第352話 モンスタープラント(2)
「うーん、やっぱこの二人はレベルが違うなぁ」
土と氷の中級精霊を足止め役に投入し、僕らがメイちゃんと天道君が突っ込んでいった最前線まで合流すると、こちらとは一段格上の激戦が繰り広げられていた。
「はぁあああああ————やぁっ!」
気合の掛け声と共に、メイちゃんは切りかかって来たリビングアーマーのボス、ジェネラルアーマーとでも呼ぶべきデカい鎧兜を弾き飛ばした。一体ではない。二体同時だ。
「そこっ!」
そして、背後の影から飛び出して来た黒いマントを纏った人型、ヴァンパイアのボスがサーベルを振り上げたところに、『八つ裂き牛魔刀』が薙ぎ払われた。
同時に、刀身を目いっぱいに伸ばした『ザガンズ・プライド』で正面にも横薙ぎの一閃を繰り出し、もう一体のヴァンパイアを狙っていた。
「ギィイイイッ!」
背後の奇襲野郎は寸でのところで身を捻って辛うじて回避するが、翻ったマントごと胴を浅く切り裂かれ、僅かに青い血が舞った。
もう一方の正面は、体勢を立て直したジェネラルアーマーが大盾を構えて、ヴァンパイアを守っていた。
ゴライアス四体相手に凌いでいた夏川さんも十分頑張った方だと思うけれど、メイちゃんはさらに格上のボス四体、それも互いの能力を活かした連携までとれる奴らを相手に、むしろ押し込んでいる。
再合流して早々、一人でザガンの相手を務めた時から分かっちゃいたけれど、以前よりもさらに強さに磨きがかかっているようだ。
「ええい、煩わしい。妾が一息で薙ぎ払ってくれようか」
「こんな場所で本気のブレスをぶっ放すんじゃねぇ。黙って見とけ」
そしてお隣では、呑気にリベルタとお喋りしながら、天道君が全く同じ編成のボス四体を同時に相手取っていた。
大剣サイズの王剣を持つ天道君は、剣術だけでなく様々な魔法も行使できる。嵐のような剣戟で敵を寄せ付けない狂戦士メイちゃんとはまた別に、王剣の斬撃と数々の攻撃魔法を織り交ぜ、危なげなく四体のボスをあしらっている。
「なぁ、これ俺らの掩護いるのか?」
「いるよ。ちゃんと役に立つって」
パっと見で分かるくらい優勢に戦っている二人の様子に、葉山君がちょっと投げやり気味に言う。
確かに二人とも余裕はあるものの、深追いはしないよう冷静に判断して立ち回っているのだ。ここで僕らが参戦すれば、戦力は完全にこちらに傾き一気にカタがつく。
「杏子はメイちゃんを、委員長は天道君を掩護して。夏川さんと中嶋君は————ちょうどいい、アイツを抑えて」
僕らがやって来たことをすぐに察してくれたのだろう。メイちゃんが『ザガンズ・プライド』最大刀身で武技『激震』を放ち、ちょうどジェネラルアーマーの一体を大きく弾き飛ばす。
この一体を受け持ってくれ、とのご要望である。
「桜ちゃんは天道君の方を適当にお願いね」
「そんな適当な指示を出すくらいなら、指図などしないでください」
「むっ、新しい女ですか? 聖女だかなんだか知りませんが、ご主人様には近づけさせませんよ」
「ええい、兄妹揃って私の邪魔をしないでくださいよっ!」
「桃子は別に僕の妹ではないからね?」
「魔法に対する理解が浅いですね。ニワカ知識でケチつけるの、止めてもらっていいですかぁ?」
「このぉ! 同じ顔並べて、また私のこと馬鹿にしてぇっ!!」
「おーい、桜。桃川兄妹と遊んでないで、さっさと手伝えよ」
「今行きますよっ!」
「俺にまでキレんなよ……」
天道君も呆れるくらいの怒気を振り撒きながら、八つ当たり気味にヴァンパイア野郎へと薙刀で切りかかる桜ちゃんであった。
あっ、光属性だからヴァンパイアにも凄い効いてる。哀れ、真正面からの連撃によって、あっという間にヴァンパイアは塵と消えた。
「————さて、ようやく片付いたか。みんな、急いで階段下りてね。このフロア封鎖しちゃうから」
ジェネラルアーマーとヴァンパイアの混成ボスパーティを撃破した後、即座に階段へと向かう。
フロアにいる敵は、全て倒せたワケではない。足止めしている中級精霊には、更なる敵の増援が加わって、そろそろ消滅しそうになっている。ゾンビとハイゾンビの群れも、いまだにこっち目掛けて走って来るし、ゴライアスやアラクネくらいの奴らも再び湧き始めている。
間違いなくこのフロアにはそれなりの規模の生産設備があり、それを全力稼働させて戦力を投入し続けているのだ。装置を見つけて破壊すれば止まるだろうが、そんなことをしている暇はない。
よって、討ち漏らしとリポップした奴を無視して、さっさと先へ進むのが最適解。
「突貫工事くん、設置完了! じゃあ杏子、お願いね」
「任せとけ————『岩石防壁』」
ズズーン! と轟音を立てて、階段を丸ごと巨石が埋めた。
ボスモンスターの力をもってすれば、破壊することは不可能ではないが、手間はかかる。何より、タワーの階段構造は現役で魔法建築の恩恵を受けているので、そう簡単に壊れない。ちゃんと掘らないと、通り抜けるだけの穴を開けることはできないし、モンスターの知能でそれを上手にできるとは思えない。モグラのボスはいなかったよね?
「うわぁ、まだここ、さっきと同じ感じだよぉ」
イヤーな顔で夏川さんが眉をしかめて言う。
ざっと見た限りでも、上と同じ工場フロアだということが分かる造りだ。
「でも、随分と綺麗だな……ここは保護が効いていたのか」
長い時を経て、山と積もった埃や、金属部分の錆びつき。そういったモノが、ここには見受けられない。妖精広場があった最上階と同じように、綺麗な白塗りとなっている。
「うん、絶対、罠が仕掛けてあるよ」
「そう感じる?」
「そこかしこからねー」
盗賊の勘に任せてキョロキョロと周囲を見渡している夏川さん。彼女がそう明言するのなら、間違いなく罠がある。それも、一つではなく複数。
「それじゃあ、どんなのがあるのか、確かめるとしよう————行け、ハイゾンビ」
「ウォオオアアアアアアアアアアッ!」
雄たけびを上げて、召喚したばかりの新鮮なハイゾンビ達が、過不足なく白い灯りに照らし出された通路を全力疾走していった。
罠があることが分かっているなら、さっさと囮を走らせて引っかからせた方が手っ取り早い。
ズドォーンッ! バヂィイイイッ!!
早速、爆音やら雷鳴やらが、通路の向こう側から響き渡って来た。
まずはマインにショックトラップか。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオッ!
そして火炎放射。定番だな。
後は落下してくるシャンデリアと、転がって来る大岩でも仕掛けてあるのだろうか。
「行け、ハイゾンビ!」
「えっ、もう全滅しちゃったの!?」
「みたいだねぇ……行けっ、ハイゾンビ!」
「うーん、ここまで多すぎると、探知にかかりすぎて逆に見落としちゃいそうだよ」
「もう少しハイゾンビを走らせて、行けっ! 罠を減らしてから進まないと、行け、ハイゾンビ! 危ないからみんなを歩かせるわけにはいかないな————行けっ、桜ちゃん!」
「ちょっと!」
ごめん、間違えた。最近、言うこと聞いてくれるようになったから、嬉しくてつい、出したり引っ込めたりしたくなっちゃうんだよね。
「ふふっ、呼んでみただけ」
ってハートマークつくような感じで言ってみたら、パァン! とビンタされた。
痛い。本体に喰らったんだが。
『痛み返し』発動して桜ちゃんも頬赤くなってるけど、毅然とした表情を崩すことはなかった。そんな覚悟完了してまで、僕にビンタしたってこと? もうちょっと他のところで根性見せてよ。
「うぇーん、ほっぺが痛いよぉ、メイちゃーん」
「小太郎くん、大丈夫?」
折角なので、この機に乗じてメイちゃんに甘えてみた。大きな胸にギュっと抱きしめられながら、優しく頬を撫でてくれる。
そしてそれを、台所に出たゴキブリを見た時よりも嫌悪を感じる眼差しで見つめてくる桜ちゃん。
「ううぅーん、これは大丈夫じゃないかもぉ」
「じゃあ、蒼真さん一発叩いて来ようか?」
「それは止めてあげて」
流石に報復で狂戦士の一撃を喰らうのは、ざまぁ通り越してドン引きだから。
「まったく、こんなとこでイチャくのやめてよね。双葉ちゃんも、あんまり桃川君を甘やかさないでよ、すぐ調子に乗るんだから」
などと心底ウンザリした顔で、姫野が口を挟んで来た。
「そんなに痛いなら、私が治癒魔法かけてあげるから」
「ええー、僕はメイちゃんに癒されたいから、なんちゃってヒーラーはお呼びじゃないんだよね」
「おら、面貸せ桃川。その生意気な頬に今すぐ『微回復』ぶち込んでやるからよぉ」
「ぬわぁあああああああああ!」
キレた姫野が僕の頭を強引にメイちゃんの谷間から引き剥がし、ああっ、なんて無慈悲な治癒魔法を! 癒しの光が痛みをどんどん和らげていくぅ……おのれ、痛くないと甘えられないじゃあないか。サービスタイム強制終了かよ。
そんなことをしている内に、ハイゾンビによるトラップローラー作戦は終了した。
「よし、ひとしきり罠を踏み終えたな」
「みたいだね。かなり減った感じだよ」
惜しげもなくハイゾンビを投入して、このフロアを隅々まで走らせたお陰で、階段も発見できた。
「小太郎、こっちの方は大丈夫だぞ。諦めたのか、もう岩削れてる感じしないわ」
下りて来た階段前に陣取っていたので、塞いだ階段が突破されないよう杏子を殿にしていたのだが、どうやらボスモンスター達の掘削は止まったようだ。
後顧の憂いは断ったと喜ぶべきか、それとも不気味な沈黙と警戒すべきか。
「何にせよ、進むしかないけどね」
「気を付けてね、消費しないタイプの罠も残ってるから。それに……このフロアには、何か大きな罠が仕掛けられている感じがするの」
「ハイゾンビにかからなかったってことは、自動で検知するんじゃなくて、ちゃんと相手を見て発動させてるってことか」
見ているのか、小鳥遊?
少なくとも、付近に監視魔法の類は感知できていないのだが。
「スケルトン部隊も再編したし、僕らが先行するから」
そうして、残ったハイゾンビに前を歩かせながらいよいよ罠だらけのフロアを進み始める。
途中に何か所か、夏川さんが言った通りに繰り返し発動するタイプの罠を発見した。
とはいえ、センセーか何かで感知して、自動で炎や雷を噴き出すような単純なモノだった。配置の隠蔽も雑だし、構造も単純。
恐らく完成された罠ではなく、元は別な武器か道具だったのだろう。罠に流用できそうだから設置しただけといった感じだ。
ここからしっかり罠として洗練されていないのが、実に小鳥遊らしい。アイツの錬成能力があれば、より強力かつ厄介なトラップなど幾らでも作れるだろうに。
ともかく、雑な罠のお陰で解除と撤去の方も順調に進んだが、
「桃川君! ここ、絶対ヤバいよ!」
先行している分身の僕へ、夏川さんが警告を発してくれる。
「うん、僕もここヤバいかなって思ったよ」
というのも、第六感などでは断じてない。
そこは長い直線の通路だ。
遮蔽物はなく、左右に逃げ込める部屋もなさそう。あったとしても、ロックされているだろう。
綺麗な白い通路は、何事もないかのようにただ静寂を保っているが……嫌な地形だ。向こう側から、何かしらぶっ放すだけで、攻撃され放題である。
強いてマシなところは、通路の幅は二車線道路ほどもあり、結構な広さがあること。通路というより、トンネルといったサイズ感だ。
「よし、じゃあ行ってくるよ」
「う、うん、気を付けてね……」
ゴクリ、と固唾をのんで夏川さんが見送ってくれる。
彼女だけは罠探知のために先行部隊の僕と同行しているのだ。僕らが一網打尽にされた時は、何が起こったのかを彼女が外側から見届けてくれる。
分身の僕が、ワケも分からずやられてしまう即死状態でも、夏川さんなら罠の正体を一発で見破ってくれるだろう。
そんな信頼を持って、ハイゾンビとスケルトンを引き連れた僕はソロソロと慎重に、この怪しい直線通路を歩き————
「んっ、こ、これはまさか————」
異変を察知した瞬間、分身の僕は消滅した。
「————バジリスクだ」
一瞬で死んだが、僕はそう確信できた。
他でもない、僕が唯一ソロ討伐に成功した、思い出のボスモンスターだから。アイツのことは、よく覚えている。
「バジリスク?」
「どういうことなの。美波は、モンスターの姿は通路に見えなかったと言っていたけど」
夏川さんと委員長の疑問に、僕は確信をもって答える。
まず分身の僕が認識したのは、濃い紫色に煙る猛毒のガスが瞬く間に視界を覆ったことだけ。
そして傍から眺めていた夏川さんも、通路があっという間に毒ガスで満ちて、僕らが丸ごと飲み込まれていったところを目撃した。
ほどなくすると、換気装置でも働いているのか、紫の毒ガスは綺麗に消え去り、後にはブスブスと音を立てながら大半が腐り溶け落ちた骨の残骸が転がるだけだったと言う。
「多分、天井裏か通路の左右、あるいは全てにバジリスクを配置してる。噴き出された毒ガスが、間違いなくバジリスクのものだというのは、僕の『直感薬学』が証明してくれている」
あの時も、まずは『直感薬学』がバジリスクがあくび交じりに漏らした紫のモヤを勝手に鑑定して教えてくれたんだ。まぁ、あんな毒々しい紫色の気体を吐いて、毒だと思わない奴はいないだろうけど。
「言われてみれば、確かに気配を感じるよ。でも、動いてるのかな……それとも、気配を隠すのが上手い? 壁越しだと、あんまりハッキリ捉え切れないよ」
僕の証言を元に、再び夏川さんが通路を探ってきた結果報告がこれである。
「バジリスクは動きは遅いけど、獲物を狙って水中から近づく時は、凄い静かに這いよっていたから、気配遮断系の能力を持っていてもおかしくはないね」
「なるほど……バジリスクはあの場で大人しく息を潜めて、獲物が来るのをただ待っているだけということね」
強力な毒ブレスを撒き散らすバジリスクを、他のモンスターとは一緒にさせず、単体で運用したのは正解だ。それも動きが鈍いのを割り切って、罠として固定させたのもデメリットを打ち消す使い方だ。
ちっ、小鳥遊のくせに考えたな。
「それで、どうするの桃川君?」
「こういう場所で、毒ガスを浴びせるのも定番のトラップだからね。勿論、対策はあるよ」
こんなこともあろうかと、ってヤツだ。
とはいえ、委員長が協力してくれれば、それだけで済むと思うけどね。




