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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第20章:外の世界へ
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第368話 巨人VS聖獣(3)

「プグワァッ!?」

 と驚いたような鳴き声を上げながら、キナコが加速した勢いのまま前のめりに倒れ込んで行く。巨人と同等の巨躯は、ただ倒れ込むだけでも凄まじい衝撃を発する。

 だが、パワフルな巨獣の全力疾走を食い止めてみせた『黒鎖呪髪』は、そんな程度では決して離しはしない。

「いよっしゃあっ!」

 危ねぇ、結構ギリギリだったぞ。駆けるキナコの背中に何とか追いついた黒髪の大蛇は、まずその後ろ脚に噛み付いた。

 太く長い強靭な胴体だが、頭の方も妥協せずに仕上がっている。目のない蛇の頭、といった外観だが、その顎は見た目以上に大きく裂けて開く。並ぶ牙の形状は不揃いだが、どれも大きく鋭く、一度肉に食い込めばそう簡単には引き抜けない。そんな凶悪かつ不気味な牙が三列にも渡って並び、大口を開けた中を見ると相当にキモい。

 その恐るべき大蛇の顎が、力強く地を蹴りつけるキナコの足首へと喰らいつき、出血と共に体勢を崩した。

「そのまま絡みつけ、絶対に離すんじゃあないぞ!」

 転倒して動きが止まった隙に『黒鎖呪髪』は自慢の大蛇ボディを活かして、まずは足首の方から絡みついてゆく。

 すでに翼を失ったキナコを支える機動力は、もうその両脚にしか残されていない。両方の足首へと足枷のように巻き付き、そのまま腿の辺りまでグルグル巻きにしてゆく。

 大蛇の長さはまだ残っている。巨大な胴体にも巻き付きながら、最大の武器である両腕も封じにかかるが————

「プゴッ、ムガァアアアッ!!」

 転んだ衝撃から立ち直ったキナコが、体に巻き付いて来る気持ちの悪い蛇を血走った目で睨みながら、いまだエーテルの輝きが宿る拳を振り上げた。

 まずい、流石にあのシャイニングパンチが直撃したら『黒鎖呪髪』も壊れかねない。あるいは、両腕で掴んで力づくで引き裂かれるか。素の状態なら耐えられそうだが、一発で巨人レムの胴体装甲もぶち抜くほどのパワーアップ状態となると、どこまで耐えられるか怪しい。

「お願い杏子、僕の蛇を助けて!」

「任せろよ、小太郎。残り全部つぎ込んで、ぶっ放してやるからよぉ————どっせぇええええええええええい!!」


 ズドォンッ!!


 けたたましい爆音を僕のすぐ傍で轟かせて、杏子の必殺技『土星砲』が炸裂した。

 え、魔力切れだからランチャー撃ってたんじゃないのって? そもそも完全に魔力ゼロになってたら、問答無用で気絶している。普通に動いて戦えてる時点で、最低限の魔力は残っているのだ。

 だから魔法行使でそれ以上の魔力消費をせずに、魔力回復用のポーションをガブ飲みして、ここぞという時に一発は撃てる分だけの量は回復させておいたのだ。

 キナコは翼が壊れるギリギリまで粘っていたので、こっちも魔力の回復が間に合った。この戦いでは、時間は僕らの方に味方している。あと一分でも早くキナコが打って出ていれば、この一撃は間に合わなかっただろう。

 杏子の残り魔力をつぎ込んだ『土星砲』は、土精霊の力によってマグマのような輝きを放ちながら、巨大な砲弾となって狙い違わず飛んで行く。

 足を封じられ回避は不可能なキナコが選んだのは、やはりその拳による迎撃であった。

「プゥグァアアアアアアア!?」

 レムを、大蛇を、殴り殺すために残されたエーテルをつぎ込んだ輝く拳は、直撃すれば聖獣状態であっても大ダメージを免れ得ない巨大砲弾を迎え撃つのに振るわれた。

 共に莫大な量の力を秘めた砲弾と拳が真正面からぶつかり合い、火薬もないのに大爆発を起こしたような衝撃が閃光と共に駆け抜ける。耳をつんざく轟音の中、僕が見たのは砕け散る巨岩の砲弾と、燐光と共に血肉が弾ける巨大な拳であった。

 砕けた岩の破片と、キナコの右拳の血と肉片が、入り混じるように飛び散って行く。結果的には、ほとんど相打ち。それはすなわち、勝負としてはこちらの勝ちだ。

「まだ左拳が残っている」

「そっちは私が何とかするわ————『上級エル氷精霊アイズエレメンタル召喚』、『アイスタイタン』!」

 振り上げられる『ホワイトスノウブルーム』と、放られた『プレイヤー・サモン・ポータブル』。杏子と同じく、何とか回復させたなけなしの魔力をつぎ込んで、委員長が氷の巨人を呼び出した。

 そのサイズは巨人レムと比べればずっと小さいが、人間を遥かに超えて大きく重い氷の体は、キナコの腕一本を食い止めるに足るパワーを持っている。

『土星砲』を迎え撃ち、右拳がズタボロとなった苦痛にキナコが呻いている間に、ドスドスとあまり機敏とは言えない寸胴ボディで必死に駆け抜け、次の一手に動くより前に、キナコの左腕へとアイスタイタンが飛びついた。

「ここまで抑えてくれれば上々だ」

 あとは僕の『黒鎖呪髪』が、両腕にも巻き付いて拘束を完了させる。あらかじめ委員長が組み込んだ術式に従って、アイスタイタンも激しく冷気を噴き出しながら、そのままキナコの体を氷漬けにするよう氷結化を始めていた。

「行け、レム。これで完全に抑え込むぞ!」

 そして最後は、ようやく再起動したレムがのっそりと起き上がり、その圧倒的な巨躯でもってうつ伏せに這いつくばったキナコへと圧し掛かる。

 ただ乗っかっているだけではない。レムは努力家のいい子だから、桜ちゃんの熱心な指導によって、きっちり寝技を覚えてきている。僕は柔道の授業で習った袈裟固めしか知らないけど、蒼真流のなんかいい感じの寝技で、キナコを抑えにかかる。

「プッ、グッ、プググゥ……」

 がっちりとレムの腕で首を絞められ、完全に身動きの封じられたキナコが苦し気な呻きを漏らす。

 四肢は『黒鎖呪髪』が縛り上げ、唯一エーテルの光が残った左腕もアイスタイタンが氷漬け。その輝きもチカチカと点滅しており、今にも消えそうだ。その上さらに、同等のサイズとパワーを誇るレムが寝技を決めているのだ。

 今度こそ、キナコの動きを完全に封じ込めた。

 僕らに出来ることは、ここまでだ。それじゃあ、後は君に任せるとしよう。

「今だ葉山君、行けぇーっ!!」




「今だ葉山君、行けぇーっ!!」

 桃川の叫び声に、ついに時が来た、と俺は自覚する。不安と緊張で震える情けない体に活を入れて、全速力で飛び出す。

「うぉおおおおっ、キナコぉおおお! 俺だぁあああああああああああ!」

 必死こいて桃川達によって抑え付けられたキナコの下へと駆け寄る。キナコを助けるために、みんなに途轍もない無理を強いて、ようやく得たチャンスだ。絶対に失敗はできない。俺が必ず、キナコを助けるんだ!

「キナコっ、聞こえるか! しっかりしろ、目を覚ませ!」

「プグググ……グガァッ!」

 俺の姿は見えているし、声も聞こえている。けれどすぐ鼻先に立つ俺に対して、キナコは獰猛に唸り、今にも噛み殺さんと牙を剥いている。

 やっぱり、声をかける程度じゃあどうにもならないか。

「大丈夫だ、俺が今すぐお前を解放してやるからな」

 狙うは、洗脳用のマジックアイテムと思われる、両耳の付け根に嵌められているというリングだ。

 聖獣キナコとの戦いが始まってから、情けなくとも一人だけ何もせず待機していた俺だが、何もその間、本当に何もしていなかったわけではない。しっかりと桃川から、キナコを解放するための作戦を即席で立てていたのだ。

 などと偉そうに言っても、所詮は即席。桃川のように土壇場で爆発的な機転を利かせて、なんて真似は俺にできそうもない。だから俺は、やろうと思った事をやり遂げる、という覚悟だけを持ってキナコの頭へと近づき————うおっ、危ねっ!? ガキン、とすぐ脇で閉じられるキナコの大顎。うっかり巻き込まれたら、そこで全てお終いだ。

 そんな間抜けな死に様できるかよ。せめて死ぬなら、キナコを命に代えて救いました的な感じでカッコよく死なせてくれよな。

「よし、この辺で————うおっ!?」

 噛み付かれないよう、首元の方からキナコの頭部へ登るために回り込んで来たが、いざ登るかというタイミングで、黒々とした髪で編みこまれた縄梯子がスルスルと下りて来た。

 マジかよ桃川、こんなところまでサポートしてくれんのか。お前って奴は、本当に凄ぇ男だよ……男、なんだよな……?

「待ってろよキナコ、すぐに小鳥遊のふざけた耳輪を、外してやっからよぉ!」

 妖しい微笑みを浮かべる桃川のイメージ画像を強引に思考の外に追い出して、俺は黒髪縄梯子に手をかけ、登って行く。

 巨人サイズの聖獣キナコは、うつ伏せで倒れていても、それでも尚大きく、高い。二階建てくらいの高さまでは余裕であるんじゃねぇのかコレ。

「うおっ、あっ、危ねっ!?」

 そして揺れる足元。当たり前だが敵が頭の上にまで登って来たなら、振り落とそうとするのは当然だ。

「グゴゴ……」

「おおっ、すまねぇレムちゃん、助かった!」

 危うく振り落とされそうになった俺を見かねて、寝技をかけているレムがその巨大な手でキナコの頭を直接抑えてくれた。ご主人様に似て、お前もサポート上手だよな。

 ここまで至れり尽くせりで助けてもらってんだ。俺も自分のするべきことを、さっさと済ませるとするか。

「あった、あれがリングってヤツだな……」

 モフモフの白い毛皮を草むらのようにかき分けて、俺はユラユラと揺れるキナコのウサ耳の根元に嵌っている、白銀の金属環を見つけた。本当に桃川の言う通りだ。右耳と左耳、どちらにもリングが嵌められていた。

 そのリングは特に光り輝いているでもなく、細かく魔法陣が刻まれているとか、そういうのは見当たらない。こうして目の前にあっても、何か邪悪な魔力の気配を放っているといった感覚もなかった。

「見た目はただのシルバーリングって感じだけど————っ!?」

 これ本当はただの金属の環っかなんじゃ、と思って触れた瞬間、電流が走ったかのような、いや、これは違う。そういう痛みではなく、なんだ、違和感というべきか。

 そうだ、これは強烈な違和感だ。めちゃくちゃ硬そうな金属の塊に触ったら、実はめっちゃ柔らかいクッションみたいな手触りだったら、「うおっ!?」ってなるよな。そんな感じだ。

 いや、別にこのリングが柔らかかったという話ではなくてだな……俺が感じた違和感の正体は、

「精霊……みたいだけど、コイツはきっと、精霊じゃないんだ」

 本職の癖に精霊召喚が上手く出来なくても、それでも俺は天職『精霊術士』だ。精霊という存在を感じ取り、アイツらがどういう奴らで、何を求めているのか、そういうのは自然に理解できる。森に生えているただの樹木も、足元に広がる土の地面にも、俺が意識して触れればそこに宿る精霊達の存在を確かに感じ取ることができるのだ。

 そしてこのリングに触れた瞬間に感じたのは、精霊と姿だけはよく似た、全く異質な別物の存在。それが違和感の正体である。

「ただの魔力ってワケじゃない。精霊のように、はっきり意思を持って動いている……けど、やっぱり精霊じゃねぇ。なんだコイツら、マジで気持ち悪ぃぞ」

 なんだろうな、仕掛けもないのに動く人形を見たような気味の悪さだ。精霊のようでいて、精霊ではない————そういえば、そんな違和感を割と最近も感じたことがあるような、

「あっ、そうか、コイツは『勇者』の力と同じヤツだ」

 ゴーマ王国攻略戦の終盤。桃川の誘導によって、崩落後に唯一残ったゴーマ王宮には北側の方から蒼真悠斗率いるパーティも攻撃を開始していた。その時、蒼真が『勇者』のすげー力でぶっ放した大技の輝きが、反対側にいる俺らにも見えた。

 そして俺は、その天を焦がさんばかりに輝く眩い光に、精霊とは似て非なる存在を感じ取ったのだ。

 あの時は「なんか違う感じがする」という漠然とした違和感を覚えただけで、目の前に戦いに集中してそれきり忘れてしまった。

 けれど、こうして改めて間近で触れて感じてしまえば、はっきりと認識させられる。この聖なる光の精霊って面をした、偽物の存在を。

「とにかく、コイツが悪さしてるってのは間違いねぇ」

 なら、コレをどうにかするのが俺の役目だ。

 待機中の作戦会議で、通話していた桃川に俺はこう言われた。


「葉山君、リングを破壊するのは最終手段だよ」

「えっ、ぶっ壊せばいいんじゃないの?」

「体に直接作用している系のモノをただ壊したらさ、なんか後遺症とかありそうで怖くない?」

「た、確かに……」

「だからリングを外す時は、君の『精霊術士』の力で干渉して、上手く機能を停止させたりできないかを、まず試して欲しい」

「そんなこと、俺にできるのか? 『精霊術士』ったって、そんな大したことできねぇぞ。そもそもやったこともねぇし」

「葉山君が全く何も分からないし、無理だと思った時に、リスクを承知で破壊して欲しい。キナコの安全のために、出来る限りの手は尽くしておきたいからね」

「桃川、お前、そこまで考えて……」

「まずはキナコを止めることが最優先。もし後遺症とかヤバそうな感じになっちゃったら、その時は一緒に頑張って治療法を探そうよ」


「————桃川、マジでお前の言う通りだったぜ。俺が上手いことやって、このリングを解除してやんよ!」

 今ほど俺が『精霊術士』で良かったと思ったことはない。きっと、これは他の魔術師クラスではできないことだろう。この精霊モドキの違和感に気づけるのは、きっと本職だけだから。

 そして、その違いを理解した上で、本物の精霊の力を持って干渉できるのも『精霊術士』だけだ。

「さて、コイツには何が一番効くんだ……」

 戦闘においてメインで活躍しているのは、俺の愛槍『レッドランス』に宿る火精霊。コイツでリングを焼き切りながら、火精霊を流してみるか。

 それとも、土壇場で一発逆転の大活躍をしてくれる、スマホに住まう雷精霊もいいか。電気を流すようなイメージで、雷精霊をリングに流し込めばどうだろう。

 あるいは、火も雷も両方けしかけるか。どれも行けそうな気がするが————

「————なるほど、お前か」

 俺の右腕が疼いたことで、それに気が付いた。いや、カッコつけて言っているんじゃなくて、本当に右腕が反応したのだ。

 今じゃすっかり忘れがちになっているが、俺の右腕は、闇の右腕なのだ。だからカッコつけて言っているんじゃなくて……横道との戦いで右腕を食いちぎられた俺は、分身桃川の右腕を移植している。

 気が付けばもう完全に元通りとしか思えない状態だが、移植した初期の頃は動かすこともぎこちなかったし、何より艶のない不気味な黒一色であった。

 そして今、俺の右腕は本来の姿を思い出したかのように、指先からあの黒い色に染まっていた。

「闇精霊……お前らも、すっかり俺の体に馴染んでくれたよな」

 戦闘で使ったことはないが、俺がなに不自由なく日常生活を送れているのは、的確に右腕を動かしてくれている彼らのお陰である。

 普段から休みなく働いてもらっている彼らに、更なる大仕事を頼むのは申し訳なく思うものの、他でもない、闇精霊が俺に囁きかけるように訴えている。俺達を使え、と。

「光の弱点は闇、ってのは分かりやすくていいじゃねぇか。よし、それじゃあいっちょ頼むぜ、闇精霊。闇の力で、キナコを救い出してくれっ!」

 その呼びかけに応えるように、瞬く間に黒一色へと変貌した右腕で、俺はリングを掴んだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 目の前に戦いに集中して
[一言] 素直で優しいけどおっちょこちょいで危なっかしい葉山きゅん うおおおお右腕が…!力が抑えきれねえ!
[良い点]  すでにメイちゃんが『聖天結界』を破っていますが、これからリライト君がやろうとしている事は、あれよりももっと踏み込んだ、エルシオン由来の能力に対する有力な対抗手段になるかもしれないな。 …
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