第393話 呪術師VS賢者(1)
「やっ! やぁっ! いやぁああああああああああああ————」
発狂したように叫びながら、小鳥遊はブラスターを乱射してくる。
復活した天使の翼により、『聖天結界』も展開済み。奴を殺すには、もう一度コイツを破る必要がある。
面倒くさいことこの上ないが、それでも『神聖言語』を使ってこないところを見るに、恐らく女神のチートスキルは使用不能になっているのだろう。そりゃあ、ルインヒルデ様のお力によって、派手にぶっ殺されたからな。
僕が『痛み返し』すら封じられていたのと、似たような状況に今の小鳥遊は陥っているのではないだろうか。女神エルシオンとの繋がりが断たれてしまったようなイメージ。
それが永続的なものか、一時的なものか、どっちか分からないけど、どっちでもいい。
奴が頼れる最後の力は、装備した古代兵器である『ガーディアンウイング』とカスタムブラスターのみなのだから。僕に残った最後の手札をつぎ込めば、十分に突破できる。
ここまで来て、決して詰めは見誤らないぞ。
「スモーク」
まずは確実に『聖天結界』を破壊するための準備だ。
小鳥遊が撃ちまくって来るブラスターは当然の如くクソエイムであるが、この遮蔽物がない広間で一方的に撃たれ続けるのはウザい。横道の肉盾だってカバーできる限度ってのがあるし。
そういうワケで、まずは射線から逃れるために定番の煙幕を張る。
「ぁああああああああああああああああああああ!!」
自分を中心に濛々と煙が充満していくにも関わらず、小鳥遊は棒立ちのまま射撃を敢行。いくら『聖天結界』があるからといっても、煙幕の範囲から出ようともしないのはどうなんだ。
おまけに、視界が塞がれたせいでさらにあらぬ方向へと撃ち出すようになったようだが、それも前方のみ固まっている。コイツ、目の前をひたすら撃ち続けているだけで、背後を全く気にしていない。
それじゃあ、今の内に背後に回ってゆっくり準備させてもらおう。
「レム」
声は聞こえないが、確かに返事は僕に届く。よしよし、レムとの繋がりも復活している。
視界の端には、転がったままの巨人レムの姿がちゃんと見える。エルシオン降臨によって、召喚されたレムそのものが消滅したワケではなく、あくまで僕らが別空間にいただけのようである。神域とルインヒルデ様が呼んでいた、あの空間に移る際にレムや桃子といった存在は弾かれたのだろう。
レムから見ると、あの時の僕はどう見えたんだろうか。体はそのまま残っていたのか、それとも転移して消えていたのか。まぁ、気になることは終わってから話せばいいことだ。
「もう巨人の体は必要ない。戻れ」
独り言のように呟けば、レムは巨人化を解除。転がっていた巨大な体がドロドロと溶けだすように形を崩し始めると、あっという間に黒い靄と化して消滅した。
巨人レムにもう一回ぶっ潰してもらうのが一番手っ取り早かったけれど、もう巨人の体を動かすだけの魔力はないし、再構成も無理だ。いよいよ底が見え始めた僕自身の魔力と魔石在庫。リソース配分は無駄なく慎重に。
「おい桃子、いるんだろ。さっさと出て来い」
「はーい」
僕が呼べば、呑気な返事が即座に背後から飛んで来た。やはりいたな、桃子。
「最後の最後に一人で残ってしまった寂しいオリジナルのために、優しい桃子が一緒にいてあげるです。ご主人様には内緒ですよ?」
「前衛よろ」
色気づいてんのかウインクなんぞを飛ばしてくるウザい桃子に、必要な役割だけ伝えておく。
術者がいる限り無限に復活できる召喚獣が、前衛張るのは当たり前だよなぁ。
「さて、持ってくれよ僕の魔力……」
ここからは自分との勝負だ。
うっかり配分を間違えて、魔力切れで気絶なんて素人みたいな失敗はしない。そしたら栄光のラストアタックを桃子に譲ることになっちゃうからね。そんなの絶対に御免だよ。
「重ね、映し、立て。その身は全にして一なる、虚無の実像――『双影』」
かなり久しぶりにフル詠唱で『双影』を発動。普段はもう当たり前のように複数体出して働かせているからね。
けどこの最終局面で呼び出すのは、フルコントロールができる二体までとする。ただし、コイツらはただの分身じゃあない。僕だけで戦うしかないという、最悪の状況下でのみ発動させる特殊分身だ。
「まさか本当にコイツらを使うことになるとはね————出でよ、白太郎、紅太郎」
現れた二体の『双影』は、それぞれ色が違う。
真っ白い髪と、病的に肌が青白い、まるで不治の病にでも侵されてしまったかのような不健康極まる姿になってるのが、白太郎。
血に濡れたような赤い髪に、二本角と鋭い爪と牙を備えた、ハロウィンに赤鬼コスプレしましたみたいな姿をしているのが、紅太郎。
まるで僕の2Pカラーであるが、勿論この色の違いはただのファッションなどでは断じてない。コイツらはそれぞれ行使する能力に特化した体として作り出している。いわば改造双影である。
「レム、準備はいいか?」
「————はい、主」
そして最後に、改造双影よりも忠実に僕の姿を完全再現したレムが現れる。
立派に前衛を務められるだけの能力を宿した強靭な体に、一振りの刀を携えたレムの姿は、本物の僕よりもずっと凛々しい顔に見えた。
「ああ、ようやくだ……ようやく、ここまで来れた」
僕の前に、同じ顔が四つ並ぶ。今この場には、実に五人の桃川小太郎が立っている。
本物の僕、レム、桃子、分身の白太郎と赤太郎。ソロのはずなのに立派なパーティである。
そしてこれこそが、僕という個人が持ちえる最大の戦闘能力を発揮する形態なのだ。
「今こそ神命を果たす。さぁ、小鳥遊を呪い殺すぞ」
「死ねぇええええええっ! 桃川ぁああああああああああああああああああああ!!」
煙幕が薄れ、ようやく後ろに回っていた僕を見つけたらしい小鳥遊がぶっ放して来たところで、戦闘開始だ。
前衛を務める僕以外の四人が、小鳥遊へ向かって駆けてゆく。
「はぁっ!? なんでこんないっぱい桃川がいるんだよ!」
おっと、煙幕の中で無意味に乱射している間に少しは落ち着いたか。癇癪起こしたクソガキみたいに泣きわめいていただけだったのが、今は再び憎悪の籠った視線で僕を、いや、僕らを睨みつけていた。小鳥遊、お前も大概、諦めが悪いな。
だが今のお前に出来ることはブラスターを撃つだけ。そんなハンドガン一丁だけで、四人の前衛に対抗できるはずもない。
迫って来る四人の僕に向かって、とりあえず手当たり次第に撃っているようだが、そんなのに当たる間抜けはいない。そして接近する四人に攻撃の矛先を向けるしかない小鳥遊は、後衛に立つ本物の僕を狙う余裕もなくなった。
そういうワケで、安全な後衛ポジションで僕が杖を構えると同時に、前衛組みの猛攻が始まった。
「桃子が誇る由緒正しき『冥土流魔剣術』、見せてやるですっ————『影縫いの舞い』!」
メイド剣術の流派は知らないが、『影縫いの舞い』は知っている。桃子が最も得意としている攻撃魔法『シャドウエッジ』の連撃だ。
華麗なトリプルアクセルから繰り出されるのは、幾つもの黒い影のような刃。サメの背びれが海面に覗くように、地面から突き出す曲刀型のブレードと、回転ジャンプで広がる桃子のロングスカートから小型の刃が飛んで行く。
殺到する『シャドウエッジ』の連撃を、小鳥遊の腕前では撃ち落として迎撃なんて真似はできるはずもなく、全てを結界の守りに頼って防ぐことしかできない。
けたたましい音が光の結界にぶつかり弾ける。それなりの威力が炸裂したが、『聖天結界』を破るにはまだまだ足りない。
「このっ、男の面してメイド服なんざ着やがって、キメぇんだよ!」
「くふっ、桃子の美貌に嫉妬ですかぁ? 嫌ですね、自分の容姿にコンプレックスのある人は」
桃子の自分の顔に対する自信は何なのかマジで謎なのだが、これみよがしに小鳥遊を煽ってヘイトを奪うのは見事な働きだ。
お陰で後続の僕らが無防備な死角を突くことができる。
「僕も見せてやるよ、桃川飛刀流の真の力をね————奥義『乱舞・八岐大蛇』」
技を繰り出すのは、分身一号・白太郎。
桃川飛刀流。それは貧弱極まる『呪術師』である僕が、ロクな攻撃呪術が皆無だった不遇なダンジョン攻略初期の頃に編み出した、苦肉の攻撃手段である。
自由自在に操れる『黒髪縛り』に刃物を持たせてアウトレンジから攻撃する、リアルだったら鎖鎌の達人でもないと出来ない方法だが……これが通用するのは雑魚代表の一般ゴーマくらいである。あと葉山君。
『剣士』や『戦士』といった本物の前衛職の天職持ちには逆立ちしても勝てない、コイツに頼る局面なら詰んでるレベルの技だ。
それでも僕にとって桃川飛刀流は、唯一マトモな物理攻撃手段であることに変わりはない。これを実戦レベルで活かすには何が必要なのか————その答えは、武器だ。
「『銀髪断ち』改め、『白銀神楽』」
アラクネが硬質な糸を張って相手を切り裂く罠にしているのを見て、編み出した『黒髪縛り』の派生技が『銀髪断ち』である。けれどコイツを習得した頃には仲間に恵まれたお陰で、僕自身が前衛で戦う機会そのものが減り、結果として実戦で使うことはなくなった不遇な技である。
メイちゃんいるのに、それでも僕の前まで迫るほどの強敵なんて、付け焼刃の近接戦闘術である『銀髪断ち』でどうにかなるわけないし。状況的にもこの技を磨いている余裕もなかったのだけれど————セントラルタワー攻略を前にして、僕はようやく『銀髪断ち』の強化にも手を付けることができたのだ。
とは言え、大したことはしていない。必要なのは良質な素材。それによって作り上げた武器なのだから。
「ああ? そんなもんが今更ぁ、効くかよ馬鹿がっ!」
白太郎の指先から繰り出された銀髪を見て、小鳥遊は嘲笑う。
僕の『黒髪縛り』を知っていれば、その反応も当然だ。指先から出ているのは束になったロープ状ではなく、髪の毛一本きりのワイヤー型。両手の指先、合わせて十本だけ。キラキラ輝く銀髪だから、何となく目に見えるだけ。先端にはナイフのような刃物はなく、本当に髪の毛だけを出している状態だ。
こんなモンが絡みついた程度で、どうにかなるはずない。小鳥遊は注意を引くためだけの無駄な攻撃と見切って、メイド服をヒラヒラさせながらシャドウエッジを飛ばしてくる桃子を狙い続けるが、
ギャリィイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!
けたたましい音を立てて、小鳥遊を守る『聖天結界』が光を散らした。
「ちょっと、何が当たってんのよコレぇ!?」
激しい攻撃を受けた反応を示す結界に、小鳥遊が焦りの声を上げる。
そうそう、『聖天結界』は攻撃を防いだ箇所が眩しく光る仕様だから、術者の視界が遮られることがある、っていう地味なデメリットもあるんだよね。そのせいで、小鳥遊からはどういう攻撃に晒されたのか、よく認識できていないようだ。
「効くに決まってんだろ、神鉄のワイヤーだぞ」
そう、これこそが『白銀神楽』。
『銀髪断ち』に、希少にして最高の古代製金属素材である神鉄を錬成した、超硬質ワイヤーである。
そもそも『銀髪断ち』最大の弱点は、その強度にある。僕だけではどう頑張っても、精々が鋼線と同程度が限界。低ランクモンスターには通用するが、少しデカい奴とか、甲殻を持つ奴が相手になると通らなくなる。
そもそも髪の毛のように細いワイヤーで断ち切ろうというのだ。敵がちょっと硬くなるだけで、効かなくなるのは当然のこと。だからといって、鉄以上の強度に上げるのは並大抵の素材では無理。杏子謹製の良質な光鉄素材でも実戦レベルに仕上げることは出来なかった。
だが、神鉄なら。古代においても希少な、この最強の金属ならば『聖天結界』だって縛れる。
「なんだよクソぉ、桃川の髪が絡みついてんのかよ、気持ち悪ぃ————」
ギャリギャリと激しく光の結界と干渉する『白銀神楽』は、ただの鋼鉄なら一瞬で焼き切れてしまうほどの高熱を受けているにも関わらず、揺るぎなく小鳥遊の『聖天結界』に絡み、縛り付けている。
これで小鳥遊がその場から移動することはなくなった。元々、足を止めた棒立ちだったが念のため。結界張ったまま走り回られると厄介だからね。拘束は絶対必要なのだ。
「ならお前から消えろぉ!」
ブラスターの銃口を桃子から白太郎へと切り替えるが、そうは行くかよ。
「————『百腕掴み』」
甲高いブラスターの発砲音をかき消すように、大きな拳が結界を殴りつけた轟音が響く。
「いいぞ、横道。お前の底力もっと僕に見せてくれ!」
横道こと『無道一式』を握るのは、赤太郎である。
コイツが二本角に爪と牙が生えて鬼っぽい感じになっているのは、肉体の構築に『無道一式』の能力『完全変態系』も組み込んでいるからだ。
そもそも『双影』で作り出される体は純粋に僕の魔力のみで構成されている。完全に外見だけ再現した血肉の通わない人形。けれど『無道一式』の力があれば、分身の体に生の魔物素材をハイブリッドさせて新たな肉体を構築することも可能なのだ。
魔物の血肉を得た赤太郎は、普通の分身よりも遥かに高いフィジカルを誇る。その爪も牙も見せかけではなく、本物の猛獣系モンスターのものだ。体内には火炎袋に電撃袋と、属性攻撃を放つための器官も仕込んである。勿論、傷つけば『完全変態系』によって新たな血肉が供給される自動回復機能付き。
と聞けば凄い強そうに感じるけれど、要するに赤太郎は『屍鎧バズズ』の下位互換みたいなモノに過ぎないんだけどね。
でも燃費はいいから、もう『業魔紅魔』を発動させられるほどの魔力は残っていないこの状況下でも、赤太郎なら行使するのに問題ない。
身体能力に優れ、『無道一式』を駆使する赤太郎はタンク役だ。
『完全変態系』で肉塊キメラを叩きつけ、小鳥遊の射線を遮るのだ。
「ちいっ、邪魔クセェ奴がゾロゾロと————」
銀髪に縛られ、気持ちの悪い肉塊に集られ、足の止まった小鳥遊は悪態を吐きながらブラスターを撃ち続ける。
そこで小鳥遊の真後ろまで回り込んだレムが、ついに仕掛けた。
「蒼真流————『旋風』」
武技にまで昇華された蒼真流の剣技が、強烈な威力となって『聖天結界』に叩きつけられる。
十全に勢いが乗った回転斬りは、桜ちゃん仕込みの蒼真流剣術だ。
修業期間は短いが、僕のレムをそんじょそこらの道場通いのガキと一緒にしてはいけない。機械のように正確にモーションを覚えることが得意なレムは、完璧に技を修めた師匠がいるならば、その習得速度は爆速だ。
熱心な桜ちゃんの指導もあって、お陰様でレムは一端の蒼真流剣士である。
けれど小鳥遊が目を見開いて驚いたのは、蒼真の剣でもなく、威力でもなく……レムがその手に握っている刀であろう。
いくら鳥頭のお前でも、見覚えはあるよなぁ?
「それは、明日那ちゃんの……『聖鳥羽撃』っ!?」
「いいや、もう剣崎のじゃない。僕のモノだ」
お前が親友のために本気でガチ錬成して仕上げた、友情の刀。それが『天命剣・聖鳥羽撃』だ。メイちゃんをしてフフッてさせた、とんでもネーミングのネタ装備かと思いきや、コイツの性能は本物だ。
なにせ豪勢にも刀身は神鉄だからな。ハクスラゲー経験者で、こんないい装備、捨て置く馬鹿はいねぇよなぁ?
「返せぇ! 小鳥が明日那ちゃんにあげたんだぞっ! 汚ねぇ手で触んじゃねぇっ!!」
「蒼真流————『疾風』」
怒り心頭で背後に向けて発砲する小鳥遊だが、レムは追撃の一閃を叩き込んでから悠々と射線から逃れていく。
さらに狙い続けようとするが、もう小鳥遊に悠長にエイムしている暇はない。これで完全に、お前の四方は囲まれているのだから。
「『冥土流魔剣術』————『御影乱舞』!」
「桃川飛刀流————奥義『白蛟』」
「『完全変態系』解放————『赤竜顎』」
「蒼真流————『迅雷』」
桃子の大きな『シャドウエッジ』が、白太郎の髪から生やした新たな『白銀神楽』が、紅太郎が呼び出すサラマンダーの頭部が、レムの鋭い一閃が、それぞれ同時に、かつ断続的に小鳥遊を守る『聖天結界』を襲う。
「ぐっ、うぅう、ぁあああああああああああああっ!!」
猛攻撃に晒されて叫び声を上げている小鳥遊へ、僕もまた握りしめた杖を向ける。
ほら、本物の僕は後衛だから。しっかり後ろから掩護射撃をしないとね。
僕は掲げた『亡王錫・業魔逢魔』、その先に磔されている亡骸に微笑みながら語り掛けた。
「最後の相棒は、お前だオーマ。さぁ、僕にも貸してくれよ、ゴーマ神のご加護ってヤツをさ」




