第351話 モンスタープラント(1)
「————まったくもう、何が温存ですか! 結局、すぐに戦わねばならなくなったでしょう!」
「しょうがないじゃん、マジでボスラッシュ始まっちゃったんだからさぁ!」
相変わらずやかましい桜ちゃんの言葉に言い返しながら、僕は『愚者の杖』を振るう。
放った『毒』を、相手は素早く壁を蹴り急転換して回避する。
「ちっ、外したか。けど————」
捕らえた、『黒髪縛り』。
本来あるべき使い方である、敵を縛って動きを止める、という効果を十全に発揮。地を駆ける四本脚の内の一本を縛り、その機動力を一時的とはいえ封じ込めることに成功した。
そして、それだけあればトドメを刺すには十分であった。
「はぁああああ————『双烈』っ!」
桜ちゃんが光り輝く薙刀の刃で、閃光のような二連撃を見舞う。
光属性で強化されているだろう武技の威力が炸裂したのは、二つ首の猛犬『オルトロス』の両頭。
二つの首が、青白い血飛沫を上げて転がった。
「次はケルベロスを仕留めます」
「先に中嶋君と夏川さんを回復してあげてよ。それから、レムとタンクもよろしく。そろそろ耐久尽きそうだから」
「ええい、分かりましたよ、やればいいのでしょう————『応急回復』!」
バリバリの前衛に転職した聖女様は、目の前の戦いにのめり込むあまり、本来あるべき回復役としての視野が欠けてしまった模様。
君の優れた治癒能力は唯一無二なんだから、ヒーラーとしての立場は忘れないで欲しいんだけど。
やれやれと言った心持ちで、僕は戦況を把握する。
「ちくしょう小鳥遊め、なんだかんだ結構な戦力を持ってるじゃないか」
ゾンビラッシュから開幕した工場風フロアの探索は、それ以降も湧いて出てくるゾンビの群れを蹴散らしながら進んで行った。
そうして幾つかのフロアを下ったところで、辿り着いたのがこの場所。大小無数のパイプが走る構造はそのままに、ワンフロア丸ごとぶち抜いたような広いところに出た。
壁の代わりに巨大な機械のような立方体や円筒形の金属製の設備が立ち並び、数十メートルはありそうな高い天井に至るまで、縦横に階段と通路が張り巡らされている。
魔力でも通っているのか、パイプとそれに繋がる大きなタンクのような設備が、青白い輝きをボンヤリと放ち、薄暗い室内を不気味に照らし出している。
そんな製鉄工場のように大きく複雑な構造の場所で、待ち構えていたのが見覚えのある大型モンスター達であった。
今しがた桜ちゃんが仕留めたオルトロスをはじめ、ケルベロスやゴライアス、巨大スケルトンに大型ゾンビ。他にも僕以外のクラスメイト達が倒したと聞いただけの奴らもちらほら見える。
ここに集結したボスモンスターの共通点は、魔導人形と似たような青い体色と血。
基本的に赤い血の色とそれぞれ独自の体色を持つのがオリジナルで、この青白いのは量産型といったところだろうか。強さも若干、下回っているような気もするけど、それぞれのボスと戦った時に比べて、みんな相当に強くなっているので、正確なところは分からない。まぁ、強化されてなければ何でもいいよ。
大幅なパワーアップはされていないお陰で、かなりの数のボスが集まってはいるが、戦闘はこちらが優勢に進められている。けれど、ゾンビ共に比べて明らかに手間はかかる。
少なくとも、こっちがメンバー総動員で戦わなければいけないほどには、敵の戦力は充実しているのだから。
「ごめんね、中嶋君。大丈夫かい?」
「今、回復してもらったからね。問題ないよ————『双激烈』」
剣崎に次ぐ二刀流を扱う中嶋は、『炎剣・サラマンドラ』と『クールカトラス』を振るうことで、連撃武技にそれぞれ属性攻撃を上手く載せて放っている。
相反する属性である火と氷が干渉すればプラマイゼロで打ち消しちゃうこともあるけれど、きちんと別々の場所にヒットさせて無駄を発生させていない。こういう地味ながらも確かな技術が垣間見えると、成長を感じさせるね。
「————けど、ちょっと相性が悪い相手でね。手を借りないと、倒し切るのには時間がかかりそうなんだ」
叩き込まれた連続斬撃と共に、激しい火炎と冷気を噴きながら倒れ込んだモンスターはしかし、すぐにのっそりと起き上がって来る。
ソイツは上半身が筋肉で肥大化した大きな人型で、斬り付けられた傷跡は歪に肉が盛り上がっては、そこから触手をニョロニョロ生やしている。
今喰らったばかりの傷跡からも、不気味に青い肉が蠢いて新たな触手が生え出ようとしていた。
コイツはメイちゃんと二人で挑んだ、ハイゾンビのボスである。
「ああ、コイツの再生力はズバ抜けてるからね。メイちゃんもとんでもない力技で倒したし」
「流石に僕じゃあ、双葉さんの真似はできそうもないかな」
「ここまで粘ってくれただけで十分だよ。桜ちゃんとスイッチだ————行けっ、桜ちゃん!」
「その命令口調はやめなさい!」
言いながら、後退する中嶋君と入れ替わって、桜ちゃんが薙刀を振りかぶって突撃してゆく。
流石は光属性、アンデッドモンスターには効果覿面。桜ちゃんに切られたボスは、再生するどころか、浄化されるように肉体が光の粒子と化して徐々に溶けていく。
「アンデッド系は桜ちゃんに任せよう。中嶋君は————」
「これで、ようやく夏川さんのフォローに入れるよ」
「うん、お願いね」
どこぞの脳筋聖女と違って、しっかり自分の役割と仲間の戦況を把握していた中嶋は、すかさず火と氷の下級攻撃魔法で牽制しながら、大立ち回りを演じている夏川さんの元へと駆けた。
「助かったよ中嶋くーん! 流石に大っきいのを四体同時は厳しいよぉーっ!」
「ごめんね、夏川さん。まずは一体、急いで仕留めよう」
夏川さんが相手をしているのは、ダンジョン攻略序盤では強敵だったゴライアスである。
ゴリラチックなマッシブボディに金属質の甲殻、そして角が生えて鬼のような形相をした、シンプルにパワー、スピード、タフネスを兼ね備えたストロングスタイルのボスモンスターだ。
ソレが四体いる。
序盤に登場するボスは中盤ではちょっと強い雑魚に成り下がるからって、急に四体同時討伐させようとする無茶ぶりしちゃうようなバランスのゲーム、たまにあるよね。しかもそれが、やたら狭いステージで分断するのも難しかったり……と、昔を懐かしんでいる場合ではない。
夏川さんは盗賊の本領発揮と言わんばかりの素早い機動力で、遮蔽物と障害物が乱立する立体的な工場フロアの地形を生かし、縦横無尽に飛んで跳ねて走って、四体ものゴライアスを見事に捌いている。
泣き言を言っているように聞こえるけれど、もう少し時間をかければ一人で倒し切れるだろう。ゴライアスを一撃で楽に倒せるのは、なんだかんだでメイちゃんや天道君みたいなエース級だけだから。
「足が凍った、今だ夏川さん!」
「やぁあああ————『ハイ・スラッシュ』っ!」
中嶋の放った氷魔法がゴライアスの足元を凍らせ動きを阻害。慌てて脱しようとするのと同時に、注意を中嶋の方へと向けた、その隙に夏川さんが急反転してゴライアスを襲った。
すでに多少の手傷を負っていたゴライアスは、どこか禍々しい気配を発する大ぶりのナイフ『エンシェントヴィランズ』によって、あえなく切り裂かれる。
首筋をザックリと武技で斬られ、さらに甲殻の隙間と、すでに割れている箇所に間髪入れずに刃を突きこまれ、肉を抉られ、可愛い掛け声とは裏腹に結構な惨殺死体と化して転がった。
四対一だったところが、これで三対二である。ゴライアスの方はこれで勝負アリだな。
「って、油断したところを狙ってくるのは、セオリーだよね」
僕が見上げた先には、実に思い出深い八本脚のシルエットが浮かぶ。
数十メートルもの高さにある天井。それもパイプや柱が入り組んだ中で、さながら密林の木々に身を潜めるようにして張り付いているのが、蜘蛛の体と人型の上半身を持つアラクネである。
奴の糸に攫われて、天道ヤンキーチームから強制離脱させられたのが、今や随分と懐かしく思える。
僕もあの頃から成長している。と言っても、殺気を感じて敵を補足する、みたいな第六感的なセンスはない。
天井に潜むアラクネに気づいたのは、この戦闘中も方々へ飛ばしているレム鳥の監視網があるからだ。こういう乱戦の時こそ、このテの横槍を警戒しなければならないからね。
「また小太郎狙いやがったなテメー、次はねーぞオラァ!」
僕がスケルトン達にライフルで狙わせたところで、気合の入った叫びと共に、先にアラクネへと一撃が叩き込まれた。
ズドォン! と轟音を立ててアラクネどころか、周辺の構造物も巻き込んで派手にぶっ壊したのは、高速で飛来する岩の砲弾。
「ありがとう、杏子」
「気ぃつけろよ小太郎。お前、狙われやすいんだから」
ビシっと僕を指さしてイケメンなことを言いながら、杏子は再び離れた位置に陣取る敵に狙いを定めた。
「はぁ、ようやくこっちも片が付きそうだよ」
やや押され気味だった形成を、何とかひっくり返すところまで来た。一体減ったことで、残ったゴライアスも次々と仕留められ、ほどなく中嶋と夏川さんがフリーになる。桜ちゃんもアンデッド系を相手に無双状態で、もうすぐ一掃してくれるだろう。
あの触手野郎みたいなボス級の奴さえいなければ、断続的に投入され続けているゾンビとハイゾンビの雑魚湧きも再びスケルトン部隊だけで抑えることができる。
桜ちゃん含めて三人フリーになれば、遠くからチマチマとブレスを放ってくるモンスターのくせに芋スナ状態の奴らと撃ち合いを演じている杏子と委員長、それから葉山君も含めた魔術師トリオに加勢し、こちらもすぐにケリがつく。
そしてエース級のメイちゃんと天道君は、二人そろって最先鋒を行き、こちらに押し寄せて来た奴らよりも、さらに強力なボス連中を叩くために突っ込んでいる。
フロアの奥の方からは、かなりの衝撃音や爆音が轟き、激戦が繰り広げられていることが嫌でも感じとれる。まぁ、レムをフォローに回しているし、特にピンチとの連絡もないので、問題なく戦えてはいるのだろう。
「でも、やっぱり戦線を広げ過ぎたかな」
自分の目の届かないところで戦いが繰り広げられていると、やはりどうにも心配になってしまう。
先行させていた分身の僕が率いるスケルトン部隊は、このフロアでボスラッシュがスタートすると同時に、一瞬で壊滅した。
ボスモンス揃い踏みの大した戦力だが、ここで一旦、引き下がるのは大きなタイムロスとなる。そして恐らく、このボスラッシュも小鳥遊の本命などではなく、ただの時間稼ぎの一環に過ぎない。
一度下がって慎重に戦えば、もっと安定して乗り切ることはできたけれど、ここは時間を優先した。少々リスキーだが、このまま本隊で迎え撃ち、エース戦力を急先鋒として突破することを選んだ。
「よし、みんな前進だ! 先行してるメイちゃんと天道君に合流して、さっさとフロアを抜けよう」
「あっ、おいヤベーぞ桃川、なんかデケー奴が出て来たぞ!」
いつの間にそんな場所に登ったのか、大きなタンクの上に立つ葉山君が指を差して叫んだ。
彼は精霊が教えてくれたのだろうか。僕もちょうど今、レム鳥監視でソイツを補足した。
「ワニ型リザードマンとミノタウロスか」
ゴライアスを越える巨躯を誇る二体が、ガラガラと設備のガラクタを蹴飛ばしながら猛然と接近してくる。
ワニ型リザードマンは、地底湖で天道君が一人で戦っていたボスだ。本来は水中戦特化の個体だろうが、普通に二本足で立って疾走できるので、地上戦も普通に強い。
もう一方のミノタウロスは、ウチのメンバーは誰も遭遇していないタイプのボスだが、よく似たモンスターは遭遇している。ソレの強化版であるボスがいるエリアが存在しても、何ら不思議はない。
「ちっ、アレの相手は手間かかるぞ」
「どうするの、桃川君。ここで迎え撃つ?」
「いや、突破を優先する。杏子、委員長、精霊をぶつけて足止めさせよう。僕はタンク二体をフォローに出す」
「オッケー」
「了解よ」
僕の指示に答えて、杏子はメインウエポンのリボルバーをホルスターに一旦収めてから、背負っていたショットガン『ロックブラスターE3』を構えた。
『ロックブラスターE3』:Eが三つ、エンハンスド・エンシェント・エレメンタル、略してE3だ。リボルバーが戻ったことで要らない子と化しつつあった僕のお手製『ロックブラスター・ソードオフ』だったけど、この度改良を経て別方向に性能を伸ばして差別化を図った。王国でも焼夷弾ぶっ放して活躍してくれた従来の専用弾発射能力はそのままに、古代のブラスターからパーツを分捕り威力、精度、射程、魔力伝導率を向上させて、手作りショットガンから、今や立派な古代式ブラスターと呼んでもいい性能となっている。そしてもう一つ、エレメンタル要素として、精霊を用いた土魔法の使用に向けた性能を持たせてある。
「————行けぇ、グリリン、ぶちかませぇーっ!」
中級土精霊を造り出すための召喚弾を装填した杏子が、トリガーを引く。銃身はオレンジ色に輝き、マズルフラッシュの代わりに円形の魔法陣が瞬いた。
葉山君のアドバイスを元に、ロックブラスターには銃そのものに土精霊が宿りやすい、留まりやすいよう工夫してパーツを組み込んである。具体的には、杏子が丁寧に希少金属を錬成して純度を高めた合金で、彼女のセンスで作り上げた繊細なアクセサリーだ。
なんかシューターゲーであるレア度高めの銃スキンみたいな、やたら派手な感じの出来栄えになったけれど、杏子が持てばギャルっぽい派手めデザインが妙にしっくりくる。
ともかく、そうして土精霊が乗った銃で召喚弾を放てば、現状では最も効率的に精霊の力を発揮させることができる、いわば銃の形をした魔法の杖のような効果をもたらしてくれる。
放たれた召喚弾はグレネードのように放物線を描いて床へ着弾。濃密な土属性魔力と合金の破片が炸裂すると同時、
「グオォオオオオオオオオオオオオオオッ!」
瞬く間に二足歩行の肉食恐竜、グリムゴアそっくりな形を成して猛々しい咆哮を上げた。
「ギシャアアアアアアアアアアッ!」
「グルルゥ、グガァアアアアアアアアアア!!」
そして目前に迫っていたワニ型リザードマンと、真っ向勝負で食い掛る。互いに同程度の大きさと体格。恐竜時代の再現とばかりに、牙と爪と鱗で武装した二体は、激しい戦いを始めた。
「————『中級氷精霊召喚』、『アイスゴーレム』」
もう一方の委員長は、堂に行った構えで杖を掲げると、大きな青い魔法陣を描き出す、実にオーソドックな魔術師スタイルで召喚魔法を行使していた。
氷属性魔力の輝きと、どこからともなく吹き荒ぶ大粒の雪が渦巻きながら、大きなアイスゴーレムが召喚される。
アイスゴーレムは猛々しく吠えることはないが、凍れる体がギシギシと唸りを上げながら、猛進してくるミノタウロスを迎え撃つ。
「よ、よぅし、俺もやるぞぉ……」
「葉山君はまだ中級精霊召喚安定しないから、今はやんなくていいよ」
精霊術士としての対抗心からか、自分も召喚術で掩護しようとしていたが、なんか如何にもダメそうな雰囲気がしたので止めておいた。
まぁ、この場は土と氷の精霊だけで足止めは十分だし。葉山君の出番は絶対に巡って来るはずだから、そんなに気に病まなくてもいいよ。
「はい……すんません……」
「ほら、早く行こ」
「はい……」
僕らは大暴れする精霊とボスの戦いを後目に、さっさと前進していく。とぼとぼ付いて来る葉山君は、羨ましそうな目で、奮戦する中級精霊の姿を見つめていた。




