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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第1章:白嶺学園二年七組
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第2話 天職『呪術師』

 落ちてきた水滴が頬で弾ける冷たい感触で、目を覚ました。

「あ……生きてる」

 記憶も意識もハッキリしている。生きてる、と大げさなことを口にするのは、双葉さんのデカい尻に弾き飛ばされ、教室のドアから奈落へ落ちていったその瞬間、死を覚悟したからだ。

「よ、良かったぁ」

 五体満足で、かすり傷一つ負ってないことに心の底から安堵する。今なら生の素晴らしさを題材に一句読めそうなくらい晴れやかな気持ちだ。

 しかし、そんな素敵な気分も周囲の景色を目と耳と肌で感じ取ったことによって、ゲレンデを直滑降で滑るが如く、下降の一途を辿った。

 僕の目の前には、登山遠足で上った標高五百メートルそこそこの山の林とは、比べ物にならないほどの深い緑の森が広がっていたのだ。

「これは、詰んでるだろ……」

 世界の野生動物を追うドキュメンタリー番組でしかお目にかかれないような鬱蒼と生い茂る深緑の森のど真ん中から、人里まで無事にたどり着くことができるとは到底思えなかった。

 僕のサバイバル経験といえば、家族と一緒に一泊二日のキャンプを行ったくらいなものだ。サバイバルというより、単なるレジャーである。

 それにしても、凄い光景だ。右を見ても、左を見ても、人が五人手を繋いでもまだ足りないほど太い幹を持つ大木が視界一杯に立ち並んでいる。塔のように高くそびえる木々は緑の葉をこれでもかと茂らせており、日中であるにも関わらず、太陽を探すのに苦労するほど、天を覆い隠している。

 完全な暗闇に閉ざされているわけではないが、心の中はふつふつと湧き上がる絶望感で黒一色に塗りつぶされてしまいそう。

だが、そこへ一筋の光明が差し込んだ。

「そうだ、魔法陣!」

 今ほど自分が冴えてると思ったことはない。

 もっとも、ちゃんと通学鞄を背負っていることに気がつけば、あの男が言っていた魔法の話を、記憶喪失でもない限り思い出さないはずもなかった。

 それから、鞄を開いてノートを取り出し、少し湿った土が向き出しの地面の上へと魔法陣の描かれたページを広げるのに、一分もかからなかった。

「えーと、確か、魔法陣に手を置いて呪文を唱えるだけ……だよな」

 慎重に思い返してみるものの、やはりそれ以上の使用説明はない。一度聞いただけで忘れない、実に単純明快なものである。

「よし、いくぞっ!」

 下手にごちゃごちゃ考えると、本当に自分が魔法を使えるのかどうかとか、もし使えなかったらどうしようとか、どんどん後ろ向きなことばかりが思い浮かんでくるので、とりあえず仮初めの覚悟を決めて、即座に魔法の実践に挑むことにした。

「天上の神々よ、我を助け導く、奇跡の力を授け給え――」

 ボールペンで書かれた、単なる落書きのようにも見える魔法陣。だが、そこに右の手を置いて、その一節を口にした瞬間、果たして魔法はその効果を現し始めた。

 何の変哲もない黒インクのラインだが、それが手の下で白い輝きを放ち始めたのだ。それは、この魔法陣のオリジナルが黒板に描かれた時と同じような光である。

 その確かな魔法の反応に驚愕するが、呪文の詠唱を途切れさせるわけにはいかないと瞬時に思いなおし、ゆっくり、はっきり、一言一句違わず、続きを口にした。

「――ここに天命を果たすことを誓う」

 全ての呪文を言い終えた直後。

「うわっ!?」

 ノートの上に置いた手の甲へ、その下に書かれているのと同じ、いや、よく見れば幾つかの模様が抜け落ちた状態の魔法陣が、毒々しい真っ赤な光によって描かれた。

 まるで手の甲に魔法陣の烙印を押されたような格好となる。

 だが、その手に起こった異変よりも――

「う、あっ、ぎゃあああああああああああああああああ!」

 突如として全身を駆け巡る鋭い痛みに、堪らず苦悶の絶叫を上げた。

 い、いぃ、痛い! 痛い、痛い、痛いぃいいいいい――頭の中も、その叫びでイッパイだ。生まれて初めて感じる、恐ろしい痛みであった。もしも自分が悪の秘密結社に捕まって拷問を受けたとすれば、こんな苦痛を受けるに違いないと思えるような、容赦のない、おぞましい苦しみ。

 あ、ダメだ、これは、死ぬ。

 そう悟った瞬間、視界が再びブラックアウト。バチンと電源スイッチでも切るかのように、僕の意識は途切れた。




 誰かの、声が聞こえた。

「هوى، مؤمن أو ظهرت في عدة أيام」

 あ、すみません、日本語で話してもらえます? 僕、英語はさっぱりなんです。

「الآن، يمكنك حتى دون فهم، لا يهم」

 そうですか、ユーキャンノットスピークジャパニーズ、ですか……いや、待て、待てよ。言葉の壁なんてどうでもいい。

 僕はまだ、生きている。

「――はっ!?」

 それに気づいた瞬間、僕は飛び起きるように体を跳ね上げ、ぱっちりと瞼を開いた。

 意識がある、体が動く、目も見える。僕はまだ、死んでいない――

「あ、ダメだ……やっぱこれ、死んでるわ……」

 どうやらここは、地獄という場所らしい。そう一目で悟ったのも、無理もないだろう。

 僕の目に映るのは、ついさっき教室から転がり落ちたのと同じような真っ暗闇。立っているのか、それとも無重力状態のように浮かんでいるのか、いまいち判別がつかない。

 いや、この際、場所なんてのはどうでもいい。どうでもよくないこともないけど、それでも、今はもっと気にするべき存在がいるのだ。僕のすぐ、目の前に。

「ليس مخيفا」

 そう、さっきから僕に向かって英語なのかどうかさえ判断のつかない謎言語で語りかけている人物――それは、死神だった。

 黒衣をまとった骸骨を見れば、そうとしか思えないだろう。深く被ったフードからは、肉も皮膚も一切が削げ落ちた髑髏の顔が覗く。奈落のような眼窩の奥に、禍々しい真紅の輝きが灯っている。

 僕よりも頭一つぶんくらいは大きいだろうか。その点は常識的なサイズだが、如何せん、喋る髑髏を前にすればそう簡単に非常識は覆らない。

「あ、あ……あの……」

 命だけは助けてください、と言う意味はあるのだろうか。だってここ地獄だし、死神は謎の言語喋ってるし。でも、言わずにはいられない。

「助け――ふぎゃっ!?」

 命乞いの言葉さえ、言わせてはもらえなかった。

 死神の手が、いきなり僕の頭を鷲掴みにしたのだ。骨の掌はどこまでも冷たく、硬質な感触。このまま首根っこを引き抜かれてしまうんだろうか。

「انه لامر مؤلم قليلا، ولكن لا تجعل مثل هذه الضجة على」

 頭がもがれることはなかった。その代わり、指で刺された。脳天を。

「うわぁああああああああああああああああっ!」

 僕の頭を掴んだまま、死神の人差し指が突き立てられたのだ。勿論、自分の頭の上の出来事なんて見えない。見えないけど、分かる。

 今、僕の脳天には、鋭く尖った爪を持つ指先がぶっすりと突き刺さっているのだと。易々と頭蓋骨を貫通し、その指先が脳にまで達しているという、おぞましい感触を、実感させられる。

 それを感じた瞬間には、もう叫んでいたけど――激痛は、一拍遅れてやって来た。

「んぎいっ――」

 脳を蹂躙されるという最悪の痛みに耐えたのは、果たして一分か十分か。あるいは、十秒も持たなかったのかもしれない。

「――っは!?」

 意識が飛んでいた。そう気づいたのは、叫びすぎて喉が潰れたような痛みを覚えると共に、ちょうど僕の頭から指を引き抜いた死神の姿を見た時だった。

「名乗れ、我が信徒よ」

 死神の、声が聞こえた。それは改めて思えば、不思議な声音だった。男のような、女のような。老獪な年寄のようでいて、無垢な幼子のようでもある。判別が全くつかない。

 いいや、それよりも重要なのは……その言葉の意味が分かることだ。分かる、というか、普通に日本語に聞こえる。

「疾く、名乗れ」

「も、桃川……小太郎……です」

 なんとか答えた。答えなければ、今度こそ死ぬだろう。あるいは、指を二本刺されるかも。

「桃川小太郎、そなたが今、覚えるべき事柄は二つ」

 はぁ、と適当な相槌を打ちながらも、死神の言葉を脳裡へ刻み付けるべき集中。これも「え? なんだって?」と間抜けな返答でもしたら、殺されそうだから。指三本かもしれないけど。

「我が名は『呪神ルインヒルデ』。そして、そなたの『天職』は――」

 素で、なんだって? と問い返したくなった。微妙に長い横文字の名前に、天職だか転職だかいう単語。僕はまだ学生ですが。

 けれど、実際に口からでた言葉は「えっ」という、真の抜けた声だけだった。

「――『呪術師』じゃ」

 そう死神が宣言した瞬間、僕の心臓が貫かれていた。学ランの胸ポケットに入っている生徒手帳ごと、突きだされた骨の貫手が、深々と左胸を抉る。

「ここに契約は果たされた。ではな、桃川小太郎。そなたと再び見える時を、楽しみにしておるぞ」

 その言葉が耳に届いた時にはもう、僕の意識は完全に消え――




『天職』とは、天が人に与える職業。その個人にピッタリなものを、神様が直々に選んで与えてくれるという、本当に、文字通りの意味である。

 今回、白嶺学園二年七組の生徒に与えられるのは、全て戦いに関する神の天職であるらしい。戦闘能力が得られなければ、生き残ることは不可能であるため、他に選択肢はありえない。

 そう、天職を授かると、それに伴って神が与えた加護、とでも呼ぶべき特殊な能力を扱うことができるようになる。

 例えば『戦士』の天職となれば、手にした武器で強力な一撃を繰り出せるようになる。『炎魔術師』であれば、燃え盛る火の球を放つ魔法が習得できる。

 ただし、その力を過信することは禁物。天職を授かったばかりの新人では、大した能力は得られないのだ。その能力を繰り返し使い込み習熟する、あるいは、神が定める特殊な条件や試練などを乗り越える、といった経験を積むことで、天職の能力は強力に発展してゆくのだ。

 つまり、今初めて神の加護を得た生徒達は、何よりもまず己の天職を使いこなせるようになり、襲い掛かる魔物との戦いの中で、その力に磨きをかけていくことが、生き残るための唯一にして最善の手段なのである――

「……ははぁ、なるほどね」

 なんて独り言を漏らす僕の手には、一冊のノートがある。黒ボールペンによる手書きの魔法陣が描かれたそのページには今、パソコンのモニターが如く光を発しつつ、文章が表示されていた。

 どうやら、あの男が言っていた『メールのように情報を受け取る魔法』というのは成功したようだ。

 ここに書かれているのは、天職についての情報である。ただし、文章が表示されるのは、魔法陣のあるページのみ。紙面がスクロールすることもなければ、新たに更新される気配もないので、恐らくは一ページ分しか表示ができないのだろう。ポケベル以上、携帯未満のクソ性能である。

「呪神ルインヒルデの天職、呪術師……か」

 僕はつい五分ほど前に、再び森の中で目覚めた。とんでもない悪夢を見た、とガクブルしたものだが、ノートの魔法が発動していることに気が付いて、良い感じに気を紛らわすことができた。

 そうして、天職の情報を読み進める内に、何となくさっきの悪夢にも得心がいった。

 アレは要するに、神様が天職を与えるための儀式だったのだ。呪いの神というのなら、あんな髑髏なのも納得だし、何か色々と痛い、というか、リアルでやったら死亡確実な無茶をやらかしたのも、納得はいかないけど、如何にもそれらしいと理解はできる。

「よし、まずは呪術師の能力を確認しないと」

 幸いにも、と言うべきか、実はもう、己の身に起きた変化、のようなものは実感できているのである。僕はもう、天職の恩恵を受けているのだ。

 それは異世界の言語が理解できる、というのが何よりの証明だろう。

 あの死神、もとい、呪神ルインヒルデの言葉は、ちょうど脳を指で弄られた直後から聞き取れるようになっていた。あれは翻訳の魔法みたいなものを直接、刻み付けていたんじゃないかと推測できる。

 決定的だったのは、ついさっきまで読んでいたノートの文章である。実はあれ、日本語ではなく、見たことのないアルファベッドみたいな文字で書かれていたのだ。にも関わらず、僕は何の苦労もなくすいすいと読み進めることができた。

 頭の中に、未知の記憶・知識が刻み込まれているのだ。知らないことを当たり前のように知っている、というのは何とも不気味な感覚ではあるが、今はこれに頼らざるを得ない。

 新たに刻まれた記憶は何か。それを意識してみると……確かに、見えてくる。

「これは……呪文、かな」

 脳裏に浮かぶのは、短い一文。これが魔法の――いや、呪術師である以上、これは『呪術』と呼ばれる分類となるのか。ともかく、その一文が呪術の発動に必要な詠唱であると、理解できた。

 あとは、やってやるだけだ!

「やまない熱に病みながら、その身を呪え――『赤き熱病』」

 バっ! と右手を突きだして、呪術を撃ちだしてるぜ的なポージング。しかし、無意味だった。これは相手を目視するだけでターゲットできる類の技だからだ。

 いや、それよりも重要なのは、この『赤き熱病』なる呪術の効果である。


『赤き熱病』:相手を微熱状態にする。


 その説明文が、脳裏に浮かんだ情報の全てであった。

「な……なんだ、これ……」

 微熱? 微熱ってアレだよね、三十七度五分とか、その辺の体温のことだよね?

 それで、微熱状態にしたら、魔物って倒せるの?

「倒せるかっ!?」

 セルフツッコミでも叫ばなければ、やってられなかった。何だよ、この微妙すぎる効果は。強いとか弱いとか、それ以前の問題じゃないか。

 いや、呪術師というイメージから連想するに、そりゃあ、派手な攻撃魔法が最初から獲得できるとは思ってなかったよ。けどさ、そこは百歩譲って、毒にするとか、あるよね?

「微熱って……なんだよ……」

 相手が興奮状態にある戦闘中なら、微熱にしようがなんだろうが、関係なくね?

「いや、待て、落ち着け、これはきっとターン経過で効果が倍増していくとかそういう――」

 ゲーム脳的RPG思考全開で、ひたすらにこの呪術の使える可能性を模索してみる。

 だがしかし、やはり結果は……


『赤き熱病』:相手を微熱状態にする。


 これしか、情報は出てこない。

 この微熱状態、というのも、本当に風邪の引き始めのように、体がちょっと熱いとかダルいとか、そんな常識的な効果であるとしか分からない。決して魔物を一発でダウンさせるような即効性の威力は望めない。勿論、ターン、ではなく、時間経過によって発熱が急上昇していく、なんてこともないらしい。

「あ、足止めにもならん……」

 ヤバい、ヤバすぎる。これはとんでもないハズレスキルを引いてしまったぞ。

 ちょっと待って神様、リセットボタンはどこですか。もう一回スキルセレクトやり直させてよ……

「お、落ち着け! まだ大丈夫だ、まだ、あと二つ……呪術は残ってる!」

 これもノート情報であるが、天職を授かった、いわゆる初期レベルにおいては、どんな天職でも三つの能力を得るという。増えることも減ることもない、三つ固定。ただし、どんな能力を授かるかは、個人差があるらしい。中にはレアスキル、みたいな希少な能力もあるんだろうか。そこまで詳しくは書いていなかった。

 ともかく、僕にはまだあと二つ、呪術師の能力たる呪術スキルを持っている。

 こう考えよう。一つが超ショボい能力ならば、残り二つは超スゴい能力なんだと。何事もゲームバランスである。そりゃあもう、神様がスキル配分してくれるんなら、神ゲーバランスに違いない。

「お願い、ルインヒルデ様! どうか僕にチートな呪術を!」

 そうして思い浮かんだ、二つ目の呪術。


『傷み返し』:自分の負ったダメージをそのまま相手に返す。


 す、凄い! これは正に無敵の反射能力じゃあないか! どんな強力な魔物が相手でも、僕を傷つければ同じだけのダメージが相手に跳ね返る。

 僕が即死した瞬間、どんなに強い野郎も道連れだぜぇ!

「いや、ダメだろそれ……死んでる、結局、僕、死んでる……」

 思い浮かんだ説明文には「自分の負ったダメージ」と明記してある。つまり、僕が受けるダメージはゼロにはならず、そのまま喰らってしまうということだ。

 例えば、インド象のような巨大モンスターに踏み潰されれば、僕はペチャンコとなる。そして、次の瞬間にはインド象的モンスターも、同じく圧死の末路を辿るというわけだ。

 確かに、どんなに強い相手でも倒せる効果を秘めているが、それを自分の命とトレードでは割に合わない。一撃必殺が一度だけ。

 この効果に満足するような人物は、命を賭してでも倒したい相手のいる復讐者か、一人一殺が信条のテロリストくらいだろう。僕はただの高校生で、自分の命は大事にしたいのだ。

「うわぁ……ヤバい、本当にヤバいよこれぇ……」

 思わず頭を抱えながら、その場にしゃがみ込む。ちくしょう、ちょっと涙も出てきた……

「お願いします神様……どうか、どうか最後の呪術だけは……」

 藁にも縋る思いで、最後の一つを思い浮かべる。これでまたしても、攻撃力ゼロな効果が出たら……


『直感薬学』:素材の効能がなんとなく、分かる。


「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 呪術どころか、こんなんただの鑑定スキルじゃないか! 戦闘そのものには全く、これっぽっちも関係がない。攻撃は勿論、防御もできなければ、逃走が上手くなるわけでもない。

 そもそも、紙とペンとジャージしか持ってない今の僕に、薬として有効活用できそうな素材なんて持ち合わせていない。鑑定する品がなければ、鑑定スキルは意味をなさない。

 現状において、『赤き熱病』よりも使えない、完全な死にスキルなのだ。

「は、はは……そんなワケない……きっと僕には、隠された第四の呪術が……」

 そんな都合の良いもの、あるわけない。自分のことは、自分が一番よく分かっている。神様は決して、僕にチートな能力を与えてはくれない。まぁ、中学生の頃なら、まだそんな秘められた特殊性を信じられたかもしれないな。

 けれど『選ばれた人間』というのを目の当たりにすると、分かるのだ。ああ、自分は特別な人間ではないのだな、と。つい先日、思い知ったばかりだろう。

 期待はできない、神が与える幸運には。僕に奇跡は起きない――要するに、自分の力だけで、道を切り開いていかねばならないのだ。人間としては、至極当然のこと。

 けれど、道を進む力がなければ……

「うぅ、ダメだ……もう無理、詰んだ……何だよ、このスキル構成、クソゲーだろ!」

 そんな情けない泣き言を喚きつつ、僕は背後にそびえるどっしりとした巨木に背中を預けて、倒れこむようにへたり込んだ。

 勿論、そうして落ち込んでいたからといって、この能力が変わるわけでもないし、こうして喚いていてもゲームのリセットボタンを押すが如く、やり直しがきくはずもない。

 いくら魔法の存在するファンタジーな世界に来てしまったといっても、現実は現実なのだ。

「ああ……ホント、どうしよう……」

 怖い思いをする前にいっそ自殺でも――いや、やっぱり死ぬのは普通に怖いし、イヤだな。最後の最後まで自殺する覚悟なんて絶対できない。

 あ、でも、ここに生えてるヤバいくらい真っ赤な毒キノコを食べたら楽に死ねるかな。

 きっと僕は虚ろな目をしながら、大木の根元にある赤いキノコを見つめていることだろう。

 このベニテングタケみたいな毒々しい真紅の色合いに白の水玉模様のキノコ、本当に食べたら一発で死――いや、無理だ。この毒キノコは食べたら焼けるような苦しみがしばらく続いて、生死の境を彷徨い続ける感じになる。

「……あ」

 ふと、自分がこの赤いキノコを食べた際に現れるだろう毒の効果を、妙にリアルに想像できた。

「そうか、これが直感薬学か!」

 今、頭の中に思い描かれた想像は、ただの想像とは言い切れない、確信めいたものがあった。まるで以前、このキノコを食べた経験でもあるかのように。

 直感薬学の効果を実感したことで、急に興味が湧き上がる。僕はさっさと身を起こし、すでにまじまじとキノコの観察を始めている。

 赤い毒キノコをむしり採り、改めてそれを眺めた。素手で触るだけなら問題ないというのは直感で分かっていた。

 うん、やはり、子供の頃に図鑑で見たベニテングタケとよく似ている。けど、それは丸い傘の部分のみで、茎、じゃなくてキノコは柄って言うんだっけ? まぁ、その柄の部分に、赤い縞模様があることから、別種であると推測できる。

「このキノコ……多分、魔物にも効く」

 人間限定で毒性を発揮するわけじゃなさそうだ。食べれば、大体どんなヤツでも高熱に苦しむ。

「いける、かもしれない」

 摘み取ったキノコを鞄に仕舞い込みながら、確かな実感と共に、希望の言葉が漏れた。

『赤き熱病』『痛み返し』『直感薬学』、三つの呪術は自分一人では戦いにおいて使い物にならない。

 だがしかし、素材そのものを毒、あるいは薬として利用できるとなれば、一気にとれる行動の選択肢が増える。

 怪我をした場合、薬草で治療することもできるだろう。強力な毒物があれば、それをぶつけて魔物を倒せるかもしれない。そこまでいかずとも、逃げる隙くらいはきっと作れるはずだ。

「よし、頑張ろう……大丈夫、きっとなんとかなる」

 なんとかしてみせる。なぜなら僕はまだ、微塵も死ぬ気などないのだから。

 2016年7月8日

 明日も更新します。更新は、全て17時で統一しています。

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― 新着の感想 ―
反射は相当強そう
[気になる点] 魔法を使えない異世界人が、異世界で力を得る際に拷問じみた苦痛を伴うことを始め、黒の魔王との類似性があることが気になりました。
[一言] 自分の世界に入り込んで独り言を叫び散らすのは控えめに言って痛いです。なろう特有なんだろうけどね。周りに人はいるだろうし能力ペラペラ公言した時点でかなり詰んでる
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