第37話 剣崎明日那と小鳥遊小鳥
「はぁ……はぁ……仇はとったぞ、宏樹……」
おびただしい数のゴーマの躯が転がる。その死体の山の頂で、妖刀を持ったボスゴーマは光の粒子と化して散っていった。
習得スキル
『反撃』:近距離攻撃に対する反応強化。極めれば、刃も炎も弾く。
『反射』:遠距離攻撃に対する反応強化。極めれば、矢も雷も弾く。
『一の正拳』:蒼真流武闘術の格闘技の基礎。繰り出される拳は、速く、重く。
獲得スキル
『大断』:打撃攻撃力強化。重い一撃が、敵を打つ。
『狂化』:状態異常『狂化』を自らにかける。理性と痛覚を失う代わりに、圧倒的なパワーを得るだろう。
脳裏に刻み込まれる、新たなる力の情報。能力だけでなく、俺自身の肉体も、さながらRPGでレベルアップするかのように、力が満ちてくる。
こんなにボロボロになってしまったのに、力が湧いてくるとは、ちょっと自分でも不安になる感覚だな。
「兄さん、大丈夫ですかっ!」
「ああ、何とかな。俺はいいから、他のみんなを先に回復――」
「何を言っているんですか! そんなに傷だらけになってる兄さんが最優先に決まってます!」
致命傷ってほど深手は負ってないから、別に大丈夫なんだが。確かに、あちこち刀傷を受けたから、ちょっと派手に血塗れになって痛そうには見えるかもしれないけど。まぁ、実際、痛いんだけど、我慢できないほどじゃない。
「本当に、無茶ばかりするんですから、兄さんは――『癒しの輝き(ヒーリングライト)』」
桜が手をかざすと、ぼんやりと淡い白光が体を包み込んで行く。うわ、何だコレ、温かくて、気持ちいい。温泉に浸かってるみたいだ、とか言ったら、失礼なんだろうか。
「悪い、心配かけてしまったな。自分でも、無様な戦いぶりだと思うよ」
心の底から反省すべき、怒りの感情だけに任せた、酷い戦い方だった。もし、あのボスゴーマに少しでも剣術家としての心得があったなら、簡単につけこまれていただろう。コイツがただ自分の優れたパワーと妖刀の切れ味に頼った稚拙な立ち回りだったから、どうにか勢いで押し勝てただけのようなものだ。
「いや、親友の死を目の当たりにしてしまったのだ。少しばかり、我を忘れてしまうのは仕方ないだろう……それに、蒼真が代わりに怒ってくれたお蔭で、私は冷静に立ち回れた」
「ありがとう、明日那がいなかったら、アイツに負けていた。いや、他のみんなも同じだ。一人でも欠けていたら、俺は――」
「にはは、私達は仲間なんだから、助け合うのは当然だよっ!」
「ええ、悠斗君にばかり、負担はかけさせられないしね」
ボスゴーマと戦い始めれば、奴は俺達の力を危険と判断したのか、すぐに周囲で様子見に徹していた群れをけしかけてきた。熾烈な大乱戦を生き抜けたのは、仲間全員の協力があってこそ。
桜の光の矢がゴーマを散らし、委員長が氷の壁で分断。俺が出来る限りボスゴーマと一対一で戦える状況を作り出してくれていた。夏川さんは、現状で戦力になれない小鳥遊さんを上手く連れて、後衛の元まで護衛してくれたし、明日那は俺を狙う雑魚を排除し、場合によってはボスゴーマにも攻撃を仕掛けていた。
どこかで一歩間違えれば、誰が死んでもおかしくないギリギリの戦況だった……けど、こうして無事に勝利できて、良かった。
「それでも、もう少し俺が冷静になれていれば、もっと安全に戦えたかもしれない」
「反省するのは、後でもいいだろう。今は素直に、勝利を喜べ。そして、高坂のために、祈ってやろう」
明日那の言葉に、俺は気付かされる。ボスゴーマと戦っていた時の怒りはすでに引いていき、その代わりに押し寄せてくるのは、大切な親友を失った、悲しみだけだった。
「ああ、そう、だな……」
ボスゴーマと戦闘した大広間は、どうやら俗にいう『ボス部屋』と呼ぶべきものであった。広間の奥には転移用の魔法陣があり、ボスゴーマから獲得したコアを消費して、先のエリアに飛ばされるという仕組みだ。『天送門』とやらを使う前に、こうして空間を一瞬で移動するワープを体験したお蔭で、脱出用魔法陣の有用性もより信じられるといった感じだ。
幸い、飛ばされた先はいきなり魔物の群れがいる危険なエリアではなく、妖精広場だった。そこで俺達は休息を、というより、心の整理をつけたのだった。
「それにしても、『光の守り手』にこんな使い方があるとは」
「私も、まさかこんなに上手くいくとは思わなかったです」
ちょっと困惑したような桜の前にあるのは、神聖な白い輝きを発する、美しい刀。そう、これはあのボスゴーマが振るっていた妖刀である。
赤いオーラを発して、如何にも呪いの武器といった感じで、実際に触ってみると、凄まじい悪寒に襲われ、とてもマトモに扱えないというのだけは理解できた。
けれど、この凄い刀をそのまま捨て置くのはもったいないと思い、ダメ元で『光の守り手』をかけてみれば……
「うん、やっぱり今は大丈夫そうだな」
試しに振るってみても、ごく普通の刀――というには、大きさの割に随分と軽く感じるが、ともかく、異常はない。これならいけそうだ。
「効果が切れても、そのままならいいんですけど」
「ダメだったら、その時はその時で」
とはいうものの、少し時間が経てば効果は終了し、すぐに答えは出る。
結論からいうと、大丈夫だった。この刀は浄化されたように、赤いオーラを発することはなくなった。『光の守り手』が切れると、白い光は消えるものの、見た目は普通の刀へとなるだけ。手にして振ってみても、何の問題もなかった。最早、妖刀ではなく、立派な業物というべき。完全に呪いが解かれた、ということだろう。
「この刀は明日那が使ってくれよ」
「何を言っているんだ、アイツを倒したのは蒼真だろう。なら、それは蒼真が持つべき、戦利品だ」
「確かに、俺もこの刀を使いたいのはやまやまなんだけど、明日那はさっきの戦いで、剣をダメにしているだろ? 俺はこの長剣がまだ大丈夫だし。それに、これまで使ってきて、もうかなり慣れて来たから、あまり、他の武器に変えたくないんだよ」
「し、しかしだな……」
男らしい性格、といったら失礼かもしれないが、義を重んじる堅苦しい性格の明日那からすれば、素直に受け取りずらいだろう。そんな彼女の気持ちを察してフォローに入ったのは、やはりというべきか、我らが委員長である。
「悠斗君もこう言っていることだし、ここは素直に受け取りなさい、明日那。私達はもう、一つのチームなんだから、装備を適切に配分するのは大切なことよ」
「確かに、私の力と天職ならば、この刀を存分に振るえるだろうが……」
「だったら、この先の戦いで活躍してくれれば、それでいい話よ。まだまだダンジョンは続くだろうし、これから、より強力な魔物も現れるはず。だから、『双剣士』の明日那には、頑張ってもらわないと。頼りにしてるんだから」
「ふふっ、そこまで言われてしまっては、受け取らないわけにはいかないな。期待には、必ず応えてみせよう」
委員長の説得により、ようやく明日那も納得してくれたようだ。
「では、蒼真、この刀はありがたく、使わせてもらう」
「ああ、俺と一緒に、みんなを守るために、頑張ろう」
最大の戦利品の分配も終わったところで、改めて俺達は、新たに仲間に加わった明日那と小鳥遊さんから、これまでの詳しい事情を聞くことになった。
「さっきの戦いですでに知っていると思うが、私の天職は『双剣士』だ」
「ねぇねぇ、それって『剣士』とどう違うの? やっぱり二刀流なの?」
「ああ、その通りだ」
夏川さんの素朴な疑問はそのまま的中のようだ。なるほど、二刀流だから、長剣と短剣を持っていたのか。
「剣が一本しかないと、どうなるんだ?」
「別に能力が使えなくなるわけじゃない。天職のお蔭で、本来の能力そのものを底上げしているようにも感じるから、未熟な私でも、今は達人級の腕前だ」
いや、元から明日那は強かっただろう。達人を名乗るほど自惚れてはいないが、少なくとも、一般的な高校生としては破格の能力を誇っている。
けど、それも剣術の名門、剣崎家の一人娘となれば、当たり前かもしれない。こと剣術に限れば、俺よりも厳しいしごきを彼女は受けているだろうから。実際、ルール無用で真剣勝負を明日那とすれば、鍛錬を積んだ男の俺でも、絶対に勝てるとは言えない。恐らく、勝負は時の運によって決する。つまり、五分五分。剣さえ持っていれば、剣崎明日那は日本で一番強い女子高生じゃないかと、俺は思っている。
ちなみに、強さは置いておくとしても、明日那はかなりの美人でもある。切れ長の鋭いクールな目元に、きりっと凛々しい顔立ちは男女ともに人気。いや、若干、女子の人気が勝るかというほど。背は170センチを超えるほどの長身で、彼女より大きい女子はウチのクラスでは双葉さんとバレー部の木崎さんくらいだ。それでいて、スラリと伸びた手足は日ごろの鍛錬から引き締まっており、出るところは出た、女性らしいボディラインを描く。
美しい容姿にモデルのような抜群のスタイルを誇る明日那が、モテないはずがない。宏樹が惚れるのも当たり前だろう。けど、恋のライバルとして、明日那をお姉さまと慕う女の子達と醜い小競り合いを繰り広げるのは、ちょっとどうかと思ったけど。
まぁ、そういうイザコザを、俺もあんまり馬鹿にはできないか。
一年の時に、うっかり明日那の勘違いから勝負をしかけられて、これまたうっかり彼女を打ち負かしてしまったものだから、「私を倒した以上、お前を婚約者として認めよう」とか謎の剣崎家ルールを持ち出されて、一悶着あったりしたもんだ。
いくらなんでも、現代日本で剣の勝負で結婚相手を決めるのはいかがなものかということで、婚約云々の話は無事に流れたけど。明日那だって、俺じゃなくて、本当に心から好きな人と結婚したいだろうし、そうするべきだ。
ともかく、剣崎明日那という少女は、俺にとって仲の良い大切な友達の一人だ。そして今は、背中を預け合う、頼れる仲間でもある。
「だが、武技を使う時は二刀流の方がしっくりくるからな。間違いなく、一刀よりも二刀を持った方が、今の私は強い」
「なるほど、それじゃあもう一本、マトモな剣が欲しいところだな」
「こんな業物が手に入っただけで十分、ツイてるだろう。もう一本の方は、しばらく錆びた剣で我慢するさ」
「ちょっと待って、明日那ちゃん! こういう時こそ、小鳥の出番だよっ!」
唐突に話に割って入ってきたのは、さっきの戦闘で無事に救助された小鳥遊さんである。
「小鳥、もしかして、使えるのか?」
「うん! 桜ちゃんも委員長も、ちょっとだけ余ったコアがあるっていうから」
なるほど、と納得しているのは相棒である明日那だけ。俺には事情がさっぱりである。
「えっと、小鳥遊さんの天職って、何だっけ?」
「えっへん、よくぞ聞いてくれました! 小鳥の天職はー、なんとぉー」
「『賢者』だ」
「わぁーっ!? 酷いよ明日那ちゃーん! なんで言っちゃうのぉーっ!」
もったいぶるからだ、と冷たくあしらう明日那に向かって、小鳥遊さんは短い腕をグルグル振り回して襲い掛かっている。微笑ましい光景だ。
「それで、賢者ってのは?」
「えっとねー、賢者っていうのはねぇー」
「ああ、戦闘能力こそないが、色々と役立ちそうな力が揃っている。初期能力は――」
「わぁーっ! まだ言っちゃダメぇーっ!」
『古代語解読・序』:古代語を読み解ける。第三種制限。
『簡易錬成陣』:簡易的な略式錬成を行える。理解と解明。分解と再構成。
『神聖言語「拒絶の言葉」』:思いを乗せた言葉を、神聖言語へ翻訳する。拒絶に類する単語に限る。
「それと、習得したスキルが一つだけ」
『魔力解析』:魔力を持つもの、その作用を見通し、解析する。
以上、この四つが『賢者』小鳥遊さんのスキルだという。
「それで、この能力で具体的に何ができるんだ?」
「実は妖精広場にあるこの噴水には、隠された機能がある。そして、その機能を使うには、古代語を読めなければいけない」
そこで『古代語解読・序』のスキルが役に立つということか。
「その機能っていうのは?」
「装備を修理したり、新しく作り出したり。ただ、小鳥の魔力と、相応の材料が必要になる」
必要な材料の見極めは、『魔力解析』でできるという。ただ、『魔力解析』には他にも色々と分かるらしいが、今は置いておく。
「最後に、『簡易錬成陣』を使うことで、噴水が機能する」
「それは噴水の機能じゃなくて、『簡易錬成陣』だけの効果じゃないのか?」
「勿論、試してみたさ。結果は、同じ素材で同じ武器を強化した結果、雲泥の差が現れた。恐らく、この噴水には元から高度な『錬成陣』としての機能はあるが、『簡易錬成陣』による初期入力がなければ動かない、という推測だ」
つまり、錬成陣に準ずるスキルを持たない者が、小鳥遊さんと同じことをやっても、何の変化も起きないということか。
「もしかして明日那、意外にゲームとか好きだったりする?」
「いや、これらの予想は、全て高坂の受け売りだよ」
自分で地雷を踏んでしまった。心が痛む。宏樹、アイツは結構ゲームとか好きだったからな。そういえば、借りたゲームをまだ返していない。
「ともかく、小鳥のお蔭で修理や新しい武器を作り出すことができるのは事実だ。もっとも、これまではコアを含めて大した材料を入手できなかったから、結局は錆びた剣のままだったが」
逆にいえば、素材さえ手に入ればいくらでも強力な武器を作り出すことができるということ。これは、ロクな補給が見込めないダンジョンの中にあって、かなり役に立つ能力だ。
「拒絶の言葉、ってのはどういう効果なんだ?」
「かなり曖昧なのだが、どうやら小鳥が来るな、近づくな、などと言うと、襲いかかろうとする魔物の動きを止めることができるようだ」
かなり強く念じて叫べば、相手を吹き飛ばすこともできるという。それも、一体だけでなく、複数まとめて。おまけに、飛んでくる石なども弾いたというから、魔物限定ではなく、自分に対する物体、遠距離攻撃も効果に含まれるということになる。
物凄く万能な魔法に思えるが、あくまで小鳥遊さんを狙ってくるモノ限定で、戦闘においては確実な援護手段にもなりえないらしい。『拒絶』の概念はあくまで自分と相手の間にのみ成立するらしく、都合よく敵だけの動きを止めることは難しいという。最悪、戦っている味方の動きも止めてしまいそうになるらしい。
下手に使うのも危険だから、とりあえずは小鳥遊さんの護身用としてのみ使っているそうだ。
「新しい『神聖言語』を覚えられれば、可能性は広がりそうなんだが……今の段階では、とても戦えるとは言えないな」
「いや、ある程度、自分の身を守れるだけで十分な能力だよ。なにより、小鳥遊さんの能力で凄いのは、武器を作ることだ。今なら多少、コアもあるし、何か出来るかもしれない」
「そうか、それじゃあ早速、小鳥に――なんだ、小鳥、泣いてるのか?」
「うー、うぅーっ! 明日那ちゃんのバカーっ!」
何で拗ねているんだ、と俺は明日那と二人して首をかしげていると、そこですかさず夏川さんがフォローに入ってくれた。
「ほら、小鳥ちゃん頑張って。ここでその錬成? とかいうのを成功させたら、蒼真君にいいところ見せられるから」
「そ、そっかなー、えへへ、小鳥、蒼真くんに褒めてもらえるかなぁ?」
「うん、絶対、喜んでもらえるって」
「そっか、そっかぁ……えへへ、よーし、小鳥、頑張ります!」
おお、話の内容はよく聞こえなかったけど、小鳥遊さんがヤル気を取り戻してくれたようだ。流石は夏川さん、仲の良い友人同士だけある。
実のところ、俺は小鳥遊さんとそこまで仲が良い、というほどでもない。ここにいる俺以外のメンバー、桜、委員長、夏川さん、明日那、四人とも名前で呼ぶほど仲が良いのだが、俺自身とはあまり接点がない。いつも女の子同士の輪の中にいるから、といった感じだ。
だから、俺にとって小鳥遊さんは、とても可愛らしい、明るく元気な女の子、というイメージしかない。まぁ、傍から見ていれば、実際にその通りだというのは、誰でも分かるだろうけど。
小鳥遊さんは、レイナと同じくらい小柄で、顔立ちも幼い。おまけに髪型も、同じくツインテール。勿論、レイナと違って小鳥遊さんは黒髪だが。とても良く似合っている。こう言ってはなんだが、小学生にしか見えないほど。
けれど、レイナと決定的に違う点は、胸が大きいことだろう。いわゆるロリ巨乳である、というのは俺の友人の一人による弁だ。かなりの熱弁だった。小鳥ちゃんこそ男の欲望を叶える奇跡の属性『ロリ巨乳』の持ち主であると。いやしかし、小鳥遊さんは俺らと同い年なんだから、少なくともロリではないと思う。巨乳ではある、というのは賛成せざるをえないけど。
ともかく、そんな童顔と小柄な体には不釣り合いなバストを誇ることで、彼女もまた明日那と違った意味で人気が高い。こちらは100%男子の支持率だ。
女子の中では、そんな密かにモテまくる小鳥遊さんのことを嫉んで「あざとい」だとか「調子に乗っている」とか「キャラ作りキモい」などと、陰口を叩かれていることを、実は知っている。
もっとも、小鳥遊さんの周りには桜をはじめとした多くの頼れる友人達がいるから、まかり間違ってもイジメなんてことには絶対に発展しない。あまり感心しないが、それでも小鳥遊さんほど恵まれた容姿の同性がいれば、多少なりとも疎ましく思ってしまうのは、人の心理として仕方ないのかもしれない。
「それじゃあ蒼真君、小鳥に剣を貸して!」
「ああ、お願いするよ――」
「言い忘れていたが、小鳥の錬成はたまに失敗する」
「……失敗したら、どうなるんだ?」
「勿論、壊れる。二度と使い物にならないほどにな」
「小鳥遊さん、やっぱり先に、こっちの錆びた剣をお願いできるかな」
「うん、いいよーっ!」
そうして小鳥遊さんは、嬉々として噴水に錆びた剣を放り込み、錬成の儀式を始めるのだった。
ボスゴーマと百体近いゴーマ軍団との戦いを終えた俺達だから、今回はゆっくり休息をとることにした。ゴーマが持っていた武器の中から、比較的マシなものを厳選して持ってきたし、小鳥遊さんの錬成もあれば、装備を整えることもできるから、その時間も欲しい。
勿論、戦いで汚れてしまった制服と、そして体を洗うことも、心理的にも衛生的にも必要不可欠だ。つまり、何よりもまず、水浴びが優先されるということである。
「うわぁー、桜ちゃんの肌、やっぱり綺麗だよねー」
「ちょ、ちょっと小鳥、そんなに触らないでください」
「私は桜のスタイルが羨ましいが。委員長でもいい」
「何言ってるのよ明日那、スタイルなら貴女の方がいいでしょう」
「いや、最近また少し大きくなってしまったみたいでな、正直、戦うには邪魔なだけだから」
「羨ましくない、私は羨ましくなんかない……」
「どうした委員長、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ。涼子ちゃん、これでも結構、気にしてるんだから」
「何のことだ?」
「にははっ、おっぱいの大きさに決まってるじゃん!」
「ちょっ、ちょっと美波!」
「でも涼子ちゃん、明日那ちゃんのを羨むよりも、ここにもっと凄いモノの持ち主がぁ――」
「きゃぁあああああっ!?」
「こっ、このボリュームは、掴み切れないっ!?」
「美波、いい加減にしなさい!」
「美波ちゃんのエッチぃーっ!」
「にゃはっ、ごめん、二人とも、ごめんって! だからちょっと、そこは、待っ、キャーっ!」
どこまでも楽しげな声が響いてくる。
そう、今、彼女達五人は、妖精広場の噴水で、楽しい水浴びの真っ最中なのだ。勿論、唯一の男である俺は、広場を追い出されている。流石に単独でダンジョンを彷徨うのは危険なので、すぐ入り口のところに、広場からは背を向けて立っているだけなのだが。もし、ここで俺が振り向いたとしても、パラダイスを拝むことはない。彼女達だってできるだけ死角になるよう、こちら側からは反対側に立って水浴びしているはず。
しかしながら、俺はここで不用意に振り向くほど愚かではない。
「――いいですか、兄さん。絶対、覗いたりしないでくださいよ」
と、桜に厳命されている。
俺も男だ。健全な男子高校生であり、人並みに欲はある。しかし、男としての信頼を賭けてまで、覗きたいというほど愚かでもない。
だというのに、あんなに桜に警戒されるとは、俺ってそんなに信頼されていないんだろうか。
「こういう時の兄さんは、何かとトラブルが多いので、要注意なんです!」
そんな念押しもされている。確かに、中学の時の修学旅行とか、友達同士で海に遊びにいったりとか、そういう時に限ってうっかり着替えを覗いてしまったり、そういう不慮の事故に見舞われたことは何度かあったけど……でも、いくらなんでも、こんなあからさまに警戒されると、兄貴として悲しい限りだ。
「ふぅ、平常心、平常心」
いいだろう、桜。ならば俺は、今こそ高潔な紳士的な態度で示そう。まかり間違っても、俺はお前や、他の女の子達の裸を目にするようなことなど、決してありはしないと。
そうして、苦しい我慢の時は流れ、彼女達の話声からして、ようやく水浴びを終えて着替え始めたらしいことが察せられた。よし、これで無事に乗り切ったな――と、気を緩めたその時。
「きゃぁあああああああああああああああああああっ!」
絹を裂くような悲鳴が響きわたる。これは、そう、ボスゴーマに襲われていた時にも聞いたのと同じ、恐怖と絶望の悲鳴だ。この声は、小鳥遊さんか。
あまりに緊迫した叫び声に、俺の中で浮ついた気持ちは瞬時に臨戦態勢へと切り替わる。まさか、妖精広場にいきなり魔物でも現れたか。腰に差した長剣を手に、俺は素早く振り返った。
「どうしたんだ、小鳥遊さ――んんっ!?」
「いやぁーっ! 助けて蒼真くーん!」
そこには、白い下着姿で駆け寄ってくる、涙目の小鳥遊さんがいた。眩しいほどに真っ白い乙女の柔肌と、揺れて弾む、二つの双丘が、この目に焼き付く。サイズがあってないのか。零れ落ちそうだぞ。
「うわっ!? ちょっと、小鳥遊さん、その格好はっ!」
「ふぇええーん!」
何が何だか分からない内に、俺は下着姿の小鳥遊さんに正面から泣きつかれて、ギュっと抱き着かれてしまっていた。い、いかん、これでは剣が抜けない。違う、そうじゃない。この胴体に感じる柔らかい感触は、だから、それも違う!
「待ってください、小鳥! そっちには兄さんが――」
「全く、危ないからいきなり走り出すのはやめろと言っただろう」
「ごめんね、涼子ちゃんも悪気があってやったわけじゃないから」
俺が小鳥遊さんに拘束されて、完全に無防備な状態となって立ちすくんでいると、新たな下着が次々と目に入ってくる。ピンク、黒、水色、色とりどりの下着を身に着けるのは、家族として、友達として、ひいき目がなくても、適当なファッション雑誌のモデルよりもずっと可愛かったり美しかったりする、美少女達である。
要するに、桜と明日那と夏川さんが、それぞれの下着姿のまま、俺の目の前に現れたのだった。
「きゃっ! 兄さん、どうして――」
「なっ、そ、蒼真……」
「ふええっ!?」
恐らく、三人は突如として逃走を始めた小鳥遊さんを慌てて追いかけてきたのだろう。自分達もまた同様に着替える途中の下着姿であることも忘れるほど。
「ふぇーん、蒼真くぅーん、小鳥、怖かったよぉー」
「……兄さん、これはどういうことですか」
俄かに剣呑な気配が、桜から漂う。ああ、何でだろう、それとなく胸元を腕で隠すような女性らしい仕草をしているのに、この可愛い妹のことが、俺は恐ろしくて仕方がない。
「ま、待ってくれ、桜、これは誤解なんだ!」
俺にこれといった落ち度はないはずだ。ただ、小鳥遊さんがあんまりにも大きな悲鳴を上げたから、緊急事態だと思っただけで。だから、こうして下着姿の小鳥遊さんに抱き着かれているのは、俺の意思ではなく彼女の自由意思であって、決してやましい意味はどこにもない。
「ま、まぁ、別に、私は蒼真と婚約したこともある身だから、下着姿くらい、見られたところで……ど、どうという、ことはない……」
「にははっ、ごめんね、蒼真君、私のなんか見ても、そんなに嬉しくないよね」
二人とも、そんなに顔を真っ赤にしながら涙目で言っても、あんまり説得力ないよ。すまない、二人とも、とても恥ずかしい思いをさせてしまった。
この償いはするから、とりあえず今は……ヤバい気配を発する桜を止めてください、お願いします。
「待て、落ち着くんだ桜、これは不慮の事故なんだ。俺はただ――」
「もうっ、兄さんの、馬鹿ぁーっ!」
ああ、『光矢』って、別に弓がなくても撃てるんだな。俺は白い光に包まれながら、そんなことを思った。




