第384話 クラスメイトVS勇者(2)
「————馬鹿だなぁ、蒼真悠斗。僕が学園塔で何人分の働きをしていたか、忘れたのかい? もう分身してるに決まってるじゃん」
と、ドヤ顔で言い放っている僕だけれど、内心冷や汗は止まらない。
僕の首を狙いに来た判断は大正解だ。僕が脱落した時点で、クラスメイト集合による勇者包囲網は崩壊してしまう。
そして今の僕は本体を奴の前へと晒している。桜ちゃんとニセコーンに相乗りしてやって来た僕は本物だ。
でも目隠し代わりのアンデッド軍団を湧かせた時点で、コソっと『双影』を最大展開して出来る限りの身代わりを用意。勇者の直感は鋭いが、僕の分身を見分けることは出来ない。
的中率100%で見分けられるのはメイちゃんだけ。愛ですよ、愛。蒼真悠斗、テメーにゃ無理だね。
だが分身も十全に動かすには数が限られる。本物と見分けがつかない演技をさせて稼働できるのは三体。本物と合わせて四人の僕が場に存在することとなるが、当てずっぽうでも的中率は25%だ。これ絶対一発で当たるやつ……というワケで、とても安心できる万全の態勢ではない。
今、蒼真悠斗が引っかかってくれたのは、最初の僕の立ち位置に向かって来てくれただけのことで、次からは分身混じりでいることを踏まえた上で行動してくる。
「どこまでも、小賢しい真似をする————『蒼炎波』、『蒼雷衝』」
ああー、いけませんお客様、範囲攻撃魔法はいけません!
どれが本物か分からないなら、まとめて一掃すればええやん、の脳筋解答を押し付けられるのがやっぱ一番困るんだよね。
アンデッド軍団はみんなの姿を隠すという役目が一番というか、マジでそれくらいしか勇者相手に通用しないので、まとめて数が減らされるとその存在意義が失われる。タンクはタフだが、スケルトンは貧弱でハイゾンビもそこまで頑丈ではない。範囲攻撃で一掃は本当にやめて。
「私が抑えます————『輝光防壁』」
「ナイスフォローだ、桜ちゃん」
本来なら杏子、委員長、桜ちゃん、と三人も上級防御範囲魔法を使いこなせる魔術師クラスが揃っているのだが、今は十全に防御ができるのも桜ちゃんのみ。委員長には、まだ倒れてもらったら困る。無理はさせられない。
桜ちゃんが放った光の矢は、勇者が放つ火炎と雷撃が広がり切る前に炸裂し、大きな光の壁を形成する。何体かのアンデッドは青い炎と雷の前に浄化されるようにあっけなく消滅させられたが、聖女の守りによってそれ以上は食い止められた。
あと、さりげに天道君も防御魔法を張ってくれていた。いやぁ、仲間がしっかり作戦を理解してくれていると、助かるね。
「自分も小賢しい立ち回りしてるくせに」
範囲攻撃魔法によるアンデッド一掃は桜ちゃんのフォローで何とか防ぐことはできるが、それでも勇者が縦横無尽に走り回り攻撃を続けていれば、着実に数は削られてゆく。
実際に蒼真悠斗を直接的に止めることができる力を持つのは、メイちゃんと天道君の二人であることに変わりはない。この二人に狙われつつも、攻撃を凌ぐことに徹していれば、他の雑魚を片付けるくらいの動きはできる。
蒼真悠斗はひとまず邪魔な奴らから片づける方向にシフトしたようだ。僕が無限に召喚は出来ない、とも踏んでいるだろう。
だからこそ、僕はまだまだ幾らでも出せますよ、という顔で召喚を続けなければならない。そろそろ在庫のコアが尽きようとしていてもだ。
ここで召喚速度を落とせば、節約しなければならないほどにまで削り切っている、と蒼真悠斗は確信する。そうなれば、さらに雑魚狩り速度が増すだろう。
それはマズい。全力を注いでアンデッドを始末するほどにまでは決めきれていない、良くも悪くも現状維持を選んでいるから、まだこちらが優勢のように見える拮抗状態になっているのだ。
そう、今の状況は言うほど優勢でもない。
僕と桜ちゃん、委員長と夏川さん、四人もの増援を加えたことで、蒼真悠斗は完全に翻弄されて劣勢に陥っているように思えるが、実はそれほどのアドバンテージは取れていないのである。
だってコイツ、まず硬い。回復するボスはクソだけど、ただただ硬くてダメージ通らないボスも普通にクソなんだよね。
参戦した僕ら四人は当然のことながら、勇者の鎧を纏った奴にほとんどロクにダメージを通すことができない。委員長なんかマジでもうホントに魔力カツカツで、気合と根性だけで戦っているようなものだし。
強いて可能性があるのは桜ちゃんと夏川さんだが、それだってスーパーエースほどの火力はない。よほどのクリティカルヒットでなければ防がれるし、勇者がそんなラッキーヒットを許すとも思えない。
それに桜ちゃんは、範囲攻撃魔法を止める方にも手を割かれているから、攻撃に集中することも難しい状況にある。
よって、僕らに出来ることは相変わらず最前線で一番体を張ってくれるメイちゃんと天道君の二人を、どれだけ活かすことができるかというサポートのみ。
そしていよいよリソースが底を突きかけている僕らに出来ることは限られている。小鳥遊も、アレで死んではいないし、復帰されればお終いだ。早めに勝負を決めなければいけないが、
「いや、まだだ……まだ、あともう少しは……」
勇者を倒し切るための仕込みは、まだ完了していない。
けれど、着実にアンデッドの数が減り続けている。このままの補充速度では追いつかないほどに。
あと一分もしない内に、この均衡も崩れてしまう。一度でもこちらが押されて後手に回ってしまえば、挽回しきれないだろう。
だが焦って事を仕損じれば、本当に打つ手が無くなる。
何か、あともう一手いる。この僅かな時間を凌ぐための一手が。
「————小太郎くん、私に任せて」
瞬間、僕の傍を通り過ぎて行ったメイちゃんが呟いた。
ああ、流石はメイちゃんだ。土壇場で頼れる、僕の守護神。
「頼んだよ、メイちゃん————行けっ、タンク! 一気に押し潰せっ!!」
号令一下、消耗を惜しんでいたタンク全てを費やし突撃させる。
かなりのタフネスを誇る巨躯のタンクは、後衛となる僕と分身、委員長と桜ちゃんにそれぞれつける配置としていた。僕を含めて後衛の誰かに勇者が肉薄しても、タンクがいれば数秒の時間稼ぎは可能。それだけあれば、エース二人が背後を狙えるだけの隙となる。
それを分かって蒼真悠斗も無理に後衛を狙って突っ込んでくることは控えていたが、今こそ守りの要、タンクを動かす時だ。
「ふん、勝負を焦ったな、桃川」
後衛の守りを離れて真っ直ぐ突っ込んでくる合計六体ものタンクを前に、勇者は余裕の表情で迎撃の構えを取った。
ついに僕の召喚獣が限界を迎えて、頭数が揃っている内に最後の総攻撃に賭ける、といった予想なのだろう。実際、ここでタンク全てが倒れれば、後は続かない。
だが、それでいい。勝負はここで決まる。後のことは、気にしなくていい。
「『三裂閃』」
光り輝く二刀を振るって、勇者は華麗にタンクの巨躯を容易く切り裂いた。本来の刀身よりも光の刃によって長く伸びた聖剣が、頑強な肉体を深々と斬る。
だが強力な武技を受けても、一撃でタンクは沈まない。攻撃できなくてもいい。振り上げた拳が、届かなくてもいい。
ただそこに、勇者の前に立ちはだかっているだけで、彼らは十分過ぎるほどに役目を果たしてくれた。
「これでデカブツも打ち止めか?」
時間にすれば十秒もかかっていないだろう。六体目のタンクがバラバラに切り裂かれ、血肉と魔力を撒き散らして床に沈む。
悠々と二刀を構え直した勇者に、僕は応えた。
「もういらない。後はメイちゃんが何とかしてくれるから」
ほらほら、僕に勝ち誇った顔なんか向けてないで、本命に集中しないと。
ちょうどメイちゃんが、空っぽになったポーション瓶をポイ捨てしているところであった。
「回復を……いや違う、コレは……」
タンクの突撃は、メイちゃんが飲むためだけの時間稼ぎが目的だ。
迫り来るタンクの巨躯はポーション瓶を取り出す姿から隠し、適量を飲み干すまでの僅かな時間、けれど確かな隙を埋めるために、勇者の前へと立ち続けた。
そうして勇者がカッコつけてタンクを思う様に切り伏せている間に、無事にメイちゃんは飲み切った。
その手から放られたポーション瓶には、デカデカと『ベルセルクX』と書かれたラベルが張られていた。
「ドーピングかっ!」
「はぁああああああああああああああああああっ!!」
狂戦士の切り札を、ここで切る。
怒涛のように真っ赤なオーラを全身から噴き出して、メイちゃんが突撃を仕掛ける。
「やあっ!」
「ぐっ、な、なんてパワーだ!」
真正面から勇者と切り結べば、溢れ出るパワーで押し切る。
狂戦士がさらに一歩踏み込み、勇者は一歩後退った。
「まさか『煌の霊装』の強化を上回るほどとは……一体どれだけ危険なクスリを」
メイちゃんじゃなければ死ぬレベルの劇薬だよ。
でもね、今のお前にはそんなこと気にしていられる暇はないだろう。
「とうとう双葉が本気出したか。ここが勝負どころだな」
「涼子、美波、このまま一気に行きます!」
蒼真悠斗、お前は小鳥遊を除いたクラスメイト全員を敵に回したんだ。最大強化がかかったメイちゃん一人だけでなく、他のみんなにもお前は対応しなければならない。
猛り狂う嵐のように迫る狂戦士を前に、左右と後ろからは王剣と攻撃魔法が飛んで来る。これまでとは、威力も殺意も違う。さぁ、凌いで見せろよ勇者様。
「うぉおおおおおおおお————『勇双剣嵐』っ!!」
勇者の纏う鎧が一際に強く青白い輝きを放ちながら、連撃武技を、それも上段の『無双剣舞』を越える専用技みたいなのを発動させた。
僕の目ではとても追えない。途轍もない速さで神々しい青い剣閃が瞬く。まるで全方位を切り裂く斬撃の結界だ。
無数の青い軌跡が剣の間合いへ描き出され、近づく全ての攻撃を弾く。
けれど、その圧倒的な勇者の武技を前にしても、真っ赤に燃える狂戦士は止まらない。
「————剣崎流、『乱れ裂き・椿』」
繰り出したのは、あの剣崎明日那が使っていた流派の技。この剣と魔法の異世界で、武技にまで昇華された本物の剣術だ。
そういえばメイちゃん、剣崎対策のためにかなり真剣に剣崎流を研究していたよね。僕も出来る限り付き合ったよ。桜ちゃんから剣崎流について色々と聞き取り調査なんかもしたし。
剣崎の女郎はどうしようもないクズに成り下がった果てに、無残な死を迎えたが……剣崎流剣術の力は本物だ。
限界まで強化されたフルスペックの狂戦士がその技を使えば、勇者の専用武技とだって真っ向から斬り合えるのだから。
「ぐぉおおおお……」
「————やぁっ!!」
壮絶な連撃の応酬。その終わりに最後の一撃がぶつかり合い、膨大な力が弾ける。
蒼白に彩られた聖なる輝きを放つ勇者と、狂気に塗れた紅と呪いの黒が煙る狂戦士。相反する力は反発するように衝撃波となって爆ぜた。
その爆風に乗るように、メイちゃんも蒼真悠斗も互いに下がる。
再び開いた間合い。武技を放った後の硬直にメイちゃんが止まる。だが、勇者は『煌の霊装』の力によって、技後硬直を無視して即座に動き出す。
その僅かな、けれど確かなアドバンテージが、武技の打ち終わりを狙って襲った天道君と夏川さんの挟撃に対応して見せた。
「もっとだ……もっと、俺に力を……」
瞬間、振り上げたのは聖剣ではなく、魔法剣たる『聖火蒼雷』。
高々と掲げられた刀身は神々しい輝きを放ちながら、直後に振り下ろされる。ただの唐竹割りではなく、逆手に握って真下を突き刺す動きだ。
キィン、と澄んだ音を立てて綺麗に真っ直ぐ突き立てられた『聖火蒼雷』は、その刀身から青い炎と青い雷を————いや違う、これはもう蒼い嵐だ。
迸る蒼炎は轟々と吹き荒れるように渦巻き、勇者を中心に屹立する火炎竜巻と化す。荒れ狂う炎に入り混じって、無数の蒼雷が閃く。
恐らく防御魔法なのだろうが、炎と雷が激しく轟く様は上級攻撃魔法を越える威力を発揮しているだろう。
蒼真悠斗の周囲に渦巻く蒼炎雷の嵐の結界を前にしては。流石に天道君も夏川さんもそれ以上は踏み込めない。
桜ちゃんの攻撃と、魔法攻撃に切り替えた天道君、それからヤケクソのようにナイフを投げつけた夏川さんだが……やはり、蒼き嵐を貫くには至らない。
まずい、奴に大技を放つ溜め時間を与えてしまった。
「……みんなを救う、勇者の力を!」
吹き荒れる嵐の中心で、勇者が聖剣を掲げた。
振り上げられた『光の聖剣』は天を衝くが如き勢いで、眩く輝く光の刀身を伸ばしてゆく。もう刃の域を超えて、柱のような巨大さだ。
間違いなく、これまで見て来た中でも最大級の光刃が形成されている。
「この一撃で、終わらせる————」
さらには、聳え立つ光の柱へ吸い寄せられるように、吹き荒れている蒼い嵐が収束してゆく。
一体、どれだけの力がその刃へ込められているのか。瞬く間に嵐を吸収した光の剣からは、肌が焦げそうなほど熱く刺激する強力な魔力の気配と、ゾっと背筋が凍り付く絶望的な威力の予感が走る。
コレが、こんなモノが振り下ろされれば、一体どれだけの威力を叩き出す。この期に及んで超必殺技を解放とは。
ああ、蒼真悠斗、お前って奴はどこまでも————間の悪い奴だよ。
「————『聖天に輝く勇者の剣』」
全ての準備は整った。
それじゃあ、感動の再会と行こうか。涙を流して喜んでくれよ、勇者様。
「————ユウくん」
鈴を転がすような愛らしい少女の声が、圧倒的な破壊力を今まさに解き放とうとした勇者の目の前で響く。
それだけで、ただそれだけで、すでに動き始めたはずだった超必殺技が、止まる。止めざるを得ない。
蒼真悠斗は驚愕に目を見開いて、彼女の名を呼んだ。
「れ、レイナ……」




