!」


 女装メイクキメたまま帰宅した時の顛末を聞かせれば、相変わらず勝は友達甲斐の無い爆笑リアクションで笑い転げていた。

 メイク落として帰れよ、と言われればその通りではあるんだけど、


「昨日は盛り上がったからなぁ。お前もその気になっちまうのはしょうがねぇよ」

「単に落とす暇もなく解散しちゃっただけだって」


 スタイリスト蘭堂による僕のモテカワメイクは好評だったが、ジュリマリコンビによる蒼真君の方も結構なモノであった。

 それに加えて、案の定というべきか、エース執事に任命された蒼真桜と剣崎明日那の二人も、とりあえず持ち込みのスーツを着て男装姿を披露。あっちは女子チームだけあって、メイク指南は必要なく、自前のメイクでなんか上手いことやったようだ。

 そしてその結果に誕生したのは、生まれ持った抜群の素材を活かした、とんでもねぇイケメン男装執事であった。


 蒼真桜は言うに及ばず、剣崎明日那も凄い。こりゃ ナチュラルに女子のファンもできるわってレベルの容姿である。これで二人とも長い髪を切ってより男らしい髪型にすれば、今すぐ新宿歌舞伎町のホストクラブで天下とれるだろう。何十人もの女を破産するまで貢がせるに違いない。


 そんなワケで昨日は、メイドと執事の両エースが揃い踏み。クラスメイト達も改めて、逆転メイド&執事喫茶の持つポテンシャルを確認できたことだろう。想像以上の出来栄えに、クラスは大変盛り上がり、そのせいでメイク落としもする暇もなく、気づけばキンコンカンコン、帰宅の鐘が鳴り……僕は泣く泣く、呆れた母に手伝ってもらいながら人生初のメイク落としを体験することに。


「まぁまぁ、いいじゃねぇかよ。これなら本番もバッチリだろ。こっからお前、メイド服にカツラも被るんだろ?」

「そうなるだろうね」

「完璧じゃん!」

「なにがだよ」

「いよっ、メイド長!」

「うるせぇ」


 ドムッ、と僕は怒りの猫パンチの勝のデカい腹にぶち込んでやると、グェエエ死んだんゴ……とか言いながら、席を立って教室を出て行った。今トイレ行くなら先に済ませておけよ。

 しょうもない友人の行動を見送ると、背後に気配が。


「おはよう、桃川くん。あっ、もうメイクはしてないんだね」

「おはよう、双葉さん。流石に昨日帰ってすぐ落としたよ」


 母親には色々言われたけど、と続ければ、あははと苦笑してくれた。


「でも、凄く可愛かったよ。とっても似合ってた」

「ありがとう、と言うべきか迷う感想をどうも」

「自信もっていいと思うよ」

「その自信、つけたら性癖歪むやつでは……」


 本当に小鳥遊の言う通り、女装に目覚めたらどうする。僕みたいにあんまり褒められてこなかった奴は、ちょっとチヤホヤされたら舞い上がってそっちの道へホイホイ進んで行っちゃいそうになるんだぞ。


「あのね、また試食品を作ってみたんだけど……良かったら、桃川くん、どうかな?」

「えっ、いいの? ありがとね」

「うん、桃川くんに食べて欲しかったから。でも、前があんな風になっちゃったから、嫌じゃないかなって……」

「アレは双葉さんが悪いワケじゃないし、全然、気にしないでよ。それに、あの一件はヤマジュンが話をつけてくれたから」

「そうなんだ、流石は山川君だね」

「こういう時はやっぱり頼りになるよ。それで、今日の試食品は?」

「昨日の話し合いで、オムハヤシでやってみようって決めたから、今回はそれ以外のメニュー候補、お菓子とか」

「なるほど、お茶請け的な」

「そうそう」


 喫茶といえばメインの軽食メニューの他にも、コーヒーorティーとセットで出て来るお菓子。スイーツなんかも定番だ。単にデザート系でいえば、パフェとか見た目はいいけど作り方は簡単だから、学園祭でもアリだ。


「それはまた、色々と候補が多そうで、決めるのに悩みそうだね」

「うん、だから色んな人に食べてもらって、感想を聞きたいなって」

「へぇ……面白そうじゃん。俺も混ぜてよ」


 と、百合の間に挟まりたそうな台詞を、何故かキメ顔で言い放ってきたのは、


「葉山君、おはよう」

「おはようございます、メイド長! 料理長!」

「も、もう、やめてよ葉山君……」

「双葉さん、葉山君はこういう奴だから、気にしない方がいいよ」


 今日も元気に楽しそうな笑顔全開で葉山君が現れた。


「試食品があると聞いて」

「この卑しんぼめ」

「だってよぉ、オムライスいっぱい食ったんだろぉ!? ズルくねぇ!?」

「えっと、ご、ごめんね?」

「いや、悪くない。双葉さんは悪くない」

「そう、悪いのは————」

「「蒼真悠斗だ」」


 パァン、とハイタッチを決める僕と葉山君。ここ一週間で、彼のノリが分かって来たんだ。


「それじゃあ、昼休みは教室で試食会するから。葉山君もその時に、ね?」

「いよっしゃああ! ありがとな、双葉さん!」

「葉山君、甘やかすと絶対つけあがるタイプだよね」

「このぉ、桃川、カワイイ顔して毒吐きやがって!」

「うわっ、ちょっ————」


 ガシガシと乱暴に撫でて来る葉山君と揉み合っていると、


「なーにやってんだよ葉山、セクハラかぁ?」

「朝一で失礼なこと言うなや蘭堂」

「あっ、蘭堂さん、おはよう」

「はよー」


 と、気怠い感じでやって来たのは蘭堂さんである。

 しかし、ついこの間まででは考えられない面子が朝から集まってるな。これが文化祭ブーストか。


「桃川さ、明日ヒマ?」

「うん、まぁ、どうせ部活もないし、特には何もないけど」

「じゃ、ウチと付き合ってよ」

「えっ!?」


 と声を上げたのは、何故か双葉さんも同時であった。

 いや確かに、衝撃的な発言だったけど。


「桃川、どうせ美容室で髪切ってないっしょ?」

「そりゃあ勿論」


 縁もゆかりもありはしません。テレビかドラマでしか見ない場所である。美容室って、女性かホストしか利用できないんでしょ?


「ウチがいいとこ紹介してやっからさ。本番に向けて、先に整えておいた方がいいぞ、そういうこと」

「ああー、なるほどねぇ」


 一理ある。というか、意外としっかり考えているというか、真剣に取り組んでいるというか。ギャルの見た目に反して……と、これも一種のギャップ萌えかも。


「あとメイド喫茶とかも行っとく? 本場を体験しとく的な」

「おっ、蘭堂、お前今いいこと言ったな! やっぱ一度は本場に行っとかねぇとだよな!」

「確かに、そういう話もしたよね。委員長にダメ出しもされたし」


 僕の「お帰りなさいませ、ご主人様」は40点である。ここらでプロの技を見ておくのも必要か。

 調べればそのテの動画や資料なぞ幾らでも、ではあるのだが、やはり何事も生の体験に勝るものはない。百聞は一見に如かずって、エアプが増えたネット時代でさらに格言としての価値上がったよね。


「んじゃ葉山、メイド喫茶に興味ある奴誘っとけよ。どうせ一人じゃ入る勇気ねーだろし」

「おうよ。けど勘違いすんなよ蘭堂、俺は必要とあらば一人でも躊躇なんざしない男だぜ?」


 何故どうでもいいところで見栄を張るんだろう。少なくとも、僕は一人でメイド喫茶に挑むのはちょっと無理かなぁ。


「あんまり大人数だと入りにくいから、四、五人くらいにしとこうよ」

「オッケー、任せとけ!」


 いやしかし、一瞬でも蘭堂さんと二人きりになるのかと思ってしまい焦ったよ。流石にお相手が彼女だと、恥ずかしながら僕としても意識せざるを得ない。

 葉山君、ありがとう。君がいてくれたお陰で、僕が下手を打つことはなくなった。単なるクラスメイトの集まりに混ざるだけなら、僕も気まずい思いや変に意識することもせずに済むのだ。

 蘭堂さんのような素敵な女子と二人きり、というシチュエーションに魅力を感じないでもないが、何かやらかしそうな怖さの方が先に立っちゃうよね。


「いやー、俺メイド喫茶とか初めてなんだよねぇー」


 うひょー、と能天気に盛り上がっている葉山君を、僕は穏やかな気持ちで眺めた。




 ◇◇◇


「————それなら、俺も一緒に行こうかな」


 と、その日の放課後、蒼真君もそう名乗りを上げた。


「まさかハーレム引き連れてはこないよね?」

「ハーレムって……」


 僕の皮肉に引き攣った苦笑いである。


「僕と蘭堂さんと葉山君で、もう三人だからね。妹と幼馴染だけでも無理だよ」

「分かってる、ちゃんと俺一人で行くから大丈夫だ」


 やれやれ、とでも言いたげに蒼真君が溜息混じりに言う。ならば良し。


「折角だし、ヤマジュンも一緒にどう?」

「えっ、僕も? いいのかい、もう結構な人数でしょ」

「五人ならセーフじゃない? ヤマジュンも来てくれた方が、なんか安心できるし」


 蘭堂さん、葉山君、蒼真君。三人とも僕如きが制御できる人員ではない。まるで暴走でもするかのような言い草だが、付き合いの浅い人物であることに変わりはないので、どう出るか分からないってのは事実である。


 その点、ヤマジュンがいれば大体なんとかなるという信頼感。蒼真君、これが人を信じるということだよ。ただ女の子を甘やかすのとは違うのだ。


「……それなら、僕もご一緒させてもらおうかな」




 ◇◇◇


 そういう流れで、翌日。土曜日。

 僕は珍しく私服のコーディネートに悩みつつ、元からロクなの持ってないから今更どうやったところで大して意味ないと思い直して、とりあえず一番小奇麗に見えそうなのをチョイスして行くことに。


 黒い綿パンに白のパーカー。今日から十月に入り、いい加減に寒くなってきたのでブルゾンを羽織って完成。うーん、大体いつもと変わり映えはしない。でも全部最近買ったばっかのやつだから、それで勘弁して欲しい。


 これで男子だけなら何も気負うことはないけれど、今日は思えば人生初かもしれない女子も含めての一大イベントである。まさかこんな日が来ようとは。神様、先に言ってくれ。

 ともかく、これ以上は見栄の張りようもないので、いざ出陣。


 そしてやって来ました、市街中心部。

 ここは名門私立白嶺学園のある市だからね、結構栄えている。お陰でゲーム、漫画、アニメ関係のショップについても、困らない程度には充実している。

 それは当然、メイド喫茶も同様。この辺を歩いていれば、あの手の目立つ看板は嫌でも目に入るものだ。興味がなくても幾つかは立地を憶えている。


 現在、僕が一番乗りでやって来たのは待ち合わせの定番場所である、無駄にデカい謎のモアイ象がある広場。

 今にも輪っかのビームでも放ちそうな迫力のモアイを尻目に、いまだ悲しきガラケーユーザーの僕はラノベでも読みながら時間つぶしでもしようと思った矢先のことである。


 ジリリリリン!


 鳴り響く黒電話のコール音。珍しくも着信アリ。


「もしもしー、蒼真君どうしたのー」

「ああ、桃川か。本当に申し訳ないんだが……今日、行けなくなってしまったんだ」

「あっ、そうなんだ。まぁ、別に大丈夫だと思うけど、もしかして風邪でも引いた?」


 ミーハー女子でもあるまいに、元から蒼真君の参加を心待ちにしていたワケではない僕は、別に急にドタキャンされたところでさしたる問題はない。ないけれど、はい分かりました、で即切りするのもアレなので、一応話のタネとして事情は聞いておこうかと問うてみれば、


「いや、その……」


 初手謝罪したように、確かに申し訳なさそうな雰囲気は漂っているのだが、事情については何やら切り出しにくい模様。少なくとも。体調不良といった一般的な理由ではなさそうだ。


「……実は今朝、急にレイナがディスティニーランドに行きたいと言い出して」

「はぁ?」

「それで今、もうランドに来てるんだよ」


 いやディスティニーランドって、思い立ったが吉日でいきなり行くようなとこだっけ? 東京の日本一有名なアミューズメントパークの代表格。

 確かに朝一で新幹線に乗るか、車で出ればそりゃあ開園までには間に合うかもしれないが————


「綾瀬さん、昨日のディスティニーランド特集、見てたでしょ」

「な、何故それを!?」

「ここまで分かりやすいと推理の余地もないんですけどー」


 僕は昨日、たまたまた夕食時にテレビを流し見していたから知っているだけで、特に興味は覚えなかったが、綾瀬さんなら確かにこういうの好きそうだし、影響されやすそうである。


「良くないとは常々思っているんだが、レイナは昔からこういうワガママを言い出すんだ」

「だからっていきなりディスティニーランド行く? 交通費だけでもバカにならないでしょ」

「綾瀬家はかなり裕福で、ご両親もレイナのことは猫可愛がりでな。大体のワガママは叶えられてしまうんだ」


 金の力ってスゲー。

 しかし純粋モンスターレイナ爆誕の秘密を、僕は今まさに垣間見た気がする。あんまり知りたくもなかったけれど、こんな残酷な格差社会の現実を。


「まぁ、折角だし、楽しんできたらいいよ」

「本当に済まない……お土産は買って来るから」

「よろしくねー」


 というワケで蒼真君の不参加が決定した。ワガママお嬢様のご機嫌取り、精々頑張ってよ。

 さぁて、彼のことなど気にせずラノベを、


 ジリリリリン!


「もしもしー、ヤマジュンどうしたのー」

「……桃川君、ごめんね、今日ちょっと行けそうになくなって」


 おや、この流れはもしかして、


「ええっ、ひょっとしてヤマジュンもディスティニーランドに!?」

「ああ、蒼真君から連絡は行ったんだね」

「うん、今さっきね。ワガママモンスターに振り回されてご苦労様って」

「あはは……僕の方は、ちょっとカゼを引いてしまってね」

「えっ、ホントにカゼの方だったんだ。大丈夫なの?」

「まだ軽めの方だから、心配はいらないよ。でもこの時期に、万が一にでも誰かにうつしてしまったら大変だからね。だから今日のところは、残念だけど遠慮させてもらうよ」

「そっか、それじゃあ仕方ないね」

「うん、ごめんね。それから、葉山君も今日、来れなくなったから」

「ええっ、葉山君も!? 何でまた」

「急にバイトに入らないといけなくなったらしくて。店長に泣きつかれたって」

「それで断れないの、なんかちょっと葉山君らしいかも」


 なんのバイトしているのかは知らないけれど、そういうこともあるだろう。休日に限ってピンチヒッターを頼まれる、バイトあるあるだよね。


「本当にごめんね」

「いや、みんなそれぞれ事情があってしょうがないことだよ」

「うん、それじゃあ————桃川君、蘭堂さんと二人で、楽しんできてね」


 と言い残して電話を切られて、僕は気づいた。

 今日のメンバーは五人。そこから三人引いたら、残るのは何人? 小学生でも一瞬で分かる、実に簡単な解答である。


「おーっす、なんだよ桃川、一人ぃ?」


 ガラケーをしまい込んだところで、彼女の華やかな声がかけられた。


「……僕一人でごめんね」


 桃川小太郎、予期せぬタイミングで、人生初の女子と二人きり。

 まさかこんな日が来ようとは。だから神様、先に言ってくれ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ディスティニー…、ランド…。 ジャスティスに負けて泣き崩れそうな、物騒感漂う施設を想像してしまった。 対艦刃でも振り回すのかな?(笑) [気になる点] ヤマジュン、気を利かせたか…? …
[一言] 私は女と2人になったのは小学生時から結構有ったが何も起こらなかったよ。 期待して損するのよ。 その女達は今は誰かのお母さんだよ。
[一言] そんな幼馴染がいたら蹴り飛ばすんだが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ