第366話 巨人VS聖獣(1)
「いくぞレムっ、巨大化だっ!!」
「ぎーがー」
熱い僕の叫びに、棒読みのレムが応える。
王国のギラ・ゴグマ達と同様に「ギガ」と唱えたレムは、ザガンの頭蓋骨たる『巨人の兜』
を被った瞬間————巨人と化す力が、その身に発動する。
『巨人の兜』に刻み込まれた術式へ、余すところなく魔力が通り禍々しい真紅に輝くと同時に、レムの全身も同様に刻んだ呪印文様が光り輝く。
そして混沌とした赤黒いオーラが急速に膨れ上がるように弾けると、
ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
その姿、正にザガンの再来。
鬼のように筋骨隆々の体格を誇る巨人は、僕の呪術の影響か黒に染まっている。そして黒き巨人の身を包むのは、同じく漆黒の光沢を放つ装甲。レムが最も慣れている戦闘形態『黒騎士』とほとんど同じデザインのものだ。
ギラ・ゴグマの巨大化は、自身を巨人にするのも強力だが、装備品も同じく巨大にさせるのも重要な効果である。これがあるから、奴らはそれぞれ強力な武装を巨人となっても振るえるのだ。
そして、それはレムもまた同様。武装の巨大化を利用して、黒騎士の頑強な全身鎧を纏ったまま巨人と化すことに成功している。しかし、残念ながら武器までは巨大化させることができなかった。
本人が愛用する武器でなければいけないのか、他に何かしら条件があるのか、それとも単純な魔力不足か。どちらにせよ、今すぐ解決できないなら鎧の巨人として運用するしかない。
僕が使ったこの巨人の秘技『巨大化』は、本家本元オーマのオリジナルである。ちょこっとゴーマ文字が解読できる程度の僕では、とても再現などできない高度な魔法。その上、恐らくは発動するためにゴーマの神の力も借りている。人間では決して扱えない、ゴーマにのみ許された神の奇跡だ。
だからオーマに使ってもらおうと。死骸そのまま磔状態になっているのは、伊達や酔狂でやっているんじゃない。コイツの死骸を丸ごと流用しているからこそ、奇跡的に『巨大化』が成立しているのだ。
だから僕が『巨大化』をかけられるのは、『巨人の兜』を持つレムだけ。本物のオーマの命があるから、大戦士ザガンが応えてくれるのだ。
「さぁ、後はガチンコ勝負だ。行けぇ、僕のレムギガス!」
グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
プガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
巨人と巨獣が、高らかに咆哮を上げてぶつかり合う。
自身と同じだけのサイズを誇る巨大化レムを前に、キナコも全力で警戒をしているようだ。すでにブレスを放った後の休息を終えて、猛々しく二足で立ち上がり、その剛腕を振るう。
対するレムも、同じく漆黒のガントレットに包まれた拳を見舞った。
ズガァン!! とただ殴っただけとは思えないほどの轟音と衝撃が響き渡る。どれほどのパワーが互いの拳に宿っていたのか。
レムとキナコはそれぞれ放った右ストレートが直撃し、お互いにその衝撃で後退る。
しかしすぐに体勢を立て直し、再び掴みかかる。真っ向勝負だ。
「うわっ、これは想像以上に危ないな。みんな、もっと下がって!」
「そういうことはもっと早く言いなさい!」
こんな時でもめげずに桜ちゃんが僕へのケチを叫びながら、委員長達を階段側へと誘導している。
「ほら、葉山君も危ないから下がって」
「くそっ、俺に出来ることは、もう何もねぇってことかよ……」
「おっと、サボろうたってそうはいかないよ。キナコを取り戻すために、葉山君にはしっかり働いてもらわないといけないんだから」
「ほ、本当か!?」
「だから、今はチャンスを待つんだ。切り札の巨大化まで使ったんだ、絶対にレムがそのチャンスを作ってくれる」
ようやく僕の意図を汲んでくれた葉山君が力強く頷き、一緒に退いて行く。
そうしてひとまずは全員、僕らが降りて来た階段側へと引き下がることには成功した。
「あのままで大丈夫なのでしょうね、桃川」
一進一退の攻防、というにはややレムが圧され気味か、といった戦況に桜ちゃんが言う。
巨人化レムはそのサイズに見合った巨大な鎧兜を纏っているため、防御は固い。キナコにぶん殴られても、十分に耐えられている。
しかし速度は獣であるキナコの方が明らかに上回っていた。流石に背中から生えた翼で飛ぶことはできないようだが、10メートル超の巨体が広大なホールを飛んだり跳ねたりしながら暴れ回る姿は途轍もない大迫力。アトラクションであったら満員御礼間違いなしだ。
キナコは自身の優位を活かして、機敏に動き回りながらレムへと猛攻を仕掛けている。パワーでは互角で、防御力は相手が上と理解しているからか、力任せに組みつくような真似はせずに、軽快なフットワークでつかず離れずの間合いを維持して、プロボクサーのように鋭い打撃に専念していた。
純白の毛並みに覆われた剛腕が、淡い青色のオーラを纏って次々と繰り出される。対するレムは装甲を活かした防御に徹し、決して隙を晒さない。
時折カウンターを繰り出すが、キナコも即座に反応して身を翻して鮮やかな回避。
確かにこの状況が続けば、レムだけにダメージが蓄積され、いずれ自慢の防御も破れてしまうだろう。
「桜ちゃんはバカだなぁ、あんな怪獣大決戦に人間が生身で乗り込めるわけないじゃないか」
だからといって、僕らが今すぐどうこうできる状況ではない。下手な掩護は足を引っ張るだけになる。レムには仲間を守るよう言いつけてある。誰かがうっかり命の危機に晒されれば、レムはその身を挺して庇うだろう。
けれど、そこで一命を取り留めても、現状で唯一キナコを抑えられる最大戦力である巨人化レムが脱落すればそこで詰む。
あの巨体同士がフルパワーでぶつかり合う戦場に割って入れるのは、メイちゃんや天道君並みに飛びぬけた実力がなければ不可能だ。残念ながら桜ちゃんは、『聖天結界』込みでも、その領域には達していない。
「ですが、このままでは————」
「もう、うるさいなぁ。僕も今は忙しいんだから、委員長ちょっと桜ちゃんを大人しくさせておいてよ」
「なっ、なんですかその言い草はぁ!」
「桜、いいから今は桃川君に任せましょう」
「邪魔したらダメだよ桜ちゃん」
「あっ、ちょっと、涼子! 美波! 離しなさい、なんで私ばかりこんな扱いを!」
この期に及んで自分の扱いに無自覚とは、恐ろしいよ桜ちゃん。
さて、今は本当に桜ちゃんに構っている暇はない。キナコと葉山君のためにも、僕も頑張らなければいけない。
「くっそぉ小鳥遊め、キナコに酷いことしやがって……」
僕の今の仕事は、キナコの状態を出来る限り分析することだ。
見ての通り、今のキナコは普通じゃない。毛皮は白く、青白い勇者みたいなオーラを纏い、挙句の果てに背中に翼まで生えている。霊獣から、女神エルシオンの力を授かった聖獣、とでも名乗りそうな外見だけは神々しい感じになっているのだ。一体、どれだけ魔改造を施しやがったのか。
古代遺跡のチート機能フル活用で小鳥遊がこさえたものだ。まだまだ古代語解読すら初心者な僕に、聖獣キナコについて詳しい古代魔法の術式解析など出来るはずもないが、
「けど、今の僕にはルインヒルデ様が全力で味方してくれているっ!」
あのキナコを見た瞬間から、僕の呪術は強く反応を示してくれていた。
『エンゼルリング・アルビオン生体兵器工廠製・後期型』:それは最も忌むべき隷属の環。許されざる禁断の拘束具は、神の名をもってのみ許される。その傲慢さが故に、魔の帝国の礎を築くに至る反逆の鎖と化したが————神話が忘れ去られた後世においては、完全な再現は不可能な代物。人の自由と尊厳を奪う禁忌の力が宿ることはなく、されど本能に生きる魔物を手懐ける首輪程度にはなるだろう。
まずは古代の遺物に反応する、謎の多い鑑定系呪術『埋葬神学』がその存在を教えてくれた。説明を読む限り、どう考えてもキナコを洗脳して操っているマジックアイテムである。
だが一見してそんな分かりやすい物体は見当たらないのだが……どうやら、キナコのトレードマークである長いウサ耳の根本に嵌っているらしい。フサフサの毛皮に覆われており、耳の根元をかき分けなければ発見はできないだろう。
キナコを支配下に置くためにはより強い効果が必要だったのか、リングは二個、両耳に嵌っているらしい。
普通に戦っているだけでは気づけないが、『埋葬神学』が反応してリングの場所まで教えてくれたのは、珍しいルインヒルデ様のありがたいサポートだと思われる。たまにあるよね、ギミックじゃないと倒せない系の巨大ボス戦の時、分かりやすいチュートリアルや演出が入ったりするの。
「こんなあからさまに弱点を教えてくれたんだ。失敗なんかできるかよ……」
だがここで焦ってすぐに仕掛けるのは素人のやること。攻撃ボタン連打で脳筋突撃が許されるのは小学生までだよね。
分かりやすい弱点が示されれば、ついそちらにばかり注目してしまうが、もう一つ気を付けなければならないのは、やはりあの目立つ白い翼だろう。
『試作型・白翼式高機動推進装置』:聖典級兵装『ガーディアンウイング』を基にした生体兵器用拡張装備の試作品。背に生える白翼は神に仕える天使の象徴であり、すなわち神への隷属の証である。本来は飛行能力を持たせるための装備だが、出力不足と神代術式の再現不全のために、大型生体兵器を飛ばすほどの力はない。だがエーテルリアクターによる全身への動力供給と翼型の可動機関から発せられる推力により、一定の機動力と稼働時間の延長には成功している。
あの翼は生えたのではなく、外付けでくっつけた追加装備のようだ。コイツも『埋葬神学』が珍しく分かりやすい説明で教えてくれた。
やはり飛行はできないが、移動速度の強化には役立っている。キナコの軽やかに舞うような動きは、バサバサと羽ばたく大きな白翼がちゃんと効果的に働いているからこそだ。
そして機動力よりも厄介だと思われる機能は、エーテルリアクターとやらから供給される魔力だ。ブラスターや古代遺跡の機能を動かすのに使われている魔力のエネルギー。それをエーテルという名で呼んでいるのだろうが……要するに、強力な光属性ブレスをキナコがぶっ放したりするのは、翼からエーテルが供給されているからだ。聖獣と化したキナコを支えるのは、このエーテルの力である。
でも一番の幸運は、あの翼には『聖天結界』を張る機能はないことだ。キナコの巨体を守るほど展開させるには、エーテルも足りないのだろう。万が一、張れたとしても秒単位の短時間か、急所だけを守る極一部のみのはず。少なくとも無制限に使い放題なら、こうしてレムと対等の殴り合いは成立していない。
「よし、まずは翼を破壊して弱体化を狙う」
「おお、やっぱあの翼が悪さしている感じなのか」
「相当悪さしているね」
とりあえず今の僕らでも出来そうなことは、この翼を狙って攻撃していくことだ。まずこれを壊せなければ、如何に防御の硬い巨人化レムでも、その内に限界を迎えてしまう。
結界防御がなくても、あの機動力とエーテル供給によるパワーアップを潰さなければ、トータルでの戦闘力は聖獣キナコの方が上だ。
「でも、残念だけれど私達にはもうあまり魔力は……」
「全く、これだから生粋の魔術師は。何でも自分の魔法に頼ろうとするんだから」
委員長のように、最初から攻守兼ね備えたバランスのいい魔法を授かっている魔術師は、当然ながら戦闘において自身の魔法のみを頼りとする。前衛組みのように身体能力の劇的な上昇といった恩恵もないが、それを補えるほどに万能な威力と効果を発揮するのが魔法である。そして魔法の源である魔力量も、魔術師クラスの方が明らかに優れるのだが、MPゲージに限界があるのは当然だろう。
そして肝心の魔力が尽きたら、もう何もできなくなると弱気になってしまいがちだけど……魔法が使えないから何だってんだよ。最初から使えねぇ魔法持ってる奴だっているんだよ。
「こういう時のために銃があるんじゃないか」
スケルトンだってライフルが使えるんだ。人間が使えないわけないだろう。
単純に遠距離攻撃が出来る銃は強力だ。それこそ素人が撃ったって一定の効果は見込める。前衛組みは強力な近接戦闘能力を誇るが、遠い場所に敵が陣取っていればお手上げだ。地続きで繋がっていない場所なら尚更。でもそんな時に銃が一丁あるだけで、とりあえず反撃くらいはできるのだ。持ってて損はないし、空間魔法付きの鞄があるなら邪魔にもならない。クラスメイトの標準装備として、一通りは揃えているに決まっている。
「全員、ランチャーを装備して」
学園塔時代から僕が愛用していたエアランチャーだが、隠し砦で数々の古代の銃器を素材としたことで、より完成度の高いマルチランチャーとして進化を果たした。
ブラスターの発射機構を流用して弾を撃ち出すのでもう風の力ではないが、速度と射程、弾道も安定して使いやすくなっている。
発射する弾頭は、ゴーマ王国で集めに集めたコアを小型のコア爆弾に加工した、いわゆるグレネードがメイン。今や上級攻撃魔法をガンガンぶっ放す委員長や杏子にしてみれば、微妙な威力かもしれないが、魔力が尽きかけている状況で、気にせず撃ちまくれるのは大きな強みだろう。本来なら戦力外になるところが、掩護射撃ができる程度の戦闘要員に復帰できるのだから。
「弾はここで使い切るつもりで撃っていいよ」
どうせ勇者蒼真相手には、ランチャーから撃ち出されるグレネードなど止まって見えるだろうからね。
デカい的であるキナコが相手で、グレネードの威力でも効果が見込める。使いどころはここだ。
「動ける夏川さんとメインタンクの桜ちゃんは、こっち側で。いざって時の回避に難がある委員長と杏子は天送門を盾にできる位置に陣取る」
「えっ、それ天送門壊れるんじゃね? 大丈夫かよ」
「あんなに綺麗な状態で残っているんだ。魔法の保護が働いているのは間違いないし、アレは古代でも重要インフラだから絶対壊れないよう頑丈にできてる。それに小鳥遊も最後は天送門を使って脱出するつもりだから、万が一にも傷付けないようにするでしょ」
物理的にも頑丈で、心理的にも破壊は絶対に避ける代物。それが大広間のど真ん中に突き立っているのだ。こんなの盾として使ってくれって言ってるようなものじゃん。
ほら、僕らは別に天送門ぶっ壊れても、そんなに困らないし? 自分の足で自由に外の世界を歩いて行くから。いいよねオープンワールドは自由度があって、ワクワクするよ。
「もし天送門がヤバいと思って、焦って出てきたらそれはそれでチャンスだからね」
流石にそこまで短絡的な行動はしないと思うけど。しないよね? いくらお前でも、そんな馬鹿な真似はしないって信じているからな。
「なぁ桃川、俺だけランチャー配られてないんだが……」
「葉山君には必要ないからね」
「おい!?」
「いいかい、翼を破壊して、キナコの再拘束に成功した後が君の出番だ。その時は、直接キナコに触れるところまで接近しなくちゃいけない。一番危険な役割だし、これは君にしか出来ないことだ。今の内に覚悟、決めておいてよね?」
「おっ、おうよ! 俺に任せてくれっ!!」
ようやく自身の大役を葉山君が自覚して、大いにヤル気を漲らせてくれたところで、始めるとしよう。
この場に残るのは葉山君だけで、他の全員は翼破壊の為に攻勢をかける。僕も予備のライフルの数がある分だけスケルトンを呼び出し、多少なりとも盾とするためタンクも召喚した。
あとはキナコがレムへの攻撃に集中している隙を見計らって、各自配置につくだけだ。
「よし、それじゃあ行こう————」




