第334話 最後の準備(1)
ラスダンであるセントラルタワーを攻略し、黒幕でありラスボスとなる、自称天使、小鳥遊小鳥を殺す。キナコは助ける。蒼真君は出来れば助ける。
小鳥遊に挑むにあたって注意しなければならないのは、賢者スキルと古代遺跡の機能のチート合わせ技である。けれど、それも天道君のお陰で幾分か封じることができている。
一番厄介な転移を封じることができたのは大きい。遺跡の、つまりまだ生きているセントラルタワーの転移魔法装置『ポータル』の使用が不可能となっている。
また、下川をはじめ、三人も飛ばしてくれやがった賢者スキル『天罰刑法4条・追放刑』というのも、今は使えなくなっているようだ。
アレは純粋に自分自身が使う転移魔法などではなく、遺跡の機能を利用した上で扱えるモノであるらしい。同じく遺跡の力を使う権限を得た天道君の分析なので、信頼はできる。
実際、小鳥遊は転移封じをされた後に、追放刑は使わなかった。一瞬でどんな相手も一発退場させられる能力を、天道君が戻って来るという不測の事態に瀕しても使わなかったのは、使えなかったと考えるには十分な状況証拠となる。
あの時の奴に出来たのは、タワー最下層に避難するための緊急転移のみだった。
というワケで、転移魔法よりも優先すべきなのは、全てを停止させる『神聖言語』である。
『神聖言語「天界法15条・調停者特権第1項」』、とかいう長ったらしい賢者スキルだが、こっちは自前で発動できる能力のようだ。
あれの停止能力は自分で体験しているので、どれほどのものかは分かっている。天道君とリベルタでも、止められてしまうかもしれないほどの出力だ。
現状コレに対抗できるのは、耐性があるらしいメイちゃん。それから、精霊である。
メイちゃんは非力な小鳥遊を殺すには十分すぎるくらいには動けるが、何の制約もなく戦える剣崎を相手にするには厳しいくらいに動きは鈍らされている。万全に動けたならば、あの時にさっさと剣崎なぞ斬り捨てて、小鳥遊へ襲い掛かっていただろう。
小鳥遊がいざという時のために、剣崎という護衛は絶対につけているだろうし、タワーで使えるモンスターで固めている可能性も高い。メイちゃん一人に任せるには、少しばかり荷が重い。
なので、最も有効的と思われるのは、やはり精霊であろう。
あの時は咄嗟のことだったから、葉山君を筆頭に、僕と杏子と委員長が何とか、という状態だった。けれど、分かっていれば他に精霊で攻撃できる手段を用意しておくこともできる。
誰でも精霊攻撃ができるようにしておけば、小鳥遊を殺すチャンスは増える。
しかし、奴はもう一つ強力な防備を手に入れている。
『聖天結界』。桜ちゃんと同じ、万能な光のバリア。
あれは生半可な攻撃では破れない。精霊の攻撃が神聖言語を越えたとしても、このバリアで防がれるというクソ仕様である。
こっちは純粋に火力を上げて突破、というのが最も手っ取り早い。万能ではあるが、無敵ではないからね。
しかし、小鳥遊の『聖天結界』は賢者スキルではなく、装備している天使の翼型の古代兵器によるものだ。桜ちゃんを越える防御力と、タワーから魔力が供給されて無制限に展開し続けられる、というチート性能を誇っていてもおかしくない。
小鳥遊を殺すには、『神聖言語』と『聖天結界』、この二つの防備を突破できる攻撃方法を用意しなければならないということだ。
「霊獣キナコでタコ殴りできれば良かったんだけどなぁ」
何故か連れ去られてしまった上に、キナコも神聖言語で止められていたから、この手段は使えない。
ないものねだりをしても仕方がないので、何か方法を考えよう。ただし、すぐに思いつくとは言っていない。
「やっぱり、まずは情報だな」
というワケで、やってきました司令室。司令室だよね? それっぽい感じで石板が並んでいるし。
メイちゃんの証言によると、小鳥遊は周辺の見張りを名目に、よく一人でここに閉じこもっていたという。ここで情報収集をしつつ、稚拙な陰謀を練っていたってことだ。
「じゃあ、天道君よろしく」
「ちっ、早速こき使いやがって」
露骨に嫌な顔をする天道君に、僕はクリスマスプレゼントを受け取る子供のような純真な笑顔を向ける。
彼がさっと手をかざすと、瞬時に石板が反応し、光り輝きながら起動を果たす。
「————制限は解除した。後はお前が好きに使え」
「ありがとう」
心からのお礼を述べて、天道君に変わって僕が最も大きな正面の石板の前へと立つ。
画面には相変わらず大半が読めない古代文字が躍っているが、それでも雰囲気的にデスクトップ画面みたいな状態になっているのは分かる。ここから各システムやデータにアクセスして、出来る限りの情報を搾り取る。
正式に軍事権を持つ天道君がやってくれれば一番確実だけれど、致命的にこういう作業に向く性格ではない。
なので、部外者である僕が好き勝手に弄れるよう制限だけを解除してもらったのだ。気分は安心フィルターを解除した中学生である。ネット上に転がるエロ動画を集めるが如き勢いで、この古代都市アルビオンの情報を得る。
僕と小鳥遊の間で最も格差があるのが、古代についての知識である。少しでもそれを埋めて、不測の事態への備えとしたい。
「それじゃあ、よろしく頼むよ、リベルタちゃん」
「むぅ、主様がそなたに協力するのに、渋い顔をしておった理由が分かったのじゃ」
「いやぁ、天道君は本当に素晴らしい人材を連れて来てくれたよ。古代を生きた本人に、古代語を翻訳してもらるんだから」
古代語解読スキルがない? じゃあ、古代語が読める奴に読んでもらえばいいじゃん。そこに、古代に作られた人間並みの知性を持つ生体兵器のドラゴンがおるじゃろ?
そう、リベルタは古代語の読み書きができる。わざわざ知性を持たせているのだ。ならばそれ相応の知識も持ち合わせてくれてないと、意味がない。
人間並みの知性といっても、人間の中には飛びぬけた馬鹿がそれなりの割合で存在するわけで。虎の子のドラゴン兵器がダーウィン賞を獲得するような死にざまを晒すようではお話にならない。
なので、リベルタは文字の読み書きは当然として、当時の基礎的な教養は一通り習得している。勿論、魔法をはじめとした戦闘に関する知識もそれなり以上にある。もっとも、それらは教師が懇切丁寧に教え込んだワケではなく、魔法によって情報を脳内に刻み込まれたそうだけど。
羨ましいね、僕も未知の知識をお手軽に脳みそに直接インストールできればいいんだけど。古代語解読スキルって、多分そういう原理じゃないかな。
ともかく、リベルタがいれば古代語読み放題。この石板コンソールのシステムについても基礎知識がある。これで情報収集がはかどらなければ嘘だろう。
「レムはそっち、桃子はそっちの使ってね」
「はい、あるじ」
「全く、なんで桃子がこんなことしなきゃならないですかー」
「ご主人様の命令だからね。仕方ないね」
「オリジナルがご主人様をそそのかしたんじゃないですかっ!」
と、僕が僕に口を尖らせて言う。まるで分身に反逆された気分だよ。
いや、肉体的な性別が異なっている以上、この桃子のことは、生き別れの双子の妹とでも思うことにしよう。その方が僕の精神衛生的に良いからね。
そんな風に桃子の存在を受け入れた僕は、早速、生き別れの妹ちゃんにもお仕事をしてもらうことにしたのだ。
「天道君が適任だと判断しただけのことでしょ。他人にそそのかされるような、ボケた精神しちゃあいないよ、彼は」
「ふふん、当然です。桃子のご主人様は孤高の王なのですから!」
その孤高の王は、委員長のカウンセリングに頭を悩ませているけど。王様って大変だね。
そんな天道君から借りてきた桃子は、僕と一緒にネットサーフィン、もとい古代都市アルビオンの情報収集をしてもらう。
話を聞くに、桃子は天道君があんまり興味ないことでも、事細かに覚えていて、ドヤ顔で説明してくれるのだという。その度に勝手に僕のことを思い出すらしい。
要するに、桃子は僕に似ているのだ。顔も似ていれば、性格の方も似ている。
キャラや技名、固有名詞を正確に覚えるタイプ。マニュアルは熟読するタイプ。そんな感じ。
なので、桃子の知性と性格ならば、僕と一緒に情報収集やらせるのに適任なのだ。
「それじゃあ、始めようか」
こうして、情報収集担当の司令室缶詰チームは動き出した。
「————おおおっ、これは凄い! 宝の山じゃあないか!」
司令室に缶詰している一方で、分身した僕は砦の武器庫へとやってきた。
砦内でもさらに厳重に封鎖された、厚い扉の向こうへ踏み込んだ僕は、思わずそう叫んだ。
「う、ううっ……嫌ぁ……こんなの絶対、仕事の山ぁ……」
ハクスラゲーで最上級装備がいっぱいドロップした時のような歓喜の声を上げる僕とは対照的に、非常にテンション下がる物言いをしているのは、モチベーション低いダメ社員筆頭、姫野である。
「これが小鳥遊の使ってたブラスターだな」
見覚えのあるハンドガンタイプの銃を、立ち並ぶ棚の一角で発見する。シルバーメタリックのフレームには、青い輝きは灯っていない。
試しに僕が握って構えて、ついでに魔力も流してみるけれど、反応はない。
「やっぱり経年劣化で壊れたか。いや、それとも生体認証とかでロックされてるのかな」
小鳥遊がハンドガン一丁しか使わなかったのは、それしか使えなかったからか。それとも、デカいライフルタイプのは使う気にならなかったのか。
ここに残された数々の武器が、そのまま使えるのなら良いけれど、それは高望みし過ぎかな。
「使い方は、後でリベルタちゃんに聞こう」
彼女は兵器だから、当然、自軍が扱う武器に関する知識もインストールされているだろう。大忙しだな。
「よし、防具もちゃんとあるな」
武器庫と併設されている倉庫には、戦闘服や鎧のような装甲が残されている。
少々散らかっているのは、都市が崩壊した当時のまま……ではなく、小鳥遊が物色した後だろう。後片付けもできねーのかよ。
「ねぇ桃川君、これってそのまま完成品を使えばいいだけでしょ? 私がすることなくない?」
「小鳥遊はブラスターと夏川さんの『アサシンスーツ』以外は、『神鉄』とか特殊繊維とかの素材にバラして使ってるんだよね」
蒼真君達には、表向きはそういう風に説明されている。自分の能力を隠すために、そうしたという可能性もあるけれど……アイツのことだから、そんな理由だけで、素材分解してまで装備強化をするなんていう手間のかかる真似はしないと思うんだよね。
「だから、分解しないと使い物にならないのがほとんど、なんだと思う」
「えっ、バラすの? これを?」
「素材にできそうなのは、全部バラそう」
小鳥遊ならば、僕らが利用することを見越して、使えそうな部分を全て処分なり、取り尽くしておく、みたいな面倒くさいことも絶対にしない。奴は自分に必要な分しか使っていないはずだ。
つまり、この武器庫にはまだまだ使える材料が沢山あるってこと。
「……私がやるの?」
「大丈夫、僕と杏子も手伝うから。一緒に頑張ろ?」
「い、いいぃい嫌ぁ……」
とか泣き言を言いながら逃げようとしたので、武器庫のドアを閉じてロック。
砦内の扉は大半が、司令室から一発開閉可能なのだ。
「出して! ここから私を出して! こんなブラックな職場、もういられないわっ!!」
「さぁて、まずは使えそうなモノの選別からだ。これは今日から徹夜かな」
安心してよ姫野さん、ちゃんとメイちゃんから美味しい夜食は差し入れてもらうからさ。
武器庫に姫野を監禁した分身一号だけど、もう一体の分身二号は砦内の居住区、というか兵士が寝泊まりするだろう兵舎区画を歩いていた。
現在、僕が『双影』で十全に操作できる分身の数は二体。歩くだけ、喋るだけ、くらいならさらに二体は増やせる。監視などその場から動かず見ているだけの状態なら、さらにもう二体追加。
なので、本体、分身一号、分身二号、と合わせて三体まではフルで活動できるのだ。僕が三人分になる!
さて、そんなリアルで人の三倍働いている僕の、三人目である分身二号が向かった先は、
「うぅ、キナコ……大丈夫なのか……お腹空かせてないかな……」
「クゥーン……」
絶賛、部屋の中で落ち込み中の葉山君である。
すっかり意気消沈したご主人様に、ベニヲが寄り添って一緒に悲痛な感じになっている。彼もまた、相棒たるキナコがいなくなって寂しいのだろう。
子猫のコユキですら空気を読んでいるかのように、葉山君の膝の上で丸まって大人しくしていた。
けれど、落ち込んでばかりもいられない。タワーを攻略し、小鳥遊を倒し、キナコを救い出す。そのためには葉山君の力は絶対に必要だ。
早いところ復活してもらわなければ。仲間のカウンセリングとメンタルケアも、大事なお仕事の一つである。
「やぁ、葉山君。まだあまり、気分は優れないようだね」
「うっ、桃川……すまねぇ……」
引きこもり状態でメソメソしていたことに後ろめたさはあったのか。罰が悪そうに葉山君はそう言った。
「いいんだよ。今日のところはゆっくり休んでていいからさ」
「つってもよ、桃川、お前はもうバリバリ働いてるんだろ」
「好きでやってるところもあるから。ここは古代の軍事基地だし、ワクワクしながら探検してるとこ」
青ざめた顔の姫野を連れて武器庫漁りするのたーのしーっ!
何より、残った面子には変な遠慮をする必要がないので、気楽でもある。一番ストレス溜まるのは仕事内容じゃなくて人間関係って、それ一番言われてるから。
「なぁ、桃川……なんでキナコは連れていかれたと思う?」
聞かれて当然の疑問が、ついに出ちゃったか。
正直、これという予想はついている。葉山君にとっては残酷な想像になるので、言うべきか言わないべきか迷ったが……こういうのって絶対、黙ってる方が損に決まってんだよね。
仲間に大事な秘密や推測を打ち明けなかった結果、いざその時になって大慌てになる展開、僕は何度見て来たと思っている。
「恐らく、キナコをボスモンスターにするつもりだよ」
「な、なんだって……?」
「小鳥遊は蒼真君を連れてった。自分が黒幕だと白状した上でね。それでも連れて行ったということは、彼を黙らせて、従わせるだけの用意があるってことだ」
「それがキナコと何の関係があるってんだよ」
「蒼真君を操れるなら、キナコだって操れる。そもそもダンジョンのボスモンスターは野生のモンスターじゃなくて、古代遺跡の機能で用意されているものだ。モンスターを操る能力が存在していることは間違いない」
そして、小鳥遊はすでにヤマタノオロチというレイドボスの用意もしている。
流石に呪文一発でポンと召喚できるほどではないようだけど、時間と手間をかければボスモンスターを意のままに作り出せるということだ。
で、そのボスモンスターの作り方は、基本的には既存のモンスターを強化する方法だと思われる。古代の魔法技術でも、無から有を生み出すのは難しいだろうし。どう考えてもモンスター改造強化方式の方が手っ取り早い。
登場するボスモンスターが、そのエリアで出没するモンスターの上位個体のような奴が多いのも、そういう理由なのではないかと僕は思っている。
「そ、そんな……キナコと戦えっていうのか!?」
「僕はキナコのことは、仲間だと思っている。葉山君は、キナコを助けたい?」
「当たり前だろ! アイツは、俺の一番の相棒なんだ!」
「なら、僕と一緒に準備をしよう。最悪の展開になっても、それに対応できるだけの準備をするんだ」
葉山君なら、ボスモンスターと化して襲い掛かって来るキナコに対して、涙の叫びで説得すればなんやかんや解決しそうな気がするけど……二人の絆が奇跡を起こせばラッキーということで、奇跡がなくてもなんとかなるだけの対応策は用意しておこう。
「キナコを、助けられるんだな」
「小鳥遊がわざわざ連れて行ったんだ。何かしら利用するためなのは間違いない。キナコは絶対生きている」
檻にでも閉じ込められているなら、そこから助ければそれでいい。
ボスモンスター化してけしかけてくるなら、それを見越して対応すればいい。
「とりあえず、霊獣キナコが全力で襲い掛かって来ても、無力化して拘束できるような用意は必要だと思うんだよね。操られているのをどう解除するかってのは、捕まえてからでもいいし」
これもよくある展開だけど、仲間が敵に操られて襲ってくるパターン。大体、仲間を傷つけることはできない、と戦うことそのものに躊躇したりするけれど……そもそも仲間が襲ってきても拘束する方法を準備しておかなかった、主人公サイドの怠慢もあると思うんだよね。
仲間が敵に捕まってんなら、人質にされるか洗脳されて襲ってくるか、くらいのことは見越して対応策は準備しとこうよ。
「そうか、そうだよな……そんじゃあ、いつまでも落ち込んでられねぇな!」
「ふふ、やる気は出たみたいだね」
「当ったり前だろ! 俺が必ず、キナコを助けて————」
バキバキバキ!
と、何かが砕ける音が唐突に室内に響いた。
拳を握りしめて敢然と起ちあがった葉山君が、台詞の途中で音の鳴った方向を見やる。勿論、僕もそちらへ視線を向ける。
そこにあったのは、投げ捨てられたように部屋の隅に転がる、リュックサックだ。
葉山君に与えた、毛皮で作った大容量リュックで、リポーションとか色々と入っている。しかし、突如としてバキバキ音が鳴るような物品は何も入れた覚えはないのだけれど。
「葉山君、リュックに何入れたの? あれ、中でなんか動いてるよ」
バキリ、バキリ、と依然と音をたてながら、リュックの内側で何かが蠢いている。
「あっ、もしかして……」
「心当たりあるの?」
「産まれた、のかも」
「……産まれた?」
何が、と聞けば。葉山君はやや視線を逸らしながら、答えた。
「サラマンダーの卵」
「一個無くなったと思ったら、お前だったのかぁ!」




