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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第20章:外の世界へ
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第385話 クラスメイトVS勇者(3)

「————レイナ・A・綾瀬を囮に使う」

 隠し砦で勇者捕獲作戦について、天道君、委員長、桜ちゃん、の三人を招いた有識者会議にて、僕はそう切り出した。

「今やレムは、精巧な人間の姿を模した体を作ることが出来るし、流暢に喋って演技も出来る」

 そう、横道を騙した時のように。本気出して真似をしたレムの姿を見破ることは至難の業だ。

「勿論、レイナはすでに死んでいる。僕が殺したところを、蒼真君は目の当たりにしているんだから、騙されるはずがない。偽物だと一瞬でバレる」

 そんなことは百も承知。蒼真悠斗は都合のいい希望をすぐに信じがちではあるけれど、幾ら何でも実はレイナが生きていた、とは思うまい。

 こんなモノ、卑劣な呪術師である桃川小太郎が、自分を惑わすために用意した偽物の人形に過ぎないと、すぐに察するだろう。

「でも、レイナを見た瞬間、動きは絶対に止まる。もしも勇者の力が覚醒して、とんでもない超必殺技をぶっ放そうとする寸前だったとしてもね」

 本物そっくりなレイナが現れた、という一瞬の衝撃が重要なのだ。それでいい、それだけでいい。土壇場で勇者の行動を確定で縛れる、という手段を持つことに価値がある。

「そして何より、蒼真君にレイナは斬れない。たとえ、偽物だと分かっていても」

 勇者だから。あるいは、勇者だからこそ、とでも言うべきかな。

 蒼真悠斗、君はとても感情的にして繊細。ナイーブなんだ。こういうの、絶対に気にするよね。

 大切な幼馴染を失ったトラウマを、自ら抉るような真似、できるワケがないよねぇ?

「————というワケなんだけど、どうかな?」

 と、非常に分かりやすく語って見せれば案の定、桜ちゃんだけがキレ散らかして猛抗議をしてきたが……最終的には、この提案を飲ませた。

 天道君と委員長は、これの有効性を即座に理解してくれた。本当は桜ちゃんだって、絶対に通じると確信したはずだ。けれど、それを素直に認めるのはプライドが許さなかっただけのこと。いつものワガママだよね。

「それじゃあ、レムをよろしくね、桜ちゃん」

「はぁ……仕方ありませんね。分かりましたよ」

 紆余曲折を経て、レムを桜ちゃんに任せることに成功。

 桜ちゃんはレムを完璧なレイナに仕立て上げるための、演技指導を頼んだのだ。

 なにせ彼女はレイナの幼馴染。兄貴の蒼真悠斗が幼馴染なら、生まれた時からくっついている妹も当然、同様の関係を築けている。とはいえ、君にとっては大好きなお兄ちゃんに纏わりつく、目障りな存在だっただろうけど。

 どういう思いを抱いていたにせよ、この面子の中で最もレイナ・A・綾瀬という少女について知っているのは、桜ちゃんであることに違いはない。レイナの言動、雰囲気。こういう時にどんな顔をして、どんな素振りをするのか。

 桜ちゃんは常に蒼真悠斗の隣にいた。ならば蒼真悠斗が見ていたレイナと、桜ちゃんが見ていたレイナのイメージは一致する。桜ちゃんの記憶にあるレイナの姿が、そのまま蒼真悠斗にとってレイナの真実の姿となるのだ。

 レイナの偽物を作って蒼真悠斗を騙す、という作戦に置いて、桜ちゃん以上に演技指導に適任な者はいない。

 そうして幼女レムを桜ちゃんにつけて、四六時中一緒にいさせることにした。勿論、きちんと時間を取って、レイナを演じるにあたっての練習や座学も行われていた。

 桜ちゃんのスマホに残っていた、レイナの画像を見た時なんて、僕もしんみりしたものだ。ああ、この無邪気で純粋な笑顔を浮かべる少女を、僕がこの手で殺したんだなと。純粋であるが故に、自らの悪意にすら気づかず仲間を破滅へ導いたメスガキを、僕が殺してやった。

 レイナは強敵だった。最後の最後で蒼真悠斗に永遠に恨まれるほどの因縁まで残してくれやがったが……今回は、いや、今度こそ、お前を僕が利用してやる番だ。

「————ユウくん」

 煌めくブロンドヘアの愛らしいツインテールが揺れる。円らな青い瞳は大粒のサファイアのようにキラキラと光り、幼い美貌をより魅力的に輝かせた。

 小さな体。守ってあげたくなるような、小さく華奢な美少女。

 今まさに在りし日のレイナ・A・綾瀬は、蒼真悠斗の記憶にある通りの完璧な姿でもって現れた。

「れ、レイナ……」

 果たして、効果は抜群だ。

 本当に勇者の力を覚醒させて、とんでもない超必殺技を振り下ろそうというその瞬間にも関わらず、蒼真悠斗は手を止めた。

「かかったな、馬鹿め」

 思わず口に出てしまう。まさか、本当に引っかかるとは。

 けれど、この策を成功に導いたのは決して蒼真悠斗の間抜けだけが理由ではない。下らないセンチメンタルな感情につけ込んだ不確定な作戦だけれど、それでも全員が力を尽くして成立させたのだ。

 主演女優賞はレイナ役のレム。監督賞は熱心な演技指導をしてくれた桜ちゃん。

 けれどこの素晴らしい舞台を作り上げるための裏方として欠かせないのは、委員長である。

 有識者会議でレムを桜ちゃんに託した後、僕は委員長に一つお願いをした。

「『幻影氷像アイズ・ミラージュ』を習得して欲しい」

 それは氷魔法の一種。『氷霧アイズ・ミスト』という氷属性の煙幕みたいな下級魔法と併用して発動させる、幻影を映し出す魔法だ。

 今ではもうずいぶんと昔に思えるが……このダンジョンで初めて横道とエンカウントした時、アイツは自らの能力を自信満々に語り、そして捕食した長江さんから『氷霧アイズミスト』と『幻影氷像アイズ・ミラージュ』を習得し、実演までしてくれた。

 長江さんはこの二つを使うことで、モンスターとの戦闘を徹底的に避けて進んでいた、とは横道の言である。僕が覚えている彼女の性格からしても、間違いないだろう。

 でも残念ながらというか、不運というべきか、長江有希子はクラスで唯一、僕と同じ文芸部に所属する、大人しくて影が薄い、でも実は意外と美少女という、陰キャ好みの絶妙な女子であった。でも実はクラスを代表するクソDQN樋口と付き合っていたという、脳破壊スキルを持つ特大地雷みたいな子である。

 だから横道は喰ったのだろう。恐らく『食人鬼』という最悪の眷属へと覚醒する原因になったのではないかと僕は推測しているが……真実は闇に葬ったままでいいだろう。

 重要なのは『氷霧アイズ・ミスト』という目くらましと、『幻影氷像アイズ・ミラージュ』という幻覚効果を発揮する氷魔法が存在しているということ。

 幻覚系の魔法は、僕も『虚ろ写し』を持っているけれど、想定される状況においてはあまり効果的ではない。

 この作戦で必要不可欠な演出は、いざという時、いきなり目の前にレイナを立たせる、ということだ。

 僕が長々と気合の入った詠唱をして、混沌沼の召喚陣からレイナに化けたレムを呼び出すシーンを、断じて蒼真悠斗に見せるワケにはいかない。幾ら何でもここを見られれば、最初から偽物の人形だと割り切って動いてしまう。

 むしろ、よくもレイナを弄びやがって、と怒り心頭で後先考えずに僕を殺しに来るかもしれない。『痛み返し』の相打ちエンドは絶対に回避だ。

 そう、勇者が思わず必殺技を止めてしまうほどインパクトのある見せ方をするためには何が何でも、突然目の前に現れる、という演出が必要なのだ。

 召喚するところを見られてもダメ。遠くからトコトコ歩いて来るところを見られてもダメ。初見のインパクトを損なう登場シーンはNGなのである。

 そこで必要になるのが『幻影氷像アイズ・ミラージュ』だ。これの効果で寸前まで蒼真悠斗にレイナの姿を隠し、誤魔化す。

 どうして委員長が無理を推してでも、勇者相手にはノーダメージの『薄氷矢グラス・サギタ』を撃ち続けていたか。それは『氷霧アイズ・ミスト』を悟られることなく展開するためだ。

薄氷矢グラス・サギタ』は元々、キナコを拘束する氷漬けの封印を発動させるために、自身の魔力が通った氷の破片を対象付近に散布することを目的とした、攻撃魔法ではなくサポート魔法のようなものだ。

再凍結リフリーズ』で凍らせれば相手を氷結させることが出来るが、逆にさらに細かく散らして『氷霧アイズ・ミスト』として広げることもできる。

 残り少ない魔力で、少しでも注意を逸らすことができれば……なんて涙ぐましい努力で、委員長がこの戦場に立っていたと、蒼真悠斗なら思ったことだろう。

 自分にダメージを通すことなどできはしない、とタカを括った結果がこのザマだ。結局、ついに勇者は委員長の意図に気づくことなく、十分に氷の霧を広げるために『薄氷矢グラス・サギタ』の連打を許したのだ。

 そうしてメイちゃんが『ベルセルク✕』を使ってまで時間を稼いでくれたお陰で、ついに舞台は整った。『氷霧アイズ・ミスト』は十分に広がった。

 魔法で作られた氷の霧だが、空気より比重が重いことに変わりはないせいで下の方から濃く溜まって行く。すでに腰元から下は冷たい濃霧に満たされており、それより上も薄っすらと靄がかかったような視界不良となっている。幻を見せるには、程よい環境だ。

 僕が満を持してレイナの姿を模したレムを呼び出すと同時に、委員長の『幻影氷像アイズ・ミラージュ』が発動する。

 数こそ減ったが、まだまだスケルトンとハイゾンビは群れている。委員長にレイナをスケルトンに見えるよう幻影をかけ、さらに視界不良の濃い霧に紛れる様に進ませた。

 幸いなのは、蒼真悠斗が超必殺技を発動するにあたり、自らの周囲に激しい炎と雷の嵐を巻き起こしたことだ。コレによって遠距離攻撃で妨害されることは防げるだろうが、奴がこちら側の動きを視認することも難しくなった。

 こんなことなら霧が満ちるまで待たなくても……と思ったが、万全を期すためにはやはり必要な事だったと割り切る。

 そうしてちょうどいいタイミングで炎と雷も聖剣に込めて、全ての力を集めたところで————さぁ、愛しのレイナちゃんとのご対面というワケだ。

「ユウくん、もうやめて……」

 まるで我を忘れて暴走した主人公を体を張って止めようかというほどに、絶妙な悲哀の表情を浮かべて、レイナが蒼真悠斗へと抱き着く。

 それを蒼真悠斗は、必殺の力が宿る聖剣を振り上げたまま、どこまでも無防備に受け入れた。

 えっ、ウソでしょ、まだ偽物だって気づいてないの? 流石にこの瞬間にはもう迷いを振り切って攻撃に移ると思っていたけれど……本当に君って奴は、度し難いほどに甘っちょろいね。

「レイナ、すまない、俺は————」

 ああ、もういいよ。君の懺悔の言葉なんて、便所の落書きと同じくらい無意味なんだから。

 勇者を倒すための隙は、もう十分に作らせてもらったよ。

「————『黒凪』」

 会心の一撃。

 研ぎ澄まされた殺意が可視化したように、漆黒の一閃が勇者の体を薙いだ。

「……えっ、あ」

 間の抜けた声と共に、ついに鮮血が勇者の体から吹き上がる。

 偽物の幼馴染に抱き着かれて、まんまと動きを止めたところに襲い掛かったのは、下に溜まった濃密な霧の中で獲物を狙う猛獣のように身を伏せていたメイちゃんだ。

 みんなの力を合わせて作り出した、僅かな、けれど致命的な隙を、限界突破の力を発揮する狂戦士が完璧なタイミングで襲い掛かった。

 完全に在りし日の思い出に囚われている愚かな勇者に、それを避けることも、防ぐことも叶わない。

 ああ、本当に馬鹿だね、蒼真悠斗。君はまたしても、目の前でむざむざとレイナを殺されるんだ。

「ああぁ……レイ、ナ……」

 メイちゃんの『黒凪』は逆袈裟懸けに放たれている。霧の中に伏せる姿勢だったので、下から上へと斬り上げる軌道となった。しっかりと握りしめた『八つ裂き牛魔刀』は、勇者の身を守る『煌の霊装アストラルメイル』の胴鎧を断ち、呪いの刃をその身に届かせる。

 そして勇者には真正面から抱き着いている、小さな幼馴染がいる。たとえこの瞬間に、迫るメイちゃんの脅威を察したとしても、無駄だ。

 君は絶対に抱き着くレイナを見捨てることはできない。たとえ偽物と分かっていても。これほどまでに精巧に作られ、記憶にある通りの言動で、表情で、リアルに動く姿の彼女を手放すことはできないだろう。

 目の前に現れたレイナの姿は、勇者の注意と攻撃を止めるためのもの。

 そして抱き着くレイナは、回避も防御も許さず蒼真悠斗を縛り付ける拘束具だ。

 ああ、そういえば剣崎、お前も似たようなことをやったみたいだね。完全に追い詰められた土壇場で、メイちゃんに一太刀くれてやったんだろう? 中嶋陽真はそれほどまでに効果的な囮となってくれたワケだ。

 でもね剣崎、こういうのは咄嗟にやるから負けフラグなんだよ。いいかい、人質を利用する時は計画的に。徹底的に相手の心理につけ込んで、最大限の効果を、致命的な隙を作り出すよう立ち回る。そしてその隙を活かして勝負を決める一撃を叩き込むんだ。

 剣崎の敗因は、中嶋という唯一無二の逆転要素を活かし切れず無為に消費したこと。

 でも僕らは違う。徹頭徹尾、レイナという蒼真悠斗に対する弱点を活用できるよう、周到に準備し、練習を重ねて、本番に臨んだ。戦争は戦う前に勝敗が決まっているって、こういうことを言うんだね。

 そうして全ての計画通りに、メイちゃんは見事にレイナ諸共、斬り捨てたのであった。

「そんな……俺は、また……」

 また、守れなかったねぇ?

 でもそんなこと気にする必要はないよ。だって僕らはもう、桜ちゃんでさえ、もう君の庇護を必要としてはいないのだから。

「蒼真悠斗、お前はもういらない。クソ女神の操り人形と化した勇者なんて、いらないんだよ」

 胸元から激しい血飛沫を上げてよろめく勇者と、黒い魔力の粒子を噴き上げて真っ二つになって崩れ落ちたレイナの姿を眺めながら、僕はそう呟いた。

「お、俺は……俺はっ、ぁあああああああああああああああっ!!」

 だが一刀両断の即死は免れ、いまだ戦う力を残す勇者は、その感情のままに振り上げていたままだった超必殺技、『聖天に輝く勇者の剣エルシオンセイバー』をついに解き放とうとする。

 絶大な破壊力を秘めた、天を衝くほどの巨大な光の刃が傾き、

「終わりだぜ、悠斗。テメーの負けだ」

 王の無慈悲な一閃が、勇者の剣を握る両腕を斬り飛ばした。

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[一言] 小太郎が勇者だろもう
[良い点] やったぜ!! [一言] ついにクソ勇者撃沈、またまた覚醒で切り抜けるとかだったら萎えたけどこれはテンション上がるわ最高 あとはクソ賢者だけだな頼むぞ小太郎
[一言] クソガキがようやく沈黙か 長かったな 桜ちゃんどっかで余計なムーブするかと思ったけど最後まできっちり容赦なく戦ったあたりマジで成長したなぁ クソ兄貴から引き離したら即成長とかホンマクソやな …
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