第34話 男子高校生の日常会話
「いや桃川、お前ソレ、魔力切れじゃね?」
呆れたような苦笑顔で、平野君が言う。
「やっぱりアレ、そういうことなのかな……」
僕は等身大泥人形の制作実験の最中に、突然、意識を失って倒れた。倒れた瞬間のことはよく覚えていないけれど、双葉さんの話では、そういうことらしい。
西山さんの話によれば、僕をお姫様抱っこで抱えた双葉さんはとんでもない形相で妖精広場へ駆け込んできて、そのあまりの鬼気迫る姿に思わず二人は武器を手に取ったとかなんとか。
ともかく『魔力切れ』という現象に思い当たる節のあった二人は、すぐに僕の症状がソレだと気付き、その場で寝かせてくれた。
魔力切れ、とは読んで字の如く、体内にある魔力が切れた、つまり、欠乏した状態のことを指す。この魔力、という如何にもなファンタジーエネルギーがどれくらいの量、僕らの体内にあるのかは分からないけれど、ともかく、これを消費することで魔法や呪術は発動しているらしい。
少なくとも、魔法使いである西山さんは体感的に分かるという。調子に乗って『風刃』を撃ちまくった結果、この魔力切れの症状に陥ったことがあるからという、確かな経験則だ。
流石に、一瞬で気絶するほど魔力を瞬間的に全消費したことはないと言っていたけど……つまり、僕が倒れたのはそういうことだろう。等身大の泥人形を稼働させるには、僕自身の魔力が全く足りていなかったと。
「それじゃあ、MPってどうやって上げるのさ」
「そりゃあまぁ、魔法使って戦ってりゃ、その内に上がるんじゃねーの?」
セオリー通りの解答が、平野君から返ってくる。やはり、体力と同じように自分を鍛えることで獲得するものなのだろう。
「まぁ、西山も最初の頃よりは魔法撃てるようになってっから、レベルアップは間違いねーだろ」
魔法使いとしての西山さんの経験はどこまでもありがたい。
「とりあえず、今は休んでおけばいいよ。その内、魔力も回復して元通りになるから」
「ありがとう。悪いけど、そうさせてもらうよ」
「いいって、どうせ俺らも、もう一眠りしてからボスに挑もうと思ってたところだからな。今、ちょうど夜の十二時だぜ」
平野君が左腕に巻いたGショックをチラ見して教えてくれた。スマフォだとあっというまにバッテリー切れだけど、腕時計なら常時時間を確認できる。こういう時、時計って便利だな。
「桃川くん、ご飯できたよ」
それじゃあもう一回寝ようかな、とボンヤリしているところに、噴水の向こう側から双葉さんの声が聞こえてきた。
「え、あ、そうなんだ」
ありがとう、とは言うものの、僕にはそこはかとなく嫌な予感がする。
僕が目覚めた後、ひとしきり双葉さんとは無事を喜び合った。その後、彼女は勇んで料理を始めたのだ。
すでに高島君の遺体からライターを頂戴していたから、火を起こすのは難しくない。パチパチと焚火が弾ける音は、さっきからずっと聞こえていた。
そして、漂ってくるのは香ばしい肉の匂い。素直に美味しそうではある。しばらくリスみたいに胡桃しか食べていなかったから、この香りは実に空腹感をそそる。
だがしかし、ちょっと待ってほしい。僕らの持ち物の中に、カルビもベーコンもソーセージも、ありはしない。一体どこの高校生が、鞄の中に食肉を詰めて登校するというのか。
それじゃあ、双葉さんが美味しそうに炙っている肉の出どころは、一体……
「はい、これ一番肉付きの良いところだから。これを食べて、元気出してね!」
眩しいほどの母性に輝く優しい笑顔で、双葉さんから湯気を上げる熱々の肉塊、ウナギのかば焼きみたいに開かれたモノが差し出される。大きい妖精胡桃の葉っぱの上に乗せられていて、実に原始的な一皿である。
「あ、ありがとう……」
ゴクリ、とつばを飲み込む。ごちそうを前に意気込んでいるのではない。これは、緊張からくるものだ。
「味付けは塩しかなかったけど、きっと美味しく焼けているはずだから」
本当だろうか。本当に、異世界の蛇なんて、美味しく焼けるものなのかっ!
そう、コイツは大カエルの湖があったところで捕まえた蛇だ。双葉さんは熟練の狩人みたいに、見事な手際で血抜きをして、貴重な食肉として確保したことを僕はよく覚えている。
ソイツが今正に、僕の目の前に一皿の料理となって提供されている。蛇の開き、異世界岩塩風味である。
僕は添えられた箸、恐らくは双葉さんの弁当のモノだろう、それを手に、素直に食べることにした。双葉さんの好意は裏切れない。この笑顔を前にして、一口もせずに拒否する勇気は僕には持てなかった。
チラリと横目で見れば、若干、引いたような表情の平野西山カップルの姿がある。二人も、僕がこれから口にしようとする肉の正体を知っているのだろう。
援軍は期待できない。覚悟を決めて、僕はこの蛇肉を食べてやろうじゃあないか。毒を食らわば皿までの心意気だ。
「い、いただきます!」
パク、っと男らしく僕は箸でつまんだ肉厚のかば焼きへとかぶりついた。
「っ!? 美味しいっ――」
ささやかな夕食を終えて、僕ら四人は本格的に就寝することにした。妖精広場は安全だから、常に見張りを立てておく必要がないのは幸いだ。ただの学生である僕らが、数時間ごとに交代する見張り役を続けていれば、疲労も回復しきらないだろうから。
「なぁ、桃川。蛇って、意外に美味いもんなんだな」
「うん、あんなに美味しいんだったら、もっと捕まえくればよかったよ」
ゴロンと柔らかい芝生の上に横になって、平野君とそんな会話を交わす。
流石に年頃の男女が一緒に寄り添って寝るのはアレということで、噴水を挟んで男女で寝床を分けている。回り込まなければ、反対側の様子は窺えない。大声を出さなければ、向こう側に会話が聞こえることもない程度には距離もある。
「他に食えそうなヤツいたら教えてくれよな。えーっと、直感薬学だっけ?」
「うん。でも、そっちがゴーマから岩塩を回収してくれなかったら、もっと味気なかったよ」
これは完全に僕の落ち度になるけど、実はゴーマの所持品の中には岩塩の塊が存在していたのだ。ダンジョン内に狩りに出ているゴーマ戦士達の必需品とでもいうように、薄汚れてはいるものの、大抵は岩塩を持ち歩いているらしい。
これで妖精胡桃だけでは補えないミネラルも補給すると良い、というのは今は亡き伊藤君のメール情報で早々に明らかとなっていたという。そういう攻略情報は、きっちり全員に配信しろよと、王国の不手際を呪う。
「ところでよ、ちょっと聞いていいか?」
「え、なに、どうしたのさ、改まって」
不意に、ずいっと顔を近づけて平野君が切り出した。これは、何やら秘密の話をする体勢だ。
「お前、もう双葉さんとヤったのか?」
「……えっ」
その質問の意図が理解できないほど、僕は純真無垢でもなければ、保健体育の成績が悪くもない。
「な、な、何言ってんのさ……そんなの、あるワケないって」
「おっ、その反応は怪しいなぁ、実は一回くらいヤったんじゃねぇのか?」
「ヤってないって!」
ふーん、とかちょっとやらしい微笑みを浮かべながら、とりあえず平野君の追及は収まった。
「っていうか、急に何なのさ」
「いや、だって気になるだろ?」
それはそうかもしれない。でも、だからってそこまでストレートに聞くか。いや、まぁ、男同士なら、聞くか。
「それじゃあ、平野君はどうなのさ。えっと、その、西山さんと」
「へへっ、そりゃあお前、まぁ、なんつーか……ヤった」
「マジで!?」
「馬鹿っ、声がデケーって」
もしかして、と思ったら本当にそうだったとは。
「え、じゃあ、付き合ってるの?」
「まぁ、そういうことになんのかな」
どこか自慢げな照れ笑い。しかし、そこには童貞を卒業した一人前の男としての自負のようなものが窺える、ような気がする。
「マジな話、伊藤が死んで、俺もアイツも相当ヤバくてよ」
「うん、何て言うか、そういう事に発展しても、おかしくはないよね」
「い、いや、俺だってただ勢いでってワケじゃねーって。これでも、今は結構マジんなってんだからよ」
うんうん、そういうことにしといてあげよう。純愛なんですね。
「もしかして、僕ら邪魔だった?」
「そんなことねーって。二人きりだったら、やっぱボスはどうにもならなかったしよ」
「お楽しみの最中に転移してこなくて良かったよ」
コノヤロー、と平野君に小突かれる。痛いじゃないか。やらしい顔してるくせに。
「お前の方はどうなんだよ。その気はあるんじゃねーのか?」
「えっ、そ、そんなこと……ないって……」
つい、あからさまにそんなつもりあるようにしか聞こえない返事をしてしまう。ほら見ろ、平野君が「へへっ」とニヤけている。
「まっ、双葉さんはあの爆乳だからな。気持ちは分かるぜ」
「うん、それは……うん、そうだよ」
「アレをモノにできたらヤベーぜ、桃川。西山のじゃ挟んだりはできねーからな、羨ましい」
妄想が飛躍しすぎであるが、男である以上、そういう発想をしないはずがない。だから、僕は平野君を下品だと批判はできない。悪いけど平野君、僕は君よりももっと業の深いプレイを妄想してしまうんだ。
「それによ、双葉さん、ちょっと痩せてね?」
「えっ、そう?」
言われてみれば、そんな気がしないもでない。うーん、どうなんだろう。何かにつけて僕は双葉さんの巨大な胸や尻に注目しているが、その凄まじい存在感と重量感ばかりに目が奪われて、痩せる、という発想がなかった。
「でも、確かに何度も戦ってきてるし……僕は結構最初の方で出会えたから、ずっと一緒にいると逆に気づかない、みたいな」
「そうだよ、双葉さん絶対痩せてきてるって」
パワーシードは服用すると激しくカロリーを消費するから、ダイエット効果もありそうだし。ダンジョン生活の中では、自然と食事制限もされるし、強制的に運動もせざるをえない。
「うーん、もう少ししたら、僕でも分かるくらい、はっきり痩せるかもね」
「なぁ、双葉さんって、痩せたら結構ヤバくね?」
「そ、そうかな……」
なんて曖昧な答えをするけど、考えるまでもなく、ヤバいに決まっている。
だって双葉さん、今の状態でも結構可愛い顔してるし。あれで頬と顎の肉が落ちれば、パッチリした大きな目の、やや童顔の癒し系美少女フェイスになるだろう。
そして何より、多少ボリュームダウンしたところで圧倒的な大きさを誇るおっぱいとお尻。ドラム缶みたいなウエストがもう少しでも引っ込めば、今すぐ爆乳を売りにするグラビアアイドルになれるレベルの超絶エロボディになることは確定的に明らかだ。
「まっ、その気があんなら協力してやっから。ほら、カップル成立したら、お互いに二人きりの時間ってヤツを送れるだろ?」
ははぁ、なるほどね。どっちもカップルでお互いにヤることヤるなら、あまり気兼ねなく致せるということだ。確かに、片方だけがイチャつくっていうのなら、ちょっと気まずいし、最悪、恨みを買うことになりかねない。いわば、ダブルデート方式だ。
もっとも、僕が双葉さんとエロいイチャイチャができるなんてことは、妄想できても現実でできる気がまるでしない。別に双葉さんでなくても、僕にとって女の子というのはそういう幻想的な存在だ。だって僕、オタクだし、童貞だし。リアルな女心なんて、さっぱり分からない。
「別に、僕が双葉さんとそういう関係にならなくても、その内に二人きりになれるように、それとなく取り計らうから安心してよ」
「へへっ、悪ぃな、桃川」
別に、僕としては特別に西山さんに対して女性的魅力を感じているワケでもないから、平野君に格別の嫉妬心などは湧かない。むしろ、これからの協力関係をより強固にするためには、ちょうどよい気遣いだと思う。
できれば、僕としても双葉さんと二人きりの時間は欲しい。いや、決していやらしい意味じゃなくて、信頼できる仲間としてだ。
「よし、そんじゃあボスを倒したら、いっちょ頼むぜ」
「うん、ボスを倒して、次の妖精広場を確保したらね」
その時は、気を利かせて、どうぞゆっくり二人きりの時間をお楽しみくださいよ。




