メイド長
「————というワケで、二年七組の出し物は『逆転メイド&執事喫茶』に決まりました」
翌週、生徒会での厳正なる抽選の結果、マジで『逆転メイド&執事喫茶』が通ってしまった。
学園祭での出し物は、飲食物を提供する喫茶系はどこもやりたがるから数が抽選で絞られるようになる。喫茶とお化け屋敷、これらは定番にして人気の出し物で、大体どこのクラスも第一希望として提出される。
二年七組は先週の学級会によって、第一希望『逆転メイド&執事喫茶』、第二希望『演劇』、第三希望『カジノ』、となっていた。正直、メイド以外なら何でも良かったけど、勿論そんな都合のいい展開にはならず……というか、飄々と言う委員長から、どうにも喫茶店枠の獲得は必然だったように感じられる。
まさか生徒会役員共を、メイド&執事で接待漬けにすると約束でもしてきたのだろうか。
「今週から本格的に学園祭の準備が始まるわ。今日中に役割を決めて、早い内から準備に取り掛かりましょう」
事ここに及んでは、もう議論の余地はない。
僕は再度の学級会にて、メイド役に決まった。
「ぎゃははは! マジでメイドやんのかよ小太郎ぉ!」
「お、おのれ、小鳥遊ぃ……」
有無を言わさずメイドを強制された僕を指して、爆笑する勝。お前なんぞもう親友でも何でもない、この裏切り者め。
そもそも小鳥遊、あの女が余計なことを言い出さなければ、こんなことには……という憎悪を込めて、僕は勝のでっぷりした腹をサンドバックにへなちょこ猫パンチを叩き込んでいた。
「ほら小太郎、もう諦めてさっさと行けよ。メイドのお姉様方がお呼びだぜ」
「クソォっ!!」
地味な裏方役という役目をゲットして悠々自適な勝を未練の目で睨みつつ、僕はメイド役に決まったメンバーの元へと向かった。
「も、桃川君、本当にイヤだったら断ってもいいんだよ。僕が上手く言っておくから」
「ううぅ……ヤマジュン……」
二年七組の良心、山川純一郎、通称ヤマジュンの温かい言葉に涙が出て来るね。こんなこと言ってくれるのは、君だけだよ。
「大丈夫だよ。ここで降りたら、みんなを白けさせちゃうしね。それくらいの空気は読むよ」
「そうだな、諦めは肝心だ」
「蒼真君はもっと反省して」
お前がメイドは不健全とか抜かすから、こんなことになっとんのやぞ。
「そんなに睨むなよ、桃川。俺だってちょっと後悔しているんだ」
「それなら精々、美人になってクラスを盛り上げてよね」
「おうよ、蒼真は絶対美人になるし、桃川もスゲー可愛くなると思うんだよな! お前らの顔なら、最優秀賞もいただきだぜ!」
葉山君、君はいつも能天気で本当に羨ましいよ。
真面目にしていれば桜井君と並ぶくらいにはイケメンのはずなのに、アホっぽい言動で三枚目役が板についている葉山君は、メイド女装しても面白おかしいネタになって全く恥ずかしくないのが強いよね。
「ああ、葉山の言う通り、やるからには本気でやろう」
基本的には生真面目な蒼真君だ。すでに決まってしまったことに対しては、きちんと取り組む姿勢を見せている。
僕としても、ここらで観念して協力姿勢を見せておかないと、いつまでも文句ばかり垂れ続けるクソ陰キャ野郎になってしまう。
まぁ、クラスの男子がそれなりの人数女装するのだ。僕一人くらい紛れても、そう目立つものじゃないだろう。
「で、メイドって何すんの?」
「さぁ、俺あんま詳しくねぇから分かんね。駅前になんか本物のメイド喫茶とかなかったっけ?」
「あそこ去年に潰れたべや」
などと益体もないことをダラダラお喋りしているのは、上中下トリオである。
樋口の手下みたいなポジションのなんちゃってヤンキーみたいな感じの連中だけれど、こういう時は三人一緒でお気楽にやれるのがちょっと羨ましい。
「えーっと、大山君も、本当に無理なら辞退しても大丈夫だからね?」
「言うな、ヤマジュン。俺も男だ、一度決まったことに文句はつけねぇ」
そうは言うものの、僕よりもずっとメイド役に不服そうなのが空手部の大山君だ。剃刀のような鋭い目つきの強面で、空手部でもエースを張るリアル武闘派であるが……同級生の柔道部、杉野君とデキていると専ら噂されている。
当然、本人の硬派な性格からして自らメイドに立候補するわけないし、ふざけて推薦しようものなら正拳突きが飛んできそうだが、他でもない杉野君に推されたせいで、決まってしまった経緯を思うと、噂もあながち嘘ではなさそうである。
ひとまず、今ここにいる面子がメイド役という見世物にされる哀れな男子達だ。
僕、蒼真君、桜井君、葉山君、ヤマジュン、大山君、上中下トリオ、合計九人。
「えーっと、それじゃあひとまず、メイドチームはこのメンバーで決まりということでいいね?」
こんな面子で大丈夫か、と思わず言ってしまいそうになるが、みんな一通りヤル気を表明した以上、ヤマジュンの言葉に誰も異論は挟まなかった。
「しかしメイドと言っても……何から始めればいいんだ?」
そういうの全く詳しくないんだ、と言いたげな蒼真君。逆にメイドに詳しかったら嫌だけど。
「えっ、俺ら当日にメイド服着ればいいんじゃないの?」
「そんなわけないだろ、リライト。ぶっつけ本番で臨むつもりか」
「いやノリでなんとかなるんじゃね、こういうの」
「なるワケないだろ……」
ギャグなのかガチなのか、アホ芸人枠みたいな発言をする葉山君に呆れたように言うのは、この面子の中では一番仲が良いであろう桜井君であった。
うーん、なまじ桜井君の顔がいいから、同じくらいのルックスを誇るはずの葉山君が相対評価下がってる感ある。彼女の雛菊さんが絡まなければ桜井君はずっとカッコいいけど、葉山君はずっとアホだから……
「そうそう、メイドの練習とかいるだろ」
「お帰りなさいませーってヤツ?」
「オムライスにハートも描いてやるべ」
「……俺は絶対にそんなことやらねぇ」
上中下トリオが如何にも聞きかじりの素人知識丸出しで話している内容を、屈辱の表情で大山君が聞いていた。
うーん、話は盛り上がってる感あるけど、決めるべきことは何一つ決まらないね。
「ねぇ、桃川君はどう? 今の内に何か決めておいた方がいいこととか、何か思いつくかな」
「え、うーん……」
特別に親しい相手がいないアウェー感の中でぼんやり聞き流していた僕だったが、流石は気遣いの男ヤマジュン、ほどほどのところでハブられ感が出ないよう話を振ってくれた。
折角だし、一つくらい真面目な意見を出しておこう。
「寸法測ったといた方がいいんじゃない?」
「寸法?」
「それって……メイド服のか?」
「うん」
他に何があるって言うんだよ。全く気付かなかった、みたいな表情の蒼真君だけど、まぁ今日明日にでも求められるに決まっている。
「買う、借りる、作る、どれにしたってまずサイズ分からないと」
「おおっ、なるほど! 桃川お前、頭いいな!」
「服を用意するんだから当たり前だろう。SMLくらいは」
「いや、桜井君、メイド服着るならもっと細かく測っておかないと。スリーサイズから、肩幅に丈とか。それに僕らは女装する以上、なるべく肌の露出は隠さないといけないから、長袖一択。だから袖丈とか腕周りはしっかり測った方がいいと思うよ」
と言っても、安さが売りの量販店で如何にも最低品質なテカテカ素材のコスプレメイド服を買い込むだけでも、別にいいと思うけど。どうせ学園祭など、僕ら学生のお遊びよ。
「詳しいんだな、桃川。よし、メイドチームのリーダーは桃川にやってもらおう」
「は?」
いきなり何を言い出すんだ蒼真君。
リーダーなんてやるなら、君かヤマジュンが妥当だろう、この面子なら。
「うん、僕もいいと思うよ。この中でこういうことには一番詳しいし、桃川君は機転も利くから、絶対に上手くやれるよ」
「いいじゃん、桃川、メイド長!」
よくないよ葉山君、なんだよメイド長って。僕が凄いヤル気満々みたいに聞こえるからマジで止めて欲しい。
「まぁ、いいんじゃねぇの?」
「やっぱオタだから詳しいからよ」
「メイド長は桃川で決まりだべ」
「俺もそれで構わんぞ」
ど、どうしよう、全員その気だぞ。
ええい、考えろ桃川小太郎、ここから一発逆転するための策を————
「それじゃあ、反対意見は誰もいないようだし、決まりだな。桃川、頼んだぞ」
「あっ、はい……」
くそぅ! 僕みたいなのが、こんな人数に推されて断れるワケないじゃないかっ!
◇◇◇
「————おおおっ、桃川腰細っそ!? これほとんど女の子じゃん!」
「桃川お前、体重軽すぎだろ。流石にもうちょっと鍛えて肉つけた方がいいぞ、男として」
「いやぁ、僕はありのままの桃川君でいいと思うよ」
などと教室の一角でワイワイ騒ぎ出した男子メイドチームを、蒼真桜は冷めた目で一瞥してから、女子執事チームメンバーへと向き直った。
「兄さん達は随分と盛り上がっているようですね」
「いいことじゃない、思ったよりも仲良くやれているみたいで」
うんうん、とどこか満足気に頷く涼子。
それもそのはず、どうせ男子連中だけではロクな話し合いなど行われず、結局こっちが率先して段取りしてやらねば何も進まないだろうと思っていたが……早くもメンバーの寸法を測り始めたようで、彼らだけでも上手く出来そうな期待が持てた。
「どうやら向こうは、桃川がリーダーをやるようだが」
あんな奴で大丈夫なのか? と言わんばかりに露骨に眉をひそめる明日那。彼女からすれば、人の上に立つ者は強くあらねばならないのだろう。
その点、桃川小太郎という男子は、クラスで最も貧弱そうな男という評価となる。
「あの面子を仕切るなら、兄さんか山川君だと思いましたが」
「きっとメイドに詳しそうだから、桃川君をリーダーにしたのよ。逆に嬉々としてメイドをやる悠斗君を見たかったのかしら?」
「うっ、それはそれで嫌だな……」
「そんなの兄さんらしくありません」
ならリーダーが桃川で良かったじゃないか、と言外に涼子の顔は語っていた。
「それにしても、やっぱり予算が一番の問題になるわね」
当然のことながら、文化祭にかけられる予算には限りがある。
白嶺学園は全国有数の進学校であり、私立の学校。将来有望な才気溢れる生徒達が催す学園祭も、名門白嶺学園の宣伝の一環とされており、周辺の公立高校と比べればかなり多めの予算が割り当てられていた。
しかしながら、何事も質を求めれば予算も天井知らずに上がって行く。
二年七組が誇る委員長如月涼子は、男子メイド達が採寸でキャッキャしている間に、メイド喫茶に必要な予算配分と計算をざっと済ませていた。
「お金ないの? それじゃあレイナが出してあげる!」
純粋無垢なニコニコ笑顔で財布からブラックカードを取り出そうとするレイナを、それはもう重い溜息を吐きながら、桜が止めた。
「いいですか、レイナ。クラスで個人が出せる金額の上限は5千円と決まっているのです」
「ええっ、それじゃあ何にも買えないよぉ!?」
「えっ、五千円もあったら大体何でも買えるんじゃあ」
「美波、決してレイナの金銭感覚に合わせてはいけませんよ」
「ひぇええ……」
どうやらレイナの綾瀬家は、相当なブルジョアジーであるらしいことを察し、恐れおののく美波である。夏川家はどこにでもあるごく普通の一般家庭であり、美波が陸上でのスポーツ特待生でなければ、私立の白嶺学園には通えていない。
やっぱり本物のお嬢様っぽい人もいるな、と入学当時から漠然と思っていた美波だったが、すぐ身近にとんでもないのがいたことに、今頃ようやく気付くのであった。
「桜の言う通り、使える予算は限られているわ」
目玉となるメイド&執事の衣装代。喫茶としてのメインである飲食物。教室をソレらしく飾り立てるための装飾品に大道具小道具も、こだわればキリがないだろう。
それぞれがそれぞれの求めるクオリティを追及し始めれば、あっという間に足が出る。
「こんなんじゃロクな衣装用意できねーぞ」
「スーツっていいのめっちゃ高いし」
「あれ、執事ってスーツでいいんだっけ?」
委員長が合計予算をそれぞれメイド・執事・料理・店舗設営の四部署で等分した金額を書き出すと、すかさずジュリマリコンビが口を挟んだ。
揃って読者モデルをしたこともある野々宮純愛と芳崎博愛の二人は、クラスにおいてもファッション関係では一家言ある女子。彼女達のお眼鏡にかなう品質の衣装を用意しようと思えば、それだけで合計予算を吹っ飛ばすだろう。
そんなモデルを務められるコンビと並んでも、全く見劣りしない長身とスタイルを誇るのは、今や白嶺学園バレー部のエースを務める、木崎茜。執事役を務めるにあたって、その恵まれたスタイルによって彼女は選ばれたのだった。
「そもそもメイドが九人、執事が八人、と人数分を用意するだけで相当かかるでしょう」
桜の言う通り、衣装を身に纏う役は単純に十七人もの数に登る。
執事チームは蒼真桜、レイナ・A・綾瀬、如月涼子、夏川美波、剣崎明日那、木崎茜、野々宮純愛、芳崎博愛、となっている。
「衣装使いまわすにしたって、寸法結構違うくない?」
「無理なら平均身長合わせた方がいいかもねー」
「ええー、ヤダヤダ、レイナも執事やりたいもーん」
どこまでも現実的なことを言うジュリマリコンビであるが、この中で最も小柄でオンリーワンの衣装になるだろうレイナがすかさずイヤイヤ攻撃を敢行する。だが同性であるジュリマリに持前の可愛さは通用せず、冷ややかな視線を浴びせられるに留まった。
「レイナを擁護するワケではないけれど、私は今の人選が一番だと思うわ」
「私は別に、そこまで執事をやりたいワケではないから、他の者に代わってもらっても構わないのだが」
「ダメよ、明日那。貴女が執事役を降りるのは許さない」
「ええ、明日那には女子のファンもいるようですし。期待していますよ」
「それを言うなら、桜の方が男連中のファンが沢山いるだろうが」
「私は兄さん以外の男に、興味は持てないですから」
「ともかく、やるからには最高の完成度を目指すわよ。勿論、予算内に収めなければならないのだけれど」
男子も女子も、このクラスで純粋に容姿のみで選び抜いた面子である。男子は上中下トリオのように賑やかしに過ぎないメンバーも多いが、女子は学園を代表する美少女勢揃いの二年七組に相応しい人選となっている。揃いも揃って、顔面偏差値が高い。高すぎる。
これを予算なり平等なりの理念で変えるようなことがあれば、どんな綺麗ごとを言ったとしてもクオリティの低下は避けられない。
ベストを尽くす、という点において涼子に妥協する気は今のところなかった。
「まだ話し合いは始まったばかり。今日のところは、予算のことは気にせずに、やりたいアイデアを出しましょう。それぞれの部署でアイデア出しをした上で、予算内に治められるよう取捨選択をしていく方向で」
「それでいいと思いますよ、涼子」
「はいはーい、レイナあれ、なんか片方だけの眼鏡みたいなやつかけてみたーい! それからねー」
「ちょっと、ちゃんとメモして上げるから、一気に言わないで」
はしゃぐレイナに振り回されながらも、委員長の采配によって女子執事チームは全ての部署に先んじて計画を進めてゆくのであった。




