第347話 セントラルタワー最深部
「————ハッ!?」
目が覚める。
一体、どんな悪夢を見ていたのだろうか。最悪の寝覚めだった。
「はぁ……はぁ……」
息が荒い。酷い寝汗に全身が塗れていて、気持ちが悪い。眠っていたはずなのに、かえって体力を消耗したような感覚。事実、全身が熱にうなされたような気怠さが付き纏っている。
こんな状況下で、風邪を引いたなんて間抜けなことになっていないとは思いたいが……
「あれ……俺、なに、してたんだっけ……」
そもそも、自分の状況を忘れている。俺は、何をしていたんだっけ。
途端に、自分の状況認識が怪しくなる。
「どこだ、ここ……」
今更ながらに気づく。ここは真っ白い部屋だ。病室だとしても、随分と無機質な感じがする。白い天井、白い壁面、よく見慣れたダンジョンの白光パネルが室内を明るく照らし出す。
あの隠し砦に、こんな部屋があったのだろうか。
いや、あの場所からはもう、出て行ったような気もするが……
「————おはよう、蒼真君」
「うわっ、小鳥遊さん!?」
唐突に声をかけられたと思えば、自分のすぐ隣、肩が触れ合うほどの距離に小鳥遊さんがいた。どれだけボンヤリしていたのか。すぐ傍にいて気づかないとは。
だが、今問題なのはそんなことではない。
「小鳥遊さん、な、なんて恰好をしているんだ!」
恰好というか、そもそも何も着ていない。タオルケット一枚が胸元にかかっていて、白い両肩と小柄な体に不釣り合いな胸の谷間が大胆に晒されている。
何故、裸で俺の隣で寝ているんだと思うが、自分もまた全裸であることに今更ながらに気が付かされた。
なんだこの状態は。まるで、映画で恋人同士が一晩を明かした後のシーンみたいである。
勿論、俺と彼女はそんな関係ではないし、そういうことをした記憶は一切ない、
「やっぱり、まだ思い出せないんだね、蒼真君……」
「えっ、どういうことなんだ?」
悲し気な表情を浮かべる小鳥遊さんには、この謎の状況に対する困惑の色は一切ない。思い出せない、と言うってことは、現状を理解できていないのは俺だけのようだ。
「すまない、小鳥遊さん。何故か、俺の記憶が酷く曖昧で……どうしてここで寝ているのか、眠る前に何をしていたのか、全然、思い出せないんだ」
「うん、そうだよね。大丈夫だよ、小鳥はちゃんと分かっているから」
良かった、どうやら小鳥遊さんは今に至るまでの状況をきちんと把握しているようだ。揃って謎の記憶喪失に陥っていたら、どうなっていたことか。
しかし、俺だけが直近の記憶を失っていることに、とてもじゃないがいい予感はしない。
「蒼真君、体は大丈夫? 頭、痛かったりしないかな?」
「少し熱っぽい気はするけど、大丈夫だ。心配しないで————というより、その、先にお互い、服を着た方がいいと思うんだが」
心配そうな顔で体調を訪ねて来る小鳥遊さんだが、当然ながらタオルケットを被っただけの裸体で、非常に際どいことになっている。
いつもツインテールにしている髪型も、当たり前だが寝るにあたって解かれており、綺麗なロングヘアになっている。普段はお目にかかれない髪を下ろした小鳥遊さんは、いつもよりもグっと大人っぽく見えてしまう。
つまるところ、非常にドキっとさせられて困るのだ。俺が男だということを、この子はちゃんと認識しているのかどうか不安になる。
「あはは、恥ずかしがってるの、蒼真君? カワイイね」
「からかわないでくれ。年頃の男女が揃って裸で寝ているなんて、もう冗談じゃ済まされない状況なんだから。小鳥遊さんは、もっと自分の身を大事にしないと————」
「————冗談、なんかじゃないよ」
「なんだって」
「思い出せなくても、小鳥と何があったのか……想像、できるでしょ?」
二の句が継げない、とはこのことか。
責めるでも咎めるでもなく、小鳥遊さんはジっと俺の目を見つめて来る。
「ま、まさか、俺は……」
「ううん、いいんだよ。本当かどうかは、蒼真君が思い出した時でいいから」
「いや、でも」
「本当にいいの。だって小鳥は、蒼真君のこと……ごめんね、今こんなこと言うのは、卑怯だと思うから、これ以上はやめておくね」
「小鳥遊さん……」
はっきりと明言こそしなかったが、俺が彼女に何をしたのか察するにあまりある状況となってしまった。言い逃れは、できそうもない。どうやら俺も男として覚悟を決めなければならない時が来たのかもしれない。
けれど、それはまず現在の状況を確認してからでも遅くはないだろう。
少なくとも、桜達が無事であるならば、こんな状況は絶対に許さないだろうから。
「教えてくれないか。俺は何をしていたんだ。みんなは、無事なのか」
「……とっても、辛い話になるよ。聞くのは、もう少し休んでからでもいいんだよ」
「大丈夫だ、聞かせてくれ。覚悟は、できているつもりだ」
「分かったよ……ねぇ、蒼真君は、どこまではっきり覚えているの?」
「そうだな、確かゴーマ王国を突破するために、朝には隠し砦を出て————」
自分の記憶の整理も兼ねて、俺は覚えている限りのことをゆっくりと話して行く。
委員長の言う秘密の作戦に従い、ついにゴーマ王国へと乗り込むと、そこは地の底に飲まれて消え去っていた。そこから、セントラルタワーの建つ中心部へと向かい、そこに巣食っている最後のゴーマ王国軍と戦い、なんとか突破し、タワーの入口でもあるゴーマ王の玉座の間まで辿り着き————
「そうだ、桃川! アイツが、玉座の間で待ち構えていたんだ!」
どうしてこんな大事なことを忘れていたのか。
扉を開いたその先に、ゴーマの玉座にふんぞり返っていた、桃川の小生意気な顔を思い出す。
「そこでアイツが、うっ、ぐぅ……な、なんだ、頭が……」
そこから先が、思い出せない。
玉座に座る桃川の姿までは明確に思い出せたのに、その直後からは急にモザイクでもかかったように記憶がボヤけてしまう。俺は確かに、あの場にいて、アイツと望まぬ再会を果たしたというのに……思い出そうとすると、頭が割れそうなほどの痛みに襲われる。
「蒼真君、もういい。もういいよ。それ以上、無理して思い出そうとしちゃダメ」
「ぐうっ、小鳥遊さん、けど俺は……」
「これ以上思い出せないのは、仕方がないことなの。だって蒼真君は、あそこで桃川の罠にかかって、呪術を受けてしまったの」
「な、なんだって……? アイツは一体、俺に何を……」
「洗脳の呪術、だよ」
驚愕よりも、やはりそうなのか、という思いの方が強かった。
『呪術師』桃川小太郎。あの男が人を洗脳する邪悪な呪術を授かっているのではないか————そう、ずっと桜や明日那は警戒していた。
怪しい動きはあったが、クラスのために大きな貢献を果たしてきたのだ。ヤマタノオロチ討伐は、アイツの力がなければ成し得なかったことだと俺も思っている。そういった活躍もあり、結局のところ、桃川が洗脳呪術を使えるかどうか、真意のほどが定かになることはついになかった。
それは、あの学園塔での毒殺未遂事件でも分からなかった。少なくとも、あの時は誰かが洗脳されたかのような事態にはならなかったから。
「本当、なのか……」
「うん。洗脳の呪術はとっても強力だけれど、使うには凄い制約があるみたいなの。桃川の洗脳が成功したのは、双葉さん一人だけ」
「くそっ、やはり彼女は桃川に……」
「そうじゃないと、あそこまで不自然に桃川の味方なんてしないよ。ごめんね、小鳥ならもっと早くから、洗脳の力を暴くことだってできたかもしれないのに……」
「もう過ぎてしまったことだ。今更、小鳥遊さんを責められることじゃない」
そうだ、むしろ責められるべきなのは俺の方だろう。つまるところ、アイツの巧みな口車と状況に流されて、学園塔ではほとんど言われるがままになっていた。
俺がもっと本気になって、奴の邪悪な本性と力を暴いていれば、あの毒殺未遂だって防げたはずなのだ。
「それで、奴はあの場で、その洗脳呪術を俺にかけようとしていたのか?」
「そうだよ。ゴーマ王国を落としたのも、委員長を利用したのも、全てはあそこで蒼真君を洗脳する罠にかけるためだったの」
「……それじゃあ、委員長が言っていた作戦は、全て桃川が仕組んだことだと」
「桃川は、天道君を人質にとっているの。委員長は、それで脅されて……」
「龍一が! そんな馬鹿な、アイツが人質になんてなるはずが————」
「毒殺事件の前に、天道君が消えていたのは本当だったでしょ? 桃川は逃げたけど、どこかに天道君を隠していたんだと思う」
「そんな状態で、龍一は本当に生きているのか」
「多分、生きてはいると思う。古代の遺跡には、冷凍睡眠、みたいな魔法の装置もあるの。桃川なら、そういう遺跡の力も操ることができるから」
あの龍一が、信じられない思いはあるが……状況的にも、能力的にも、桃川ならば龍一を無力化して人質にできる可能性は十分にある。
そして龍一を手中に収めたなら、委員長を言いなりにすることができる。そうなれば、夏川さんも自ずと奴に利用されてしまうだろう。
「くそっ、桃川……アイツは一体どこまで人の心を弄ぶつもりなんだっ!」
奴に対する怒り。そして何より、まんまと陰謀に嵌ってしまった自分に対して怒りが湧く。
今すぐ剣を手にして、桃川を斬りに飛び出してしまいたい激情に駆られているが……しかし、きっと今の俺には真っ向からアイツを倒せるだけの力はないだろう。
そもそも、自分がどこにいるのかすら分かっていないのだ。桃川の居所など分かるはずもない。
そして何より、俺はまだ最も肝心なことを聞いていない。
「……小鳥遊さん、それから、どうなったんだ」
「洗脳呪術を受けた蒼真君を助けたのは……桜ちゃん、だよ」
「そうか、桜が……それで、桜は無事、なんだよな?」
「ごめん、なさい……」
「どうして、謝るんだ……まさか、桜は……」
「生きているのは、間違いないよ。でも、桃川には捕まっちゃったの……蒼真君を逃がすために、明日那ちゃんと一緒に、あの場に残って……」
「そ、そんな……桜と、明日那が……」
「本当に、ごめんなさい、蒼真君……わ、私、あの時は、蒼真君を連れて、転移で逃げることしかできなくてぇ……」
それ以上は、小鳥遊さんも言葉にならなかった。大粒の涙を零して、けれど声を押し殺すように泣いていた。
仲間を置き去りにしたのか、逃げる以外に方法はなかったのか、なんて責める資格など俺にあるはずもない。静かに大泣きする小鳥遊さんに、こうして胸を貸すことさえ俺には許されるべきではないだろう。
小鳥遊さんは、自分ができる精一杯のことをしてくれたんだ。
桜と明日那が桃川を食い止めて、逃げるだけの隙を作った。そうして逃げた先で、倒れた俺を看病してくれたのだ。きっと目覚める。そして目を覚ませば、きっと仲間達を救い出してくれると信じて————
あの時、あの場所で、最も愚かで間抜けな大馬鹿野郎は、俺だったのだ。
奴の罠にまんまとかかって、桜と明日那を犠牲にして、小鳥遊さんの手によって、俺だけが助けられた。傍から聞いた話だったならば、そんな馬鹿はさっさと見捨ててしまえと言うだろう。
けれど、そんなどうしようもない大馬鹿が、自分なのだ。
「小鳥遊さん、俺は……」
ごめんなさい、と自分の無能を謝罪したところで、何の意味もない。これだけの失態を晒して謝るくらいなら、腹を切った方がマシというものだ。
「俺がみんなを助ける。必ず、助け出して見せる」
そうだ、それしかない。俺のやるべきことは、もうそれだけしか残されていない。
邪悪な呪術師、桃川を討ち倒し、桜を、仲間達を救い出す。
俺がおめおめと生き残っているのは、そのためだ。俺の命には、もうそれを成し遂げるしか意味も価値もない。
「うん、蒼真君なら、絶対にみんなを助けられるよ。だから、小鳥と一緒に頑張ろう?」
「ああ、お願いだ、小鳥遊さん。俺に、力を貸してくれ————」
「————ふぅ、ようやくいい感じに仕上がったかなぁ」
再び眠りについた悠斗を医務室に残し、退室した小鳥はニマニマと満足気な笑みを浮かべた。
ここ一ヶ月ほどの努力が、ついに成果として実を結んだ。
捕らえた蒼真悠斗を、『イデアコード』と『神聖言語』によって、ゆっくり丁寧に記憶を改竄してきた。
最初の一週間は、酷いものだった。流石は『勇者』と言うべきか、あるいは悠斗自身の精神力によるものか。記憶改竄と精神干渉に対して高い耐性を発揮し、小鳥が本性を現したあの時の記憶を悠斗は頑なに保持し続けていた。
クラスメイト全員を陥れた黒幕が小鳥遊小鳥である、という最も重要な真実を忘れまいとする意志は強かった。しかし同時に、悠斗は甘かった。土壇場で小太郎達の攻撃から、小鳥を庇った時と変わりはない。
悠斗はどんな手段を使ってでも、記憶を保てている間に小鳥を殺すべきだった。あるいは、殺すほどの覚悟を持って挑み、脱出を最優先すべきであった。
けれど、悠斗が選んだのは説得だった。こんなことは間違っている、きっとやり直すこともできる————そんな理想論を語る悠斗は、小鳥にとっては非常に扱いやすい囚人でしかなかった。
本気で悠斗が反旗を翻せば、万に一つの可能性も生まれたかもしれなかったが……自らチャンスを捨て去った悠斗を、小太郎が見れば本当に大馬鹿野郎だと指をさして嘲笑ったことだろう。
「うふふ、なかなか楽しい一ヶ月だったよ。でも本当のお楽しみはこれから……蒼真君を完全に、小鳥に依存させることができるんだから」
仲間の犠牲によって、命からがら逃げだしてきて二人きり。今の彼が頼れるのは、この自分だけ。
ああ、なんと素敵なシチュエーション。追い詰められた二人は、それでも僅かな希望を抱いて戦う————これで結ばれなければ、嘘だろう。
「ふふ、桃クソ共は、いまだに私に勝てると思って攻略準備をしているようだけど……」
自分も利用していた隠し砦を拠点として、桃川達が反抗作戦を企てていることは知っている。
相変わらずフィールドを駆け回ってモンスターを狩り素材集めしている姿を、周辺警戒で何度も目撃した。野生のモンスターだけでは飽き足らず、崩落したゴーマ王国の底を攫ってもいるようだった。
この間は、東門付近でついにギラ・ゴグマの死骸を見つけたと、小太郎がレムと万歳して喜んでいる間抜けな姿が映っていた。
落下死あるいは生き埋めとなった大量の王国民ゴーマやゴーマ兵のコアを、土木工事のように掘り返しては採取しており、奈落の底は毎日騒々しい。わざわざ手作りの昇降機まで拵えて、落ちた王国からありとあらゆる物資をかき集めている。
だが、そんな彼らの努力を小鳥遊はただ、嘲笑う。
「無駄だよ、無駄。ぜぇーんぶ無駄ぁ」
きゃははと笑いながら、白く照らされた通路を歩く小鳥の周囲には、投影された映像が幾つも表示されている。セントラルタワー周辺の監視映像だ。
そこには、装備を整えた桃川率いる、二年七組の生き残り達が揃って玉座の間に集結している姿が映し出されている。
いよいよ本格的にタワー攻略に乗り出すつもりなのか。新たな装備と、大量の物資を抱えてタワー正面の入口に陣取っていた。
「ここは天使小鳥様の城なの。天道龍一の軍令も、このセントラルタワー内部には及ばない。だから小鳥が許すまで、絶対に妖精広場は通れない」
タワーに備えられた究極の防御機構。エントランスから通じる一階中央に備えられた妖精広場は、唯一残された当時の機能を完全に保持した場所である。
効果は単純そのもの。許可した者以外の全てを広場に踏み込んだ瞬間に消滅させる、強力無比なレーザービームを放つ、自動攻撃装置だ。
妖精像の目より発せられるビームの威力は、古代の武器であるブラスターとは比べ物にならない圧倒的な火力を誇る。その異常な破壊力には勿論、秘密があるのだが……その特殊性が故に、ここ以外の妖精広場は機能を失っている。
しかし機能が停止しても尚、秘密の力の残滓があるのか、あらゆるモンスターを寄せ付けない結界のような効果を発揮している場所も多かった。それが結果的に、この最深部に至るまでは、少年少女達のダンジョン攻略における安全地帯として機能し続けてきたことは、ある意味では皮肉なのかもしれない。
「あの妖精広場だけは特別なの。降りて来るには、あそこを通る以外に道はない。悪いけど、蒼真君が完璧に小鳥の好みに仕上がるまで、アンタ達はそこで待っててねー」
スイっと正面の投影映像を指先のスイングで退かせる。開けた視線の先には、重厚な白い門扉があり、小鳥の接近を感知して轟々と唸りを上げて開いて行った。
「ただの生贄に過ぎないアンタ達には、ここがゴールだけど……小鳥にとっては、ここがスタートなの」
門の先にあるのは、セントラルタワー最深部のアルビオン市長室。ただの執務室とは一線を画す広さは、さながら軍事基地の司令室のよう……否、ここもまた、一つの玉座の間と言えよう。
特別に誂えた玉座の如き大きな席を中央に、真正面はガラス張りのように透明な壁で隔てられている。
そこから望む景色こそが、二年七組全員が目指したダンジョン攻略のゴール地点————すなわち、天送門があった。
それはまるで純白の凱旋門のような、大きさと威容を誇る巨大な門である。
長い髪と大きな六対の翼を広げた美しき姿の女神エルシオンと、それに連なる守護天使達のレリーフが壮大なスケールで彫り込まれ、細部に至るまで精緻な装飾が施されている。
数千年もの長きに渡り立ち続けた白い門には、一片の埃がかかることもなく、当時の美しさを保ったまま。純白の表面に走る青く輝く魔力のラインが、天送門の機能が生き続けていることを示していた。
大都市アルビオンの玄関口となっていたこの場所は、広大な円形ホールとなっている。天送門を真正面に、そこから四方八方へと大きな通路が広がる。何十万、何百万もの人間が利用することを想定した、非常に大きな空間。
しかし、青白く浮かび上がる天送門だけが立つ今は、薄暗闇と静寂に沈んでいる。
その光景を、小鳥はアルビオンの玉座に座って眺めた。
「ようやく、女神様の使命が果たせるよ。そしたら、小鳥はここから、蒼真君と二人で旅立つの、外の世界へ————」
うっとりと、正しく夢見る乙女の表情を浮かべて目を閉じた、その瞬間であった。
ドドドォオオオオオオオオオ————
タワーを揺るがす、大轟音と震動が響き渡る。
同時に、非常事態を知らせる警報が作動し、俄かに赤い輝きに市長室が照らし出された。
「な、なにっ!? 何が起こったのっ!!」
慌てて立ち上がった小鳥が叫ぶと、それに応えるかのように異常を示した場所の映像が投影される。
目の前に表示される大きな投影映像に映し出されたのは、濛々と煙る黒い煙と、赤い炎。
吹き荒ぶ風が黒煙を掃ったその先に、小さな人影が現れる。
黒髪と学ランの裾を揺らした小柄な少年は、ゆっくりと、こちらへと振り向く。
野良猫のようにふてぶてしく、生意気な目で睨みつけながら、彼は中指を突き立てた。
「ファッキンビッチ!」
そこで、監視映像は暗転した。
「も、桃川……もぉもぉかぁわぁあああああああああああああああああああああっ!!」




