第402話 剣豪と聖戦士
「テメェは……そうやって下川も殺したのかぁああああああああああああっ!!」
「おい、上田っ!? ちょっ、止せって!」
「ちっ、うっせぇな、お前らモブは黙ってろよ————ほい、追放刑」
そうして、上田洋平と芳崎博愛の二人は、ダンジョンより追放された。
幸か不幸か、あるいは仕様か。剣を抜きかけた上田を止めるべく、肩を掴んでいたマリは、はぐれることなく二人まとめて転移したのであった。
「このっ、アホォーッ!!」
「うおおおおおっ、やめろって! 悪かった! 俺が悪かったからぁ!?」
飛ばされた先はどこなのか。みんなは無事なのか。これからどうするべきか……考えるべきことは山ほどあるはずだが、とりあえずマリは上田を攻撃した。
学園塔でも隠し砦でも、前衛たる二人は修行の一環で実戦形式の模擬戦をしたことは何度もある。その上で上田は、今まさに繰り出されているマリの一撃が、割とガチ目の殺意が込められていることを天職『剣士』の鋭い気配察知でビンビンに捉えていた。
「後先考えねぇで、なにやってんだよテメぇはよぉ!」
「すんませんでした! すんませんでしたぁーっ!」
怒りに任せて斧を振るうマリと、ひたすら平謝りしながら防御と回避に徹する上田。しばらく攻防を続けた結果……ようやく落ち着いたのか、二人はその場に座り込んだ。
「……マジで、どうすんだよ」
「ホントに悪かったって……小鳥遊があんな真似しやがって、カっとなっちまってよ……」
上中下トリオ、などとまとめ呼ばれるのは嫌だったが、中井と下川の二人が立派な親友であることに変わりはない。
追放刑、という魔法を行使して見せた小鳥遊を目にした瞬間に、上田は心の底から理解したのだ。下川がこうしてやられたと。
そして彼が消えた翌日、ザガンによって中井が死んだ。
直接的、間接的、どちらの手段によっても上田は親友二人を小鳥遊の陰謀によって失ってしまったことを、どうしようもなく自覚してしまったのだ。
「そんなのアタシだって同じだっての。やっぱりアイツのせいで……」
マリもまた、同じく親友たるジュリを失っている。
それでも、あの瞬間に後先考えずに小鳥遊へ襲い掛かろうとは思わなかった。
「もうちっと大人しくしとけば、桃川が何とかしてくれたかもしれねぇのに」
「だよなぁ……」
はぁあああ、と取り返しのつかないことをしたと、上田は深く溜息を吐く。後悔先に立たず、とは正にこの事か。
かといって、マリは安易に「気にすんな」などと慰めの言葉をかける気は毛頭なかったが。
悔やんでも事態は解決しないが、反省はしなければならないだろう。
「……で、ここどこ」
「ああ、ちょうど俺も同じことを思っていたところだ」
なにカッコつけて言ってんだよ、とマリが上田のケツを蹴る。
ただちょっとシリアスな顔を意識して言っただけなのに、と理不尽に涙しながら上田は周囲を見渡す。
「妖精広場ってワケじゃなさそうだけど」
「まぁ、転移のなんかはあるんでしょ」
例の噴水、のように見えなくもない円形のオブジェを中心に、ゴロゴロと石造りの遺跡らしき痕跡が見受けられる。他にはこれといって目につくモノはなく、周囲はただ閑散とした林が広がっているだけ。
木々の間を風が吹き抜けて行くと、妙にヒヤっと感じた。
「とりあえず、ここでジっとしててもしょうがねーってことは分かる」
「どうやって戻んのよ……杏子達、無事だといいけど」
「飛ばされた俺らが心配してもしょうがねぇよ。マジで桃川が何とかしてくれたと祈ろうぜ」
「……まぁ、そうだったとしても、アタシらが戻れなきゃ意味ないじゃん」
「ここがダンジョンかどうかも分かんねぇし、どっちに進んでいいかも分かんねぇからなぁ」
「あ」
と、思い出したのはマリである。
そもそも、右も左も分からないのに今までダンジョンを進んで来れたのは、何を指針としていたのか。学園塔にクラスメイトが集結して以降は、もう自分で進む方向を確認する必要が全くなくなったので、すっかり忘れていたが、
「これで分かんじゃね!?」
「おおっ、魔法陣ノート!」
懐かしい、という言葉が出て来るレベルで上田は感心した。
進む方向なんて、ここ最近はずっと小太郎が示し続けてくれたから、天送門の方向を指し示す魔法陣ノートは誰も開くことはなくなっていたのである。
これで最低限、進むべき方角が分かるだろうと思い、鞄の底を漁って取り出したノートを、マリは久しぶりに開き、
「うわっ、マジで使えねぇ……」
結果はまさかの、反応ナシ。
かつては間違いなく魔法の力が宿り、光り輝き道行を示していたはずの魔法陣が、今はただインクで書かれただけの模様に成り下がっていた。
「クソっ、俺のもダメみてぇだ」
「ちっ、なんだよ期待させやがって」
「もしかして、あのダンジョン出たからダメになったとか?」
「そもそも小鳥遊がクラスを嵌めるための小道具だったってことかもね」
魔法陣の効果が消えた原因については、今となっては最早どうでもよいことだ。使えるか、使えないか、重要なのはそれだけ。使えなくなった以上、これはもう落書きも同然の価値である。
「桃川に押し付けられたサバイバルキット、持ってて良かったな」
「コレに頼るようになんのは絶対ヤだったのに……」
「あるだけマシだろが。俺はあの砦に入り損ねた後の放浪生活みたいなのはマジで御免だぜ」
最初に隠し砦に辿り着いた時に、小鳥遊に締め出されたせいでゴーマ王国の追撃部隊がウロつく最下層エリアを彷徨った間の生活は、最悪だった。毒キノコの豚や偽丸鳥といった、食えない獲物を掴まされた時の絶望感は今も忘れていない。
「とりあえず、今日の寝床くらいは確保しとかねぇとな」
「しゃーない、行くかぁ……」
渋々、と言ったように装備を確認してから、二人はこの場から移動を開始した。
閑散とした林の中には、やや肌寒い空気が流れているが、そのまま寝ても凍え死ぬような気温ではないだろう。ひとまず生存できる環境の場所であることは一安心だが、それくらいしか現状良いと思える要素はない。
果たして、ここはダンジョンの中か否か。別なダンジョンだとすれば、エリアに閉じ込められてはいないだろうか。進むべき方向さえ判然としない今、不安要素ばかりが積み重なって来る。
そうして歩き始めて数十分。モンスターどころか小動物も見かけないやけに静かな林を進み続けると、
「おいっ、アレってもしかして人じゃねぇか!?」
最初にソレに気づいたのは、盗賊に次いで鋭い感知力を持つ上田であった。
木々の向こう側に、チラっと人影が見えたのだ。
「おお、なんか小屋みたいのもあるし……これマジでどっかの町に着いたんじゃね?」
警戒しつつその方向に進めば、先に見えてきたのは建物であった。
木造建築の小屋と、レンガ造りの家屋。ダンジョンでもエリアによっては、あってもおかしくはない建築物であるが、もしここがダンジョンの外であれば、間違いなくここに人が住んでいた証だ。
見たところ年代物ではあるようだが、廃墟というほど廃れた気配は感じない。どこか片田舎の村の一角、と言われても納得できる光景であった。
高まった期待はしかし、次の瞬間には地に落ちた。
「オオォ……アァ……」
「ウヴォオアアアア……」
「うわっ、ゾンビじゃん」
「やっぱりダンジョンじゃねーか!」
家屋の影からひょっこり姿を現したのは、土気色の肌に白目を剥いた人間。すなわち、ゾンビ。ゴーマやスケルトンと共に、ダンジョンの最底辺を形成する代表的雑魚モンスターであった。
「しかも結構いるし」
「なんかデケーのも混じってんな」
溜息を吐いてあからさまな落胆ぶりを見せる二人は、すでにして堂々とうろつくゾンビ達の前に姿を現している。
「ヒィイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
隠すことなく現れた生きた人間である二人を発見し、耳障りな絶叫を上げる、やけに痩せ細った枯れ木のようなゾンビが、どうやら仲間を呼んでいるらしい。
そうしてどこからともなくゾロゾロとゾンビの群れが迫って来る。
大半はただのゾンビ。武装は一切なく、村人がそのままアンデッド化しましたといったような、薄汚れた衣服を纏っただけのゾンビばかり。その中に何体か、筋肉が膨れ上がり2メートルを大きく超えるほどにまで肥大化したタイプも入り混じっている。
リビングアーマーのように完全武装した上に戦闘技術も持つような者は、一体も確認できない。つまり今の二人にとっては、全く警戒に値しない雑魚の集団でしかない。
「ところで芳崎よ————実は俺、新しい天職授かったんだよね」
「ああ、やっぱ上田も? アタシもなんか天職変わったわ」
唸りを上げて迫り来るゾンビの群れを前に、休み時間のように気安いお喋り。だがその話の内容は、二人の更なる成長をこの上なく示す。
「俺は『剣豪』だ」
「アタシは『聖戦士』」
「ぶふっ、聖戦士って、聖なる感じかよ芳崎ぃー」
「ああぁ?」
余計なことを言って、再びケツを蹴り上げられる上田が痛みに悶える。
聖なる戦士がやることか、と言えば追撃の蹴りを受けて、今度こそ余計なことしか言わない口を閉じた。
「まぁ、試し斬りしてみるには、ちょうどいい相手じゃね?」
「痛ってて……そうだな」
ノロノロ歩きのゾンビとはいえ、悠長にじゃれ合っている二人へ襲い掛かって来られる間合いまで詰めて来ていた。
周囲はすっかりゾンビ共に包囲されており、触れずに抜け出す隙間はない。
「ちょうど、ゾンビに効きそうな感じの技とかあんだよね————」
『神殿結界』:神殿へ祈りを捧げよ。神々への祈りを集め、束ね、願いは約束の地を守る要塞と化す。
『聖印・青き風の恵み』:聖なる御印を掲げれば、威光が人々を照らす。慈悲深き青き風は、善き人々の傷病を癒し、竦む体の背を押してくれる。だが悪しき者の前には、吹き荒ぶ嵐と化すだろう。
『勇気の輝き』:戦士よ、心に勇気の炎を燃やせ。勇なる灼熱の輝きは、その身と刃に宿りて更なる力をもたらす。いざ行かん、勇気ある戦士達よ。
マリの脳裏に浮かぶ、新たな三つの初期スキル。
天職が変わった影響なのか、随分とフワっとしたよくわからない説明文となっているが、おおよその効果は何となく察せられる。
考えるよりも試す方が手っ取り早いとばかりに、マリは迫り来るゾンビを前に新たなる力を解放した。
「とりあえず『勇気の輝き』、からのぉー」
発動した瞬間、淡い緑の輝きがマリの全身と、その手に握る『黒金の斧』から発せられる。その光が瞬いただけで、真正面に陣取るゾンビ共は眩しいものでも見たかのように、顔を覆って怯んだ。
もっとも、怯もうが進もうが、どちらであっても結果に変わりはない。渾身の力が込められた、聖戦士の一撃はすでに振り下ろされているのだから。
「————『聖破断』っ!」
「おいっ、ソレ俺も巻き込むやつぅーっ!!」
上田が何か叫んでいるのをものともせずにマリが放った武技。本来は『大破断』という強大な一撃と、叩きつけの衝撃波をぶっ放す範囲攻撃技だが、『勇気の輝き』の付与によって、強い光属性の威力も加わっていた。
その結果、さながら光属性の範囲攻撃魔法が炸裂したかのような眩い灼熱の衝撃波と化して、全方位を輝ける爆風が薙ぎ払ってゆく。
すぐ傍に立っていた上田は、剣士の直感などなくとも巻き込まれるオチが見えたので、全力でその場を跳躍して離脱。しかしノロマなゾンビ共に、そんな回避行動がとれるはずもなく、
「おおー、一気に片付いたな」
自分へと迫り来る群れを一掃したことで、満足気に笑ってマリは斧を担いだ。
「いきなりそういうのは止めろや芳崎ぃ!」
レンガ造りの家屋へと飛んで避難していた上田が、屋根の上から叫ぶ。
「やー、悪い。ちょっと調子乗ったわ」
あはは、と笑いながら爆風の範囲ギリギリにいたお陰で倒れずに済んでいた大型ゾンビを、いまだに勇気の光が宿り続ける斧で一閃。不浄の巨躯はそれだけで、サラサラと灰と化して崩れて行った。
「もうちょっと試したいから、このままアタシが片づけちゃっていい?」
「おう、頼んだ。俺は————」
と言いかけの台詞を残して、上田は屋根の上から消えた。
いいや、聖戦士のマリにははっきりと、これまで以上の速度でもって真っ直ぐ跳躍する上田の姿を捉えていた。
『縮地』:大地を縮めたが如く距離を詰める、達人の走法。より速く、静かに、揺らぐことのない意思が、神速を与える。
元より持っていた移動強化武技の強化版を得た上田の速度は、飛躍的に向上している。
モンスターの中でもかなり鈍重なゾンビ相手には、あまりにも過剰な速度。だがゾンビ掃除はマリに任せて来た。
上田が狙っているのは、ゾンビではなかった。
「————おいテメェ、どっから見てやがる?」
目にも留まらぬ、正しく『剣豪』に相応しい一太刀が振るわれる。
切り裂いたのは黒い羽。カラスによく似た鳥だが、その頭部にはギョロギョロと血走った目玉が五つもあり、非常に不気味な姿をしていた。
上田は直感で、この目玉カラスが監視用の使い魔であることを見抜いた。
『剣豪』となったことで、ついに『盗賊』すら上回る感知力を手に入れ、ジっと静かに遠巻きに眺めているだけの使い魔の存在さえ見つけ出したのだ。
「ちっ、オーマみてぇなボスが、このゾンビ軍団を操ってんのかもな」
返事などあるはずもない目玉カラスを八つ裂きに切り裂いてから、すでに掃除の終わったマリの元へと戻って上田が言った。
「かもな。そんなボスがいるなら、結構面倒そうなエリアだわ」
流石にゴーマ王国ほどの大勢力が陣取っている、とは思いたくはない。しかし使い魔を繰り出して監視してくるような奴に、ロクな奴はいない。オーマ然り、小太郎然り。
「先にボス始末しとかねぇと、こりゃあ寝込み襲われるかもしれねぇな」
「よし、覗き見してる陰険ヤローをさっさとぶち殺すぞー」
新たな力は得たが、ザガン戦後に多少の休憩をとっただけで、とても万全の状態とは言えない。せめて今夜くらいは一晩ぐっすり眠りたいのに、それも怪しくなってくるとマリの殺意も増すというもの。
「すぐボス部屋が見つかればいいんだが————おい、誰か来るぞ!」
「はぁ? まぁたゾンビかよ」
「いや違う、コイツは……」
鋭い直感が先にその存在を察知した。
だが二人はそこを動かず、この場で待ち構えることにした。
「うおっ、誰かいるぞっ!?」
「何でこんなトコにガキがいんだよ」
「馬鹿野郎、武装してんだ、ただのガキじゃねぇ」
「おい、もしかしてコイツらじゃねぇのか……?」
現れたのは、紛うことなく人間であった。
日本人とは思えない風貌に、色とりどりの髪色と目の色。なるほど、異世界人。素直にそう納得できる姿の男達である。
だが呑気に「はじめまして」と挨拶をかけられなかったのは、彼らが一様に武装していたからだ。自分達と同じように、剣や槍、弓といったそれぞれの武器を手に、山田に着せた全身鎧ほどではないが、鉄の鎧兜や革鎧などを纏っている。
そしてソレらが単なるコスプレではないことは、彼らの装備がすでに赤黒い血糊で汚れていることから明白だ。
「あー、アンタら、この村の人?」
とても友好的とは言えない恰好と雰囲気の男達に、ひとまず第一声を上げたのはマリ。
声をかけられた彼らの反応は劇的であった。
「喋ったぞ、やっぱコイツらだろっ!」
「早く構えろっ!」
「術を使わせるなよ。使う前に倒せっ!」
「はぁ!? おいおい、ちょっと待てよお前ら!」
俄かに殺気立ち、今にも総攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気に上田が慌てて叫ぶ。
だが言葉が通じるようであれば、こんなことにはなっていない。
「どうすんだよ上田、コイツらなんかヤル気だぞ」
「い、いきなり人殺しはまずいだろ……」
糸を張り詰めたような緊迫感が漂う。
突如として殺意を向けられた二人もそうだが、それ以上に異世界人の彼らは必死の表情だ。
これは明らかに格上のモンスターと対峙している雰囲気。戦わねばならない。だが、後先考えずに踏み込むわけにもいかない。確実に仕留められるよう、一斉に斬りかかるタイミングを計っている。
そしてその時が、刻一刻と迫る中、緊迫した静寂を破ったのは、
「待て待て待て、なぁにやってんだお前らぁ!」
彼らの後ろから怒声が飛ぶと共に、剣を構えた男の兜頭がぶん殴られた。
「ぐえっ!」
「だ、団長!」
そう呼ばれた以上、どうやら彼らのリーダーであるらしい。
長身瘦躯の中年男だ。薄っすらと皺の浮かんだ顔に、口元を覆う髭は随分と様になっている。盗賊か山賊の頭か、といったワイルドな風貌と装備だが、日本人離れした堀の深い風貌はダンディに見える。なんかの洋画で見たハリウッド俳優に似てる、とマリは思った。
「お前ら目ん玉腐ってんのか? コイツらがゾンビに見えんのかよぉ、どう見たって人間だろうが」
「け、けどよ団長、どう見ても普通のガキじゃねぇっすよアイツら!」
「ありゃあ天職持ちだぞ、そんなの当たり前じゃねぇか」
サラっと言って興奮する部下をなだめている団長だが、その一言を聞いて上田とマリは警戒心を跳ね上げた。
「あのオッサン、俺らが天職持ってんの分かんのかよ」
「鑑定スキルってヤツ?」
見るだけで相手の能力を見抜くスキルを持つ奴は、監視してくる奴よりもさらに厄介であることを二人は知っている。
もしも小鳥遊小鳥と同じように、何かしらの陰謀を抱えた者であれば……
「おいおい、そんなに警戒しねぇでくれよ。俺らはただの傭兵。正式な依頼を受けてゾンビ狩りに来てるだけだ。部下が早とちりしちまったようで悪かったなぁ、兄ちゃん、姉ちゃん」
こちらの殺気交じりの気配など察しているだろうに、全くそんなことは気づかないようににこやかな笑みを浮かべて、団長は謝意を述べた。
部下を下がらせ、両手を上げながら歩み寄って来る。
如何にも友好的な姿勢と戦う意思はないと強調しているが、それが隙の無い歩き姿であることを近接戦闘に特化した天職を持つ二人は瞬時に察した。
「なぁマリ、俺あんまりいい予感しねぇんだけど」
「分かる。あのオッサン、なんか桃川と同じ感じがする」
つまり、友好的な笑顔を浮かべながら人を平気で使い倒すタイプ。
もっとも、彼の言を信じて傭兵団の団長だと言うのであれば、人を使う立場であることに違いはない。そして優秀なリーダーであれば、適材適所で人材を使う才能もあるに決まっていた。
直感的に彼の笑顔を信用すると馬鹿を見そうというのは分かっているが、だからといって一方的に切り捨てるワケにもいかない。
二人は顔を見合わせ頷き合うと、ひとまずは交渉に乗ることとした。あの男にどんな意図があろうとも、問答無用で切り殺して人殺しの仲間入りを果たすのは、まだその手を汚していない二人には選べるはずもなかった。
「ああ、分かってくれたならいいんだ。俺らもゾンビに襲われてたとこだったから」
「いやぁ、どうも、ホントに悪い事したねぇ。ウチの馬鹿どもが申し訳ない。見たところお二人さんは……学院生かい?」
「……まぁ、アタシらは学生だけど。ちょっと道に迷って、この辺に」
「おっと、そいつは災難だ。迷い込んだ先で、ちょうどゾンビ共が湧いているときたもんだ」
とりあえず、円滑な会話は成立している。
しかしながら、言葉の端々で少しでも相手の情報を得ようとしている雰囲気は、お互いに嫌というほど伝わっていた。
うっかり失言でもしようものなら、次の瞬間には殺し合いが始まってもおかしくない。そういう緊張感を覚えつつ、上田とマリはよく考えながら言葉を選んで口にする。
「それじゃあ、ここで何が起こっているかも知らずに来ちまったってことかい」
「まさかと思うが、このゾンビ共を操ってるのはお前らじゃあないよな?」
現地人との戦いは避けたい。しかしながら、使い魔で監視してゾンビをけしかけている黒幕が彼らであったなら、どの道戦いは避けられない。
それを知ってしまった以上は生かしておけねぇな、と襲い掛かって来るなら早い方がいい。
「操る? ゾンビを? 兄ちゃん、俺達が禁忌を冒した屍霊術士に見えんのかい。どっからどう見ても、俺らはうだつの上がらねぇ木っ端傭兵だろうに————そうだ、金持ち坊ちゃん嬢ちゃんの学院生なら、俺らを雇ってもらっても構いませんぜ。ここで出会ったのも何かの縁、ちょっとばかしお安くしときますんで」
「いや傭兵とかいらんし」
「それよりも、近くの村とか町の場所を教えてくれよ」
たとえ金があっても、胡散臭い傭兵を雇おうとは思わない。だがゾンビを操る黒幕ではなく、本当にただこの場にゾンビ討伐に来ただけの傭兵団であるならば、当然、知っている。そもそも彼らがやって来た人里を。
「勿論、そいつは構わねぇが……」
うーん、とわざとらしく思案するような素振りを見せる団長。タダで教える義理もない。幾らかふっかけるつもりだろうか、と自然と二人は身構える。
「ここをキッチリ掃除しとかねぇと、近隣の村はどこも安全とは言えねぇんだ」
「それをするのがアンタらの仕事だろ」
「正しくその通り。この辺に沸いたゾンビを片付けてくれって依頼をはした金で請け負ったんだが————お察しの通り、このゾンビ共を操る主がいる」
何となく話が見えてしまった。
団長が二人を見る視線は、小太郎が新しい戦力が手に入ってどう使い倒すか上機嫌で考えている時の目の色と、全く同じであったから。
「お二人さんの力を見込んで、どうだろう。ここは俺らと一緒に、吸血鬼狩りに行かねぇか?」




