第364話 白き霊獣(2)
けたたましい咆哮が、広大な空間に幾重にも響き渡る。
白き霊獣と化したキナコは、唸りを上げて襲い掛かって来る上級土精霊ゴアレックスと上級氷精霊アイスタイタンを、真っ向から受け止める。
獰猛な大顎を開くゴアレックスが、キナコの右腕に噛み付く。大ぶりのナイフが如き牙は、分厚い白毛皮を破って深く肉にまで食い込む。霊獣であっても大型肉食地竜に噛み付かれては、無傷では済まないようだ。
もう一方のアイスタイタンは、右に体を捻って振りかぶった、二本の右腕でもって凍てつく鉄槌のような拳を繰り出す。キナコは左手で拳の片方を受け止め、もう一方をそのまま直撃を許す。肩口にヒットした氷の拳は、そこに纏った冷気を迸らせ、俄かに毛皮を凍らせてゆく。命中した肩口から、顔の左側までが一挙に霜に覆われた。
グルルル、ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
しかし受けたダメージは、荒れ狂う霊獣の巨躯にとっては微々たるもの。怒ったような雄叫びを上げたキナコが大きく左右の腕を振るえば、ゴアレックスの巨体は転がり、アイスタイタンはそのまま押し倒された。
「うおおっ、ウチのレックスが! キナコパワー、マジでパネェわ」
「どうやら、力はキナコの方が圧倒的に上のようね」
同じような大きさを誇りながらも、本物の霊獣と仮初の肉体で顕現する精霊とでは、やはり根本的に発揮できる力に差があるようであった。パワー、スピード、といった単純なフィジカルはキナコが大きく上回っているのは間違いない。
「けど、それで十分だよ————『回天双烈』」
目立つ二体の上級精霊を相手している隙に、背後に回り込んでいた美波が勢いよくキナコの足元へと斬りかかる。
ギュンギュンとコマのような高速回転斬りを放つ武技の剣閃は、毒々しい赤と金でギラついていた。
『デスクリムゾンスティンガー』:猛毒を持つ巨大サソリ型モンスター『デスストーカー』の毒槍尾を刃とした短剣『デススティンガー』の強化形。黒一色の刃は、本来の毒槍尾と同じ血に濡れたような紅色と化し、その毒性も原液と同等の濃度を誇る。この赤き刃に裂かれれば、紅に染まりゆく視界の中、煉獄で焼き尽くされるが如き苦痛と共に残酷な死へと誘われる。
『ガンマ式ゴールドパラライザー』:アラクネと黄色いカエルの麻痺毒を掛け合わせた『クモカエルの麻痺毒』を刀身に宿すナイフ『イエローパラライザー』の強化系。隔離エリアのボス『試作型リザードタイプγ・変異体』から摘出した牙と機械式の化学毒生成パーツを組み込まれている。『クモカエルの麻痺毒』と『ガンマ式化学麻痺毒』の二種類の麻痺毒液が刃から分泌され、両方の毒性が通れば文字通りに指一本動かせないほどに相手を無力化する。
小太郎と愛莉、どちらも錬成能力が上昇したことで見事な強化を果たした麻痺の刃が、キナコのふくらはぎを薙いでゆく。
どちらもナイフとしては大きな刀身を持つが、厚い毛皮に守られた上から切り裂けば、切先が僅かにかする程度。しかしながら、鋭い切れ味と強烈な毒性は確かに届いた。
元よりヤマタノオロチの巨大な首を、一時的とはいえ封じるほどの麻痺毒を誇る二振りである。更なる強化を果たした今となっては、霊獣キナコの巨躯もかすり傷だけでも影響は免れ得ない。
「プグァッ!」
かすかに血走った目で、無視はできない痛苦を与えた小さな相手をキナコは睨む。
すでに武技を放ち終えた美波は、素早く間合いを離れようとしているが、巨体のモンスターはその分だけリーチも長い。美波が反撃の届く距離から脱するよりも前に、キナコは毒による僅かな体の鈍りを無視して、素早い攻撃に移る。
「させないわよ————『薄氷槍』」
涼子が杖を一振りすれば、複数本の氷属性中級攻撃魔法である氷の槍が飛ぶ。
振りかぶった左腕に殺到した氷の槍は、白い毛皮を全く傷付けることなく木っ端微塵に砕け散る。本来の氷属性中級攻撃魔法『氷柱槍』と比べれば明らかに脆い氷の槍。キナコは針で刺されたほどの痛みすら感じない無意味な攻撃を無視して、そのまま拳を放とうとして、そこで止まった。
「『再凍結』」
さらに一言唱えれば、砕け散ってキラキラと舞い散るだけの『薄氷槍』の破片が、瞬く間に大きな氷の塊と化した。
その氷塊は今にも振り下ろされようとしていたキナコの左腕から肩にかけてまで広がっており、完全に可動域を止めている。振り上げた拳は、氷に封じられ振り下ろすことができない。
熟練の氷属性魔法であっても、見える場所のどこにでも、瞬時に氷結させることができるわけではない。どの属性でも人やモンスターに対して直接魔法をかけることは、基本的にはできないからである。
だが自分の放った魔法が存在していれば、そこを起点に更なる効果を発揮させることができる。
直接、相手の体を氷漬けにすることはできなくとも、あらかじめ自らの氷魔法がその場に広がっていれば、その範囲内にあるモノを諸共に巻き込み、凍らせることが可能。
涼子が精霊召喚と並行して訓練を続ける中で編み出した、相手の動きを封じる拘束用の魔法が、この『薄氷槍』と『再凍結』である。
非常に脆い『薄氷槍』を相手に、あるいは付近で命中させて、広く破片をばら撒くことで、魔法の発動条件と効果範囲を確保。そして『再凍結』によって、破片が再び急速に氷結を始め、瞬時に相手を氷漬けにするというものだ。
「ありがとー涼子ちゃん!」
次の瞬間には、キナコの強靭な腕力によってメキメキと氷塊に大きな亀裂が入り、音を立てて割れて落ちた。纏わりつく氷を振り払うように左腕を振るった時には、素早い盗賊である美波はとっくに手の届く範囲から離脱していた。
「油断すんなよ夏川、今のキナコは口から何か撃つんだぞ————『石壁』」
霊獣化する前の通常キナコの状態で、リライトに対して光魔法のような攻撃を口から放ったのを杏子は忘れていない。本来のキナコには出来ない攻撃のため、たった一発だけだったが、警戒するには十分すぎる行動である。
離れ行く美波に向かって口を開くキナコの挙動から、それを察した杏子が即座にフォローの防御魔法を展開させる。
美波が走り抜けるルートに平行するように土の壁が隆起すると同時に、キナコの口腔から白い輝きと共に、光の矢がマシンガンのように連射された。
「うわわっ、危なっ!?」
「思ったよりめっちゃ撃つじゃん」
一発の威力は下級攻撃魔法と同程度だが、それが何十とも重ねれば、土の壁では止めきれない。雨霰のように光の矢が打ち込まれ、瞬く間に崩れ始める『石壁』だったが、美波は天送門の影へと滑り込んだ。
「プグルルゥ……」
流石に天送門への攻撃は小鳥によって禁じられているのか、それとも壊せないことを知っているのか。それ以上、美波への追撃をかけることなく、キナコは再び二人の魔術師の方へと視線を向けた。
「グガァ!」
「ガゴゴ!」
二人を守るように、二体の上級精霊も体勢を立て直して前へと立つ。戦況はほとんど振出しに戻ったようなものであった。
「あれ、夏川の毒、効いてんの?」
「効いてはいるでしょう。残念ながら、劇的な効果はないようだけれど」
二振りの毒剣による『回天双烈』を受けて、僅かにキナコの動きが鈍ったことは認識している。
だが、すでに麻痺の影響は見られない。単に回復したのか、それとも耐性をつけることができるのか。
「もっと刺してみるしかねーじゃん。霊獣であんな暴れられたら、どうしようもないぞ」
「そうね、まずは少しでも消耗させなければ。けれど、これはかなり厳しいわね」
効き目の薄い毒に、二体の上級精霊を軽く押し退けるパワー。
初手は上手くキナコの動きを封じ、美波の毒を与えることに成功したが、このまま戦い続ければ向こうもこちらの動きに対応し始めるだろう。
キナコが弱るのが先か。それとも、こちらが限界を迎えるのが先か。綱渡りのような状況で、その上、綱の先が紐になっているかもしれないような不安感である。
やはりたったの四人で、相手をするべきではないモンスターだったと涼子が思った時だ。
「大丈夫だ、俺も……俺達も全力で戦う! 行くぞベニヲ————『霊獣召喚』っ!!」
ワァオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
高らかな遠吠えが響くと共に、紅蓮の毛皮を纏う大狼が現れる。
霊獣ベニヲが顕現し、ゴアレックスとアイスタイタンと肩を並べて立つ。
グルル、と獰猛な唸り声を上げて、戦友たるキナコへと一切の躊躇も容赦もなく、鋭く睨みつけた。
「キナコは絶対に取り戻す」
そして、覚悟を秘めた目でレッドランスを握りしめたリライトも、真っ直ぐにキナコを見つめた。
キナコと戦い始めて、どれだけ経っただろう。
気分は何時間も激闘を続けた感じだが、実際には5分とか10分とか、それしか過ぎていないのかもしれない。
戦いの真っ最中にそんなことが脳裏を過るのは、ちくしょうめ、相当に消耗してきやがった。
「はぁっ……はぁっ……」
荒い息が口から漏れる。ドクンドクンと高鳴る心臓の鼓動はやけに大きく聞こえて来るのに、手足の先が凍えるように感覚が鈍い。
ああ、この感じは間違いない……魔力が底を突きかけている。
正直、慣れたとは言い難い倦怠感と脱力感。思考力と集中力も落ちているだろう。
けれど、ここが、こういう時こそが踏ん張りどころなのだ。
「だって俺には、ソレしか、できねぇだろうがよぉ!」
自分に活を入れながら、俯きかけた顔を上げる。よく見ろ、今ここで、戦っている奴らの姿を見ろ。
ウォオオオオオオオオオオオオオオオン!
高々と遠吠えを上げながら、霊獣ベニヲは轟々と猛火を噴く。
ゴアレックスとアイスタイタンを殴り飛ばして、今度こそトドメを刺そうと動いたキナコに、ベニヲが火炎放射を浴びせて足止め。
ターゲットを切り替えたキナコが迫るが、大きな狼の姿と化したベニヲの方が素早さは勝る。颯爽と身を翻し、キナコとの接近戦を避けた。
「やぁああああ!」
そこで、背後から忍び寄って来た夏川が斬りかかり、キナコに追加の毒を喰らわせる。
反撃に移るキナコの動きは……さっきよりも、明らかに鈍っている。効いている。夏川の毒は、やっぱり効いているんだ。
けれど、それでもまだまだ動きを止めるには程遠い。多少鈍ったものの、敵をぶっ飛ばすには十分すぎるほど暴れていられる。
夏川はもう何度目になるか分からないヒット&アウェイを成功させて、引いて行く。そして入れ替わるように、起き上がったゴアレックスとアイスタイタンが再びキナコへと立ち向かう。
一進一退の攻防が続いている。油断すれば即死に繋がりかねない、危険な戦いだ。
そんな戦いをすることになったのは、どこまでも俺のせいなんだ。キナコを助けたいという、俺のワガママを、みんなは文句一つつけることなく、命を賭けて戦ってくれている。
俺より前に立って、俺よりも体を張って戦っているんだぞ。だったら、ちょっと魔力が足りなくなったくらいで、フラついてんじゃねぇぞっ!
「おい葉山、あとどんだけ魔力持つよ」
「顔色が悪いわね。そろそろ限界が近いんじゃないかしら」
「だ、大丈夫だ……俺は全然、まだまだ……これから、だぜ」
「うわっ、ダメじゃん」
「ダメそうね……」
ぐっ、くそぉ、そんな明らかに落胆した顔しなくたっていいじゃねぇか。俺はまだまだ頑張れるんだっての!
けれど霊獣キナコの猛攻を食い止めるために、ベニヲには普段以上の負担を強いているのも事実。霊獣化は発動すれば、常に一定量魔力を消費していく厳密な時間制限ではなく、霊獣自身がより強い力を発揮すると、その分だけ消費魔力が増えていく仕様だ。
そうだったのか、と桃川監修による検証によって明らかになったのは、ついこの間の話だけど。
ともかく、キナコ相手にはあまりにも消耗が激しい。ベニヲに無理をさせているのは、分かり切っている。
まだ気合と根性でなんとかなっているが、こんな戦いを一時間も二時間も、とても続けるのは無理だ————ぶっちゃけ、あと5分とかでも厳しい。
「時間ねぇぞ。こりゃあ勝負に出るしかないんじゃね」
「この状況では、あまり分がいい賭けになるとは言えないわよ」
「それでも————」
それでも、やるしかない。とでも蘭堂は言おうとしたのだろう。
「————プグッ、プガァッ!」
霊獣キナコの巨体が揺らいだ。
苦し気な声を上げ、酔っぱらったような足取りで、一歩、二歩、とフラついた。
「どうだっ、クリティカルヒット!」
キナコの足元から、あのカッコいい回転武技を放ち終えて離脱していく夏川の姿がある。
これまでで一番の深手を与えたようだ。会心の一撃。
そして、キナコの動きはこれまでにないほど鈍った。
「今だ、ここで仕掛けるぞ————突っ込めぇ、ゴアレックスぅーっ!」
「よくやったわ、美波! 行きなさい、アイスタイタン!」
ここで勝負を仕掛ける決断が下った。俺も賛成だ。時間がない、ここが最初で最後の勝機だろう。
「ゴォオオアアアアアアアアッ!」
「ガガガガァアアアアアアアッ!」
左右から挟み込むように突進をしてゆく、二体の上級精霊。この戦いではすでに何度も見た動きだが、毒によって鈍ったキナコはこれまで通りのパワフルな反撃をすることはできなかった。
「プググッ、グルルルゥ……」
両サイドから迫る上級精霊を、キナコはそれぞれの腕でガードする。だが、こっちの目的はキナコ最大の武器である、その剛腕を封じ込めることだ。
「喰らいつけぇ!」
「何としても、ここで抑え込むのよ!」
杏子と委員長、それぞれの術者の命に答えて二体は忠実にキナコの腕の封じ込めにかかる。
ゴアレックスはただでさえ大きな口を、顎が外れそうなほどにグワっと開き、拳を握りしめたキナコの右腕をそのまま飲みこんだ。まるで口の中に向かってパンチでもされたような恰好で、実際にキナコの拳は喉元を越えているだろう。
「グガァアアアアッ!!」
けれど、生物ではない上級精霊は痛みなど感じない。腕を半ばまで飲み込んだまま、ゴアレックスの大顎はガキンと固く閉じられた。
「ゴゴゴゴゴ……」
もう一方の左側では、アイスタイタンが四本の腕を全てつぎ込んで、左腕をガッチリと抱え込んでいた。ただ掴んで抱えているだけじゃない。四本腕からは猛烈な冷気が迸り、そのまま自らと一体化するかのように、キナコの腕を氷漬けにしていく。
瞬く間に、アイスタイタンが掴んだ腕から、キナコの肩口辺りまで大きな氷の塊が形成された。
「よ、よし、俺も……俺も、やるぜ……」
この勝機に、俺も残りわずかな魔力を全てつぎ込んでやる。
フラつく体で、俺はポケットに両手を突っ込み、光石をあるだけ握る。
「頼む、来てくれ————ゴーレム召喚!」
バラバラと光石を放り投げると、俺の残り僅かな魔力に呼応した分が輝き、召喚の魔法陣がそれぞれの属性に見合った色で描き出される。
「四体か……上等、だぜぇ」
定番のロック&アイスゴーレムの他には、黒いのと白いのがそれぞれ一体立っている。
黒い方は、桃川が片手間で作ってくれた光石によって召喚された闇属性のゴーレムだ。全身が黒い泥で覆われて、ドロドロしている不気味な姿だ。頭には黄色く光る点のような目があるだけで、グガーとかゴガーとかゴーレム特有の鳴き声は上げない、静かな奴だ。桃川とは全然違うな。
白い方は、あのクラス一の美少女であるところの蒼真さんが、俺のために丹精込めて作り上げてくれた光石で召喚した、光属性のゴーレム。全身は透き通ったクリスタルのようで、アイスゴーレムと似たような感じ。でも白く光って非常に明るく目立つ。キュォーンと綺麗な甲高い鳴き声で、蒼真さんに似た優美な奴である。
そうして四体のゴーレムが揃うと同時に、俺は背負っていた学生鞄を下ろして全開にする。
「よっしゃあ、行けぇお前らぁーっ!」
四体のゴーレムが、学生鞄の中からそれぞれ一本ずつ太い鎖を持って駆け出す。鎖は明らかに鞄の容積を越えた長さが、ジャラジャラと出続けている。
桃川が作ってくれた空間魔法付きの鞄。コイツにキナコ捕獲用の太く長い鎖が収納されているのだ。
鎖で縛り付けるのは、ヤマタノオロチ相手にも使ったという信頼と実績の定番戦術。だがこの状況下だと、キナコに接近して鎖を巻き付ける危険な役は、召喚獣に任せるしかない。
俺は祈るような気持ちで、それほど素早くはない速度でキナコへと向かってゆく四体を見送る。
キナコの方は両腕を拘束されて脱しようともがいていたが————真正面から接近してくるゴーレム達に気が付いたようだ。上級精霊に比べれば、取るに足らない小物だと見逃してくれれば良かったが、やはり新たな脅威だと思ったのか。その鋭い口を開き、喉の奥から白い輝きが発せられる。
まずい、光の矢で撃たれれば、ギリ中級程度のゴーレムなんてあっという間に砕け散ってしまう。一発耐えられるかどうかも怪しい。
ウォオオオオオオオオオオオオオオオン!
そこで背後からキナコに飛び掛かったのは、霊獣ベニヲだ。
首の後ろ辺りに噛み付き、鋭い爪を背中に突き立てる。流石に同格の霊獣であるベニヲに飛び掛かられれば、キナコも無視できない。
すでに口からは光の矢が連射されているが、ベニヲの攻撃によって射線は強引に逸らされていた————だが、流れ弾の幾つかがゴーレムの直撃コースをとっていた。
やっぱダメか、と思った次の瞬間だ。
「ニャアアォオオオオン!」
「キョワァアアアアアッ!」
耳元に、可愛らしくも勇ましい雄叫びが響く。
「コユキ、アオイ!」
それぞれ俺の肩に乗ったコユキとアオイは、雄叫びと共にその小さな口からブレスを吹いた。
コユキは鋭く尖った氷の矢を。アオイは迸る青い電撃の塊を。
発射された二人の小さなブレスは、けれど正確にゴーレムへと向かう流れ弾の軌道に割り込み————パァン! と音と光を弾けさせて、見事に防いで見せた。
「うおおおおぉ、よくやったコユキ、アオイぃ!」
両肩にいる二人を撫でる頃には、ついにゴーレム達がキナコの巨躯へと飛び掛かっていた。手にした鎖をとにかく、グルグルと巻き付けていく。
「プガガガ……プンガァアアアアアアアアアッ!」
体を這いまわるゴーレムが不快だと怒るように、キナコが吠えながら巨躯を揺らす。ミシミシと音を立てて、腕を抑え込む上級精霊の体が軋みを上げた。もう毒の効果が切れかかってきたのか、このままでは力づくで拘束が完成する前に突破されてしまう。
できればやりたくはなかったが、こうなってはやるしかない。俺の意図を察して、ベニヲもその瞬間にキナコから飛び退いた。
「すまねぇキナコ、今だけは我慢してくれ————『招雷』」
いまだ鞄から伸び続けている鎖に触れて、俺の持つ最大の攻撃魔法を放つ。注いだ魔力は、本当に搾りかすみたいなものだけれど、スマホにフル充電してきた雷精霊が、俺の願いに答えて力を貸してくれた。
鋼鉄の鎖を伝って、強烈な雷撃が駆け抜ける。鎖は鋭いスパイク状になっており、毛皮を刺して肉にまで食い込んでいる。正しく体に直接、電撃を叩き込まれるわけだ。
「プグァアアアアアアアアアアッ!?」
撃ち込まれた『招雷』によって、キナコは苦し気な声を上げながらその動きを硬直させた。
「よく止めた葉山ぁ!」
「これで最後よ、一気に固めるわ」
ようやく蘭堂と委員長の準備が終わったか。
俺は『招雷』の発動でいよいよ魔力欠乏が極まり、チラチラとしてきた視界の中で、二人が魔法を放つ姿を眺めていた。
「固まれよ、おらぁ!」
気合の叫びと共に、蘭堂は構えたショットガンを撃ちまくる。そこに籠められているのは、蘭堂が訓練中に編み出した、拘束用の新しい土属性だ。
『石化結合砲弾』:土攻撃魔法を起点として発動させる。着弾時に、コンクリートのように液状化させた石となり、対象に付着、直後に硬化し石へと戻る。正確にはコンクリートでもアスファルトでもなく、純粋に土魔法による石の変化操作だが、杏子自身は魔法のコンクリートを放っている、と思い込んでいる。
と、桃川から説明を受けている。なんで術者本人より、別の奴の方が詳しいんだよ。
でもかなり高度な石の変化操作で、高い土魔法適性を持ち、それでいてこのダンジョンで磨き抜かれたテクを持つ、歴戦の土魔術師となった今の蘭堂だからこそ会得できた、らしい。
ともかく、ショットガンから専用弾丸によって放たれた『石化結合砲弾』の威力は見事にキナコの足元に炸裂する。
ドバァッ! と命中と同時に一気に弾けた灰色の生コンが、沼のようにドロドロと広がる。その中に足を突っ込んだ形になるキナコと、ついでに鎖を持った俺のロックゴーレムが飛び込み、硬化が始まった。
あっというまにビキビキと固まって行き、まるで最初からそういう形の岩だったかのように、流線形に波打つ形状の大岩がキナコの両足を封じ込めた。
「————『氷雪巨盾』」
コンクリ詰めと並行して委員長が発動させたのは、氷属性の上級防御魔法だ。
キナコよりも大きく高い、巨大な氷の柱がゆっくりと突き立ってゆく。それは左腕を抱えるアイスタイタンと、俺のアイスゴーレムも巻き込み、氷の精霊と一体化しさらに強固な柱となって完成する。
「————『岩山巨盾』」
「————『薄氷槍』」
そうして、今度は役割を逆にして蘭堂が上級防御魔法を、委員長がキナコの体を直接固める。
ゴアレックスを取り込んで巨大な石柱が突き立つと同時に、残った白黒ゴーレムが、こっちの柱に鎖を巻きつけて、固定は完了。
「プグ、プガガ……」
巨大な石と氷の柱によって、両腕どころかほとんど半身を固められたキナコは、その怪力を振り絞っても、ついに軋みの一つも上げることがなくなった。
両柱の隙間に晒される体には、コンクリートと氷によって全て覆われ、残ったのは首から上だけ。
それでも尚、戦意をたぎらせ血走った目でこちらを睨むキナコは、やはり光の矢を放つべくその口を開いた。
「ごめんキナコ、戻って来たら、美味い肉食わせてやっから————『石化結合砲弾』」
「お願いだから、このまま大人しくしていて————『薄氷槍』」
蘭堂の放ったコンクリートが、発射寸前のキナコの口の中で弾けて固まる。同時に委員長の氷が、最後に残った頭も、長い耳の先っぽまで完全に覆い尽くした。
そうして、荒れ狂う霊獣キナコは、ついにその動きを完全に止めたのだった。




