第38話 ハーレムレベリング
「――前衛は俺と明日那と夏川さんの三人で。後衛は桜と委員長。小鳥遊さんは後衛と一緒に離れず、常に安全な位置で守ってもらうように」
晴れて六人パーティとなった俺達は、簡単に陣形の打ち合わせをしてから、ダンジョン攻略を始めた。
色々とアクシデントはあったが、準備は万端。小鳥遊さんの錬成の成果も上々だし、汚れた制服も綺麗さっぱり洗濯済みの補修済み。
そもそも事件の発端となった小鳥遊さんの絶叫逃亡は、あれが前もって委員長がみんなの制服を繕っておこうと擬態蚕を取り付けていたことが原因らしい。あくまで委員長はよかれと思ってやった結果だったが、小鳥遊さんがうっかり着替えとして用意していたジャージではなく、制服をそのまま着ようとして手を伸ばしたら、そこに、彼女が大の苦手とする虫、つまり擬態蚕に触れてしまったということだ。
何とも悲しい事件だった。誰も悪くない、誰もが被害者の、やるせない結末だ。
「いやー、ごめんね悠斗君、まさかこんなことになるなんてねー」
と、あんまりやる気のない表情で適当な謝罪の言葉を投げかけるジャージ姿の委員長に対しては、ちょっとだけ怒りが湧いたけど。委員長め、自分だけ下着姿を晒す失態を免れたから、物凄い余裕の態度である。
ともかく、今は過去の恨みより、目の前のダンジョンだ。
元より安定していた戦力の四人パーティに、強力な剣士である明日那と、戦闘能力はないが、装備の強化や補修に加え、その他さまざまなサポートを可能とする小鳥遊さんが加わったことで、さらに強力となっている。
「この辺は、スケルトンがメインのエリアのようですね」
進み始めて一時間ほど。その間にエンカウントした魔物は全てスケルトンであったから、桜の見解には同意できる。
これまで何度も倒してきた雑魚モンスターの代表ともいえるスケルトンであるが、このエリアに出没するのは、より質の良い装備を持ち、また、動きも素早く、力強い、より強力な奴らであった。おおよそ五体から十体ほどで群れ、というより小隊とでもいうべきか、で組んでおり、よく見れば連携らしき動きもする。
特筆すべきなのは、小隊を率いる隊長のスケルトンがいることだ。普通の隊員スケルトンは、すっかり黒ずんだ元は白かったであろう、ボロボロのサーコートを身に纏い、薄らと錆びが残る鉄の剣や槍で武装している。だが、隊長スケルトンは鉄の兜を被り、胴鎧に籠手と具足まで身に着けた完全武装だ。手にする武器も、錆びがなく、鈍い鋼の光沢を宿す鋭い刃を備えた、一回り大きなハルバードと、明らかに品質が良い。おまけに、鉄のラウンドシールドまで装備しており、防御にも優れていた。
「『スラッシュ』でも鎧ごと斬るのは、ちょっと大変だよー」
「流石に、鎧兜で武装されると、固く感じるな。蒼真は『大断』が使えて楽そうだ」
「ああ、やっぱりゲームみたいに、スケルトンには打撃の方が有効みたいだからな」
ボスゴーマは妖刀を振り回しては、たまに武技が発動するように、一際に強力な一撃が飛んでくることがあった。それは刃に当たっていなくても、近くにいるだけで吹っ飛びそうになるほどの衝撃波を感じられた。恐らく、アレが『大断』なのだろう。
アイツが使う技だから、倒したら獲得スキルとして入手できたに違いない。
「でも、一番活躍しているのは、やっぱり光属性の桜よね」
これもゲームのように、スケルトンをはじめとした、いわゆるアンデットと呼ぶべき魔物に関しては光属性が非常に有効なことは、まだ俺と桜が二人だけだった攻略序盤の頃から、すでに明らかになっていることだった。
単純に『光矢』を放つだけで、スケルトンは灰になったように崩れ去る。当たり所など関係なく、光の矢が手足にかすっただけで、即死するのだ。
これまでの戦闘経験のお陰か、桜も新たな能力を習得している。
『光盾』:光属性の下級防御魔法。白く輝く光の盾が、邪悪を防ぐ。
『光砲』:光属性の下級範囲攻撃魔法。白く輝く光の奔流が、闇を祓う。
要するに、光の盾とビームである。
魔法で作り出す盾、いわゆる防御魔法と分類されるモノについては、すでに委員長の『氷盾』で見ている。盾といっても、別に自分が手に持って装備するわけではなく、足元から自分を覆い隠せる程度の面積を持った壁が現れる、というのが基本的な形態だ。
しかし、大きさは魔力や習熟度合いによって変化できるし、強度も同様。また、自分から離れた距離でも作り出すことも可能で、前衛をサポートすることもできる。
委員長と桜、二人の頼れる魔術士が援護射撃だけでなく、際どいタイミングや、回り込みなどの敵の動きに応じて、適切に防御魔法を展開してくれるから、より安全かつスムーズに戦闘が運ぶ。
もう一方のビームこと『光砲』だが、こちらは単純にパーティの火力に貢献する。これもすでに委員長がある程度の広さを同時に攻撃する、範囲攻撃魔法に分類される『氷結放射』があるから、その扱いはすぐに分かった。
委員長のは冷気を吹雪のように放出するが、桜は灼熱の閃光を放つ。
こちらを見つけ、真正面から馬鹿正直に突撃を仕掛けてくるスケルトン部隊など、桜の『光砲』一発だけで殲滅することさえできた。
そして万が一、こちらの先制攻撃を凌いで間合いに踏み込んで来ても、前衛の俺達が使う武器には全て、『光の守り手』が施されているのだ。聖なる刃を振るう俺達を前に、スケルトンなど多少手強くなった程度では、束になっても敵わない。
「――あ、また新しい能力を習得しました」
「おおぉーっ! 桜ちゃん凄ぉーい!」
「活躍しているだけあって、レベルアップも早いわね」
桜が順調に強くなっているのを喜ぶ後衛組みを横目で見つつ、俺達前衛組みは倒したスケルトンの白骨死体を漁る。
「おっ、ツイてるな、ただのスケルトンだが、コアがあったぞ」
「死体を捌くより、骸骨を砕くだけだから、スケルトンは楽でいーよねー」
やはり強くなったせいか、スケルトンでもコアが入手できるようになった。大抵は頭蓋骨の中に入っていて、眼窩や口から赤い光が漏れているから、あるかどうかは非常に分かりやすい。隊長スケルトンなら必ずコアがあり、隊員スケルトンでも、たまにコアを持つ個体もいた。
コアの収集も順調だ。この調子で入手できるのなら脱出用の『天送門』を作動させるエネルギー源も確保できそうだし、それに、ある程度はまた小鳥遊さんの錬成で使って、強化をしても良い。
「うーん、コイツのハルバードの方が、質が良さそうだな……この辺で替えておくか」
ついでに、真っ当な武器も手に入るのは美味しい。俺もいつまでも騎士の長剣一本きりでいるのは心もとない。ナイフや短剣といった予備の武器は勿論のこと、扱えるならメインとして長柄武器を持っていても良い。
一応、剣術ほどではないが、槍や薙刀といった長柄武器の扱いは爺さんから習っている。ウチは武芸百般がモットーだったから。
流石に、斧の刃と槍の穂先を併せ持つハルバードなんて西洋の武器を使ったことはなかったが、まぁ、いざ使ってみれば、意外と何とかなるもんだ。斬ることも突くこともできて、慣れると便利だし。
「――やったぁ! 小鳥も新しい能力を授かったよ! 神様ありがとーっ!」
スケルトンエリアに突入してから三度目の妖精広場で、小鳥遊さんが噴水で武器の修理をしていると、不意に大喜びで叫び出した。
戦闘を繰り返すことで、桜を筆頭に、みんなが順調にレベルアップしていたが、戦闘職ではない小鳥遊さんはそれを羨ましそうに見ていたことを知っている。明日那も、小鳥遊さんがなかなか新スキルを習得できていないことを、本人は凄く気にしているようだ、と心配していた。
「そうか、やったな小鳥。どんな能力なんだ?」
「えへへっ、あのねぇ――」
『基礎錬成陣』:基礎的な錬成を行える。森羅万象の真理を解き明かす、第一歩。
『古代語解読・熟』:古代語を読み解ける。第二種制限。
「これでもっと、スッゴイ武器が作れるようになるよ!」
どうやら新たに獲得した能力は、それぞれ『簡易錬成陣』と『古代語解読・序』の上位互換のようだ。これまでの武器修理と強化は、この二つの能力を中心に行われていたから、成長したと考えるべきか。
小鳥遊さんの様子からすると、この新能力のお陰で、同じ武器、同じ素材でも、一線を画すほどの性能を引きだして錬成することができるらしい。さらに嬉しいのは、錬成の失敗率も大幅に低下するという効果だ。「もう壊れる気がしない!」と小鳥遊さんは豪語している。
「凄いよ、小鳥遊さん、これは期待できそうだ」
「うん! 蒼真くんのために、頑張って強い武器作って、プレゼントするからね!」
「ありがとう」
よほど、みんなの役に立てるのが嬉しいのか、輝いて見えるほどのニコニコ笑顔ではしゃぐ小鳥遊さんが微笑ましい。
「……兄さん、その手はなんですか」
「はっ! これは、つい」
つい、頭を撫でてしまっていた。だって、ちょうどいいところに頭の位置があるから。それに、小鳥遊さんも嫌がらないし、何だか昔ウチで飼っていた犬みたいに嬉しそうにするのだ。
「つい、何ですか?」
「ごめんなさい」
調子に乗っていたことは否めない。でも残念だ。手を離したら、小鳥遊さんも、どことなく残念そうにしているのは気のせいだろうか。
「――それで、小鳥がより強力な武器錬成ができるようになったようだし、この辺で一旦、装備を整え直してみるのもいいんじゃないかしら?」
「そうだな、ここを拠点にして、適当に周囲を回れば、素材になる武器とコアもそれなりに集められそうだ」
うーん、うーん、と悩ましげな声を出しつつも、噴水に向かって集中して錬成の最中である小鳥遊さんを背景に、俺達は攻略方針を話し合う。
「私も委員長の意見に賛成だ。小鳥の新しい錬成は、少し時間もかかるようだ。終わるまで、ただ休んでいるよりかは、より良い素材を求めてスケルトン退治をする方が建設的だろう」
「うん、私も実戦でもうちょっと色々試してみたいことあるから、練習したいかも!」
「しかし、いくら妖精広場が安全といっても、小鳥を一人で残すわけにはいきませんから……誰か一人は留守番することにしましょう。兄さん以外で」
「えっ、何で俺だけ」
「賛成ね」
「賛成だな」
「賛成しかないよね」
「ちょっと! 小鳥は反対だよぉーっ!」
「決まりです。いいですね、兄さん?」
多数決の原理には逆らえない。何故、俺だけ小鳥遊さんと留守番することが禁止されるのか意味が分からないが、そこまで言うなら、従うしかない。
けど、俺としても、自分が留守番していると、みんなのことが不安で仕方ないだろうし。もしかしたら、その辺のことを桜はすでに見越していたのかもしれないな。流石は我が妹、というより、俺の思考回路が単純すぎるだけか。
「よし、そうと決まれば、早速、行くとしようか――」
それから、実時間にすると二日ほどかけて、俺達はここの妖精広場を拠点に、いわゆる一つのレベル上げに勤しんだ。その結果は、以下の通りである。
蒼真悠斗・勇者
習得スキル
『空脚』:移動速度強化。その一蹴りは残像を生み、虚空さえ踏みつける。
『嵐蹴り』:蒼真流武闘術の格闘技の基礎。繰り出される蹴足は、速く、重く。
『体崩し』:蒼真流武闘術の格闘技の基礎。掴み、崩し、投げ落とす。
『衝破』:範囲打撃攻撃。叩きつけた一撃は、更なる衝撃となって広がる。
獲得スキル
『活性骨身』:全身強化。逞しく成長した骨格は、あらゆる身体能力を強くする。
俺の方は、こんな感じ。『疾駆』を駆使して飛んだり跳ねたりしていると、いつの間にか空中でもう一段蹴って動ける、いわゆる二段ジャンプができるようになっていることに気が付いたら、『空脚』を習得していた。
他には、体に染みついた蒼真流武闘術を状況に応じて使っていれば、『一の正拳』に続き、蹴り技と投げ技の二つの基礎も、いつの間にか習得スキルの仲間入りを果たしていた。
それと『活性骨身』については、やはりスケルトンが相手だからこそ、なんだろうか。全身強化の効果は微々たるものだが、それでも全ての身体能力が底上げされていると思えば、かなり有用なスキルだろう。
一方、桜の方は新たな能力の習得はなかった。すでにスケルトン相手の戦闘では、成長も頭打ちといったところなのだろう。ただ、同じ相手でも繰り返し戦い続ければ、単純に技や魔法の反復練習にはなるから、これまでに習得した能力の習熟には存分に役立った。
如月涼子・委員長――じゃなくて『氷魔術士』だな。
『氷結槍』:氷属性の中級攻撃魔法。大きな氷の槍が敵を貫く。
『氷精霊召喚』:下級の氷精霊を召喚する。
委員長も基本的には、桜と同様にすでに習得しているスキルの習熟に徹していた。『氷結槍』は彼女が最も使用する攻撃魔法の上位技であるから、この辺で習得したのは順当といえるかもしれない。
『氷精霊召喚』は委員長にとっても初めてのタイプの魔法である。この召喚される氷精霊というのは、水色に輝く靄のようなモノが直径三十センチほどの球状となり、妖精みたいな羽らしきものがついた、生物なのか魔力の塊なのか、判別のつかない不思議な存在だ。言葉を話すこともなく、鳴き声も発したりしないが、どうやら委員長の意のままに動くらしい。
精霊本体には大した攻撃力、つまり氷の魔力による冷気はないものの、敵の頭や足元で炸裂させることで、動きを封じたり攪乱できたりして、これまでにないサポートが可能となった。もっとも、ただのスケルトン相手では、そこまでの援護を必要としないのだが。
剣崎明日那・双剣士
『骨断ち』:剣崎流剣術。骨すら容易く断ち切る、剛の太刀。
『震い穿ち』:剣崎流剣術。刺突に加えられた捻りは、衝撃波となって体を打つ。
『鎬削り』:剣崎流剣術。鍔迫り合いの際に、相手を突き崩す突破力。
明日那はスケルトンとの戦いを重ねる内に、もう骨ごと斬れればいいよね、という力技を得ると同時に、骨の体に有効な打撃技も習得していた。『骨断ち』は脳天から入れば、そのまま背骨まで綺麗に縦に割るほどの鋭い威力を発揮する。また『震い穿ち』は、放った刀身そのものが凄まじい勢いで震動しているかのように、突き刺すと同時に骨を粉微塵に粉砕してみせる。
『鎬削り』は、今回は練習ということで、あえて敵の攻撃を受け止める、防御を試した際に習得したという。基本的に明日那は自前の『空跳ね』という『疾駆』と『空脚』の合いの子みたいな速度強化武技を駆使して、敵の攻撃は受けずに避ける、を徹底した立ち回りだった。安全確実、それでいて自身の能力をフルに生かす動きだが、万一に備えて『鎬削り』のように、ガードせざるをえない場合を想定したスキルを成長させておいて損はない。
ちなみに、明日那のスキルの説明には全て『剣崎流剣術』と最初に表記されているらしいが、そのどれもが実在する『剣崎流剣術』ではない。双剣士の神様が適当に名付けているか、実は『剣崎流剣術』の源流がこの異世界にあるか、どちらの理由かは不明だ。できれば、後者であってほしいと、明日那は願っているようだ。
夏川美波・盗賊
『空脚』:移動速度強化。その一蹴りは残像を産み、虚空さえ踏みつける。
『弾き』:武器や防具を用いて、敵の攻撃を弾き返す。
『デュアルスラッシュ』:二連撃のスラッシュ。
『影残し』:相手に一瞬だけ分身したように見せかける。幻術の一種。
『影渡り』:影を移動する際に、隠密性が増す。
『ハイドアタック』:真後ろから敵を狙う際に、的確に急所を刺せる。
さりげなく、最も多くの新能力を獲得したのは夏川さんだったりする。『空脚』の習得は、俺と同じく。『弾き』は明日那が『鎬削り』を習得したの同じく、である。
『デュアルスラッシュ』は、一撃でスケルトンを倒し切れなかった時の為に、手数でカバーするための武技だ。『影残し』で相手を惑わせられれば、隙をついて攻撃もできるし、いざという時の回避にも役立つ。分身を見せるのは一瞬だけ、と厳しい制限つきだが、速さに優れる夏川さんなら、上手く使いこなすだろう。
『影渡り』と『ハイドアタック』は、こちらが先にスケルトン小隊を発見した際に、先手を打つ奇襲を行った際に習得したようだ。この二つを使えば、五体程度の少数だったら、夏川さん一人で一方的に殲滅できるほど。彼女の天職は『盗賊』というより、最早『暗殺者』の如くである。
俺や明日那のように、元の世界で何の武術の経験も積んだことのない夏川さんが、華麗に前衛として活躍する姿を見ると、やはり才能というものを感じさせる。明日那は日本に帰ったら、夏川さんを剣崎流の門下生として勧誘する気満々であった。
そんな感じで、俺達は順調にレベルアップを果たした。今では、それぞれが単独でスケルトン小隊と遭遇しても、危なげなく倒せることだろう。
そうして、百以上にも上るスケルトンの犠牲によって、獲得した様々な彼らの装備は、賢者・小鳥遊さんの手によって、俺達の新たな装備となるのであった。
「はふぅ、やっとみんなの装備を作り終わったよぉー」
お疲れ様、とみんなで小鳥遊さんを労いながら、グレードアップした武器がそれぞれの手に渡る。
まずは俺から。
『聖騎士の剣』:とある聖騎士が愛用した剣。赤い獅子を模ったエンブレムが刻まれている。
『鋼鉄のハルバード』:良質な鋼鉄を用いて作られたハルバード。
『鉄のダガー』:一般的な品質のダガー。
スキルのように、武器に名前と説明文が付随するのは、小鳥遊さんが錬成し終わった後に判明するのだという。命名は賢者の能力の内なのか、噴水の機能なのか、まぁ、どっちでもいいか。
とりあえず、俺の装備は最初に手に入れた騎士の剣が『聖騎士の剣』として、より切れ味の鋭い刀身へ生まれ変わり、隊長スケルトンのハルバードは、同じものを何本も素材として噴水に投入することで鋼鉄の質を高めている。相応にコアも消費したが、強化の前と後では、その品質には雲泥の差がある。
『鉄のダガー』は、俺がボス犬を倒した時のように、投げナイフを使いたい場合もあることを見越して頼んだものだ。品質は一般的、とはいうものの、ほとんど錆びた刃しか手に入らないスケルトン装備を見れば、これでも十分すぎるほどの強化結果といえるだろう。
『聖女の和弓』:聖女サクラが愛用している弓。ほのかに光の力が宿る。
「……聖女サクラって」
「な、何ですかこの恥ずかしい説明は、もう、小鳥っ!」
「ええーっ! だって、これ考えるのは小鳥じゃないもーん!」
何故か説明文からして聖女認定されている桜である。天職を授かる前は、桜だって普通の高校生だったはずなのに、昔から聖女でした、みたいな書き方だ。
一応、小鳥遊さんの錬成を経て、見た目こそ弓道部で使っていた和弓と変わらないが、その耐久性などは段違いに向上しているらしい。弦が切れても、錬成すればすぐに修理できるのはありがたい。
「涼子ちゃんの杖は、ごめんね、まだ魔法の武器は上手く強化できないみたい」
氷魔術士の委員長が愛用している長い杖は、魔術士タイプの隊長スケルトンを倒した際に鹵獲したものである。魔術士タイプは割と珍しい奴で、今回のレベルアップを含めて三回しか遭遇していない。幸いにも、二回目の時に、氷の塊をガンガンぶっ放してくる氷魔術士だったので、倒したらそのまま委員長の武器としていただいた。
「魔法の杖は、普通の武器とは別な扱いなのかもしれないわね。錬成陣のスキルが成長するか、全く別の『魔法陣』みたいな名前のスキルが必要なのかも」
「うーん、どうやったら覚えられるのかなぁ?」
「とりあえず、これ以上、私の杖を弄るのは止めてね。私が使える、唯一の武器なんだから」
「もぉーそれくらい小鳥だって分かってるもーん!」
プンスカとお怒りをアピールする小鳥遊さんであるが、鹵獲した他の火属性の杖と風属性の杖を錬成で合体させようとして大失敗したことを、俺達は知っている。
杖の強化は今後の課題にするとして、明日那と夏川さんの装備は、俺と同じく順当に強化を果たしていた。
『清めの太刀』:呪いが浄化された太刀。邪悪な力に替わり、聖なる輝きが新たな力をもたらす。
『ナイトサーベル』:騎士が扱う片刃のサーベル。刺突、斬撃、ともに扱う汎用型。
『鉄の長剣』:一般的な品質の長剣。
『鉄の短剣』:一般的な品質の短剣。
『バンデッドナイフ』:ギラつく刃は、脅しにも殺しにも適する。強盗殺人のお供。
『人斬り包丁』:調理用ではなく、より殺人に特化した、血に飢えた包丁。
『鉄の短剣』:一般的な品質の短剣。
『鉄のダガー』:一般的な品質のダガー。
それぞれ、明日那の装備と夏川さんの装備である。今回の強化で、予備のサブウエポンからもついに錆ついたものはなくなり、説明文曰く『一般的』な性能の武器に刷新することができた。勿論、明日那の二刀流と夏川さんのナイフ二刀流のメイン武器もしっかり強くなっている。
「この刀は『光の守り手』がかかっていなくても、刀身が光り輝いているぞ」
「桜の光で完全に浄化された、って感じの説明文だよな」
「ああ、何にせよ、頼もしい刀だ。こっちの『ナイトサーベル』も、手に馴染む。これなら、私の二刀流を存分に生かせそうだ」
素晴らしい剣の質に満足げな笑みを浮かべて、明日那は小鳥遊さんを撫でる。勿論、桜からのツッコミはない。おのれ、女の子同士だからOKなのか。
「よし、みんなの装備も整ったことだし、先に進むとするか」
「そうね、十分な成果だったわ」
「新しい素材が手に入ったら、小鳥が頑張って錬成するからね!」
「……ね、ねぇ、なんで私のナイフだけ、ちょっと怖い説明なのかな」
夏川さんは、ゴツいサバイバルナイフみたいな大振りの『バンデッドナイフ』と、元々は普通のサイズだった包丁が、一回り大きくなり、刀のように波打つ刃文が浮かぶ『人斬り包丁』をそれぞれ手に持ち、ちょっと涙目で訴えかけていた。
「ねえっ、蒼真君! 何で私だけこんなんなのぉ!」
うわっ、そこで俺に振るんだ!? この話題に触れないように、気合いを入れて出発しようと思っていたのに……くそっ、どうする。
「え、それは……」
チラリと右を見ると、桜に視線を逸らされた。左を見ると、夏川さんの一番の親友である委員長も、同じく目を逸らす。明日那は期待の籠った応援するような視線をくれるだけで、完全に俺へと対応を丸投げしている。そして、この不吉な名前と説明文のナイフと包丁を作り出した張本人である小鳥遊さんに至っては、背中を向けていた。
みんな、なんて薄情なんだ。これが女の友情ってやつなのか。恐ろしい……ええい、こうなったら、俺が夏川さんを悲しませずに納得させられる、上手い解答をしてやろうじゃないか。
「それは、えっと……盗賊、だから?」
「わ、私、悪い盗賊じゃないよぉーっ! ふぇーんっ!」
泣き出した夏川さんを落ち着かせるため、俺達の出発は三十分ほど延期となるのだった。




