第363話 白き霊獣(1)
階段を降り立った先は、広大な空間だった。
年月の経過を全く感じさせない、保全された屋内。精緻な装飾が壁面と柱に施され、全体をぼんやりと浮かび上がらせる薄暗い照明は、正に古代の神殿を思わせる静謐さに溢れている。ダンジョンの最奥として相応しい光景だが、ここがただの神殿ではないと察しはついている。
「なんだか、大きな駅のターミナルのようね」
中央の巨大な円形広場から、方々へと通りが伸びている。だが全ての門は閉じられ、このフロアだけで区切られていた。
自分達が下りて来た階段の他にも、幾つもの階段と通路が設けられている。各所へアクセスするために張り巡らされた通路は、巨大な駅を彷彿とさせ、そして恐らく事実であったことだろう。
「おおぉ、絶対あれ天送門だよな」
リライトが指さす先にあるのは、この空間で最大の存在を主張している巨大門。
一切の穢れがない純白で象られた門に、巨大な女神像と、天使達のレリーフが刻まれている。そのサイズと芸術的な外観に、息を吞むほど圧倒されてしまう。
広間の中央に堂々と鎮座するこの巨大門こそが、自分達が目指して来たゴールである天送門であることは、疑いようはなかった。
「待ち伏せ、とかはされないようだけど……」
美波が緊張の面持ちで、開けた広間を伺っている。
各所にある階段と通路を除けば、このフロアには中央にある天送門を除いて遮蔽物はない。大きく開けた空間にあって、これといった敵の姿は見当たらない。
「おい、門のとこに何かいるぞ」
リボルバーを握りながら、杏子が言う。
大きな天送門の柱の陰から、のっそりと一つの影が歩み出てくる。
ずんぐりとした丸い、四足歩行の影だ。すぐに青白い照明に照らされて、隠すことなくその姿が露わとなる。
「————キナコっ!」
着ぐるみの熊のような体に、ウサギの耳によく似た長い耳。決して見間違えることのない相棒の姿に、リライトが真っ先に叫んだ。
「待てよ葉山。やっぱおかしいぞ」
「おかしいって何だよ、ありゃどう見たってキナコじゃねぇか!」
「でも色違うじゃん」
杏子の指摘は、見た目の上では間違いないものではあった。
キナコの毛色は熊らしい明るいブラウンで、首元などを覆う一部が白毛である。
だが今のキナコは、全身が青白い毛色となり、淡く発光しているように見えた。その姿はこれまでタワーで相手をしてきたモンスターと同種のものだと感じられる。
「桃川君の予想通り、間違いなく小鳥に何かされているでしょうね」
「ど、どうするの葉山君? なんかこっち来てるけどぉ」
今の四人の編成で唯一、前衛を務められる美波がナイフを構えながらも、リライトに伺った。
すでにこちらを認識しているのだろう。キナコはのしのしと天送門の方から接近して来る。
「頼む、夏川。まずは俺に、話をさせてくれ」
「気をつけろよ、葉山。一声かけただけで、元に戻ってくれるとは思えねーぞ」
「分かってる、蘭堂。いざって時は、頼む」
三人は頷いて、それぞれ武器を手に臨戦態勢のまま、リライトの説得を見守ることにする。
緊張の面持ちでリライトは前へと歩みを進める。
「キナコ、俺だっ!」
すでに彼我の距離は10メートルほど。リライトが叫ぶと、キナコはそこで足を止めた。
「俺のことが分かるか? お前を助けに来た。一緒に帰ろう————」
「ガウッ!」
鋭い吠え声と共に、一筋の閃光が走る。
光の攻撃魔法のようだ、とリライトが認識したのは、その威力が青白い輝きを発して炸裂してからだった。
「————ギャウゥン!」
「ベニヲっ!?」
キナコの口より放たれた光弾から、身を挺してリライトを庇ったのはベニヲであった。灼熱の閃光が直撃し、苦し気な鳴き声を上げながらベニヲの体が吹き飛ぶ。
「下がれ、葉山ぁ!」
最初に動いたのは杏子であった。すでに構えていたリボルバーの照準は、大口を開けて光弾を放った体勢のキナコへと向けられており————リライトの返事を聞くよりも先に、トリガーを引いていた。
「プガァッ!」
リライトの説得などハナから聞く余地などなかったらしいキナコは、最初から戦闘態勢だった。杏子の素早い反撃に反応し、その場をずんぐりした体型に反した俊敏な動きで下がってかわした。
「ああ、くそっ、そんな……どうして……」
「葉山君はベニヲの手当を。残念だけれど、やはり力づくで止めなければいけないようね」
「ごめんねキナコちゃん、ちょっとくらいの怪我は覚悟してねっ!」
有無を言わさぬ攻撃にショックを受けているリライトだが、こうなることも予測していた以上、三人は即座にキナコに対する反撃に動いた。
一方、キナコは唸りながら大きく下がって距離を離すと、二足で立ち上がる。
威嚇するように大きく両手を掲げると、その淡く発光する体毛が、さらに強い輝きを発し、
グルァアアアアアアアアアアアアアアッ!!
広間を揺るがすほどの巨大な咆哮と共に、眩い光の粒子に包まれたキナコが巨大化————否、霊獣化を果たす。
「うわわ、やっぱり大きくなっちゃったよ」
「フツーに霊獣化しやがったか」
その姿は、正しく霊獣キナコそのもの。膨れ上がった筋肉に分厚い毛皮を纏った逞しい巨躯と、鋭い狼のような容貌と化した獰猛な顔つき。
怪物横道や巨人ザガンと真っ向から殴り合える、圧倒的なパワーを備えたモンスターである。『精霊術士』リライトの切り札である大いなる力が、今まさに敵として襲い掛かろうとしていた。
「これウチらだけで抑えるのキツくね?」
「けれど、やるしかないでしょう」
純白の毛皮と青白い発光を纏う、白き霊獣と化したキナコへ、三人は向き合う。
「す、すまねぇみんな……やるだけやってくれ。俺も、覚悟を決めたぜ」
最早、無傷でキナコを取り戻せるとは思っていない。
リライトは不意打ちを防いで倒れたベニヲに、リポーションをかけて手当をしながら、三人にそう宣言した。
「言われなくても、死ぬ気でやるっての」
「ええ、とても手加減が出来る相手じゃないわ」
そうして、杏子と涼子はそれぞれの武器を構え、魔法を発動させる。
「行くよ葉山君、合わせて!」
「おうよっ!」
さらに美波の呼びかけに応えて、リライトも動き出す。
土と氷の魔術師二人が詠唱すると同時に、美波とリライトはそれぞれベルトに括りつけておいた、手榴弾のような筒を手に、思いきり放り投げた。
「————『上級土精霊召喚』、『ゴアレックス』!」
「————『上級氷精霊召喚』、『アイスタイタン』!」
発動する、上級精霊召喚術。
二人が投げた筒は、上級精霊を呼び出す為に厳選された供物と触媒が詰め込まれた、桃川特性のサポートアイテムである。
『プレイヤー・サモン・ポータブル』:上級精霊召喚用のサポートアイテム。内部には術者本人が生成した光石と、属性に親和性の高い魔物の希少素材を粉末化させて詰め込まれている。筒の部分は小型のスクロールとなっており、正確な魔法陣が記されている。これ一つで簡易儀式として完成されており、上級精霊召喚の際には魔力的にも術式としても、大きな補助効果を発揮する。尚、小太郎の『プレイヤー・サモン・ポータブル』に対してリライトの『来い来いカプセル』が対立候補として挙がっていたが、熾烈な勝負の結果、小太郎案が正式採用となった。略してPSP。
リライトは土の、美波は氷の属性用のPSPを投げつけ、二人の召喚術をサポートした。
発動した術に反応し、瞬く間に上級に相応しい大きな召喚陣が描き出される。
グゴゴゴ、ガォオオオオオオオオオオオオオオオッ!
地面に描かれたマグマのように輝く召喚陣から、間欠泉のように土砂を噴き上げ、大きな地竜が現れる。それはグリムゴアとよく似た、角ばった頭の大顎を持つ姿をしているが、立派な大型肉食恐竜と呼べるサイズを誇っていた。
随所に黒々とした金属光沢を持つ分厚い甲殻を身に纏い、同じく金属質の鋭い牙と爪が生え揃う。地竜らしい姿でありながらも、鋼鉄の鎧兜と鋭利な刃で武装したような威容が、この上級土精霊ゴアレックスにはあった。
ガゴゴゴゴ……
対して、吹き荒ぶ吹雪を伴って現れたのは、正しく氷の巨人。
野太い四つの腕を生やしたその姿は、四腕ゴグマのように逞しい巨躯を誇る。透き通った氷の鎧は刺々しいスパイク状になり、攻撃的な威圧感を与えた。
「ぶちかませぇー、ゴアレックス!」
「行きなさい、アイスタイタン!」
並び立つ二体の上級精霊は、霊獣化したキナコにも劣らない体格を持つ。唸りを上げて敵意を剥き出しにする霊獣キナコに対し、臆することなく立ち向かっていった。
「————突っ込みますよ! しっかり掴まっていなさい!」
切羽詰まった桜ちゃんの声に従って、僕はそのほっそりした腰に腕を回してしがみつく。
現在、全力疾走中のニセコーンの背中では、席順を入れ替え手綱を握る桜ちゃんが前に、僕が後ろの配置となっている。
しつこいボット共の追撃こそ止んだが、あの銃撃など小雨に過ぎなったと思えるほどの嵐が吹き荒れている。
再び現れたレイドボスことヤマタノオロチ。首が全部で四本と、数こそ半分になったハーフオロチではあるが、その巨体とブレスの超威力は変わらない。
四つの首が怒り狂ったように、炎や雷などそれぞれのブレスを連発している。初手から怒りモードで暴れているせいで、辺り一面が瞬く間に火の海を筆頭とした天変地異が巻き起こっているが如き有様だ。
オロチが現れたフロアの中央に対して、僕らは外れの方にいるため、目をつけられて直接狙われていないのは幸いだ。
でも幸いなのはマジでそれくらいで、ブレスの流れ弾と余波によって、今にも吹っ飛んでしまいそう。
ほら、ちょうどファイアーブレスが直撃して、猛火を纏いながら舞い上がった木々が僕らの行く手を防ぐ壁のように立ちはだかっており————今まさに、そういうところに覚悟を決めた桜ちゃんが突っ込んでいく瞬間なのだ。
「うぉおおおお、熱っつぅ……くない」
流石は『聖天結界』、なんともないぜ。
僕らを騎馬ごと覆う光の結界は激しく明滅しながら、灼熱の炎と木々が直撃する衝撃を全て防いでくれている。
桜ちゃんは見事に、ブレスの余波を凌ぎきってくれたのだ。
「ちょっと桃川、変なところ触らないでください」
「自分で掴まれって言ったじゃん」
「いつまでもベタベタとくっつかないでもらえますか。不快です」
「自意識過剰じゃない? 僕は別に桜ちゃんにベタベタくっつきたいと思えるほどの魅力は、微塵も感じていないんだけど」
「叩き落しますよっ!」
「いや僕の馬だしコレ」
全く、ニセコーンは僕が仕方なく桜ちゃんに貸し与えているだけであって、決して君に所有権はないのだと、何度言ったら分かってくれるんだろうね。レムだって空気読んで渋々、手綱を握る桜ちゃんの言うことを聞いているだけだというのに。
「そんなことより、やっぱりオロチとやり合ってるのは天道君みたいだ」
「それはそうでしょうね。竜が空を飛んで戦っているのですから」
アオイも立派なドラゴンなんだけど、そっちの可能性は考えてあげないの?
まぁ、桜ちゃんは精霊召喚訓練の休憩中とかに、餌を与えたりして遊んでいたようなので、完全にペット枠の認識なんだろうけど。
「私達も加勢するべきではないのですか」
「お前らは足手纏いだから、さっさと下に降りてろってさ」
「……龍一と通信を?」
「いや、桃子から」
「やはり双子の兄妹だから」
「違うよ。レムを通して桃子から連絡してもらってるだけだから」
双子同士でテレパシーできますとか、そういうスキルないし、そもそも本物の双子じゃないからね。桜ちゃん、本気で桃子のこと僕の生き別れの妹だと思ってる?
ともかく、『屍人形』レムと、『従者・侍女』桃子、はどちらも術者によって召喚された人型の使い魔である。それぞれ異なる術によって召喚されているワケだけど、同じ使い魔というカテゴリー同士のせいか、ある程度の意思疎通ができるらしい。
要するに、桃子がテントウレムを持っているだけで、レムの方に話を伝えることができるのだ。
「委員長達は、すでに下へ向かったってさ。オロチは天道君とリベルタに任せて、僕らはそっちに合流を優先すべきだね」
「そうですね。この下はいよいよ、最下層なのでしょう?」
桃子の話しぶりだと、そういう感じらしい。天道君も夏川さんも、そう直感で感じ取っている以上、確定と言ってもいい。
「ラスボスエリアに分かれたまま入ったのは下策だけど……この状況じゃあ、仕方がないか」
リベルタとオロチの怪獣決戦が繰り広げられている以上、この場に留まるのは危険というか、仰る通りに足手纏いにしかならないからね。僕だって、言われなくても下へ行こうと思うよ。
「というワケで、下へ通じる階段はあっちの————見えた、あの石畳の道をそのまま進んだ先にあるってさ」
「何故そんなことが分かるのですか。また私を嵌めようとしても無駄ですよ」
「桃子が空から見て教えてくれただけだって。まったく、こういう時くらい僕の言うこと素直に聞いて欲しいもんだよ」
「こんな時でも、私をおちょくろうとするのが、貴方でしょう」
言われてみれば、そういうとこあるかも。
なんだろう、この桜ちゃんに理解されてる感が。ついにツンデレ方向に絆が芽生えたのだろうか。いらないけど、そういうの。
若干、複雑な気持ちになりながらも、僕はそのまま大人しく桜ちゃんにくっついて、最下層へと続くルートを行く。
「それにしても、メイちゃんを欠いた絶妙に不安な面子が先行している……葉山君とか、大丈夫かな」
分身も同行させられていない以上、今の僕には彼らの無事を祈るより他はない。お願いだから、キナコが登場していたりしても、無茶はしないでよね……




