第349話 セントラルタワー攻略(2)
貨物を搬入するための倉庫は結構な広さを誇っており、ここに通じる扉は大きな正面シャッターと、左右の出入り口、と合計三つある。その三か所の入口から、同時に小鳥遊の手先である敵がゾロゾロと現れた。
「うおっ、なんだよアイツら、人間なのかぁ!?」
「あんな青い人間いるワケないじゃん」
葉山君が思わず勘違いしちゃうほど、その姿と動きは人間にソックリであった。
外観は平均的な成人男性。鎧兜、というよりはボディアーマーにヘルメットに近い、白い防具を装着している。でも完全なミリタリー感はなく、ファンタジー色を感じるデザインになっているあたりが、アルビオンという古代の文化を感じさせるね。
「『魔導人形』って言うんだって。魔法で作った人造人間みたいな奴だよ」
僕にはレムが、天道君には桃子が、というように魔法で作り出された人間同然の存在というのは、すでに既知の存在である。優れた魔法文明を持つ古代なら、そりゃあ魔法で便利な奴隷を作り出すに決まっている。
特に人間を元にしたタイプを、『魔導人形』と呼ぶそうだ。
本物の人間と人形の違いは一目瞭然、肌の色が違う。白でも黒でも黄色でもなく、どこぞの宇宙人みたいな青色の肌をしている。ついでに瞳の色は真っ白で、パっと見では白目を剝いてるように見えて、なかなか不気味である。
けれど、その青い肌色と白目が、何よりも分かりやすい人形の特徴として、人間との判別を容易にしてくれる。つまり、遠慮も容赦も必要ないってことだ。
「銃持ってんだけどぉ!?」
「そりゃブラスターくらい持ってるさ。古代の警備兵だし」
現れたボット達は、元からセントラルタワーに配備されていた警備用だと思われる。タワーの備品扱いだから、軍属ではない。だから天道君の軍令は及ばず、小鳥遊が良いように操れる便利な捨て駒といった存在だ。
彼らの主武装はやはり、ライフル型のブラスター。隠し砦の武器庫にも沢山あった、エメローディア軍の正式採用ライフルといったモノなのだろう。
現代的なアサルトライフルというより、ボルトアクションライフルのようなスマートな形状をしている。ストック、レシーバー、バレル、が一体化した非常にシンプルな形で、マガジンやスコープなども見当たらない。銃剣も付属していないが、奴らの腰元には警棒のようなものがぶら下がってるので、そっちが近接用装備なのだろう。
身に纏うプロテクターと同様に白いフレームのライフルは、一斉にその銃口をクラスメイト達へと向け、
「————『激震』」
光り輝く弾丸を放つよりも前に、飛び込んで来た狂戦士の一撃によって吹き飛ばされた。
直撃した奴は着込んだ防具ごと、文字通りに粉微塵。すぐ傍にいた奴らは首も四肢も千切れ飛び、もう少し離れていた奴らは手足が捻じれながら吹き飛んでは、壁やコンテナに激突して血飛沫を上げる。
青い肌の人形達は、やけに明るい蛍光ブルーの血を撒き散らして、まとめてスクラップと化した。
元より強い衝撃波を発生させる武技『激震』だが、今のメイちゃんの実力と、新たに強化した武器をもってすれば、その一撃はグレネードの炸裂にも勝る爆発力となるようだ。
『黒嵐剣斧ギラストーム』:元々のメイン武器であった『黒鉄のハルバード』を大幅に強化改造した一品。硬く重い黒鉄に、隠し砦の武器から抽出した希少金属『神鉄』を混ぜた合金にして、さらに強度を上げた。これに加えて、コイツのストーム要素になるのが、ジジゴーゴが持っていた二振りの雷属性の斧だ。流石は王国を代表するギラ・ゴグマが持つだけあって、四本腕ゴグマの武器を凌ぐ高品質な魔法武器であった。一本は城壁に突き刺さったまま、もう一本は底で回収し、二本とも錬成につぎ込んで強い雷属性の力を付加してある。
王国攻略の戦果を惜しげもなくつぎ込んだ、新たなハルバードを手にメイちゃんはボットを軽く薙ぎ払ってゆく。
魔力を流すことで、ギラストームは赤黒い雷撃を放出するのだが、まだ全然本気出してないので、ただただ頑丈なハルバードが振り回されているだけである。それでも青い血肉の嵐が巻き起こるほどの暴れぶりだ。
けれど、彼女の新武器はもう一つある。
『ザガンズ・プライド』:ザガンが愛用していた剣。幅広の刀身を持つ直剣で、目立つ装飾もなく、派手な属性攻撃も付加されていない、シンプルな作りだ。けれど鋭い切れ味の維持と刀身の頑強さ、という剣として求められる性能だけに特化した質実剛健な一振りである。最初の接敵で、中井と野々宮さんを殺した曰くつきの剣でもあるが、王国攻略時には速攻で奈落に落とした結果、この剣も底で紛失したようで、僕自身はあんまりザガンの剣のイメージはない……けれど、事実としてザガンが長年愛用してきた剣であり、巨大化と共に振るわれてきたお陰で、元々なかった特殊効果が宿る。
メイちゃんが左手に握るのは大盾ではなく、この『ザガンズ・プライド』だ。ザガンの誇りそのものである剣は、奴を制した狂戦士が持つに相応しいだろう。
見た目は何の変哲もないシンプルな長剣はしかし、
「————『破断』」
斬撃強化の武技が横薙ぎに振るわれた、その瞬間、刀身が伸びた。
それは幻覚でも魔力のオーラでもなく、本当に刃が長くなっているのだ。
ギラ・ゴグマの誇る最強の強化技『巨大化』は、自分の肉体のみならず、身に着けている装備も一緒に大きくなるという、摩訶不思議な効果を発揮する。故にザガンが巨人と化す時は、常にセットでこの剣も大きくなっていたのだ。
そうして長年に渡り幾度も巨大化し続けたせいか、この剣そのものに大きさを変化させる能力が宿った————ということを、僕が回収したザガン剣をどう活かそうか色々と錬成で弄っている内に判明したのだ。
変化サイズは元の長剣から、ザガンが巨人化した状態の時まで。元サイズと巨大化サイズの二種類固定ではなく、このサイズの間なら自在に大きさを変えられる、というのが重要なポイントだ。
戦闘中、変幻自在に剣のリーチを変えられるというのが、どれほどのアドバンテージとなるか。その威力が、今まさに目の前で証明されている。
ズズッ、ドドドォオオ……
メイちゃんの放った『破断』は、斬撃強化の威力が乗ったまま最大サイズまで瞬時に伸び切り、僕らの方を狙ってライフルを構えたボットを、カバーに利用していたコンテナごと切り裂いた。
やや斜めに一刀両断されたコンテナは、ズズズとゆっくり音を立てて崩れ落ちる。無論、そのコンテナの裏側に身を潜めていたボット達は、首か胴が断たれて青い血の海に沈んだ。
そうして仕留めた奴らには目もくれず、メイちゃんはさらに『ザガンズ・プライド』を変形させて、続々と突入してくるボット部隊へと突っ込む。
刀身を伸ばすのではなく、幅を広くさせることで盾の代わりとして、乱射されるビームを真正面から突っ切っていく。まぁ、メイちゃんなら素の状態でもブラスターくらい直撃しても耐えられるんだけど。
「ふんっ!」
そうして最も敵の出現が多い正面シャッターを、二つの新武器を振り回してメイちゃんが一人で抑えてくれている。掩護の必要がないほどの完封ぶり。
けれど、敵の侵入路はまだ左右の二つが残っている。
「まだ出て来んのか、面倒くせぇ。まとめて消えろ————『ネガウェイブ』」
右の方は天道君が抑えているから、こっちも完封できていた。
なんか王剣から、如何にも闇の魔力っぽい黒と紫に輝く衝撃波みたいなのをぶっ放して、ボット部隊を蹴散らしている。
「おおーっ! 行け、ご主人様ぁ! 無双、チート、俺ツエェエエエエ!」
そして応援してんのか邪魔してんのか、周りでウロチョロしている桃子。
地味に吹っ飛んで致命傷を免れたボットを、起き上がる前に黒い影のような刃を伸ばして突き刺し、トドメを刺している。アイツの『影刃』、地味に高性能なんだよなぁ。多分、サシで戦ったら僕は負ける。桃川飛刀流が勝てるのは、葉山君くらいなので。
とりあえず右扉の方は天道組に任せておけば安泰だ。いざとなればリベルタがブレスも吐くだろうし、こっちも掩護は不要だ。
さて、残るは左扉だけれど、
「後ろには通しませんよ————ハアッ!」
勇ましい賭け声と共に、光り輝く刃を振るうのは、蒼真桜である。
青白く輝く横薙ぎの一閃が、見事にボットを切り伏せた。
メイちゃんや天道君のように、一振りでまとめてぶっ飛ばすような真似はできないが、舞い踊るように流麗な動きで敵を次々と切り裂く姿は、素直な賞賛を送れるほどに美しい。
蒼真流を叩き込まれているのは、蒼真君だけでなく、桜ちゃんもまた同様。いつもは兄貴の影に隠れがちになってしまうが、元より武術の腕前は格闘技を嗜む程度の女子高生を遥かに超えるレベルだ。
学園を卒業する頃に、蒼真君と一緒に免許皆伝を言い渡される、くらいの成長度なのだと学園塔時代に聞いたことがある。日本にいた頃からすでにしてチート級の実力だったのが、そこに天職の力と魔法の装備の力が加われば、達人を越えた超人的な戦闘能力を発揮する。
「桜ちゃん、やるじゃん」
うんうん、と腕を組んで僕は桜ちゃんのヒロイックな戦いぶりを、師匠面をして満足気に見守る。
やっぱり、君はヒーラー兼遠距離攻撃の後衛なんぞに甘んじている女じゃない。最前線で敵と斬り合うバリバリの前衛タンクこそが、最も『聖女』蒼真桜が輝くポジションだ。
その為に、僕だって妥協抜きで桜ちゃん専用の武器を拵えたんだから。
『桜花繚乱』:純白の柄と青白く輝く刃を持つ薙刀。桜ちゃんの最も得意な近接武器は、刀ではなく薙刀だと言うので。ベースは長大な銃身を持つスナイパーライフルみたいなブラスターと、元からサブウエポンとして持ち続けていた長剣だ。ライフルの長銃身は強力なビームを撃つためか、かなり頑強な造りとなっている上に、ライフリングの代わりに刻み込まれた術式が、凄まじい魔力伝導率を誇っている。魔力に優れた者が使えば、そのまま杖の代わりにもなりそうなほど。コイツを柄にして、小鳥遊が真面目に強化した高品質な剣を刃として用いれば、聖女の魔力を十全に発揮できる薙刀となる。
と、素材自体にはあまり苦労しなかったのだけれど、完成後からの調整にえらい苦労させられた。やれ刀身と柄の長さのバランスが悪いだの、魔力の通りがどうの、ここのデザインがイマイチ、お前の生意気な面が気に入らない、等々。桜ちゃんのワガママには振り回されてしまったよ。
けれど僕の職人根性にかけて、面倒臭いクソ客の要望をクリアした結果、ああして最前線で光る薙刀をぶん回して、敵を蹴散らしてくれるのだから、頑張った甲斐もあった。
「蒼真流————『引き白波』」
武技ではない、けれど現代に伝わる由緒正しい蒼真流武闘術の技は、そこに籠められた術理を遺憾なく発揮して敵を切り裂く。大きく左右に振るった二連撃は、脛の辺りを刈り取った。
おお、薙刀術で脛を狙う技があるって聞いたことあったけど、蒼真流にも存在するようだ。そして、その技を使いこなす桜ちゃんも、伊達に道場の娘はやっていない。
桜ちゃんといい剣崎といい、道場の娘ってロクな女がいねぇな。
「桜、コンテナの上! 狙われているわ!」
「問題ありません————『聖天結界』」
積まれたコンテナの上にスナイパー気取りで陣取ったボットが、ブラスターを連射する。桜ちゃんに向けて殺到するビームは、さらに強い輝きを発する球状の光の結界によってあえなく弾かれた。
そう、この万能バリアたる『聖天結界』の存在が、桜ちゃんがタンクとして活きる最重要スキルだ。
前衛組みは超人的な身体能力に加えて、回避か防御のスキルを得ている。彼らが安定して接近戦をこなせるのは、こういった敵の攻撃を凌ぐ能力も併せ持っているからこそ。
逆に言えば、これがなければ死ぬので前衛は務められない。たとえ敵を倒すに十分な火力があったとしても、相手に攻められればそこでお終いだ。攻撃は最大の防御、っていうのは一方的に相手を完封できるくらいの大火力があって、初めて成立する理論である。
その点、桜ちゃんの『聖天結界』は絶大な防御力を誇る。物理、魔法、どちらにも高い耐性があり、球状に全身を包み込むので隙が無い。通常の防御魔法のように自ら唱えなくても、敵の攻撃にオートで反応して展開される。
ゲームで実装されれば速攻ナーフされるレベルのチート性能である。盾を構えるのが馬鹿らしくなるね。
そんな素晴らしい防御力を持っているなら、最前線で敵の攻撃を食い止めてくれなければ宝の持ち腐れ。いざという時に、自分の身を守るためだけに使うなんて、僕は許さないぞ。
桜ちゃん、もう君の身を一番に案じてくれるお兄ちゃんはいないんだ。今こそ君は、仲間のために体を張らなきゃいけない。取り戻したいものがあるならば、尚更だろう。
「ようやく、桜ちゃんも仲間らしい活躍をしてくれるようになったねぇ」
「桃川君、ふんぞり返ってないで、少しは掩護してあげたらどうなの」
「僕の出番はないよ。ほら、もうボットも打ち止めみたいだし」
桜ちゃん単独でも、左扉から現れるボット部隊をかなり抑え籠めているのだ。それに加えて夏川さんと中嶋がフォローしつつ、杏子と委員長の掩護射撃もあるのだ。僕と葉山君と姫野は、戦闘に参加する余地がない。
「行きなさい、白疾風!」
「キョォアーッ!」
そうして、コンテナ上の芋スナ野郎を、桜ちゃんが召喚した中級精霊である光の隼『白疾風』が仕留めて、倉庫内のオートボット部隊は殲滅が完了した。
「よし、急いでライフルを拾い集めて!」
僕は『召喚術士の髑髏』の嵌った愚者の杖を振り上げ、すぐにスケルトンをありったけ召喚させる。
ボットが装備していたライフルを、スケルトンに拾わせる。ライフルの使い方は、すでに仕込んである。後は、そのまま使えるかどうかだけど————キュォン! という独特の発射音を立てて、スケルトンは試し撃ちを成功させた。
「整備済みのライフルを配ってくれて、ありがとね小鳥遊」
僕は感謝の気持ちを込めて、ライフルを携えて整列するスケルトン部隊を笑顔で眺めた。
「さて、ここから先は未知の領域だ。どんな敵が待ち構え、どんな罠が張り巡らされているか分からない————だから、僕とレムとコイツらで、強行偵察しながら進んで行く」
この対応を見るに、やはり小鳥遊の不意を突くことには成功しているはずだ。
後はこのタワー中腹からスタートして、小鳥遊が対応するよりも前に突破することができるかどうか。
「時間との勝負だ。一気に行こう」




