第378話 最終決戦(2)
一定の距離を置いて、蒼真悠斗と天道龍一、そして双葉芽衣子の三人は天送門から離れて行く。
互いに無言。けれど、足を止めた位置は示し合わせたように同じであった。
「この辺でいいだろう」
ゆっくりと二人へ向き直った悠斗は、右手に『光の聖剣』、左手に『聖火蒼雷』を握る二刀流で構えた。
「おう」
何の気負いもなくそう応えた龍一は、黒き王剣『冥剣・ザムド』を右手一本で肩に担いで佇む。
「小太郎くん、大丈夫かな……」
脇目も振らずに走って行く幼い我が子を見送る母親のような目で、随分と離れた小太郎達の方を眺めてから、ようやく意を決したように悠斗へと振り向く。
芽衣子が持つのは右手に『黒嵐剣斧ギラストーム』。左手に『ザガンズ・プライド』。共にゴーマ由来の変則二刀流だ。
小太郎の方へ向けていた慈愛の目は一変し、修羅の如き殺意が宿った鋭い視線を悠斗へ向け————刃が振るわれた。
「唸れ、ギラストーム」
冷たく言い放ちながら、右腕一本で握っているとは思えぬ速度で黒き雷のハルバードが縦一文字に振るわれる。
巨大な斧槍の刃が奏でる豪快な風切音をかき消すように、けたたましい雷鳴が響く。刃より発せられた赤黒く輝く雷撃が、絡み合う蛇のように悠斗へと襲い掛かった。
「『天の星盾』」
悠斗が選んだのは防御。聖なる光の盾は剣を握ったまま掲げた左手の先へと瞬時に形成され、迫り来る雷撃の間に立ちはだかった。
バリバリと激しい音を立てて赤いスパークが盛大に散って行くが、勇者の盾はびくともしない。
しかし、派手に弾けたスパークはその強烈な閃光と轟音によって、一瞬とはいえ視覚と聴覚を奪った。
そして、その一瞬が間合いを詰めるに十分な隙となる。
一歩目からトップスピードに乗るほどの急加速で駆けだした龍一は、直後に『冥剣・ザムド』を振り下ろす。その大きな刃には、すでに膨大な魔力が溢れんばかりに集約され、
「————『ネザーヴォルテクス』」
刀身に渦巻く漆黒の奔流が、悠斗へ襲い掛かった。
勇者の剣『光の聖剣』と、勇者の盾『天の星盾』は、一つしか出すことは出来ない。万能かつ強力な勇者の固有スキルであるが、何かしらの制約というものは存在している。
剣も盾も、込めた魔力量と悠斗の意思に応じて変形したり巨大化させたりすることは可能だが、左右に二つ以上展開することはできないのだ。
そして今、堅牢な勇者の盾は芽衣子の放った雷撃を止めるのに使われており、『ネザーヴォルテクス』は右側面から迫り来る。
ヤマタノオロチの頭を半壊させるほど強力かつ大きな破壊の渦を発する大技だが、龍一は大元である大剣の切先が届くほどにまで間合いを詰めていた。
「ぐうっ————」
咄嗟に繰り出したのは『光の聖剣』での防御。
しかし轟々と渦巻く禍々しい竜巻に加え、剛力と武技としての威力が乗った大剣の刃が、光の剣を弾き飛ばす。十全に放たれた大技を、右手一本で咄嗟に振るっただけの剣で防ぎきろうというのは如何に勇者といえども無理があった。
そのまま手から剣が弾き飛ばされそうな強烈な衝撃の中、悠斗はあえてその力に逆らわず自ら乗って飛んだ。
傍から見ればあまりの威力に体ごと吹っ飛んだように思えるが、超人的な身体制御によって中空で身を捻って体勢を立て直すと同時に、これ以上の追撃を牽制する攻撃魔法も放っていた。
「『多重連鎖召喚陣』————舞い散れ、『火聖霊』、『雷聖霊』」
宙を舞う悠斗の軌跡に沿って幾つも連続展開されてゆく小型魔法陣から、青白い火球と雷球が次々と飛び出してゆく。
明確に敵の二人を狙って飛んで行くものもあれば、悠斗との間を遮るように滞空するもの、あるいは気まぐれに浮遊しているだけのようなものもある。だが火と雷の聖霊は、そこに宿す力によって勇者を襲う敵の動きを阻害する。
「ちいっ、邪魔くせぇ羽虫が、まとめて消し飛びやがれ!」
殺到して来る二種の聖霊へ向けて、いまだ途切れることなく放出されている『ネザーヴォルテクス』を横薙ぎに振るう。その巨大な一閃によって、自分に向かって来るもの、来ないもの、区別なく消滅させてゆく。小型の聖霊に過ぎない存在では、あまりにも強大な闇の破壊力にはどれほどの数がいようと耐え凌ぐことは敵わない。
「はぁああああああああ!」
一方、芽衣子は大技も小細工もない。左手にした『ザガンズ・プライド』の刀身を最大幅に展開した盾として、強行突破を選択していた。
相当数の聖霊が攻撃魔法の乱れ撃ちが如く飛来し、次々と巨人の刃に着弾するが、狂戦士の突進は全く揺らぐことなく直進を続ける。
「やはり、この程度では止まらないか————『白影槍』」
突進をかける相手を串刺しにする白き槍が林立する。リライトはこれを力任せに突き破ってきたが、芽衣子は盾のように大剣を翳していても、『白影槍』が突き出るタイミングとリーチの全てを知っていたかのように、寸前で跳躍し軽々と飛び越えていく。
「『蒼炎波』、『蒼雷衝』」
空中に飛びあがった芽衣子を襲うのは、魔法剣『聖火蒼雷』より同時に放たれる二つの攻撃魔法。
『蒼炎波』は回避を許さぬ範囲で青白い火炎の大波となって広がり、その火中を『蒼雷衝』が雷の大槍と化して貫いて行く。
宙にあっても虚空を蹴って移動するくらいは当たり前。芽衣子が炎に巻かれながらも回避を選べばそれでよし。それでも突破を狙うならば、真正面から放射される『蒼炎波』の圧力と『蒼雷衝』の威力でもって叩き落せる。
果たして芽衣子の選択は、やはり正面突破。狂戦士は一歩も引かぬ。そう言わんばかりの気迫と共に、燃え盛る火炎の中へそのまま突っ込んで行く。
「『剛撃』っ!」
「くっ、これでも止まらないのか」
青い炎の中からゾっとするような気配を敏感に察知した悠斗は、二つの攻撃魔法による迎撃に失敗したことを悟り、考えるよりも先に反射的に更なる後退を選んだ。
芽衣子の『剛撃』は、盾を叩きつける武技だ。いわゆるシールドバッシュである。
ヤマタノオロチ討伐戦において、エース三人組でオロチ首を相手取った際に、彼女がそれを使って巨大な頭を弾き飛ばした強烈な威力を、悠斗はよく覚えている。
なるほど、『剛撃』ならば少しばかり炎と雷を浴びせられたところで、止められるはずもない。
「やあっ!!」
そう理解した直後、炎の中から無傷で現れた芽衣子が、すでに振りかぶっていた黒雷のハルバードを叩きつける。一瞬前まで悠斗の立っていた床へと、重い斧槍の一撃と雷撃が同時に炸裂。
紙一重で回避は間に合ったが、
「どうした悠斗、腰が引けてるぜ」
再び間合いを詰めた龍一の王剣が、悠斗に迫る。
連続で『ネザーヴォルテクス』が放たれることはなかったが、漆黒の刀身には強力な闇の魔力が迸っている。禍々しい闇の大剣を、今度は光の盾で受けた。
ギィイン、という金属音と相反する魔力が弾ける音が入り混じって響き渡る。流石に『天の星盾』であれば、龍一の力強い斬撃も安定して凌ぐことができる。
上手く受け流すことができれば、大剣を持つ龍一よりも、自分が片手で握った光の剣を振るう方が早い。
だがそんな反撃など、王と肩を並べる狂戦士が許すはずがない。
「————『撃震』」
バリバリと唸りを上げる雷鳴と共に、芽衣子の武技が飛んで来る。
まずい、と悠斗は自分の状況を察する。武技『撃震』で狙われたことではない。これを当てられるだけの間合いにまで、芽衣子が詰めて来た立ち位置が問題なのだ。
龍一と芽衣子はそれぞれ、自分を左右から挟み込むような位置についている。それも、互いに持つ大型武器の切っ先ならば届き、けれど通常の直剣や刀では届かない、絶妙な間合いで。
「『三裂閃』————『蒼風刃』」
流れるような三連続攻撃の武技により、ひとまずは目の前の攻撃を凌ぐ。
初撃で『撃震』を弾き、次に龍一の斬撃を迎え、最後は再び芽衣子が左手にした『ザガンズ・プライド』を防いだ。回避のみで凌ぐのが理想だったが、それを許すほど甘い二人の腕前ではない。
そして武技を含めた一撃を弾くならば、こちらも武技を費やさなければ打ち負ける。この間合いで体勢を崩されれば、次は後退するまでもなく追撃を受けることとなるだろう。
ダンジョン攻略の初日で、鎧熊を倒して獲得した武技『三裂閃』は、悠斗にとっては使い慣れた技である。故に左右から挟撃する位置につく二人に合わせて斬撃をぶつける変則的な振るい方も可能とする。
三連撃の威力と速度は見事に龍一と芽衣子の攻撃を凌いで見せたが、武技である以上、大なり小なり技後硬直が発生するもの。『三裂閃』の硬直は非常に短く済むが、この状況下では致命的な隙を晒す。
よって、あらかじめ足元で発動させた風属性攻撃魔法『蒼風刃』を炸裂させ、その風圧によって強引に初動とする。
一瞬硬直する体を、青白い風の刃が至近の足元で爆ぜ、自分の体をふわりと浮かばせ後ろへ飛ばす感覚を覚えながら、悠斗は剣と盾を構え直して着地。
「逃がすかよ」
「このまま削り切ってあげる」
だが、所詮は急場凌ぎの対応に過ぎなかった。ぴったりと挟撃配置を崩さずに、龍一と芽衣子は悠斗に追随する。
やはり二人の間合いは、自らの大型武器がギリギリで届く距離。
強力な天職、強化を重ねた武器、そして鍛え上げた武技と魔法。超人的な能力の数々をその身に宿し、クラスで図抜けた実力を持つ二人がこの局面で選んだ有利は、武器のリーチ、というどこまでも単純な物理的なものだった。
「くっ、ぐぅ……ま、まずい、このままでは……」
正しく刃の嵐が悠斗に襲い掛かる。
使う武技に大技はいらない。最も使い慣れた、技後硬直が最小で済む武技のみを織り交ぜて、二人は猛攻撃を叩き込む。
龍一は闇のオーラ渦巻く大剣に加えて、攻撃魔法も放ってくる。重い一撃を繰り出す『冥剣ザムド』の合間を、各属性の下級攻撃魔法が補って隙を埋めている。
芽衣子はハルバードの雷撃を撒き散らしながら、左手の剣も大剣サイズにまで伸長させることで、広い間合いを持つ変則二刀流の高速斬撃が舞う。無尽蔵のスタミナと強靭なパワーで、常人なら一度振れば息が上がってしまうような大型武器を難なく振り回し続けている。
そして何より、この二人の攻撃は絶対にお互いを邪魔しない。
互いの攻撃が相乗効果を発揮する連携ではない。だがしかし、決して行動の妨げにはならない、という強固な信頼関係のようなものがある。
傍若無人にして唯我独尊を貫く龍一と、肩を並べて戦えるのは親友たる自分だけだった。まさか、自分の他に龍一と対等な立場で戦える者が現れるとは。
二人が共に最大限の力を発揮して、たった一人の相手を攻撃している状況を、龍一を良く知る悠斗だからこそ、どれだけ奇跡的なものであるか理解してしまう。
同時に、龍一と芽衣子が互いの動きを阻害することで隙が生まれることはないだろう、という絶望的な確信も得てしまう。
「『剛力』、『一閃』、『衝破』、『加速回復』————」
対する悠斗は、持ちえるスキルをフル回転させてもなお、超人二人の猛攻を凌ぐことで精一杯だ。
隙を潰して間断なく続けられる嵐のような連続攻撃の渦中にあって、使えるスキルは瞬間的な発動が可能なものに限られる。溜めや詠唱が不要の最短発動。しかし、その効果は戦局をひっくり返すほど絶大な力は発揮されない。
追い詰められているのは、間違いなく自分の方だ。
勇者の剣と盾。蒼真流の技。数多のスキル。蒼真悠斗が培った全ての力を費やして尚、防戦一方とならざるを得ない。王と狂戦士に挟まれて、これほどの時間を致命傷も受けずに凌ぐには、それほどの実力が必要ということでもある。
一対一で戦えば、勝ちの目は十二分にあった。けれど二人同時に相手どれば、如何に勇者といえども越えられない。
絶対的な戦力差の壁。そしてその戦力差を最大限に活かして立ち回る二人に、どこにも勝機を見出せる隙はなかった。
「————『破断』」
幾度目になるか分からない芽衣子の武技に、これまにないほど背筋が凍り付く。
直撃すれば死ぬ。致命的な一撃が今まさに自分の身に迫るからこその悪寒。
「うおおっ!」
どうにか盾を差し込み、辛うじてガードに成功する。間に合わなければ、そのまま一刀両断されていた。
そう、この身に明確な致命の一撃が飛んで来たからこそ、悠斗は確信する————双葉芽衣子は、本気で俺を殺す気で来ている、と。
「甘いぜ悠斗」
王剣の一閃と共に龍一の声が届く。
輝く聖剣でギャリギャリと光の粒子を弾けさせながら受け流し、それ以上の追撃を防ぐべく蒼雷の攻撃魔法を放つ。
「殺しはしないが、手足全て吹っ飛ばすくらいは覚悟しておけよ」
悠斗の気持ちも対応も、どちらも見抜いたかのように龍一は一歩も引かず、さらに踏み込む。
放った二筋の青い雷撃は、すでに龍一が発動していた鱗型の防御魔法に阻まれる。そして、切り返された王剣が唸りを上げて迫る。
横薙ぎの一閃は低い。腰より下、足狙い。
「ぐあっ!」
鋭い痛みが悠斗を襲う。咄嗟に足を引いたが間に合わず、腿を浅く切り裂かれた。
なるほど、確かに足を引くのがコンマ一秒遅れていれば、この右足ごと切断されていただろう。
「正に容赦はなし、か……」
「命まで寄越せってのは双葉だけだぞ。十分、手心は加えているだろうが」
「うん、蒼真悠斗。貴方も取り返しのつかない罪を冒している。ここで死ぬべきだよ」
龍一は親友のよしみで、命までは狙っていない。だからといって、悠斗の命を救うために、芽衣子を止める気もないようだった。
本気の殺意を抱く芽衣子と、四肢を全て失うほどの重傷までは許容する龍一。
対して悠斗は、二人の命は勿論、あまりに大きすぎる重傷も避けて戦わねばならない。出来るとしても、利き腕を一本、切り飛ばすくらいが限界だろう。
それ以上だと、元通りに治癒できるかどうか分からない。
みんなを救うための、勇者の力。だが今は、その勇者の使命が悠斗を更なる不利へと追い込んでいた。
もっとも、この状況下ではたとえ殺すつもりで戦ったとしても、ひっくり返すことは容易ではないのだが————
「ぐっ、ぉおおおおおおおおおおおおっ!」
悠斗の雄叫びが広間に木霊する。
一向に衰えることのない刃の嵐に、少しずつ、けれど着実に悠斗の体に傷が、ダメージが、蓄積されてゆく。
もう何度も手足には二人の刃がかすめ、新品同様かつ更なる強化も施されているはずの制服も、ズタズタに裂かれてきた。鮮血が滲み、両手は血濡れで気を抜けば握りしめた柄を滑り落してしまいそうになる。
足元に滴る血の雫は点々と増えて行き、猛攻撃を掻い潜るために俊敏に動く体はさらに血の飛沫を散らせる。
吠えて自らを鼓舞しなければ、気持ちが折れてしまいそうなほどの劣勢。
こちらも手足を狙って反撃を試みるが、二対一と間合い、両方の有利を確保する龍一と芽衣子は全く動じることなく冷静に対処する。
突破口はまるで開けず、悠斗は一方的に出血を強いられ続けていた。
負ける。このままでは、確実に負ける。
何もできず、ただ体力を削られて力尽きてしまう。
「俺は————」
俺はまた、守れないのか。
ここで俺が倒れれば、どうなる。小鳥遊小鳥が一人残れば、彼女を恨む桃川は間違いなく、残虐な方法で呪い殺すだろう。
当の昔に洗脳されきった芽衣子も、奴に屈してしまった龍一も、最終的にはどうなるのか。邪悪な呪術師に、人としての情など期待できるはずもない。用済みとなれば簡単に切り捨てるに決まっている。
この二年七組は、あの邪悪を極めた一人の少年によって、そんな悲惨な末路を辿るより他はない。
「————そうは、させるか」
この背筋に走った悪寒は、最悪の想像を思い浮かべたが故か。あるいは、
「これでっ」
「終わりだぜ、悠斗」
光の剣が弾かれた。
光の盾も、押し退けられた。
自分を守るものは、もう何もない。がら空きとなった胴体に狂戦士の刃が迫り、両脚をまとめて斬り飛ばすべく王の一閃が奔る。
ついに致命的な隙を晒した悠斗に、決着の一撃が二つも叩き込まれ、
「『勇者』は負けない————『煌の霊装』」
第四固有スキル
『煌の霊装』:三位一体の聖霊が宿る勇者の鎧




