第367話 巨人VS聖獣(2)
レムとキナコ、二つの巨躯がぶつかり合う激戦に小太郎達も加わった。
荒れ狂うキナコの機動力とエネルギー源になっていると思われる翼を破壊するために、それぞれ魔力不足を補うための武器を手に配置につく。
「————撃てっ!」
合図と共に一斉射撃。ランチャーより放たれた小型コア爆弾式のグレネードが矢のような速度で撃ち出される。弾丸よりも大きなサイズの擲弾だが、放物線を描くことなく一直線に飛来し、大きく広げられた聖獣の翼へと着弾する。
炸裂する爆炎と共に、舞い散る羽根の代わりに青白い燐光が吹き上がった。
「プグルァアアアッ!」
翼は変わらぬ輝きを発しているが、キナコとて無視はできない程度の刺激にはなったようだ。目の前の巨人へ集中し、配置につくため動き始めた小太郎達には見向きもしなかったが、ちょっかいをかけてきた人間共に対して鋭い怒りの視線を向ける。
「グガァアアアアッ!!」
しかし、レムがそれ以上の行動を許さない。その速度でもって優勢を維持していたキナコだったが、注意が他に逸れればそれだけレムが攻勢に転じられる。
最も近い位置で射撃を敢行した美波に向かって、そのまま飛び掛かりそうな素振りを見せたところで、レムが唸りを上げてガントレットで固められた黒鋼の拳を叩き込んだ。
「美波、やはりその立ち位置は危険ですよ」
「大丈夫だよ、桜ちゃん。この中で私が一番速く動けるんだから!」
盗賊の素早さと器用さを活かして、美波は涼子達が陣取る天送門とは反対側の方向で、その小柄な生身を堂々と晒しながら高速で駆け回っては両手持ちにしたランチャーを乱れ撃ちする。
天送門という遮蔽物があるとはいえ、狙われて最も危険なのは魔力を失い戦闘能力ががた落ちになっている涼子と杏子の純粋魔術師コンビである。何としてでも彼女達へとキナコが接近するような事態は避けなければならない。小太郎もそれだけは絶対に阻止するよう、レムに厳命している。決して自分も一緒にそのポジションについているからでは断じてない。
「桜ちゃんの方こそ、気を付けてよね。次から本命を撃つんでしょ?」
「この状況では致し方ありませんからね。使うより他はないでしょう……」
渋々と言った表情で、桜は背負った矢筒から一本の矢を取り出し、『聖女の和弓』の輝く弦に番えた。
『穿て貫き丸』:螺旋状の鏃を持つ、貫通力に特化させた魔法の矢。蒼真桜が『聖女の和弓』に番えることで魔力を充填し、放つと鏃と矢羽から解放されて更なるを加速を経て、命中と同時に細く鋭い光属性攻撃魔法として炸裂する。蒼真桜専用装備にカッコイイ名前をつけると悔しいというのが『桜花繚乱』の時に判明したので、反省を活かし命名権は葉山理月に譲られた。
小太郎が桜のために用意した専用装備は、薙刀『桜花繚乱』だけではない。現役で遠距離用メイン装備である『聖女の和弓』を活かす為に、それぞれ異なる効果を宿す矢を作り出した。
構想自体はヤマタノオロチ攻略戦の頃からあったが、限られた物資と魔法技術の制約によって、学園塔時代に実用化することはなかった。
しかし、更なる錬成術の腕前と充実した古代兵器の素材によって、今回の戦いには間に合わせることができたのだ。
「正直、桜ちゃんの光魔法の威力って、微妙だよね。オロチのコアも壊せなかったし」
と心からの嘲笑を浮かべて「そんな桜ちゃんのために魔法の矢を作ったからありがたく受け取るがよい」とわざわざ木箱の上に乗って見下ろしながら授けようとする小太郎だったが、矢の効果は本物だ。
思い出すだけで腸が煮えくり返るし、実際にキレて木箱から転がり落したりもしたが、それはそれとして桜もちゃんと装備はしていた。こういう時のために。
「出来る限り、魔力を注いで威力を高めます。もう少しだけ、相手の注意を引いてください、美波」
「任せてよ————ほらキナコ、私だよ、おいでーっ!」
笑顔を浮かべて、在りし日のように元気な掛け声を上げて美波の二丁ランチャーが火を噴く。
桜としてはこんな物になど頼りたくはないのだが、そのまま光の攻撃魔法を弓で放つだけでは、それほど有効打とならないことは、先んじて撃った攻撃で理解できている。すでに選り好みをしている状況ではないことくらいは、流石の桜も理解できていた。
キナコのヘイトはしっかりレムと美波が管理している。巨人の打撃と小爆発の嵐の中では、桜が集中して魔力を高めていてもその気配は紛れてしまうようだ。キナコは攻撃の手が止まっている桜の方など見向きもせず————そして、構えられた矢の前に、無防備にその白翼が広がる背中を晒した。
「————穿てっ、貫き丸!」
発射する時は、大声で名前を叫んでね、という小太郎の大嘘を真に受けて、生真面目に桜が叫ぶと共に、青白く輝く光の螺旋が聖女の引く弓より解き放たれた。
ドンッ! と空気の壁を破るかのような激しい炸裂音。それを置き去りにして飛翔する光の螺旋は、眩い輝きを発して右の翼のど真ん中に命中し、
「プゴォオオオオオオオオオッ!?」
大きく円形に弾ける燐光と共に、その翼を名前の通りに貫いてみせた。
「おおっ、やった桜ちゃん!」
「どうですか、見ましたか桃川、この私の弓の威力を!」
「まさか本当に貫き丸って叫ぶとは」
「えっ、それってどういう……まさか、騙したのですかっ!?」
「それじゃあ桜ちゃん、その調子でお願いね!」
邪悪な呪術師の陰謀にようやく気付いた桜だったが、叫び声を上げてしまうほどのダメージを与えた敵を見逃すキナコではない。
血走った目で小太郎への文句を声の限りに叫ぶ桜を睨むと、その間に即座にレムが割って入る。
「ぐぬぬ、今は桃川なんぞに構っている暇はありませんね……レム、もう少しだけ頑張って!」
身を挺して桜を守る大きく、大きくなり過ぎたレムの姿に戦意を取り戻した桜は、次の貫き丸を矢筒から引き抜いた。
「————あともう少しだ」
ギリギリの綱渡りのような拮抗状態が続いた。こちらが攻撃を当て続けられているので優勢とも言えるが、巨人化レム以外は一撃でも喰らえば即死の状況に変わりはない。
けれどメインタンクとしてレムは僕らを守り続け、夏川さんは避けタンクとして、スケルトンやタンクもたまに囮として機能し、翼破壊においてメインアタッカーを務める桜ちゃんを上手く庇いきっている。頼れる二人の守りによって火力を集中させた僕らはついに、キナコの翼をあともう一息で破壊できそうというところまで、何とか無事にこぎつけた。
青白い翼の輝きは見るからに輝度が落ちており、形状としてもかなり崩れてきている。出血代わりのように、淡く明滅しながら燐光も漏れ出している。さらには桜ちゃんが根本を狙ったため、左右ともに千切れそうなほどにまで削れていた。
光の翼が崩壊するのが先か、それとも千切れ落ちるのが先か。それは次の攻撃次第といったところだ。
「けど、こういう時が危ないんだよな」
もうミリ単位でしかボスのHPゲージが残っていない。そんな時に限って、反撃を受けて死んで努力が台無しに、ってのはゲームじゃよくあることだ。死にゲーならば日常茶飯事と言ってもいい。
しかしながら、リアルという名の難易度だけ死にゲー級のくせにただの一度もリトライできないこの世界においては、尚更に注意を払わなければならない。なにせキナコは洗脳こそされているものの、戦闘に関してはある程度の判断力を持って行動できている。
そうでなければ、脇目も振らず最大の敵であるレムに真っ直ぐ殴りかかるだけの脳筋プレイにしかならないはず。翼による機動力という自身の強みを活かして、レムに攻撃を仕掛けているのだから、ちゃんと考えて戦っていることは明らかだ。
だからこそ、その強みである翼を失いかねない状況にまで追い込まれれば、
「多少のリスクを承知でも、起死回生の一手を打つ————」
プゴォァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
けたたましい咆哮を響かせると共に、キナコは千切れかけの両翼を羽ばたかせるように大きく広げた。
「行けぇ、レム! 大技が来るからみんなは下がって!」
本当は敵の派手な予備動作を察すれば、止めるために猛攻をかけたいところだが、ダメだった時には取り返しがつかないからね。レムを突っ込ませて、あとは使い捨てのスケルトン&タンクにちょっかいをかけさせるより他はない。
僕が叫ぶまでもなく、キナコの異様な気配を察したみんなは各々の回避&防御に移る。僕らは絶対防御の天送門にしっかり隠れ潜み、桜ちゃんと夏川さんの方は全速力で後退し間合いを脱して行く。さりげに夏川さんが桜ちゃんの前を走っているのは、万が一ブレスをぶっ放されても『聖天結界』を盾にして防ぐためである。実に正しいフォーメーションだよね。
そうして何秒もしない内に、重い巨躯を全力疾走で大広間を揺るがしながら、レムがキナコへとタックルを仕掛けていく。
漆黒の装甲に覆われた巨大質量が炸裂する寸前、先に弾けたのはキナコが発する眩い閃光だった。
「グガッ————」
途轍もない轟音が、閃光と衝撃と共に大広間を駆け抜ける。そして巨人であるはずのレムの体が、宙を舞っていた。最も分厚い装甲を誇る胴鎧が砕け、漆黒の破片を撒き散らしながら。
「レムをぶっ飛ばした。なんてパワーだ……」
キナコが放った攻撃は、特殊なブレスでも魔法でもなく、パンチだ。けれど、ただのパンチではない。その真っ白に光り輝く拳は、その身に残るエーテルを全てつぎ込んだかのように、激しい力が込められていた。
すでにキナコの背に翼はない。綺麗さっぱり消え去っている。翼を構成する全てのエーテルを、腕に回したのだろう。
それによって非常に強力なパワーを腕に宿すことができるが、これをすると翼にはもう戻すことは出来ない、不可逆性のある技だと思われる。自由自在にパワーアップしたり翼に戻したりできるなら、とっくに使っているはずだし。専用装備を消費するバフスキルといったところか。
そんなリスキーな技を放って万が一にも凌がれれば、翼の力を失い一気に不利となる。普通は使わない。だが翼そのものが破壊されそうなほどにまで追い詰められれば、一発逆転のために使うだけの価値がある。
そしてキナコは、見事にその勝ちの目を掴み取っていた。
ズゴォオオオオン……
盛大に響き渡るのは、吹っ飛ばされたレムが地面へと落ちた音。巨人の体が仰向けにどっかりと倒れ込む。戦いが始まって以来、最大にして致命的な隙を晒すに至ってしまった。
そしてこの好機をキナコが見逃すはずもない。
いまだ両腕にエーテルの輝きを宿しながら、キナコは倒れたレムへ向かって突き進む。僕らの方には見向きもしない。当然だ、僕らの戦線を支えているのは巨人レムである。レムさえ排除すれば、巨人の守りを失った僕らなど、容易く蹴散らせる雑魚でしかないのだから。
優勢が一転して、窮地に。
ピンチはチャンス、などという楽観主義極まる言葉があるけれど、慎重派な僕としてはあまり好きな言葉ではない。ピンチはピンチでしかない。ほとんどの場合、形勢不利なままひっくり返すことなんてできずに、そのまま押し込まれて負けるだけ。逆転勝利は劇的だからこそ鮮烈に記憶に残っているだけのこと。九割方、ピンチは敗北に直結しているのだ。
けれど、ここではあえて言わせてもらおう。このピンチは、チャンスでもあると。
「行くぞみんな、ここで仕掛ける!」
翼を失ったキナコには、もう後がない。だから僕らも、後を考えずに打って出る。どの道、このままキナコの追撃を通してレムを破壊されれば詰みだからね。
それぞれに残された切り札を切る時が、今だ。それじゃあ、まずは僕から一枚、切っていくとしよう。
「さぁ、起きろ横道。たっぷり餌をくれてやったんだ、しっかり働けよ————」
取り出したるは異形の長杖『無道一式』。
今や横道そのものと言える呪われし杖をワッショイと掲げながら、僕は天送門から飛び出し、一目散にレムへと向かうキナコの大きな背中を狙う。
「逃げ足を絡め取る、髪を結え。攻め手を縛る、髪を編め。黒き艶の長髪は、禁じられた鎖となって紡がれる――『黒鎖呪髪』」
杖の先端に展開される血色の魔法陣から飛び出すのは、黒い大蛇。正確には、蛇でもなんでもなく、横道の力によって形成される異形の肉塊であることにそう変わりはない。中身は色んな魔物を喰って『底無胃袋』で混ざり合った血肉の通うキメラだが、今回のは少々、餌が違う。
ところで、みんなは魔力量を鍛える方法として、毎日ギリギリまで魔力を消費する、というのをご存知だろうか。超回復によって筋肉が増大する、魔力バージョンといった論理は、沢山のラノベ、漫画、アニメを嗜む僕にとっては、実にお馴染みの魔力トレーニング方法である。
僕も異世界転生で赤ん坊に生まれ変わったら、爆乳美女のママのおっぱい飲みながら、密かに魔力消費して魔力チートのチートマジシャンになるのだと、中学生の頃から決めていた。まさか三年後、微妙な呪術3つだけもたされて異世界召喚でダンジョンサバイバルしながらクラスメイトとバトルロイヤルすることになるとは、夢にも思わなかったけれど。
ともかく、この異世界において魔力消費による魔力量増大トレーニングは有効かどうか、という点について、僕は隠し砦生活でようやく検証することができた。だって今までは、下手に魔力空っぽにしてると、死活問題だったし。安定した学園塔時代や王国攻略前も、いざって時には備えないといけなかったからね。
そういうわけで一ヶ月程度の短い検証期間ではあるものの、ある程度の効果は把握できた。
結論から言うと、魔力消費トレーニングは有効。だが筋トレと同じように、実践して即座に劇的な効果が出るほどではない。やはり赤ん坊の頃にやらないとチートにならないのか。
流石に実験に協力してくれる赤さんは手元にいないので、その辺のことは不明だが、少なくとも天職持ちの僕らがやっても、地道なトレーニング効果が見込めるといった程度という結果となった。継続は力なり。やらないよりはマシ。そんな感じだろう。
で、そんな魔力消費トレーニングのためだけに、僕は寝る前に呪術を乱発して魔力消費に務めていたわけではない。検証結果はあくまで副次的な効果で得られたものに過ぎない。
僕の本命は、出来る限り沢山の『黒髪縛り』を横道に食わせることだ。
『無道一式』はマジで何でも喰う。それこそゴーマの死体だって食えるんだから、食べられない有機物はないのだろう。石や鉄といった無機物は流石に食べることはできないが、丸呑みするくらいはできるし、キメラとして組み込むこともできる。そうでなければ、魔物だけど金属質の部位を持つ奴を取り込めなくなっちゃうし。
ザガン戦でも活躍してくれた『無道一式』だが、コイツの効果を有効活用するために大事なのは、とにかく食わせた量だ。食べた分だけキメラとなって自在に操ることができる。
そういうわけで、何でもいいから横道の餌を少しでも嵩増しするため、僕は『黒髪縛り』を魔力の続く限り、延々と食わせることにした。
さらに言えば、横道は僕を喰らうことに執着しているし、杖となっても鮮血を与えなければ本気を出さないワガママぶりである。なので本物の髪の毛と言えるかどうか怪しいラインだが、わざわざ『黒髪縛り』を頭部で発動させてスーパーロングヘアになりながら直食いさせて、少しでも横道が満足できるよう質を高める努力もした。お前、これでただ満足するだけで何の効果もなかったら、二度と食わせてやらねぇからな。
そんな感じで伸ばした髪の毛を食べさせている光景をメイちゃんに見られた時は、危うく杖が折られそうになったよね。傍から見れば、人の髪の毛をそのまま食べるなど変態プレイング以外の何物でもないし。大丈夫、食べられているんじゃない、食べさせているんだ。
ともかく、そうして『無道一式』には大量の黒髪が蓄えられている。
今の僕は魔術師クラスらしくそれなり以上の魔力量は誇っているし、初期からある『黒髪縛り』も熟練度はトップクラス。相当量の黒髪を放出することが可能。それを魔力切れ寸前までやるのだから、僕も何キロ食わせたか把握しきれていない。
そうして大量に食べさせた黒髪を素材としてつぎ込んで作り出したのが、この黒い大蛇というわけだ。
僕も多少は『無道一式』の扱い方にも慣れてきた。この『黒鎖呪髪』には、黒髪の他にも厳選素材で作るようにしてある。魔物の部位の中でも特に強力な筋線維や、柔軟性がありながらも強靭な革など、ちゃんと選んでいるのだ。丸呑みできる限界まで無機物素材も投入しており、コイツには姫野に大量生産させた鉄鎖を組み合わせている。
そうして『黒鎖呪髪』は強靭な筋肉と皮に覆われた上で、黒髪と鎖で編みこまれた外装を纏った構成となっている。
パワーとスピードだけでなく、操作性と機能性も両立させた作り。そして何より、ヤマタノオロチに匹敵する……とは言い過ぎだけれど、それでもオロチ頭の半分ほどの大きさで、単体のモンスターだとしても立派な大型に分類されるサイズ感である。
霊獣キナコが相手でも拘束できるよう、僕と横道が作り上げた努力の結晶だ。
「おら行けぇ横道ぃーっ! 根性見せろぉーっ!!」
今までの苦労に報いるだけの成果を求めて全力で杖を振るえば、艶やかな黒髪に覆われた長大な体を激しくうねらせた『黒鎖呪髪』が、キナコの背中へと襲い掛かった。




