第379話 精霊術
「なっ、なんで……なんで止まらねぇんだよ!?」
「ホントに馬鹿だなぁ、お前は。一回見せた技だぞ。対策してるに決まってんだろ」
本気で驚愕の表情を浮かべる小鳥遊に、僕はドヤ顔で言い返す。
いやでもホントにさ、神聖言語で精霊は止められない、っていう攻略法はお前も知ってるはずなのに、精霊対策皆無なのはなんなんだ。葉山君さえ排除できれば、あとは微精霊くらいの雑魚しか行使できないと舐めていたのだろうか。舐めていたんだろうな、小鳥遊だし。
「止まれっ! 止まれよぉっ!!」
「だから、止まらないって」
「————『閃光白矢』」
薙刀を背負い、代わりに『聖女の和弓』へと切り替えた桜ちゃんが、上級攻撃魔法を光の壁越しに放つ。
別に『聖天結界』でなくても、光の防御魔法なら遮られることなく光の攻撃魔法撃てるのは便利だよね。防御用の障壁を展開しながら、視界も射線も遮らずに撃てるとは、バリア万歳だ。
大きな光の槍となって放たれる『閃光白矢』は、狙い違わず守護天使に襲い掛かったが……やはり『聖天結界』の防御は厄介だ。
同じ属性で防ぐのにも相性はいいのだろう。桜ちゃんの上級攻撃魔法でも一撃で貫くには至らない。だが着弾した箇所は激しく明滅しており、その守りを削っているのは明らかだ。
なるほど、量産型みたいな奴らが装備しているせいか、バリアの出力は小鳥遊の翼よりは低そうだな。
「むぅ、やはり相手も硬いですね。桃川、貴方も早く攻撃を手伝いなさい」
「呪術師に攻撃力を期待されても困るんだけど……今回ばかりは、僕もアタッカーとして頑張らせてもらうよ」
「ど、どうなってんの……小鳥の『神聖言語』は確かに発動しているのに……なんでお前らは平気で動ける!?」
最も頼れる無力化手段である『拒絶の言葉』があっさり無効化されて、相当に焦っているようだ。僕らが平然と行動している姿に、日和った小鳥遊は守護天使を盾にして再び後ろへと下がって行く。
まぁ、その行動をビビりと呼びはしないさ。身の危険を感じたのなら素直に下がる。所詮、お前も僕も、同じく貧弱な魔術師タイプなんだから。
けれど『賢者』を名乗っておきながら、僕らが動ける秘密をすぐに見抜けないのはシンプルに馬鹿じゃないかと思う。だって、すでに答えは出ているのだから。
どうして『拒絶の言葉』でも止まらないのか。そんなの、精霊の力を使っているに決まっているだろうが。
『精霊傀儡』:小鳥遊の『神聖言語「拒絶の言葉」』に対抗するために編み出した、自身の体を精霊を介して動かす魔法。いや、立派な精霊術だ。字面から勘違いしやすいが、これは精霊を傀儡の如く操る術ではなく、精霊に自分の体を操ってもらう術である。
精霊術の練習は、何も精霊召喚だけではない。葉山君を筆頭とした魔術師クラスの面々が森で行っていた精霊修業には、この『精霊傀儡』も含まれている。無論、僕も作業の合間を縫って練習したものだ。
この『精霊傀儡』は、自分の体をわざわざ精霊を介して動かすだけの術である。当然のことながら、自らの意思で直接動かさずに精霊というワンクッションを挟んでいる分、アクションの精度や反応は劣る。普通の戦闘で使えば、メリット皆無の枷にしかならない縛りプレイ用精霊術となってしまう。
だが、自分の体を自分で動かすことそのものを封じる『拒絶の言葉』の影響下であれば、これは多少動きが鈍る程度で自在に行動可能となる、無効化スキルを無効化する系の対策スキルと化す。
小鳥遊に真っ向勝負を挑むなら、絶対に必要となる術だ。けれど、地味に高度というか精霊との相性が求められるらしい『精霊傀儡』を習得できたのは、僕と桜ちゃんだけ。
本業の『精霊術士』である葉山君も、安定的に発動させることはできなかったのだが————あのダークリライト形態は、いわゆる『精霊傀儡』の遥か上位互換といった状態だといえよう。
ただ体を動かすだけでなく、精霊の持つ強大な力までをその身に宿し行使する。あれほどの力を発揮させるのは、きっと精霊術士でなければ出来ないだろう。
というか、超強力な闇精霊の力でダークリライトが大暴れしていたから、小鳥遊もアイツは止められないと『拒絶の言葉』を使って蒼真悠斗を掩護しなかったのだ。
ならば当然、今の僕らが自由に動けているのも、それと同じ状態なのだと即座に察して然るべきなのだが……
「そうか、精霊……お前ら、精霊の力で自分の体を動かしてるのかよぉ!」
気づくの遅ぉい!
ようやく僕らの行動のカラクリを察したらしい小鳥遊が、忌々し気に睨んでいるが、だからといって守護天使の背中に隠れる以外に、お前が出来ることがあるのかよ?
「貧弱ドチビの呪術師と、甘ったれた聖女の二人だけが動けるから何だってんだよ……行けよお前ら、直接奴らをぶっ殺してこい!」
小鳥遊は召喚獣頼みでこちらを攻めるつもりのようだ。まぁ、それ以外に手もないだろうし、妥当な手だ。
実際、僕と桜ちゃんは『精霊傀儡』によって動けるといっても、ダークリライトのように超人的なパワーアップ形態というワケではない。
『精霊傀儡』の可動方法は、体の各所と衣服一式に呪印を刻むことで全身に満遍なく精霊を宿し、こちらの意思に応じて各部位の精霊達が随時反応して動かしてくれる、というものだ。当然のことながら、僕は闇精霊が、桜ちゃんには光精霊が宿っている。
『薄陰り』:仄かに暗い小さな影を意味する呪印。暗い影には、闇精霊が集い宿るとされる。
『薄灯り』:微かに灯る小さな光を意味する呪印。眩い光には、光精霊が集い宿るとされる。
刻んだ呪印は、それぞれ大した効果はない小型のものだ。精霊に対して何かしらの働きが得られないかと試行錯誤しながら書いている間に、習得できた呪印である。魔法で言うところの下級みたいなごく基礎的なものだろう。呪印の図柄も単純だしね。
けれど、この呪印に宿る程度の聖霊だけで、自分の体を動かすには十分な力がある。もっとも、ここで重要なのは精霊のパワーではなく、より正確に自分の意思を彼らに伝えるセンスだ。
ちなみに僕は自分の体をゲームのプレイヤーキャラに見立てて、ボタン代わりのキーワードで決まった動作で動かすよう闇精霊に叩き込むことで、常に一定の動作範囲を確保することに成功している。
前と念じれば前進し、Aと念じれば杖を振るう。頭の中にコントローラーを思い浮かべ、それを操作することで闇精霊が応えてくれる感じだ。
いやぁ、精霊はテレパシーで反応してくれるから、本当に助かるよ。幾ら僕でも、上上下下左右左右BA、と毎回叫ぶのは厳しいからね。
ちなみに、桜ちゃんがどんな感じで光精霊を動かしているのかは、僕もよく分からない。かなり直感的に操作しているようで、聞いても全く参考にならなかった。センスがあるのは結構なことだけど、他の人が習得する参考にならない方法なのも困りものだよね。
でも、今は君という前衛が一人いるだけで十分だ。
「ふふん、この僕と召喚獣バトルしようっての? 受けて立ってやる————行けっ、桜ちゃん!」
「また人のこと下僕扱いしてぇーっ!」
「ほらほら、天使どもが突っ込んでくるよ。頼んだぞ、僕のエースモンスター」
「ああ、もうっ、しっかり掩護しなさいよ、桃川ぁ!」
ヤケクソ気味に叫んで、接近戦を挑んでくる守護天使へと薙刀に切り替えた桜ちゃんが立ち向かう。
天使は元からホバー移動するみたいに浮遊しながら宙を滑って接近してくるが、ちゃんとそれなりの高度を飛ぶだけの飛行能力はあるようだ。突き立った数メートルほどの高さを誇る『輝光防壁』を飛び越えるに足る高度にまで浮かび上がって迫り来る。
そしてブラスターの代わりに光り輝く剣やら槍やらの近接武装に切り替えた天使が、ちょうど光の壁を飛び越えた瞬間、
「蒼真流————『滝昇り』」
人口の天使などよりもずっと神々しい輝きを放つ『桜花繚乱』が、下からすくい上げるように大振りの切り上げを放った。その煌めく斬撃は『滝昇り』という技名に見劣りしない、見事な威力を発揮する。
キィン! と甲高い音を発し、桜ちゃんの切り上げが直撃した天使のバリアが切り裂かれた。耐えられるダメージ量が超えたのだろう。
だがそれも一時的なもの。直後には魔力が供給され、切り裂かれた箇所はすぐに塞がってしまうが————蒼真流の達人を前に、その修復速度はあまりにも遅すぎる。
「『滝壺堕とし』」
強烈な切り下ろしが、バリアの裂け目に炸裂した。
蒼真流って現実の流派のはずなのに、なんでこんな空中コンボみたいな技が存在してるんだ。超人的な身体能力がなければ再現不能だろ、というほどに切り上げからの切り下ろしを空中の相手に叩き込んだ華麗な連撃に、僕は訝しんだ。
でも戦果は上々。まずは一体撃破である。
「どうやら、本体の方はそこまで強力ではないようですね」
フワッと優雅に着地を決めた桜ちゃんの脇で、上半身と下半身が真っ二つに分かたれた天使の残骸が転がる。
立派なのは白銀の装甲だけで、中身は魔導人形と似たようなものらしい。独特な蛍光ブルーの鮮血がド派手にぶちまけられていた。
「一体倒したくらいで、調子に乗るんじゃねぇ!」
ヒステリックに小鳥遊が叫んでいる通り、天使は十体もいる。その内の一体、正確には突撃を仕掛けてきた半分の五体だが。それでもまだ四体も残っている。
桜ちゃんを袋叩きにするには十分な頭数が揃っているが、数に頼るのは僕らも同じなんだよね。
「ギョォオアアアアアアアッ!」
「フォオオオオオオオオオ……」
そこで天使達に向かって突っ込んで来たのは、四体のベータラプターと一体の雪だるま。
そう、勇者の魔の手から逃れるためだけに召喚していた、杏子の土精霊と委員長の氷精霊は、いまだにこの場に残っているのである。
二人の魔力はほとんど空だが、すでに呼び出した精霊に指示を出すのに魔力は消費しない。召喚した時点で、存在に必要な魔力は与えているのだから。
そして精霊である以上、小鳥遊との戦いに参戦できる。急場で呼び出された微妙な強さの精霊ではあるが、桜ちゃんをフォローするには十分な働きぶりができる。
「まだ残ってんのかよ、この雑魚どもがぁ! 何やってんだ、そんなのさっさと蹴散らせよ!」
ベータラプターの爪と牙、雪だるまのアイスブレス、どちらも守護天使が展開する『聖天結界』を破るには威力が足りていない。
だが突破はできずとも、奴らに張り付いているだけで、行動を阻害できている。
そしてその隙を逃すほど、桜ちゃんは甘くない。
「蒼真流————『荒れ逆波』っ!」
強烈な横薙ぎの一閃が、ラプターに集られて動きを止めていた天使の背中を襲った。渾身の武技はやはり出力低めの『聖天結界』を切り裂き、返す刃でトドメを刺す。
これで二体撃破。
「くそが、いい様にやられてんじゃねぇ……お前らも行けっ!」
おっと小鳥遊、戦力の逐次投入は悪手だぞ。そんなの順番に撃破されるだけじゃん。リアルタイムストラテジーとか、やったことない?
早々に二体も天使がやられ、今まさに三体目もやられようとしている中、小鳥遊は手元に残していた三体を送り出した。
残りの二体を前面に立てて自分を守りつつ、新しい守護天使を召喚して補充するつもりなのだろう。奴の周囲に再び円形の召喚陣が灯った。
「召喚獣の物量戦、受けて立つぞ小鳥遊————出でよ、スケルトン、ハイゾンビ、タンク」
『召喚術士の髑髏』を嵌めた『愚者の杖』を振るって、僕のアンデッド軍団をフルスロットルで召喚だ。タワーの底を攫ってかき集めた、ゴーマ王国民のコアを大放出。とにかく数を繰り出してやる。
「馬鹿かよテメーは、ソイツらは精霊じゃねぇから止まるんだよ————『神聖言語「天界法15条・調停者特権第1項」』」
そう、召喚獣は精霊とは異なる存在らしく、神聖言語で停止させられる。レムが止まったのもこのせいだ。
小鳥遊が気合を入れて『拒絶の言葉』よりも強力かつ効果範囲が広い「天界法15条・調停者特権第1項」とやらを行使したことで、出現した僕のアンデッド軍団はピタリとその場で動きを止めた。
「ところで小鳥遊、悪霊って精霊だと思う?」
「ああ?」
「声なき声をかき集め、闇夜に透ける姿を映す。狂気の沙汰、悲劇の果て、虚無の末路。暗き底なし沼に淀む者達よ。悔い、改めることなかれ————『悪霊憑き』」
ちょっと久しぶりの出番となるのは、この使いどころが限られる微妙な呪術『悪霊憑き』である。
複数の敵にけしかけることで、悪霊に憑りつかれた奴が暴れて同士討ちを誘発させるのが基本的な使い方なのだが……あえて呼び出される悪霊の受け皿となる器を用意しておくと、どうなるか。
当然のことながら、悪霊たちは嬉々として器へと入り込み、その悪霊と呼ばれる所以となる凶暴な怨念のままに暴れ出す。
「さぁ、暴れろ、イヴィルアンデッド軍団!」
「クカカカカッ!」
「オォオオアァアアアアアアッ!」
「ブルゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
スケルトンが骨の顎を鳴らし、ハイゾンビが絶叫し、タンクが唸りを上げて突撃を開始する。その元気いっぱいなイヴィルアンデッド軍団の姿を、小鳥遊が啞然とした表情で見つめていた。今のアイツの気持ちを代弁するなら、なんでコイツらも止まらねぇんだよ、といったところか。
ああ、そうだよ小鳥遊、悪霊は『神聖言語』じゃあ止められないんだよ。
僕は自分の推測が見事に的中したことで、大いに満足気な笑みを浮かべた。
『神聖言語』対策を考えるにあたって、僕は一つの仮説を立てた。そもそも、何故『精霊』は対象外となって自由に動けるのか。神が授けたスキルだから、そういう仕様です、という話で終わってしまう可能性もあった。バグを仕様と公式が言い張れば、それは仕様なのである。
だがそうではない可能性も十分にある。『神聖言語』にも何らかの原理が存在しており、それに基づいて効果が発動しているという、いわば普通の魔法と同じように明確な法則に従って動いているというものだ。
そうであるならば、『神聖言語』の効果対象とは何を指しているのか。僕ら人間や召喚獣、キナコのような本物の魔物は、全て含めて効果を受けてしまう。だが精霊は受けない。これらの違いは一体何なのか————僕はそれが『魔力』ではないかと推測した。
この魔法が当たり前に存在する異世界において、魔力は最大の自然エネルギーである。魔物ではない、ただの野生動物ですら多少の魔力を持っている。そして天職持ちの人間や強い魔物は、有り余る魔力を使って魔法や特殊能力のような力を行使できるのだ。
僕らが持ちえる超人的な力の源泉、それが魔力。
故に、その魔力に干渉できるならば、あらゆる行動を封じる絶大な拘束力を発揮するのではないだろうか。正しく『神聖言語「拒絶の言葉」』の効果のように。
自分の魔力が扱えなければ、魔法も武技も発動することができない。逆にある程度の利用ができれば、体を硬直させることだって難しくはないだろう。武技の技後硬直のような反動を意図的に引き起こしている、と考えるのが妥当かな。
しかし、そうであるなら魔力の塊であり、魔法生物とでも呼ぶべき存在の精霊こそ、真っ先に影響を受けそうなものだが……彼らが平気なのは、『神聖言語』の持つ魔力干渉に抵触しないから、ではないだろうか。
つまり、同じ魔力と一括りに読んでいるが、厳密にはその質には何かしらの違いが存在する。
元々、魔力は火や氷、光と闇、というように属性という差異が存在しているのはすでに明らかだ。だが目に見えて違いが分かりやすい属性の他にも、魔力の質の違い、が存在していてもおかしくはない。
人も魔物もまとめて行動を封じる『神聖言語』は、全属性を含めたかなり広範囲の魔力の質を対象内としてカバーできている。だが精霊の持つ魔力の質は対象外にある。
もしこの仮説が正しいのであれば、精霊じゃなくても、同じく魔力の質が大きく異なるような存在ならば、『神聖言語』の効果対象にならないのではないか。
そしてその異なる質の魔力を持つ存在、の筆頭候補がこの『悪霊』だ。
「あああっ、クソがっ! 肝心な時に使えねぇじゃねぇかよ、このゴミスキルがぁ!」
殺到してくる凶暴なアンデッド共に、たかが四体の守護天使はあえなく数の暴力に飲み込まれていく。
その姿を目の当たりにして、全く拘束効果を発揮しない『神聖言語』を罵倒しながら、小鳥遊はこちらの数に対抗するべく、更なる召喚陣を展開し始めていた。
よし、ここで押して、一気に勝負を決めてやる。どうせこれが最終決戦、出し惜しみはナシだ。
そうして僕は再びオーマの杖、『亡王錫「業魔逢魔」』を握った。
「準備はいいかい、僕の闇精霊。ギアを一つ上げていくぞ————」




