第341話 生け捕る方法(1)
「小太郎くん、元気出して」
と、優しい慰めの言葉を聖母の如き微笑みで囁きながら、メイちゃんが僕の頭を撫でる。
白い柔肌の肉感的な太ももで膝枕をされて僕の後頭部はとても幸せな感触を味わい、見上げれば巨大な下乳が大迫力で間近に迫る。
ここが天国か————そう思えるほどの体勢なのだが、メイちゃんにストレートに慰められているように、僕の顔色はあまり優れない。
体調的な意味ではなく、精神的な意味で。
「うぅーん……」
撫でられながらも、僕は渋い表情で唸り声を上げる。
「大丈夫だよ。心配しないで」
「心配するよ……攻略に必要なモノが、決定的に足りないんだ」
端的に言って、僕の悩みの種がそれである。
司令部で情報取集も可能な上に、古代の物資が豊富に残る隠し砦は、これまでで最高の拠点である。
ゴーマ王国跡地からは、大量のゴーマコアに加えて王宮の宝物、装備品も回収できた。
狩猟班の活動も順調で、様々なモンスター素材が集まっているし、エントランス工房も日夜フル回転で攻略用の装備を作り出している。
攻略準備の進行そのものは順調に進んでいる。いるのだが……
「妖精像が越えられない。タワーの偵察も進まない。蒼真君を生け捕りにする装備もない。あと、それから————」
「いいの、小太郎くん。今は何も考えなくても、いいんだよ」
ちくしょう、涙が出て来るね。メイちゃんの優しさが心に沁みて、かえって苦しいよ。
ここで準備を始めた頃、何とかなると思っていた。
天道君がリベルタを連れて帰って来てくれたし、何より小鳥遊のチート能力をかなり制限できてる上に、奴の逃げ場も塞いでいる。
これほどの有利をとって、負けるはずがない。仲間達の結束も固く、物資も十分。
けれど、ここまで準備と調査を進めたことで、僕は明らかな行き詰まりを感じることとなった。
妖精像が強すぎる。あの正確無比にして超威力のビームの対抗策が全く見つからない。当然、妖精広場を抜けることができないから、あそこから先のエリアの調査もできていない。
蒼真君を助ける、というのも難しい状況だ。
こっちは洗脳された勇者様が本気でこっちを殺しにかかってくる想定でいるのだ。それも彼だけでなく、霊獣キナコと、ついでに明日那の女郎も。
いずれも単体で強力だが、もしもパーティ組んで襲い掛かって来られれば、とてもじゃないが止めきれない。
殺すだけなら、この面子なら不可能ではない。だが全員を生け捕りにするのは、非常に困難だと言わざるを得ない。その上、こっちも一人たりとも犠牲は出さないようにしなければならないのだ。
運よく三人を気絶まで追い込んだとしても、その後どうやって拘束するか。
洗脳の程度や影響力にもよるが、これの解除は最悪、捕まえた後に彼らの症状を見ながら考えてもいい。
けれど、そのためには彼らを無力化したまま拘束し続けなくてはならない。そんな万能な拘束具を用意しなければならないし、それ以前に最も必要なのは暴れる彼らを生け捕りするための装備だ。
まさか全員、頭を強打して気絶を狙う、なんて作戦をやるわけにはいかない。打撃武器で頭を殴れば気絶してくれるのは、モンスターをハンティングするゲームだけだ。
「はぁあああ……メイちゃん、僕もう疲れたよ……」
「うん、ゆっくり休んでいいんだよ」
「ああーっ! 桃川君、サボってるじゃん!? まだ全然仕事終わってないじゃない、早く働けぇーっ!」
「姫野さん、邪魔しちゃダメだよ。今日は僕らだけで作業に戻るんだ」
「イヤァーッ! 陽真くんが桃川に優しくなっててイヤァーっ!!」
膝枕で贅沢なお昼寝かましている僕を指さして、やかましく吠える姫野を、中嶋が引きずって行ってくれた。ありがとう、今は君のフォローがただただありがたい。
そもそもこの状態になったのは、色んなところが行き詰まって、さらに気合を入れた刻印術が大失敗をかまし、完全にヤル気を失った僕がゴローンと転がっていたところに、メイちゃんがやって来てくれたのが始まりだ。
ハクスラゲーでお目当ての激レア装備を掘ったけどつまんないミスで事故死してロストしてしまった時のような呆然とした顔で屍のように転がる僕を見て、黙って膝枕をしてくれた彼女は女神のような対応ぶりである。
エルシオンとかいうド腐れクソビッチとは大違い、本物の女神様である。メイちゃんは豊穣を司る地母神的な女神に違いない。
「じゃあ、少し休むよ……おやすみ……」
「おやすみ、小太郎くん」
現実逃避全開で、僕はただただ心地よい感覚に包まれながら、安らかな眠りに落ちて————
「おい桃川、戻ったぞ」
「あっ、天道君」
不躾に名前を呼ばれて、目を開けばいつもの仏頂面で天道君が立っていた。でも肩にリベルタが留まっているのが、それとなくポケットサイズのモンスタートレーナー感が出ている。
「小太郎くんは、疲れているの。後にして」
「そのボケた面を見りゃあ分かるさ」
棘のある言葉を発するメイちゃんに対し、やれやれとでも言いたげな顔で僕を見下ろす天道君。
「目当てのモンが見つかったぞ。けど、双葉の膝で昼寝する方が大事だってんなら、後にしてやるよ」
「マジでっ!?」
寝ぼけ眼をカっと見開いて、僕はメイちゃんの膝から起き上がる。
「マジだ」
「どこ!」
「分身の方で見りゃあ分かんだろ」
おっと、本体である僕がメイちゃんに全力で甘えていたせいで、分身二体とのリンクをほぼ切っていた。早速、確認しなければ。
「おい桃川」
「ちょっと待って、今探してるから……あっ、あそこか! なるほど、ここがそういう……」
「おい」
「もう、なんだよ天道君」
「生け捕りのための道具、できてねーんだろ」
「うん、全然出来てないよ」
誤魔化してもしょうがないから、僕は素直に白状する。
何かいいアイデアがあれば、いつでも募集中。あるいは、天道君が新たなチート能力に目覚めてくれてもいいよ。
「役に立つかどうかは分からんが、一応、置いておくぞ」
腕を一振りすれば、黄金の魔法陣で描かれる『宝物庫』が開き、何やらモンスター素材と思しき物がドサっと出てきた。
デカい。モンスター素材というか、これモンスターそのままじゃん。
これはドラゴン、なのだろうか。ワイバーンタイプではなく、ワニのような四足歩行の骨格をしている。
鼻先から尻尾の先まで、おおよそ20メートル。立派な大型モンスターで、それに見合った頑強そうな鱗と甲殻で覆われている。だが、ただのワニ型ドラゴンではないことは、その体の半分ほどが機械的な金属パーツや装甲を纏っていることで一目瞭然だ。なんだこの、明らかにビーム砲みたいなのもついてるぞ。
「どこで狩ってきたのさ、こんなモンスター」
少なくとも、この最下層エリアでは見たことがない。機械と融合したようなモンスターなんて、チラっとでも見かければ絶対忘れないし。
「隔離区域の奥にいた、ボス級の一匹だ」
「なるほど、コイツが。よくこんなの持って来たね」
「勝手に桃子が回収してた」
素材剥ぎ取りなどの雑用は侍女にお任せですか王様。
でも、よくやった桃子。これはなかなか研究し甲斐のあるモンスター素材である。流石は我が妹。
「今更になって思い出したから、提供してくれたってこと?」
「そうだ。コイツはメチャクチャ強力な麻痺毒を使ってたからな」
「……麻痺毒?」
「お陰様で、麻痺耐性とやらが一気に上がったぜ。悠斗を生け捕りにしようってんなら、何かの役に立つかもしれねぇと思ってな」
じゃあ、後は好きにしろよ、とでも言いたげにクールに背中を向けた彼を、僕は呼び止めた。
「天道君」
「なんだよ?」
「こんな大事なモノッ、なんでもっと早く出さなかったぁーっ!!」
「はぁ……」
晴れ渡る青空を映し出す最下層エリアの天井を見上げて、リライトは大樹の幹に背中を預けて座り込んだ。
その表情は、まるでハクスラゲーで激レア装備を事故でロストしたかのような、
「はぁああああ……」
「おい葉山ぁ、なにグダってんだよ。サボってんじゃねぇ」
元気出して? と優しく慰められながら、膝枕をされることはリライトにはなかった。
代わりに飛んでくるのは、厳しい杏子の視線と叱責のお言葉だけ。
彼の味方は、やはり三体のペットだけ……
「ほーらベニヲ、取ってこーい!」
「ワンワン! アオオォーン!」
美波が放り投げたいい感じの骨を、ベニヲが尻尾をぶん回しながら追いかけている。それに釣られるように、コユキとアオイもそれぞれ走り回っていた。
沈んだご主人様をガン無視して、三体は実に楽しそうに遊んでいる。
「蘭堂さん、葉山君は少し休ませてあげてもいいんじゃないかしら」
「ええ、無理は禁物ですよ」
どことなく憐みの視線を向ける涼子と、労っているように見えて全く興味の欠片もない目をしている桜が、抜け殻のようにへたり込んでいる葉山に向けて言う。
「うっ、う……ううぅ……」
「なに泣いてんだよ」
「な、泣いてねぇしぃ……」
ついにメソメソし始めたリライトに、どこまでも呆れた目を向ける杏子。
「はぁ、しょーがねーな……なるべく早く、戻って来いよ。小太郎は、アンタに一番期待してんだからな。頼むぞ『精霊術士』」
それだけ言い残して、杏子は涼子と桜の下へと戻って行った。
「くそっ、情けねぇ……マジで情けねぇよ……俺が『精霊術士』なのに……」
連日の狩猟によってモンスターがかなり間引かれた森の一角。そこに、リライト、杏子、涼子、美波、桜、合わせて5人のチームがやって来ていた。
メインは魔術師クラスであるリライト達で、美波は彼らの護衛として念のためについているだけ。『盗賊』の索敵能力はメンバー随一であり、レム鳥と召喚獣も加えれば、まず奇襲を受ける心配はない。
そうして安全確保した上で、魔術師メンバーが集っているのは、特訓のためである。
「ちくしょう、俺が精霊を一番上手く扱えなくて、どうすんだよ」
精霊を扱う特訓だ。
これまでは『精霊術士』であるリライト以外は、あまり精霊という存在に注目してはいなかった。早期に涼子と桜は、下位の精霊召喚の魔法を習得している。しかし、その使い道はほとんどなく、涼子は学園塔で氷属性の素材を作り出す時に利用した程度だし、桜は光精霊を手ぶらで使える灯りくらいの認識でしかなかった。
良くも悪くも、二人は魔術師タイプとして攻撃、防御、支援、いずれも有効な魔法を習得していたので、メインに使うのはそれらに限られたし、使い込むことでその熟練度も上がり、さらに強力となっていく。
それは杏子も同様であり、リライトに教わって必殺技『土星砲』を編み出す時になって、初めて土精霊の存在を知ったほどだ。
このように、これまであまり有効活用されていなかった精霊魔法だが、事ここに至ってその重要性が増した。
それが『賢者』小鳥遊小鳥の操る『神聖言語』への対抗策だ。
ついに本性を現したあの時、『神聖言語「天界法15条・調停者特権第1項」』を発動されて、動けるのは唯一、耐性を獲得したらしい芽衣子のみであった。
それにしたって、完全に自由に動けるワケではなく、大幅に動きに制限がついていた。
しかし、それほど絶大な停止の能力を誇る『神聖言語』の効果を全く受けなかったのが、精霊である。
果たして、そこに如何なる魔法の原理が働いているのかは不明だが————精霊に『神聖言語』は通じない。それだけは純然たる事実として、無敵の守りを誇る小鳥遊を崩す切り札になる可能性を秘めていた。
女神エルシオンの使徒として、クラスを最初から裏切っていた黒幕。小鳥遊小鳥、この女だけは何としても始末しなければならない。そして、そのための方法で最も確実性があるのが精霊魔法だ。
リライト達は小鳥遊を倒すために、精霊魔法の特訓を始めたのである。
「はぁあああああ……出ろぉーっ! グリリーン!」
杏子が叫ぶと、それに呼応するかのように森の地面を割って、地竜が現れる。
角ばった頭部と、大きなアギトに獰猛な牙。分厚い岩の甲殻を纏った、二足歩行の中型肉食恐竜の姿は、正しく彼女が愛用していたグリムゴアと同じ。
ただしその体は血肉ではなく、全て砂と石と岩によって構成されている。
これが今回の特訓によって杏子が習得した、『中級土精霊召喚』だ。
彼女の愛着と明確なイメージが、中級土精霊をグリムゴアの姿を象らせたのだと小太郎は推測している。
「————『中級氷精霊召喚』、『アイスゴーレム』」
涼子が詠唱と共に杖を掲げると、地面に青白く光り輝く魔法陣が描かれる。
そこから現れるのは、正しく氷の体を持つゴーレム。
ドラム缶のような寸胴な体に、短い足。腕は太く長く、力強さと冷気を放っている。機械のように噛み合った関節部がギシギシと唸りを上げて稼働する度に、硬い氷の飛沫が舞う。鈍重な動き、だが確かに氷のゴーレムは涼子の意のままに動き始めた。
「————お出でなさい、『白疾風』」
祈るように両手を組んで、静かに桜が呼べば、ソレは白い光の粒子が瞬き現れた。
流星のように輝きながら空を行くが、頭上で旋回し輝く白光の軌跡を描く。
桜がそっと手を掲げると、その腕に光り輝く白い翼が留まる。
それは光り輝く隼。純白の羽毛に、薄っすらと淡い燐光を纏っている。杏子と涼子の精霊はそれぞれが司る土と氷によってのみ体を構成しているが、『白疾風』と名付けた白いハヤブサは、確かに血の通った体と、軽やかな羽毛を持って顕現していた。
「よしよし、いい子ですね」
白嶺学園の男子が見惚れる麗しい微笑みを浮かべて、桜は鷹匠のように腕に留まらせた白旋風を撫でる。ハヤブサは気持ちよさそうに、キョワーと鳴いて、大人しくしていた。
「やっぱり中級の精霊なら、もう儀式魔法陣がなくても、すぐに召喚できるようになったわね」
「まぁ、慣れればパっと出せるようになるって感じ?」
「そうですね。精霊の方も、こちらの意図を汲んでくれるように思います。はぁ、誰かさんも、こんなに素直な良い子になればいいのに」
これが特訓の成果である。
杏子、涼子、桜、の三名は早くも『中級精霊召喚』を使いこなしつつある。その外観、そして体に籠められた魔力量からして、これだけで一端の戦力となることは間違いない。
「問題は上級なんだよなー」
「流石に上級は、魔法陣を使っても成功率はまだまだ低いわね」
「魔力消費も激しいですし。もっとコツのようなものを掴まないと、厳しいかもしれません」
そんな彼女達は、早くも次の段階である『上級精霊召喚』に挑戦している。
それにも、小太郎が用意した各属性に対応した供物やアイテム、魔法陣のスクロールなどを費やせば、ある程度の確率で召喚をすでに成功させている。
この調子で特訓を続ければ、自分の魔法のみでも召喚できるようになるだろう。
「これが……これが才能の差、ってヤツなのかぁ……?」
そしてリライトは、いまだに『微小精霊使役』しか習得できていない。
一応『霊獣召喚』を習得した時に、セットで習得していた『八精霊の祝福』というスキルもあるのだが、少なくとも彼女達のように立派な中級精霊を呼び出す力はない。
恐らくは、八つ全ての属性に対する親和性がある、くらいのバフ効果か一種の条件解除のためだけのスキルではないか、と小太郎は語っていたし、自分でもそんな気がした。
要するに、本家本元の『精霊術士』であるリライトだけが、一番精霊を使いこなせていないのであった。
「やべぇ、このままだと俺、『霊獣召喚』だけの一発屋になっちまう……」




