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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第20章:外の世界へ
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第335話 最後の準備(2)

「葉山君、また勝手にこういうこと」

「いや、その……ごめん……」

 キナコが捕まって落ち込んでる葉山君を励ましに来たけれど、今は彼を正座させて問い詰めている僕がいる。

 でも仕方がない、本人が落ち込んでることと、やらかしたことを糾弾するのは、また別の問題だからね。

「……まさか、本当に産まれるとは」

「キューッ!」

 と、正座する葉山君の膝の上で元気な鳴き声を上げる、生後3分のサラマンダーの幼体。

 小型化したリベルタよりもさらに小さく、庭先に現れた小さなトカゲのようなサイズ感である。

 しかし、よくよく見れば頭には短い突起が角を形成し、前脚には翼膜がついて翼になっている。もっとも、翼も足も短いので、すぐに空を飛ぶことはないようだ。

 小さく丸っこい頭を振って、しきりにキョロキョロしているが、葉山君の膝の上から動く様子はない。

 案の定と言うべきか、葉山君がリュックから取り出し、最初に視認した彼のことを親だと刷り込まれているのだろう。

「もう、孵化させてみたいなら、言ってくれればちゃんと協力したのに」

「いやだって、お前が嬉々として卵食べようって言うから……」

 最初に倒したギラ・ゴグマのボンからは、討伐されたサラマンダーの死体と、その卵も戦利品として回収した。

 サラマンダーの方は王国攻略のために、鱗も甲殻もコアも、全て余さず有効活用されたが、卵の方をどうするか、僕は少し悩んだ。

 強力なドラゴンの卵である。当然、孵化させて葉山君が育てたなら、さぞ強力な霊獣となってくれるだろうという考えはすぐに浮かんだ。

 しかしながら、状況的にサラマンダーを赤ん坊から育てる手間と時間を考えると、あまり現実的とは思えない。どう考えても王国攻略の時までに戦力とするのは無理がある。そもそも、無事に卵から孵すことができるかどうかも未知数だ。

 サラマンダーの卵を孵化させるための適温など、僕は全く知らない。そして、いくらモンスターとはいえ、卵はデリケートなもののはずだ。

 やっぱり孵化させて育成するのは、今回は難しいだろう、と思った時に同時に思い浮かんだのが、


『サラマンダーの卵』:ドラゴンの卵は、古来より食せば力を与えられると言い伝えられている。事実、ドラゴンの強靭な生命力と豊富な魔力が詰まった卵は、戦うための力を得るに最適な食材となる。


 などと、『直感薬学』が反応してくれたお陰で、僕はすぐにピンと来た。

 なるほど、これはいわゆるバフ食材なのだなと。

 飯を食うことでステータスが上がる、などの様々な恩恵を得られるのは、ゲームではお馴染みのシステムだ。続けていると、一番効果的なメニューを食べ続けるただのルーチンになって面倒くさいだけになるど。

 ゲームではないが、剣と魔法の異世界を地で行くこのダンジョンならば、食べるだけで体力や魔力に影響するような食材はすでに存在している。

 そのまま食べることはすっかりなくなったが、筋力を上昇させるパワーシードなんかは薬の材料としては現役だしね。

 そこで、明らかにレア食材であろうドラゴンの卵である。何もない方がガッカリである。

 ともかく、食えば強くなる、とのお墨付きを『直感薬学』で得たので、僕は卵を食べることに決めた。卵焼きにして食べた。

 王国攻略の朝に、デッカい卵焼きを作って、みんなで食べたのだ。劇的な効果は実感こそできなかったけれど、確かに全員のコンディションは抜群だったのには違いない。

「まぁ、産まれちゃったんなら仕方ない。むしろ、リュックに放り込んでただけで産まれてくれたんだから、これはかなりツイてるよ」

「おおっ、じゃあ、コイツも飼っていいんだな!」

「幸い、食糧庫にはミルクみたいなのもあるし、餌もなんとかなるでしょ」

 サラマンダーの生育法など全く知らないが、とりあえずミルクとか肉を食べさせてみるより他はない。幼体は特定のモノしか食べない、みたいな生態だったら、その時はご縁がなかったということで……このサラマンダーの幼体育成は、別にパンダを育てる国家プロジェクトでも何でもない。失敗しても仕方がない。葉山君が落ち込むだけで済む。

 だが育成に成功すれば、最初に考えた通り将来的に素晴らしい戦力となってくれるだろう。

「じゃあ、葉山君、頑張って育ててね」

「おうよ! 俺はこのアオイを、大空に羽ばたく立派なサラマンダーにして見せるぜ!」

「アオイ、ねぇ」

「青いだろ? コイツ」

 相変わらずの安直ネーミングである。

 しかし、このサラマンダーは確かに青い色をしている。

 まだ鱗が全身に生えそろっておらず、柔らかそうな皮膚で覆われている部分も多い。白っぽい皮膚に、背中や尻尾の付け根などに生えている鱗の色は、青い。そう、青いのだ。

 コイツ、本当にサラマンダーなのだろうか。

 幼体の時は色が違うものなのか。それとも色違いのレア個体か。あるいは、サラマンダーとは違うドラゴンだったり。托卵?

 まぁ、答えはもう少し育てば分かるだろう。

「困ったら、リベルタに相談したらいいんじゃないかな。同じドラゴンだし」

「おお、なるほど! さっすが桃川、あったまイイ!」

 などと頭の悪そうなことを溌剌とした笑顔で言い放った、正にその時である。

「フシャーッ!」

「キュッ!? キョワァアアアーッ!!」

 コユキがアオイを食った。

 さっきからずーっと葉山君の腰の後ろ当たりをウロウロしながら、膝の上の様子を伺っていて、嫌な予感はしていたんだけど……やっぱり獲物として狙っていたようだ。

 子猫ながらも、獰猛にして俊敏なユキヒョウらしく、音もなく素早く飛び掛かり、生まれたばかりで警戒心ゼロのチョロい獲物に食らいつく。

 前脚でしっかりと胴体を抑え付け、細い首筋をガブリ!

「うわぁっ!? や、やめろコユキぃーっ!」

「シャァーッ! ンナァアアアア!」

 慌ててコユキを引き剥がす葉山君に対し、鋭い威嚇の鳴き声を上げ続けている。

 あの凄まじい気迫は、単に食うための獲物ではなく、葉山君の膝の上、という自分の縄張りを侵す者に対する制裁なのかもしれない。

「ああああっ! アオイに歯形が、歯形がぁ!?」

「ほら、リポーションで治療してあげるから、落ち着いて」

 とりあえず、コユキに狩られないよう、小さい内は注意して育ててよね。




 アオイ爆誕、というサプライズはあったものの、葉山君は元気とやる気を取り戻してくれたので、分身二号は次なる職場へと向かう。

 やって来たのは厨房。

 人間、どんな時でも腹は減る。大切な人を失おうが、財産全てが焼けようが、お腹は空くのである。

 故に、この状況下でも当たり前のようにみんなの食事を用意するメイちゃんは、偉大なのだ。給食係として、お手伝いしなければ罰が当たるというもの。

「レムちゃん、下ごしらえ終わった?」

「……できた」

「桃子ちゃんは?」

「はい料理長、こっちも完了であります」

 厨房では、すでに夕食の準備が始まっている。

 砦に駐留する兵士全員の食事を賄うため、厨房は広々としている。メイちゃん、幼女レム、桃子、と三人だけでは閑散とした印象を抱くが、三人ともテキパキと動くので活気はしっかりと感じられる。

 桃子たっての希望で、調理には毎日必ず加わるようにした。ご主人様の食事を用意するのは、メイドとして譲れないのだとか。

 なので、幼女レムも一緒に、この時間帯は司令室での缶詰業務からは解放している。本体の僕はそのまま残るけど。

「あっ、小太郎くん。お疲れ様。夕食まではまだもう少しかかるよ」

「いや、いいんだ、手伝いに来たから」

「いいの?」

「いいよ」

「じゃあ、お願いね」

 メイちゃんの素敵な笑顔が眩しい。ああ、こうしていると、ようやく彼女が戻って来てくれたのだなと実感する。

 少なくとも、大雑把な僕の料理が続くことはない。

 学園塔から逃走後、王国攻略まで、なるべく頑張って料理は用意したし、みんなからも露骨な不満の声が上がらなかった。けれど、メイちゃんの料理の味を知っている身としては……逆立ちしたって敵わないよ。

 というワケで、適当サバイバル飯しかできない僕がメインになることはもうない。ここは大人しく、配膳など下っ端作業だけに従事するとしよう。

「————で、ここをこうすると」

「おおっ!」

「綺麗に小骨がとれるから」

「なるほどぉ、これが匠の技!」

 メイちゃんは調理を進める一方で、要所で桃子に料理のテクを伝授している。

 恐らく、桃子の知識のベースは僕だ。僕の知識や記憶をどこまで受け継いでいる、またはコピーできているのかは分からないけれど……少なくとも、僕が知らないことは、知らないままのはずだ。

 僕もメイちゃんには色々と料理について教わってきたりもしたけれど、それは調理をする上での最低限度みたいなもの。

 ほどほどにサバイバル飯ができればいい僕はそれでいいけれど、ご主人様に尽くしたい桃子からすると、より高度な技術を求めるのは当然のことだろう。何とも向上心の高いことで。

「むむむ……こう!」

「わぁ、上手だよ、桃子ちゃん」

「どうですか! 見ましたか、レム、この桃子の華麗な包丁捌き!」

「見た……ここ、ホネ、のこってる」

「それは見なかったことにしてください」

 それにしても、随分と仲が良い。桃子が神速で馴染んでいる。

 メイちゃんとレムにしてみれば、僕と同じ顔をしているというだけで取っつきやすくはあるのかも。それに、遠慮のないあの性格だ。僕を元にしたのなら、桃子はもう少し思慮深く、落ち着きと慎み深い性格になっていなければおかしいと思うのだが……キャラメイク時にカリスマにステータスポイント振って、コミュ力を伸ばした感じだろうか。

 ともかく、仲が良いのは良いことだ。僕が口を挟む余地もなく、桃子は上手く受け入れられている。

 後は委員長が落ち着けば。

 いまだに、僕と桃子を見かけると「うっ……頭が……」とか失礼なこと言い出すし。

 胃薬に次いで、頭痛薬も処方してあげないといけないとは。委員長、あんまり薬に頼るのはよくないよ。

 まぁ、なんだかんだで委員長のことは憎からず思っている天道君が付きっ切りでリハビリ? をしているので、その内に正気を取り戻してくれるだろう。

 となると、やはり最後に残った問題人物は……

「————いただきます!」

 食堂で揃って夕食。

 昨日に引き続き、今日も砦の食糧庫から賄ったメニューなので、テーブルにはダンジョンサバイバル開始以来、お目にかかれなかった現代的な食事が並ぶ。

 何といっても、この白米。色、艶、粘り、そしてなにより味。紛うことなきジャポニカ米である。

 米食が普及していた古代国家よ、ありがとう。よくぞ数千年の時を超えて、今にまで美味しいお米を残してくれた。

 きっと、当時にも僕らのような召喚者がいて、苦心の末に日本食を再現してくれたに違いない。じゃなきゃ醤油と味噌もセットで残ってないよ。ああ、味噌汁が体と心に沁みる。

 そして本日のメインディッシュは天ぷらだ。

 種々の野菜、山菜? をはじめ、桃子が捌いていた白身魚が複数種類。エビはないけど、エビ芋虫の在庫はあったらしく、ロブスターの素揚げかってレベルのデッカいのが、ドーンと皿の上に鎮座している。

 そうして、数千年寝かせた新鮮食材をサクサクの衣で包まれた天ぷらは非常に美味であり、アレルギーか偏食でもなければ食わなきゃ損というくらいなのだけれど、食卓につかなかった奴が一人いる。

「やれやれ、しょうがない。いい加減に、桜ちゃんとお話してくるか」

 蒼真桜。

 彼女だけは、この砦まで撤退してから、ずーっと自室にふさぎ込んでいる。

 心優しいメイちゃんが、毎食、お部屋までお届けしているのだが……彼女の手料理を無駄にさせたケジメくらいは、さっさとつけてしまおう。

「おい小太郎、あんなの放っときなよ」

 美味しい天ぷらに舌鼓を打ったというのに、あからさまに重いため息を吐いた僕に、杏子が口を尖らせて言う。

「僕だって放っておけるなら、そのまま放置しておきたいけど」

「そーやって周りが構って甘やかすから、ああいう風になんだよ」

 蒼真君、聞いてる? 君の話だよ。

「つーかショックで引き籠りってなに? アイツはまず先に小太郎に謝んなきゃなんねーだろ。アホみたいに小鳥遊庇ってさ、こうなったの自分の責任じゃん」

 僕のガラケー壊したのも、許してないからね。ちゃんと後で損害賠償請求するよ。

「なに悲劇のヒロイン気取ってんだよ……ウチはアイツのこと、許す気ないかんね」

「まぁまぁ、落ち着いてよ、杏子」

「小太郎だって許せないだろ? 今まであんな好き勝手言いたい放題してきてさぁ、兄貴がいなくなって泣き寝入り? ふざけんなよ」

 桜ちゃんに対する恨み言は、対立が決定的になったオナ事件を筆頭に、数限りなくあるけれど、杏子が代わりに怒りを露わにしてくれると、逆に冷静になれる。

 でもブラウスの胸元がっつりあけて谷間が露わになっている分は、冷静さが奪われるのでトータルではマイナスな気がするけど。

「僕だって、別に今までのことを水に流すつもりはないよ。でも、小鳥遊がわざわざ自分から白状してくれたんだ」

 小鳥遊の黒幕疑惑を追及して論破するまでもなく、アイツは愚かにも自供した。正義が僕らの方にあると、あの桜ちゃんでもようやく思い知ったことだろう。

 愛するお兄ちゃんまで捕られちゃったんだ。小鳥遊小鳥のこと、許せないよねぇ?

「黒幕がはっきりして、蒼真君も捕まった。ここまで来れば、ようやく桜ちゃんも全力を尽くしてくれると思うんだよね」

 これが最後の攻略になるんだ。『聖女』の力、目いっぱいに使い倒してやる。

 ようやくだ。ようやく、蒼真桜————お前に、命を賭けて戦ってもらえそうだよ。

 2022年2月10日


 物凄く今更な話ですが、いいね機能、なるものの存在をこの間、感想でご指摘されて初めて知りました。折角なのでオンにしましたので、押していただければ幸いです。

 一体、いつの間にこんな機能が・・・

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― 新着の感想 ―
黒の魔王に出てきた雷を使うサラマンダーかな?
[良い点] 主人公の桜に対する態度が、徹底的なリアリストだということです。
[気になる点] ドラゴンの卵、有精卵か無精卵か判別したのかな…? 普段食べてる鶏の卵は基本、無精卵だからいくら温めても雛が出てくることはない。 でも、魔物の生態だしなぁ…?
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