第399話 クリア報酬(4)
さて、何も考えなかった結果が、今まさに僕の目の前に突き付けられることとなった。
「双葉」
「蘭堂さん」
僕を間に挟み、睨み合う二人。漂う緊張感は正に決闘のソレ。
誰かが開始の合図を上げれば、次の瞬間に間に挟まる僕は死ぬだろう。狂戦士の刃と土魔術師の弾丸で即死する自分の姿が見える。
「……」
気分は切腹を待つ侍だ。お風呂に入りに来ただけなのに、どうしてこんなことに。
場所は大浴場の脱衣所。僕がここへ来ると、まるで示し合わせたようにメイちゃんと杏子が二人揃って登場し、この状況である。
ここが僕の死に場所か。
「おめでとう、と言っておくよ」
「ふん、抜け駆けしたくせによく言うな」
静かな顔でメイちゃんが言えば、杏子はわざとらしい不機嫌顔を浮かべて応えた。
「ごめんなさい。悪いと思っているし、ズルいことをした自覚もあるよ。でも、どうしても譲れないモノもあるから」
「しょうがねぇ、先に目覚めたのは双葉の方だかんな……ウチが先に起きてたら、同じことしたし」
あの、この話、僕が聞いていていいものなのでしょうか。
やるなら一思いにやって欲しい。
「そう、仕方ない。これは仕方ないことなの」
自分に言い聞かせるように言うメイちゃんが怖い。仕方ないからなに、死ぬの? やっぱり僕が死ぬしかエンディングは用意されていないのか。
「小太郎くんには、蘭堂さんも必要だから」
「だからって自分が退く気もないだろ」
「小太郎くんには私が必要だし、私も小太郎くんが必要だから」
「はぁ、双葉を退かせられる気はしないし……」
どこまでも渋い顔で重い溜息を吐く杏子。
苦しい沈黙、と感じているのは僕だけか。メイちゃんも杏子も、一歩も譲らぬと言わんばかりに視線を逸らすことなく、お互いを見つめ合っていた。
「しゃーないかぁ……ウチも双葉が必要だ」
「私もだよ、蘭堂さん。矛と盾は、両方揃っていないといけない」
杏子が折れたように呟けば、メイちゃんが微笑んで応えた。
矛盾。確かに、両方なければ大守護天使は倒せなかった。
「小太郎くん、三人で一緒にいよう」
「良かったな小太郎、これからもウチらが守ってやるよ」
「……本当に、それでいいの」
事ここに至って、ようやく僕は声を上げる。
今、言わなければ。今、聞かなければ。きっと一生、機会を失うだろうから。
「小太郎くんは、イヤ?」
「イヤなワケねーよな」
「うん、嫌なワケがないよ……二人ともいてくれるなんて、そんな都合がいいこと、僕に許されるはずが————」
「許さないのは誰? 邪魔する人は、私が斬ってあげるから、大丈夫だよ」
「おい小太郎、今更そんな常識みてーな話すんなよ。ウチらもうとっくに、常識はずれの世界に生きてんじゃん」
ああ、そうだよね。僕だって分かっているよ。
メイちゃんが生半可な覚悟でこんなこと言い出しているとは思っていない。杏子も理想と現実をしっかりと見据えた上で下した決断だ。
僕だけが自信を持てず、踏み出せていないだけ。
「いいんだよ、小太郎くんが望むままに。私はそれを、叶えてあげたい」
「今まで通り、ウチらをお前が引っ張ってくれればそれでいいんだよ」
「ありがとう」
本当に、ありがとう。こんな僕を、愛してくれてありがとう。信じてくれて、ありがとう。
僕も愛している。そして、信じている。
「メイちゃん、杏子、これからもよろしくね」
「うん!」
「おうよー」
正直、恋愛的な意味で自分に自信なんか持てないけれど、それでも精一杯、応えよう。愛する人のため、出来ることは何でもやる。
「じゃあ、一緒にお風呂入ろっか」
「やべっ、ちょっと冷えて来たしー」
ところで、割と感動的な今のやり取りなんだけど、裸なんだよね。
僕も裸だし、メイちゃんも杏子も裸。身も心も隠すことナシ、とでも言わんばかりに堂々と全員素っ裸で話していたのだ。
ああっ、視線が……二人の視線が、僕の僕に突き刺さる!
「小太郎くんも、もう我慢できないみたいだし」
「めっちゃ元気じゃん。それも淫紋ってヤツのせい?」
「……」
微笑ましい顔やめて、ホント恥ずかしい。なんか僕だけ恥ずかしい。
でもしょうがないじゃん、反応しないワケないだろう。淫紋とか一切関係ない。二人の裸が目の前にあって、何も起こらないはずがないだろうがっ!
「二人一緒でもいいって、ちゃんと分からせてあげるね」
「いっぱいサービスしてやっからなー」
一瞬で理性が溶けた僕は、女神が如き二人の手に引かれて、いざ天国への扉を開かん————
「————最低です」
過去一番の冷めた、正しく氷点下の視線を僕に向けて桜ちゃんはそう言った。
確かに、現代の恋愛観で言えば僕は最低の行為をしたのだろう。メイちゃんと杏子、どちらかを選ぶでもなく、どちらとも致してしまった僕は端的に言ってクズ。少しでも名の通った奴なら余裕のスキャンダル、SNSも大炎上必至である。
しかしながら、ここは現代日本ではなく剣と魔法の異世界。最早、日本の常識は通用せず、法も及ばない。
そして何より、この決断は僕ら三人、当事者同士で決めたことだ。それぞれ葛藤もあったけれど、それでもこれが最善の関係だと、納得の上でこうすることにしたのだ。
蒼真桜、お前のような部外者に、どうこう言われる筋合いはない!
「大浴場は公共の場ですよ。部屋で致しなさい」
「申し訳ございません!」
桜ちゃんにバレました。おのれ、なんて間の悪い女だ。
「反省してください。危うくレムにも見られるところでしたよ」
「申し訳ございません! 申し訳ございません!」
三人一緒にいよう、と約束した桃園の誓いもとい浴場の誓いを果たしたのは昨日のこと。あのままの流れで僕は二人に天上のサービスを受けて、それはもう強く淫紋を深め合ったワケだけど……どうやら、レムを連れて風呂に来た桜ちゃんに見られてしまったらしい。
全然気づかなかったけど、隙間から覗く桜ちゃんと、目隠しされてるレムの姿が目に浮かぶ。
「こんなことになるだろうと思ってはいましたが、いざあんな痴態を見せつけられると……」
「桜ちゃんが勝手に覗いたんじゃないか」
「は?」
「申し訳ございません! 申し訳ございません!」
再び申し訳ございませんbotと化す僕である。
でも決して僕が意図的に桜ちゃんに見せつけたワケでは断じてない。何が楽しくてそんな恥ずかしい真似。いっそ羞恥心が突き抜けて、そういう性癖拗らせたらどうするんだ。
イエーイ、桜ちゃん見てるー? って僕のアヘ顔ビデオレター送り付けないと満足できない体になったらどうしてくれる。
「本当に最低です。結局、どちらかを選ぶこともせず、二人ともなどと。よく血が流れなかったものですね」
「僕もそう思ってるけど、覚悟の上で選んだ道だから。メイちゃんも杏子も、ね」
「とても上手くいくとは思えませんけれど」
「そりゃあ、桜ちゃんは誰が相手だろうと絶対に譲らなそうだよね。後は夏川さんだけ排除すれば、お兄ちゃんはフリーだよ。やったね」
「わ、私のことは関係ないでしょう!?」
「ええー、人の恋愛関係に口出ししておいて、それは無いんじゃあないの?」
メイちゃんと杏子が僕を巡って血で血を洗う最終決戦を始める可能性だってあった。
けれど二人は、一夫一妻制の倫理観と独占欲を捨てて、二人とも共にあることを選んでくれたのだ。正直、僕が逆の立場だったら、とても選べないだろう選択である。
どうも僕には、何もかもを犠牲にしてでも愛する一人を選び、奪い取るほどのバイタリティはなさそうだ。もしも僕の遥か上位互換の男がいたならば、泣いて身を引くことを選びそう。それで二人が、もっと幸せになれるのならばと。
「桜ちゃんも覚悟しておいた方がいいんじゃないの?」
「何の覚悟ですか」
「君が探し出す頃には、もう蒼真悠斗は夏川さんとゴールインしてるかもね。あるいは、アストリア王国で新しい女の子をまたいっぱい引っ掛けてたりとか」
「なっ!?」
全く、何を驚いた顔をしているんだか。こんなの火を見るよりも明らかな未来予測じゃあないか。
委員長の封印状態で飛ばされた蒼真悠斗だが、まぁシグルーンに飛ばされたならまず間違いなく無事に解放されることだろう。
それで王国での新生活が始まったなら……すぐにゾロゾロと湧いて出て来るだろうよ。勇者様の新たなヒロイン共がね。
頼むから、今度は腹黒いクソ女に引っかかってくれるなよ。
散々、僕は言っただろう。お前はもう夏川さんとだけ結ばれろと。
「ゆ、許しませんよ、そんなこと……」
「許さないからどうするの? 小鳥遊みたいに、陰謀巡らせて邪魔者みんな殺す? アストリアの異世界女共はどうでもいいけど、流石に夏川さんに手を出されるとあったら、僕も黙って見てられないよ」
「小鳥と同じ真似なんて、するはずないでしょう!」
「まぁ、純粋に女の魅力で真っ向勝負するっていうなら、平和的でいいけれど」
それだけで解決できないから、難しい問題なんだよね。
桜ちゃんがあんな兄貴に惚れている以上、ハーレム体質はいずれ避けられない問題として立ちはだかるのだ。今までは気楽な学生生活だったから、そのまま呑気に過ごしていられたというだけで。
「桜ちゃんも、ハーレムルートを覚悟しといた方がいいかもね」
「ふん、大きなお世話です。私は絶対に、そんな爛れた関係、許しませんからね」
「あんまりこだわってると、婚期逃しちゃうかもよ」
なまじ美人でスペックも高いから、男に対するハードルばっかり上がっちゃって……ああ、僕には見える、見えるぞぉ、三十過ぎて焦って婚活始める桜ちゃんの姿が……
バチィン! とビンタの衝撃が炸裂して、ありありと浮かんでいた三十路桜ちゃんの未来像は消えて行った。
「酷い、僕は心配して言ってあげたのにぃ」
「失礼極まる妄想が口から漏れていましたよ」
何てことだ、僕の素直な性格がこんな風に災いするなんて。桜ちゃんはもっと真剣に、現実と向き合ってどうぞ。
「ともかく、私のことはいいのです。そして桃川、貴方が大奥でも何でも好きに作るのもいいですけど————二人を泣かせるような真似はしないことです。男としての責務ですよ」
「ふーん、そんなの桜ちゃんに言われるまでもないね」
「お願いですから、殺し合いだけは避けるように」
「それだけは命を懸けて止めると誓うよ」
最後の最後にガチめの釘を刺されて、ようやく桜ちゃんのお説教から解放されるのであった。
これで僕も公認ハーレムルートだよ。やったね!
それから数日。
戦いの傷も疲れも全員がようやく癒えた頃。
これからクラスメイト捜索の準備が整い次第、いよいよこのダンジョン生活ともお別れか————なんて雰囲気が漂い始めてきたけれど、
「はぁーっはっはっは! 僕の名前を言ってみろぉ!!」
『管理者権限の譲渡申請、受理。『コタロウ モモカワ』様、アルビオン総督・臨時代行役の就任、おめでとうございます』
「そうだっ、この僕が、桃川小太郎がダンジョンの支配者だぁーっ!!」
最高にハイな気分で、僕は高笑いを上げる。
やった、ついにやったぞ。僕はこのダンジョンの支配権を手に入れた。
ダンジョン生活とオサラバなんて絶対に御免だね。ここに僕の王国を建てよう。桃川キングダム、いや、桃源郷とでも名付けようか……任せろよ、僕がこれまで幾つの国を世界の覇権国家へと導いてきたと思っている。最高効率でシティをシムしてやるぞ。うるせぇ、誰がテメぇらのために遊園地なんざ作るか。消防署より先に遊園地が欲しいとか、頭沸いてんだろクソ市民共が。
「ありがとう、天道君。やはり持つべき者はチート持ちの仲間だね」
僕が小鳥遊に代わって新たにアルビオン総督に就任出来たのは、ジェネラルコードという正規の軍事権を持つ天道君の協力があってこそ。
そしてもう一つ、重要なキーアイテムが完成したからだ。
「ふふん、よくやったぞ小鳥遊。早速、僕の役に立ってくれたね」
「ぴぎぃ……」
と、情けない呻き声が聞こえてくるのは幻聴だろうか。
僕の掌には、一つの小さな箱がある。真っ黒い金属製の箱だ。
『小鳥箱』:暗い暗い、籠の中には小鳥が一羽。鳴いている。泣いている。闇の深さは罪深さ。『賢者』の叡智をもってしても、深淵の底を照らすことは叶わない。光の差さぬ暗闇の奥底で、泣き続けるがいい。いつか地獄へ落ちることが許されるその日まで、小さな小鳥は籠の中。
なんだかよく分かんないけど、これで完成品らしい。
神のレシピと思われる予感の通りに、小鳥遊の工房らしき場所から色々な材料を拝借して『黒魔女の煉獄炉』に投入すると、この黒い小箱が出来上がったのだ。
黒一色の金属光沢の面には、魔法陣か呪印らしき文様が刻み込まれているだけで、古代の遺物みたいに魔力のラインが光っているワケでもなく、怪しい呪いのオーラが漂うでもなく、ただの小さな箱に見える。
けれど、どうやらコイツの中には小鳥遊の肉体と魂が丸ごと封じられているようだ。箱を手にして語りかければ、それとなく奴が反応している……ような気がする。
「もしもこの先、僕らの前にまたクソ女神の使徒が立ちはだかるなら————ふふん、その時は小鳥遊、お前はエルシオンの裏切り者として、僕らの力になってもらうよ」
恐らく小鳥箱には、『賢者』の力がそのまま宿っている。小鳥遊の魂があるのも、エルシオンが授けた能力を消滅させることなく、現世に留めておくためのもの。
そしてその力を、呪術師たる僕が支配し、制御するためのデバイス。それが小鳥箱の真価だ。
まだ僕にはこれに宿る力の全てを引き出すことは出来ないけれど、
「清き一票を、どうもありがとう」
セントラルタワーのシステムに、小鳥箱を小鳥遊小鳥本人だと認証させることに成功した。そして小鳥遊が自らアルビオン総督を退任、後任を決めるための総選挙を実施。
立候補者は桃川小太郎氏。無所属。
前アルビオン総督小鳥遊と現アルビオンベース司令官天道の二名だけが投票する熾烈な選挙戦を制し、得票数2で桃川氏の当選確定。レムに達磨の片目を描いてもらって、僕は見事にアルビオン総督の地位を手に入れたというわけだ。
「ふふふ、ねぇオーマ、お前も最初はこんな気持ちだったのかな」
これから自分の国を打ち立てようという、壮大な野望に満ちた万能感。ワクワクするね。君も隣で見届けてくれよ。だって僕ら、もう友達じゃん?
「もし本当に帰る方法なんて無くたって……ここが第二の故郷になれるように」
そして、外の世界にどんな敵が待ち受けていようと、決して負けない砦にするのだ。
この因縁のダンジョン、アルビオンを僕らの本拠点とする。
「立派なダンジョンマスターになれるように、頑張ろう」




