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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第20章:外の世界へ
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第360話 狂戦士VS双剣士(2)

「————や、やめてくれぇ!! お願いだぁ、もうやめてくれ、双葉さん!」

「……中嶋君」

 移動系武技まで発動した全力疾走で駆けこんで来た陽真が、両手を広げて芽衣子の前に立ちはだかる。

 まるで何かのドラマのワンシーンのようだ、なんて思考が過った時には、振り下ろすはずだった剣は止まっていた。

「あっ、双葉ちゃん————って、陽真くん何やってんのぉ!?」

 素っ頓狂な姫野愛莉の叫びに、若干の安堵を覚える。ひとまず、二人の仲間が無事に合流できたのだ。

 しかし、状況はいまだ呑気に再会を喜び合っている場合ではないと、芽衣子は構えを解くことはしなかった。

「よけてくれるかな、中嶋君。危ないよ」

「よけるわけにはいかない……お願いだ、剣崎さんを殺すのだけはやめて欲しい」

「ダメだよ、その女は————」

 危ない、と言ったのは陽真を勢いのままに斬りそうになったからではない。とっくに正気など失った剣崎明日那と相対することが危険なのだ。

「分かってる、剣崎さんが僕らを裏切ったことも、小鳥遊の意のままに操られて、説得なんて通じないことも」

「そこまで分かっているのなら」

「それでも! それでも僕は、彼女を助けるために、ここまで来たんだっ!!」

 あまりにも強い思いの籠ったその叫びに、強引にでも陽真をどかそうとした芽衣子の動きが止まった。

 陽真が明日那に惚れている。そのことは学園塔時代から知っていた。小太郎と話題にしたこともあるし、愛莉から愚痴を聞かされたことだってある。

 正直なところ、とても応援できない恋だ。

 芽衣子の立場からすれば、陽真がちゃんと愛莉と結ばれてくれた方が嬉しいし、安心もできる。

 しかしながら、陽真自身の気持ちに共感する部分も大いにあった。

 人が誰かを愛する気持ちは、等しく尊い。少なくとも、一方的な欲望を向けることを愛と偽るような醜い感情ではない。

 芽衣子にとって明日那は、小太郎を不当に傷付けた許されざる大罪人だが————陽真にとっては、強く美しい憧れの少女であるのだ。

 学園塔時代、彼女に剣崎流を習う陽真の姿も見て来た。堂々と、それでいて丁寧な指導は流石、道場の娘なだけある。女性から見ても、ああいった明日那の姿は凛々しく、溌剌としていて魅力的に映るだろう。

 陽真が惚れてしまうのも十分に理解できるし、その強い憧れと尊敬、何よりもどうしようもなく求めてしまう気持ちが、痛いほど分かってしまう。

 それはきっと、自分もまた同じだから。

「僕は桃川君からも、剣崎さんを捕らえられるよう話は通しているし、そのための準備もしてあるんだ」

「……それは、私も聞いてはいるけど」

「桃川君だって、これ以上、クラスメイトを双葉さんに手をかけさせたくはないと言っていたよ」

 少々ずるい言い方ではあるが、事実でもあった。

 小太郎とて好きで人殺しをしているワケではない。これまで何人もその手にかける結果となったが、それで殺しに酔うようなことはない。あるいは、その方が良かったかもしれない。

 だからこそ、殺人の咎は狂戦士である自分が彼に代わって背負うべきだと思っているが、その一方で陽真の言う通りに、小太郎自身がそれを望まないだろうことも察している。

 ならば、たとえ剣崎明日那であっても、殺さずに済むならそうするべきなのかもしれない。自分にとっても、小太郎にとっても、そして何より陽真のためにも。

「……分かった。何とかできると言うなら、中嶋君に任せるよ」

「ありがとう、双葉さん」

 チャンスは、与えられるべきだと思った。

 下らない色恋沙汰、と言えばそれまでかもしれないが、少なくとも芽衣子はその感情に命を賭けるだけの価値があると信じている。

 ああ、愛の何と美しいことか。

 けれど、どれほど美しい愛であっても、

「剣崎さん、これ以上、君を傷つけさせたりはしない。これからは、僕が君を守るよ。だから————」

「————『双つ薙ぎ』」

 どれほど美しい愛であっても、それが相手に届くとは限らない。

「えっ」

 間の抜けた声が、今まさに明日那の方へ振り返ろうとした陽真の口から漏れる。それは、二筋の剣閃が通り過ぎた後のことだった。

 だからきっと、陽真は気づけなかっただろう————すでに自分が、斬られていたことに。

「はははははっ! 馬鹿め、隙を見せたな双葉ぁ!!」

 響き渡る明日那の嘲笑。血走った目を剥いて、二振りの刀を振り切った双剣士の姿が、撒き散らされた鮮血のヴェールの向こう側にある。

「がっ、あ……」

 芽衣子の口から、吐血混じりの呻きが漏れる。

 声にならない、とはこのことか。それほどまでに、信じがたい光景だった。

 陽真が、寸前まで己の命を省みずに愛を語ってみせた男子が、あっけないほどに真っ二つとなって崩れ落ちて行く。

 全く無防備な状態で、背後から双剣士の武技『双つ薙ぎ』が直撃した。同時に振るわれた二本の刃は、彼の体を腰元から切り裂く。

 バツの字を描くように刃が交差していった直後、支えを失った彼の体は崩れる。夥しい量の血が噴き上がっては、腸が零れ落ちた。

 一瞬にして凄惨な惨殺死体と化した陽真の姿も信じがたいが、それよりも尚、信じられないのは彼を斬り殺した明日那の姿だ。

 自分を庇ってくれた男を殺しておきながら、まるでそれを見ていない。吹き上がる陽真の鮮血の向こうから、殺意でギラつく明日那の目はただ真っ直ぐ、自分にだけ向けられているのだ。

 それだけで、察するには十分だった。

 剣崎明日那は、本当に中嶋陽真を殺したことも認識していないのだ。

 ただ自分を追い詰める憎く恐ろしい狂戦士が、何故かトドメも刺さずに立ち止まったから反撃をしただけ————それしか、今の明日那の頭にはない。

「……どうして」

 どうして、こんな酷いことができる。

 さらに湧き上がる吐血の感覚に、言葉は続かなかった。

 明日那は陽真のことなど認識していない。彼女が狙ったのは芽衣子ただ一人。その想像を超えた凶剣は、芽衣子にまで届いている。

 振るわれた『天命剣・聖鳥羽撃』は、オリハルコンブレードの凄まじい切れ味に、光の魔力を纏う強化、そして基礎的ながらも最も多用して手慣れた武技の威力を伴い襲い掛かって来た。

 相応の防御力を宿すはずの制服を薄絹のように裂き、光り輝く刀身が芽衣子の柔肌に届く。陽真と同じく、腰元から上下に両断するような斬撃のクロス。

 咄嗟に反応して後退したことで、真っ二つに斬り捨てられることは何とか避けられた。しかし、刃はそれなりの深さで入っている。

 かつてと見違えるほどに贅肉が落ち、変わりに引き締まった腹部に鮮烈な創傷が走っており、超人的な筋力を発揮する腹筋を綺麗に切り裂いている。断面からどっと血が溢れ出て来るが、そこに腸は混じっていない。

 幸い内蔵にまで届くことは避けられたが、十全だった戦闘能力を下げるほどには大きな傷を受けてしまった。

 この傷の痛みで動きが鈍ることはないだろう。だが、回復を図るならば致命的な隙を晒す。そのまま戦いを続けるにしても、全力で動けば腹の傷がさらに開き、今度こそ腸をぶちまけることになるだろう。

「これでぇ、終わりだぁあああああっ!」

 起死回生の一撃が成った。ここで決める。ここしかない。

 ついに出血を強いた怨敵を前に歓喜の表情を浮かべた明日那は、血の海に沈んだ陽真の半身を踏みつけて、芽衣子へと間合いを詰め、

「けぇええんざぁあああきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 刹那、狂える戦士の咆哮が、鼓膜を破らんばかりに轟く。それはまるで、目の前で大爆発が起こったかのように、芽衣子の全身から真っ赤なオーラが爆ぜる。

 ギラギラと燃えるように輝く目で、憤怒の形相を浮かべた芽衣子は、受けた腹の傷など知らぬとばかりに、全力全開で反撃をすでに繰り出していた。

「ぐあっ————」

 叩きつけられた怒りの二連撃を、攻撃に転じる恰好だった明日那は直撃を喰らう。まさか一切の躊躇なく、腹の傷を気にせず反撃してくるとは。

 狂っていても戦闘の駆け引きだけは正確に判断している明日那は、体勢を崩し押し返された状態であっても、無理を押して反撃した芽衣子は必ず隙ができると踏んだ。

「破ぁあああああああああっ!!」

「————なっ!?」

 あれほど強力な反撃を間髪入れずに繰り出して、腹の傷が無事で済むはずがない。傷跡が大きく広がり、内蔵を噴き出すはずだった芽衣子はしかし、怒りの雄叫びを上げてさらに踏み込んでくる。

 何故だ。何故この女は無事でいられる————その答えは、舞い散る鮮血の代わりに芽衣子の腹部に灯った、淡い燐光が示していた。

「————『応急回復ファストヒール』」

 その輝きが魔法による癒しの光であることを、明日那はよく知っている。瞬間、彼女の脳裏に過るのは聖女の力を宿す蒼真桜の麗しい顔だったが、そこに立つのは平々凡々、気にもかけない凡庸極まる女子生徒の一人であった。

 姫野愛莉は俯いたまま、けれどしっかりと両手を掲げて、友人たる双葉芽衣子へと治癒魔法をこの瞬間に発動させていたのだ。

「ぐぁああああああああああああああああああっ!?」

 何故、姫野がここに。そんな疑問が浮かび上がるよりも先に、狂戦士の追撃が明日那を捉えた。

 袈裟懸けに振るわれた『八つ裂き牛魔刀』の『黒凪』が、大きく結界を切り裂く。

 次いで叩き込まれるのは、刀身の幅を増大させた『ザガンズ・プライド』の突き。結界の裂け目へねじ込むように突き込まれ、大きな刃が突き刺さる形となった。

 侵入を許した刃から咄嗟に逃げようと大きく身を傾げるが————刀身が結界に突き刺さっているのが支えとなり、動きがつっかえて止まってしまう。

 決まった範囲で球状に展開される『聖天結界オラクルフィールド』は、常に対象者を中心に固定化されている。そうでなければ、結界が対象者からズレたりはみ出したりして、守りの意味がなくなってしまう。

 しかし結界範囲の固定化は、同時に対象者の動きを封じる原因にもなりうる。

 例えば人一人がギリギリで通れるような隙間を抜けようとした場合、『聖天結界オラクルフィールド』を展開していれば、結界の大きさが引っかかってしまう。

 長く実戦で使えば、結界の特性をよく把握して立ち回ることが出来ただろう。だが如何に明日那が優れた剣士であったとしても、慣れない装備を咄嗟の判断で最適に扱うことは難しい。

 明日那は『ザガンズ・プライド』が結界を貫いた瞬間、これを解除すべきであった。そうすれば、回避は成功していた。

 だが、解かなかった。解けなかった。

 不慣れな結界装備であること。そして何より、迫る狂戦士への恐怖によって。

 結果、『聖天結界オラクルフィールド』を突き破った巨人の刃は、明日那の右腕を大きく切り裂いた。

「ぐううぅ、こ、このぉ……」

 剣士の矜持が、傷ついた右腕でも刀を手放さなかった。

 そして天使の翼の能力によって、即座に治癒も開始される。姫野の拙い治癒魔法よりも、遥かに強力な回復効果が腕の傷を治す。

 再び右手が刀を強く握りしめたその時には、すでに芽衣子は次の一手を繰り出していた。

「もう逃がさないよ」

 芽衣子が振るった一撃は、明日那ではなく地を穿った。

 貫かれた結界が動きの邪魔をして、回避しきれなかったのを芽衣子は瞬間的に理解したのだ。

 故に、杭を撃ち込んで固定するかのように、『八つ裂き牛魔刀』で結界と地面を縫い止めた。これで明日那は動けない。動けても、結界に囲われた狭い範囲のみ。最早、逃げ場はない。

 そして芽衣子には、呪いの刃を手放しても、結界を破る術があった。

「————『鎧徹しパイルバンカー』」

 その拳は、『黒凪』と同質の漆黒の魔力が渦巻く。

 轟ッ! とけたたましい音と衝撃を伴って、『聖天結界オラクルフィールド』が揺らぐ。

「コォオオオ……」

 さらにもう一発。入った瞬間には、もう次の一撃が入る。

 連打。黒々とした魔力を纏った両の拳が、嵐と化して結界を打ち据える。

 すでに芽衣子は両方とも剣を手放した徒手空拳と化している。だが、何の問題もない。この距離はすでに、剣の間合いではない。拳の間合いだ。

 息つく暇もない『鎧徹しパイルバンカー』の連打が、瞬く間に黒く『聖天結界オラクルフィールド』を浸食してゆく。

「うぉおおおおおおおおおおっ!」

 封じられた動き。今にも砕け散りそうな結界。そして何より、明日那にとって恐怖の象徴である狂戦士の拳が、精神を揺らがせる。

 追い詰められた極限の状況下にあってこそ、剣士としての精神力が問われるが————明日那は致命的なまでに、自身の弱さを克服できていなかった。

 故に、咄嗟に行った反撃も精彩さが欠ける。

 間合いを詰め切った芽衣子を相手に、雑に振るった二刀はあえなく拳で迎え撃たれる。小手を打つように、両手が弾かれる。

 再び灯る治癒の輝き。刀を握り直し、再び構え直す頃には、すでに勝負の天秤は傾き切っていた。


 ガシャァアアアアアアアアアアアン!!


 盛大にガラスが割れるような音を響かせて、ついに『聖天結界オラクルフィールド』は砕け散った。キラキラと舞い散る光の破片と、黒い魔力に浸食され金属片のようになった欠片が入り混じって飛散する。

 その背に翻る天使の翼が大きく羽ばたき、青白く輝く粒子が大量に放出されてゆく。結界が完全に破壊されたことで、急速に修復が始まろうとしているのだ。

 だが、そんな隙を見逃すような狂戦士ではない。

 憤怒に燃える瞳で、拳に黒き力を渦巻かせて、渾身の一撃を双葉芽衣子は叩き込む。

「う、あっ、やめっ————」

 恐怖と絶望に歪む明日那の顔面に、狂戦士の拳が突き刺さった。

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― 新着の感想 ―
中嶋君、想いを伝えてちゃんと振られてればこんな無残なことにはならなかったんじゃないのか? あれだけ強化してやったのに大駒一つも落とせない剣崎に小鳥もイライラマックスしてそう。
[良い点] 中嶋は状況を把握次第、剣崎に向き直って構えていれば斬られなかったでしょうか。或いは、麻痺毒なりで拘束を始めていれば、或いは… 恋は盲目、人情に絆され、とは平和な時分の道理であって、生死の…
[一言] 剣崎汚い志々雄真実で草 大嫌いだわwwww
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