第382話 質量兵器
「ぶっ飛べ、オラァ————『豪拳』っ!」
ただでさえ強靭なバズズの拳に、真っ赤な棘付きの甲殻がメリケンサックの如く形成され、そこからさらに武技としての威力が乗って解き放たれる。あのザガンも使っていた格闘武技『豪拳』が、強烈なインパクトと共に『聖天結界』に炸裂する。
ゴォン、と教会にある鐘を思いきり鳴らしたような音を響かせて、光り輝くバリアに亀裂が走った。でも、砕けてはいない。
「やっぱデブはバリアも硬いのか」
僕が『豪拳』で殴りつけたのは、近接用の大剣と盾を装備したタンク型の守護天使である。タフなコイツをさらに追加で前線に投入しなければ、屍鎧で暴れ回る僕を止めきれないと思ったのだろう。
そうして本来の意味でタンク役をしに来たデブを、真っ向勝負で相手してやったワケだが、
「純粋性能で上回っていれば、正攻法が一番」
別に一撃でバリアを砕けなくても、さらに殴ればOKだ。武技の衝撃をモロにくらい、本体にダメージこそ通らなかったものの、その体勢はすでに崩れている。立派な剣も盾も、構えられなければただの飾りだよ。
「オラオラオラ、オラァ————フルコンボだドン!」
いまだメリケン甲殻が拳に残っている内に、乱打で滅多打ち。
すぐに耐久限界を迎えた『聖天結界』は砕け、ノーマルよりはずっと頑丈だろうボディも、『屍鎧「業魔紅魔」』の誇るパワーにはあえなく屈する。
スクラップと化したデブを最後に蹴り飛ばし、チクチクと射撃を続けているノーマル天使へと直撃させる。敵を投げて攻撃なんて、ゲームじゃよくあるアクションだ。闇精霊達は僕の意思とイメージを汲んで、実によく動いてくれる。
これ、下手するとコントローラーで操作するよりも、遥かにスムーズに動けるな。これがいつか未来に作られるだろう思考制御のフルダイブVRの操作感、なのかも。
「ふふん、ようやくモーターのコイルが温まって来たところだよ」
「うるせぇ、いつまでも舐めた口叩いてんじゃねぇ、クソガキがぁ!」
自分の容姿を棚に上げた罵倒を叫びながら、小鳥遊は更なる守護天使を呼び出す召喚陣を展開させ続けている。まだおかわりが尽きる気配はない。まったく、どれだけストックがあるんだ。
しかしながら、それでもこちらが優勢なことに変わりはない。前衛タンクとしてのスペックは、僕の『屍鎧「業魔紅魔」』が天使を上回っている。それに加えてイヴィルアンデッド軍団に、桜ちゃんも後衛について的確な掩護をくれる。
この体勢をひっくり返すなら、天使の数が急に二倍くらいに増えなければ無理。それくらいには優勢を保てている。
勿論、この屍鎧を動かす為に魔力はガンガン消費しているし、アンデッド軍団を呼び続けるのにも魔力は費やされている。かつてないほどの勢いで魔力を湯水の如く使っている自覚はあるが、それはこの一ヶ月間コツコツと集め続けたコア貯蓄によってまだ何とか支えられている。
奴の天使が尽きるのが先か、それとも僕の魔力とコアが尽きるのが先か。
できればリソースが底を突くほど消耗するよりも前に、小鳥遊を直接叩きたいところだけれど……
「まずいな、勇者様が無双し始めやがった」
どうやら新たなチートスキルに覚醒した蒼真悠斗が、戦況をひっくり返したようだ。
本当にRPGの主人公を張る勇者のように、鎧とマントを身に纏い、圧倒的な力であのメイちゃんと天道君の二人を相手に真っ向から押し返している。
見たところ、勇者の鎧はただ頑丈な防具というだけでなく、武技も魔法も強化する効果もあるようだ。身を守る鎧でもあり、自身の力を底上げする強化服でもある、といったところか。攻守ともに破格の性能をもたらす、正に勇者に相応しいチートスキルだな、ファッキン。
「間に合うか……」
考えろ。ここが、今このタイミングが勝負の分かれ目だ。
僕の方は優勢。だが、決着をつけるには時間がかかる。
向こうの方は劣勢。まだ切り札を切ってはいないとはいえ、このままではどれだけ凌げるか分からない。
こっちが小鳥遊を仕留めるまで、二人は勇者の猛攻を耐え凌げるか。凌げたとしても、僕が小鳥遊へトドメを刺す瞬間、蒼真悠斗が助けに入るのではないか。あるいは、小鳥遊にはいざという時のために、緊急避難とかいう転移で逃げられるかもしれない。
元々、この勇者と賢者の二人を相手にする最終決戦においては、どちらを先に倒すかは決めていない。向こうの手札が未知である以上、どうしたって作戦を一本には絞り切れない。
だから様々な状況を想定し、先に小鳥遊を倒すパターン、先に勇者を倒すパターン、どちらでもいいように作戦は各自に叩き込んである。
今の状況下でいえば、先に小鳥遊を倒すパターンを取るべきのように思えるが……
「この桃クソが……最後の最後まで、小鳥の邪魔をしやがってよぉ……あの時、無理にでも蟻に殺させればよかったよ」
「ああっー、小鳥遊このクソアマぁ! やっぱりわざと僕を盾にしやがったなぁ!!」
最初に合流した時のこと、忘れてねぇぞ。キャーキャー騒いでパニックになったフリして、迫る巨大蟻を前に僕の動きを封じたこと。今、思い出しても腸が煮えくり返るけど、わざとやったと思えばさらに腹立たしいね。まったく、お前を殺す理由ばかりが増えてストレスマッハなんだが?
「どこまでも手間ぁかけさせやがって。小鳥が本気出せば、テメぇのチンケな変身なんて軽く叩き潰せるんだよぉ————護衛依頼・最上級申請!」
『シンクレアコード認証。タカナシ臨時総督閣下の護衛依頼・最上級申請を受理。審議終了後、直ちに『大守護天使』を派遣。審議中————申請承認。顕現の準備中。まもなく開始されます』
ついに小鳥遊の方も切り札を切って来たか。要するに、さらに強い守護天使を呼べるってことだろう。だが瞬時に召喚できるわけではなく、多少の猶予はあるようだ。
「桃川っ!」
「分かってるよ、桜ちゃん————」
見るからに巨大な魔法陣が小鳥遊の足元から広がる。桜ちゃんもヤバいのが出てくると察し、声を上げた。
僕はさっとハンドサインを後ろ手に送る。
決断は下した。ここが最終決戦のターニングポイントだ。
「クソッ! これ以上はもうもたない! 撤退だ! 総員、撤退ぃーっ!!」
僕は力の限りに、そう叫んだ。屍鎧も相まって、この広大な空間の端まで届くほどの大音量で。
この撤退命令を聞き逃す難聴は誰もいない。蒼真悠斗も、小鳥遊小鳥も、僕の叫びを確かに聞き届けただろう。
「はあっ、ざけんなよ桃川ぁ! 今更、テメーを逃がすかよぉっ!!」
などとキレて叫んでいる小鳥遊へ向けて、僕は煙幕を、桜ちゃんは白疾風を飛ばして閃光をバラ撒いた。
これからケツまくって逃げようってんだ、視界を塞ぐのは当然の行動だよね。そして何より、小鳥遊も蒼真悠斗も、僕という人間を理解していない。その強烈な憎悪が眼を曇らせ、正確な理解から遠ざける。
だからお前ら二人とも、旗色が悪くなったら、僕はすぐに逃げ出すような腰抜け野郎だと思っているんだろ?
まぁ、僕も別に気合や根性といった精神性に自信はないけれど……それでも、勝つための踏ん張りどころ、ってのは弁えているつもりだ。で、今がそのタイミングってワケ。
「————後は頼んだよ、僕」
「ああ、任せろよ、僕」
濛々と煙幕が立ち込める中で、まずは屍鎧を脱いだ。だが、中身は残っている。
そう、『双影』の分身だ。
脱皮して背中が割れるように本体の僕が外へ出ると、中に『双影』を作り出す。ソイツはついさっきまでの僕と同じように、屍鎧の生体コクピットへと収まっている。
けれど、その手に握る杖の操縦桿はない。最早、この屍鎧はただの抜け殻に過ぎない。
本体の僕が『亡王錫「業魔逢魔」』、『無道一式』、『愚者の杖』、それからバズズ仮面を被り、装備品は全て持ち出してきている。
分身では屍鎧を操り、その力を引き出すことは出来ないが、抜け殻状態の肉体に闇精霊の操作があれば、魔力が霧散して肉体の構築が崩壊するまでの間くらいは、問題なく動かすことが可能————要するに、コイツはただの囮だ。
「レム、こっからはフル回転だ。頑張ってくれ」
「はい、あるじ。がんばる」
そして呼び出した幼女レムを、分身が操る屍鎧の背中に預ける。
あらかじめ『完全変態系』で生やしておいた触手が、シートベルトの如くレムの体を固定。少々激しく動いたところで、振り落とされることはない。
「桃川!」
そこまでの準備を完了すると、ニセコーンに跨った桜ちゃんが颯爽と駆け付けてくれる。
「うむ、出迎えご苦労!」
「さっさとお乗りなさいな!」
むんず、と雑に襟首を掴まれてニセコーンの上に僕を積むと、急発進。
いくら煙幕と閃光で視界を塞いだとはいえ、一時的に背中を向けて逃げるので無防備な姿を晒すことになる。煙の中を、ビュンビュンとブラスターの光線がひっきりなしに飛んで行く。こういう時、相手が遠距離攻撃、それも連射可能だと流れ弾が怖い。狙っていなくても命中する可能性は常にある。
だから無敵の『聖天結界』持ちの桜ちゃんに、僕本体を回収しに来てもらったワケだ。素早く、かつ安全確実に逃げられる。
そうして僕らが離脱すると同時に、分身の操る屍鎧が逆方向へと駆けだす。ここからは、こっちの操作に集中させてもらう。
「流石に魔力と素材をつぎ込んだだけある。解除しても、かなり体はもちそうだ」
操作感からして、まだまだ強靭なパワーが屍鎧に宿っているのが分かる。これなら十分以上に囮役を果たせるな。
闇精霊が力強く脚を動かし煙の中を疾走。途中でうっかり出くわした守護天使は、そのままタックルで弾き飛ばして突き進む。
前衛タンクタイプはさっき全部倒して、まだ追加が来ていないのは分かってんだよ。覚悟して突っ込めば、進路上の天使共はぶっ飛ばせる。
さて、そろそろだと思うんだが、
「おい、逃がすなよ! 絶対にあのクソ野郎を逃がすんじゃあねぇぞ!」
見つけた。
後退して煙幕を抜けた小鳥遊が、唾を飛ばすように守護天使へと命令を下している。
護衛につけている二体の後衛タンク型は盾を構えつつ、大型ブラスターを乱射。新たに召喚陣から現れる追加の守護天使は、煙幕の内へ向かってブラスターを撃ちつつ突っ込ませているようだった。
けど、煙幕を突っ切って出てきた僕を見て、ギョっとした顔で奴は叫んだ。
「桃川っ!? くそっ、特攻かよ!」
「バァーッカじゃねぇの、誰がお前如きに特攻なんてかますか!」
「さっさと撃ち殺せ、このデブが!」
ガツンとタンク型のケツを蹴り上げ、慌てて命令を出す。無論、そんなクソみたいな指示が出るよりも先に、僕を認識したタンクは銃口を素早く向けて撃ってきた。
「ぬわぁー、削れる削れる!」
流石にこの距離で撃たれるとキツいな。強靭な屍鎧も光弾の嵐を真っ向から浴びれば、毛皮が裂け、肉が抉れてゆく。
けれどバズズの突進を止めるには、口径が小さかったようだな。ここまで来れれば、もう十分だ。
「喰らいやがれ小鳥遊、とっておきの一撃だ」
いまだ強靭な膂力が宿る剛腕を、全力で振るう。それはパンチではなく、投げ。
大きな手に掴んでいたのは、背中に引っ付かせていたレムだ。彼女を掴んで、全力で投げた。
それは真上。小鳥遊の直上だ。
「なんだっ、何を————」
当然、目の前でぶん投げているのだから、注目はされる。
しかし、すぐ目の前には弾丸の嵐を受けても尚、突進してくる僕という脅威があるのだ。小鳥遊、今のお前に、咄嗟に空中のレムを撃ち落とせ、なんて命令は出せないよなぁ?
「うぉおおおおおっ、行けぇーっ!!」
小鳥遊が決断を下せない以上、タンクは目の前の脅威である僕への攻撃を続行。いよいよ剣が届くような間合いにまで迫ったことで、二体は素早くブラスターを手放し、腰から剣を引き抜いた。
だがここまで僕を近づけた時点で、お前らの負けだ。
二体が剣を振るう寸前に、地を蹴って跳躍。大柄なタンクの頭上を飛び越すように、屍鎧が宙を舞う。
「ぐおおっ!?」
無論、そう易々と頭の上を通してはくれない。
振るわれた二振りの刃は鋭い切れ味をもって、屍鎧の下半身を切り裂く。深々と腰まで達する斬撃は、両脚を付け根から断ち切り、ドっと血飛沫と魔力が噴き出る。
屍鎧であっても、致命的な損傷だ。出血と漏出する魔力によって、瞬く間に体を維持する力が失われてゆく。
だがしかし、切り落とされる寸前に、強靭な脚力で力強く跳躍した運動エネルギーが消えることはない。結果、僕はジャンプした勢いのまま、両脚を落とされながらも放物線を描くように飛び、
「うわっ、来んなや、桃クソがぁ!!」
小鳥遊の元まで到着というワケだ。
ああ、お前のその嫌悪感全快の表情、いいね。そういう顔が見たかったよ。
「ぎゃあああーっ! 眩しぃーっ!!」
だが残念ながら、僕の視界は眩い輝きによって潰される。
小鳥遊を守る最後の砦にして最強の盾、『聖天結界』だ。
守護天使とは桁違いの高出力を誇る無敵バリアは、上半身だけのテケテケ状態の屍鎧が組みついた程度では、全く揺らぐことはない。
ガンガン体が消滅してゆく感覚を覚えながら、僕は視界ゼロの白い光の中で、ただ力ある限り結界にしがみつく。
それでいい。僕の役目は、それだけでいいのだ。
屍鎧で小鳥遊にダメージを与えることは不可能。まして抜け殻状態では、『聖天結界』を突破する手段は皆無である。
だから、本命は僕じゃない。
なぁ、小鳥遊。お前は本当に鳥頭の馬鹿だよな。
無様にバリアに引っ付いている僕なんかを、睨みつけている場合じゃあないだろう。もう忘れたのか、この寸前に僕が何をしていたのかを。
「ぶっ潰せ、レム」
降って来る。
高々と放り投げた小さなレムが、重力の軛に囚われて真っ逆さまに落ちて来る。
眩い結界の光に晒されている僕に、その姿は見えないけれど————耳には可愛らしい声が確かに届いた。
「ぎーがー」
地上十数メートル。
その位置から巨人が降って来ればどうなるか。
『神聖言語「拒絶の言葉」』であれば、巨人化レムの動きさえ止めることは出来るだろう。けれど、その身動きを止めることと、肉体の持つ質量が自由落下してくるのは、また別の問題である。
そして僕が実験の果てに編み出した『聖天結界』破りの方法にも、幾つかの解答がある。
その内の一つは、メイちゃんが放つ武技『黒凪』のように、闇属性と思われる漆黒の魔力による攻撃。コイツは他の属性と違って、明らかに『聖天結界』へ与えるダメージが高く、さらに破れた結界の修復を阻害する効果も併せ持っている。明確な弱点属性と考えていい。
ただ、普通の闇属性魔法だとそこまでの効果がなかった。恐らく、何かしら別な性質を持つ特殊な魔力の質になっているのだと思われる。その光を蝕む漆黒の魔力を武技として放てるメイちゃんは『聖天結界』破りの要だが、今はこっちにいない。
そこで二つ目の方法。こっちは特別なモノでも何でもない。ただ色々な方法を試した結果、最も効率的だと判明した。
それは、継続的な物理攻撃。すなわち、重いモノで潰すということ。
これが僕の出した、『神聖言語「拒絶の言葉」』と『聖天結界』を同時に破る最適解。
「さぁ、止めて見ろよ、小鳥遊。巨人のボディプレスを」
2023年1月6日
新年あけましておめでとうございます。
今年も『呪術師は勇者になれない』をよろしくお願いいたします!
この間、ちょっと久しぶりにレビューもいただきました。どうもありがとうございました! 一人でも多くの方が、この物語を楽しんでもらえれば幸いです。ヤンデレと男の娘属性も、もっと普及してくれればなお良いですね。




