第344話 待望の神アイテム
「桃子ぉおおおおおおおおおおおおおお!」
「ちいっ、オリジナルめ、もう追いついたですか」
怒り心頭で厨房へ飛び込んで来た小太郎に、桃子がこれ見よがしに舌打ちをする。
フシャー、と縄張り争いする野良猫が如くいきり立つ小太郎は、そのまま殴りかからんばかりの勢いで桃子へと駆け寄り、
「わぁああああ! 小太郎くん、カワイイ!!」
メイド服を着た小太郎に興奮した芽衣子に掴まった。
「んーっ! むぅーっ!?」
「わぁあああ……ふわぁああああ……」
憧れのぬいぐるみを抱きしめる幼女が如く、夢見心地な表情で小太郎をギュっと抱きしめる。もがくように儚い抵抗をはかる小太郎だったが、やがて大きな胸の中で溺れるように静かになってしまった。
「……メイちゃん、今はちょっと忙しいから、こういうの後にして」
「えへへ、ごめんね。つい」
しばらくして、どこか悟ったような表情で谷間から浮かび上がって来た小太郎が、芽衣子をやんわり押し退けて、ようやく解放される。
そうして、改めて桃子へと向き直る。
「よくもやってくれたなぁ、桃子ぉ!!」
「ふん、オリジナルが悪いんですよ。ご主人様へのご奉仕時間を奪いに奪い続け、桃子のアイデンティティは崩壊寸前だったのですぅ!」
「だからって、やっていいことと悪いこと、あるだろうがっ!」
「むふ、可愛いイタズラじゃあないですか」
「サークラレベルに人間関係乱してイタズラで済むワケないだろ! 何が可愛いだよ、憎たらしい面しやがって!」
「むっ、この絶世の美少女を捕まえてなんたる言い草。そういうのは鏡に向かって言ってください」
「これだけの悪事を働いておきながら、反省の余地なしとは。お仕置きが必要なようだな————『黒髪縛り』!」
「畜生のオリジナルには当然の報いなのですよ————『シャドウエッジ』!」
小太郎が広げた両手と、大きく広がったロングスカートの裾から、勢いよく黒髪で編まれた触手が何本も飛び出し、桃子の体へと巻き付いて行く。
対する桃子は手足と肘膝から、黒々とした影の刃を生やし、絡みつく黒髪をバッサリと断ち切った。
「もう二人とも、喧嘩したらダメだよ」
口では言いつつも、小さな兄妹喧嘩を眺めるような微笑ましい顔のため、芽衣子の制止は全く聞き入れられることはない。
「泣いて反省するまで、タワーから吊るしてやる————桃川飛刀流奥義『ヤマタノオロチ』っ!」
「ご主人様と桃子の絆は、誰にも引き裂けないのですぅ————『影縫いの舞い』!」
小太郎が繰り出す黒髪触手は八本に増え、先端には握り拳大の各属性光石が括りつけられている。さながら鎖分銅のように八本全てをビュンビュンと勢いよく振り回しながらも、一つとして絡ませない無駄に精密なコントロールで、桃子へと襲い掛かる。
八つの軌跡が光石の輝きで色とりどりに光る。光るだけで、特に属性魔法が発動しているワケではない。
実に見栄えがいいカッコよさ全振りの八連撃を、バレエダンサーのようにポーズを決めながらクルクル回って切り落とす。
そのポーズに意味はないし、別に回らなくても迎撃が間に合うだけの太刀筋である。ただ桃子の姿が華麗に見えるだけ。傍から見る者を、桃子様の美技で酔わせたいのだ。
そんな不毛な見せ技の応酬が続くと、
「一体、何を騒いでいるのですか」
本日の給食係として厨房へとやって来た桜が、心の底から呆れた顔で、争い合う二人の桃川を眺めて言った。
「桃子ちゃんのイタズラに、小太郎くんが怒っちゃって」
「くだらない。まるで子供の喧嘩ではないですか……」
芽衣子の端的な説明に、さらに呆れた視線を向ける桜。
「あるじ、桃子と戦っている」
「見てはいけませんよ、レム。あんな低俗な争いなど」
桜と一緒にくっついて来たレムが、メイド服を着て喧嘩する主の姿をじっと見つめていたが、子供の教育に悪いとばかりに、そっと桜がその目を覆うのであった。
「うわっ、桜ちゃん、なにその保護者気取り」
「自分より小さく弱い者を保護することで、心の安定を図るメンタル弱者あるあるですよ」
「何故いきなり私に矛先が!?」
喧嘩の真っ最中のはずなのに、一瞬で結束して煽って来る桃川兄妹。阿吽の呼吸。あるいは、双子特有のシンクロニシティ。
「レム、あんまり桜ちゃんの言うこと真に受けちゃダメだよ。桜ちゃんみたいになっちゃうから」
「これは典型的な教育ママで子供歪むパターンですよ」
「レムは純粋な良い子なのです。こんな子を言い様に使い倒すなど、この私が許しませんよ!」
「この私って、どの私が言うのさ」
「どんだけ自己評価高いんですかー?」
プクク、と同じフォームで指さし嘲笑うユニゾン煽りに、桜の美しい顔にビキビキと青筋が浮かび上がる。
ただでさえ腹立たしい生意気な面が、二つ並んでイライラが二倍。いや、完璧な連携とシンクロによって繰り出される煽りは相乗効果を発揮し、1+1が3にも4にもなる。10倍だぞ10倍。
「ど、どこまで人をコケにするのですか、この邪悪な桃川兄妹は————」
「そろそろご飯の支度を始めないと。レムちゃん、手伝ってくれる? 小太郎くん達はまだ忙しいみたいだし」
「はい」
三人の低俗な対立を後目に、芽衣子はレムを連れて自分の仕事を始めた。今や彼女にとって小太郎と桜の争いは、ネコとネズミが仲良く喧嘩するカートゥーンのようなものだという認識である。
「ほらほら、お料理の時間なのですから、部外者はさっさと出ていくですよ」
「はぁ、しょうがない。メイちゃんの邪魔するワケにはいかないからね」
「あっ、ちょっと、なんで私も!?」
渋々といった表情で自ら厨房を後にしようとする小太郎とセットで、給食係のはずの桜もついでのように桃子に押されて排斥されている。
芽衣子とレムも特に桜を引き留めることはなく、そのままの勢いで桜も厨房の外へと締め出されてしまった。
「な、何故こんなことに……今日はレムに、蒼真家秘伝の味を教えてあげるつもりでしたのに」
「そういうの間に合ってるんで。あと、ウチの子を勝手に娘扱いしないでよね」
「貴方のような男には、とても任せておけませんから。私がしっかり、正しい道へ導かなくては」
「レムが桜ちゃんみたいに育つのは絶対御免だよ。僕のように柔軟な思考と、和を尊ぶ優しい子になって欲しいからね」
「絶対に貴方のように性根のねじ曲がった小悪魔になどさせません」
「ヒステリックに喚き散らすだけのワガママ女より、悪魔の方が知的でマシじゃない?」
「そういう減らず口をレムが覚えて真似する前に、せめてあの子の前でくらいは態度を改めるべきですよ、桃川」
桜ちゃんめ、なかなか言うじゃないか、などと半ば感心しながら厨房の扉の外でしばし言い合いを楽しんでいる時であった。
「あら、桜と……桃子ちゃん。ちょうど夕食の手伝いに来たのかしら?」
「涼子!」
委員長が現れた。
その瞬間、小太郎と桜は互いに目配せ。強力なボスに不意打ちでも喰らったかのような、共に強い危機感と覚悟の意思が灯った瞳が、二人の意思を刹那の間に伝えた。
「ああーっ、このメガネ、何しに来たですか! 厨房はメイドの聖域、メガネは立ち入り禁止ですぅ!」
「もう、いい加減に涼子を敵視するのはやめなさい、桃子」
小太郎と桜の心が通じ合った、完璧な即興であった。
現れた委員長は、気まぐれにやって来ただけのような雰囲気である。別にそれは何の問題もない。料理がしたくなった気分だろうが、ちょっとつまみ食いしに来ようが、そんなのは個人の自由であり誰の迷惑にもなりはしない。
だがしかし、問題なのは今の小太郎の恰好。ただその一点にあることを、小太郎も桜も瞬間的に理解した。そう、この正統派クラシックスタイルのメイド服を着用しているのは、桃子ではなく、本物の小太郎なのだ。
委員長は自らメイドスカートに顔を突っ込んで、桃子が女であることを確認してようやく正気を保てたのである。もしここで、小太郎もメイド服を着こなせることを知ったならば……
「まったく、相変わらずの口ぶりね、桃子は。ちょっと気分転換に、料理でも手伝おうかと来たのよ」
やれやれ、とでも言いたげな苦笑を浮かべて、フシャーとこれ見よがしに敵視する桃子、を熱演する小太郎を涼子が眺める。
どうやら命を賭けた迫真の演技と寸分の違いもない容姿のお陰で、バレてもいなければ、違和感すら抱かせないことに成功していた。
「そうですか、私もちょうどそんな気分だったのです。何か作りたいものでも?」
「特にメニューは決めてないわ。双葉さん任せで」
「私は肉じゃがを作りたいので、倉庫に材料を取りに行くのを手伝ってもらっていいですか?」
「肉じゃが、ね。いいじゃない。分かったわ、桜」
「仕方ないですね。桃子が料理長に肉じゃが追加と伝えておいてやるです」
「お願いしますね」
と、桜の絶妙な誘導によって、見事に涼子を穏便にこの場から引き離すことに成功。
小太郎はすぐ隣の食材の詰まった倉庫へ歩いて行く二人の背中を、ついに浮かんで来た冷や汗を垂れ流しながら見送った。
「————はぁ、昨日は酷い目に遭ったよ」
翌日。エントランス工房にて、僕はしみじみと深ぁい溜息を吐きながらお仕事に勤しんでいた。
「お疲れじゃん。昨日どしたん?」
「ごめん、詳しいことは話せないんだけど……ちょっと色々あって」
「ふーん。それで姫野休んでんの?」
「まぁ、多少の関係はあるね」
今日のエントランス工房は僕と杏子の二人だけで、いつもよりも閑散とした雰囲気だ。
レムは桜ちゃんといっしょ、姫野は杏子の言う通り、今日のところはお休みとした。ちゃんと今日もエントランス工房は通常営業です、って姫野に言ったら、
「休みって言った! 休みって言ったのにぃーっ! やだやだ、絶対休む、今日は絶対に休むの! お仕事イヤ! イヤッ! やぁああああああああああああああああああああ!!」
などと微妙に幼児退行しながらギャン泣きしたので、仕方なく黒騎士レムを召喚して力づくで引きずっていこうとしたら、メイちゃんの取り成しもあって、姫野は休ませることにした。
ええい、まだまだ仕事が詰まっているというのに。桃子の奴め、まさか僕のフリして姫野に休暇を勝手に与えるとは。
アイツ絶対、姫野が休日消滅する絶望感を与えるために、休み出しただろ。希望とは、より絶望を深くするためのスパイスだというのを、よく分かっていやがる。
実際、相当に絶望的な嘆きぶりだったからね。ルインヒルデ様もクスって笑うくらいには、姫野は絶望していたと思う。メイちゃんに感謝するんだぞ、最高の親友を持てて。
そんなわけで、泣きじゃくる幼児が如くメイちゃんに抱き着いて離れない姫野を後にして、僕は一人寂しく工房へやって来たのだ。
それからほどなくして、欠伸交じりに杏子が出勤してきて……中嶋は狩りに、葉山君も精霊召喚の練習に熱を入れているので、今日はどっちも来ない予定である。
「葉山がなんかちょっと変だったのも、関係あんの?」
「いや、それはちょっと分かんない」
どうやら葉山君にもちょっかいをかけたようだけど……僕のフリして迫ったところで、えっキモ、って思うだけだろう。まぁ直後に桃子の悪戯だったと弁明できたのは、不幸中の幸いである。葉山君に引かれたら、割とショックだよ。
「この事は、あんまり追及しないでくれると助かるよ。クラスの平和のために」
昨日の一件について、桃子が僕のフリをしていた、という真実を知るのは、正体を一発で看破したメイちゃんを筆頭に、あの場に居合わせた桜ちゃん、それから僕が説明した葉山君だけとなる。レムは口止めなんてお願いするまでもなく、秘密は守れるので気にしなくていい。
勿論、当事者である僕と桃子も、固く口外しないと約束した。
桃子の場合は、下手なバレ方したらご主人様に怒られるから、秘密にしておく方が都合がいい。
そして何より、一番大事なのは委員長に、本物の僕がメイド服を着ていたのを隠し通すことだ。この事実がバレれば、委員長がどんな言いがかりをつけて発狂するか分かったものじゃない。
いやぁ、桜ちゃんと気持ちが通じ合った、歴史的な瞬間だったよね。やっぱり、人と人が分かり合うためには、お互いにとってのメリットが必要だよね。
そういうワケで、昨日の一件は秘密裏に終息とした。仕方がないので、桃子も適度に天道君の元に戻してやることにもしてやる。
ただし姫野、テメーはダメだ。もう君の有給日数はゼロだからね。
「とりま、この辺からやっとけばいい?」
「うん、お願いね」
杏子はまだ姫野が全く手をつけていないガラクタの山へ向かい、金属素材の錬成に入る。
今更の話ではあるが、非常に進んだ魔法文明を誇る古代の品は、当然ながら複雑な造りとなっている。精密機械のように複雑かつ小型のパーツが無数に詰め込まれた謎装備や謎デバイスも数多く、それを僕らが使えるよう素材に分解するとしても、多種多様な材料の種類が存在している。
金属だけでも、純粋な鉄から金銀銅、合金、など幾つもの種類に分けられるし、その上さらに光鉄系の魔力が宿る金属素材もあるのだ。バラすだけでも一苦労であり、だからこそ、見るからに分解に手間のかかりそうなモノを、姫野は後回しにしていたのだった。
そのやり方を責めるつもりはない。ひとまず手っ取り早く分解して必要素材を揃えられるモノから優先するのは、時間制限のある現状では有効な手段だ。
かといって、それらだけで必要な素材を賄うには足りないので、いつかは手をつけねばならない状況だったところ、率先してやろうとする杏子は偉い。こういうところが、会社での評価に繋がるのだと、姫野には理解してもらいたいね。
そんなことを思いながら、しばし集中して作業を進めていた。そろそろ昼時か、という頃である。
「おい小太郎、ちょっとこれ見てみ」
「えっ、なになに、どうしたの?」
むふふ、と良い物でも見つけたような顔で、杏子が僕を呼ぶ。
お手製のフワフワ毛皮座布団の上にどっかりと大きなお尻を下ろして座り込んでいる杏子の、ミニスカートから伸びる艶めかしい太ももと、その奥にチラ見えしたりしなかったりするヒョウ柄に目を奪われるが、見て欲しいのはその手にしている小型のケースだろう。
片手で持てる長方形の金属と樹脂のパーツがそれぞれ合わさったような、謎の箱型だ。ちょうどスマホと同じか、一回り大きいか、といったサイズ感だ。
「多分これ、マガジンだと思うんだけどさぁ」
「週刊の?」
「や、撃つ方の。ほら、めっちゃイッパイ弾出てくんだよねー」
鮮やかにネイルの塗られた指が、カチカチとパーツを押しながらひっくり返すと、頭の部分が開いて、ジャラジャラと大量の弾丸、のようなモノが出て来る。
弾丸というよりも、頭のないネジのようだ。円筒形で、細かく螺旋状に魔法陣らしきものが刻まれている。
武器庫の銃をバラして分析した時に、こういう感じの弾丸を使うと思われるタイプの銃も存在していることは、すでに判明している。小鳥遊が使っていたのは魔力だけで射撃する、いわゆるブラスター型だったので、こういう弾丸を撃ちだす実弾系の銃がどんな感じなのかは不明だ。
しかし、マガジンだけ見つかっても、これを装填できる銃がないと意味が————
「————いやこれ、弾出過ぎじゃない?」
ジャックポットを当てたスロットが如く、ジャンジャンバリバリ弾丸を吐き出し続けるマガジン。すでに杏子が開けた弾の量は、明らかにマガジンに収まるサイズを超えている。
「も、もしかして、これ」
「いっぱい入る系の魔法、ついてるヤツじゃね?」
つまり、空間魔法の付与されたアイテム。
杏子、君はとんでもない神アイテムを発掘してくれたね。




