第377話 最終決戦(1)
「……やったね、メイちゃん、天道君」
それと桃子。見事な神風特攻だったよ。切り札の一つ、『レクイエムハート・スマートガイ』をつぎ込んだ甲斐はあったね。
彼らの勝利は、遠目から眺める僕にも確認できた。
甲殻の内側で爆ぜた灼熱の業火によって、ヤマタノオロチは完全に息絶えている。岩山のような巨体は黒焦げの丸焼け。再生途中にあった六本の首も骨まで炭化したように焼き尽くされ、ただ長大な燃えカスとして横たわるのみ。
急造で弱体化していたとはいえ、ヤマタノオロチを僅か四人のチームで討伐を果たしたのは伝説的な偉業と呼ぶべきだろう。けれど残念ながら、その勝利を素直に喜ぶ暇はない。
討ち果たした怪物を背景に、天道君とメイちゃんを載せたリベルタが、全速力でこちらへと戻って来た。
「お疲れ様。あのヤマタノオロチをよく倒してくれたと賞賛したいけれど————急ごう。下の状況は最悪に近い」
笑顔でお出迎えができるほど、僕には余裕がなかった。
すでに錬成作業は終えた。このままいつでも最下層へ突入できるよう荷物はまとめている。でも後片付けまでするほどの暇はないので、貴重な素材もそこらに散らかったまま放置だ。
「キナコが死んで、葉山君が飛ばされた。蒼真悠斗が現れたせいでね」
「……そうか」
天道君はいつもよりもキツめに顔をしかめて、そう応えた。
仲間に犠牲が出た以上、悠長なことは言えないからね。
「メイちゃん、天道君、回復はいるかい」
「すぐに行こう。途中でポーションとか飲んでおくから」
「ああ、のんびり休んでいる暇なんざねーからな」
「助かるよ。下に降りるまでに、簡単に作戦も説明しておくから、聞いておいて」
そうして、ついに最後のメンバーが最下層へと突入する。
吹き抜けとなっている巨大な螺旋階段を下りながら、二人は各種ポーションで体力と魔力をできうる限り回復をしつつ、僕の話へ耳を傾けてくれる。
キナコが勇者登場と同時に首を落とされ殺されたこと。
その凶行を目の当たりにした葉山君が闇の魔人と化して暴走し、蒼真悠斗と激闘を演じたこと。
その一方でついに小鳥遊小鳥も現れ、消耗した委員長達に召喚獣の天使をけしかけて膠着状態になっている。
そしてついに蒼真悠斗が葉山君を制し、恐らくはランダム転移と思われる天送門で追放。その直後に、分身の僕は奴に切られて、リアルタイムでの状況把握はそこで寸断されてしまった。
「最悪、全滅しているかもしれない」
だから覚悟はしておいて、と伝えてはおく。
天道君もメイちゃんも、どちらも何も言わずに頷くのみだった。こんな時は、本当にもう神様に祈るしかないんだよね。
どうか間に合え。せめて、残った仲間をこれ以上失う前に。
そうして全速力で階段を駆け下り、最下層へと僕らは降り立つ————その瞬間、眩しく輝く真っ白い閃光が、広大な空間である天送門広場に満ちた。
この輝きは、勇者や小鳥遊が発するモノではない。桜ちゃんのフラッシュだ。僕は瞬時にそう判断し、二人に伝えた。
どうやら、ギリギリで間に合ったようだと。
「————よう、悠斗。久しぶりだな」
堂々と現れた天道君の姿に、蒼真悠斗はその場に止まって視線を寄越した。
「ごめんね、みんな。来るのが随分、遅れちゃったね」
並び立つメイちゃんの姿に、小鳥遊がやや緊張した面持ちを向ける。
「ふふん、消耗しきった僕らみたいな雑魚を相手に、よくもイキリ散らしてくれたなぁ————こっからが本番だ、覚悟しろよ」
本音と虚勢を半々で、王と狂戦士の威を借りて僕も前へと出る。さぁ、これで正真正銘、生き残ったクラスメイト全員集合だね。
えっ、姫野? 目立たないよう後ろでじっとさせているに決まってるじゃん。
「やっと来たかよ、小太郎……」
呪印で召喚したベータラプターの上で、疲労困憊といった様子でぐったりしている杏子が、僕をジト目で睨んで言う。
「ごめん。でも悪いのは全部、小鳥遊のせいだから」
「じゃあ、今度こそきっちりシメてくれよな」
「任せてよ、準備は万端だからね」
「あっ、そうだコレ。大事な装備だろ、ちゃんと拾ってきてやったぞ」
と、杏子は自分用の空間魔法付きポーチを僕へと手渡してくれる。中身は当然、分身の僕が使っていたエース装備たる『無道一式』と『亡王錫「業魔逢魔」』だ。
本当に助かる。ここでこの二本を失っていたら、ちょっと立ち直れないレベルで萎える。共に二度と手に入らない、一品モノのユニーク装備なのだから。
「ありがとう杏子、愛してる」
「ウチも愛してるぞー」
恥ずかしげもなく杏子は笑って言うと、そのまま下がって行った。
それにしても、あの状況からよくベータ召喚して逃げられたものだ。桜ちゃんのフラッシュもそうだし、向こう側に見える雪だるま型の氷精霊もいることから、委員長もアイツを囮として頑張ったのだろう。
持たせた手札を全てつぎ込んで、何とかエスケープ成功といったところか。
「龍一、悠斗君に説得が通じるとは思わないでね」
「ふん、元から話し合いで何とかする気なんかねぇよ」
「拳でも足りないわ。手足を斬り飛ばす覚悟で挑みなさい」
「覚悟なんざ、とっくに済ませてきてるさ。俺もアイツも、な」
同じくベータに乗って逃げて来た委員長が、天道君と言葉を交わしてから後方へと下がっていく。
おい蒼真悠斗、委員長がお前の手足全部ぶった斬ってもいいって許可を出してくれたぞ。二度と聖剣握れない体にしてやる。
「桜ちゃんと夏川さんは元気そうだから、まだまだ頑張ってもらうよ」
「ううぅ……私も結構、死力を尽くして頑張ったんだけどぉ……」
「やはり貴方には、人を思いやる気持ちなどないのですね。私が兄さんに撃たれて、どれほど心を痛めているか」
二人ともなんか文句言ってるけど、『神聖言語「拒絶の言葉」』の範囲外から出たお陰で、ベータから降りて自分の足で普通に立っていられる時点で、体力的にも魔力的にも全然平気なのは明らかなんだよね。
でも僕はクラスを率いる男子委員長として、きちんと人を思いやる気持ちを持っているから、ちゃんとフォローもするよ。
「夏川さんは、一旦下がって姫野さんから補給受けてきて。残ってるおやつ、全部食べてもいいから」
「えっ、全部いいの!? クリーム入ってるやつ、全部食べちゃうよ!」
「いいよ」
「よーっし、頑張るぞっ!」
盗賊の俊足をもって補給へ走る夏川さんを見送ってから、僕はにっこり笑顔で桜ちゃんに思いやり溢れる言葉を伝える。
「桜ちゃん、それ追放された葉山君の前でも同じこと言えるの?」
「くっ、ぐぬぬぅ……分かってますよ! 私が、何としてでも兄さんを止めて見せますから!」
「悪いけど、桜ちゃんはこっち。僕と一緒に小鳥遊の相手だ」
『勇者』蒼真悠斗の力は強大だ。シンプルに強いから、下手な手出しは邪魔にしかならないし、こっちも犠牲が出かねない。僕は嫌だよ、ここまで来て『痛み返し』で勇者と相打ちになるなんて。
「『勇者』の相手は、メイちゃんと天道君の二人に任せるんだ」
天職によって誰もが強力な力を授かり、これまでの長きに渡るダンジョンサバイバルによって成長を果たした僕らだけれど、やはりこの最終局面において、あの三人の強さは別格なのだ。この戦いは最終決戦にして、頂上決戦でもある。まぁ、二対一だけど、よもや卑怯とは言うまいな?
「そう、ですね……私の言葉も届かない以上は、龍一に後は任せます」
桜ちゃんの説得なんて欠片も効果なんかないよ、って僕散々言ったじゃん。そんな万策尽きたみたいに言われても、残当であるとしか。
「そんなことより桜ちゃん、体痺れてないよね?」
「ええ、大丈夫ですが……」
「ねっ、僕の言った通りだったでしょ」
下から覗き込むようにそう言ってやると、悔しそうに桜ちゃんは顔を逸らした。
『アサシンスーツ改・絶縁仕様』:古代の戦闘服らしい全身スーツ。そのまま着用できるのは夏川さんのみで、『アサシンスーツ』と名付けられて盗賊専用の強化服として運用されているが、錬成と呪印を駆使して弄った結果、桜ちゃんにも装備させることに成功した。今回からは前衛として桜ちゃんも戦うことになるので、こういった強化装備も重要だ。近接戦闘能力の強化が主目的のスーツだけれど、副次的な目的としては、防御面、特に雷撃に対する耐性を高めている。これは蒼真悠斗と桜ちゃんが真っ向勝負となった場合を想定すれば、雷魔法による気絶を狙うのが、最も可能性が高いからだ。アイツに妹は殺せないし、出来る限り傷もつけたくないと思うに違いない。故に、桜ちゃんを無力化する最も手っ取り早い方法が、すでに習得もしていれば武器もある、雷属性によって気絶させることなのだ。だから雷耐性を上げて無効化しつつ、喰らって気絶したフリが出来れば、こちらにもチャンスが生まれる。どうやら、桜ちゃんはそのチャンスを上手く活かしてくれたようだ。やればできるじゃん。
「……まぁ、備えが役立ったことは、認めますが」
「備えあれば患いなし、だよ。兄さんが私に手をあげることなどありません! なんて言って着ようとしなかったワガママな子も、これで備えることの大切さを学んでくれたよね」
「もういいでしょうそんなことはっ!!」
おっと、いつものビンタが飛んで来たのを、僕は華麗なバックステップで間合いの外へと脱する。僕も学習してるんだよ、桜ちゃんの生態を。
「それじゃあ、向こうもお待ちかねのようだし、そろそろ始めようか」
僕と桜ちゃん。天道君とメイちゃん。それぞれが、改めて勇者と賢者のラスボスコンビと相対する。
「龍一、お前も桃川に操られてしまうとは。残念でならないよ」
「その言葉はそっくり返すぜ。全く、女に騙されたテメーの尻ぬぐいする羽目になったんだぞ。この借りは高くつくぜ、悠斗」
「やはり説得するだけ無駄か……あの龍一をここまで隷属させるとは、一体どれほど強力な洗脳の呪いなんだ」
本当にそんなチート洗脳呪術あるなら、とっくの昔に二年七組は犠牲者ナシでダンジョン攻略完了しているっての。
「で、つまんねぇ御託はそれだけか?」
「龍一とだけは、本気で戦うことは避けたかったが、仕方がない。俺も覚悟を決めよう……小鳥遊さん」
「うん、なぁに」
「相手は龍一と双葉さんのタッグだ。本気で戦う。危険だから、下がっていてくれ」
「で、でも、小鳥だって力になれるよ!」
おい小鳥遊、今その演技いる? お前、絶対に勇者と王&狂戦士のガチバトルになんて首突っ込みたくねぇって思ってんだろ。
最初から掩護なんかする気もないのに、わざわざヤル気ありますアピールするとは。徹頭徹尾、猫かぶり演技は止めないつもりか。
まぁ、これが最後の戦いだ。お前の化けの皮をもう一度、勇者様の前で剝いでやる。
「小鳥遊さんは桃川と桜を抑えてくれ。放っておけば、何をするか分からない。いや、向こうも積極的に君を狙ってくる」
「うっ、そう、だよね……」
「あの二人を相手にすれば、俺も君を守り切ることはできない。俺が勝負をつけるまで、何とか持ちこたえて欲しい」
「うん、分かったよ、蒼真くん。大丈夫、小鳥は絶対に足を引っ張ったりなんかしないんだから!」
危ない。小鳥遊があまりにも天真爛漫な笑顔を浮かべて言うものだから、つい手が出るところだった。このタイミングでブラスターなんかぶっ放しても、止められるに決まってる。下手に突いて状況が変わるのもまずいし……まさか小鳥遊、あれが僕に対する最大の挑発だと分かった上でやっているのか。
「ああ、頼んだよ、小鳥遊さん」
王子様のような爽やかな笑顔を浮かべて、小鳥遊の鳥頭をナデナデするサービスをしてから、改めて蒼真悠斗は相対するライバル二人へ向き直った。
「ついて来い。お前達も、桃川を巻き込む距離で戦いたくはないだろう」
天道君とメイちゃんは一瞬だけ目配せして、歩き出した蒼真悠斗に続いてここから離れていった。
同時に小鳥遊も、十体の守護天使を侍らせながらジリジリと後ずさりを始める。勿論、このまま奴を逃がすつもりはない。
「さぁ、行こうか、桜ちゃん」
「はい、小鳥は必ず、ここで倒します」
「倒すんじゃない、殺すんだよ。最後に一応聞いておくけど……人を殺す覚悟ってやつ、できてる?」
試すように、僕は桜ちゃんの顔を見上げて問うた。
その質問に、憂いを帯びた表情で俯いたのは、一瞬の事。白嶺学園一を誇る美貌に、確かな意思と覚悟の籠った凛々しい目をして、彼女は応えた。
「無論です。小鳥遊小鳥は、すでに取り返しのつかない罪を犯した。命をもって贖ってもらわなければなりません。たとえ、この手を汚そうとも」
「汚れないよ、あんな奴ぶっ殺したところで。死刑と同じさ。死ぬほど悪いことをしたから死ぬ。アイツは死ななきゃならない。だから殺す。僕らが殺す。正義は我にありだ」
「私には、貴方ほど割り切ることは出来ませんよ。けれど……それで太刀筋を鈍らせる気はありません」
「そう、期待してるよ、聖女様」
やれやれ、この最終局目において、相棒になるのが桜ちゃんとはね。本当に人生って、何が起こるか分からないや。
これまで最善は尽くしたけれど、最高の結果は残せなかった。あまりにも積み重なり過ぎた犠牲を前に、とても良くやったと自分を誇ることはできない。
けれど、自分を責めて足を止めることはもっと許されない。所詮、人の身に許されるのは自ら最善を尽くすことのみ。
『賢者』小鳥遊小鳥。お前を殺すための最善を、僕は尽くして来た。
さぁ、ここから先はどっちの神様が勝利の女神に相応しいか、試すとしようじゃないか。
「こ、来ないで! それ以上、小鳥に近づいたら、本当に撃っちゃうんだから!」
「この辺まで下がれば、もう蒼真悠斗に声は聞こえないから、そういうのもういいよ」
下がる小鳥遊を、下がった分だけ追う僕らに対して、守護天使にブラスターを構えさせながら、実に無意味な警告なんぞ飛ばされれば、こうも言いたくなるというものだ。
すでに大広間の片隅で、頂上決戦が始まっている。
響き渡って来る轟音に、何よりもこれだけ離れているのに、ビリビリと伝わって来る強烈な魔力の波動。正直、もっと距離をとりたいくらいだけど、流石にここらが限界だ。
そして、それは小鳥遊も承知のようだった。
「うーん、それもそっか」
わざとらしいほどに勇者の戦いへ首を向けながら、あっけらかんと言い放つ。そうそう、僕にだけは、素の顔を見せていいんだよ?
「じゃあ、さっさと死ねよ————止まれ」
初手『神聖言語「拒絶の言葉」』である。
これを使われれば、身動きは封じられる。そして向こうには十体もの守護天使という召喚獣がいて、僕らを射殺するには十分な威力を誇るだろうブラスターを携えている。
このまま動かぬ的となった僕らを撃ち殺してお終い————って、お前は本気で思っているのかよ。
「止まるんじゃねぇぞ」
「————『輝光防壁』っ!」
ふんぞり返って僕が言えば、隣の桜ちゃんが一歩前へと出て、薙刀を一閃。発動したのは光属性の中級範囲防御魔法『輝光防壁』だ。
虚空を薙いだ輝く刃から、薄っすらと光る白いヴェールのような波動が広がり、直後にそれはガラスのように透き通った光の壁となってそそり立つ。
そこへ殺到したのが、守護天使が一斉射撃をした光の弾丸。ランチャー持ちもいるから、派手に白光が炸裂したりもするが、聖女様の中級防御を抜くには足りないようだった。
「なっ、なんで……なんで止まらねぇんだよ!?」
「ホントに馬鹿だなぁ、お前は。一回見せた技だぞ。対策してるに決まってんだろ」
 




