第340話 セントラルタワー強行探索
「ひぇ、高っかぁ……」
ゴーマ王国がド派手に崩落した、超巨大な縦穴を僕は覗き込む。
遥か彼方の奥底から、ヒョォオオオ……と強風が吹き荒んでは、僕の髪を揺らす。
こんなところに落っこちて、よくザガンは生きて戻って来たもんだ。どっか途中で引っかかったのか。それとも本当にこの底から登って来たのだろうか。
「これは高所恐怖症じゃなくてもビビるよね」
ゲームでもすっごい高いところから落下したり、自らダイブしたりする演出あると、ヒュンってしちゃうし。
けれど、目の前に広がっているのは本物の奈落である。
僕は今から、ここを降りる。
「よーし、行くぞぉ……」
おっかなびっくり、僕は『黒髪縛り』を発動させて、胴体にグルグル巻きにする。
黒髪を使っての昇り降りはすっかり慣れたもので、いい感じに体を支える巻き方なんかも決まっている。けれど、これほどの高さを降りるのは初めてだ。
勿論、実際にこの奈落の底降下チャレンジに挑むのは、信頼と実績の『双影』である。
いくら分身でも、こんな高さに体一つで飛び込んでいくのはかなりのスリルがある。色んなところヒュンヒュンだよ。
そんな気持ちで、僕は奈落へ乗り込んだ。
まずはゆっくりと、黒髪を伸ばして降りてゆく。いやぁ、生きた心地がしない。王国に住んでいた数多のゴーマは、みんなこの気持ちを味わったのか。ざまぁ。
「ぬぉおおおーっ! ゆ、揺れる! 回るぅーっ!?」
十数メートルほど降りた時点で、激しい風に煽られて僕の体は振り子のように揺られながら、クルクル回転を始めた。こんなに風が強いところで、黒髪ロープ一本でぶら下がれば、こうもなるか。
いかん、僕は乗り物酔いにも3D酔いにも強いが、この勢いでは流石に三半規管がイカレそうだ。
ええい、自爆覚悟で、もっと勢いよく降りるか。
「アイキャンフラーイ!」
ヤケクソのように全力で黒髪縛りを伸ばし、僕の体は勢いよく奈落の底へと落ちてゆく————
「————到着!」
なんとか死なずに、底まで降りることに成功。
上を見上げれば、断崖絶壁で区切られた空が小さく見える。これ、マジで高さ何メートルあるんだろう。そして、黒髪縛りはどこまで伸ばせるのだろう。
深まる謎は置いておこう。ここには前人未踏の地へと降り立つチャレンジ精神だけでやって来たワケではないのだから。
「案の定、瓦礫だらけ……こっから宝探しとは、楽しくなりそうだね」
落っこちてきた王国のせいで、土砂と瓦礫の山と化している。天井全てが抜け落ちたお陰で、太陽の光が届き真っ暗ではないものの、これほどの高さがあるので暗い影が落ちる部分もかなりある。桜ちゃんのカンテラを持って来て正解だよ。
それとなく漂う死臭から、この下に無数のゴーマが埋まっているんだろうなぁ、と嫌でも想像させられる。変な疫病とか発生しなきゃいいけど。
この東門付近は、大体のゴーマが焼け死んでいるし、兵士も大勢集結するより前に落ちたから、死体の数はそれほどでもないだろう。恐らくは西と南が一番多いはず。
僕が降下したのは、今でも堂々と残っている杏子謹製の東門即席砦である。
そう、ザガン含め実に4体ものギラ・ゴグマが集結した場所だ。
「待ってろよ、バンドン、ジジゴーゴ、ギザギンズ。僕が全員まとめて、オーマの下に再集結させてあげるよ」
僕が桜ちゃんのカンテラを掲げると、上空からバッサバッサと羽ばたく音を立てて、一羽の白いフクロウが舞い降りる。僕の戦術を支える偵察隊、その栄えある隊長機である。
レム鳥フクロウ隊長は、その太い脚で『召喚術士の髑髏』を装填した愚者の杖を握っている。
杖そのものは幾らでも替えが効くけれど、髑髏だけは大切な一品モノだ。コレを抱えて転落リスクのある降下チャレンジをする気は起きないよね。
そういうワケで、僕は失っても惜しくないような荷物だけを持ち、その他の大事な装備はこうして空を飛べるレム鳥に配達してもらうことにした。
この瓦礫の山から、元のサイズに戻っているであろうギラ・ゴグマの遺体を探し出すのだ。とても一人で探すなんてやっていられない。
探し物をする時は、人海戦術に限る。
「それじゃあ捜索隊のみんな、頑張ろう!」
タンク、ハイゾンビ、スケルトン、召喚獣を総動員した捜索隊を結成し、僕は奈落の底の宝探しを始めた。
一方その頃、また別の分身は、セントラルタワー正面入り口となるオーマの玉座の間までやって来ていた。
ここは小鳥遊が逃げ去って以来、そのままである。扉も開きっぱなし。
勿論、僕とレムとで24時間監視し続けて来たので、開けっ放しの扉から小鳥遊も、奴が放つかもしれない使い魔の類など、一度も現れていないのも確認済み。
あの時から、ただ入口が開かれただけの状態である。
けれど折角、こうしていつでも入れるようになっているのだから、タワー攻略当日まで放置するのは勿体ない。
「じゃあ、僕らは強行偵察を頑張ろうね、アルファ」
「キョォアアア!」
僕の愛車である真っ赤な鱗のラプターが吠える。
王国攻略の時も、爆弾設置巡りで乗り回したのだ。素早く移動する騎乗動物として、アルファは非常に優秀である。何より、僕も一番乗り慣れているし。
今回の偵察は、本当にただの様子見だ。
司令部で情報を集めはしているものの、実際にタワー内部がどうなっているかは未知数である。小鳥遊がどんな罠を張り巡らせているか分からないし、そうでなくてもタワーそのものもダンジョン化されて無法地帯になっているかもしれない。
そこんところを、僕自身の目で確かめて来ようって話だ。場合によっては、専用の対策装備を新たに準備しなくちゃいけないかもだしね。
勿論、途中で死ぬこと前提。損耗せずに済むよう、突っ込むのは丸腰の分身とアルフアだけである。これだけなら、僕の自前の魔力だけで、何度でも送り込めるからね。
「オラァ! 来たぞ、小鳥遊ぃ! 出てこいやクソ天使、堕天させてやらぁ!!」
お前もどうせ入口はしっかり監視しているんだろ? ならば、罵声の一つでも聞かせて上げようじゃあないか。
両手で中指を立てながら、アルファに跨った僕は全くの無防備で扉を潜った。
まずは、小鳥遊が転がり込んだ広いエントランス。左右に太い円柱が立ち並ぶ神殿風の造りだが……やはり、生きた古代遺跡の内部だからか、劣化したり汚れたりした様子は見られない。
壊れないのは魔法建築の構造があるから分かるけど、埃も溜まらず綺麗なまま維持できているのは、どういう術式なんだろうね。昔はどこの家もお掃除いらずだったのかな。
特に何も見当たらないエントランスを、堂々と僕は横切っていく。
「左右に通路が伸びてる」
両側にはそれぞれ、広い通路が二本ほど。緩いカーブを描き先までは見通せない。
このダンジョンのどこにでもある白光パネルで照らされているが、一切の劣化がなく本来の輝きを発している通路は、綺麗な白一色に輝いて見えた。
「通路は後回しだな」
そのまま直進すると、エントランスの雰囲気が変わって来る。白い神殿のような造りから、緑のある中庭といった感じ。そして、ソレは僕らにとって最も見慣れた風景だ。
「いきなり妖精広場か」
いや、あるいはここがタワー攻略のための正しいスタート地点なのかも。
綺麗な芝生に、色とりどりの花畑と妖精胡桃の並木。実家のような安心感を覚えるね。
中央の噴水には妖精さん像が鎮座しており————その円らな瞳が、妖しく輝いた。
「えっ」
ジュオオオオオッ!
という肉が焼ける様な音と、焦げ臭い臭いが鼻を衝く。
そして視界に広がる輝きに目が眩んだと思った次の瞬間に、暗転。
僕は死んだ。
「ど、どうなってるんだ……」
思わず本体の僕が、呪印を書きかけのまま手が止まって、呆然と呟いてしまう。
何が起こったのか、全く分からなかった。気が付けば、分身は完全に消滅してしまったのだ。
ほとんど何も見えなかったし、何が起きたのか分からなかったが、それでも予測だけはつく。
「レム」
「アルファ、しんじゃった」
「何か見えた?」
「妖精さん像が、ひかった」
「よし、もう一度行くぞ」
「はい、あるじ」
そして分身二号を再召喚。レムはアルファではなく、最も低コストで顕現できる黒スケルトンにした。
隠し砦から徒歩で再びタワーへと向かい、僕らは同じ場所へと戻って来る。
やはり、見た目だけならごく普通の妖精広場。
「レム、先行してくれ」
「グガガー」
骨の顎をカタカタ鳴らして返事をしたレムが、堂々と妖精広場へと侵入してゆく。
真っ黒い骨の脚が、緑の芝生を踏みしめた次の瞬間。
キュピィーン————シュォオオオオオオオオオオオオオオッ!
閃光が迸る。
噴水の上にある妖精像、その目が淡いグリーンに輝くと同時に、一条の光線と化してレムを貫いた。
寸分たがわず、髑髏の眉間に命中。何の抵抗もなく貫通し、さらにそのまま縦に一閃。
頭蓋骨から尾骶骨まで、綺麗に背骨も両断して、黒スケルトンは真っ二つにされた。
その光線には、どれほどの熱量が込められているのだろうか。一刀両断された骨の体が芝生に倒れ込むよりも前に、サラサラと炭化して黒々とした塵となって消え去った。
途轍もない威力のレーザービーム。
あんなのを喰らえば、脆弱な人間同然の分身体と、多少の鱗で守られた程度のアルファでは、まとめて薙ぎ払われる。
幸いと言うべきか、広場を覗き込んで一部始終を目撃していた僕に対しては、撃って来ないし、妖精像が動き出して襲ってくることもなかった。
「あの石像、タレットだったのかよ……」
今こそ明かされる衝撃の事実である。
きっと妖精広場に設置されている全ての妖精像は、広場に侵入した者を攻撃する固定ビーム砲台なのだ。
道理でモンスターもゴーマも避けるワケだ。妖精広場は特殊な結界で守られているのではなく、人間以外の侵入者を問答無用で撃ち殺すキルゾーンだと、ダンジョンに住む全ての者が思い知っているのだ。
そういえば、キナコもベニヲも、葉山君に連れられて初めて妖精広場に入った時は、大いにビビっていたと言う。妖精像が即死ビームを放つのを見たことがなくても、自分達が踏み込むのは危険であると本能か何かで理解できていたのだろう。
「妖精像をアクティブにできれば、それだけで僕らの侵入をここで防げるってワケかよ」
タワー内部だけは、アルビオン市長代理である小鳥遊の領域だ。
自己防衛の範囲内ということで、妖精像を人間相手でも攻撃できるよう設定変更も可能なのだろう。
「やっぱり、本物の古代遺跡の機能は厄介だな」
どこでも転移も大概だが、この妖精型ビームタレットもとんでもないぶっ壊れ性能である。
僕は最低コストの召喚獣スケルトン軍団も投入しながら、隙がないか探ってみた。
その結果、分かったことは隙なんてないということ。
10体でも20体でも、同時に突入させても、瞬時にまとめて撃たれる。妖精広場という区切られた空間内では中央に位置する妖精像の射線から逃れられる場所はない。
ビームを薙ぎ払われるだけで、一発で殲滅完了だ。
レムを蜘蛛や羽虫といった小型の昆虫タイプで放ったりもしたが、どれほど小さくても妖精像は正確に捕捉。一匹たりとも逃さず潰された。
威力の方も尋常ではない。スケルトンなんて何体並べても一瞬で貫くし、まとめて焼き斬ることもできる。ハイゾンビも同様で、タンクでさえも同じように瞬殺。
南大門の大盾を持たせたタンクでも、一発で貫通されたのは、流石にもうダメだと思ったね。
ただの金属では、防ぎきれるような威力ではない。盾も防具も無意味だ。
ならば、ビームに耐性のある物は他にないかと、これも色々と試すことにした。
委員長に作ってもらったデッカい氷とか。ピカピカに磨き抜いた鏡とか。各属性の防御魔法も一応は試した。
他にも、ビームの威力を減衰できないかと煙幕を焚いてみたりもしたけれど……
「いや強すぎんだろ妖精ビーム」
完全にゲームバランス崩壊するレベルの超威力。どれもこれも、一瞬でビームに貫かれて灰となる。
これはむしろ、ゲーム的には絶対に倒せない敵とか、解除不可能な即死トラップとか、そういう類のものかもしれない。
「他に防げそうなのは、桜ちゃんの『聖天結界』だけど……」
流石にイチかバチかで試すつもりはない。ダメだったら桜ちゃん消滅するだけだし。
替えの効かないユニットに、ロストのリスクを背負わせるのは絶対に避けるのは、シミュレーションゲームの鉄則だよね。
「うーん、これは正攻法での突破は不可能っぽいなぁ……」
装備を強化して、どうこうなるレベルを超えている。この妖精ビームが直撃すれば、天道君もメイちゃんもリベルタも、誰も耐えられないだろうし。
真っ向から相手をしてはいけない類のギミックだと、そう割り切ることにしよう。
「————けど、そう簡単に迂回路なんて見つかるワケないよね」
未探索であった、エントランスから続く左右の通路。
その先を調べてみたのだが……案の定と言うべきか、これまでのダンジョン同様、特に何もない伽藍堂の部屋が沢山あるだけで、何の収穫もなかった。
下へと通じる階段は勿論、シャフト、通気口のようなものも発見できなかった。
エレベーターホールのように、明らかにここが転移魔法陣があって階層移動できるんだろうな、と思われる場所もあったが、転移は天道君が封印している。そして、この転移封じは一瞬でも解除するワケにはいかない。
タワー内にいれば、小鳥遊はいつでもどこでも任意の対象を転移させられる。タワーに入れば、奴に僕らの動きは筒抜けで、転移が数秒でも解禁されれば、あっという間に分断されてしまうだろう。
そうでなくても、奴がタワーの外の別な場所にでも逃げ込まれれば、もう捕捉できない。どこにも逃げ場はない、この状況を崩すわけにはいかないのだ。
転移もできない、下に降りる道もない。唯一の道は、妖精広場の後ろにある。
即死ビームを掻い潜り、突破するしかないないように思えるが、
「よし、これは一旦、保留で」
僕は考えるのをやめた。
初手即死トラップとかいうクソギミックが立ちはだかったせいで、僕もう疲れちゃったよ……




