女装のいろは
そして翌日。今日は授業の最後がロングホームルームで、実質的な学園祭の作業時間となる。
そして教室の一角にメイドチームを招集した、直後のことであった。
「メイクの時間だオラァ!」
「なっ!?」
突然の乱入者に、僕らはそんなリアクションをするより他はなかった。
「えーっと、蘭堂さん……?」
堂々と現れたるは、双葉芽衣子に次ぐバストサイズを誇る、パツキン黒ギャル蘭堂杏子である。
大きさだけなら双葉さんの勝ちだが、スタイルで見れば蘭堂さんは圧倒的。高校生離れした外人モデルみたいなダイナマイトボディで、際どいミニを履き、はち切れそうなブラウスの胸元を開けている制服姿は非常に目の毒。特に僕のような性癖持ちには、クリティカルに突き刺さる。
そんな魅力的な蘭堂さんであるが、見た目通りにクラス一の派手なギャルだ。当然のことながら、僕のような人種とは相反する存在。オタクに優しいギャルは空想上の存在です。
なので勿論、クラスにおいては遠巻きに眺めて目の保養にしているだけだったのだが、
「おい男子ぃ、どうせお前らだけじゃロクなメイクもできねーだろ」
「アタシらはスタイリストってヤツ? まぁ、そんな感じよ」
おっと、目の前に現れた蘭堂さんの存在感に釘付けで、後ろにギャル友であるジュリマリコンビがいることに今気づいた。
「なるほど、確かにその通りだ。協力しに来てくれたんだな、ありがとう」
「蒼真も女装ガチるってマ?」
「ま、まぁ、そういうことに決まってしまったから」
蘭堂さんにストレートに聞かれて、まだ若干の迷いが見られる解答を寄越す蒼真君である。覚悟が足りんな。
「スタイリストかぁ。これは委員長の差し金かな」
「言われなくたって、やってやるっての。メイクとかすんなら、多分クラスじゃウチらが一番だしぃ?」
「ウチの女子が化粧っけなさ過ぎなんだよ」
「逆にアタシらの肩身が狭いっつーの」
そりゃあ蒼真桜にレイナのような天然モノの超絶美少女が勢揃いだ。彼女達は基本的にナチュラルメイクで最低限といった印象。でも顔面偏差値の暴力で、それが最大限に魅力的となっている。
普通のクラスにおいては、ルックスとメイクが合わさり最高峰になるだろうジュリマリコンビでも、流石にコレには敵わない。
だがしかし、今必要なのは正しく彼女達のような人材である。
「僕らも女装のことなんて何も知らない素人だから、教えてくれると助かるよ」
「逆に詳しかったらちょっと引くわぁ」
アハハと笑う蘭堂さんの胸がちょっと揺れてて、僕は笑うどころじゃないんだが。
落ち着け、僕。取り乱したりするな。今はただ、メイド長としての職責を全うするんだ!
必死に言い聞かせて、僕は理性で煩悩を抑える。
「なぁなぁ、蘭堂。俺らには何もないのか?」
「なんだよ葉山ぁ、お前は適当に口紅でも塗って遊んどけ。ほらよ」
「扱い雑ぅ!」
ああ、いいなぁ葉山君。あんな風に気負わず蘭堂さんと接することが出来て。
能天気な彼だけど、こういう誰に対しても気軽な態度でいられるところが、羨ましくもあり、尊敬できるところでもある。
そんな葉山君は蘭堂さんが鞄から取り出して机に転がした口紅を手に取って、しげしげと見ていた。
「えっ、もしかしてコレ蘭堂の? 使いかけ? ヤバくね?」
「ヤバくねーよ。何かで貰った試供品みてーなヤツだから。一回も使ってねーからな」
「なら安心だな」
「どーゆう意味だよ」
「ほらその、気遣い的な意味で」
「はぁ? 意識し過ぎ」
冷めた目の蘭堂さんに、葉山君が弄られてキャハハと笑っているジュリマリコンビ。うーん、この空気、僕には馴染めそうもない。
「えーと、それでどうするの?」
このまま放っておけば葉山君とギャルズが延々と駄弁ってそうなので、メイド長として議事進行を促してみる。掩護してくれてもいいんだよ、と思ってヤマジュンをチラっと見たら、穏やかな微笑みを返された。えっ、僕に丸投げってコト?
「とりま、やるだけやってみっか」
「えっ、いきなりやるの?」
「そりゃ時間あるし。ちゃんと色々持って来たから」
いざメイク本番と言われると、ちょっと身構えてしまう。僕も蒼真君同様、覚悟は足りなかったようだ。
「どーする?」
「モチ、蒼真君っしょ」
「こんな機会ねーしな。杏子は桃川でいい?」
「うん、ちょっと弄ってみたかったし」
「じゃ、決まりね。私とマリで蒼真君担当ね」
「桃川はウチに任せとけ」
ギャルズの間で早々に話はまとまったらしい。どうやらジュリマリコンビが蒼真君のメイクを担当し、蘭堂さんが僕をやるようだ。ちょっと弄ってみたかったって、どういう意味?
「他の男子は見て覚えろよー」
「いやいや、ここはまずビフォーアフターだろ」
「一番違いが分かるやつ」
「先にすっぴんの写真撮っとくべ!」
「まぁー、一理ある?」
上中下トリオが完全に見世物を見物しに来たようなニヤニヤ顔で余計なことを言い出している。
エースメイドではない賑やかし要員達は雑な扱いだが、自分が本格的なメイクをされるワケじゃないので、実に気楽な立場である。好き勝手言いやがって。
もっとも、彼らが真剣にメイクを学ぶ姿勢を見せたところで、僕が生贄に捧げられることに変わりはないのだけれど。
「桃川、そこ座って」
「あっ、はい」
さて、こうなってしまっては僕に出来ることなど何もない。この身をただ蘭堂さんに任せるだけ————
「ふうっ!?」
「あっ、コラ動くなって」
椅子に座って向かい合ったと思ったら、キスでもしそうな勢いで蘭堂さんに急接近されて、変な声出た。顔が迫って来るのもそうだし、開いた胸元から覗く褐色の谷間が……
「おおー、髪サラサラじゃん。小さい子の髪みてーだぞ」
蘭堂さんが何か言っているが、あんまり内容は入って来なかった。どうやら、僕の長めの髪の毛をクリップ型のヘアピンで止めたようだ。
前髪が全て上がって、なんかちょっと恥ずかしい気分で、すぐ目の前に蘭堂さんの色っぽい顔があって普通に恥ずかしい気分。
「じゃ、顔洗って来い。ちゃんとコレ使えよ」
「あっ、はい」
勝手に意識している間に、蘭堂さんから洗顔フォームを渡される。なんだコレ、CMでしか見たことないようなやつだ。そして恐らく女性用。
「これで顔洗うの?」
「洗ったら、次コレな」
「なにコレ」
「化粧水と乳液」
ほう、これが。
「名前は聞いたことある」
「桃川、顔だけ洗ったら戻って来い。ウチがつける」
はい分かりました、と唯々諾々と僕は従った。
いやだって、ホントに名前しか聞いことのない存在である。どっちから先に使って、適量がどれくらいか、全く使用感というが分からない。
その辺の完璧無知な雰囲気を察して、蘭堂さんは言ったのだろうけど。ともかく、言われるがままに洗顔だ。
でも水道水オンリーの水飲み場じゃあ、ザブザブ顔洗うのはちょっと辛いんだよなぁ。
「うーん、やっぱ素で白いわー」
硬く目を瞑っている僕の耳に、蘭堂さんの囁き声が至近距離から聞こえて来る。
近い。やはり近い。だから目を瞑っているワケだけど。
フワっと漂ってくる、女子特有のなんかいい香り。顔のすぐ傍で発せられる声だけで、どこかくすぐったい気持ちになる。
視界を塞いでてもコレだ。目を開けたらどうなっちまうんだ。
「おおー、肌プニプニじゃん。やっぱ子供みてーな」
「ちょ、ちょっと蘭堂さん……?」
全くの無遠慮に顔を触られ、頬がムニムニ揉まれる。遊ばれるにしても、相当恥ずかしいんだが!
「あはは、じゃーやるぞー」
ひとしきり遊ばれた後に、いよいよメイク開始。
とはいえ、洗顔後にもう化粧水と乳液は塗られている。そして今また新たに別の何かが塗られている。
スタート時点で何回塗るんだよ。プラモ塗装だってここまでするか?
思っていると、顔がスポンジで撫でられる感触が。
「もしかして、これがファンデーションってやつ」
「それも名前だけ知ってるヤツ」
「はい」
「こんだけ白かったら薄めでいいな。シミもニキビもねーし、コンシーラーはいらねーわ」
「あっ、それは名前も知らないヤツ」
「本番まで吹き出物、出ないようにケアしろよな。このまま使わせんなよー?」
ケアって何をどうすればいいんですか。コラーゲン入ってる系のモノを食べるとか?
「ベースはこんなもんで、やっぱ桃川はアイメイクがポイントだな」
どうやらファンデーションのポフポフタイムは終了のようだ。ここまでで、ベースメイクとやらになるそうで。ベースの時点で何回手間かけてんだろう。
チラっと目を開ければ、真剣な表情で僕の目元を見つめる蘭堂さんが。いやぁ、そんなに見つめられると……
「桃川、まつ毛長っ」
そんなとこ見つめられても。
「これパッチリさせたら相当化けるぞ」
方針が決まったらしい蘭堂さんが、いよいよ気合を入れたアイメイクに取り掛かった。
顔はやっぱり目元が重要。というのは、僕はプレイヤーキャラのキャラクターメイキングでよく実感している。なのでアイメイクの影響もなんとかく分かる。
しかしながら、僕が知るアイメイクは所詮、ゲームの中にいる3Ⅾモデルの話。果たして現実でどこまで差が出るものなのか。
「ら、蘭堂さん、その目ん玉抉る拷問器具みたいなのは一体……」
「あ、これビューラーな」
急にハサミ状の謎ガジェットが登場して、躊躇なく僕の目に向かって来て割とビビる。
なんでも、まつ毛を上向きにカールさせて整えるモノらしいが、
「ぬぅうう……」
「あはは、そんなビビんなって」
目元に至近距離で異物が動いているのは、やっぱり反射的にビビってしまう。僕はきっと、コンタクト出来ないタイプの人間なのだろう。
「よっし、こんなもんだな!」
さて、そんなこんなでアイメイクが完了し、リップを仕上げて、なんかシュっと吹きかけられて終わり。とにかく化粧するのって、手間がかかって面倒臭いな、という感想しか出てこない。
「一応、髪もちょっと弄っとくからな」
恐らく本番ではウィッグでロングヘアなりツインテールなりの、如何にもな髪型にすることとなるだろう。流石に女装用のウィッグまではギャルズも持参していないので、今日のところは地毛を整えるだけ。
とはいえ、僕の髪は長めなので、多少のいじりようはあるようだが……
「おお、スゲーぞ桃川! これはかなりいい感じ!」
「ええー、そうかなぁ」
ヘアメイクも終わり、今日のところはこれで完成である。
蘭堂さんは割と会心の出来栄えといった風に満足気だが、僕は鏡の中にいる化粧をした自分の姿を見ても……うん、化粧した自分だという感覚しか。
まぁ、目元と髪のお陰で印象的には女子っぽくなっているとは思うけど。これで女装すれば、とりあえず最低限、誤魔化せるんじゃないのという感じだ。
「よっし、そんじゃあお披露目するぞ。おーい、みんな見ろー、桃川のメイク超キマってっから!」
「ちょおっ!?」
ここはメイドチームの内輪だけで見せあう程度と思いきや、いきなりクラス全員の晒し者に。なんという不意打ち。なんという裏切り。
しかしスタイリストとしての仕事ぶりをアピってるだけの蘭堂さんを、恨むワケにはいかない。
でもやっぱり恥ずかしいは恥ずかしいワケで、
「ぐぬぬ……」
ロングホームルーム中で各々が集まり活発なディスカッションが交わされる中、蘭堂さんの宣言によってクラスメイト達の視線が一身に集中。
流石にノータイムでクラスの晒し者にされる覚悟の決まらなかった僕は、あまりの羞恥に斜め下に目を逸らすことしかできなかった。
「……」
そして訪れる沈黙。
即座に樋口か小鳥遊あたりが笑い飛ばしてくると思っていたが、こんなに黙られると逆に怖くなってくる。
なんだよみんな、何か言えよ……
パチパチパチ
と、謎の静寂を破ったのは、拍手の音だった。
誰が、と思い視線を向ければ、
「素晴らしいメイクだわ、蘭堂さん。そして桃川君、とてもよく似合っている。一目見て、私は確信したわ。これで最優秀賞は二年七組のモノよ」
感動した、とでも言いたげな表情で、委員長が堂々と言い放った。
パチパチ!
パチパチパチ————
直後、そこかしこから拍手が上がり、
「うぉおおおおおおおおおおおおおっ、桃川スゲーッ!!」
葉山君が何か叫んでいる。
「凄いじゃん、桃川」
「コレはマジで化けたな」
「へぇ、結構カワイイ」
「わぁ……桃川君、凄い……」
「いや普通に可愛くない?」
「猫系美少女みたいな?」
「これは二年七組ロリ三銃士から四天王になる時が来たか」
「まさかの男の娘枠で草」
「多様性を受け入れろ」
「だが男だ」
「うっ、ダメだ、僕には眩しすぎる……」
「女装メイドとかネタでしかないと思ってたけど」
「なんかフツーにイケそうな感じするわ」
「てかメイクで変わり過ぎじゃない? あんなんなるの?」
「蘭堂さんがやったんでしょ、ヤバくない!」
「あのクオリティはちょっと真似できないわ」
「小太郎……立派なメイド長になれるよ、お前なら」
おい、勝、遠くに行っちまう友人を見送る目で僕を見るな。
ともかく、思っていたよりは好感触、というべきなのだろうか。変に笑いものにされるよりかは、マシだと思うけれど……
「うわー、あの顔、絶対自分がカワイイこと自覚して気持ちよくなってるよ。ホントに女装に目覚めちゃうかもね、キャハハ!」
「よせ、小鳥。そんな想像するだにおぞましいことを」
聞こえてんだぞ小鳥遊ぃ。どさくさ紛れに毒吐きやがって。
そして相方の剣キチ女、時代に逆行した発言には気を付けるんだな。ポリコレ棒フルスイングは剣崎流剣術じゃ受けきれねぇんだぞ。
「やったじゃん桃川、バッチリ可愛くなってるってよ」
「うん、まぁ……ありがとう?」
ド派手ケバメイクのピエロになるよりかは、遥かに良かったと思おう。少なくとも蘭堂さんはベストを尽くしてくれたし、実際にかなりのクオリティに仕上げてくれたワケだ。僕が望む、望まざるに関わらず、感謝の言葉は言っておくべきか。
「メイド長なんだし、なんかメイドっぽいこと言ってみ」
「ええー」
急な無茶ぶり止めてくれる、蘭堂さん。いまだにみんなから注目されてる中でやるの?
「早く」
マジで……ええぇ……しょ、しょうがないにゃあ……
「おっ、お帰りなさいませ、ご主人様……」
「まだ恥じらいがある、40点。接客の練習は必要そうね、桃川君?」
委員長、辛辣ぅ……




