第337話 外法の先(1)
「うーん、やっぱ万能すぎるなぁ、『聖天結界』は」
桜ちゃんという尊い犠牲によって、一通りの実験結果が出た。
杏子を筆頭に、各属性の攻撃魔法を。雷など足りない属性は、魔法武器や葉山君の精霊に補ってもらって、全属性を撃ち込んだ。案の定、これといって効果の高い属性はなかった。
勿論、メイちゃんや夏川さんに武技もぶち込んでもらい、物理耐性の方も確かめた。こちらの方は、属性よりもさらに高い防御効果を発揮している気がする。
メイちゃんが本気で放った武技が直撃しても、一発は耐えたからね。ザガンの首くらい強靭ということだ。
恐らく、小鳥遊の使う『聖天結界』は桜ちゃんよりもさらに強力になっていると思われる。桜ちゃんのを楽に破れるくらいでなければ、奴には通じない可能性が高い。
「基本的に全属性耐性に高い物理耐性。マジで厄介すぎるクソ仕様、ナーフ案件だろこれ」
「はぁ、はぁ……終わった……やりました、兄さん、私はこの過酷な試練に、耐えて見せました……」
最後に行われた、メイちゃんによる本気の武技の猛攻を耐え凌ぎ、桜ちゃんは息も絶え絶えといった様子で遠い目をしていた。この場にいないお兄ちゃんに語り掛けるくらいだから、相当にサンドバック実験が効いている様子だ。
でもさぁ、桜ちゃん、なんか勘違いしてない?
「いや全然、終わってないよ。今までのは予測がついた結果の検証に過ぎないし。ここから色んな攻め方を試して、弱点を探っていくんじゃあないか」
「は?」
「とりあえず、まずは僕の『腐り沼』に全身浸かってもらおうかな」
ヤマタノオロチの甲殻さえ溶かし切った自慢の呪術、君には是非とも味わってもらいたい!
「い、いぃ…・・・いぃやぁあああああああああああああ!」
「あっ、逃げた」
いつかの姫野みたいに、情けない悲鳴を上げて全力疾走で桜ちゃんが逃げ出した。
「まぁいいか。次の実験には準備が必要だし、それまでは休んで……と思ったけど、アイツ二日も引き籠ってサボってたんだから、元をとるにはもっと働いてもらわないといけないよね」
じゃあ、狩りにでも行ってもらおうか。
もうゴーマの目を気にせずに、伸び伸びと広いフィールドでモンスターハンティングできるのだから、この自由度と爽快感に気分転換はバッチリだろう。
というワケで、『聖天結界』破りの実験は一旦休止で。
翌朝、全員が一堂に会する食堂で、朝食後に本日の予定を伝える。
「それじゃあ、いつも通りみんなには狩りに出てもらうよ」
「おうよ!」
と、元気な返事をくれるのは、今や葉山君だけになってしまったか。
ここ最近は、上田芳崎コンビや山田が、即レスしてくれたのだけれど、頼れる前衛三人組の姿はもうここにはない。
今の彼らならば、極限環境のフィールドでさえなければ、どこでだって生き抜ける力をもっているとは思う。完全武装にそれなりの物資も持った状態だったから。
三人なら大丈夫だとは思うけれど、やはりふとした瞬間に不安が湧き上がってしまう。小鳥遊、やはり許さねぇ。
そんな僕の気持ちとは別に、残った面子も狩りをするには十分……むしろ、戦力的には向上していると言っても良いだろう。
「モンスターを狩りに出るの、ちょっと久しぶりだよ。上手くできるかなぁ」
「一人でザガンぶっ殺した双葉が言うのかよ」
何故か自信なさげな発言をするメイちゃんに、杏子が真顔でマジレスしていた。ザガン倒せるなら、この最下層エリアで倒せないモンスターはいないだろう。ただし地下街をウロつく狂戦士さんは除く。
「パーティ編成はどうするの?」
中嶋が至極真っ当な質問をくれる。地味に僕も悩みどころだった点だ。
「うーん、一番欲しいのはやっぱりボス級のコアだけれど、王国攻略で普通のコアも底が尽きちゃったからね。今日のところは、とりあえず数を集めるのを目的にしようと思う」
王国攻略では陽動に捨て駒と、とにかく召喚獣で消費が嵩んだ。数を補うためのレムの『屍人形』にも同じくらいつぎ込んだし。
僕の捨て駒召喚獣用の分だけでも結構な数が必要だけど、メインで使うのはやはり装備品や消耗品の製造である。
小鳥遊も利用していたであろう、この砦の魔法装置である錬成用設備は、電力供給されているような感じで砦に流れる魔力で動かすことができるが、錬成作業そのものにはコアが必要となる。
もしかすれば、そっちも砦の魔力で補えるのかもしれないが、今のところどう弄っても上手くいかない。あんまり試行錯誤だけに割く時間もないので、製造は従来通りコアを基本とした体制で行くしかないのだ。
「だから、パーティを二つに分けて、それなりのモンスターを数狩る方針で」
編成は、以下の通り。
第一狩猟班。メイちゃん、杏子、葉山君、中嶋。
第二狩猟班。委員長、夏川さん、桜ちゃん。
基本的に今まで組んでいたメンバー同士となる。四人と三人とで人数差はあるけれど、そこはレムと召喚獣の配置で補う。
「龍一はメンバーに入っていないけれど、どうするのよ?」
「俺は一人で行く。その方が効率的だろ」
「ふふん、妾と主様について来れる者はおらぬじゃろう」
堂々ソロ宣言の天道君に、彼の肩に留まっているリベルタが自信気に言う。
実際、天道君は一人の方がやりやすいだろう。何より、リベルタに騎乗して空を飛べるという、圧倒的な機動力も活かせる。
最下層エリアの遠くまで飛んで獲物を狩ってくるなら、近場で動く2パーティと範囲も被らないし、都合がいい。というか、天道君には最初から大物狙いで動いてもらった方がいいだろう。
「アオイも、大きくなったら俺を乗せて飛べるようになるのかな」
「キュゥーイ!」
天道君と同じように、生まれたばかりの青いサラマンダーの幼体を肩に乗せた葉山君が、期待を籠ったことを言いながら、ハムの欠片を食べさせている。
足元にベニヲとコユキもいる葉山君は、すっかり動物に囲まれたブリーダーのようである。
「アオイは連れてくの?」
「流石に置いてくって。だから世話は頼むぞ、桃川」
「レムも桃子もいるから、大丈夫だよ」
「ちょっと待ちなさい、オリジナル! この桃子、ご主人様がお出かけになるならば、同行しないワケには参りません! 今日の桃子は是が非でも、ご主人様と二人空の旅に決まりなのです!」
「って言ってるけど、どうする天道君?」
「桃子、お前は残れ」
「ぞんなぁ、ご主人ざまぁあああああああああああ!」
ドヤ顔が一転、やかましく泣き喚いて天道君に縋りつく桃子である。
「委員長、なんで僕を睨むのさ」
「あら、何故かしら……自分でも分からないわね」
なんだろう、ヘイト向けるのやめてもらっていいですか? 天道君とイチャついてんのはあくまで桃子なワケだし。僕はマジで何の関係もないからね。
「ふふっ、可哀想な桃子ちゃん……こうやって桃川に酷使されていくのよ……」
死んだ目で姫野がなんか言ってる。
武器庫漁りが楽しすぎて、ここ数日は飛ばし過ぎてしまったか。僕としても無茶ぶりが過ぎた気がする。錬成陣三つ同時並行で素材分解させたり、姫野の錬成能力の限界を超えた業務だったかもしれない。
早く姫野のスキルレベル上がらないかな。
「それじゃあ、狩猟班二つと天道君のソロでお願いするよ。戦闘、運搬、連絡用に各自レムと召喚獣はつけるけど、要望があったらどうぞ」
「ん、コアないって言ってたくせに、そんなにレムちん出せんの?」
「ふっ、そこに気づくとは。杏子、やはり天才か」
「へそくり?」
「いや、現地調達」
小鳥遊が逃げ去った後、僕らはすぐこの隠し砦へとやって来たワケだ。疲労困憊だったし、早急に休める安全地帯が必要だったのだから、当然の選択。
でもそれはそれとして、あの場には、より正確に言えば王国の崩落から残っている中央部の王宮と要塞。ここには最後の戦いで倒れたゴーマ兵が沢山いる。それも品質の良い装備をバッチリ整えた屈強なゴーヴ兵に、王宮にしかいないであろう神官、魔法武器を携えた最精鋭のゴグマ。
そして何より、最強のギラ・ゴグマたるザガンの死体も。
「分身の僕とレムで、ほぼ不眠不休でコアと装備剝ぎ取ってたから、今すぐ使う分は確保できてるんだよね」
「うわぁ、桃川君、本当にちゃっかりしてるよね、そういうトコ」
「夏川さんは盗賊なんだから、もっとお宝に貪欲になるべきだと思うよ。王宮には武器やアイテム、コアや魔物素材の備蓄なんかも丸ごと残っているんだから」
いっぱい溜め込んでくれて、ありがとねオーマ。君の遺産は、人間様がしっかり活用してあげるから。安心して成仏……いや、僕の傍で見守り続けてもらうね。
そういうワケで、地道にゴーヴ兵を解体してコアを取り出し、そこで得たコアを使ってレムの屍人形を増やし、次に取り出したコアで召喚獣を増やし、とコアの現地調達で人数を稼いで、今もあそこは僕らの採取作業で大賑わいである。
レムも召喚獣も、最大数限度イッパイで休みなく働き続けているのだ。正に理想の社員である。姫野と桜ちゃんも見習って。
「なぁ、そんだけありゃあ、俺ら狩りにいかなくても十分なんじゃねぇのか?」
「何言ってるんだよ葉山君。タワー攻略に万全を期すなら、これくらいじゃ全然足りないよ」
今回はゴーマ王国攻略直前の時よりも、さらに充実した装備と物資を揃えなければならない。
武器庫から流用する古代の素材を利用するためには、結構なコアが必要そうなのが、すでに分かっているし。
それでいて、相変わらず時間も有限と来たものだ。今日も忙しくなるな。
「それじゃあ、みんな頑張って、一狩り行こうぜ!」
「————我が御子、桃川小太郎」
「はい、ルインヒルデ様。お久しぶりでございます」
そろそろ来ると思っていたよ、神様時空。
ヤマタノオロチ、横道、と強大なボスを倒した後には必ず新呪術を授けてくれたルインヒルデ様である。ゴーマ王国を滅ぼし、オーマとザガンを倒したのは、今までで最大の成果といってもいいだろう。これで何も貰えなかったら信仰心下がりそう。
けれど流石はルインヒルデ様、期待を裏切らない登場タイミングである。勿論、僕は信じていましたとも。
こうして、お決まりの挨拶を聞いて安心感もあるけれど……んん、そういえば、挨拶の台詞がいつもと微妙に違う気がしたけど? 気のせい?
「小さくとも国崩しを成したか。見事。数百年、艱難辛苦の果てに築き上げた国を失った王の嘆き、実に甘美である」
「凄い泣き叫んでましたもんね」
でも、目の前で王国が丸ごと崩壊したのを見て、すぐに兵力をまとめて立て直したオーマは本当に凄いと思う。
僕があのレベルの大損害被ったら、FXで全財産溶かした人の顔で一週間は茫然自失となる自信があるよ。
「ゴーマ。決して人と相容れぬ、理より外れし存在。呪術の道は外法外道なれど、王が君臨する巣窟を滅したそなたの行いは、人の世において正しきものである。戦果を誇るが良い」
「ありがとうございます。今回も仲間達と、ルインヒルデ様のご加護による天運あってのことにございます」
深々と感謝のお辞儀をしながら、ゴーマってルインヒルデ様も公認で敵対する存在なのだな、と改めて知った。というより、この言い方は他の神様も共通でゴーマは絶対悪のような敵といった感じである。
まぁ、ゴーマだしね。今更、奴らを殺し尽くすのに良心の呵責も情状酌量も一切ない。
オーマは偉大な王だったし、ザガンは誇り高い戦士だった。ゴーマだって家族や仲間とは絆で結ばれ、愛の感情も持っていることも知っている————だからなんだって話だけれど。
「されど、女神の使徒もまた目覚めようとしている。奴の謀略、決して許してはならぬ」
「はい、小鳥遊は次こそ必ず、呪い殺してみせます」
「神域に近づきつつある。これ以上の干渉は世の乱れに繋がるやもしれぬ……疾く、討つがよい」
「……もしかして、『勇者』蒼真悠斗も殺した方が良かったりします?」
「勇者、女神に魅入られし哀れなる者。アレはいまだ中庸にある。理を外れ使徒と化すか、人の身に留まれるかは、そなたの働き次第であろう」
うわぁ、めっちゃ面倒くさい状態だよ……まだ大丈夫な可能性もあるよとお墨付きをもらった以上は、やっぱこれ頑張って説得しなきゃならないやつじゃん。
ああ、もう、蒼真君、戻ったら死ぬほど働いて恩を返してもらうからね。倍返し、いや三倍返しで返してもらう。桜ちゃんのお世話係の苦労も込みで。
「新たな呪術を授ける」
「ありがとうございます」
さぁて、今週の死に様はー?
「刻む。禁忌の失われし言葉、外法の理をもって読み解き、記す。そして、そなたは聞き、交わしたな。忌むべき理外の存在、ゴーマと言葉を」
「ええ、話しましたね。はっきりと、言葉が通じましたよ」
「答えよ、何故、通じぬ言語を解し、届けた」
「テレパシーです」
あの時、オーマと言葉が通じたのは、ノリと勢いで分かったフリをした演出などでは決してない。僕は奴の言葉が完全に理解できていたし、奴もまた僕の言葉を理解していた。
一度は翻訳を諦めた、謎のゴーマ語を、理解することができたのだ。
その答えがテレパシー。そうとしか言いようのない感覚である。
ゴーマの言語は、人間の音声言語とは根本から異なっている。自分の思念を相手に届ける能力を前提とした言葉なのだ。
人間の言葉は、発音した音そのものに意味がある。その音にさえ聞こえれば、人間が喋ろうが、オウムが喋ろうが、意味は全く同じように聞き取れる。
だがゴーマは違う。奴らは同じ内容の会話をしているはずなのに、発音する言葉が全く異なって来るのだ。意味と発音の不一致。これが翻訳を諦めた最大の原因である。
けれど、やはりゴーマは発音そのものに、意味などなかったのだ。
奴らのコミュニケーションの本質はテレパシーである。アイツに、コイツに、自分の意思を伝えたい。そういった思いを乗せて、相手に向かって話しかけることで、意味が通じる。
ゴーマのギャアギャアうるさく喋っているのは、あくまで思念を相手に届かせるための通信媒体のようなモノだ。
笑ったり、泣き叫んだり、奴らの声にも大まかな喜怒哀楽は反映されているが、正確な言語の意味はそこに籠められたテレパシーがなければ解することはできない。
僕が奴らの会話に聞き耳を立てて、全く理解できなかったのは、僕自身が会話の本質であるテレパシーを受信できていなかったからだ。
ゴーマは人間に語り掛けたりはしない。人間が狩りの獲物である動物に、話しかけないのと同じだ。僕だって、ゴーマ相手に真っ向から会話をしようなどと試したことはない。
けれどオーマと相対した、あの時はだけは違った。
奴は王国を地の底に沈めた怨敵を僕と見定めて、はっきりとその憎悪の念を言葉に乗せて届けたのだ。対してそれを理解した僕も、オーマへと自分の言葉で返した。奇しくも、明確にオーマという相手を定めて喋ったことで、僕の意思が日本語音声に乗って届けられたのだ。
かくして、人間とゴーマの会話が成立するという奇跡が起きたのである。
「如何にも、よくぞ解き明かした」
「おお、やっぱ正解だ! ありがとうございます!」
「故に、刻む。真理の道を外れた遥か先、深淵へ至る標。進め、外道こそ呪いの正道————」
ルインヒルデ様の鋭い爪を備えた、骨の両手が掲げられる。
今回はダブルで貫いてくるか、と思わず身構えたその瞬間、シュルシュルと音を立てて僕の全身に何かが絡みつく。
それは血に濡れた髪の毛のようで、赤黒い雫を滴らせている。まるで『赤髪括り』みたいだ。
「ぎゃあああっ、熱っつぅうううううううううううううう!」
灼熱の鎖で全身を縛られれば、こんな感じになるのだろうか。肌に食い込む赤い髪が、ジュウジュウと体を焼く。炎に包まれた熱さではない。けれど『腐り沼』のような酸で溶けているだけでもない。
これは焼き印を押されたかのような、痛みと熱さだ。決して消えぬ証を、その身に刻み込んで————




