最も必要だった警告
「————蒼真君、それは良くないよ」
放課後、メイドチームが集合するなり開口一番、蒼真悠斗へ批判の声を上げたのは、まさかのヤマジュンだった。
「そんなにまずかったか?」
思わぬ人物からの思わぬ攻撃によって、蒼真君も困惑気味。
一方の僕らは、珍しくヤマジュンがここまで明確に批判意見をぶつけて来る状況に、一体どういうことなんだと固唾をのんで見守っている。
「何か決め事をしようという時に、強力な自分の派閥だけで固めた場に人を招くべきじゃない」
「派閥だなんて、俺はただいつものメンバーでいただけだぞ」
どうやら問題は、今日の昼休み。僕と双葉さんが蒼真ハーレムパーティに招かれた昼食会のことのようだ。
「この機会だからハッキリと言っておくけれど、君が思っているよりもずっと、彼女達は君を贔屓している。それ自体を悪いとは言わないけれど、君はそれを認識した上で振る舞わなければ、無意識に人を傷つけることになってしまうんだよ」
「それは……そう、なのか?」
あまり認めたくはない話だろう。それ以前に、蒼真君は本気でそんなことに思い至っていなかったのだろう。
ヤマジュンの言うほど迷惑していたのかどうかを、問うような視線を僕へと向けて来る。ならば言わせてもらおうか。最早僕に、お前のハーレムへ忖度する気はない。
「僕も双葉さんも相当、気まずかったよ。あの場で蒼真君の言った意見に反対なんて、とても出来る雰囲気じゃなかったし」
「でも桃川は普通に話していたじゃないか」
「桃川君がどれだけ勇気を振り絞って意見を口にしたのか、それを分かっていない、気づきもしないのが一番の問題なんだよ」
「ううっ、ヤマジュン……」
ヤバイ、泣きそう。
誰にも分からないし、誰かに気づかれたりもしないよう精一杯の虚勢を張っての昼休みだったけれど、状況を聞いただけでここまで僕の気持ちを理解してくれるなんて。これもう学園カウンセラーだよ。
「言いすぎじゃないのか。そこまで大きな問題になんて、なっていないと思うんだが」
「大事にならなかったのは、それだけ桃川君が上手く抑えてくれたからなんだよ。先に言っておくけれど、この件を僕に桃川君がチクった、とは思わないで。僕は桃川君からは何も聞いていない。昼休みの一件は、委員長と双葉さんの二人からしか経緯は聞いていないよ」
「そ、そんなことは思っていないって」
でも思った以上に糾弾されて、僕にそれらしい視線を向けたよね?
その疑念を君が口にするよりも前に、ヤマジュンが察して先んじて釘を刺したから、蒼真君が僕に不当な嫌疑をかけた、という状況を回避できたのだ。
ヤマジュンは喧嘩がしたいワケではない。だからあまりにも蒼真君が引っ込みつかないほど、追い詰めたりもしない。
鈍感な蒼真君を必要以上に傷付けることなく、ハーレムパーティの圧力について自覚させ、注意させる。物凄い綱渡りの説得だ。
僕はこんな胃に穴が開きそうな交渉なんて絶対に御免だよ。こんな真似が出来るのは、白嶺学園でもヤマジュンだけだろう。
「いいかい蒼真君、よく聞いて欲しい。これから学園祭に向けてクラス一丸となるために、どうしても自覚しなければいけないことなんだ。桜さん、綾瀬さん、剣崎さん、この三人は特に、君のことに関してはとても感情的になってしまう。これについて、幾ら君でも全く心当たりがない、とは言わないと思うけれど」
「まぁ、確かに……そういうところは三人とも、あるとは思っているさ」
「それだけ蒼真君のことを強く思っている、信頼している、ということは素晴らしい関係性だよ。でもね、それが身内以外の人に対しては、悪く働くこともあるんだ」
「それが、俺の意見に対して反対を許さない圧力になる、ということか?」
「意識的か、無意識的か、どちらにせよそういう傾向は強く出ている。少なくとも、君が思っている以上にね」
やっぱりヤマジュンも、蒼真桜、レイナ・A・綾瀬、剣崎明日那、この三人はヤバいと思っていたんだ。
ん、待てよ、小鳥遊小鳥はいいのか?
「僕らは同じクラスメイトとして、対等な発言権を持つべきだ。誰かの意見だけを尊重し、忖度するようなことは、許されるべきではないよね」
「ああ、それは当然のことだろう」
「けれど今日の昼休みは、公平な状況にはならなかった。例えばその場で、蒼真君が言った意見に対して、冗談でも桃川君が「馬鹿じゃないのか」なんて言ったらどうなると思う?」
「いや、ただの冗談くらいなら、そんなに怒ることもないって」
「そうだね、蒼真君はそれくらいのことで腹を立てたりはしないだろうし、冗談で言っているだろうと分かってもくれるだろう。けれど、彼女達はそうはいかない。最悪、桃川君が剣崎さんに殴られたって、おかしくはない」
ああ、剣崎ならそれくらいやるね。僕のようなカースト底辺の貧弱野郎が、頂点に君臨する蒼真悠斗様に舐めた口を利いて、あの女が許すはずがない。
暴力沙汰はギリギリで止めに入るかもしれないけれど、胸倉掴まれるくらいは絶対に行くだろう。
「蒼真君、すぐに否定しなかったね」
「うっ、それは……」
「ありえるかもしれない、と君も思っただろう」
「……確かに、明日那はすぐに手が出るのは悪い癖だ。そうはならないように、俺もいざという時は必ず止めに入るが」
「つまり、止められるかどうかは蒼真君の気持ち次第ということ。もしも君が本当に気を悪くしていたのなら、暴力に訴える剣崎さんを止めないかもしれないし、止めるのが遅れてしまうかもしれない。それはとても危険なことだよ」
「待ってくれ、いくら明日那でも、そこまで短絡的な真似はしない」
「普通ならそうはならないよ。でも君が絡むことになると、殊更に感情的になってしまう、と言っただろう。彼女達は君に対して批判的な相手や態度には、物凄く過敏に反応して、熱くなってしまうんだ」
ヤマジュンの巧みな言葉選びに、僕は驚きっぱなしだよ。こんな台詞、僕には絶対言えないだろう。言ってる途中で煽り文句の一つや二つ出ちゃうに決まってる。
「蒼真君に注意して欲しいのは、そこなんだよ。彼女達が傍にいる状態で、君に真っ向から意見を言える人なんて、このクラスでは委員長と天道君くらいのものだろう」
「そうか……確かに、そうかもしれないな」
「ごめんね、蒼真君。君にとって彼女達は何れも大切な人だというのは、よく分かっている。けれど他でもない、君自身でなければ彼女達を抑えることもできないんだ」
「ああ、そうだな。俺がもっとしっかりしないといけなかった————済まなかった、桃川。今回は俺の配慮が欠けていた」
「分かってくれたなら、それでいいんだよ、蒼真君。ヤマジュンも、わざわざ言いにくいことを、ありがとね」
「ううん、僕の方こそ、もっと早くに言わなければいけないことだったのに。そのせいで、桃川君には嫌な思いをさせてしまったから。ごめんね」
「とんでもない、ヤマジュンのお陰で僕は救われたよ。本当にありがとう」
心の底からの感謝を述べると、やたら恥ずかしそうに赤くなったヤマジュンが顔を逸らしていた。そんなに恥ずかしがらないで、もっと堂々とすればいいよ。
この二年七組で蒼真君にここまで物申せるなんて、本物の英雄だよ。今からでも男子委員長になった方がいいんじゃないの?
「いやぁ、あのヤマジュンがキレるなんて、どうなることかと思っちまったぜ!」
「葉山君、僕は別に怒っていたワケじゃあ……」
緊迫した話し合いが終わったところで、葉山君はガハハと解放感のある笑い声を上げながら、ストレートなことを言った。
「でもヤマジュンがここまで言うのは、珍しいだろう」
「ああ、俺も驚いた。結構、男気あるじゃねぇか」
「みんな、ごめんね。変な空気にさせてしまって」
桜井君と大山君も、ヤマジュンの強い態度には驚いていた。だがそのことを批判しないのは、どちらに正義があるかは二人も察しているからだ。
「けど、よく言ってくれたよヤマジュンは。流石だよな」
「そうそう、俺らみてぇなのが言っても、なぁ?」
「非モテ野郎の嫉妬扱いだべ」
「もう、話はこれで済んだんだから、あんまり言わないでよ、ね?」
上中下トリオよ、調子に乗って弄り過ぎると痛い目を見ることになるぞ。ヤマジュンが笑顔で止めてくれている内に、大人しく引き下がるんだ。
「それじゃあ、メイド会議始めるけどー」
「メイド会議……?」
話が拗れる前にさっさと本題に入って誤魔化してしまおうと割り切って僕が宣言すると、蒼真君が怪訝な顔をしていた。いいじゃないか、メイド会議で。
「えー、僕らがメイドをやるにあたって、エースを決めることになりました」
「エース?」
「そう、エースメイドには看板娘としてお金をかけてメイクアップ。それ以外は賑やかし役なので、出来る限り安く済ませよう、という方針なんだけど」
「ええぇ……」
という葉山君のリアクションを見て分かる通り、僕が先日の幹部会議で委員長に言った『看板娘一点集中作戦』は、別にメイドチームの総意でもなんでもない、あの時点における僕個人の考えに過ぎない。
なので今言った。
「まぁ、予算の都合もあることだし、仕方のないことなんじゃないのかな?」
「ああ、全員分の衣装をオーダーメイドで、何ていうのは無理だと分かり切っていることだろう」
ヤマジュンと蒼真君は即座に理解を示してくれた。予算があること、メイド服買えば高いってこと、どっちも前に集まった時点で話には触れたことだしね。
「それじゃあ俺ら、メイド服着れないのか?」
「いやちゃんと全員メイド服は着るよ」
「なら良し!」
葉山君、そんなにメイド服着たかったの?
ふぅむ、そこまで君がメイドに熱意を燃やしているというのなら、看板娘の座を譲ることもやぶさかではないよ。
「そういうワケで、交代時間も加味してエースメイドは二人選ぶことになるんだけど」
「蒼真と桃川」
「蒼真と桃川」
「蒼真と桃川だべ」
上中下トリオぉ! お前らっ、議論する気がねーのか!
「まぁ、それが妥当だろうな」
「俺じゃなければ、誰だっていい」
「……僕も桃川君が一番相応しいと思うな」
「蒼真と桃川なら間違いねぇな! よっしゃ、ここはバッチリ金かけて、超絶美少女メイドにしてやろうぜっ!!」
ちくしょうめ、議論の余地がないほど一瞬で人選が固まってしまった。
ええい、僕が色々と考えていた看板娘回避作戦が台無しだよ。なんか上手いこと言い訳する余地もない勢いだ。
「も、桃川……本気、なのか?」
「覚悟を決めよう、蒼真君。これは最早、クラスの総意なんだ」
「くそ、委員長も承認済みってワケか……」
全てをお察しした蒼真君も、諦めたように呟いていた。
◇◇◇
結局、僕と蒼真君を看板娘にする、ということが正式に決議されたことの他には、葉山君を筆頭にワイワイ騒ぐだけで終わってしまったメイド会議である。
今日は昼休みのこともあったし、精神的に気疲れしたからさっさと帰って休みたいという思いもあったが、
「ヤマジュン、ちょっといい?」
「どうしたんだい、桃川君」
僕はそれとなくヤマジュンを呼び止め、話をすることにした。
場所は教室ではなく、正門からちょっと脇に逸れたところにある庭園のベンチ。
右を見て、左を見て、よしクラスメイトは誰もいないな。ちらほらと庭園でお喋りに興じているグループはいるが、何れも十分な距離がとれているので盗み聞きの心配はない。
「今日は本当にありがとう。僕は助かったし、クラスのためにも必要な注意だったと、僕も思っている」
「はは、大袈裟だな。そんなに気にしないでいいよ」
「いいや、あの蒼真悠斗に恨まれかねないリスクを背負ってでも、言ってくれたんだ。だから僕は、本当に感謝しているし、凄いことだと思う」
「……それは考え過ぎだよ、桃川君。僕は別に、そこまで気負って言ったワケではないんだから」
とは言うものの、僕でも思いつく様なリスクを、人の機微に聡いヤマジュンが気づかないはずがない。それでも否定するということは、僕は言葉通りに受け取っておいた方が彼にとって都合がいいということだろう。
だから、ここはそういうことにしておこう。
「でも、一つだけ今日の話で気になったことがあったんだよね」
「なにかな?」
「小鳥遊のこと」
僕がそう切り出せば、ヤマジュンはやっぱりね、という表情で頷いた。
「蒼真ハーレムで注意するべきなら、小鳥遊も————」
「分かっているよ」
今度は僕がやっぱりね、という顔をしていることだろう。
「桃川君も気づいていたんだね」
「気づかされた、と言うべきかな。別に蒼真ハーレムと絡みがなければ、何も知らずに済んだんだけど」
「色んなクラスメイトと接することになる学園祭は、いいことばかりではないからね」
苦笑いのヤマジュンである。
「小鳥遊さんは、猫を被っているタイプだから」
「好きな男の前でぶりっ子演技するのは自由だけどさ、格下と見た相手には平気で唾を吐く様なことは勘弁して欲しいね。アイツ、相当性格悪いだろう」
「これでも今は、大分マシになった方だよ」
「小鳥遊のこと、知ってたの?」
「同じ中学だったからね」
マジか、それは知らなかった。ヤマジュンのような人格者と同じ中学校に通っていながら、あの態度かよ。
よっぽど育ちが悪いのか、生まれながらの純粋悪か。勘弁してくれ、ラスボスでもあるまいに。
「でもクラスは違っていたから。あまり詳しくは知らないけれど……小鳥遊さんが女子の嫉妬を買ったせいで、色々と揉め事とかあったようでね」
「素直にいい子ちゃんぶっていれば、黙っててもお姫様になれただろうに」
オマケに剣崎明日那というナイト様もついてるんだ。真っ向から逆らえる奴なんて誰もいないだろう。
「今は蒼真君の傍にいるから、大きなトラブルに発展することはなくなったよ」
「中学じゃトップアイドルでも、ハーレムの中じゃ愛人3号がいいとこだからね」
純粋無垢なロリキャラでいえば、どう考えてもレイナの方が上位互換である。
蒼真君の視点から見れば、幼馴染であるレイナの方が圧倒的優位。さらに言えば障害を疑うレベルで幼稚で無垢な純粋天然ロリのレイナに比べて、小鳥遊はドス黒い腹を猫かぶりで誤魔化している産地偽装レベルの養殖モノロリキャラである。
これで幼い頃から一緒のせいで異性として見れないパターンであれば、幼馴染属性は短所になるが、蒼真君の激甘な態度を見れば途轍もないアドバンテージとなっていることは明らかだ。レイナ相手では小鳥遊など勝負にならない。
「うん、良くも悪くも、小鳥遊さんは特別ではなくなったんだ。だから、あまり大きな動きは出来ない」
「お陰様でクソ意地悪い性格も、目立たずに済んでいると」
「桃川君は昔の彼女を見てもいないのに、よくそこまで気づいたね」
「メイド押し付けられただけだったら疑惑止まりだったけど、今日の昼休みで確信できたね。天然で言うには、あまりにもタイミングが良すぎるから」
「君を貶めるようなことを」
「そりゃあ、僕は貧弱ドチビのクソオタ野郎だから。高みから足蹴にするには、ちょうどいい相手だろうね」
「桃川君、冗談でも自分を貶めるようなことを言うのは、止めて欲しい。君は————君は自分が思っているよりも、凄い人だよ。聡明で、勇気もある」
「そ、それはちょっと褒め過ぎだって……勇気とか一番縁遠いし」
「ううん、勇気があるから、双葉さんを守れたんだよ」
そうだろうか。そうだと、男としてちょっとはカッコがついたからいいんだけど。




