第386話 クラスメイトVS勇者(4)
「終わりだぜ、悠斗。テメーの負けだ」
メイちゃんが仕掛けたのだから、当然、天道君だって同時に来るさ。
目の前にいる敵と、再び失ったレイナの残骸しか見えていない視野狭窄に陥った蒼真悠斗に一撃入れるのは、天道君にはあまりにも容易いことだった。
正直、どちらか片方は『天の星盾』で防がれると思ったけれど、二人の攻撃を両方とも直撃するとは。本当にレイナは効いたようだ。
「ぐっ、ぁああああああああああああっ!」
ついに勇者の口から苦痛の絶叫が上がる。
両腕とも、二の腕から綺麗に断ち切られている。勇者の鎧のガントレットもかなりの防御を誇るのだろうが、致命的な隙を晒し、全力を込めた王剣の一閃が直撃すれば両断は免れなかったようだ。
天道君の友情に感謝しなよ。親友の彼でなければ、斬り飛ばされていたのは首だったんだからね。
聖剣を振り上げた格好で両腕が寸断されたせいで、怒涛のように溢れ出した鮮血が勇者を頭から穢してゆく。
形成された巨大光刃があるせいか、斬られた両手は柄を握りしめたまま落ちることなくその場に浮いている。けれど、完全に断ち切られたせいで魔力の制御も失われた。
巨大な柱のように突き立っていた光の剣は、瞬く間に崩壊を始める。そこにつぎ込まれている莫大な魔力を、卓越した勇者のスペックとスキル補正込みで、ようやく制御できる大技だろう。それが乱れれば、強力な魔法ほど容易く崩れ去る。
シャワーのように青白い燐光が放出されてゆき、巨大な光の剣は見る見るうちに縮んで行く。そうして半分以上が消え去って行った頃には、ついに聖剣を握る両腕が地に落ちた。
完全に光を失った『光の聖剣』は、元の『聖騎士の神鉄剣』となってガランと虚しく音を立てて床へと転がった。
「————っと、待てよ」
そこでトドメの一撃を放とうとしたメイちゃんを、天道君が止めた。
「止めないで。もう一撃は当てないと、危ないよ」
「もう一発食らわせたら、死ぬだろうが」
実際、メイちゃんは首を刎ねるつもりだったろう。僕としてはそのままでも一向に構わなかったが、天道君と桜ちゃんとの約束もある。まだ殺さなければならないほどの緊急性はない。
胴に致命傷を刻まれ、両手も切り落とされた。如何に『勇者』蒼真悠斗といえども、すでに勝負は————
「————まだだ」
まだ、勝負はついていない。
顔を上げた勇者の目は、絶望に影ってなどいない。ギラギラと輝く、憎悪と闘志に燃えた青い瞳がそこにあった。
「トドメを刺すんだっ、メイちゃん!」
なんて僕が声を上げるよりも、間近にいる彼女がその危険に気づかないはずがない。メイちゃんも、彼女を止めていた天道君も、即座に動き出す。
王剣と呪いの剣、二振りの刃が諦めずに立ち上がる勇者へ向けて振るわれたが、
「再び戦う力をこの手に。応えろ『煌の霊装』————」
勇者の鎧が、眩い輝きを発すると、そのまま光の粒子と化して消えてゆく。
全身を守る装甲、背中に翻るマント、頭のサークレットも。全てが瞬く間に消失……だが、武装解除などではない。これはむしろ、再武装だ。
「————『神判の腕』」
失われたはずの両腕が生える。
いいや違う、これは再生じゃない。スキルで作り出した魔力の腕だ。
蒼白に輝く両腕は、流線形の籠手を纏ったような形状だ。あまりに眩しく輝いているものだから、はっきりとその質感は伺い知れない。
けれどそこに秘められた強大な力は、嫌というほど察せられる。
ちくしょうめ、これは僕が葉山君に『双影』の右腕を移植したのと同じ。蒼真悠斗は勇者の鎧『煌の霊装』で、欠損した部位を補ったのだ。あるいは、これもまたピンチによって覚醒した新たな力か。
どちらにせよ、その『神判の腕』という青い光の腕は、すぐにその力を示した。
「くっ!」
「ちいっ!」
振るわれた王と狂戦士の一撃を、勇者は左右の腕でそれぞれ受け止める。素手ではないからこその芸当だ。
輝く掌で、真っ向から刃を止めて見せた。
途轍もない硬さ。元より頑強極まる『煌の霊装』の力を両腕のみに集中させているのだから、真正面から二人の本気の一撃を止めきるくらいはできるということか。
だがしかし、この局面でただ硬いだけの腕を形成するとは思えない。
勇者の反撃が、来る————
「『聖天を掴む神判の掌』」
「下がれっ、双葉————『王鎧・「ファントムメイル・フルアーマード」』っ!」
途轍もない光の魔力が勇者の両腕から爆ぜたその瞬間、漆黒の装甲とオーラを纏った天道君がメイちゃんを庇うように前へと出た姿がチラっと見え————直後、失明するんじゃないかというほどに激しい閃光が駆け抜ける。
ただ眩しいだけじゃない。轟音と衝撃。そして何より、ゾっとするほど強烈な魔力の気配が肌を焼き焦がすように刺激してゆく。
一体、どれだけの威力が解き放たれたのか……恐怖心を後回しに、僕は発光が治まった直後に目を開いて、すぐに確認をした。
「天道君っ!」
最初に目に入ったのは、輝く両手を前に突き出した格好のまま立ち尽くす勇者と、その足元に仰向けに倒れ伏す天道君の姿。
黒い鎧姿になったのはやはり見間違いではなかったようだ。彼の体の各所には砕け散った黒い装甲が僅かに残っている。大半は砕け散っており、周囲に散らばった赤熱化した金属片のようなものが、ソレであったのだろうと推測できる。
倒れた天道君はぐったりとして動かない。勇者の放った光の灼熱と破壊力を真っ向から受けたのだ。ブスブスと煙を上げながら、黒焦げとなって転がっていた。
まさか、死んで————いや、かすかに胸元が上下している。呼吸をしている証拠。流石は天道君、凄まじいタフネス。彼はまだ、確かに生きている。
だがしかし、完全に戦闘不能。生きているのが奇跡なだけで、立ち上がることもできはしない。
不幸中の幸いにも、いいや、きっと蒼真悠斗へのトドメを止めたことへのケジメなのだろう。メイちゃんはダメージこそ負っているものの、まだ戦えるだけの体力は残されていた。
膝をついた彼女は、制服のあちこちが焼け落ちている。色々と防御用の魔法を付加した特別製だけど、あの様子ではもう全て機能停止といったところだろう。
でも天道君が庇ったから、この程度で済んだのだ。あの新しい必殺技は、とても強化制服の防御だけで耐えられる威力ではない。
もう一度アレを撃たれたらお終いだ。
だからこそ、先に手を打つ。
「頼んだ桜ちゃん、セカンドプランだ」
「言われずとも、すでに用意はできています」
すでに聖女の弓は引かれていた。
しかしその手に握るのは、長らくダンジョンサバイバルを共に戦い抜き強化を重ねた愛用の『聖女の大和弓』ではない。
それは漆黒の大弓。緩やかに弧を描く黒々とした長い角は、弦を引くに多大な力を要する。『黒角弓』は、天職『射手』を授かった桜井遠矢から鹵獲した一品であるが————これは『黒角弓』ではない。明確に異なることは一目瞭然。
髑髏だ。弓の握りにあたる部分に丸ごと人間の髑髏がついている。
黒一色に染まった髑髏は、ちょうどその側頭部から黒い大角が生えているように見える。さながらそれは、巨大な二本角を生やした悪魔の頭蓋骨といった様相。
硬く、重い、そして何より禍々しい黒き剛弓は、とても聖女には似合わない。けれどこれこそが蒼真桜へ与えた切り札。『聖天結界』の輝きを貫く、呪われし闇の黒弓。
『大黒桜・威天衝角』:『黒角弓』と『射手の髑髏』を融合させた呪いの弓。この弓には桜井遠矢の無念が確かに宿っている。今度こそ、愛する人を守れるように。
僕が『射手の髑髏』を使ったのは、ゴーマ王国に潜入する際に『隠密の杖』にした時だけである。扱えるスキルがどれも隠密系で、弓を使って攻撃する効果は何一つなかった以上は仕方がない。
別に『隠密の杖』だけでも潜入用装備として価値はあったのだけれど……僕は思い切って、新たな弓として錬成することにした。
『聖天結界』を破るのに最も効果的なのは、弱点属性と言うべき闇の力だ。それもただの闇属性ではなく、呪いの武器に由来する、よりヤバい感じの質の魔力である。
現状、これを普通に使えるのはメイちゃん愛用の『八つ裂き牛魔刀』だけ。折角、有効な属性が分かった以上、もう一つくらいは呪いの力が付与された武器が欲しい。
そうして限られた素材と時間の中でチャレンジした呪いの武器錬成計画————その唯一の成功例が、この『大黒桜・威天衝角』だ。
やはり『射手の髑髏』という本物の頭蓋骨を使ったのが成功の秘訣だろう。組み合わせたのも桜井君が愛用していた黒角弓だったというのもある。やはり呪いの武器を作るためには、素材の厳選が重要ということだ。
そうして完成した黒き呪いの弓を、桜ちゃんは『聖女』なのに、あるいは『聖女』だからこそなのか、見事に使いこなすことができた。
元々、弓道部として弓の扱いに長けていたことに加え、天職の力で弓術の補正も受けている桜ちゃんだ。これに加えて『射手の髑髏』は更なる力をこの弓の持ち手に与えてくれる。
「どうか、今だけは光を貫く闇の力を————」
祈るような言葉と共に、桜ちゃんが引き絞った漆黒の大弓は俄かにドス黒い禍々しいオーラを放つ。
この一撃に全てが掛かっている。そう覚悟を決めた桜ちゃんは、全身全霊でこの剛弓を引いているのだ。
ただでさえ、硬質な角の弓を引くのには常人を越えた腕力を要する。それでも彼女はしなやかな細腕で、ギリリと限界までその弦を引いてみせた。
弦を引くその白魚のような指からは、鮮血が零れ落ちている。そのまま指が刎ね飛んでもおかしくないほどの、凄まじい力がそこに掛かっているのだろう。
それでも桜ちゃんは眉一つ動かすことなく、どこまでも静かな表情で目標を見つめる。
番えた矢はこの一撃の為に誂えた、純正の黒鋼製。刻み込まれた闇の呪印が、弓が解き放つ呪いのオーラを吸収するように鏃へと収束させてゆく。
『深淵を覗く瞳』:果てる底無き暗闇の光景を意味する呪印。その深き闇の向こうに何があるのか。よく目を凝らせ。そこには確かに何者かが潜んでいる。深淵を覗く時————
光の守りを貫くため、濃密な呪いのオーラが一本の矢に集中した。鋭い直線に整形されている黒鋼の矢は、そこに纏うオーラによって陽炎のように揺らいで見えるほど。
限界まで力を集めただろう今この時、桜ちゃんの指から零れる血が矢へと伝ってゆく。ただ自然に流れたのではなく、自ら吸い上げる様に聖女の鮮血は鏃まで伸び、その先端を真紅に輝かせた。
刹那、ついに矢は放たれる。
「————『黒流星』」
射手の武技『流星』が、呪いのオーラによって黒染めとなった奥義だ。
桜ちゃん自身が習得した武技ではなく、この『大黒桜・威天衝角』でなければ放つことはできない、専用技である。
とても弓を放ったとは思えない轟音を立てて、黒い閃光を瞬かせて漆黒の矢が解き放たれた。
僕は勿論、近接戦闘を得意とする天職持ちでさえ、見切れないほどの速さであろう。ただ呪われし矢が放たれたことを示す、黒々と煙る流星の尾だけが虚空に残る。
たかだか数十メートルほどの距離を、瞬く間に駆け抜けた黒い流星は、
「————『天の星盾』」
勇者の盾によって阻まれる。
ちっ、やはり間に合ったか。
蒼真悠斗は『聖天を掴む神判の掌』とやらを放った反動で、両腕を突き出したままの格好で硬直していた。流石にこのレベルの大技になると、技後硬直を無視して即座に行動はできないようだ。
桜ちゃんの『黒流星』は完璧にこの隙を突いて放たれている。硬直しているから、こちらの大技が飛んで来ると分かっていても避けられない。
けれど、スキルの発動は間に合ってしまったようだ。
横合いから胴をぶち抜くはずだった『黒流星』を、眩い輝きと共に顕現した勇者の盾が真正面から受け止める。
ヤマタノオロチのブレスさえ防ぎきる最強の盾だが、漆黒に煙る呪われた矢は、そのど真ん中を見事に貫通していた。
だが、そこで止められている。鏃は盾の反対側まで貫いてみせたが、そこで威力の全て使い切ってしまっている。盾に突き刺さったまま、完全に矢は停止した。
「桃川、これがお前の切り札か。よくも桜に、こんな呪われた技を使わせたな」
光り輝く勇者の盾の向こうから、何故か桜ちゃんではなく僕を睨みつける蒼真悠斗である。
全く、過保護もここに極まるね。有効なら、なんかヤバそうな感じの呪いの技だって攻略の為に使うに決まっているだろう。
事実として、桜ちゃんの『黒流星』は見事にその役目を果たしてくれたのだから。
「今度こそ、これで終わりだ桃川————」
ついに蒼真悠斗の硬直が解けようとしている。
天道君は倒れ、メイちゃんも膝を屈している。『神判の腕』によって究極の腕を持つ勇者の戦闘力は些かも陰りがない。
そして乾坤一擲で放った桜ちゃんの『黒流星』も防がれた。勿論、こんな大技は連射などできない。
全ての手札は尽きた。そして蒼真悠斗には残った僕らを殲滅するに足る力が十分に残されている。
彼の硬直が解けるまで、もう1秒もない。その刹那の間で、勇者とクラスメイト達の勝敗は完全に決まる。
「ああ、これでやっと終わりだよ、蒼真悠斗」
「……なっ」
間の抜けた勇者の声が漏れる。
届いたからだ。硬直が解ける寸前、そのほんの僅かな隙が残っている内に、勝利の一撃が届いたのだ。
「な、夏川、さん……」
「ごめんね、蒼真君」
背後から忍び寄った『盗賊』の刃が、勇者の背中を貫いていた。




