第362話 オロチ再臨
「————ちっ、まさか丸ごと落としてくるとはな。思い切ったじゃねぇか、小鳥遊」
フロアが全て空間魔法に格納され、巨大な空洞と化したタワー内で、暗い奈落の底を眺めながら龍一は呟いた。
美波が『盗賊』の勘でフロア全体に怪しい気配を感じていたように、龍一も同様の感覚を察してはいたが、実際にフロア全てを消失されるまで、ここまで大掛かりな罠を仕掛けてくるとは予想外であった。
「た、助かったわ、龍一」
「いや涼子、お前しか回収できなかった。完全にやられたぜ」
「桃子もいるです!」
「仕方ないわ。私だけでも助けてくれて、ありがとう」
努めて桃子の自己主張をスルーしながら、涼子は背中越しに龍一へ感謝を伝えた。
クラスメイト達が成す術なく落下していく中、龍一と涼子、それから小脇に抱えられていた桃子だけは、いまだここに留まっていた。
空中浮遊、などではない。もっと単純に、空を飛んでいるだけのこと。
「流石に妾の背中でも、全員を乗せることはできぬぞ」
やれやれ、とでも言いたげな様子で、真の姿である黒竜と化したリベルタが、翼を羽ばたかせてこの場にホバリングで浮かんでいた。
その背に龍一が跨り、後ろに涼子、前に桃子、という並びで乗っている。
「みんな、大丈夫かしら」
「大丈夫だろ。桃川が叫んでたしな」
エアクッションを使え、とあの瞬間にそう指示を叫んでいたのは、流石だと龍一も思った。自分はリベルタを飛ばすことと、抱えていた桃子とすぐ傍にいた涼子を助けることが、行動の限界であった。
「でも、明日那が襲い掛かって来ていたわよ」
「双葉が相手してんだ。問題ねぇ」
双葉芽衣子と剣崎明日那。この二人が並ぶとどうしてもあの時の決闘が脳裏を過る。
もうあの二人を止める者は誰もいない。涼子は今度こそ、明日那が芽衣子によって殺されるだろうと思ってしまった。
「それより、こっちも他の奴らの心配している場合じゃなさそうだ」
龍一が言えば、そこかしこからバサバサと羽音が響き渡って来る。
「あれは————」
「ふむ、ガーゴイルじゃな」
ヤマタノオロチの岩山に巣食っていた、石の肌を持つ羽付きの悪魔だ。リベルタも『ガーゴイル』と呼んだ飛行する魔物達は、羽音と耳障りな鳴き声を上げて襲い掛かって来る。
「嫌な予感がするぜ」
「もうフロア落としの罠は発動したじゃない」
「いいや、この落ちた先からだ」
「……もしかして、ガーゴイルがいるのは」
「行くぞ、涼子。しっかり掴まってろ」
言うと同時に、手綱を引けばリベルタは翼を折って、急降下の体勢をとる。
「ふん、羽虫如きが、集るでないわ!」
口から轟々と火炎放射を噴き散らし、下から迫って来るガーゴイルの群れを焼き払う。
「ギィイイイイイ!」
「グギャアアアア!」
石の肌を溶かすほどの灼熱を浴びせられ、ガーゴイルの甲高い絶叫が木霊する中を、一気にリベルタは駆け下りていく。
「グゴォアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「なんだよ、デケぇのもいるのか」
行く手を阻むように、大型のガーゴイルが現れた。
石の肌に加え、鋼鉄の鎧兜を纏い、その手には斧やハンマーといった武器も握られている。
「ノロマな石人形が、大きくなった程度で妾を止められると思うてか!」
その巨体と防具でもって、浴びせられる火炎放射には耐えた大型ガーゴイルだったが、止まることなく突っ込んで来たリベルタの体当たりによって、あえなく粉砕される。
「まだ出て来るな。小鳥遊の奴、本気で仕掛ける気になったか?」
「ちょっと、アレってただのガーゴイルじゃないわよ」
ゾロゾロと現れて来る大型ガーゴイルに加えて、さらに大きな敵が飛来する。
それは同じく石の肌こそ持っているが、その姿は人型に翼が生えたガーゴイル型ではなく、より飛行に特化した形状をしている。
大きく翻る両翼。長く伸びた首の先には、雄々しい角と鋭い牙の並ぶ強靭なアギト。逞しい両脚の先に備わった大きな鉤爪と、長く伸びた尾は鞭のように素早く振るわれる。
その姿は、正しく飛竜を模ったものであった。
「竜の姿を真似ただけの、紛い物めが!」
「流石にコイツらを放っていくのは邪魔だな。全て潰してから行くぞ」
「無論じゃ。不遜な偽物は、全て叩き潰してくれる」
竜としてのプライドに火が付いたのか、石竜を相手に正面から戦いを挑む。
通常のガーゴイルと大型を含め、数は圧倒的に向こうが上。
だがしかし、黒竜の火力はその程度の差を容易く覆す。
不機嫌なリベルタの力の籠ったブレスと、本物の竜の膂力と鱗を纏ったパワーにより、石竜も粉砕されてゆく。
「————ふん、ようやく打ち止めか」
「ちっ、結構、足止めされちまったな」
一方的な勝利ではあったが、相応に時間もかかってしまった。
「急いで、龍一。みんな、下でどうなっているか」
「分かってる」
ようやく邪魔者が片付き、再びリベルタを降下させる。
タワーの基礎構造に空間魔法がかけられているせいで、外観よりも遥かに長い距離が続いている。それでも、止まることなく急降下してゆくリベルタの速度を持ってすれば、さほど時間がかかることもない。
すぐに奈落の底に灯る白い輝きが見えてきた。転移魔法の発光にも似たそれは、フロアが形成されている証である。
ただ魔法によって拡張された空間の範囲を現わすだけで、結界のように侵入を阻む効果などはない。そう知っているリベルタは、躊躇なく光の中へと飛び込み、
「————随分と広い場所だな」
「巨大な庭園のようね。森と草原も広がっているようだけど」
光を抜けた先に広がる光景は、緑に溢れた場所である。涼子の言う通り、庭園のように綺麗に整っており、森や草原といった地形も自然のものというより、絵に描いたようにあつらえた印象がある。
何より、空から一望すれば明確に森の境目などが分けられているのが分かる。密林や無人島エリアのような場所とは異なり、ここは全てにおいて人工的に設計された地形だというのが一目で察せられた。
「みんな、ここにバラバラになって落ちたのかしら」
「ふーむ、ご主人様、見事に散らばってみんな落ちたようですよ。死者もいないようで、一安心ですね」
「分かるのか?」
「レムが教えてくれました」
ドヤ顔で言う桃子の頭に、黒いテントウムシが髪飾りのように留まっていた。
「ああ、桃川君の」
なんだっけ、と龍一は思ったが、涼子が覚えているならいいか、と特に聞くことはしなかった。とりあえず、全員が生きていることが分かっているならそれでいい。
「仕方ねぇ、俺らが飛んで回収するか」
「ええ、再集合するには、それが一番早いでしょうね」
「全く、また妾は運び屋の真似事をさせられるのか」
小鳥遊の目を欺きつつ、実際にそこに落ちたゴーマ王国の資源回収にしばらく従事していたリベルタが、心底ウンザリしたように言う。
廃棄同然だったとはいえ、次代を担う強力な生体兵器である黒竜が、便利な空飛ぶ運送業者をさせられるのは、流石にささやかながらもプライドが傷つくのである。
「えーっと、一番近いのはあっちですよ、リベルタ」
「承知」
そうして、仲間の元へ向けて飛び立とうとした矢先のことである。
オォオオオオオオオオオオオオ……
巨大な雄叫びと地響きと共に、天を衝く勢いで大地から青白い大蛇が現れる。
「そんな、あれはヤマタノオロチっ!?」
「まさかコイツまでけしかけてくるとはな」
「首四本だから、八岐ではないのでは?」
戦慄する涼子に、流石の龍一も最も強大であったボスの登場に驚いている。桃子だけが、素直に見たままのことを口走っていた。
「首の数が半分ということは……小鳥も完全な姿で用意はできなかったのね」
「あれほどの巨躯を作るならば、相応に時間もかかろう」
「行けるか、リベルタ」
「無論じゃ。大きくとも、かような急造品になぞ、主を得た妾が負けるものか」
威嚇するように大口を開けて吠えるオロチの頭は、すでに宙を舞うリベルタへと向けられている。
対するリベルタも自身より巨大な大蛇を前にしても、僅か程も臆することなく竜眼で睨み返した。
「むっ、主様よ、あ奴だけそっぽを向きよったぞ」
「まずい、誰かが狙われているんだわ!」
ちっ、と舌打ちをしながら龍一はリベルタを飛ばした。
完全にこちらから離れて地上にいる相手を狙っているだろうオロチ頭は、その口腔からバリバリと激しいスパークを散らし————雷のブレスを放った。
流石に距離があると、ブレスの発射を阻止することはできない。破滅的な雷撃の奔流が、赤赤と大地を抉ってゆくのを見れば、とても人間が生き残れるとは思えない。
だがしかし、ヤマタノオロチのブレスの洗礼を乗り越えてきたのが、最後まで残ったクラスメイト達である。
「流石は蘭堂。上手く凌いだな」
ブレスの発射を読んで、即座に塹壕を掘って飛び込んだ杏子達の姿を龍一は確認していた。
無事に雷撃を凌ぎ、小動物のようにひょっこり顔を出して様子を伺っている姿が、空の上からよく見えた。
「————よう、無事かお前ら?」
「おわっぷ! 風圧強っよ!?」
ひとまずブレスが過ぎ去ったところで、リベルタを駆り杏子達の元へと降り立つ。風圧に煽られてリライトだけが騒いでいた。
「美波!」
「あっ、涼子ちゃん!?」
リベルタから下りた涼子が、美波と手を取り合って無事を喜び合う。
もっとも、悠長に感動の再会を味わっている場合ではない。
「涼子、そいつらを連れてさっさと下へ行ってろ」
「龍一、アンタ一人で、本当に大丈夫なのね?」
「アレを仕留めるなら、リベルタが本気出さなきゃならねぇからな。お前らが周りにいると邪魔になる」
「そうです、メガネは邪魔だからさっさと行くがいいですぅ」
「この駄メイドが」
「黙ってろ桃子————他の奴らとは下で合流しろ。派手に暴れるからな、ここら一帯はすぐ火の海になるぞ」
「分かった、頼んだぞ天道」
「ああ、お前らも死ぬんじゃねぇぞ」
それだけ言い残して、再び龍一はリベルタで空へと舞い上がる。
「彼奴らだけで行かせて、良かったのか?」
「オロチはここで仕留める。じゃなきゃ、あの首は最下層まで追ってくるだろ」
「うむ、道理じゃな」
ただのボスモンスターのように、この場から動けないのであれば無視して下のフロアへ行けばそれで済む。
だが、ここはタワーでもほぼ最下層に近い。恐らく、あと一層か二層で天送門のある最終フロアへと到達だ。
小鳥遊としてもヤマタノオロチは完全体ではないといはいえ、強力なボスモンスターとして重要な手駒。絶対にこれを無駄に配置するような愚は、幾ら何でも冒さない。
タワーの構造的にも、オロチの体長としても、間違いなくここから最下層まで全てを防衛できるポジションに配置されているに違いない。
そして、巨大なモンスターであり、特大のブレスを連発する以上、これを避けられるだけの広さがある、この場所で戦うのが最善。一頭でも下へ逃すのは危険である。
「リベルタ、お前がいて良かった。アイツを一人でやるのは、流石に骨が折れるからな」
ヤマタノオロチは、龍一でも一人で倒すことはできなかった。首の数が半分になっても、倒すのは不可能ではないが、かなり厳しい戦いになることに違いはない。
だが空を自在に飛び回り、強力なブレスを放てる黒竜リベルタがいれば、オロチが相手でも対等に戦える。
「ふふん、妾の力、存分に見るがよい!」
珍しい龍一の言葉に、奮起した黒竜は雄々しい咆哮を上げて羽ばたいた。
「————こっちよ!」
涼子の先導で、迷うことなく先へと進んで行く。
上空から付近を一望していたお陰で、下へと通じる階段をすでに発見できている。元々、階層間の往来に利用されていたであろう階段で、非常に目立つ作りがされていた。
崩れかけの遺跡を抜けた先には、デスストーカーを仕留めた場所と似たような広場があり、神殿のように円柱が立ち並んだその中央に大きな階段があった。
「ふぅー、とりあえず、これで一安心だなぁ」
すでにリベルタとオロチの怪獣決戦が始まっており、そこかしこでブレスが飛び交う危険な戦場と化している。飛び込むように階段を駆け下りていったが、激しい爆音と震動が、僅かながら響きわたって来る。
リライトは広々とした階段の踊り場で、疲れたようにへたり込む。
「みんな、怪我はしていないわね?」
「大丈夫だよ、涼子ちゃん」
「ウチも別に」
改めて、それぞれの状態を確認する。首尾よくデスストーカーを仕留められたお陰で、負傷はないし、装備も失っていない。
「で、こっからどうすんだ? ここで桃川達を待つのか?」
ここは上の巨大庭園と、この下にあるだろう最下層フロア、そこを結ぶ中間地点にいると思われる。流石にオロチとの戦いの余波がここまで及ぶことはなく、ひとまずの安全地帯となってはいるが、
「ここに留まり続けるのは危険ね。最悪、オロチがこの階段に頭を突っ込んでブレスを撃てば、私達は一網打尽だもの」
「た、確かに……」
タワーの構造そのものは頑丈であるが、この階段はシャッターなどで区切られているわけではない。龍一の駆るリベルタが戦っているので、下手を打つことはそうそうないだろうが、それでも数はオロチの方が上。こちらを優先して狙って動かれれば、防ぎきれない可能性は十分にあった。
「それに、階段はここ以外にも何か所か見かけたわ。桃川君達が別な階段で下りて来れば、この場で合流できないでしょう」
「じゃあ、降りるしかなくね?」
「でも、ここ降りたら絶対、最下層だよ」
盗賊の勘がそう告げている、と美波が申告する。
ついに辿り着いた天送門のある最下層。となれば当然、小鳥遊が最後のボスを用意して待ち構えているだろう。
「この人数だけで向かうのは危険だけれど……降りるしかないわね」
「俺らだけでラスボスに挑むのかぁ?」
「まさか、様子見だけに徹するわ。扉があっても開かないし、すぐにこの階段まで戻れる範囲で動きましょう」
「まぁ、それしかないよなー」
杏子は気だるげに言いながら、ロックブラスターE3へ、弾丸を選んで装填している。
「準備ができ次第、行くわよ」
あまりゆっくりするわけにはいかないが、それぞれ出来得る限りの準備を整える。
美波はポーチから属性付き投げナイフや各種マジックアイテムを取り出して、着込んでいるアサシンスーツに付属したベルトへと装備する。不本意ながら愛用している凶悪な二本のナイフも、しっかりと研いでおく。
杏子は弾丸装填だけ終えると、手鏡を取り出し化粧を直していた。
こんなダンジョンサバイバルでも、学園生活の頃と同じくらい化粧を欠かさずやっているのは杏子だけだ、とリラリトは思った。呑気と言うべきか、あるいは戦化粧のように彼女にとっての誇りなのか。なんにせよ、緊張せずいつも通りの姿を見せる杏子に、リライトは少し落ち着くのだった。
「待ってろよ、キナコ。俺が必ず、助けてやっからな」
そしてリライトは、ベニヲ、コユキ、アオイ、の頼れる仲間達に餌を与えて、じっと抱きしめて出発の時を待つ。モフモフタイムだ。
「みんな、準備はいい?」
「オッケーだよ、涼子ちゃん」
「ウチも大丈夫」
「おうよ、行くぜ!」
そうして、涼子達四人が先行して、最後のフロアへと乗り込んで行った。




