第394話 呪術師VS賢者(2)
「最後の相棒は、お前だオーマ。さぁ、僕にも貸してくれよ、ゴーマ神のご加護ってヤツをさ」
僕の魔力は残り少ない。だからこそオーマ、お前の力が必要なのだ。
高々と掲げた『亡王錫・業魔逢魔』には、不気味な紫色に輝くゴーマの魔力がみなぎる。僕自身に信仰心の欠片はないけれど、この杖には本物のオーマが磔にされているのだ。
体は死しても、誇り高き王の魂はまだここにある。さぁ、応えろゴーマ神、お前の御子が祈っているぞ!
「来たれ雷雲、暗黒に孕む閃きよ、裁きの御手を振り下ろせ————」
この大広間の高い天井に、すでに暗雲が渦巻いていることなど小鳥遊が気づけるはずもない。多少、煙って見えたとしても煙幕が残留している程度にしか思わないさ。
けれどこの暗雲を発生させるのが、オーマの誇るゴーマ式雷魔法を放つ術の一部。
ゴーマ王国最後の戦いで、オーマが使っていた時よりはずっと小さな暗雲だけれど、お前一人を狙い撃つだけなら十分だ。
「————『荒天落雷』っ!」
すでに声を発することのできないオーマに代わり、僕が詠唱と魔法名を叫べば、けたたましい雷鳴と共に、大きな落雷が放たれた。
ズドォオオオオオオオオオオオオオオオン!
「ぴゃあっ!?」
直上から突如としてデカい雷が落ちた小鳥遊が、情けない声を上げてビビり散らしていた。
上級攻撃魔法に匹敵する威力は叩き出しているが、その一発で『聖天結界』は抜けない。
けれど前衛四人組の攻撃に加えて、さらに僕の魔法攻撃まで加われば、正攻法で『聖天結界』を破るためのダメージは着実に溜まって行く。
頼みの綱の結界が壊れるまで、あとどれくらい猶予がある?
「乱れ飛ぶ礫、漂う岩、流れ移ろう水面の如く、浮かび、沈み、吹き荒べ————『怒涛土石』」
どんどん行くぞ、次は土魔法だ。
威力そのものは杏子より劣るけど、コイツは大小様々な岩石を浮かび上がらせて砲弾にすると共に、浮かぶ岩そのものが敵の射線を遮る盾にもなる、攻防一体の土魔法。
僕も紅太郎と一緒になって、小鳥遊決死の抵抗であるブラスター連射を遮るべく、あえて大きめの岩を付近で漂わせる。
勿論、攻撃の邪魔にならないようリアルタイムで精密に操作もする。白紅の分身はそもそも僕自身が操っているから攻撃タイミングに狂いはないし、レムとの連携は元より完璧、そして桃子だってなんだかんだで僕の動きに合わせるのが上手い。
流れるような四人の連続攻撃に、僕のゴーマ式魔法が加わり、五人分の火力が小鳥遊一人へと集中する。反撃のブラスターは肉塊か岩に防がれるか、無為に虚空を飛んで行くのみ。この陣形でヒットなんか許すかよ。
残された最後の力を全てつぎ込む猛攻撃に晒され————ついに、その時が訪れる。
ビキリ……
光の結界に亀裂が走った。
「っ!?」
とうとう耐久限界を迎えた『聖天結界』の様子に、小鳥遊の顔が引き攣る。
「おや、そろそろ限界ですか。桃子の華麗な剣技はまだまだあると言うのに————見様見真似、双葉式『黒凪』っ!」
一際に大きな『シャドウエッジ』を形成し、横薙ぎの一閃を見舞う桃子。ただソレっぽく真似ているだけで本物の『黒凪』として機能は全くしていないが、ただ影の大剣で叩きつけられた威力は相当だ。
光の結界に、新たな亀裂が刻まれる。
「おい小鳥遊、遺言があるなら今の内だぞ————桃川飛刀流奥義『白面の舞・九尾』」
白太郎の髪から伸びた『白銀神楽』のオリハルコンワイヤーが瞬時により合わさってロープと化す。編まれたロープの数は九本。ぐるんと大きく首を回せば、九本のロープ、いいや、オリハルコンで編まれた鞭が振るわれる。
最強の金属による鞭打の九連撃は、亀裂の走る箇所に殺到しバキバキとさらに大きくヒビを拡大させた。
「辞世の句でも読んでみろよぉ————『完全変態系』解放、『巨竜大顎』!」
横道の『底無胃袋』に溜め込まれた食材を惜しみなくつぎ込んで形成したのは、巨大な竜の顎。実際にこんなサイズのドラゴンを倒してはいないので、数多の素材を継ぎ接ぎしただけの模造品に過ぎない。
無数の継ぎ目、不格好な面構え、不揃いの牙。けれど獲物を喰らわんと嚙み砕く力は本物だ。悪食の横道、光の結界だって喰らわせてやる。
「うっ、あ、ああぁ……」
丸ごと喰らいつく大顎によって、ギギギと軋みを上げながら結界全体にひび割れが広がって行く。完全に砕け散るまで、もう秒読み段階だ。
「蒼真流奥義————『蒼月』」
最後の一撃。刀を大きく振り上げたレムの姿は、どこか『光の聖剣』を掲げた蒼真悠斗の姿と被って見えた。そうか、技名を叫んでこそいないが、蒼真悠斗が振るう剣は全て蒼真流に基づいていたのか。同じ姿に見えるのは、当然のこと。
けれど振り下ろされる刃は、女神の加護を受けた光の剣ではなく、ただ純粋な憎悪が込められた呪いの一刀。
————パキィン
やけに澄んだ音色を響かせて、『聖天結界』はついに砕け散った。
これで、ようやく届く。トドメの一撃。
「————『荒天落雷』」
「小鳥をぉ、舐めんじゃねぇ、桃川ぁああああああああああああああああああああ!!」
特大の落雷が炸裂するのと、眩い閃光が瞬くのは同時であった。
白い光が視界を焼いて、前後不覚に陥る。
けれどすぐに頭を振って瞼を開けば、再び視界は戻って来る。
「はぁ……はぁ……」
そこには、小鳥遊だけが立っていた。
「は、ははっ……どうだ、小鳥だって……小鳥だって、やれば一人で、何でもできるんだっての……」
荒い息を吐いて立つ小鳥遊。その足元には、綺麗に胴と腰が両断された四人が転がっている。
レム、桃子、二体の分身。いずれも魔力でその身を構成する使い魔は、黒い靄をその断面から吹き上げながらその身が崩れて行く。
コイツ、一瞬で四人斬ったのか。
「武技、じゃない……なるほど、それも古代兵器か」
「当たり前だろぉ……小鳥が一番いい装備してるに、決まってんだろがよぉ!」
小鳥遊の制服は、僕の落とした『荒天落雷』で綺麗さっぱり吹き飛ばされていた。けれど奴の体には傷一つ、焦げ跡一筋すらついてはいない。
小柄なその身を覆うのは白い下着。けれど、ただの下着じゃない。光沢のある白地に、青白い光のラインが走るのは、古代製の証。
僕らも古代のインナーを装備して最低限の防御底上げとしているけれど、小鳥遊の纏うやつは一線を画す性能があるようだ。あれは最早、強化服も同然の能力を誇っている。
「まさかこの期に及んで、自ら剣を振るとはね」
小鳥遊の右手にはブラスターがそのまま握られているが、左手には別な武器がある。
「これね『フォースエッジ』って言うんだって。お前らが手作りの剣を使ってんのが、馬鹿みたいな威力だよぉ」
キャハハと笑いながら、小鳥遊は流麗な動きで光の刃が形成された古代の剣を振るった。
レムでもあるまいし、小鳥遊なんぞがリアルで剣技を習得しているはずがない。恐らく、あの動きは強化服によるもの。体を自動的に最適な動作で動かしてくれるオート剣術機能といったところか。
「で、ソイツで僕を斬って相討ちでもするつもりか?」
「誰がお前如きと心中なんかするかよ————桃川、コイツが何か覚えてるぅ?」
制服を失い、靴下にローファーも消え去った小鳥遊だが、その胸元にはキラリと光るネックレスがある。
生意気にも寄せて上げて形成された胸の谷間に、燦然と輝く雫型の宝石を忘れるはずがない。
「『生命の雫』、か……」
一度だけ死亡ダメージを身代わりしてくれる、レアアイテムである。僕が確認したのは、全部で三つ。
一つは、メイちゃんが奇襲をかけた時に杉野が発動させて、その身を守った。
もう一つは、僕がヤマタノオロチにトドメを刺す時に、『告死の妖精蝶』を発動させるために使い切った。
そして最後の一つは、ヤマタノオロチ討伐戦の際に蒼真悠斗に装備させたまま————現存する最後の『生命の雫』、それをコイツは勇者じゃなく自分で装備しているとはね。いくらお前でも、頼みの綱である勇者に持たせていると思っていたけれど。
「やっぱり、小鳥が持ってて正解だったよ。これでお前を殺せる。そして、小鳥は生き残る」
「やめてくれよ、勿体ない。貴重な最後の一個なのに」
「そんなこと気にしてる場合かよぉ? くふふっ、やっぱり最後は、小鳥が勝つの……そうだよ、小鳥がこんな桃クソになんかに負けるはずがない……神様の加護がなくたって、小鳥は自分の力で……」
果たしてその言葉は、僕に向けて喋っているのか。自分で剣を握って戦う、なんて一番慣れない真似をこの土壇場でやっているせいなのか、あんまり正気を保っているようには見えなかった。
最後に頼れるのは、やっぱり自分の力だよな。そんなことに今更気づくとは。
全く、クソ女神の力なんぞ授からず、僕らと同じ真っ当な天職に就いて己の力と才覚で戦ってきたなら……こんな結末にはならなかっただろう。自分だけが神に選ばれた、なんて大それた野心を抱いたばっかりに。
とは言え、それはそれ、これはこれ。お前をエルシオンにたぶらかされただけの被害者だなんて、憐れんではやらないぞ。
「小鳥が勝つの! 負けるの桃川っ!」
実に恨めしい眼差しで僕を睨みつけ、小鳥遊は両手で光の刃を発する『フォースエッジ』とやらを構える。
次の瞬間には、強化服でブーストされた身体能力で斬りかかって来るのだろう。
僕も強化学ランを着てはいるものの、性能は間違いなく向こうの方が上。真っ向勝負となれば、ステータスの暴力で殴り倒されるのはこっちのほうだろうな。
「小鳥は負けない! 何度だってやり直せる、だって小鳥は————」
そして僕という因縁の仇敵を自らの手で始末するため、ついにその一歩を————踏み込めないんだよなぁ。
「っ!? 誰だぁっ!?」
駆けだす一歩目を踏み出すその瞬間、小鳥遊の肩を掴んで止める。
背後にいる誰かの存在になど、鈍感なアイツでは気づけない。
肩を掴まれてようやく気付いた瞬間に慌てて振り返り、
「あっ……明日那、ちゃん……?」
親友と感動の再会だね。
僕がお前に送る最後のサプライズだ。楽しんでくれよ。
「こ、小鳥ぃ……」
小鳥遊の肩を掴んでいるのは、剣崎明日那だ。
剣道少女らしい長い黒髪ポニテに、凛々しい美貌。よく鍛えられて引き締まったスタイルに、しなやかな長い手足が伸びる。
その姿は僕の『虚ろ写し』で作り出した偽物ではない。その顔も、体も、全てが本物————すなわち、剣崎明日那の死体で作られた『屍人形』だ。
「どうして、私を裏切った……私は、お前を守りたかっただけ、なのにぃ……」
「ちっ、違う! 違うの明日那ちゃん!?」
あっけなくメイちゃんに惨殺された親友に対して、思うところがあったのか。僕の想像に反して、小鳥遊はやけに取り乱した様子でそんなことを叫んでいた。
なんだ、お前にも人の心が少しはあったんだね。安心したよ。
それなら、この僕が用意した最後の呪術はよく効くだろう。
「痛い……痛いんだ、小鳥……」
「う、あ、あああぁ……ごめん、明日那ちゃん、ごめんね……」
苦痛に呻く剣崎に、涙ながらに小鳥遊が縋りつく。
痛かっただろう。苦しかっただろう。でも、痛いのも苦しいのも、お前らだけじゃねぇんだよ。
「ああぁ……痛い……どうして、僕がこんな目にぃ……」
小鳥遊の足元から、新たな恨みの声が上がる。
その存在に気付いた時には、ガッシリと足首を掴む。お前を決して逃がさないために。
「中嶋っ!? な、なんでお前が————」
「小鳥遊ぃ……お前、絶対許さねぇべ……」
「下川ぁっ!」
小鳥遊の足元に現れたのは、中嶋と下川の二人。
剣崎に殺された中嶋は、死体が残っていたのでそのまま屍人形にしたけれど、下川の方は偽物だ。小鳥遊の陰謀で追放刑を喰らって排除された以上、死体が手に入るはずもない。
いや、僕はどこかに飛ばされた下川が生きていると信じているけどね。彼はもう立派な水魔術師。たとえ灼熱の砂漠のど真ん中に放り出されたって生き残れる力がある。
でも小鳥遊にとって下川は、すでに殺した相手。
お前を地獄へ引きずり込む亡者の群れの中に、その顔があっても違和感などないだろう?
「今こそ報いを受けろ、小鳥遊。ほら、みんながお前を迎えに来てくれたぞ」
「ううぅ……」
「小鳥遊ぃ……お前のせいなのかぁ……」
「アンタのせいで、私達は……」
「どうして……どうしてこんな酷いコトぉ……」
次々と現れるクラスメイトの屍人形が、小鳥遊へ恨みの言葉を向けて迫る。
ザガンに殺された中井と野々宮さんを先頭に、周囲から這い上がるようにクラスメイト達が立つ。
なぁ、小鳥遊、忘れるはずがないよな。ここにいるみんなは、二年七組のクラスメイトだ。ロクに話したことがないような奴らだって、その顔くらいははっきりと覚えている。クラスメイトって、そういう関係だろ。
「違うっ! 悪くない……小鳥は悪くないぃっ!!」
「違わない、お前のせいで俺は死んで……小太郎をずっと苦しめたんだ……」
斎藤勝。僕の親友だった男。
最初にボコられて、ホントに心が折れそうだったよ。ごめん、あの頃の僕に力がないばっかりに、助けられる可能性があった君を、失うことになってしまった。
でも、最後の最後に僕を助けようと庇ってくれたことは一生忘れない。あの時の勝の行動があったから、僕は今でも人を、仲間を信じることができるんだ。
「はぁあああ……クソが……死ねよ、小鳥遊ぃ……テメぇは絶対ぇ、許さねぇ……」
樋口恭弥。勝を殺した怨敵。初めて僕が殺した人。
お前が最期に無様な命乞いをした時、人殺しなんか止せ、必ず後悔する、なんて言ってたっけ。あれから僕が、何人殺したと思っている。
けれど、ああ、不思議と今はお前にあんまり恨みはない。命乞いの出まかせでしかない、人殺しを止めろって言葉も、殺し続けた今になってようやくちょっと響く気もするんだ。
確かに僕は必要なら人殺しだって躊躇なく行えるようになったけれど、あの時お前に啖呵を切ったように、平気なワケじゃない。結局、気にしないよう強がり続けているだけだったんだ。
でも小鳥遊は殺す。だから協力頼むぞ。それとバタフライナイフ共々、今後もよろしくね。
そんな思い入れのある怨敵にして強敵であった樋口の隣には、寄り添うように長江有希子の屍人形がいる。
この二人が付き合っていたなんて、マジで驚きだよ。大人しい真面目な娘ほど、樋口みたいな不良に惹かれるってことなのかな。
あんなクズの樋口でも、最後には君を本気で案じて、僕からその死を聞いて心底絶望して死んでいった。本気で愛していたんだろう。長江さん、君も樋口を愛していたのかな?
それなら恨むといい。愛する二人を引き裂いた元凶が、今目の前にいるのだから。
「俺は、ただ……ずっと一緒にいれれば、それだけで良かったのに……」
「どうして、小鳥遊さん……なんで私達がこんな目に……」
二年七組で一番愛し合っていたバカップルといえばこの二人、桜井遠矢と雛菊早矢。
ぴったり寄り添い、硬く手を繋いだ二人は声を揃えて小鳥遊に恨みの声を上げる。
ごめんね、桜井君、雛菊さんが無事な内に合流できなくて。もしも二人で生き残っていられたなら、きっと心強い仲間になってくれたことだろう。
雛菊さんは、僕に錬成という最大級のクラフト能力を授けてくれて、心から感謝している。ルインヒルデ様がなかなかくれなかった呪術師の必須スキルを、君がくれたお陰で僕らはここまで来れたんだ。
本当にありがとう。小鳥遊を地獄へ連れて行ったら、永遠に二人で安らかに。
「ううぅ……死にたくない……死にたくなかった、のにぃ……」
「私達はこんなに苦しんでいるのに……なんで貴女はまだ生きてるの……」
「小鳥遊テメェ、さっさと地獄に落ちやがれぇ……」
「君は死ななきゃならない。僕たちの仲を引き裂いて、ただで済むと思わないでくれ」
レズカップルと噂されていた北大路瑠璃華と木崎茜。それから正真正銘のゲイカップルだった大山大輔と杉野貴志。
愛する人との別離を強制された恨みは殊更に深い。特に直接戦った大山杉野のコンビは強敵だった。
彼ら彼女らもまた、お前のクソみたいな陰謀さえなければ、心強い仲間となってこのダンジョンをもっと楽に乗り越えることができたんだ。誰も殺し合う必要なんてない。愛する人を守るために、誰かを殺すなんていう悲しい覚悟も、いらなかったんだよ。
「うるさいっ、黙れぇ! 小鳥の知ったことかよ、お前ら雑魚共のことなんてぇ!」
小鳥遊が叫ぶ。
這い寄って来る平野浩平と西山稔。
苦しいとすすり泣く、佐藤彩。飯島麻由美に篠原恵美。
蒼真悠斗の友人だった高坂宏樹が怒りに叫べば、男子達が応える。本来の男子クラス委員長であった東真一に、伊藤誠二、佐藤裕也。そして最初に僕が目撃した、天職適性がなく死んでしまった最初の犠牲者たる高島雄大も。
今ここに、死んだクラスメイト全員分の屍人形が揃う。このダンジョンで顔すら見ずに生死不明の者も含めて、全員だ。
本当は生きているか死んでいるかなど、どうでもいい。二年七組の一員であるという時点で、小鳥遊を恨む資格がある。
そうだ小鳥遊、お前のその野心がここまでクラスメイト達を殺して来たんだ。自分と、好きな男さえいればいいと。他の全てを格下の雑魚と勝手に見下し、クソ女神への生贄に捧げた。
「小鳥のせいじゃない! お前らは選ばれなかった、選ばれたのは小鳥なのぉ! だから悪くない、弱いお前らが全部悪いんだぁっ!」
「いいや、それは違う。間違っているよ、小鳥遊さん」
クラスメイトの亡者に囲まれ発狂気味に叫ぶ小鳥遊へ、ただ一人、穏やかに語り掛けるのは、山川純一郎。クラス一の良心、ヤマジュンだ。
ああ、そうだよ、君ならきっと、小鳥遊が相手でもいつものように穏やかな顔で声をかけるのだろう。
「僕たちはみんな同じ、クラスメイトだよ。上も下もない。だから、せめてこのダンジョンサバイバルが避けられないのならば、僕ら全員が力を合わせるべきだった」
今となっては、全てが手遅れの理想論。それでも僕は、ヤマジュンに言って欲しかった。言い続けて欲しいと、僕が願った。
「小鳥遊さん、どうして君は僕らじゃなくて、神様なんて信じたんだい」
「黙れぇえええええええええええええええええええええええっ!!」
悲し気なヤマジュンの呼びかけに、小鳥遊は我慢の限界を超えたように腕を振り上げた。その手に握る『フォースエッジ』で、目障りな亡者を切り伏せようと。
けれど光の刃が振り下ろされることはない。
「小鳥……私と一緒に、死んでくれ」
剣崎明日那が、その手を止める。
後ろから抱きしめるように、剣を振り上げた格好の小鳥遊を固く拘束した。
剣崎だけじゃない。足元に蠢く中嶋と下川が両足に絡みつき、勝が決してもう一発も撃たせまいとブラスターを握る左腕を抑える。
他のクラスメイト達も生者に群がるゾンビのように、その手を伸ばして小鳥遊に掴みかかっていた。
「はっ、離せ! 離してよっ、明日那ちゃん!」
「離すワケねぇだろ、バァーカ」
僕が言うはずだった台詞を、何故か樋口の屍人形が言っていた。
樋口が小鳥遊の胸元に手を伸ばし、そこに輝く『生命の雫』を奪い去る。
そして、僕に向かってソレを投げてよこす。振り向いて『生命の雫』を投げる樋口の顔は、僕が操作していないのに、あの悪ぶった笑みを浮かべていた。
「これで終わりだよ、小鳥遊。クラスを裏切った罪を償う時が来たんだ————」
お前の『聖天結界』が破れた時点で、もう仕込みは全て完了していた。生身のお前にトドメの一撃が届かなくても、関係ない。
そもそも僕が、どうやって次々とクラスメイトの屍人形を呼び出しているのかにも、追い詰められたお前は気づきもしなかったな。
まぁいい、答えなんて知らず、そのまま地獄の底へと沈むがいい。
「この特大の『魔女の釜』、いいや————『黒魔女の煉獄炉』で、魂ごと呪い殺してやる」




