第336話 強行突撃カウンセリング
「おーい、桜ちゃーん」
ドンドン! と僕は無遠慮に蒼真桜に割り当てられた、もとい、勝手に使っている自室の扉をノックする。
この部屋は蒼真パーティが駐留していた間、桜ちゃんが使っていた部屋————ではなく、蒼真君の部屋である。
元の自分の部屋ではなく、兄貴の部屋に籠っているということは、まぁ、そういうことなのだろう。
喪失感を埋めるために残り香でも嗅ぎ回りたい気持ちは分からないでもないけれど、そもそも僕はここを君の部屋にするとは認めてないからね? この隠し砦の家主は、アルビオンベース司令官であらせられる天道閣下から全権委任された、この桃川小太郎なのだから。
「蒼真桜ぁ、貴様は現在、この部屋を不当に占拠しているーっ! 速やかに立ち退き、投降しろぉ! 貴様はすでに包囲されている、故郷の母親も泣いているぞー」
正統な立ち退き要求を、ガンガン扉を蹴っ飛ばして主張するも、部屋の向こうからは一切の反応がない。この期に及んでも、まだ知らぬ存ぜぬを通すというか。
その腐った根性が何十年モノのクソニートを生み出すのだ。僕は役に立たないゴミクズの存在を決して許さないぞ。おらっ、働け! 人様のお役に立つんだよ!
ガンガンガン! としばらく訴えてみるが、返って来るのはシーンとした無音だけ。
「なるほど、そっちがその気なら、仕方がない————こちらアルファチーム、これより強行突入を敢行する!」
桜ちゃんはこの頑丈極まる扉を、内側から施錠して完璧に外と遮断できていると思っているようだけれど。甘い。大甘だよ。
言ったでしょ、この砦の主は、僕なのだと。
「カウント3で突入する! 3,2,1……ゴー、ゴー、ゴーッ!」
ガチリ、とロックが外れる音と共に、僕は扉を押し開く。
司令室に引き篭もっている本体の僕が、この部屋の鍵を解除しただけのこと。砦の全ての扉と門は、司令室から操作できるのだ。
そういうワケで、マスターキーを使って入った室内は、見事に薄暗い。けれど、ターゲットはすぐに見つかった。
元より大して物のない部屋。一番目立つのは奥に設置してあるベッドで、その上に布団を被って寝転がる桜ちゃんがいる。
「っ!? 勝手に入らないでっ!!」
開かずの扉が開かれたことで、流石に反応したようだ。
起き上がってこちらに叫ぶ桜ちゃんの顔は、ちょっとやつれているような感じもする。それがヒステリックに叫ぶのだから、色気も可愛げもあったもんじゃない。
「いつまで引き籠ってやがるこのクソニートが! おらっ、働け、働くんだよ!!」
「ちょっと、イヤぁ!」
僕も対抗してヒステリックに叫んで掴みかかると、桜ちゃんは衰弱しているとは思えない素早さで僕の腕を掴み、
「離れなさいっ!」
「おわぁ!?」
次の瞬間、僕の体は軽々と宙を舞い、そしてビターンと壁に背中から叩きつけられた。
そういえば桜ちゃんも、立派な蒼真流の使い手だったっけ。見事な投げ技である。
「……なんだよ、結構元気じゃあないか」
「桃川……」
壁に叩きつけられ、床の上で逆さまになった僕を、桜ちゃんは忌々し気に睨みつけて来る。いっちょまえに目の下に隈なんかつけちゃってさ、本物の幽霊みたいな迫力だ。
「何をしに来たのですか」
「いや、逆にお前が何してんだよ」
全く、引き籠りの分際で、どの口が人の行動を偉そうに問いただせるのやら。
などと心底思いながら、僕はでんでんでんぐり返しでひっくり返っていた体勢を元に戻す。
「蒼真君が小鳥遊に連れ去られたんだぞ。お前は何してんだよ、蒼真桜」
「貴方なんかに、私の気持ちなど分かりませんよ!」
「そうだねぇ、桜ちゃんは蒼真君のことを本当に愛している、と思っていたけれど……どうやら、全然違ったみたいだ。本当は蒼真君のことなんて、別にどうでもいいと思ってるんでしょ」
「私が兄さんのことを、誰よりも案じているのです! 今の私が、どんなに不安で、悲しいか……桃川、貴方のような人に、この気持ちは絶対に分かりません。理解してもらおうとも思いませんが」
「案じてる? 不安で? 悲しくて? それが何なのさ。それで蒼真君を助けられるの?」
「なっ!?」
「それとも、『聖女』だから心からお祈りすれば、神様が奇跡を起こして助けてくれるとか? いいねぇ、それならもっと祈って、さっさと蒼真君を助け出してよ」
なるべく早くお願いね。小鳥遊の洗脳が完了するまでがタイムリミットだけど、聖女のお祈りパワーで間に合うのかな。
「貴方という人は、どこまで人の気持ちを愚弄すれば!」
「バカにしてんのはお前の方だろ、蒼真桜。僕らは今、タワー攻略して、小鳥遊ぶっ殺して、蒼真君も助けるための準備を始めているんだ————お前は、何をしている。一分一秒でも早く、蒼真君を助けるための行動を、お前はしているのかよ」
「か、勝手なことを……人の気も知らないで……」
「お前は気持ちばっかりだな。気持ちで蒼真君を助けられるのかよ? ええっ、どうなんだよ、この部屋にテメーが引き籠ってメソメソしているだけで、蒼真君を救えんのかって聞いてんだよ!」
「そ、そんな……そんなこと分かってますよ! でも、私は……兄さんがいなくなってしまって、私は、どうしたら……ああ、どうして、兄さん……」
そこから先は、声にならない声で泣き始めてしまった。
やれやれ、本当に感情でしか生きられない生物だなぁ、お前は。僕の手には負えないよ。
「あーあ、泣いちゃった。じゃ、あとはよろしく」
「桃川君、やっぱり先に行かせるべきではなかったわね」
「まぁ、いいじゃねぇかよ。コイツの言ってることは、ただの正論だ」
ここで委員長と天道君の登場だ。
僕が桜ちゃんのカウンセリングなんて面倒くさいこと、やるわけないじゃないか。
扉を開けるまでが僕の役目で、泣かせるまで正論で殴りつけたのは、僕が言いたいから言っただけ。ハナから説得するつもりはない、ただの自己満足である。
でもさぁ、誰よりも率先してタワー攻略と蒼真君救出に動いている僕には、ケチの一つくらいつける権利はあると思うんだよね。
「桜」
「涼子……」
「ほら、泣かないで、大丈夫だから。悠斗君は、必ず私達が助け出しましょう」
ベッドの上で泣きじゃくる桜ちゃんに、委員長が慈しみに溢れる微笑みを浮かべて、優しくその肩を抱いた。
何という包容力だろう。ついこの間、僕を殺して自分も死のうと発狂していた人物だとは思えない。
「ふん、酷ぇ面だな。それを悠斗に見せるつもりか?」
「ううっ……うるさい、ですね……」
どうやら、天道君の軽口に反応するくらいの正気は取り戻されたようだ。
全く、仲の良い友人が慰めてくれれば復活する程度なら、最初から構ってもらえば良かったのに。無駄に扉なんか閉めてるから、数日放置されるんだよ。
まぁ、こっちも準備が忙しかったから、桜ちゃんに構ってる暇なんてなかったんだけど。
「それで、どう? 少しは桜ちゃんも落ち着いたの?」
「ええ、もう大丈夫よ」
「くっ……桃川なんかに、情けない姿を晒してしまうなんて……」
しばらく待った甲斐もあってか、ようやく桜ちゃんのメンタルも持ち直したようだ。
僕を忌々し気に睨む瞳には、いつもの強い意思の輝きがあるように思える。嫌な意思だね。
「それじゃあ、ようやく話を始められそうだね。というワケで桜、今から人体実験すっぞ」
「はぁ!?」
「もう、止めなさいよ桃川君。説明は私がするわ」
「いやでも、桜ちゃんを前にすると、コイツにはこの大変な状況を分からせてやりたりといという気持ちが抑えきれない……そもそも、メイちゃんが差し入れてくれた料理に一口も口つけなかったことも気に食わない。食べ物を無駄にするとは何事だぁ! まして人様の料理を無下にするなど、礼儀以前の問題だぞコラぁ! 今すぐメイちゃんに謝れ、土下座しろ! 謝罪と賠償!!」
「はぁ、とりあえずお前はちょっと黙ってろ」
「ふがふが」
天道君が僕の正当な怒りを叫ぶ口を押える。手慣れてやがる。こうやって桃子の口をいつも塞いでいるな。アイツ、いちいちうるさいからなぁ。
「いい、桜。私達は今、蒼真君を助けるための準備を進めているわ。そして、そのためには貴女の協力も必要よ」
「ええ、分かっています。すみませんでした、涼子……私、兄さんを失ってしまったことで、とても正気ではいられなくなって……けれど、もう大丈夫です」
本当に世話の焼ける奴だ。辛いのも大変なのもみんな同じだぞ。僕なんか大切な仲間三人も失ったんだぞ。お前は兄貴一人だけだろうが。単純計算で僕の方が三倍辛いお気持ちなんだが?
「黙ってろよ」
「黙ってるじゃん」
桜ちゃんには無限にケチをつけられてしまうので、大人しく成り行きを見守るよ。だからそんなに警戒しなくてもいいじゃん、天道君。
「ひとまず、今の状況を説明するわね」
「はい、お願いします」
丸二日サボったせいで状況確認から必要な桜ちゃんに、委員長が懇切丁寧に説明をしていく。
小鳥遊が天送門のあるタワー最下層にいるだろうこと。蒼真君を洗脳して思い通りに動かす準備を進めていること。
僕らはそれを阻止するために、タワーを攻略し、小鳥遊を殺して蒼真君を助け出す。そのための準備と作戦を立てている最中だ。
「で、その作戦を主導しているのが、この僕、桃川小太郎でーす」
「……」
「だから桜ちゃんも、僕の言うことには従ってもらうよ」
「……」
「返事は?」
「ふんっ」
パァン! と強烈な平手打ちが僕の頬に炸裂する!?
「このアマァ! 今ぶった! なんでぶったぁ!」
「ちょっと桜、いくら桃川君がウザくても、それは酷いわよ」
「おかしいですよ、この非常時に、みんなこんな男の言うことを聞いているというのですか!」
おい、こんな男ってどんな男だよ。僕よりこのダンジョンサバイバル頑張ってる奴が他にいるっていうのか。
だったら今すぐ目の前に連れて来い。指揮権でも命令権でも全部丸投げして任せてやるよ。
「落ち着きなさい、桜。小鳥遊小鳥、全ては彼女が黒幕だったと、もう貴女も分かっているでしょう」
「そ、それは……」
「元はと言えば、貴女達が過剰に桃川君を疑っていたせいで、こんなに関係が拗れてしまったのよ。今にして思えば、そうなるようにあの子が誘導もしていたんでしょうけど……だとしても、現実は認めなさい。今、私達を引っ張っていけるのは、桃川君だけよ」
そうだよ桜ちゃん、現実を認めなくちゃ。委員長だって、天道君が桃子といい仲になっていたという残酷な事実を、きちんと受け止めているんだから。
「ですが、今更そんな……桃川は、嫌いです……生理的に」
ガキじゃねぇんだからさぁ、好き嫌いばっかり言ってんじゃねぇよ。
大人になったら、生理的に無理なオッサン相手に頭下げなきゃならない時だって来るんだよ。いいかい、僕らはみんな我慢して、この社会を成り立たせているんだ。
「いい加減にしなさい、好き嫌いを言っている場合じゃないの。最後に残ったクラスメイト全員が結束しなければ、小鳥遊小鳥は倒せないし、蒼真君を助けることはできないわ。それとも桜、貴女は一人で、それが出来ると言うの?」
僕の代わりに、委員長がキツめのお説教をかましてくれている。
うむ、やはり委員長に任せるに限るね。でも蒼真君は委員長に丸投げしすぎだと思うよ。もっと反省して。
「うぅ……確かに、涼子の言う通り、ですね……」
「別に桃川君のことを好きになれとは言わないわ。けれど、みんなを率いる彼の力は本物よ。ヤマタノオロチを犠牲なしで倒せたのは桃川君の作戦があってのことだし、学園塔から追放されても、戻って来てゴーマ王国を滅ぼして、私達を助けてくれたの。これは悠斗君でも出来なかったことよ」
「でも、兄さんは、ずっと私達を守ってくれました!」
「ええ、そうよ、悠斗君はそれしか守れなかった。他のクラスメイト達を守り切ることは、できなかったの」
「そんな! そんな、こと……」
「今更、悠斗君のやり方を責める様な真似はしないわ。ずっと、あの子に騙されていたという面もあるでしょう。でもね、やっぱりこういう状況で一番力を発揮したのは、桃川君だったということなの。これまで彼の積み上げてきた実績は、この最終局面で私達全員の命を預けるに足るものだと、私は思っているわ」
いやぁ、改めてそう言われると、照れるなぁ。でももっと褒めてくれてもいいんだよ。ほら、天道君も僕のこと褒め称えてどうぞ。
「調子に乗んなよ」
「って! 何も言ってないじゃん」
急に天道君がデコピンの奇襲を仕掛けてくる。
「あんなドヤ顔晒しておいて、どの口が」
「酷い言いがかりだよ。不当な暴力だ、まったく許せない。深く傷ついた。賠償は何かレアモンスターの素材でいいよ」
「なにイチャついてんのよアンタ達はぁ!!」
「あっ、はい、すみませんでした」
「なんでもねぇっての……」
ちょっと天道君と隅の方で成り行きを見守りながら駄弁っていただけだというのに、急にそんな般若みたいな顔で怒鳴らなくてもいいじゃん。
「涼子……」
「なんでもないわ」
「いやでも」
「なんでもないのっ!」
と言い張る委員長に、桜ちゃんはそれ以上は問い詰めなかった。その代わり、どこか痛ましいものを見るような目をしていた。
委員長、メンタルケアされている側の人間から、そんな気遣った眼差しを受けるのってどうなのさ。
それでも桜ちゃんが友人の地雷の気配を察して空気を読んだお陰で、これ以上の脱線はせずに話は元に戻って来たようだ。
「ともかく、こんな状況下である以上、桃川君にもちゃんと協力して欲しいということなの」
「……分かりました。私には、心から桃川を信じることはできそうもありませんが、それでも、この期に及んでは協力を惜しみません」
「よっしゃ、これで桜ちゃんをアゴで使えるぞ!」
「桃川君、そういうところよ」
「冗談だって。でも、桜ちゃんには本当に、惜しみない協力ってヤツをしてもらうよ。小鳥遊を倒すために、ね?」
ようやく話もまとまったことだ。
それじゃあ早速、協力してもらうかなぁ、桜ちゃん?
「よーっし、じゃあ撃つぞー、『石矢』————」
「えっ、ちょ、ちょっと待ちなさい蘭堂さ————キャアアーッ!?」
バッチーン! とけたたましい音が桜ちゃんから響き渡る。
まるで彼女自身が粉々に砕けてしまったかのような音だが、残念ながら砕け散ったのは杏子の放った石の弾丸だけ。
『聖女』蒼真桜の周囲には白く輝く光の結界が展開され、見事にその身を守り切っていた。
「殺す気ですかっ!!」
「もう、いちいちうるさいなぁ。ちゃんと説明はしたじゃん」
「だからってコレはないでしょう、桃川ぁ!」
ホントにうるさいなぁ、コイツは……
引き籠りを脱した桜ちゃんに与えた最初のお仕事は、人体実験の被験者である。別に新しい毒薬を試そうってんじゃあないよ。そういうのはゴーマという専属の実験動物が、あっ、もういないんだっけ?
ともかく、打倒小鳥遊を目指すにあたって、無敵のバリア『聖天結界』対策が必要となってくる。コイツを何とかする方法を用意しておかなければ、こちらの攻撃は一切通じないというクソゲー化確定となってしまうからね。
そこで『聖天結界』の弱点を探るために、同じ技を使える貴重な人材である桜ちゃんを生贄にしたというワケだ。
彼女のお仕事は簡単。自前の『聖天結界』を展開させて、こちらが行う様々な攻撃を防いでもらう。これだけ。いいよね、特別なスキルを持っていると、それだけでお仕事ができちゃうんだから。姫野が羨ましがるよ。
おらっ、みんなのサンドバックになるんだよ。
「じゃあ、次は中級で」
「オッケー」
「待ちなさいよ! どうかしています、こんなの危険過ぎるでしょう!?」
「大丈夫だよ、安全には十分に配慮しているから。ねっ、杏子?」
「そうそう、ビビりすぎなんだよお前ぇ」
「どこが安全に配慮ですか! 信用できるワケないでしょ、適当なことばかり言って!」
「ちゃんと桜ちゃんには直撃しないように、射線は逸らしてるから大丈夫だって」
「顔! 今思いっきり顔に向かって飛んできましたよっ!!」
「もう、ワガママばっかり言わないでよ。そんなに嫌なら、さっさと『聖天結界』を簡単に破れる弱点教えてよね」
「だから、そんなものは私にも分かりませんから」
偉そうに言うな、テメーの技だろうが。
全く、これだから恵まれた能力に任せて、その場のノリと勢いだけで戦ってきた奴はダメなんだよ。自分の技は、きちんとスペックを把握する!
「分からないから検証してるんだよ。ほら、さっさと次行くよ」
「ちょっと、まだ私の話は終わって————」
「よし、行くぞ。おらぁ、死ねっ————『岩石槍』っ!」
「い、今、死ねって言って————キャアアアアアアアアアアっ!!」
桜ちゃんに対して当たりの強い杏子は、情け容赦の欠片もなく中級攻撃魔法をぶっ放す。
さっきよりもさらに激しい破砕音が響き渡るが、うーむ、これも防ぐか。やはり破格の防御能力だな。
「ちっ、これも防ぎやがったか。次は本気でぶっ放してやっからな……」
「ちょっと桃川、蘭堂さんを止めなさい! こんなの絶対おかしいですよ、聞きなさい、桃川ぁあああああっ!」
桜ちゃん、うるさい。もっと真面目にやってよね。
やれやれ、先が思いやられるよ……




